ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻) 作:Edward
シグルドは目を覚ます。
頭が疼くように痛むが、ひどいものではない。ゆっくりと起き上がりあたりを確認する。
木でできた簡素な造りの家で一人寝かされていたようである、横にあるこれもまた簡素な木の机に水差しに包帯があることより看病されていたことには間違いなかった。
(ここは、どこだ?)
ベッドに寝かされていたシグルドは側にある剣や、服を整えながら状況を確認した。
確か私は後方支援部隊で挟み撃ちを警戒する為にキュアンと共に進軍していた筈、そこに・・・!!
シグルドの記憶がはっきりしていくが、それでもこの状況が掴めないでいた。
突然の遠隔魔法の直撃を受けたシグルドは、その衝撃で吹き飛ばされて軍から離脱されたのだろうと予測する。とりあえず外にでて、ここがどこか掴もうとドアに向かった。
扉を開けたそこには、食料と水差しを持った女性が今まさに扉を開けようとした所で鉢合わせた。
「きゃっ!」小さな悲鳴と共に手しておたバスケットと陶製の水差しを落としてしまう。
シグルドは咄嗟に腰を落としてその落下物を床に落ちる前に見事にキャッチする。
「ふう、間一髪でした、あ・・・あなたは、あの時の?」カルトに色恋の話をした人物が目の前に立っている。シグルドは途端にエスニャの雷の受けたように硬直した。
「あ、あの・・・?お怪我は大丈夫ですか?」女性は首をかしげるように投げかける、シグルドの硬直に理解ができていないようであった。
シグルドは平静を取り戻し、話に追従する。
「あ、ありがとう。体はおかげさまで大丈夫です。君はマーファ城で少し話をした方ですね、私はシグルドと言います。できましたらお名前をお聞かせ願いますか?」
「あ、すみません。私はディアドラと申します、先日は助けておただいたのに碌にお礼もせず立ち去ったことをお許しください。」
「気にすることはない、君にも事情があったのだろう?それに、こうしてまた会えたのだ神に感謝したい気分だ。」二人は見つめ合い、そして微笑みあった。
「ところでここは何処でしょうか?私は早く合流してヴェルダンに向かわないと行けないんだ。」
シグルドの言葉に彼女は暗い影を落とす。
「シグルド様、ヴェルダン城には恐ろしい暗黒魔法の使い手がいます。魔法が使えない方や普通の魔道士では暗黒魔法の前では勝ち目は薄いでしょう。
シグルド様、この先には進まずお引き返しください。」
「・・・・・・すまない、君の忠告は私を慮っている事は充分に解る。しかし騎士として、グランベルに忠誠を誓う身としてその決断はできない。
ましてや暗黒教団がヴェルダン国に居座っておる以上世界の脅威になるかもしれない、命に代えても討たねばならない理由がある。」
シグルドの決意の表情にディアドラはさらに表情が曇ってしまう。
「・・・シグルド様は、先ほどの魔法を受けた時に本当は倒れていたと思われます。」
「えっ!それはどういう事だ?」
「私はシグルド様が来ている事を察した時、近くまで見に来ました。でも精霊の森の厳しい制約の中で生きている私には、シグルド様に近寄る事は許されません。ですのでそっとお姿を見て立ち去ろうとした時に、ヴェルダン城からの暗黒魔法が放たれたのです。
その使い手は私が見た中で一番強力な魔力を持っていました、咄嗟に魔法でシグルド様をお救いしたのですが、それがなければシグルド様は・・・。」
「私は、あそこで倒れていたということか。」
ディアドラは俯いて肯定する、彼女はシグルドを必死に止めたいが故の告白であった。
命に代えても、という言葉に対しての反語として使用したのだ。
「ならば、尚の事行かなければならない。私の部下達は私がいなくてもヴェルダンに向かっている筈だ。
この事を早く教えてカルト公に対策を練ってもらわないと攻略は難しい。」
シグルドはディアドラに向き直り、敬礼する。
「忠告ありがとう、それに助けてもらった命を粗末にするつもりはありません。精霊の森にまた静かな生活が戻るよう、ロプト教団を鎮圧してきます。だから戻る道をお教えください。」
もはやディアドラに彼を止める事は出来なかった、高潔で実直な彼は止めても無駄だという事はディアドラも充分に知っていた。だからこそ彼女はシグルドに会った瞬間に惹かれてしまったのだ。
それでも、一縷の望みをかけて精霊の森に滞在してほしいという彼女の願いは簡単に瓦解する。
シグルドは困惑した彼女を気遣ったのか、再度外へ出ようと歩みだす。
恐らく返答がなかった事より自力でも脱出しようと考えたのだろうか、ディアドラに考える時間も引き止める理由も思いつかない。なによりシグルドに後ろめたい偽りを発してまで引き止めようとはしたくなかった。
ディアドラは決心する、それはもう二度とここには戻ってこないという想いである。
