ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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先月は更新が遅く申し訳ありません。
なんとか今月は2話、3話と掲載したい所です。



雷槌

アグストリア、マディノ地方の対岸にはどこの国にも属することのない地が広がっている。この地は現在は荒くれ共の巣食う未踏の地と化しており、事ある度に対岸の村々を襲い略奪を繰り返していた。

近隣の国々はいつしかその地を侮蔑の意味を込めてオーガヒル(悪鬼の丘)と名付けるようになったと言われている。

かつてはこの地もアグストリア同様に草原の地であったのだが、この地の海は潮の流れが早くシレジアにかけて度々大嵐を引き起こす難航の海である為、塩害によりいつしか草原は枯れ果て不毛の大地と変わり果ててしまう。

この地の定住を諦めた人々はアグストリアに帰属し、罪人の流刑地としてしまうことでいつしか悪鬼の集まりと化してしまい手がつけられない荒くれ共の巣窟と成り果ててしまったのだった。

何度となく被害を受けたシレジアやアグストリアが掃討を試みるが、荒れ狂う海と山肌という自然の要塞に恵まれたこの地は守るに易く攻めるに難攻の名所となったのである。

 

アグストリアも対策に乗り出し、マディノから対岸に跳ね橋を設置して陸からの掃討に乗り出すが虚を突かれてしまい跳ね橋の鍵を奪われしまう。それ以来この跳ね橋は降りる事のない不渡の橋と化していたのだが、シアルフィの混成軍はデューという類い稀なカギ開けの能力を持つ少年により再びその橋はオーガヒルへと繋がる道を切り開こうとしていたのであった。

デューが橋を降ろすのに時間がかかったのは動力に使う水車が長年使われていなかったので、引かれていた水が別方向へ流れていたので元の場所に流し直す作業に手間取った事だった。彼の話を後ほどカルトは聞いた時、デューの様々な技術の高さに感心してしまうほどであった。

 

無事、オーガヒルへの架け橋が繋がりアグストリアがかつて行えなかった陸からの制圧作戦をシアルフィが踏襲するかのように作戦に移行する。

アグストリアに貢献するその制圧は純然たる物ではなく、シアルフィ軍がシレジアに亡命する為の手段の一部である事がシグルドには心残りである。せめてこの地を離れる前にエルトシャンと話がしたかった彼は橋を守る名目でアグストリアの最北端で彼を待つのであった。

 

「あ!クロード様!どうでした、お祈りで何かわかりましたか?」ブラギの塔の前で待っていたティルテュは出てきたクロードに彼女なりの労いの言葉をかける。

彼の顔色は青白く、いいお告げではなかった事はティルテュにも理解は出来たができるだけ明るく接する事とした。

 

「ええ、お陰様で・・・。それに、長年行方知れずになっていた聖杖がこの手に戻ってきました。これも、運命といったところでしょう。」

 

「なんですか?この汚い杖。」

 

「これ、そんな事を言えば罰が当たりますよ。これは私達ブラギの血に連なる者しか扱えないバルキリーの杖です。この杖の最大顕現を使えば死者すら蘇生する事ができる奇跡の杖ですよ。」

 

「えー、すごい!これがあれば死人が出なくなるではないですか!」

 

「・・・ティルテュ、残念ですが死者が簡単に生き返る事は出来ません。一度失われた尊い命がこの世に舞い戻る事は残念ですがありません。」

 

「???じゃあ、この杖で生き返らせる事が出来るなんてできないじゃないですか?」

 

「バルキリーの杖は私の意志で使う事が出来ない杖です、運命が・・・」

 

「私、難しい事はわかんない。用事が終わったんなら早く行きましょうよ。カルト様が待ってますよ。」

 

「やれやれ・・・そうですね。急がなければ彼が手遅れになります。

ティルテュ、あなたもこれから避けては通る事の出来ない運命が待ち受けてるでしょう。気を強く持って運命を受け入れるのですよ。」

 

「私?・・・がですか。クロード様それは。」

 

