ファイアーエムブレム 竜の軍師   作:コウチャカ・デン

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第10章「聖騎士」

 ロイ達が無事にオスティアを制圧した直後、彼らの下にベルン軍到着の知らせが届く。

 戦いに勝利したとはいえ消耗が激しいリキア同盟軍であるが、ここで逃げ出すことはできない。

 彼らは万に一つの勝利を信じ、ベルン軍の前に姿を現すべく準備を整えるのであった。

 

「ウォルト、敵の編成は見えるか?」

「えっと……見える範囲には竜騎士しかいませんね。歩兵や騎兵が続く様子も見られません」

「……」

 

 ウォルトの言葉に、マークはベルン軍の内情を予想する。

 しかし、悲観的になっても楽観的になっても意味は無いのだ。この場で思考を巡らせても意味がないと諦め、マークはウォルトと共にロイの元に戻り、最低限の準備を押し進める。

 

「最低限、こちらの消耗を隠さなければならない! 血糊を落として汗を拭くだけでもいいから、それぞれ身なりを整えなさい!」

「バース、予備の武器を武器庫から解放して! 鎧までは難しくても、マントやローブを羽織って、傷を隠すことぐらいできるでしょう!」

 

 シルバーやフロリーナの助言の下、ロイ達は何とか体裁を整える。

 とはいえこれだけでは外見を取り繕っただけにすぎないが、それでも手札の一つにはなると信じるしかない。

 そう思い最善を尽くす仲間たちにマークはいくつかの策を話し、それだけで城内で準備に使える時間を使い果たしてしまった。

 クラリーネなど、後々問題になりそうな面々を逃がしたりもしたかったのだが、これ以上時間をかければその『後々』が無くなる。

 

「くそっ、アレン! ちょっと待て!」

「マーク殿?」

 

 仕方が無くそちらの問題は目をつぶり、マークはアレンに歯を食いしばりながら策を授ける。

 

「……こんなことを言いたくはないが、戦いになれば勝ち目はほぼない。ロイを生かすために、死んでくれるか?」

「……マーク殿、それは騎士として当然のことです。今更確認する必要はありません」

 

 マークの問いかけに、アレンは真剣な面持ちで答える。その程度、戦いが始まるよりも前に、騎士になる時にはすでに決めていたことだ。

 むしろ、今更な問いかけに怒りすら覚えるほどである。

 

「悪い、だが必要な確認でな。……そんなお前に頼む。無駄死にはするな。必ず一人、道連れにしてくれ」

「分かりました……他の皆には?」

「時間が無い。戦いになった時、お前から伝えてくれ」

 

 それは本来、策と呼ぶべきものではない。ロイが聞けば絶対に否定するだろう言葉に、されどアレンは決意を新たにする。

 無駄死をするなと、マークは言ったのだ。つまり、彼には見えているのだろう。

 

(俺らの命を、勝利への礎にする道が)

 

 そう確信できたからこそ、アレンは戦える。たとえこの戦いで命を落とすことになっても、マークならばきっと己の主を勝利へ導くだろう。

 そして、その礎に自分が一番に声をかけられたことに、アレンはかすかな喜びを覚える。

 

(ロイ様は、お怒りになられるだろうがな)

 

 わずかに口の端を歪め、アレンはロイの騎士として、リキア同盟軍の一員として、竜将ナーシェンが率いるベルン軍と相対する。

 刃は未だ交わらずとも、戦いの火ぶたは切って落とされたのだ。

 

「くっくっくっ、お前がロイか? ご苦労だったね、あの反乱軍どもを倒してくれて……おかげで手間が省けたよ」

「お前が、三竜将の一人ナーシェンか。その物言いだと、やはり反乱軍は……」

「ああ、別に取引をするつもりが無かったわけじゃない。ただ、取引自体面倒だと思っていたがね」

 

 そんなことを言うナーシェンであったが、その酷薄な笑みからは真実味を感じられなかった。

 だからこそ、わかってしまう。この場での交渉など、意味がないと。

 しかし、理解できたこともある。

 

(勝利を確信した顔だな……もう少し会話を引き延ばせるか?)

