ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻) 作:Edward
ヒーローズが、転勤先が、体調が・・・、子供達が・・・。
言い訳ばかりですみません。
ここより新章開始となります。
ここからは抗えぬ運命を書いていくことになり、精神的に参ってしまいそうです。暗い、辛い、悲しいが続きますが是非ご覧になって頂けたく思います。
マリアン・・・。
シグルドの宣言したグランベル出立の朝日が昇るまで三時間前ほどだろうか・・・。シグルドの滞在する自室に、父であるバイロンが登城した。
すぐさま補給部隊の一部慌ただしく準備を始め、幼き子供や非戦闘員の脱出に働き出した。グランベル所縁の非戦闘員はバイロン卿と共に、イザークの奥地である幻の里と呼ばれるティルナノグへと落ち延びる計画であるのだ。シレジアに残す計画もあり、レヴィン王が滞在を進言されたがシグルドは丁重に断りを入れる。
もし、この先グランベルが反逆者狩りを行えば真っ先にシレジアが狙われてしまう。それよりも所在を曖昧にし、監視の目を分散させる方が各地に潜むシグルドの所縁のある者が隠れやすいと判断したのである・・・。
負けるつもりはもちろんない、がもしもの備えは十分に行うべきと考えたシグルドは共にバーハラに向かうという父親を説得し、ティルナノグへ彼らを案内する事を進言したのである。
「シグルド、すまぬ・・・。儂の不甲斐なさがお前にここまで負債を抱えさせたのに、さらにお前は無謀な賭けに出ようとしている。儂が変わってやりたいが、それは無謀どころか無策になってしまう・・・。」バイロン卿は嘆くように肩を落として膝を床へと落としてしまう。
今更シグルドの部隊をバイロンへ返還しても、聖剣ティルフィングを移譲してもバイロン自身の能力はシグルドと大きく水をあけている、それは指揮官としての能力も同様である・・・。
さらに言えば、突然のトップ交代の付け焼き刃部隊が精鋭の揃うグランベルの各色のリッターに及ぶはずが無い。
それを見切った上でのバイロンの嘆きである。シグルドはすっかり小さくなってしまった父の肩をそっと添えて、無言で労う。
「父上は、絶望の戦いを数年間もやり遂げて生きてくださいました、そのおかげで奴らの陰謀の生き証人としてこの直訴状があるのです。それにティルフィングも私の手に委ねてくださいました。これ以上、父上に何を願うというのですか?後は父上の余生の限り若き世代を導いてください。
私は、負けるつもりはありませんが、戻って来る事は難しいでしょう。」
「シグルド!それは言ってはならぬ!!騎士は死ぬ事ではないぞ。生きて自身の騎士としての生き様を見せる事も、大事な務めであるのだぞ!!」バイロンは息子に強く諭す、父として死ぬ事を騎士の美学として教えた事は一度も無いバイロンはその言葉を必死に否定する。
それはイザークで絶望の戦いを生き延びたバイロンだからこそ、伝えたい一つの教えである。
シグルドは力強くそれに頷くが、困惑した表情は変わらない。
「存じております・・・。父上は常に私やエスリンにそうやって強く生き残る事を教えてくださいました。しかし、今回の戦いはそれだけではないのです。
エッダのクロード司祭が限られた者だけに諭してくださいました。・・・この大陸が反転する運命の扉が開かれそうです。」
シグルドの言葉にバイロンは暫し逡巡し、その恐ろしい陰謀が読み取られていく・・・。
つまり、クルト王子の暗殺が意図を持っているなら・・・。
クルト王子を邪魔と考える輩は何を目指しているのか・・・。
各地に起こる不穏な影と、暗黒魔法・・・。
それらを整理したバイロンはシグルドの言う運命の扉の意味を大筋であるが、理解を示す。
