ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

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第12章「リキアの澱」

 パントとパーシバルが帰国して、セシリアとの交渉もひと段落したころ、生き残ったリキア諸侯がようやくオスティアに到着し、会議が行われる運びとなっていた。

 諸侯はエリウッドが自分たちの承認もなく盟主代理の立場に収まっていることに苦言を呈すこともあったが、では他に適任がいるのかと言われれば答えることもできず、苦言は自分らの首を絞めるだけの結果に終わる。

 そして、集った諸侯でリキア同盟軍を再結成させ、その将にロイを据えることを承認させたのだ。

 ここまでは実績もあることから比較的速やかに決定されたのだが、これ以降が問題であった。

 すなわち、同盟軍の副将の件である。

 

「人材がいなかったこれまではともかく、これ以降ラウス公子殿を副将に据えるのは些か問題があるかと」

「そうですな……やはり、裏切り者の子が軍の中枢にいるのは、さすがに問題も多いでしょう」

 

 そう、いくらオスティア奪還から防衛を果たして実績を積もうが、現在副将を担っているフランは裏切り者のラウス侯爵の子であるのだ。

 さらに、諸侯の中には先代ラウス侯爵も問題を起こしたと知っている者もおり、なおさらフランにとって不利な状況になっていると言えるだろう。

 そして空席となった副将の座に自分の縁者をと、諸侯たちはそう考えていた。

 

「そうか……貴公らの考えは理解した」

 

 諸侯らの意見を十分に聞いた判断したエリウッドは、そう言ってこれ以上の言葉を遮り、ついでその視線をフランへと向け、何か反論は無いかと促す。

 だが、フランは顔を上げる事さえできず、青白い顔で小さくなっているばかりであった。

 

(彼には荷が重かったか……)

 

 その様子に、エリウッドはわずかばかりの失望を覚える。

 マークやパントから多少の事情とその気質は聞いていたのだが、それでも、ロイと共にオスティアを奪還、および防衛を果たした少年なのだ。もう少し、胸を張っていてほしかったと思ってしまうのは、仕方のないことだろう。

 だが、それも想定の範囲内である。

 エリウッドは会議場の面々を見渡し、あらかじめ用意していたセリフを述べ始めた。

 

「一度失った信頼というものは、容易く取り戻せるものではない」

「では……」

「しかし、親の過ちを子に背負わせるのはいかがなものだろうか?」

 

 エリウッドの言葉に、諸侯らは言葉を詰まらせる。

 確かに、ラウス侯の裏切りは決して許されない事であるが、当の本人はすでに討たれているのだ。

 さらにフランは同盟軍に参加して、結果も残しているのだ。ラウスに連なると言うだけで切り捨ててしまうのは、あまりにも勿体ない。

 

「では、裏切りの罪を功績でもって相殺すると?」

「ああ、そうしよう。また、信頼を取り戻す機会も与えたいと思う」

 

 フェレ侯爵らしい甘い決断だと、そう思う諸侯は少なくなかった。だが、それも次の言葉を聞くまでの、ほんの短い時間にすぎなかった。

 

「ラウスの手勢で、トスカナ侯を討ちなさい」

「……ッ!」

「エ、エリウッド殿!?」

 

 確かに、トスカナ侯という裏切り者をフランの手で討てば、この上ない潔白の証明となるだろう。だが、それはラウスにトスカナを討てるだけの戦力があった場合の話だ。

 一部の諸侯が驚愕するが、それ以外は確かに良い手であると口元をゆるませる。

 汚名返上の機会を与えるとして、裏切り者であり、主力を欠いたラウスの最後の戦力を使いつぶして、同じく裏切り者であるトスカナ侯の戦力を削る。

 そうして弱ったトスカナ侯をこれという若者に討たせれば、立派な実績を持った新たな副将の出来上がりというわけだ。

 ものは言い様だなとほくそ笑む諸侯であったが、もちろんエリウッドの考えは違う。

 

(これほどの難題をこなせば、文句を言う者もいなくなるだろう)

 

