ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

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外伝1「竜牙将軍」

(くそっ、くそっ、くそっ!)

 

 本国へ帰還後、内心で悪態をつきながら城内を進むナーシェンの心中を一言で表すとすれば、順風満帆の旅路に突如前触れもなく嵐が訪れたとでもといった所であろうか。

 ベルン国王ゼフィールが直々にリキアの主力を潰し、ナーシェンもエトルリアに介入させないように裏に表にかなり気を使っていた。

 そしていざリキアに進行してみれば、予想外な事ばかりが続いたのだ。これで平静を保てるはずがないと、ナーシェンは自己弁護をする。

 最大の誤算は、エトルリアのリグレ公爵が個人で動いていたという一点に尽きる。

 彼さえ動かなければ、エトルリアにいる協力者により、軍を動かすまでには至らなかったはずなのだから。

 だが、それ以上にナーシェンが憎悪を向けたのは、フェレ公子を守っていたあの老騎士である。

 

(あの老いぼれさえいなければ……!)

 

 そう、いくらか予想外な事態があったとはいえ、あの場でフェレ公子を潰し、オスティアを制圧できていればさほど問題には成らなかったはずなのだ。

 かの老騎士はそれを阻止したのに加え、ナーシェンに一生残る傷さえ残して見せたのだ。

 オスティアを強襲した部隊が竜騎士のみで編成されたものであったため、治療が本隊と合流後になってしまい、脇腹の傷はあとが残ってしまったのだ。

そのことを思い出し、ついに悪態が内心に収まらず表に出そうになったが、王城に轟いた大声にナーシェンはそれ以上の事を続けることができなかった。

 

「ナーァシェーンッ!」

「ッ!」

 

 腹の奥底まで響いてくるようなその大音声に、ナーシェンはもちろんそれにつき従っていたフレアーたちもその身を硬直させる。

 それもそのはずだ。このベルンという国において、竜将であるナーシェンに敬称をつけずに呼べるものなど、片手の数でたりるのだから。

 その筆頭であるのは国王であるゼフィールであり同格である竜将の2人だが、彼らはナーシェンの報告を聞くために今頃は謁見の間に集まっている頃だろう。

 ではこの声の主は誰なのか?

 答えは、リキア方面軍に出向していたヒースの口からもたらされた。

 

「隊長……」

 

 ベルン軍の中でもかなり特殊な立場に立つヒースが『隊長』と呼ぶ人物など、大陸中探してもたった一人しかいない。

 そしてその人物は、ヒースの声を合図にするかのように、怒りをその全身で表しながらナーシェンたちの前に現れた。

 

「リキアからすごすご逃げ帰って来たとは……一体どういう事だいっ!」

「……ヴァイダ殿……」

 

 かつて『竜牙将軍』と呼ばれた女傑の怒声に、ナーシェンは辛うじて声を出すことしかできなかった。

 だが、そんな情けない真似を許すヴァイダではない。ただでさえ穏やかとは言えなかった表情に、さらに青筋が追加されたのを皮切りに、ナーシェンは冷や汗を流しながらしどろもどろに抗弁を試みる。

 

「に、逃げ帰ったとは人聞きの悪い……エトルリアの介入とあっては、いかにベルンとて正面衝突は時期尚早と考え、仕方なく……」

「アタシはそんな言い訳聞きに来たんじゃないんだよッ!」

 

 ヴァイダはナーシェンの言葉を断ち切り、その胸ぐらを締め上げる。

 

「三竜将の一角に任じられたアンタが、何で尻尾巻いて逃げ帰って来たかって聞いてんだよッ!」

「ぐっ……!? し、しかし、あの場でリグレ公爵を保護するできるほどの戦力を携えたエトルリアと……!」

「言い訳すんじゃないよっ! その程度の事で、竜将ともあろうものが、陛下の御下命を果たせず逃げ帰って来るなんて許されると思っているのかい!?」

「ひっ!?」

 

 ただの将であれば撤退もまた許せたが、竜将だけは許されないとヴァイダは考えていた。

 国王から最大の信頼を得た将である竜将が下された命を果たせずに、誰が陛下の命を果たすのか。

 もはや般若すら裸足で逃げ出しそうな形相のヴァイダに、ナーシェンは完全にすくみ上る。

 その情けない様がさらにヴァイダの怒りに油を注ぐが、彼女にさらに怒鳴り散らすような暇は欠片もなかった。

 