 

 ベルンの到着にこそ間に合わなかったが、間違いなくエトルリアはこの場を目指しているのだ。時間さえ稼げれば、勝ち目はある。

 

「まさか、竜将直々に少数の兵を率いてくるとはな……本隊に何か不都合でもあったか?」

「ほう、貴様は?」

 

 2人の会話に割って入ったマークの言葉に、ナーシェンの眉がほんのわずかに動く。

 そしてそれを隠すように問いが重ねられたが、当然見逃すようなへまはしない。とはいえ、気付いたことを伝えるつもりもまだなかった。

 

「軍師……マークだ」

「……なるほど、騙りか?」

 

 20年前に現れた至高の軍師。本人が現れないのをいいことに、偽物が仕官しようと大勢現れたという話だ。

 マークもその言葉を否定せず、むしろ誤解していてくれた方がやりやすいと思うが、残念ながらそうはならない。ベルンにも、マークを知る人間がいるのだから。

 

「本人です、ナーシェン様」

「……これは驚いた。ぜひとも、その若さの秘訣をご教授願いたいものだね」

「……ヒース」

 

 かつて共に戦った竜騎士が、今は敵として立ちはだかる。その姿は、仕えるべき主を得たためか、あのころよりもさらに力強く感じるのだった。

 それと同時に、このタイミングで攻められたのが偶然ではない事もまた確信する。

 マークやエリウッドの事を知る彼であるならば、この後リキアがとる行動を予想し、先手を打つのも難しい事ではない。

 

「この部隊はお前の提案か?」

「いや、私の提案だよ」

 

 だが、マークの確信はナーシェンによって覆される。そのことを苦々しく思うが、それ以上に竜将の口の軽さに、自己顕示欲の強さに感謝するのであった。

 もちろん、マークがそれらの事を顔に出すようなことはしない。

 

「……厄介な奴が出てきたもんだ」

「くっくっくっ、20年も前に姿を消した化石が、この私に勝とうなど……」

「てっきり伏兵におびえる兵士をまとめきれず、場当たり的に出てきた間抜けだと思っていたんだがな」

「……ふんっ、そんなわけがないだろう?」

 

 その一言は、マークにとって時間稼ぎ以上の意味を持たなかったのだが、その予想をはるかに超えた情報を引き出すことに成功する。

 ニノが行っていた襲撃の効果を実感するとともに、ナーシェンの評価を一段下げる。

 

(とはいえ、こいつが実力者であることに変わりは無く、周りもヒースを筆頭にかなりできるんだから……)

 

 事実、ナーシェンとヒースを完全に押さえるには、フロリーナとシルバーの札を使わざるを得ない。

 しかし、それでは残った面々が各個撃破されてしまう事は間違いない。

 

「まったく、ここから勝ちを拾おうなんて、難題にも程があるな」

「ほう、この状況でまだ諦めないのかい? そのボロボロの戦力で戦うと?」

「それこそまさかだ。だが、勝利に至る手段は敵を倒すだけとは限らないんだぞ?」

 

 並の人物であれば、この状況でこんなことを言ってもただの負け惜しみにしか聞こえないだろう。

 だが、マークに限ってはそうとも言っていられない。彼の手腕は『歴史を変える』とまで称されている故に、この状況に置いてなお油断できる相手ではないのだ。

 もっとも、そんな評価ももはや過去のもの。ナーシェンにはただのブラフにしか聞こえなかった。

 

「まさかとは思うけど、エトルリアの介入を期待しているんじゃないだろうね。だとしたら、とんだ期待外れだ」

「……どういう意味だ!」

 

 あまりに的確なナーシェンの指摘に、マークが前に出てから一歩引いていたロイが思わず声を荒げる。

 そのことに気を良くしたのか、ナーシェンは嬉々として自身が施した策を語り始めた。

 

