ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻) 作:Edward
主人公はカルトなので視点はあくまでカルトベースです。
シグルドの人柄もあり、披露宴は思ったより来訪者が多くてカルトは驚く。
シアルフィ軍に参加しているグランベル軍に加えて、アグストリアのエルトシャンまで参加し祝福者で溢れかえっていた。
シグルドは、平静を装っているが相当酒が入っている様子で時折足をふらつかせているシーンがありさらに周りを和ませた。終始彼に寄り添うディアドラは微笑みを絶やす事なく幸せを享受しており、彼女のこの先の幸せを祈るカルトであった。
カルトももちろんこの披露宴には出席する。基本的にはシグルドに所縁のある者のみとなされていたのだが、シレジアの王族が同じ地にいるのに祝福に参加しない事は失礼に当たると判断し、カルトは付き合いの浅さではあるが出席する事となった。
その為、シレジアにおける出席者はカルトのみでフュリーもクブリも参加はしていない。話し相手がいないカルトはうろうろしては食事に手を伸ばして口に放り込み、牛の様に反芻するの繰り返しであった。
「カルト、この度の戦いで親友のシグルドを何度も救ってくれたそうだな。友として貴公には感謝する。」カルトの徘徊の行く手を阻むのは、エルトシャンとその妹のラケシスであった。
二人は普段でも絵画になるような端正な顔にその気品溢れる佇まいである、さらに正装した二人に道を阻まれたカルトはなんとも言えぬ萎縮を感じてしまう。
「エルトシャン、あなたにそう言ってもらえるのは光栄だな。しかし俺は大した事をしていない、優秀な部下達の賜物だ。」
「あら、謙遜なされるのですか?先ほどシグルド様にご挨拶に行った時には今回の成功はカルト公による物だとはっきりおっしゃってましたわ。」隣にいたラケシスは微笑みながらカルトに伝える。
「ラケシス、騎士に驕りは厳禁なのだ。カルトとシグルドの高潔な意思に冷水をかける物ではないぞ。」
エルトシャンの一言にラケシスは了承したのか、一歩下がって一礼する。
「すまない、少々口が過ぎたな。」
「いや気になどしない。それよりエルトシャン、あの者達は元気にしているか?
ノディオンにご迷惑をかけていなければと思っていたのだが。」
あの者とはエルトシャンに身柄を預けたイザークの三名である。彼らをシアルフィ軍に在籍させてしまうとグランベル本国に要らぬ誤解を与えてしまうと危惧したカルトは、エルトシャンにお願いしてアグストリアに送った。
アグストリアもグランベルとは不可侵協定を結んでいるが、シレジアとグランベルの同盟協定ほど強固なものではない。グランベルにおける大罪人がやシレジアやアグストリアに駐留したとしたも、グランベルはシレジアに対しては引き渡しの権利はあるがアグストリアとの協定では強制力はないのである。
カルトはそこをついての判断であった。
「ああ、それこそ要らぬ気遣いだ。
三人とも元気に暮らしている、ホリンがまた会いたいと言っていたぞ。」
「久々に稽古をつけて欲しいとお伝えください。」
「わかった、伝えておこう。」若き獅子王は踵を返して去っていく、彼の持つ雰囲気はますます凄みを増しておりシグルドとキュアン以上と判断できる。
王としての立場が彼の実力を引き出している様に感じたカルトであった。
カルトはようやくシグルドとディアドラの眼前に立つ機会が訪れる、グランベルの者より先に行くわけにはと思っていたカルトは宴の終盤に話をする事とした。
「シグルド公子、ディアドラ殿この度はおめでとうございます。」
「カルト公、お忙しい中の参加感謝いたします。」シグルドとカルトは軽い挨拶のちに盃にて酌み交わす。