「……来な! その性根、叩き直してやるよっ!」

「ま、待っていただき……!」

「なんだい? まだ、言い訳をするとでも言うのかい?」

「……」

 

 破裂寸前の火山を思わせる激しさを失った平坦な声が、ナーシェンから抗弁の機会を奪う。

 そしてそのまま、彼は抵抗などできるはずもなく、ヴァイダの手によって修練場へと引きずられ、そこで完膚なきまでに叩きのめされるのだが……本当に災難なのはナーシェンの副官に収まっているフレアーの方だ。

 ナーシェンが連れて行かれてしまった以上、陛下への報告を行うのは副官であるフレアーの役目なのだから。

 それも敗戦の報告となれば、フレアーも顔色が青色を通り越して土気色になってしまったのも、ある意味当然のことだろう。

 だが、フレアーのそんな態度に疑問を抱く者もいた。オスティアでフレアーたちと共に戦った若い竜騎士の一人である。

 

「……あの、すみません」

「ん、なんだ?」

「その、ナーシェン様に命令できるのは、国王陛下を除けば、竜将筆頭のマードック殿だけだったと思ったのですが……」

「ああ、そのことか」

 

 若い騎士の疑問に、フレアーはしみじみとつぶやく。

 確かに彼女やヒースの経歴の一部は秘匿されているが、その行動の全てが秘められているわけではないのだ。

 そのことに、何とも言えぬ時の流れを感じたのだ。

 

「ヴァイダ殿の事を知らない世代も増えたのだな……」

「今ではほとんどただの教官ですからね」

 

 ベルンに帰還した直後はともかく、ゼフィールの即位後は腑抜けた竜騎士たちの再教育と称して叩きのめした為か、現在それなり以上の年齢の竜騎士に彼女に逆らえる者はいないわけだが、それももう一昔前の話という事だろう。

 もっとも、ナーシェンが彼女に逆らえないのはその訓練の所為だけではない。彼女にまつわるある噂の為でもある。

 

「ヴァイダ殿こそ、陛下の盾であるマードック殿に並ぶ陛下の槍なのだ」

「あ、あの方が……!」

 

 その名は、若い騎士にも聞き覚えがあった。

 かつてゼフィールが即位する前には、彼の前に多くの困難が立ちはだかったと言う話だ。

 詳しい事は様々な事情から誰もが口を噤んだが、それでも漏れ聞こえる噂があったのだ。

 その一つがゼフィールを敵から守る盾であったマードックであり、敵を滅ぼす槍であるヴァイダであったらしい。

 しかし、ベルン国軍の中にヴァイダという将はおらず、いわゆる法螺話の類だと若い騎士たちは思っていたのだが……事実だとすれば、確かに竜将であっても逆らう事は出来ないだろう。

 

「では、あの噂も事実なのですか?」

「どの噂だ?」

「……あまり大きな声では言えませんが、『暗闇の巫女』殿の従える竜をたった一人で討ち果たし、『この程度のトカゲならベルン軍に必要ない』と言い放ったとか」

「……」

 

 フレアーはそれが事実とも嘘だとも言えずに、ただ歩みを再開することしかできなかったと言う。

 

 

 

 そんなふうに若い騎士と話しながら現実逃避をしていたフレアーであったが、陛下への報告である以上逃げ出せるはずもない。彼はヒースの補佐を受けながら、国王ゼフィールの眼前にその身を平伏させるのであった。

 

「……以上が、今回の戦いの顛末でございます」

「……」

 

 陛下の御前で、竜将であるマードックやブルーニャもいる中でまさか虚偽を報告するわけにもいかず、自分たちの敗戦について事細かに語る羽目になったフレアーの顔には、もはや死相すら浮かんでいたと言って過言ではないだろう。

 さらにその報告を聞いた陛下が一言も発せないこともあり、いっそこのまま気を失えたらどんなに楽かと思う事も一度や二度ではなかった。

 そんな沈黙が続く中、にわかに謁見の間の外が騒がしくなり、誰かがこの場に押し入ってきた音がフレアーの耳に届いた。

 

「ヴァイダか……ナーシェンを連れて行ったと聞いたが、その血は?」

 

 マードックの一言により乱入者がヴァイダであるとわかったが、その姿を見てゼフィールとマードックを除いた面々が息をのむ。

 その身を鎧で包み、いままさに戦場の最中にいるかのような闘志を纏ったヴァイダには、わずかではあるがその顔に血痕をつけていたのだ。

 

「ちょっとばかり、腑抜けを鍛え直していてねぇ。陛下……」

「よい、許す」

 

