ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

83 / 107
奈落

カルトは深い眠りの中で夢を見る・・・。

 

父親であるマイオスが全ての力を使ってマンフロイの精神支配から脱却し、逆に彼を一時の間支配した時に使った暗黒魔法である。

その秘術により自身の魂の一部をカルトに吹き込み精神世界の中に僅かな時間入り込み、マンフロイの持つ記憶をマイオスは伝えたのである。

マンフロイやフレイヤが使う他者の意識を乗っ取り使役する暗黒魔法のリスクはそこにあった。支配されている者が万が一自我を取り戻すと、意識の共有から支配した者の行動や記憶を持たれてしまう事になる事がリスクであった。彼らはその精神や肉体は必ず処理するのでそのリスクを軽視してしまいがちであるが、マイオスはそこに目をつけた。

押さえ込まれ、マンフロイの意識の根底で身動きできずにいたが彼はずっと機会を伺っていた。

フレイヤは死体であるセーラの肉体を乗っ取っていたので彼女の精神は抵抗は出来ずにいたが、精神ある肉体を乗っ取っていたマンフロイには精神の力が勝れば支配し返す事は可能であった。

しかし支配し続ける事は困難であったので抵抗を止め、マンフロイがカルトに接触し勝機を見出すタイミングで一時の逆支配に命を賭けたのであった。

彼の思惑通り、その試みは成功しマンフロイを道連れにこの世から去る事が出来た。そしてロプト教団の思惑をカルトに伝える事が出来たのであった。

 

 

 

マイオスはその命を賭けた最後の抵抗に満足する・・・。

実体の身体と命は既に失われ、カルトの中にある僅かな意識のみがこの世に残った最後の想いである。

思えばカルトから見れば、最低な父親であっただろう・・・。

 

カルトが産まれた時、聖痕を見た時は嬉しさよりも脅威と嫉妬を覚えた時から狂ってしまったかも知れない。それまで心の奥底に封印していた負の感情をカルトとセーラにぶつけ続けてしまった。

それから私は正妻の元には帰らず酒と女に溺れ、シレジアの繁栄を忘れて私腹を肥やし、セーラに無理難題を押し付けて閑職へ追いやり身体を壊してしまった。それからはその罪悪感から逃げるために、さらなる狂気に心を染めてしまった。

側室どもは正室争いを続ける中カルトが命を狙われても見ぬふりをし続けた。幼いカルトは毒と暗殺者に狙われ続け、身体と精神をすっかり壊してしまい部屋から出ない生活が続いた。じきに死ぬだろう、自身の手を煩わす必要もないと踏んでいたがカルトは生き残った。

4年もの間カルトは誰の力も借りずに僅かな食料で命を繋ぎ、暗殺者から対処する術を考え、身に付けたのだ。

そしてあるトーヴェの食事会の時、見世物にカルトと一般兵の斬り合いをさせた。一般兵には切り殺しても構わないとまで伝えたのにも関わらず、カルトはどこで見つけてきたのかわからないが宝剣である風の剣を巧みに使い、風の魔法まで使役し一般兵を退けて見せたのだ。

 

恐怖した、いずれカルトは復讐に燃え私を殺しにやってくる・・・。

その恐怖からセイレーン地方の港町へ赴任させ、海賊供と戦いに明け暮れる日々を送らせた。

当時のセイレーンはまだ居城はなく、シレジアで唯一の無法地帯だった。私の無謀なオーガヒル攻略で近隣の海賊供の逆鱗に触れ、近海より集まりさらに酷い無法地帯と化してしまった。

シレジア、トーヴェから集められた掃討隊を何度送っても海へ逃げ込み、新たな仲間を連れてやってきた。その地獄の無法地帯にまだ15にも満たない成人前のカルトを送ったのだ。

 

これで奴は死ぬだろう、死んでくれ。

狂気は止まることなくまだ未熟なカルトをさらに蝕ませた、それでもカルトは死なず生き延びた。何度となくバサークの杖を使って思考力を奪っても彼は死線をくぐり抜け、皮肉にも名が知れわたった。

風の殺戮人形・・・。それが仲間からも忌み嫌われ、侮蔑を込めて贈られた二つ名であった。

 

その長い戦いにもようやく目処がついた頃、いよいよカルトに生きていられると厄介と踏んだ私は戦場での暗殺を決行した。長い激戦で空腹も疲労で魔力も限界を見て襲わせたのだ。

これでカルトは終わった。私は遠目からその姿を見てカルトの最期を見守っていたが、最後の最後でラーナが天馬を駆り立てて現れた。

暗殺者を撃退すると抱きしめるようにして回復をしたが、正気を失っていたカルトが刺した。

それでも笑顔を失わず、抱きしめたままカルトに治療を続けた。明らかに重症なのはラーナだった、地面に血溜まりを作っても彼女は回復を辞めずにカルトを癒し続けた。ラーナはカルトを癒した後意識を失ったが撤退する他の部隊に運良く見つかり一命はとりとめた、だがもう二度と剣を握る事も天馬に乗る事は出来ない体になった。