それは同時に、幼少の頃より徹底して教え込まれた戒めを破る事になる。どうしてあの時マーファに行ってしまったのだろうか?ディアドラは自問する、そうすれば心を奪われる事はなく何も疑問を持つ事なく精霊の森でその人生を完結していたに違いないとさえ思った。
外の世界に興味があったのは事実である。長老が体調を崩されて薬草を手に入れる名目でマーファ城に物見遊山をしたのは好奇心であった。その一時にここまで心を奪われてしまうとは思わなかった。
「お待ち下さい!・・・シグルド様、私も参ります。」ディアドラはとうとう運命の扉を開いてしまう一言を発する、彼女の少しの好奇心が世界の運命を暗黒に染めてしまうなど誰もが想像がつかないであろう。
シグルドは振り返って彼女を見つめる。
「私の魔法であの暗黒魔法を封じてみます、うまくいけばヴェルダン城からの遠距離魔法は無効化できます。」
「それは助かります、しかし君は精霊の森から出る事は出来ないと聞いた。大丈夫何ですか?」
「・・・はい、戒めを背いたら恐ろしい事が起きる。そう言われて育ってきました、本当は怖くて仕方がありません。・・・でも、これ以上自分の心に背けなくなりました。
ヴェルダンにいる魔道師は暗黒教団の者です、私の中には暗黒神の血が眠っていてそれを狙っています。」
「ロプトウスが、君の中に?」
「はい・・・シグルド様、こんな私でも好きになってくれますか?」
彼女は涙を流してシグルドを見る。その表情は儚く、美しい。瞳には愛情と拒絶される事への恐れが渦巻き、怯えておるようにシグルドは感じ取る。彼女の言葉にシグルドは両の手で抱き、言葉をつむぎだす。
「もちろんだよ、ディアドラ。一緒に来てくれ!私には君が必要だ。
暗黒神などに私たちは負けない!君の苦しみを開放して、幸せにしてみせる!」
「シグルド様!」もはや二人には言葉はなく、これが近いの言葉となった。
「ここは?」カルトは目を覚ます。
まだ身体に力がうまく入らなくて起き上がれない、目だけであたりを視認して言葉を発した。
「カルト様!ご無事ですか?お体の方は痛みませんか?」すぐ隣にいたエスニャは涙を流して呼びかける。
「エスニャ、か?俺は一体どうしたんだ?記憶が曖昧で・・・。」
「カルト様は精霊の森を進軍途中で、私を庇って弓を胸に受けたのですよ。エーディン様が必死に回復してくれたお陰で一命をとりとめたのです。」
「・・・そうか。エスニャは無事だったか?あの矢は確実にエスニャの心臓を狙っていた、無事で何よりだ。」カルトはまだ意識がはっきりしていないのだろう、会話に支離滅裂が所がある。
しかし彼の言う言葉にはエスニャを気遣う言葉に溢れ出ているのだ。叱責もせずにただ彼女の無事を祈っており、笑う表情すら作っていた。
「カルト様!あなたはバカです!なぜあのような無茶ばかりなされるのです。私は、私は!」
さらに泣いて、顔を手で覆ってしまう。カルトは目だけを彼女に向けてゆっくりと口火を切り出す。
「俺は、小さい時に母上がなくなって、親父に引き取られてからずっと戦争に少年兵として送られ続けた。
親父の恐怖統治をよく思わない民衆との内乱や、海賊共の鎮圧。そして叔父貴との戦争にも参加させらた。
はじめはその凄惨な戦争に心を痛めていた。人を殺す度に心が壊れていってそしていつしか俺は命令のままに人を殺める操り人形になっていった。」
エスニャは息を飲んだ。カルトは十数歳のは戦争に参加して人を殺めていた事よりも、父親に人殺しの道具として使われていた事である。肉親とは思えないその言葉にエスニャは掛ける声すら失う。
カルトの独白は続く。
「あれは・・・、民衆の反乱の時だった。心を失くした俺は、いつものように魔法で鎮圧していった。向かってくる者は無条件で風の刃を浴びせ続けた、男女も老若も関係なく切り刻み続けた。
その日の戦いも終わり、魔法力の尽きた俺は自軍の野営地に戻る途中で槍を受けた。自軍の兵士にだ、どうやら親父は俺を利用するだけ利用してここで破棄する予定だったそうだ。」
「そ、そんな・・・。」エスニャは絶句する。
「親父にはないセティの聖痕を持つ俺は、魔法の才能もあの年で凌駕していたからな。道具が扱い切れなくなればそうなる事が予想できていた筈なのに、俺は何も考えなかった。城では親父の女共にないがしろにされて、戦争に駆り出されて思考が停止していた。槍を受けた瞬間その事に気付いたよ、だから殺されて仕方がないと思った。
止めを刺される瞬間にラーナ様に救われた。一命をとりとめた俺はラーナ様にこっぴどく叱られ、同情され、愛情を下さった。
でも、未熟な精神のまま一般人を殺してしまった俺は心を取り戻した途端再び心が壊れた。罪悪感に苛まれて自殺を何度も試みた時期があった。」
「どうしたら自分は許されるのか、殺してしまった人達にどうしたら詫びる事が出来るのか、贖罪の日々が続く中で俺は大事な人を守る為に自分を捨てようと思ったんだ。大事な人を守る中で自分を殺したいと心の何処かで思っているかも知れない。」
