ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

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第14章「霧にけむる島」

 盟主代行であるエリウッドの下で同盟軍をまとめ上げていたロイであったが、ある日エトルリアから使者が来たのをきっかけに将軍としてエリウッドに呼び出される。

 今までも何度かあった呼び出しとは若干異なる空気に、ロイは再び何かが動き出す気配を感じるのであった。

 そして、エリウッドの下へと向かう途中、数か月ぶりにとある人物と出会うことになる。

 

「フラン……? 戻ったのか!」

「ロイ……」

 

 トスカナ攻略から帰ってきたラウス公子のフランであったが、どうにも元気がない様子にロイは首をかしげる。

 

「戦いは快勝だったと聞いていたけど……何かあったのかい?」

「……」

 

 そう、オスティアにはすでに報告が届いており、その内容も特に問題は見られなかった。

 フランは無事エリウッドの出した課題を達成し、同盟軍の副将としての地位を確かなものにしたわけだが……

 

「……戦いは順調だったよ。わたしが居る必要性を感じないほどにね」

「それは……」

 

 それは万全を喫したが故の問題と言えるだろう。一騎当千の実力を持った戦士であるドルカスと魔道士であるニノの力は、フランのなけなしのプライドを完全に粉砕してしまったようだ。

 

「僕は、兵の実力を発揮させるのが将の仕事だと思ってる。そう言う意味では、フランは間違いなく役目を果たしたんじゃないかな?」

 

 ロイの正論は、フランだってわかっている。だが、それでも自身の価値を見失うほどに、ドルカスとニノの実力が飛びぬけていたのだ。

 理屈では無い敗北感とでもいうべき感情に翻弄されるフランに、ロイはこれ以上なんと声をかければいいのかわからなかった。

 そんなとき、タイミングよく相談できそうな軍師が帰還する。

 

「何辛気臭い顔してるんだ?」

「あ、マークさん! 実は……」

 

 ロイから話を聞いたマークはフランの見当違いな落ち込み方に思わずため息を吐く。

 

「確実に勝てる戦力を用意して、それを正しく運用して危なげなく勝つと言うのが将の正道だろうに」

「それはわかるんですけど……」

「わかってないから、気落ちしてるんだろうが……」

 

 どうも同盟軍として戦ううちに、感覚が狂ってきているようだとマークは思う。

 今まで苦しい戦いを強いられていた同盟軍の戦いに慣れてしまえば、本来理想とすべき戦いが物足りなく感じてしまうと言うのも、わからないでもない。

 

「……まあ、楽な戦いなんてそうないし、このままでもいいか」

「いいんですか?」

「今後戦うとなれば、相手は基本的にベルンだ。嫌でも厳しい戦いになるさ」

 

 肩を竦めるマークに、ロイやフランはそういうものかと納得する他無い。だが、歴戦の軍師に相談できたためか、心なしか気が軽なったような気もしたのだった。

 その後、呼び出されていたことを思いだしたロイが、一人エリウッドの下に向かおうとするが、当然のようにマークとフランも同行することになった。

 

 

 

 エリウッドの下に赴いたフランとマークは、オスティアを出てからの事を簡単に報告する。

 想定外の事態が無かったこともあり、報告自体はものの数分で終わるのであった。

 

「トスカナ攻略ご苦労だったな、フラン殿」

「いえ、自身の潔白を証明するためでしたので」

「マークも、おかげで心強い武器が手に入った」

「残念ながら、扱えるものはあまりいないがな」

 

 それぞれを軽く労ったエリウッドは、さっそくロイを呼んだ本題に入る。

 その様子から、マークはあまり良くない想像をするが、残念なことにその想像はおおむね当たることになる。

 

「先程エトルリアから使者が来てな……西方三島の賊の討伐を任せるとのことだ」

「西方三島の?」

 

 エリウッドの言葉に、ロイは思わず首をかしげる。

 だがそれももっともな事だろう。リキアの復興も途上であるのに加え、未だベルンの脅威は途絶えていないのだ。

 そんな中、軍をリキアから動かせなど、割と本気で馬鹿じゃないかと言ってやりたくなる。

 