カルトはその癒しを受けて正気を取り戻したが、その事に深く心を蝕んだ。ここから先は部下の話で聞いた話だが、シレジアで壊れた精神が癒されるまで相当の時間を要したそうだ・・・。

 

「お前は、自慢の息子だ・・・。不幸な境遇に追いやっても命を投げ出さず、腐らずに生きてくれた。セーラの想いがお前を支え、ラーナがお前を護り、レヴィンが友としてお前のそばにいてくれた。成長したお前はついには私の悪意をのり超えて最後には私を変えてくれた・・・。最期に人として死ねる事に感謝する。

セイレーン公カルト、私はお前に救われた・・・。ありがとう、次はセーラに謝りに行ってくる。・・・・・・さらばだ。」

 

 

 

(・・・・・・てよ!・・・待てよ、親父!!言いたい事だけ言って勝手に俺の意識からでていくのか!!)

カルトは意識が徐々に鮮明になるにつれて、マイオスの後ろ姿は遠ざかっていく・・・。ついには完全に覚醒した時、起き上がって手を伸ばしていた。目からは涙が一筋流れており、無意識の自覚が後からやってくる・・・。

カルトは辺りを見渡す。意識を失ってからそう時間がかかっていない事がまだ騒然とする状況と、父親の遺体がまだその場に残っている事から想像できた。

 

「目が覚めたか・・・。」まだはっきりしない意識の中から声をかけられるカルトはその声に反応して向きなおる、そこには以前カルトを徹底的に痛めつけたブリキッドの姿であった。彼女はあれから程なくセイレーンからシレジアに厄介になり、ここで出産を終えたばかりであった。

 

「ブリキッド公女、まさかあなたに声をかけられるとは思っていなかった。」

 

「そんな事はどうでもいい・・・。ラーナ様がディアドラ様を連れ去った、今ここはそれで大騒ぎになっている。」ブリキッドの言葉にカルトの脳は一気に血液が流れ込む、先ほどの戦いを映像を再生するかのように脳内で検証が始まっていた。

 

「どういう事だ!私が眠っている間に何があった!!」ブリキッドに詰め寄り状況を確認する、その姿にブリキッドですら気圧され一つ頷いて説明が始まる。

 

カルトが眠った時、数日前にファバルを出産したばかりのブリキッドは静養していたが、頭の中に響く危険信号に導かれるようにエーディンから譲り受けたイチイバルを持って玉座に向かっていた。

カルトが促されて眠るラーナに殺気を感じたブリキッドはイチイバルを一矢する、彼女は即座に反応してその場を飛び退くとまだ意識を失っているディアドラを抱きかかえた。

 

「気付いた者がいるなんてね・・・。」安息した部屋に再び緊張が走る。

 

「お前は何者だ!ラーナ様を返せ!!」ブリキッドは弓を引き絞るが、ディアドラをうまく盾にしており放つ事はできない、警戒させる為に射出姿勢は保ったままである。

 

「そこのカルトと因縁がある者とだけ言っておこうかしら・・・、その子が起きてきたら厄介だわ、退散するとしましょう。」ラーナの身を借りた人物は転移魔法を準備に入る、ブリキッドはさらに弓を引き絞るが相手は気にもしていない。

魔法を唱えている女性はここでお世話になっているラーナ様で、盾にしている女性はシグルドの妻であるディアドラなのだ。威嚇射撃はできても本当に彼女達を撃つことはブリキッドにはできない。

 

「甘いわね・・・最大の好機なのに・・・。」彼女は一つその言葉を紡いで、その場から消えていくのであった・・・。

 

 

 

「・・・なんてことだ、あの時の眠りはスリープだったんだ。」カルトはブリキッドの話を聞き終えると呟くように呻いた。奇しくもマイオスが心の中での独白で無意識で魔力を破り、覚醒できたのである。

 

「どういう事だ、説明しろ!!」ブリキッドがカルトを掴んで怒気を放つ。

 

「おそらく、親父の中にいたマンフロイはラーナ様にセリスを渡す時の混乱に乗じてあのサークレットを取り付けたんだろう・・・。」

 

「・・・確かに、消える前にラーナ様は見慣れない銀のサークレットをつけていた。中心にあった黒い宝石が印象的だった。」

 

「そのサークレットに奴の・・・、フレイヤという人物の魂が封入されているんだ。俺がオーガヒルで倒れる直前にお袋の身体から宝石に逃げ込んで命を拾ったらしい。・・・そのサークレットをラーナ様取り付けてフレイヤを復活させたんだ。」

 

「お前・・・、なぜそこまで知っている。」

 

「・・・信じてくれんかもしれないが、親父が死ぬ直前にマンフロイと意識を共有している時に奴の情報を抜き取って、俺に伝えてくれた。・・・お陰でこの世界に起こっている謎は全て解けた。」

 

「なに?あたしには何がなんだかさっぱりだ。」ブリキッドはイチイバルを見つめながらため息まじりに言葉を吐く。そのブリキッドをみつめるカルト、彼女も怪訝に思い彼を見るがその目は慈愛と悲壮を含んだ目をしておりブリキッドの方が気恥ずかしくなり目を逸らしてしまう。

 