シグルドは言葉こそまともな返事が返ってくるが、もう顔面は真っ赤になっており、おそらくこの後は潰れてしまうのだろう。苦笑をあらわにしたカルトにディアドラも困った顔をする。
「カルト公、あなたのおかげでここにいる者は無事にこの式に参加する事ができた。本当に感謝します。」
「買いかぶりすぎですよシグルド公子、あなたがいなければこの連合軍はできていなかっただろう。私もあなたの様な方だからこそ、ここまで一緒に参加したと思う。」
「カルト公・・・。」
「カルト様・・・。」
二人はカルトに深く礼をする、カルトはこの様に言うのだがシレジアの部隊が参加していなければヴェルダンの攻略を行える事は不可能だった。疫病が蔓延する中でキンボイスをジェノアで殺し、ジャムカまで手にかけていればヴェルダンの市民はグランベルに敵意と怨恨を植え付けていただろう。
たとえ戦で勝ってもヴェルダンの民はグランベルを受け入れることはなく、グランベルもヴェルダンの惨状に見捨ててしまい荒れ果ててしまうことは明白であった。
カルトはこの国の疫病の現状を見抜き、食料を配布する。レックスにその意思が伝わり、キンボイスとジャムカを捕縛。さらにヴェルダン城攻略において天馬部隊の活躍により被害を最小に暗躍するサンディマを倒す事に成功、ヴェルダンの民はグランベルを受け入れてくれたのだ。
レックスのヴェルダンとグランベル共同の消火活動にエーディンとカルトの救済活動が両国の架け橋になっている事をシグルドは感謝しての敬礼である。
「シグルド公子。お祝いの席で言うのは少々不躾なのですが、私が以前忠告した事を努努お忘れなき様にお願い致します。」
カルトは少し真顔になり一言、シグルドに伝えてその場を去る。シグルドは真っ赤であった顔は一気に引き締まりカルトの背を見る、彼がマーファで言った事を思い出し戒めるのであった。
「カルト様・・・。」
「エスニャ、君もシグルド様にご挨拶をしてきたのか?」
「はい、先程。・・・カルト様はなぜお一人で行かれたのですか?」
「え?・・・そうか!・・・ついいつもの癖だな、すまない。」カルトも珍しく焦る姿にエスニャは釣り上げた眉を元の位置に戻してくすりと笑う。
「いえ、すこしからかっただけです。お気を悪くさせてごめんなさい。」
エスニャの冗談にカルトはしてやられたと思ってしまうが、彼女のルージュのドドレスが栗色の髪とのコントラストに見とれてしまい言葉を失う。
「あ、いや・・・うん!君のドレス、よく似合っている。」カルトは取り繕い、評価する。
エスニャは赤く頬を染めると、お礼の言葉を小さな声で返す。
「君には、本当に済まないと思っている。きちんとシグルド公子の様にしたいと思っているのだが・・・。」
「いえ、いいのです。カルト様の立場をお考えになればそう簡単でない事は承知しています。
それに、準備期間が長い方がわがままも出来ますのでゆっくり準備したしましょう。」彼女の笑顔にカルトは少し気圧される。
「あ、ああ・・・お手柔らかに頼むよ。」カルトは汗ばんで返す事で精一杯であった。
《カルト様、エスニャ様。クブリです。》
クブリの伝心魔法が二人の脳内に呼びかけられる。
《どうした?クブリ、何かあったのか?》
《カルト様、明日の件ですがジェノア北西の教会の件で相談したい事がございます。》
ジェノア北西の教会は、ジェノア城攻略前に訪れた地であり、この国に入って初めて疫病が蔓延している事を知りカルトが真っ先に救援した教会である。特に子供の重病者が多く、この国を制圧してからも最も多く通って治療を施した教会であった。最近は随分と落ち着き、他の場所よりも安心している地になった筈である。
《あの教会がどうしたんだ?》