「なに、リキアの状況を知るお前たちならば、容易に想像がつくのではないかな?」

「まさか……!」

「くっくっくっ、奴らも一枚岩ではない。それに加えて、念のためエトルリアとオスティアをつなぐ街道にも小細工をしておいた。たとえ時間をいくらか稼いだところで、援軍は来ないんだよ!」

 

 頼りにしていたエトルリアが来れないことに思わず青ざめるロイ達同盟軍であったが、続くマーク達の言葉がその不安を切り裂く。

 本音を言えばもう少し会話を長引かせたかったが、それに固執して士気を下げたままにするわけにはいかないのだ。

 

「エトルリアは来るさ。妨害が入れば入るほど、必死さを増してな」

「ほう、それはどのような根拠があって……」

「簡単な事だ。この場には私が居るからね」

 

 嘲笑を浮かべるナーシェンに対し、シルバーが深くかぶっていたフードを脱ぐ。そこに現れたのは、整った容姿に銀の髪を持った壮年を迎えた男の顔であった。

 一瞬だけ怪訝な顔をしたナーシェンであったが、隣にいたヒースの一言に、その表情を驚愕に染める。

 

「リグレ公爵パント殿……!」

「なんだと!? 馬鹿な、あり得ん! このタイミングで公爵が護衛もつれず、リキアを訪れるなど……!」

「否定したいのならいくらでもどうぞ? だが、君たちがいくら否定したところでエトルリアは止まらんよ」

「このっ……!」

 

 そう、もとよりマーク達にとってベルンがエトルリアの介入を妨害してくるのは想定済みであった。

 故に、マークはパントの力を借りて援軍を絶対のものにしようとして、パントは自身を人質にしてエトルリア軍を動かなければならない状況を作り上げたのだ。

 

「ただリキアの保護要請程度なら妨害に対して慎重になることもあり得たが、公爵の保護が目的ならば話は変わってくる」

「私も一応王家の血を引いているからこその公爵でね。今頃はエトルリア軍も必死になってこの地を目指していることだろう」

 

 こうなってしまえば、むしろ妨害は逆効果だ。エトルリア軍は公爵の安全を一刻も早く確保するためにも、最速で進軍してくるはずだ。

 それを悟ったがゆえに、ナーシェンは決着を急がねばならなくなってしまう。しかし、リグレ公爵に手を出してしまえばエトルリアとの正面衝突は必至。それは流石に時期尚早だ。

 結果として、ナーシェンは退くに退けず、進むに進めず八方ふさがりに陥ってしまう。

 だからこそ、ヒースが声を張り上げる。

 

「偽物だ! エトルリアの高位貴族が単身リキアを訪れるなどあり得ん!」

「まあ、そうするしかないよな!」

 

 パントを偽物と断じ、無理やり戦端を切るヒースにマークは獰猛な笑みを向ける。

 そこで二人の将が、ついに全軍に号令をかけたのだ。

 

「エトルリア軍の到着まで、なんとしても生き残るぞ!」

「偽りの希望にすがった愚かどもがっ! そんなまやかし、この私が打ち砕いてやろう!」

 

 開幕直後に投げつけられたショートスピアは、予定調和のようにパントによって燃やし尽くされたヒースは、他の竜騎士たちからパントを引き離すべく動く。

 パントとしても、ヒースに自由に動かれては死者の数が跳ね上がるのがわかっているため、彼の動きに従う他無かった。

 さらに言えばヒースはパントの守りを貫ける槍を持ち、パントはヒースを焼き尽くす魔法を使える。

 正直に言って、お互い牽制以上の大胆な行動がとれないでいたのだ。

 

「……そういえばまだ言ってなかったね。無事正規軍に戻れたこと、祝わせてもらうよ」

「……ありがとうございます。おかげでまた騎士として槍を振るっていますよ」

 

 一瞬皮肉かと思ったヒースであったが、本心からだろうと思い直す。立場の違いからお互い武器を向けているが、パントにとってヒースはかつての戦友であることに変わりないのだろう。