 そう、エリウッドはフランを使い潰すつもりなど欠片もなかった。

 ラウスの手勢でとは言ったが、傭兵を雇ったりすることを禁止していないので、一騎当

千にも等しい戦士と魔道士を雇わせれば、数はほとんどそのままで戦力を強化できるだろう。

 仮にもパントの師事を受けていたのだから、この程度の戦いは越えて当然だと考える一方で、顔色を無くしたフランに一抹の不安を覚えるエリウッドであった。

 

 

 

「……大丈夫かい、フラン?」

「……大丈夫だよ、ロイ」

 

 会議が終わってもなお顔色の戻らなかったフランを心配して話しかけたロイであったが、返ってきたのは今にも消え入りそうな、全然大丈夫には聞こえないか細い声でしかなかった。

 

「……」

「えっと……トスカナ侯を討つんだろう? 何か策はあるのかい?」

「……今ラウスに残った兵力だけでは、さすがに絶対数が足りないから、とりあえず兵を集めるところから始めないといけないね」

 

 今回はマークやエリウッドから事前に話を聞いていた二人は、フランが二人の思惑通りに動いていることにひそかに安堵する。

 だが、続く言葉はロイ達の想像の埒外にあった。

 

「実力のある傭兵はすでに同盟に雇われているから使えないし、かといって半端ものを雇っても意味がないし……」

「待って、別に傭兵たちは同盟軍と専属で契約しているわけじゃ……」

「でも……」

 

 本気で独力で何とかしようとしていたフランをなだめすかし、せめてニノやドルカス達を雇う事には同意させたが、マークの助力についてだけは頑として受け入れられなかった。

 

「マーク殿の力を借りてしまえば、私の実力など無視されてしまうよ」

「内密に事を進めれば……」

「絶対に漏れない秘密など、存在しないよ」

 

 ロイが同年代だからか、はたまたパントの指導の賜物なのか、フランは適度にロイの話を聞き、自身の意見を貫く。

 時々弱気の虫が顔を出そうとするのがロイにも見て取れたが、それでもフランは懸命であった。

 

「勝って来るよ。もう一度、君の隣に立つために」

「……うん、わかった」

 

 その並々ならぬ決意を前に、ロイはついに観念する。友が、やると言っているのだから、ここは背を押すのが自分の役目だろうと。

 そうしてフランは、ラウスの騎士や傭兵たちを引き連れ、トスカナ領へと進軍を開始する。

 もし、今回の作戦をこなすことができたのなら、きっと、父の残した呪縛から逃れることができると信じて。

 

 

 

 そのようにラウス公子が戦場へと出立する傍らで、マークは与えられた部屋にてとある騎士から相談を受けていた。

 

「……つまり、怪我が治るまで俺の師事を受けたいと?」

「はい、是非ともよろしくお願いします」

 

 負傷した右腕を吊ったランスが、再び頭を下げる。

 話を聞く限り、ロイを守ろうとナーシェンの前に出た際受けた傷は思いのほか深く、通常の治癒魔法では治りきらなかったらしい。

 それである程度時間をかけて治すことになったのだが、それまでの間訓練をするわけにもいかず、ただ安静にしているだけというのも耐えがたく、時間を有効に使おうとマークの下を訪れたという事だ。

 

「まぁ、前回とは状況も変わったし、教えること自体はかまわないんだが……」

「何か問題でも?」

 

 言いよどむマークに、ランスはわずかな不安を覚える。

 だが、マークはわずかに首を振り、言いよどんだ理由には触れずにさっそくある城の見取り図を取り出し、講義を開始する。

 

「ランスにとって一番馴染みがあるのはフェレだから……城を防衛するとなったら、どのように兵を配置して、動かす?」

「フェレ城防衛ですか……私でしたら、こことここに騎士を置いて、こちらには弓兵を……」

 

 普段から警備を行ってきた城という事もあり、ものの数分で配置を終えたランスであったが、続くマークの指示に頭を悩ませることになる。

 

「では、この城を攻めるにはどのような兵を用意し、どのような策を練る?」

「……」

 

 ついさっき自信をもって整えた城を攻めることになったランスは、当然すぐに答えを出すことはできなかった。

 

「そして、攻略できたら次はもう一度防衛を行い、防衛出来たらまた攻撃を行う」

「これが、マーク殿の知略の源ですか……」

「ただの一人遊びだよ」

 

 大げさな物言いをするランスに、マークは苦笑を返す。

 だが、この遊びがマークの原点であったことは間違いないだろう。

 