「……パントからは?」

「何もない」

「ふむ……」

「……応じないのであれば、リキアに派遣した支援部隊を引き上げるとのことだ」

 

 わずかに考え込むマークであったが、続くエリウッドの言葉に選択の余地が無いことを知る。

 だが、その脅しとしかとりようのない一言により、エトルリアの真意が読めた。

 

「つまり、表面上は対等な関係だが、実際はエトルリアの方が上位なんだと主張したいんだな」

「こんな非常時に?」

 

 フランも思わず本音を口にしてしまうが、エリウッドやロイも似た様な思いだ。

 力を合わせてベルンに対抗しなければいけないこんな時に、こんなバカな事を言い出すなんてどうかしていると。

 だが、正式な要請が来てしまった以上、跳ねのけるわけにはいかなかった。

 

「パント殿も何を考えているんだ……?」

「単なるガス抜きのつもりか……あるいは、神将器を集めるチャンスと思ったのかもな」

「なるほど、そう考えることもできるか」

 

 マークの予想に、エリウッドも一定の理解を示す。

 特に神将器に関しては、信用のおける者以外その所在を明かすべきではない。

 エトルリアは大国であるがゆえに様々な思惑が絡み合い、パントも思うままに動けなくなっているのかもしれない。

 もしそうなのだとすれば、今回の派兵もエトルリアの膿を取り除くためのものなのかもしれないと思えてきた。

 

「まあ、どんな理由であれ我々に拒否権は無い。早急に準備を整え、西方三島へ向かってくれ」

「わかりました」

「ああ、マークは少し残ってくれ」

 

 エリウッドは指示によりロイとフランが退室した後、少し言葉を纏めるような沈黙を経て、マークに質問を投げかける。

 その内容は、デュランダルを回収しに行った際に現れた奇妙な集団についてだ。

 

「……神将器を狙う不死性を持った集団、ね」

「些細な事でもいい。何か知っていることは無いかな?」

 

 エリウッドが恐れるのは、20年前の様にネルガルのような第三者の暗躍だ。

 万が一、この戦いが何者かに踊らされた結果だと言うのなら、ベルンとの和平も決して夢ではない。

 しかし、エリウッドのそんな願いも、マークによって打ち砕かれる。

 

「何か目的をもって神将器を狙う様な一団に、心当たりはないな」

「そう、か……」

 

 目に見えて気落ちするエリウッドに、若干の罪悪感を抱くマークであったが、さすがに情報が足りな過ぎる。

 

(目的は、神将器の持つ純粋な力か? あるいは、復活した竜に対抗するためか?)

 

 様々な可能性がマークの脳裏をよぎるが、どれも決定的な物は無かった。

 それでも、強いて名を挙げるとすれば一つ思うところがある集団があったが、彼らが今なお生存しているはずがないと候補から外す。

 

「まあ、アルマーズを回収する際には気を付けておこう。エリウッドもデュランダルを持っているんだから、身辺には十分注意しろよ」

「わかっているさ」

 

 お互いに改めて気を引き締めた二人はそこで別れ、マークも進軍の準備に参加しようと動きだす。

 

(……クルザード対策に、少し騎士を残しておくか?)

 

 まだ怪我が完治していないランスを筆頭に、リキアのごたごたが済んだらすぐに合流できそうな面子をいくらか選別する。

 その中に旅慣れているニノも含めようかと思案する最中、マークの下に、一人の女性が挨拶のため近づくのであった。

 

「久しぶりですね、マークさん」

「……ひょっとして、レベッカか?」

「あたりです!」

 

 前回マークがフェレに来たときは、あまりに急な事で言葉を交わすこともできなかったうえに、今回もすぐに西方三島に出発すると聞いて慌てて来たのだと、レベッカは笑う。

 その様子は、20年前の少女のそれと大きく異なっており、マークが一瞬誰かわからないほどであった。

 だが、レベッカの方もそんな反応は十分予想できるものであった。

 