《はい、シスターより言伝がありまして明朝に来て欲しいと言われておりました。カルト様は大変忙しい身とお伝えしたのですが、どうしてもお会いしたいと言われております。如何致しましょうか?》
《あのシスターが?》
カルトは教会でいつも話をするシスターを思い出す。彼女はとても謙虚な女性で、どんな困難にも立ち向かい弱音を吐く事なく従事するシスターが自身を頼ってくる事となると余程の事だろうとカルトは判断する。
《わかった、明日一番に向おう。
クブリ。申し訳ないがフュリーにファルコンを出してもらう手配と、エーディン公女とエスリン殿にも治療を手助けするように声をかけてくれないか?》
《承知しました。・・・エスニャ様もご一緒にいかがでしょう?カルト様がどんなに忙しくても、立ち寄る事を忘れない程の地です。興味はありませんか?》
《クブリ・・・何を言いだすんだ、余計な事だと思わないのか?》カルトは少し不機嫌に言い放つ。
《これは失礼致しました、エスニャ様にカルト様のご意思をお見せするいい機会かと思ったのですが・・・申し訳ありません。》
《いえ、クブリ様ありがとうございます。ぜひ私もお連れ下さい。》
エスニャの好奇心をくすぐったクブリの戦略に負けたカルトだった、さらに機嫌を悪くする。
《ではカルト様、明朝厩舎までお願いいたします。では》
「クブリのやつ、いったい何を考えているんだ。このような場でなければ大声を出していたぞ。」
カルトはそう言いながら思考を巡らせる。
(いや、奴は場に気を使う男だ。この場面だからこそ俺に叱咤されずに事を進めた節があるな、エスニャも連れていく意図は・・・・・・魔力か。)
彼女の魔力の復活に関係していると予想する、彼女は回復魔法の無理な使用により器が変質し魔法の発動がうまくいっていない。荒療法になるが、回復魔法の使用から魔法発動のきっかけを与えようとしているとクブリは考えてくれたのだろう。その結論に落ち着け、納得する。
「その教会で、カルト様の意思とはどういう意味でしょうか?」
エスニャはじっとカルトを見つめる、髪と同じ瞳を見るたびにカルトの鼓動は早くなっていく。
「クブリはどう意味で言ったのだろうな?俺にもちょっと説明しづらいな。
俺はただ教会で助けを求めていた人達を救っただけさ、その縁で時折協力している。」
「そんな事があったのですね、あの時は後方待機していたので知りませんでした。」
「そうだったな、では明日見に行くとしよう。」カルトの言葉に同意するエスニャであった。
「ぐわあああ!ま、参った!降参だ!」
マリアンの一刀を受け跪き対戦者は降参をする、マリアンは一振りさせて血糊を振り落として鞘に収めると観客席より歓声が響き渡った。
今の対戦でマリアンは6人抜きを達成した、まだまだ余力のある彼女はさらに7人目の対戦を申し出る。
体力不足が祟ったマーファの決闘を払拭させるため、彼女なりの体力作りを行い持久力を身につけた成果がこの度の6人抜きに繋がっていた。
7人目はマリアンと同じ女性剣士が出てくる、彼女は物見遊山のように現れマリアンを見据える。
「なんだい、私の相手は子供かい?つまんないねえ。」
マリアンは安い挑発と見て動揺をせず相手を分析する、そして距離を取って構えた。
相手はまだ構えを取る事なく、薄ら笑いを浮かべたままマリアンをみている。
その不気味な瞳にマリアンは息を飲んだ。黒髪が長く伸ばされているがアイラ王女のように手入れされている様子はない、水をかけてそのままのようなバサバサとした髪に余計不気味な印象を受ける。
だが強い!マリアンの危機能力が彼女の強さを推し量る、その威圧感にマリアンは武者震いをしていた。
「先手は譲ってあげる、どこからでもいいよ。」
彼女はさらに挑発するがマリアンの耳には届いていない、集中力が全て聴力ではなく視覚に集中している為動揺する事はなかった。
