ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻) 作:Edward
我ながら長かったなあ、と思います。
心中
サンディマが討たれた事で事態が一変する。
森林を焼いていた業火はグランベル軍と共にヴェルダン軍も加わり消火活動を行い、3日で消し止める事が出来た。キンボイス王子もとジャムカ王子の生存によりヴェルダン軍の感情も幾ばくか解消された事による物である。
サンディマがヴェルダンに入り込んだ二人の妹君の病の状態を確認する為、カルトは寝室へと急いだのだが彼女は息を引き取っていた。
死因を特定しようとカルトは医者と確認していくのだが、彼女の体はずっと以前から生命活動をしていなかった事が伺えたのだ。彼女はきっとイード砂漠で暗黒魔道士が使用した死者を操る魔法で誰かが操作していたのだろう、王を欺く為とは言え非道な手段にカルトは怒りを覚えたのであった。
ヴェルダンを制圧して5日が経過しても、この国の悲惨な現状に奔走し続けていた。
シグルドは、本国からやってくる役人達への引き継ぎを行い
レックスは消火活動の先導に立ち
アゼルはグランベルに物資の手配要求をし
エーディンは人々の救済に各地の教会へ
レンスターはエバンスに戻り、他国からに侵略に備え
シレジアの天馬騎士は物資の輸送
魔道士はヴェルダンにて各地からくる情報の収集と指令を行っていた。
この事態を一先ず終息出来たのはさらに7日を費やす事となった。
彼らの尽力によりキンボイス王子とジャムカ王子はグランベル侵攻の実行犯ではない事もあり処罰は免れる事となるが、数年の間はグランベルの監視下においての権限行使する事となる。本国から派遣されたエッダの役人が中心となりヴェルダン王国を再編成する事に落ち着いた。
しばらくはグランベルに対して賠償金を支払う形となり、二人の王子の改心具合を確認して再び独立させる条約を交わしたのであった。
カルトは伝心の魔法でアズムール王にヴェルダンに再編の機会を与えるように申し出たのだ。
このまま陛下が勅命を出さないまま役人が好き勝手を行えば、ヴェルダンを打ち捨てるか搾取し続ける恐れがあった為に進言する。
予想通り、初めに来た使者はこの国から私服を肥やさんと貴族共がやってきた。ヴェルダン内を値踏みするかのような嫌な視線にカルトは数日の間、明らかに不遜な表情を浮かべていた。
すぐさま国王直轄の親衛隊がエッダの役人を伴い、勅命を言い渡して貴族共の野望は砕かれるのであった。
濃厚な日を送り、エッダの役人にヴェルダン統括の引き継ぎを終えたシアルフィ軍はエバンスに戻り久々の休息を得る。全員エバンスに集まった今晩、できる限りの贅を尽くした会食を行う事となった。
皆、各々の場所で会話を楽しみ、飲食を楽しんでいる中で端で一皿の料理を全く口につけずに周りの人を眺めているフュリーがいた。
彼女はこのような場所は苦手であり、雰囲気に飲まれている内に端へ端へと向かい今に至るのである。
もう一つの手にあるグラスのワインを少し口につけて軽ため息をつく。
「よう、折角の綺麗所がこんな所にいちゃあいけないな。」
「あ、レックス公子。」フュリーは声をかけてきた威勢のいい青年に抑揚のない声で応えた。
「今日は無礼講だ、レックスでいいぜ。
サンディマをやっちまってすまなかったな、乗り込んだらあの状況だったもんでな。」
「あ、いえ!私こそ、助けていただいたのに碌にお礼も言えずに・・・。ありがとうございます。」
二人はそのあと会話が続かず、しばし沈黙が続く。
「・・・もう一つ、謝らなきゃならない事がある。あんたがエーディン救出に失敗した時、カルトにかなり暴言を吐いちまったんだ。俺もあとから言い過ぎたと思っちまったんだが、あいつは最後まであんたを信じていたよ。一緒に奴とキンボイスのジェノア城を攻略したんだが、奴の行動力には驚かされるばかりだった。
シレジア軍の結束力を見せてもらったが素晴らしい軍だった、これからもパートナーとしてよろしく頼む。」
レックスの饒舌ではないが真っ直ぐな感想にフュリーは救われた気持ちになる、笑顔を取り戻してレックスが求めてきた握手を交わすのであった。
晩餐も中盤に差し掛かった頃、シグルドとディアドラが登場し二人が結ばれた事を報告する。
まだ有事中という事で大々的な式は本国に戻ってからという事になるのだが、明日披露宴を行うとの事で明日も続いてのお祝い事となった。
カルトも次々とやってくる戦勝祝いの言葉に対応に苦慮していた。
彼もそのような祝賀の場は苦手であり逃れようとしているのだが、フュリーと違い公位を持つカルトは婦人方にも騎士にも、魔道士にも人気があり離してくれる様子はなかった。