 ヒース自身、戦場で相対してなおパントやマークに憎悪を抱いていないこともあり、その思いが理解できたのだ。

 できる事なら戦いたくはない。

 そのような本心を秘めつつも、彼らは退くことなく、お互いに武器を向け続ける。己の信じるものを守るために。

 そしてリキア同盟軍のもう一人の最大戦力であるフロリーナは、戦いを最速で終わらせようとナーシェンに突っ込もうとして、その副官として配置されていたフレアーに阻まれてしまう。

 

「退きなさい!」

「ずいぶんと勇ましいご婦人ですな!」

 

 フロリーナの実力であればフレアー1人ぐらい倒せないでもなかったが、さすがに一撃というわけにもいかない。

 侯爵夫人として見習い時代より上等な鎧が用意されているフロリーナとはいえ、複数の竜騎士に囲まれてしまえば勝ち目はないこともあり、強襲は失敗に終わったと引き上げるほかなかった。

 しかしそれはフロリーナの事情であって、フレアーたちまでもが引き下がる理由にはならないのだ。

 

「逃がすとお思いで!?」

「くっ!」

 

 高速で天を翔けるフロリーナを追うのは、フレアーを筆頭とした3騎の竜騎士だ。こうなってしまえば、いかにフロリーナとて逃げに徹するよりほかない。

 彼女の戦場が空へと移ったことにより、同盟軍はパントに続き2枚目の切り札を失ったと言っても過言ではないだろう。

 そして、その隙を見逃すナーシェンではなかった。

 

「死ね!」

 

 一言。されど今のロイには抗う事の許されない一撃が放たれる。

 竜将を任される実力を持つナーシェンの一撃は、ロイを守護する騎士であるランスやオルド達にすら反応することすらできなかった。

 

「させんっ!」

 

 だが、ただ一人、聖騎士と呼ばれた老将だけは違った。

 衝突した槍が軋み、火花を散らしてその軌道を捻じ曲げる。ロイが助けられたと理解できたのは、ナーシェンが忌々しげに舌打ちをして騎竜の翼をひるがえしてからであった。

 

「マーカス!」

「わしの命ある限り、ロイ様には指一本触れさせはせん!」

「ならば、貴様から死ねぇ!」

 

 ロイの呼びかけに答える余裕など、今のマーカスには残されていない。

 敵は大陸最強と名高き竜騎士の、さらにその頂に君臨する竜将なのだ。

 

(今だけでいい……だから願う、体よ動け! わしにあの時の力をもう一度!)

 

 願いと共に槍を力強く握り直し……マーカスは何かが割れる音を聞いた気がした。

 

 

 

 リキア同盟軍が必死の抵抗を見せる中、ベルン軍の竜騎士たちはそれをどこか他人事のように感じていた。

 だが、それも当然だろう。

 別にベルン軍は窮地に立たされているわけではなく、エトルリア軍が迫っていると聞いても、目の前にいるのは最後の力を振り絞って抵抗しているネズミにすぎないのだから。

 もはや勝ちが確定していたと言っても過言ではない状況にあったためか、彼らは今更命を賭けて戦うほどの気概を持てないでいた。

 そんな積極性の欠いたベルン軍に、追い打ちとばかりにアレンが吠える。

 

「たとえ我が命尽き果てようとも、ロイ様には指一本触れさせはせん! 死にたい奴からかかってこい!」

 

 自身を顧みない必殺を期したアレンの一撃を前に、ベルン軍はさらに委縮する。

 竜将であるナーシェンが敵将を討ちとれば、それで終わる戦いであるとの認識もあり、決死の一撃を前に無理をするなんて無謀を行えるほど、彼らは愚かになれなかったのだ。

 だが、これ程の精神的不利を背負ってなお、最強の名は揺るがない。

 

「くっ、この……!」

「ゼロット隊長ッ!」

 

 決死の覚悟を纏った一撃も竜騎士には届かず、何の覚悟もないその場しのぎの一撃ですら、リキア同盟軍の余力を確実に削っていく。

 イリアの、フェレの、ラウスの、オスティアの騎士が命を賭けてすら、ただの一騎すら落とせない。

 ウォルトやドロシー、スーの援護に加え、エレンやサウル、クラリーネの回復による支援、さらには激戦の狭間に無理をして介入するフロリーナやパントのおかげで、何とか死者だけは出ていないような状況だ。