「現役を退いて、子供一人産んで、ロイ様の乳母もしましたからね。変わらないって言われたら、むしろ困りますよ」

「そういうもんか?」

「そういうもんです」

 

 レベッカと言葉を交わしつつマークが思い浮かべるのは、アラフェンで戦死した彼女の夫であるウィルの事だ。

 だが、レベッカはそれを分かった上でマークにウィルの話はさせず、この先の事を見据えた話をする。

 

「ウチの愚息が迷惑をかけたって聞いて、今回はちょっと性根を叩き直しに来たんですよ」

「……ベルンの竜騎士を相手に、健闘した方だと思うが……」

「ずいぶん甘い評価ですね。健闘した、では不足だってわかってますよね?」

「……」

 

 レベッカの指摘に、マークは思わず口を噤む。正直な事を言ってしまえば、ウォルトたち弓兵の働きに不満はある。

 だが、それは比較対象がレベッカやウィルのような世界でも有数の実力者であるからだと言うのも自覚していた。

 空を飛ぶ相手と初めて戦ったと言って過言ではないのに、さらにそれらと比べるべきではないとその想いに蓋をしてしまったのだ。

 

「なにに遠慮しているのか知りませんけど、もっと厳しく接してやってください」

「……そう、だな。ちょっと余計な気をまわし過ぎたかもな」

「何やってるの、母さん!?」

 

 レベッカの言葉にマークが納得させられていると、そこへタイミングよく話題の主が割って入ってきた。

 

「別に変な事はやってないわよ。ただ、ウチの愚息を精々扱き使って下さいってぐらいで……」

「何言ってるの!?」

 

 神軍師と呼ばれ、主君であるエリウッド達とも親しい関係のマークに直訴したなんてウォルトには考えられなかったらしい。

 大いに慌てるウォルトに苦笑しつつも、母子の会話を邪魔するのも無粋だろうとマークは早々に撤退することにするのであった。

 そんなにぎやかな事が起こっている中、ずっと城の中に居ては落ち着かないと公言していた少女が、城外である人物と再会を果たしていた。

 

「スー様! ご無事で……」

「シン?」

 

 それはオスティアの城下でスーを探し続けていたサカの青年、クトラ族のシンであった。

 

「よくここがわかったわね」

「危うくエトルリアの方まで行くところでしたが、途中やけに気さくな銀髪の魔道士にオスティアでサカの少女を見たと聞いて……」

 

 本来なら、トリアで合流できていたはずなのだが、トリア侯の下にいた裏切り者のせいで西へ西へと馬を進めることになってしまったのだ。

 もしその魔道士に会えなければ、ひょっとしたら西方三島にまで渡っていたかもしれない。

 つい軽くなったシンの口からそう聞くと、スーとしては苦笑せざるを得ない。

 

「まぁ、合流できてよかった。今私は、ロイ様の下でお世話になってる」

「ロイ様というと?」

「うん、母様がよく話してくれた、エリウッド様の息子」

「そうでしたか……」

 

 スーの母であるリンディスが信用する人物の子であるならと、シンは改めて安堵する。

 その後は自然と今後どうするかという話になるが、当然のようにシンも同盟の世話になることになる。

 

「助けてもらった恩を返しきってないし、サカにも帰れないんだからこれが最善」

 

 そう言って押し切ったスーにより、シンは無事リキア同盟に歓迎されることになる。

 そんな彼がトリアで囚われのスーに気付かなかったと気付くのは、それほど遠い話ではなかった。

 

 

 

 エトルリアの要請により同盟軍を従え西方三島まで来たロイは、そこで待っていた意外な人物に目を丸くするのであった。

 

「セシリアさん! それに、パント様まで……!」

「ロイ、いまのうちに謝って置くわ……本当に、ごめんなさい……」

 

 頭を抱えるセシリアに、ロイは首をかしげそうになるが、すぐにその謝罪の意味を理解するのであった。

 

「やあロイ君、またお世話になるよ」

「よろしくお願いしますわ」

「えっと……?」

「今回は公爵夫人も一緒か……」

 