「バルキリーの杖があればここからでも2人で一気に転移できます、行きますよ!」

クロードは新たに手に入れた聖杖を手に魔力を解放させる、2人はすぐさま展開された光の魔方陣の彼方に吸い込まれていくのであった。

 

 

「カルト、どうやら今回はあなたの思い過ごしだったみたいね。」2人から距離を取り、岩肌の一角にマーニャは佇んでいいた。カルトの命を受け、万が一彼らを襲撃する輩を警戒しての護衛であったが何一つ問題なく終わった事に安堵するがそれ故にマーニャは何処かに引っかかるものを感じていた。

あれだけ警戒していたカルトの命がこれだけ空振りに終わる事は珍しい事だった。彼が旅を終えてシレジアに戻ってきてからその能力の開花に皆が驚いた、内乱を終わらせてしまう功績はレヴィンとなっているが側で見ている限りはカルトの活躍なしでは語る事が出来ないほどである。

彼の思考能力は物事の本質を見抜き、最短距離を見つけるが如くである。

その彼が全くの空振りをする事は考えられない、もう一度考え直していくがマーニャには結論が出ない。考えても仕方がない彼女はマディノへと帰還するのであった。

 

彼女は結論には至らない事案、それはカルトの誤算である。

クロードではなくカルト殺害を目論むランゴバルドにとってクロードはどうでもいい事案であった、カルトを殺害しクロードは放って置いてもアグスティにカルトを求めて面会しに来る。その時に口封じすればいい、と考えたランゴバルドの思惑にカルトは誤算の手を打ってしまう事となった・・・。

 

 

 

「うまくいけばバーハラ王家の王として君臨できたかもしれなかったが、運がなかったな。」ランゴバルドは聖斧を残りの上半身に振り下ろし、カルトの身体は今度こそ肉塊となり当たりに散らばる事となる。血飛沫が辺りをさらに赤く染め上げる。

ランゴバルドに勝利の笑みは無く、ただ胸中に虚しさが吹き荒れる。クルト殿下に続きバーハラ王家の血筋を絶やしていく行為に、自分自身過ちを犯している事を理解しているが政から遠ざかる身上に我慢が出来ないジレンマに苛まれてしまい、とうとう引き返す事は出来ない所まで来てしまった。その向け様のない怒りと聖戦士としての血が身体の中で戦い続けているのである。

彼は側にあった花瓶の水を頭から被り血を洗い流す、その行為は頭を冷やし落ち着かせる為でもあるが他者には理解できぬ行為である。

聖斧を同じく血を流すと肉塊となったカルトに一別するかの様に頭を下げて退出する。

 

「謝る事ではないさ・・・。」ランゴバルドはその言葉を聞き、開けようとした扉のノブから離すと直様聖斧を握りなおす。

向きなおるとそこには先程倒したはずのカルトが無傷で立っているのである、床に散乱していた血もどこにも残っておらず花瓶の水だけが床を濡らしているだけであった。

 

「どうした?話の続きはしてくれないのか。」

 

「な、どういう事だ。」

 

「言い忘れていたがこれは俺の残像だ。光魔法で屈折体を作り、風魔法で空気の振動を作ってここにいる様に見せているだけだ。

そんなに遠くにいる訳ではないがな。」

 

「姑息な真似を!」

 

「姑息な真似、それはランゴバルド!あんたの方だ!!

あんたとレプトールの悪事は全て祈祷を終えたクロード神父から聞いた。あんた自身自白した言葉もある、大人しく軍を退いてグランベルで裁きを受けろ!」

 

「くっ、ここまで来て貴様の様な男に邪魔をされるとは・・・。」

 

「さあ、今すぐ。・・・!」突然アグスティに落雷が落ち、カルトの残像が消えていく。

その地響きにランゴバルドは全てを察し、笑みを浮かべる。スワンチカを握りなおすと落雷の現場である、最上階のテラスへ向かっていくのであった。

 

 