「ロプトウス・・・。」搾り出される様にバイロンは感じられた言葉を紡ぎ出した。
「馬鹿な!今の世になって、何故そんな事が・・・。」一人混乱するバイロンに、シグルドは再び肩に手を当てた。
「だからこそ、希望の若き世代には各地で力をつけてもらいたいのです。私達が今できる事を、それを為さねばこの世界は滅んでしまいます。」シグルドは血が滲むほど右手を握りこんで力説する、バイロンはようやく事態を理解しシグルドの意見に賛同するのであった。
「父上、セリスをお願いします・・・。
私はセリスに誓っております・・・、必ずディアドラを連れて迎えに行きますと・・・。」シグルドは隣の部屋ですやすやと眠るセリスに視線を送ると、バイロンに頭を下げる。バイロンはもはやシグルドを引き止めてティルナノグに連れて行くことはできないと観念し、大きく頷いた。
シレジアに所縁のある者はシレジアに残り、以外の者は補給部隊の幌付きの馬車へと乗せられる。
バイロンがティルナノグより連れ出した屈強の戦士が付き添ってくれる、旅はきびしいだろうが迷う心配はない。
アイラは彼らに感謝の辞を述べ、双子の兄弟をシアルフィの乳母へと託した。
アイラはホリンから譲られた剣のみを帯刀すると、残りは子供達の為に残し乳母達に一礼すると踵を返して戦場へ目を向けた。
朝日の昇る前、一筋の涙をイード砂漠の入り口へ落とし彼女は死の行軍へ望む・・・。
シャナンもまた自らティルナノグへ行くとアイラの前で誓った。ティルナノグへ自分がいかないとイザークの人々からは信頼されない、連れて行けというシャナンは自分の役割を理解しているのだろう。
アイラはシャナンに別れのキスを頰にやると、彼をティルナノグへと送り出したばかりである。
愛する者たちを故郷であるイザークに旅立たせ、アイラはそれでも戦場へ向かう・・・。
それはグランベルへの復讐心でも敵討ちでもなく、ロプト教団の思惑に人生を翻弄され続けた者たちへの弔いでもなく、心の赴く地がバーハラであり、そこで何を求めているかなど胸中にはなかった。
グランベルに敵対心を持ち、ジェノアで待ち受けて現れたのが夫であるホリンだった。
あれから何度となくホリンとは訓練で打ち合ったがアイラは遅れを取ることはなく、一本を取られたことはない・・・。なぜあの月夜の決戦のみ敗北を喫してしまったのか、考え抜いた結論は負の感情は剣にとって鈍らせるのしかないと悟った。
ホリンはイザークが受けた憎しみも克服し、アイラの復讐心を制した結果があの決戦の結果ではないだろうか?そう考えるとグランベルへの復讐心よりも、この掛け替えのない仲間たちと共に進軍する事に意味があり復讐心は自ずと鳴りを潜めていたのである。
日の出まであと僅か・・・。傭兵騎団とシアルフィの騎士団は肌に突き刺さる寒気を篝火を焚いて暖をとり、主人が城門に姿を表すまで待機していた。
デューはカップに湯を注ぐと身体を中から温めようと白湯を飲んでいる時、東の空が薄っすらと青い空を覗かせ日の出が直前の時に南の空に小さな飛空物体を姿を見せた。
「なんだ?あれは・・・。」アイラも気付いて指差すと、デューは目を細めてその物体を凝視する。
「飛竜だ、単騎でこちらにすごい速さで向かってきている・・・。」デューの言葉にアイラは一瞬警戒するが、すぐ様我が軍にいる竜騎士の存在に気付き剣を再び鞘に戻す。おそらくカルトが再びシレジアを出る事を察知した彼女が参戦に馳せ参じたのであろう・・・。
「困った奴だ、今回ばかりはカルト殿も連れて行くとは思えんが・・・。」アイラはふっと微笑して彼女の忠誠心を讃えるが、デューの険しい顔はまだ緩んでいなかった。
「なんかおかしいよ、あれ・・・。かなりの速度が出ている。」