 パントだけではなく、そのすぐ後ろに控えていた貴婦人の存在に戸惑うロイであったが、マークの一言によりその顔を引きつらせる。

 今回は賊との戦いという事で、セシリアにギネヴィアを預かってもらうことになっていたのに、まるで代わりと言わんばかりに公爵夫人が同行するとなれば、それも仕方のないことだろう。

 

「大丈夫。私もルイーズも自分の身を守ることぐらい十分できるから」

「それは十分わかっているが、ロイが考えているのは全く違う事だと思うぞ?」

 

 パントの実力はロイも十分承知しているが、他国の重鎮を軍で預かると言うのは本来そんな軽い事ではないのだ。

 その重圧がわかっているからこその、セシリアの謝罪だったのだろう。もともと戦っているベルンの王妹や、家出した貴族の少女を保護するのとはわけが違う。

 可能な事なら断りたかったが、パントがそのような逃げ道を残しているとは欠片も思えなかった。

 

「一応、西方三島はエトルリアの保護下にあるからね。他国の軍を入れるのに、名目上でも監視の目が必要なんだよ」

「つまり、パント達の同行は国が認めているという事か」

「そう言うこと」

 

 正確にはパントが大軍将あたりと組んで色々暗躍した結果なのだが、そこまではロイが知る必要はないと口を閉ざす。

 この西方三島には、ロイ達が思っている以上に様々な思惑が眠っているのだ。

 宰相ロアーツを筆頭とした黒幕を出し抜くための計画に思いをはせるパントに対し、ロイはようやく現実を受け入れる覚悟を固める。

 

「わかりました。しかし、同盟軍の最終的な判断は、僕が行います。パント様」

「大丈夫だよ。そこら辺の事に口を出すつもりはないから」

 

 念のため軍事行動に関する主導権を主張したロイの言葉を全面的に聞き入れたパントは、とりあえず当面の目標を掲げる。

 

「西方三島はそれなりの資源が眠る土地で、その横取りを狙う賊が横行しているらしい。特にここら辺は海賊が多いらしいから、まずはそこを討とうか」

「そうですね……ではセシリアさん、ギネヴィア姫の事、よろしくお願いします」

「ええ、安心して任せなさい」

「ロイ様、ご武運をお祈りしています」

「ギネヴィア姫も、道中お気を付け下さい」

 

 早々に戦いに入ることになった同盟軍から、案内役であったセシリアがギネヴィアを連れ離脱する。

 後は呼吸一つで意識を戦いに切り替え、この地の賊を討つためにその思考を巡らせる。

 

「……予想以上に霧が濃いね。万が一を考えると、慎重に行動すべきかな?」

「妥当だな」

 

 ロイの案に悪くないと一定の理解を示しつつ、マークはさらに踏み込んだ意見を口にする。

 

「確かに個々人の視界は制限されているが、特に目のいい者もいるだろう? そいつに敵の位置を確認させて、一気に攻めたてるのも手だと思うが」

「松明やトーチの杖は用意していないのかい? 慎重になるのもいいが、それも過ぎれば後手に回ることになるよ」

 

 他にも、地形的にあまり集団で戦うには向かない場所も多い。賊が逃げる気になれば、最後に村を襲い可能な限りの略奪を働く可能性など、パントと共に様々な情報をロイへと与える。

 

「賊はここを拠点にしている以上、この霧に慣れていると思うべきだろう。つまり、相手ばかりが一方的にこちらの行動が見えている可能性も高い」

「今までエトルリアの手から逃れてきたんだ。それなりの迎撃策を確立していると思った方がいいと思うよ」

「……」

 

 マークとパントの指摘に、無意識のうちに賊の事を舐めていたとロイは思い知らされる。こちらが安全策を取っていれば、何の問題もなく倒せると考えていたのだ。

 それを自覚したロイの顔つきがわずかに変わったのを確認したマークとパントは、先ほどの厳しい意見を述べたときとは打って変わり、気楽な事を言い出す。

 

「まあ、所詮は賊だよ」

「はぐれ者同士で徒党を組んでだけで、特に訓練を詰んだりしているわけではない。どんな策があってもそれを実行できるとは思えないし、連携なんかの心配はいらないだろうな」