 ヴァイダが跪き、このような姿で突然現れた謝罪しようとしたのを、ゼフィールが止める。

 そんな事よりも早く要件を言えと言わんばかりの陛下の態度に、ヴァイダも装飾を除いた率直な言葉で返すのであった。

 

「此度の敗戦の責任を果たす許可をいただきたい」

「ほう……何ゆえ貴様が?」

 

 平伏したまま用件を述べるヴァイダに、ほんの僅かであったがゼフィールが興味を示す。

 本来、敗戦の責任を取るとすればリキア遠征を任されたナーシェンだ。それにもかかわらず出しゃばるヴァイダに、ゼフィールは妹であるギネヴィアですら気づけないだろう笑みを浮かべる。

 

「陛下がご即位されて以降、私は竜騎士たちを大陸最強の名にふさわしくあれと鍛えてまいりました。その竜騎士たちが遅れをとったとあれば、全ては私の責任であると愚考した次第であります」

「なるほど……」

 

 強引ではあるが、無理をすればそのような解釈もできないではないだろう。だが、なぜヴァイダがそんな強引な解釈を用いてまで責任を背負おうとするのか、竜将のひとりであるブルーニャにもわからなかった。

 しかし、ゼフィールはヴァイダの言い分を聞き入れ、処分を下す。

 

「失態の挽回を命ず」

「はっ、御慈悲に感謝いたします」

 

 深々と頭を下げるヴァイダの返答に満足したのか、ゼフィールは謁見の間を後にする。

 国王とそれに従うマードックの退室を見送り、ようやく立ち上がったヴァイダに、ブルーニャは問いかける。

 

「……なぜ、貴女は責任を肩代わりするような事を?」

「なんだい、聞いていなかったのかい?」

「いえ、聞いてはいましたが……」

「なら、それが全てだよ」

 

 語ることなどないとばかりの態度にブルーニャが茫然としている間に、ヴァイダはこの場を立ち去る。

 その様子に思わず、フレアーの補佐としてこの場を訪れていたヒースが苦笑を漏らす。

 

「貴方はわかるのですか、ヒース殿?」

「そうですね……部下の失態は上司の責任です」

「何を……」

「では、将の失態はだれの責任になりますか?」

「それは……」

 

 ヒースの言葉に、ブルーニャはようやくヴァイダの言動を理解した。

 竜将であるナーシェンの上には、もはや国王であるゼフィールしかいない。それに加え、竜将を任命するのもまた国王である。

 故にヴァイダは敗戦の責任をナーシェンから奪い取り、自分のものにしたのだろう。

 すべては、ゼフィールの為に。

 

「……まあ、必要なかったと俺は思いますがね」

「……」

 

 確かにヒースの言うとおり、ナーシェンの失態を国王の責任と言うような者は、今のベルンにいないだろう。

 それにもかかわらず動いたヴァイダを忠臣と思うか道化と思うかは、大きく意見を別つところだろう。

 そしてヴァイダの行為を前者であると感じたブルーニャは、それゆえに大きな疑問を覚える。

 

「そこまでの覚悟があるのなら、彼を排除する方に動かないのはなぜかしら?」

 

 それは、ナーシェンの言動に不快感を覚えていたからこその問いかけであった。

 陛下の名にわずかな傷もつかないようにと気を張るヴァイダが、ナーシェンのような人物を竜将と認めた理由がわからない。

 彼女から見て、ナーシェンは竜将に任じられるには、部下たちの模範となるにはいささか人格に問題があるように感じていたのだ。

 そこはヒースも同感であったが、それゆえにヴァイダに尋ねたことがあった。

 

『結局のところ、たとえどんな手段を使うことになろうと、目的を達成することが一番重要なんだよ』

 

 それがどのような経験を経て発せられたのかを、ヒースはこれ以上ないほどよく知っている。だからこそ、ライバルを蹴落としても竜将を目指したナーシェンを支持したのだ。

 今回の遠征も、決して快く思えない手段を使うナーシェンに従ったのは、ヴァイダの言葉があったからこそであると言えるだろう。

 とはいえ、ナーシェンの言動の全てを肯定するわけではないヒースは、ブルーニャにまで彼の行為を正当化する理由を話すつもりは無かった。

 

「きっと、必要だと考えたからでしょう」

「まあ、そうなんでしょうけど……」

 

 先程とは違う、あいまいな答えに戸惑うブルーニャであったが、これ以上は答える気のないヒースに更なる質問をぶつける気にはならなかった。

 


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