デューの言葉にアイラは再度空に目をやると、まだ親指大であった姿はあっという間に原寸の半分ほどの大きさまで迫っていた。
「僕、カルトに知らせてくる!」デューは場内へと走りこんだ。
城内にいるカルトは、デューの報告を受けて城門へと走る。
すでに騒然としている城門にたどり着いた時はその壮絶な光景にカルトは衝撃を受けた。
飛竜のシュワルテはよくここまで飛んでこれた事が不思議な程、手槍が鱗に刺さり未だに体液が滴っていた。
そしてそのシュワルテが自身の体すら気にせず首を向けている場所は光り輝いていた。それはクロード神父のリカバーの光、未だに闇夜に支配される空間に篝火以上の淡い光が場を支配していた。
カルトはよろよろとその光の場所に赴いた時、シュワルテの主人であるマリアンが横たわっていた。
「あ・・・、あ・・・マリアン!!」カルトは彼女の横に着くなりリカバーを放つ。二つの光が合わさり、マリアンのあちこちから出血して衣服を朱に染めて滴る血液が止まりだした。
「大丈夫です、重症ですがまだ間に合います。命は助かりますが、こちらは・・・。」マリアンのマントを少し、カルトに見えるように広げると彼女の・・・。身のこなしの元である右足が大腿から切り落とされ、無残な傷跡となっていた。
「なんて事だ・・・、これでは・・・。」
「残念ですが、切断された脚がなければ回復はできません。彼女はもう空を舞う事は出来ないでしょう。」クロード神父もまた目を閉じ、悔しさを滲ませて回復を急ぐ、カルトはマリアンを抱きて慟哭に近い悲鳴をあげるのであった。
気絶した彼女がここに持ち込んだ物は多数あった。
同じく、軽症だが意識を失っているオイフェ・・・。
泣きじゃくる小さな女の子と、遺体となったエスリン。
そして、地槍ゲイボルグ・・・。
この光景を見ただけでよく理解できる・・・。マリアンとシュワルテは無茶をしてでも守れる者を守り抜いて、生きてここまで帰ってきてくれたのだ。
カルトより一足遅れて合流したシグルドもまた相当なショックを受けていたが、彼は最後まで涙は見せなかった。
バイロン卿の方が見てられないくらいに打ちのめされ、従者に支えられる程であった。
シグルドはエスリンの亡骸を、麗しく白い右手をそっと触る・・・。
もうすでに体温は無く硬直も始まっていた、その手を胸の前に組ませた。
「エスリン、すまない・・・。キュアンの遺体は無いが、このゲイボルグを見ると彼も・・・。すまない・・・、君達は生きていて欲しかった。」シグルドは天を仰ぐ、彼の運命の扉はまだ開いたばかりである。これよりさらなる試練があるというのにあんまりとも言える所業にただ天を見上げることだけだった。
泣きじゃくる女の子、アルテナの頭を撫でてシグルドは抱き寄せる。
「アルテナ、辛いだろうが泣かないでくれ・・・。君の両親の無念は私が晴らしてくる・・・。」その抱き寄せを拒絶し、母親の元に戻ろうとするアルテナであったがシグルドは暫くの間アルテナを離さなかった。そして念を込めるかのように目を閉じ、一念を終えたシグルドは彼女を離してやる。アルテナは再びエスリンの亡骸にしがみついて離れる様子はなかった。
「父上、アルテナとオイフェ、マリアンも頼みます。」
「ああ・・・、わかった。ワシより早く子供が無くなるとは・・・。シグルド、必ず戻ってくるのだぞ。」
再び頷いたシグルドは、シレジアで育った愛馬に飛び乗るとティルフィングを抜き放つ。
朝日が昇り、聖剣が光を眩く反射させるとシグルドの号令が響いた。
「皆の者、今度ばかりは生きて帰れる保証もない!賊軍として討たれ、歴史に汚点をつけるかもしれない戦いにこれだけの人数が参加してくれる事を嬉しく思う。