 

 敵を甘く見ることなどもってのほかだが、かといって過剰な警戒も問題である。

 先程の指摘でその調整ができたと感じた二人は、ロイが新たに考えた策に従い配置についた。

 

 

 

「いくら目が利くとはいえ、あたしが最前線に配置されることになるとはね……」

「えっと、すみません……」

「……別にあんたを責めてるわけじゃないわよ」

 

 敵の位置を把握するために騎士たちのすぐ近くに配置されたキャスがぼやくのを聞きつけたフランは、思わず謝ってしまう。

 確かに、騎士たちと比べずとも屈強には見えないキャスである。最前線に立たせるのに若干の罪悪感を抱くのも、わからないでもなかった。

 とはいえ、指揮下に置いた者への謝罪は、上官としてあまりほめられたものではないだろう。

 

「……俺らは、あんた達の指揮に命を預けてるんだ。もう少し威厳というか、自信を持って指揮してくれないか?」

「は、はい!」

 

 ノアの指摘に今度は体を硬直させるフランであったが、謝ってしまわなかっただけでもまだましなのかもしれない。

 普段からフランの補佐についているラウス騎士が、自信満々にフランの指揮に従っているのがせめてもの救いだろう。

 ため息を吐きたいのをぐっとこらえて、ノアはそれを誤魔化すようにほかの部隊へと視線を向ける。

 だが、ノアのその行動は隣を行くゼロットには違って見えたようだ。

 

「どうした……ひょっとして、彼女の事が気になるのか?」

「そんなわけじゃ……って、別にフィル殿の事を探したわけじゃないですよ」

「そうか?」

 

 それでもニヤニヤとノアの事を見るゼロットに、降参の意味を込めて軽く肩をすくめる。

 

「いえ、実際気にならないわけじゃないですね……実はオスティアで一度手合わせをしたのですが、そのころからどうにも調子を悪くしたみたいで……」

「なるほどな……まぁ、気になるものはしょうがないとしても、ほどほどにしておけよ」

「気を付けます」

 

 口では素直に頷きつつも、それでも視線でフィルを探してしまっているノアに、ゼロットはつい頬が緩むのを止められないのであった。

 そんな若干ゆるんだ空気は、キャスが敵を視認するまで続くのであった。

 

 

 

 時を同じくして、この霧にけむる島の一角に賊を討たんと立ち上がる2人の男がいた。

 

「む、無茶ですよ……賊どもには大きな後ろ盾もあるのに、それをたった2人で倒すだなんて……」

「がはははは、無茶であろうと関係ない! ここで見て見ぬなどできるものか! そんなことをしては、男がすたるってもんだッ!」

「ふはははは、まったくもってその通りだ! ここで賊に虐げられるおぬしらを見捨てては、リンディス様に合わせる顔が無くなるッ!」

 

 すでに心を折られた村人が止めようとするが、それすらも笑い飛ばしながら男たちはそれぞれ斧と槍を手に戦場へと視線を向ける。

 その姿は無謀な愚者の様でありながら、同時にこの上なく勇敢な戦士と騎士でもあった。

 

「どうする、バアトル殿。流石のワシらでも、賊を殲滅するにはいささかこの地は広すぎるぞ?」

「ぬぅ、ワレス殿……わしには難しい事はわからん! とりあえずかたっぱしから、賊を討てばよいではないか!」

 

 相変わらず鍛え抜かれた肉体を分厚い鎧で覆ったワレスの言葉を、同じく頑強な肉体を持った戦士であるバアトルが大雑把すぎる回答で切り捨てる。

 だが、そんなバアトルの言葉にワレスは奇妙な納得を覚えてしまう。

 

「そうだな……そんな単純明快な方針も、良いのかもしれん」

 

 賊を見かければ、手当たり次第これを討つ。大陸で通用するとは思えないが、ここまで賊どもが好き勝手している地であれば、そこら辺を適当に歩けば賊にかち合うだろう。

 ならば、その方針に乗っ取ってとりあえずこの近くにいる賊をと足を踏み出したとき、彼らはとても懐かしい声を聴くことになる。

 