「……しばらくやってみます」

「詳細を詰めれば、100年は遊べるぞ?」

 

 退室の際に背にかけられたマークの軽口に、今度はランスが苦笑を漏らす。

 上手いこと話をそらされ、直接師事を受けることは叶わなかったが、この遊びにはそれだけの価値があった。

 

(一戦一戦、常に先ほどの自分を越えなければならないこれを、遊びと言い切るとは……)

 

 先程マークは100年遊べると言ったが、100年も遊べれば軍神にふさわしい知略が得られることだろう。

 

「とりあえず、私は目先の一勝を得なければな」

 

 現状考えられる最高の守りを施された城を思い返し、ランスは大きなため息を吐くのであった。

 

 

 

「……さて」

 

 ランスが立ち去ったことを確認したマークは、ほんの少しだけ、ランスについて思いをはせる。

 

(マーカスの事を含め、あまり気負い過ぎなければいいが……)

 

 気にするなと言っても聞けないだろうし、あえて言葉にはしなかったが、マーカスの分まで頑張らなければと考えて無理をしないかが心配であった。

 これはロイも含めたフェレ勢全員に言えることだが、気を付けて見ておく必要があるだろう。

 そんなことを考えつつ、マークは細心の注意を払いながらエリウッドの下へ向かう。

 これから行われる話は、たとえロイであっても聞かれるわけにはいかないからだ。

 そうして辿り着いた一室には、すでに目的の人物が待ち構えていた。

 

「悪い、遅くなった」

「かまわないよ」

 

 マークの謝罪を軽く流し、エリウッドは椅子を勧める。

 この密談の場に集った人数は三人。その最後の一人が、おずおずと手を上げながら尋ねる。

 

「あの、俺は本当にここにいていいんすか?」

「もちろん……いや、むしろ君がいないと話が始まらないからね」

「そういう事だ、クルザード。念のため言っておくが、話を進めないと言う選択肢もあることを覚えておいてくれ」

 

 そう、マークとエリウッドと肩を並べてこの場にいるのは、一介の傭兵であるクルザードであった。

 なぜ自分がこんな場所にと肩身を狭くするクルザードに、エリウッドは最後の確認を行う。

 

「先程マークも言ったが、話を進めないと言う選択肢もあるんだ。君の気が進まないのなら、本題に入る前に退席する事を進めるよ」

「つまり、本題に入ってしまったら、拒否権は無いってことだ」

 

 二人の念押しに、クルザードの喉が半ば反射的に動いて唾を飲み込む。

 だが、ここで引き下がるようであれば、初めからこの席についてはいない。クルザードは一つ頷き、二人を促すのであった。

 

「では、さっそく本題に入らせてもらおう……クルザード、君は現状のリキアをどう思う?」

「……はっきり言わせてもらえば、あんまりよろしくないんじゃないですかね」

 

 ベルンを退けたとはいえ、トスカナ侯のような反乱軍は未だに存在している。また、有力貴族のほとんどが亡くなった今、多くの下級貴族が力を得ようと暗躍していたりもする。

 あまりよろしくないとクルザードは評したが、これでもかなりオブラートに包んだ表現と言って過言ではないだろう。

 だからこそ、この状況が致命的になる前に対処すべくこの場を用意したのだ。

 

「正しく現状を把握しているようで何よりだ。……それでは、今のリキアに何が必要かもわかるんじゃないかな?」

「……手ごろな敵、ですか?」

「その通り」

 

 古来より、人々がより強い結束を得るきっかけとは、共通の敵に他ならない。

 一応、現状でもベルンという敵が存在するのだが、ベルンを手ごろとするには問題が多すぎたのだ。

 

「ベルンは、強大過ぎる。戦う前から従属を考えてしまうほどにね」

「なるほど……それで俺ですか」

 

 そう、エリウッド達はクルザードにその『手ごろな敵』になって欲しいと言っているのだ。

 

「……先ほどは拒否権など無いと言ったが、断ってくれてもかまわない」

「しばらく行動を制限させてもらうが、それほど長くはならないだろう」

「いえ……その話、受けさせてもらいます」

 