「くっ・・・。」カルトは膝を落として受けたダメージを確かめる。火傷を負ったが動けないほどではない、落雷を呼び寄せたその術者に鋭い目線を送りつける。

 

「そこまでだ、ランゴバルドをうまく使った様であるが詰めが甘かったな。」

 

「レプトールか、早いお着きで・・・。」

 

「カルト、貴様には星の数ほど言いたい事があるがこの際はどうでもいい。ここで死んでもらう。」レプトールは魔力を高めだしてランゴバルド同様にカルト殺害へ向かい出す。

先ほどはランゴバルドにこれ以上情報を奪われまいと咄嗟の魔法だったので致命傷は奪えなかった事はレプトールも理解しているし、カルトも咄嗟に風魔法で真空の断層を作り出して雷の直撃を免れている。

2人は一気に魔法を放つ!

 

「エルサンダー!」

「エルウインド!」

 

2人の魔法はぶつかり相殺されていく、雷は真空となった鎌鼬を突き破ろうと放電し風は雷を吹き飛ばそうと荒れ狂う。

互いががつきやぶり術者を蝕む、レプトールは風の刃に刻まれカルトは雷に打たれて吹き飛んだ。

 

「くっ!こやつめ・・・、儂と同等レベルの魔力を・・・。」

 

「まさか、俺のエルウインドがここまで押されるとはな。」

両者はライブを使いつつ立ち上がる。魔力も同等なら魔法防御も互いに高く致命傷には至っていない、直様魔力を溜め出して気力の充実を待つ。

 

カルトは腰から白銀の剣を抜いてレプトールに詰め寄った、普段なら攻撃にはあまり使用しないカルトだがレプトールには有効と踏んだのだ袈裟懸けに一撃を加えるがレプトールも腰から装飾されたレイピアを抜いてカルトの一撃を受けた。

 

「くっ!」

 

「へえ、腰のそいつは飾りかと思っていたが少しは役に立つんだな。」

 

「だ、黙れ!この痴れ者が!貴様の不意打ちに揺らぐ儂ではない!」

 

「魔法だけならあんたの方が有能だが、あいにく俺は魔法戦士でね。」鍔迫り合いの中でも意識を集中できるカルトはその至近距離からウインドを放ち、レプトールを吹き飛ばす。

 

「うおおお!」突然の突風に体勢を崩しながら強制的に後退させたカルトはその隙を突いて魔力を一気に開放して大魔法の準備に入る。レプトールも意識を集中させ、カルトに遅れをとるまいと吹き飛ばされながらも準備する。

2人の魔力に辺りの大気は僅かに振動し、緊張が走り出した。

 

レプトールはまず雷の最大顕現であるトールハンマーは使わない、カルトは判断する。

トールハンマーほどの大魔法は威力は大きいが魔力の溜めが大きく、放出後の魔法防御は一気に落ちる。つまり発動の前後に大きな隙を作るので簡単に放てる物ではない。

カルトは聖遺物を持っていないが、魔力がレプトールと並ぶ程であるので下級魔法でも侮れないダメージを負ってしまう。剣による物理攻撃も持っているのでレプトールにとっては口惜しい事であるだろう。

カルトのペースに持ち込まれたレプトールは舌打ちをしつつ応戦に入る、今回はそれなりの上位魔法を使うつもりなのかさらに魔力を上げている。レプトールはさせまいと完成した魔法を放つ。

 

「トロン!」落雷の如く放たれた上位魔法は轟音と共にカルトへ襲いかかる。

 

「オーラ!」カルトも天からの光線が雷と同じ光速でぶつかりトロンの雷を相殺したのであった。

オーラはさらにレプトールへ直撃し、彼を壁面まで吹き飛ばした。テラスは無残にも以前の形は残しておらず、瓦礫と化していた。

 

「う、おのれ・・・。」リカバーの眩い光を放ちながら立ち上がるレプトールはもう大半の魔力を回復に使っている様子で、カルトと大きく魔力の残量は大きく水をあけてしまっていた。