「やれやれ、何やら聞き覚えのある声がすると思えば、ずいぶんと行き当たりばったりな……」

「ぬお、マーク殿!?」

「おお、久しぶりだのぅ!」

 

 彼らの頭上から呆れが多分に含まれた声をかけたのは、天馬騎士に同乗して各村々に警告をしながら回っていたマークであった。

 

「バアトルはともかく、ワレスがなんでここにいるのか知らんが……賊を討つのなら、同盟の指揮下に入らないか?」

「むぅ!? それはまあ、いろいろあってだな……」

「ぬおおおぉ……難しい話は後にしてくれ、頭が痛くなる!」

「……そうだな、目的が同じなら、あえて別行動をとる必要もないだろう。采配は任せる」

「了解した」

 

 キアランを発ってアラフェンに向かったはずが、なぜか西方三島に行きついた言い訳を長々と話しそうになったワレスであったが、幸か不幸かいつの間にか相方になっていたバアトルによって遮られる。

 もっとも、かつての戦友であったマークならすべてを察したかもしれないが……ともかく、運良く合流できたバアトルとワレスであったが、そんな二人がこの軍がリキア同盟軍と聞き驚愕するのはもうすぐの事である。

 

 

 

「……被害はごく軽微と言っていいでしょう」

「ふぅ、無事討伐できてよかったよ」

 

 戦いが終わり、イサドラから部隊の被害を聞いて、ロイは肩に入っていた力をようやく抜く。

 今までの戦いとは違い、劣悪な視界であったことはもちろん、なぜか賊どもが万全の態勢で待ち伏せしていたことが原因だ。

 

「……まるで、裏で何かが動いているみたいだ」

「そうですな……やはり今回の一件は、そう簡単に終わらせてはくれぬようですぞ」

 

 マリナスの同意に気を引き締めるロイであったが、そうなると気になるのがマークやパントの動きだ。

 

「一体どれぐらい知っているのかな?」

「……マーク殿は世情に疎い部分もありますし、何か知っているとすればパント殿ですかのぅ」

「そうなのかい?」

 

 公爵家の当主とはいえ、どこか浮世離れしたパントが世情に疎いならともかく、マークがそうと聞いてロイはかすかな違和感を覚える。

 だが、もともとマークはここ最近まで身を隠していたのだから、それも当然かと納得する。

 ちょうどその時、収集した情報をまとめ終わったマーク達がロイ達の下に現れる。

 

「どうやら多くの島の人たちが無理やり働かされている鉱山が北にあるらしいぞ?」

「そして、島の人達を守るべく賊と戦うレジスタンスが、西の方に拠点を構えているらしいね」

 

 密偵たちを使い、さらに自分の足も使って集めたと言うマーク達の情報は、今後の方針を大きく分けるものになりそうなものであった。

 そんな情報を聞いたロイは、苦渋の決断を下す。

 

「……北に向かおう!」

「ほう?」

「まがりなりにも戦えているレジスタンスと会いに行くより、無理やり働かされている島の人たちを助けることを優先したいんだ」

「なるほど、ね」

 

 本当なら両方を救いたいが、それが現実として不可能だと言うことぐらい理解している。

 事実、マークもパントもロイの出した決断におおむね満足そうな表情を見せるのであった。

 だが、まだまだマーク達の方が何枚も上手らしい。

 

「だが、情報はいくらあってもいい。ごく少数を西に向かわせるのもいいかもな」

「そうだね。同盟軍がレジスタンスの方に向かえないのなら、彼らの方からこちらに動くように仕向けておこうか」

「……」

 

 ロイが断腸の思いで切り捨てた可能性を、いとも簡単に救い上げた軍師たちに、ロイは言葉も出ない。

 もちろん、全軍を向けたときほどの人は救えないだろうが、それでもこの行為により救われる人もいくらか増えるだろう。

 そうと決まれば話は早い。西側に対し打てる手をうったこともあり、ロイ達は何の憂いもなく北へ向かうのであった。

 


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