 それほどまでの絶望的な差が、彼らの間に横たわっていたのだ。

 そして、その差を覆せる唯一の希望も、ジードと呼ばれるヒース直属の竜騎士たちにより完全に抑え込まれていた。

 

「アンタだけは、確実に殺すように言われてるんでね!」

「一介の軍師には過ぎた対処だな! それ以前に、いつベルン軍に俺の存在が知られた!?」

「ヒース先輩はずっとあんたの存在を警戒していたぜ!」

 

 エリウッドやヘクトルとマークの関係を知るヒースは、この戦い彼の介入を絶えず気にしていたのだ。

 そしてその存在が確認でき次第始末するように指示していたのは、マークがベルンに味方することが無いと悟っていたからだろう。ジードを筆頭に、実に4騎もの竜騎士がマークを取り囲み、確実に始末しようと槍を振るうのであった。

 だが、そこまでしてなお、マークを殺るには至らない。

 

「てめぇ、いいかげん死にやがれ!」

「誰がっ!」

「攻撃は大したことないくせに……!」

 

 マークによる剣による攻撃は竜騎士の鎧を貫くことは敵わず、されど竜騎士たちはマークに一撃だって当てることすらかなわない。

 こうしてすべての戦場で一応の膠着が続く中、マークは逆転の一手に思いをはせる。

 

(頼む、マシュー……そろそろ限界だ……!)

 

 戦いが始まった直後に、マーカスに対して『ニニスの守護』を使ってしまった以上、マークはもはや見守ることしかできない。

 加護を得て、さらに限界を超えた動きを見せるマーカスであったが、もはやいつ倒れても不思議ではない。

 だが、そのマシューも影で強敵との戦いを余儀なくされていた。

 

「……」

「……何も聞かないのかい、マシュー?」

 

 静かに、されど激しくマシューと刃を交わすのは、かつて『黒い牙』に身を置き『疾風』と呼ばれていた男、ラガルトであった。

 

「なんだ、話したいのか?」

「……まぁ、言い訳みたいでみっともないか。悪い、余計な事だったな」

 

 言葉を交わす間も刃は途絶えず、むしろ言葉を交わしている間の方が隙を探り鋭い一撃が放たれていたようにも思える。

 だからだろうか、マシューは一度打ち切られた話をつづけるべく言葉を紡ぐ。

 

「……今、エリウッド様の下にニノがいる。彼女に伝言があるなら、伝えてやらない事もない」

「おっ、なら頼もうかな!」

 

 言葉尻に合わせて一際鋭い一閃が奔るが、それもやはりお互いの体には届かない。

 

「ゼフィール陛下と取引をちょっとな……あれだ、俺の腕と情報を対価に、ちょっとばかし恩赦をな」

「……『黒い牙』の残党を匿ってくれってとこか?」

「そういう事だ」

 

 ベルンの先王デズモンドが口封じをしようとしていたかつての仲間を守るため、ゼフィールに取り入るのも……一応、わからないでもない。

 もともと義賊として腕を振るっていたラガルト達だ。後ろ暗いことをやっている貴族相手に、密偵仕事も手際よくこなせたことだろう。

 

「そんなわけだから、ニノにはよろしく頼むわ。……もっとも」

「生かして帰すつもりはないってか!?」

 

 もはや並の密偵には視認すら難しい域に達した二人は、されど踊るように刃を交わし続ける。

 

(すみませんマークさん……ナーシェンへの不意打ちはちょっと無理そうです)

 

 謝罪はマシュー自身も認識できたかという一瞬で行われたが、それが誰かの耳に届くことは無い。

 闇に巣食う密偵たちは、誰に見られることなく死のダンスを踊り続けるのであった。

 

 

 

「老いぼれ如きが、私の道を遮るなっ!」

「若造如きが、わしを抜くなど十年早いっ!」

 