ようやくひと段落した頃にはカルトは折角の衣装も着崩してしまい、疲労感のある顔を露わにしていた。
「カルト様、おかえりなさいませ。」マリアンが労いの言葉と共に食事と飲み物を渡す。
「ありがとう、しかしグランベルの方々は大変だな。俺には合わないよ。」カルトは果実のジュースを飲み干して愚痴をこぼす。
「カルト様それでは困ります、これからはセイレーンの公爵として立派に勤め上げてもらいませんと・・・。」クブリまで愚痴をこぼし出したのだ、そして
「それに、カルト様もそろそろ私共に報告する事があるのではないですか?」とまで付け加えた。
カルトは舌打ちをして明後日の方向を見る。
「・・・ああ、そうだな。お前達にはきちんと言っておかないといけないな。
マリアン、フュリーを見つけてくれないか?」
「はい・・・。」マリアンは会場に散っていく。
「カルト様、今だからこそ言えるタイミングですよ。」睨みつけるカルトにクブリは困ったような顔をする。フードで普段は隠しているが、ここでフードを外してカルトを見るのである。
クブリはカルトよりも若い、まだ大人になりきれない端正な少年の顔がカルトの瞳を射抜いているのである。
カルトは自身が思っている以上に男として、指導者として、将来の有望株として魅力的な存在なのである。
クブリは何度忠告してもカルトは自然体に余計な協力し、助言をしてしまう為に女性から好意を得てしまっていると説明しているがカルト本人が理解していないから始末が悪い。
結果、フュリーにもマリアンにも上官以上に好意を得ているように思ってしまったのだ。
だが、クブリには良い事と思ってしまう。
これは下世話な事なのでカルトの性格上口にできないのだが、フリージ家由縁のエスニャ様を迎える事はカルト様にとって、シレジアにとってはより同盟を堅固にすると思っていたのだ。
申し訳ない事であるが、貴族出身でもシレジアに内部のフュリーであったり、イザークでも一般人であるマリアンでは有益な婚約ではないと思っていた。
それは部下として従うクブリの意見であって本心ではない、クブリにとってもカルトは魅力的な指導者である。カルトが幸せであれば何も言う言葉はない。
クブリの思考自身でまとめ終わった時、マリアンはフュリーを、カルトはエスニャを連れて来る。
皆、カルトの発する言葉は大体察している。様々な表情をしてカルトの言葉に固唾を飲むように待つ。
カルトもその雰囲気にいささか緊張をしている面持ちで、咳払いをして意を決する。
「皆こんな有事の中で済まないのだが、俺カルトはエスニャと誓いの言葉を交わした。
この戦いが終わってシレジアに帰った時、彼女をセイレーンに迎え入れる。」
カルトはエスニャの肩に手を回して紹介する、エスニャは深くお辞儀をして面をあげる。
「紹介を受けました、フリージのエスニャと言います。
この度、カルト様の誓いの言葉を交わしてシレジアに嫁ぐこととなりました。私のような若輩者ですが皆様の愛するシレジアをカルト様と共に尽くす覚悟です。よろしくお願い致します。」エスニャの顔に決意と喜びで溢れていた。いまだ魔法発動は出来ず不安な日常を送っている筈なのだが、彼女の覚悟はそれを上回りカルトに尽くす覚悟を決めているのだ。
その顔にフュリーとマリアンはその真意まで達していない自身の内を知ったのだった。
「カルト様、シグルド公子達も自国に戻るまで式をしない予定ですが披露宴は行います。カルト様はなされないのですか。」マリアンは投げかける。
「ここはグランベルが駐留を許された地だからな。シレジアの俺たちが許可をとって行うわけにはいかないだろう。
それに俺はこのヴェルダンに駐留する間にエーディン公女と共に教会に赴いてヴェルダン兵の負傷者と、疫病で苦しむ子供やお年寄りを見て回りたい。俺がこの国にしてやれる時間は少ない、エスニャには申し訳ないがもう少し先になる。」エスニャを見つめたカルトは申し訳ないように頭を下げる。
「気に病まないでください、カルト様にしかできない素晴らしい事です。私にしてくださったあの温かみを戦争で苦しんだ人達をお助けしてください。」
二人にはすでに無言の情が通じている。祝福を述べるがフュリーとマリアンの心に棘が刺すように痛んだのであった。
《フュリー?どうした、こんな時間にここへきて》
会は御開きとなり、与えられた自室に戻らず徘徊していたフュリーはいつの間にか天馬たちが休息する仮の厩舎へ足を運んでいた。
相棒であるファルコンは他の天馬とは数段体躯が大きい為、さらに奥にある天井の高い厩舎にいた。
彼女は夕食に出された食事が気に入らなかったのか、自身で狩ってきた水牛を頬張っている所に出くわしたのである。