マリアンはじりじりと間合いを詰めていくが、彼女は全く気にする事はなく未だに構える様子はない。
先手どころか一撃入れてもよいと言っているばかりに無防備である、マリアンは上段の構えを取り最速の攻撃へと移る。
しかし、攻撃にどうしても転じる事は出来なかった。マリアンの身体中から汗が噴き出し、呼吸が乱れていく。彼女の同じ場所に立っているだけで、体力が奪われていくのである。
「降参します。」マリアンは頭を下げて、降参する。
観客からは非難の声が上がるが、マリアンは気にすることなく鞘に剣を収めて彼女を見る。
「あんた見所あるよ、斬りかかっていたら3秒もせずに地獄送りになっていたからねえ。次は強くなって私の前に来な!」
「すみませんが、お名前は?」マリアンはこの屈辱を忘れない為に彼女の名前を聞く事にする。
「レイミア」彼女はこの場所に興味はないとばかりに去っていくのであった。
マリアンは再びどっと汗が流れ出るがそれは極度の緊張によるものだけではない、自身の命が救われた安堵感でもあり剣士にとって屈辱的な事であった。
しかしながらその屈辱に負けるわけにはいかない、何があっても生きて帰る事を信条としいるので屈辱に耐えて剣を引く事にした。
彼女は確実に進化を遂げている、ヴェルトマーの聖騎士より戦う事の意思を教授され自身の人生を切り開く強さを欲した。剣士としてホリンを師事して剣技をを学び、カルトに見てもらいマリアンの身体能力にあった特技を見出してくれた。
しかしレイミアはホリンやアイラに並ぶ一流と呼ばれる領域に達しており、マリアンにはまだ遠い存在であった。
(いつか、たどり着いてみせる。)彼女は固く決意するのであった。
「マリアンすごいねえ!」マリアンの前に盗賊のデューが声をかける。
「デュー様、私なんてまだまだです。」
「ううん、こんな短期間にここまで上達する人はイザークでもなかなかいないよ。」デューは手に持った果実を投げてマリアンに渡す。
井戸で冷やされていたのだろうか、手にはひんやりとした感触がして口に含むと強い酸味と共に果汁が口に広がった。あまりの酸味に涙が出る。
「あははは!少し酸っぱすぎたかな?でも疲労回復にいいんだ、それ。」
「・・・・・・。」マリアンは涙を流しながらその果実を夢中に頬張る、疲労回復を急ぐ為ではないのだろう。
彼女は夢中で果実を頬張ると沈黙を貫く、デューは横でマリアンの言葉を待ち続けた。背後の噴水が、水車の動力で吹き上げられる度に陽の光に照らされ虹を作り出す。
「デュー様、私は何が足りて無いのでしょうか?」マリアンは俯いたままデューに投げかける。
「マリアン・・・?」
「私は、ここヴェルダンに来てカルト様のお役に立っていません。腕を磨いても磨いても、カルト様達が遠い存在に思えます。・・・・・・・私が平民だからでしょうか?今からではデュー様達のように幼い頃から戦いの術を知っている人達には敵わないのでしょうか?」マリアンの言葉は切実で、デューの胸中を抉る。
「・・・・・・。マリアンの言う通り、家柄の人達はちいさい頃から戦う術を学んで訓練しているから能力を見出している人は多いけどそれだけだよ。
その力を正しく使わずに腐っちゃう人だっている、マリアンは正しい心でカルトの味方になっていきたい気持ちがあればいつかカルトの役にたてるよ。」
「本当に、そんな日が来るのでしょうか?」
「うん!きっと来るよ!カルトが一番困った時に、その窮地を救うのはマリアンだよ!
だから今はその瞬間の為だけに頑張ってね。」
「はい!」彼女の奮闘は続くのであった。
次回で今回の外伝終了となります。
もっとたくさんいろんな視点でサイドストーリー入れてみたいのですが、現在の持ちネタではここまでのようです。もっとアイディアが出てこればなあと思います。