 ロイを守護せんと立ちふさがるマーカスを、縦横無尽に翔けるナーシェンのスレンドスピアが切り裂く。

 だが、それでもなお、マーカスは倒れない。

 視界が歪み、肺が燃えるように熱く、手足はもはや鉛のようで、耳鳴りでまともに音も聞こえない。

 もはやいつ死んでもおかしくないとマーカス自身も感じるが、まだ倒れるには早いと、彼の心臓が暴れ狂う。

 ひらめく銀閃がナーシェンの槍をはじき、されど追撃の余裕などない。

 

「この、死にぞこないがぁ!」

 

 ナーシェンのさらなる一撃をはじくような力はもはやなく、ついにはその体を貫かれる。

 

(ここまでか……)

 

 そう確信してしまったが故か、あれほど激しく暴れていた心臓も動きを止め、手足の先から感覚が消えてゆく。

 だが、そんなマーカスの耳に、彼を呼ぶ声が聞こえた。

 

「マーカス!」

 

 その名を呼ぶ声に、かすかに、されど確かに、彼の胸に熱が廻った。

 

「……ッ!」

「なっ!?」

 

 一瞬ではあるが、再び熱を得た彼の体は槍を振るい、その一撃は確かにナーシェンにまで届いたのだ。

 

「最後の最後まで忌々しい……!」

 

 脇腹に傷を負ったナーシェンであったが、その程度の傷は彼を止めるには至らない。

 ナーシェンは改めてロイへと槍を向け、いまだ諦める様子のない少年に嘲笑を向ける。

 

「今度こそ……」

「ロイ様ッ!」

「ええい、邪魔だ!」

「ランスッ!」

 

 たとえわずかな時間でもと飛び込んで来たランスであったが、マーカスすら破った竜騎士に彼が敵う道理はない。

 わずか一撃で払いのけられ、今度こそナーシェンの槍がロイへと迸る。

 だが、ランスが稼いだ一撃分の時間は、決して無駄には成らなかった。

 周囲に響き渡ったのは槍が人を貫く鈍い音ではなく、鋼と鋼がぶつかり合う、鋭い金属音であった。

 

「間に合ったか……!」

「ち、父上!?」

「まさか、フェレ公爵だと!?」

 

 驚愕に染まるナーシェンに、さらに追い打ちをかけるような雷鳴が響き渡る。

 

「無事でよかった、ルゥ……」

「え……?」

 

 あまりに突然のことに反応できないルゥを少しだけ寂しそうな瞳で見つめ、ニノは戦場へと視線を戻す。

 ドルカスやクルザードも到着し、増援に驚いた敵は状況を把握するためか1か所に集まっていた。

 

「この期に及んで増援だと……!」

 

 表情を険しくするナーシェンであったが、すぐにエリウッドに関するある情報を思い出し、酷薄な笑みを浮かべる。

 

「そう言えば、噂に聞く肺の病は大丈夫なのかな、フェレ侯爵?」

「……」

「そうか、返事もできないほどに痛むのか? まあ無理もあるまい。息子の窮地に間に合っただけでも上等だろう。この場で親子そろって……!」

「お待ちください!」

 

 再び槍を構えようとするナーシェンを、ヒースが慌てて止める。

 それを煩わしそうに払いのけようとしたナーシェンであったが、続く言葉にその動きを止めざるを得なかった。

 

「フェレ侯爵の持つあの剣……神将器の一つ、烈火の剣デュランダルです!」

「ッ!?」

 

 再び驚愕に目を見開くナーシェンに、タイムリミットを告げる馬蹄が聞こえ始める。

 ついに、エトルリア軍が到着したのだ。

 

「……これ以上この場に留まるのは危険です。ナーシェン様!」

「……くそっ、くそっ、覚えていろ! 貴様らはいずれ、この私が直々に殺してやる!」

 

 ヒースの助言に従い、翼を翻す竜騎士たちを見送り、ようやく彼らは生き残ったことを知るのであった。

 ……ただ一人の聖騎士を除いて。


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