 

「レプトールお前の負けだ、降参してくれ。あんたはアミッドにとって祖父にあたる人だ、潔く法に倣って罪の清算をしてくれ。」

 

「ふざけるな!貴様如きに言われる筋合いはない!」

レプトールは最後の魔力を振り絞り出す、それはトロンよりも強力な雷の最大顕現であるトールハンマーである事が一瞬で判断した。カルトはその行使を中断させまいと剣を振り抜いてレプトールへ迫るが、視界の隅に鈍く光る反応を捉え咄嗟に身を後方へ宙返った。

その瞬間に巨大な斧がその場の石床を破壊したのであった、テラスの床は完全に抜け落ち階下が見える程である。

 

「今だ、レプトール!やってしまえ!」カルトは遅れてやってきたランゴバルドがスワンチカを投げつけてカルトを制止したのである。

レプトールの魔力を中断できなかった痛恨のミスにカルトも魔力を貯めようと集中するが、ランゴバルドはそれを許さない。

投擲したスワンチカに手をかざしたランゴバルドに呼応して斧は意思を持つように持ち手の元に戻ってゆく、そしてその体躯を活かした第二撃の投擲が行われる。

 

「くっ!エルウインド!!」暴風でスワンチカの狙いを外してその投擲から回避に成功するが、レプトールを狙う事が出来ないのでカルトにも焦りが出る。彼を見ると、その巨大な魔力に魔法の完成された事を感じた。

 

「カルトよ、死ね!これが天の怒りトールハンマーだ!!」レプトールは魔道書を掲げてカルトに放つ、それは一瞬の出来事だった。

 

トロンが落雷レベルであるなら、トールハンマーはまさに神が悪者に落とす裁きの雷。幾重にも重なった雷が、レプトールの指示した場所へ一気に落とされた。

白い稲光りが発したと思ったら、視界がホワイトアウトした後に轟音が響き渡る・・・。

視界が戻った時には、テラスは完全に抜け落ちレプトールとランゴバルドはテラスの入口まで避難していた。

 

「終わったな、あれをまともに受けて生きている訳がない。」荒々しく息を切らしたレプトールは片膝を落としながらランゴバルドに語る。

 

「ああ、あとはクロードの奴を片付ければ全て完了だ。

この有り様を見てここへ来ない可能性がある、探すように部下に命じてくる。」

 

「ああ、頼んだぞ。」レプトールはさすがに魔力は残っていないのか、ランゴバルドに任せ、その場で崩れ落ちるのであった。

 

 

 

カルト行方不明となったアグスティの激戦は奇しくもエルトシャン率いるクロスナイトを呼応する形となり、攻勢に出る事となった。

遠方より見て取れる巨大な雷で、敵将は戦地に出張って来ていない事を明瞭に表していたのである。クロスナイトは全然近くで待機しているグラオリッター、ケルプリッターに奇襲を仕掛けたのであった。

途端に激戦となったアグストリアとマディノの中間部では撃剣と魔法が飛び交う乱戦となったが、クロスナイトのエルトシャンの存在が自軍のポテンシャルを最大限に引き出し、魔法火力はないがクロスナイトが優勢に進めており初日の激戦では前線をかなりアグスティ側へ追いやる事が出来たのであった。

 

しかし、その快進撃は2日目で終わる事となった。3日目にはすっかり体勢を整え直した両リッターはクロスナイトの戦い方を把握し、反撃に出だしたのであった。

ランゴバルドとレプトールの軍勢は、約2年間イザークの激戦を経験した猛者揃いの軍団と化していたのだ。イザークで経験した地形の不良や、異種兵団との戦いで応用力を身につけていたのだ。

例え、敵将不在における戦いだろうと奇襲だろうと対応の工夫はすでに考察済みとなっており対処方法は熟知されていた。

この2日は撤退しながら敵の出方を見定め、3日目より陣形を変え対応してくる戦いにクロスナイトは大いに苦戦する事となっていくのであった。


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