これは、私の義の為の戦いであって正義を主張する物ではない!バーハラに登り我らの汚名を雪きたい!それだけだが付いてきて欲しい、皆の力が私には必要なのだ!!」
シグルドの鼓舞に決して多くはない部隊は歓声をあげる、槍の石突きを地面鳴らして響いた。
「う・・・ん・・・。」マリアンは目を覚ます。居心地の良い感触はカルトの膝の上で頭を乗せられており、覚醒した目線の先には主人であるカルトが顔を覗かせた。
「カルト様・・・。」呆然と見つめる中ここはどこか思案する、幌付きの馬車に乗り移動していた。
「この馬車はイザークに向かっている、シレジアにも居場所が無い彼らをイザークの秘境であるティルナノグで身を隠してもらう為にな。
・・・そうそうシュワルテは無事だぞ、暫くは無理は出来ないが時間があればまた元気に飛び回れるようになる。」
「カルト様・・・、ごめんなさい!!私は、キュアン様達を守る事が出来ませんでした!!」マリアンはシーツの端を握り唇を噛んだ、口の端から血が流れ、紅を塗ったかのように染まっていく。
「何を言うんだ、シグルドもマリアンに感謝していたぞ。マリアンがいなければ、おそらくエスリン王女の亡骸もなくアルテナ様も殺されていただろう・・・。形見のゲイボルグも砂漠の流砂に飲まれていただろう。・・・マリアンも充分に傷付いた、誰も君を責めるわけがない。」
「・・・私は、自分に負けました。キュアン様もお救い出来たはずなのに、キュアン様はお一人で行かせてしまいました。
・・・最後は恐怖に負けて、キュアン様お一人に重責を与えてしまいました。」涙するマリアンにカルトは優しく手を握る。
「いいんだ、キュアン王子は納得して最後の戦いに臨んだ筈だ。彼の騎士道に水をかける真似はよせ、自分を責めるな。
・・・・・・いいか、マリアンよく聞くんだ。」無言で頷き、マリアンは涙を拭いてカルトの顔を見据える。
「今からいくティルナノグは、決して楽な生活では無いだろう。イザークは年々グランベルの侵攻が増していき、ティルナノグでさえも危うくなる。
シャナン王子とオイフェ、マリアンが若き世代を守るのだ。そしていつか、我らが成し得ない悲願を掴み取って欲しい。」マリアンに伝える真意にカルトは険しい顔をする。いつも危難を払い、ここまで快進撃を続けていたカルトの目にはある種の悟りが見えていた。
それはクロード神父のように先を捉えた目である、シレジアに来る前の運命に諦めているクロード神父ではなく、捉えた上での決意が現れていた。
「カルト様・・・。!!駄目です、行かないでください。私にはカルト様が必要です。それなら私もいきます!!」慌てて立ち上がるマリアンは失った右足を忘れていたのか盛大に転んでしまう。カルトが抱きとめてぶつける事はなかったが、その事実に幻痛を覚えた。
「その足では無理だ、シュワルテも暫くは戦えない・・・。」
「で、でも!!私は戦いしかカルト様にお仕え出来ません。だからお願いです、私を置いて行かないで・・・。」大粒の涙を流してカルトの裾を掴む。その手をそっと添えて、マリアンに笑いかけた。
「君の今までの闘いは無駄にしてはならないんだ、その飛空技術を誰かに伝えて次の世代を鍛えてやるんだ。その責任は私よりも大きいぞ。」その時、カルトの身体が光りだす。
「カルト様!」
「そろそろ時間だ、これ以上離れればクロード神父の招聘魔法でも合流できないのだろう。・・・マリアン、達者で暮らせよ。」
「カルト様、ご無事で!!必ず帰ってきてください!!」マリアンの言葉にカルトは悲しくも笑顔で応える。そして懐から瑪瑙の髪飾りを渡して、消えていった・・・。
瑪瑙の髪飾り、以前にもカルトから貰った物と瓜二つの品であった。なぜカルトは今生の別れに同じ品を渡したのか、それがわかるのは17年後のことであるのだった。