「な、なんだ?何かあたしに言いたいことでもあるのかい?」

 

「ブリキッド、すまなかった。」カルトは突然に頭を下げる。ブリキッドも突然の謝罪に戸惑うが、以前のセイレーンでの話の続きと理解する。

 

「今度はきっちり話をつけてくれるんだろうな。」

 

「ああ・・・。ようやく、親父の意識に触れて何が起こっていたのかわかった。今は有事だ、また話し合いの時間を持とう。」カルトはそういうと、焦りを抑えきれず転移を使ってザクソンへと飛ぶのであった。

 

 

 

こうして、シレジアでの内乱は終結する・・・。

カルトはザクソンまで進軍するシレジアの者たち、セイレーンにいるシアルフィ軍と合流しラーナ様とディアドラの失踪を報告し、全軍シレジアへと集結した。ロプト教団の張りに張り巡らされた奇策により運命の扉は開かれ、クロードの語る結末へと誘われていく・・・。

誰もがこの重苦しい状況に次なる一手を出さない状況に、シグルドは提案する。

「カルト公、あまり自分を責めないでくれ・・・。あなたは今までどんなに苦しい時でもディアドラを救ってくれていた、今回も出来る限りの事をやってくれていたはずだ。私はそんな中でセリスを取り戻してくれた事だけで充分だ。

・・・ディアドラとラーナ様は、私達で取り戻す。」シグルドは笑みを湛え、カルトに感謝の意を述べた。

 

「まさか、シグルド公・・・。グランベルへいくつもりか?」カルトの言葉にシレジア勢は動揺し、シグルドは無言で頷く。

 

「無謀だ!グランベルは確かに戦力をイザークへ分散しているとは言え、国内にも十分な戦力を蓄えている。・・・今の全軍を送っても勝機は薄い。」

 

「・・・・・・やらねばならないのだろう?カルト公・・・。」カルトの反対意見にシグルドは珍しく異論を挟む、カルトは立ち上がった机からもう一度着席しシグルドの強い視線と絡んだ。

シグルドには一切言ってないが薄々気づいているのであろう、ディアドラが特殊な存在でありその度に襲われる理由を直感で感じているのだ。そのディアドラを奪われた事は、単にシグルドの妻が拐われた程度の物ではない理由があるからこそ、カルトは奮闘していた事が伺えたのだ。

 

「・・・そうだな、ディアドラ皇女がロプト教団の探し求める皇族マイラの血族・・・。そしてもう一つのマイラの血族、アルヴィスと結ばれればロプトウスが復活する。」カルトの言葉は集められた一堂を凍らせる。

 

「フィラート卿、あんたが以前のアルヴィスの話をしていた時に出てきたシギュンという女性の話だが、俺はその女性の名を何処かで聞いていた。・・・クルト王子に俺の出生の秘密を説明している時に滑らせた名前がシギュンだった、俺の事を自分の子ではないかと思ったのだろう。実際、クルト王子の子はディアドラだ。」

 

「で!ではアルヴィス卿とディアドラ様は!?」フィラート卿は飛び上がる。

 

「異父兄妹だ・・・。そして2人の血が交われば暗黒神が降臨する。俺のように近親婚で失われた直系の血が復活し、この世は闇に包まれる。」カルトの独白に流石のレヴィンでさえも唸りながら机上を見つめることしかできなかった。

 

「そこまでとは・・・。それでもカルト公は私達の婚姻に反対せず見守ってくれていたと事だったのか、改めて感謝する。

・・・次は私がラーナ様をお救いしてシレジアへの恩返しがしたい。」シグルドの言葉に決意が溢れている・・・、彼はきっと誰もついていかない絶望的な戦場でも一人出立するのであろう・・・。

 

「俺は親父達のいざこざ関係なく綺麗事を並べ立てるお前が嫌いだったが、ここまで行けばかっこいいじゃねえか・・・。俺もついていくぜ。」レックスが立ち上がる。

 

「僕も逃げる訳にはいかない、一緒にいくよ。」アゼルも立ち上がる。

 

「私も見届けます、運命を変わる時を・・・。」クロード神父も穏やかに肯定する。

 

「決起は五日後、リューベックで朝日が昇る頃にいる者でグランベルへ攻め登る。・・・この戦いは正義ではない、私の勝手な想いだけで戦う私闘だ。それでも付いて来てくれる者は、・・・その命を私に預けてくれ。」シグルドの開戦宣言にもはやカルトは止める事は出来ない。レヴィンに目線を送ると、一つ頷きカルトの意を汲んだ・・・。

カルトもまたシグルドの意に従わんとする一人であるのだから・・・。

 

シレジアの短い夏が終わりを告げ、秋もそこそこに冬がやってくる・・・。その冬を訪れる前に進軍を決意するシグルド、運命の時は季節時期すらも変え、その結末はどこに向かうのか誰にもわからない。ただクロードの見つめる敗北の運命は未だに変化する事がない・・・、約束された敗北の進軍にシアルフィ軍とグランベルの公子達は躊躇する事なく突き進むと宣言する。

グラン歴759年の晩秋・・・、シグルドの聖戦が静かに始まるのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。