 ある程度信用が置けるか試しただけだという二人に対し、クルザードは即答に近い形でこの危険な仕事を請けると決めた。

 想像以上にあっけない同意に、さすがのマークも呆気に取られる。

 

「いいのか? ひとつ間違えれば、反逆者として殺されることになるんだぞ?」

「しくじったら死ぬなんて、傭兵やってたら当たり前でしょう?」

 

 正直に言ってしまえば、クルザードは今回の戦いで間違いなく死ぬだろうと覚悟して同盟軍に参加したのだ。

 死ぬかもしれない等いまさらの話であり、自身の働きがリキアの礎になるのだというのなら、むしろ本望ですらある。

 その思いが通じたのか、マークもひとつ頷いて、資料を取り出す。

 

「少し古い情報になってしまうが、傭兵崩れのアジトの場所だ。こいつらをまとめ上げ、ある程度の組織を作って欲しい」

「実際に貴族たちに会ってその身勝手さに失望したとか、馬鹿な貴族どもを蹴落として成り上がるチャンスだとか言ってやればいいんすね?」

「ああ、ついでに見込みがありそうな奴は取り込んでおいてくれ」

 

 最終的には、反乱軍と同盟軍をぶつけて隙を晒し、裏切り者の貴族に穴倉から出てきてもらう。事が成ったら、クルザードも部下や同志を率いて反転して反乱軍を討伐する。

 

「本当なら、敵として殲滅したりせずに、味方につけられれば一番よかったんだが……」

「それをやるにはリキアの地力も、時間も足りないぞ」

 

 エリウッドが苦渋の表情を見せるが、これでもできる限り犠牲者が少なくなるように策を練ったのだ。

 だが、相手もさすがにそう簡単に尻尾を見せず、下手に時間をかければどんどん状況が悪くなっていくことも目に見えている。

 結局、自作自演の反乱騒ぎで相手の動きをコントロールして、殲滅するほかに手が無かった。

 それはさておき、クルザードの同意も得られた以上、早急に事を進めるべきだろう。

 その後は、緊急時の連絡方法や定期的な報告についてなど細かいことを詰め、数日中にクルザードがオスティアをされるように準備を重ねるのであった。

 そして一通り話がまとまった後、マークはさらりと重大な方針を口にした。

 

「あ、クルザードと同時期ぐらいに、俺もリキアから一度離れる」

「えっ!?」

 

 目を見開き、思わず素に戻ったエリウッドに、言葉が足りなかったかとマークは軽く謝罪する。

 

「ベルンとの戦いが控えている以上、やはり相応の準備が必要だと思ってな」

「それは同意するが……ひょっとして、神将器を集めに行くのかい?」

「いや、さすがに大陸中を回る余裕はないだろう」

 

 できる事なら、エリウッドの案が得たとおりに神将器をそろえて竜に対抗すべきなのだろうが、残念なことにそれほど時間に余裕があるとは思えなかった。

 故に、行くべき場所は一つ。神将器には劣るが、最上位の武器を封印した、エリウッド達にとって因縁の場所である。

 

「行くのはヴァロール島だ」

「なるほど……確かに、あの時の武器があれば心強い」

 

 人同士の戦いに使うべきではない。そう言って、あの時は大陸に持ち帰ることなく封印したが、竜が復活しているかもしれないとなれば話は別だ。

 エリウッドはマークの考えに同意し……最近常に頭から離れない、ある考えを口にする。

 

「……再び、人竜戦役が起こるのか?」

「……さすがに、それは遠慮したいな」

 

 情報は少なく、是とも否ともいえない。そう苦い顔をするマークに、エリウッドも顔を曇らせる。

 ニニアンを娶ったエリウッドにとっても、マークにとっても人竜戦役など悪夢でしかない。

 だからこそ、決意を新たに、最悪の事態を防ぐべく立ち上がる。少なくとも、ベルンの真意を知るまでは決して退かぬと誓いながら。

 

 

 

 それから数日後の、マークがオスティアを立つ前日。日も暮れ、多くの人が寝静まった頃、マークはオスティアの城内を静かに歩いていた。

 もちろん、普段からこのような時間に散歩をするような習慣を持っているわけではない。それにもかかわらずマークが城内を歩き回るのは、おそらく厩舎にいるであろうとある女性に会いに行く為である。