カルトの長い独白にエスニャはようやく彼の意思が伝わる。彼は今も、これからも、罪の清算の為に行動しているのだ。
ラーナ様の幸せの為にレヴィン王を支え、シレジアの為にグランベルと同盟に漕ぎ着けて最前線の危険な戦いに赴いているカルトの原動力はここにあったのだとエスニャは理解した。
「カルト様、それではあまりに悲しすぎます。ラーナ様も、レヴィン王も、きっとカルト様も幸せになってほしいと願っています。私もカルト様に幸せになって欲しいと思ってます。だから・・・」
「エスニャ、君の言っている事は正しい。でもその先は言わないでくれ。俺にはその資格はない。」
「あります!この世界に不幸せにならないといけない人なんていません!たとえどんな罪を犯してしまっても、正しく生きようとしている人を呪うようなことがあってはいけません!」
エスニャはカルトを抱きしめる、カルトはエスニャの抱擁に暖かい体温を感じて目を閉じる。
「私に、カルト様の罪を分けてください。お互いの為に死なない事と誓ってカルト様の罪を共に清算していきましょう。」エスニャの笑顔にカルトは涙する。ラーナ様の愛情で心を取り戻したが、ここまで心を安寧にしてくれた人はいなかった。今はエスニャの気持ちに感謝と愛情を抱いたカルトは歓喜の涙しか出てこなかった。
「エスニャ、俺と共に歩んでくれるのか?」
「・・・はい。」
「辛い人生になる、君には幸せになって欲しい。」
「私の幸せはカルト様と共に歩むことです。」
「・・・・・・ありがとう、君を・・・・・・。」
二人の語らいは夜通し続けられる、その後二人は何を語ったのか、後世の子供達にも伝えられる事は無かった。
デューも目を覚ます、深手を負っていた彼もすっかり回復されて元気を取り戻した。
「目が覚めたか?」手足に拘束具にて動けぬジャムカが声をかけた。
「あ、ジャムカ!とりあえず殺されてなくてよかったよ。」
「ふ、生け捕りにされたような気分だ。癪だが貴様には恐れ入る。」
「まともにジャムカに勝てる気がしないから、うまくいってよかったよ。」
煙玉効力が薄れた時に、川に大きな水音がしてジャムカはその場にむかった。
(川の中に入って逃げた?)
確かに弓矢は水の中では推進力を失い、殺傷能力は落ちてしまう。
しかしながら息が続かずに浮かび上がった時に狙い撃ちされてしまう、そのような愚行をデューが行うようには思えなかった。
川面にデューの姿はない事から川の音はフェイクと判断し、ジャムカは五感を働かせて周囲の気配を確認する。ジャムカが川辺に来て約2分、息が続かずに浮かんでくる時期にも関わらず出てこない所よりやはりフェイクであると読む。
その時に頭上の木にいたデューは落下しながらショートソードを手にジャムカの一撃を加えるが、ジャムカは先に上を視認する。デューの攻撃よりも早く気配を捉えたジャムカは弓を引き絞りって落下するデューに狙いをつけた。
空中であるデューは回避はできない、ジャムカは勝利を確定したが極めて冷静に狙いを定めて放とうとする。
「!!」
その瞬間、足元が崩れるかのように地盤が緩み出し弓があさっての方向へ放ってしまう。足元がおぼつかなくて体勢を整えられないジャムカの両肩を掴むと回転を加えて二人は川へ落ちる。
(狙いはこれか!)
ジャムカはここでデューの作戦を読み切る、彼は水中での酸素切れを狙っていたのだ。
背後から手を回されて水をかくことができないので水上への復帰はできない、そうなればデューの方が先に参って酸素を欲してくれればいいのだが作戦を考えたデューの方が入水前に肺に酸素を溜め込んでいる。
ジャムカは打つ手がなくなるも、必死に意識を保とうとするが限界が来ていた。
ついに息を吐き出した直後、大量の水を飲み暗転したのであった。
「ダメだよジャムカ、おいらがいた川辺の場所に立つなんて。罠を仕掛ける盗賊には悪手だったね。」
デューは笑って言う。ジャムカはその笑顔に向ける顔はなく、そっぽを向くのみであった。
ディアドラ
精霊の森に住む巫女、精霊使い。
ゲーム上の設定はかなり扱いが曖昧で、ロプト教団に狙われているにも関わらずアグストリアでシャナン一人に護衛を任せてしまう所などに不可解な扱いが多い。といいますか、あれだけロプト教団の話題が出てくるのに対策を考えないシグルドは勤勉でないような気がします。
またマーファでシグルドと出会う会話でエーディンと知り合ったとなっているが、ガンドロフに囚われている中でどうやってお知り合いになったにだろうか。もし城に出入りしていたとなれば間違いなくディアドラもガンドロフに囚われてたような気がするのは私だけでしょうか?ディアドラもエーディンに負けず美人さんですから。
それに人との交流を絶っている人が城に出入りするとは思えない!と私は思い、私の書く小説では二人は知り合っていない設定です。
そのあたりの曖昧さを、私なりの視点で改善して書いていきたいと思います。