《ん?ちょっと、ね。あなたと話がしたかったの》フュリーは伝令の魔法で応える。
《そうか、少し待ってくれないか。こいつを食してからゆっくり聴こう。》
ファルコンは水牛を顎でヒョイと持ち上げると豪快にかぶりつく、辺りに骨の砕ける音が響くがフュリーには全く気にもならなかった。こんな事でいちいち驚いていたら彼女と一緒にいる事はできない。
慣れるには数日はかかるが、今はそれどころではなかった。
彼女は食べ終わると、寝ぐらに体を落ち着かせフュリーの話を聞く体制をとる。
しかし肝心のフュリーが口火を切る事はなく座ったそばの寝わらを持っては落としたり、指に絡めさせたりと落ち着きがない。
《話しづらいか?ならまた人間に・・・》
《ならないで!そのままで聞いて!》
顎を一瞬あげて魔法を使用し始めたファルコンを制止する、ファルコンは再び元の姿勢に戻るが、フュリーも先ほどと同じ仕草を初めて埒があかない。
《要領がえないな?どうした素直に言ってみろ。人間に言いにくいから私を選んだのだろう?》
彼女の言う通りであった、この暗い感情を誰かに言えば失望されてしまう。でも誰かに相談したい。
その葛藤がフュリーの相棒の元へ足を運んでいたのだった。
《私ね、ある人が好きだったの?小さい時からずっと、ずっと好きだったの。でもね、その好きな人は私のお姉ちゃんが好きなの。私、二人を応援する事にしたの?時折諦めなくて葛藤した日々を送っていたのね。
そんな時に、もう一人好きになってしまった人ができたの。でもその人は婚約しちゃった。私が好きになってしまった人はどんどん別の人を見つけていく。
私はどうしたらいいんだろう、私はどうやって・・・この思いを伝えられるようになるのかなって・・・》
彼女は精神統一ができず伝心魔法が解けてしまう、顔を覆って泣きじゃくった。
ファルコンはしばし彼女の嗚咽を聞いた後に人間の姿になる、フュリーの横に座ると彼女はフュリーを抱きしめた。彼女の優しい抱擁にフュリーは安堵を覚える。
「心配するなお前は魅力がある。フュリーお前なら隙をみてその雄どもを誘惑すれば子種の一つや二つ、分けてくれるさ。」
「・・・え?」
「雄はたくさんの子供を作る宿命を持っているんだ、その性に生物は逃れられない。フュリーが今から頑張れば寿命の短い人間でも、20人は作れるぞ。
私なら強くて優秀な雄を見分ける能力もある、一緒に探してやろう。」
彼女の見得にフュリーは真っ赤になる。やはり彼女は野生の獣である、知識を得ようともそに行動理念はなく人間の倫理観は存在しなかった。
「ま、待って!そんな事じゃないの!!私は!」
フュリーの慌てる言葉にファルコンは笑みを見せる、フュリーはからかわれた気分になり怒りをあらわにする。
「フュリー、獣は欲しい物は欲しいと主張する。人間には複雑な社会基盤があり倫理観がある。
獣には人間の社会基盤が理解できないが、弱い物にも生きる権利が与えられている所は素晴らしいと思う。獣は弱者が容赦なく淘汰される世界を生きているからな。
でも単純明解な生存競争を生き残り、子孫に繁栄させようと必死に爪を磨いている獣にも見習う所があるんじゃないか?」
フュリーはキョトンとしてファルコンを見る、彼女に言いたい事はシンプルな筈である。
自分の心のうちにもその正体はわかっている、それは失敗した時の怖さである。
結果を恐れて諦めている自分に勝機は回ってこない、何かを手に入れようとする時は何かを失う事もある。
獣達はそれを日常で体感して暮らしているのだ。
草食動物が肉食動物に狙われた時、肉食動物は必ずその群れで一番に弱者を狙う。草食動物は時として群れの繁栄の為に、子供や怪我して弱った者を犠牲にして生きている。その繰り返しが種としての保存されていくのだ。
肉食動物も同様である、雄が狩りできなくなれば雌は雄を見捨てる。時にはその雄を食してしまう事もある。
その厳しい生存競争の前にフュリーの相談はとても矮小な物に感じてしまう。
フュリーは立ち上がり伸びをする、涙を拭いた彼女は清々しい顔を見せた。
「ありがとう、少し楽になったわ。」
「そうか、よくわからないがフュリーならきっとできるようになる。応援するぞ。」
「うん!・・・あ、お礼にいい物をあげる。」
「ん?なんだ、いい物って?ついさっき水牛を食べたからお腹いっぱいだぞ。」
「食べ物じゃないの!
あなたの名前よ、あなたの名前は・・・・・・。」
二人の語らいを聞いている者がいた、月夜に輝く光を漆黒の髪に反射させる彼女は柔らかい笑みを浮かべるとその地を後にするのであった。
アグストリア編までの間少し、数話程寄り道しようと思います。
申し訳ありませんがお付き合いのほどお願い致します。