 

「……やっぱりここに来ていたか」

「マークさん……」

 

 そこにいたのはマークの予想通り、愛天馬ヒューイをなでるオスティア侯爵夫人……いや、ヘクトルの妻であるフロリーナであった。

 かつての戦友との約20年ぶりの再会であったが、そこに単純な歓喜が浮かぶはずも無く、むしろマークの表情には鋭い痛みに耐えるかのような苦渋が満ちていた。

 

「まず、挨拶が遅れた事を謝らせてくれ」

「いえ……現状を思えば、わたしたちが気軽に会えない事ぐらい分かっていますよ」

「……」

 

 マークはフロリーナの言葉にさらに顔をしかめるが、その言葉に間違いはない。

 今はフェレ侯爵であるエリウッドが盟主代理としてリキアをまとめているが、本来その役目はオスティア侯爵のものである。

 それを根拠として、オスティアに縁のある者……すなわち次期オスティア侯爵であるリリーナや、オスティア侯爵夫人であるフロリーナを担ぎ上げようとする者も、少なからず存在している。

 そして、そんな身の程知らず……もとい、野心家たちの最大の壁が、名軍師のマークなのである。

 

「ヘクトル様やエリウッド様以外には従わないと思っているんでしょうね」

「別に、あいつらにだって従った覚えは無いんだけどな」

 

 わずかに苦笑を交えながら言うフロリーナに反論するマークであったが、第三者から見ればそのように映るという事ぐらい、マークにだって分かっている。

 そして、フロリーナと親しくしているのを見られてしまえば、その思い込みが崩壊してしまう。

 だからこそ、マークは表立ってフロリーナに会いに行くような真似ができなかったのだ。

 

「……ヘクトルの事、済まなかった」

「……」

 

 あまりにも遅くなってしまった一言であったが、それに対してフロリーナはそっと首を振る。

 

「私は、ヘクトル様の事もマークさんの事も、ちゃんと知っていますから」

「……」

「二人が全力で立ち向かって、それでもダメだったのなら、仕方なかったと諦められます」

 

 フロリーナの知る限り、ヘクトルは最高の将で、マークは最高の軍師なのだ。

 

「だから、謝らないでくださいよ……」

 

 最善を尽くして及ばなかったのなら、まだ納得できる。

 だが、もし、万に一つ、ヘクトルを助けられる可能性があって、それを取りこぼしてしまったと言われれば、彼女はマークを恨まずにはいられないだろう。

 

「……あの時できる事は、全てやった」

「なら、マークさんが謝る事なんてないじゃないですか……」

 

 そうは言っても、マークが自責の念に駆られるのもわかる。フロリーナだって、同じなのだから。

 しかし、それを口にすることはできなかった。すでに起こってしまったことを、いつまでも後悔していても何も変わらない。

 今なお危地に立たされているリキアの為にも、過去にばかり目を向けているわけにはいかないのだから。

 

「……でも、今だけは……」

 

 そう言って、フロリーナはマークの胸にすがりつく。夫であるヘクトルが亡くなり、姉たちの居るイリアも、親友であるリンディスがいるサカもベルンに敗れたと聞く。

 娘や臣下たちの前で気丈に振る舞わなければならないフロリーナには、もはやここにしか自分をさらけ出せる場所が無いのだ。

 それがわかっているからこそ、マークも黙ってフロリーナを受け入れる。他に誰もいないこの時だけは、涙をこらえる必要はないのだと。

 しかし、誰もいないはずのこの場所で、マークは不意に何者かの視線を感じた。

 

「……」

「……」

 

 息をのむ第三者と、フロリーナと同じ天馬騎士であるシャニーと目があってしまう。

 

(……そう言えば、彼女にはフロリーナと恋仲だったと勘違いされていたな……)

 

 半ば現実逃避気味にそんなことを思い出すマークの視界の中で、シャニーは『じゃ、邪魔してごめんなさいっ! 見ませんでしたから! わたし、何も見ませんでしたからっ!』と、無言のままにそんな言い訳を残し、静かに、されどできる限り早足でこの場から逃げ去って行った。

 できる事なら誤解を解きたかったが、フロリーナを置いて行くわけにもいかず、マークは静かに天を仰ぐのであった。

 




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