ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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今回も戦場での戦いがメインになりますが、少し視点を変えてみました。
活躍する人が変わり、いいかなと思っています。


深遠

「もう貴様に用は無い、死ね!」

サンディマの暗黒魔法がバトゥ王に襲いかかる、暗黒の瘴気が形を成してバトゥ王の体に覆いかかると大量の血飛沫をあげ、声を発することもなく床に倒れこんだ。カルト達もこれらの攻撃を受けていたが、魔法抵抗力のない常人がまともに受ければこのような結果になるのである。

 

サンディマにとってこの国の行く末に興味はない、その意味で言えばヴェルダンにはもう利用価値は無く役割は充分に果たしてくれていた。強いて言えばあともう一つの役割があるが、こればかりは簡単に見つかるものでは無い。この戦乱の後、荒地となった時にでも探せばいいとさえ思っていた。

 

 

「サンディマよ、バトゥを殺してしまったのか?」

背後より強烈な威圧感と共にその声に反応し畏る、ロプト教団の司教であるマンフロイが彼の背後に転移してきたのだ。

「マンフロイ様、わざわざお越しになられたのですか?心配ありません、もうこの国には戦力もありませんし役割は終えました。」

 

「では、あの娘は見つかったのですか、サンディマ様?」

マンフロイの横に佇む全身黒いローブを羽織った女性はサンディマに投げかけた。

顔はローブに隠れていて素顔を見ることはできないが、その妖艶な声量とローブを羽織っても誇張する胸部と華奢なシルエットに女性であることがうかがえる。

 

「それはまだ、見つかっておりません・・・。」

「バカ者!!貴様はまだこの事の重大さがわかっておらぬのか!」

マンフロイは激昂する、女性はサンディマにこれを焚きつけたのだが悪びれる様子はなくローブの中から光る双眸だけが静観している。

 

「我らはただ単に騒乱を起こしているわけではないのだぞ!ようやく長年の悲願を成就できる可能性を見つけたのだ、あの小僧と精霊の森にいるであろうあの娘を使って教団を再建する使命があるのだ。」

 

「はい、理解しているつもりであります。しかし精霊の森は我らを拒んでおりまして入り込む事は叶いません。彼女を連れ出すにはこの案件とは別に働きかけなければいけないでしょう。」

 

「ふむ、儂もこの事をしってから幾度となく精霊の森へ使いをよこしたが貴様の言う通り入り込む事は出来なんだ。しかしこの機会を逃すわけには行かぬ、サンディマよ貴様であればできると思っていたのだがな。」

 

「マンフロイ様、私にもこの一件を噛まさせていただきたいのですが。」

「フレイヤか・・・、いやお前にはアグストリアのバカ息子を懐柔する仕事を優先してもらおう。」

 

「あら、あの方ならもう籠絡いたしました事よ。」

「・・・そうか、なら依存はない。フレイヤはサンディマと協力してあの娘を連れてくるのだ。

サンディマはここに来るであろうグランベル軍の主力を潰しておけ、奴らを野放しにしておくと厄介になるやもしれん。」

 

 

 

 

「フレイヤ、何を企んでいる!」

マンフロイが転移で再び姿を消した後、サンディマはフレイヤに突っかかる。

 

「あら?私はあなたに協力してあげようと思って残っただけですわ。さっき、余計な事を言ってしまった罪滅ぼしも兼ねてね。」

彼女は、怒りに燃えるサンディマをよそに飄々として答える。

 

「お前の協力など必要ない!とっととアグストリアへ戻れ!」

振り返り歩み出すサンディマにフレイヤは背後から手を回して抱きつくようにしてその歩みを止める。

女性の武器を活用して胸部を背中に当て、回した手は男性器を徐々に迫るような動作で意識させる。彼女の武器は女であり、各国の要人達はその妖艶な動作に懐柔されていく。理解しているサンディマでさえ、その性の魅力に取り憑かれそうになる。

 

「放せ!フレイヤ!!マンフロイ様が貴様を優遇する意味はわかっているが私には無駄な事だ!あの娘を探すには貴様の能力は役に立たぬ、帰らぬというのであれば黙って見ておけ!」

 

「私の能力?あははは!サンディマ様は何か勘違いされておられる。

私の能力は女だけだと思っておられるのですか?」

途端彼女よりマンフロイと同様の威圧感を発し出し、妖艶な魔力が立ち昇る。サンディマはその魔力の圧力に後退り、大量の汗が流れ出した。

 

彼女は王室の間よりバルコニーへ出ると、山の麓を一望する。

「見なさい!私のフェンリルを!!」

フレイヤは天に仰いで禍々しい瘴気を放ち出す、ローブからちらりと見える漆黒の髪と詠唱する紅い唇だけがサンディマに強く印象を植え付ける。そして放たれる暗黒の弾丸、彼女が魔力で補足した対象者へと放つ闇の魔法はサンディマの魔力を凌駕しており一瞬に山林を駆け抜けていく。

サンディマは二度と彼女に魅了される事はないだろう、その禍々しさに彼の心は別のもので支配されていた。

 

 

 

シグルド率いるシアルフィ軍は最も不利な戦いを続けていた。

もう、陽が傾き始めたばかりであるが原生林の中ではもう闇が広がり始め進軍をさらに遅くなり始めていた。

 

ハンターを20人程撃破に成功したが、ノイッシュとアーダンに毒矢の一撃をもらってしまい後陣の者と入れ替わってから明らかにペースが落ちてしまう。やはりシアルフィ軍の精鋭と後陣の者とでは明らかに実践のよる経験値と研鑽が違っている、それでも残ったアレクは代わりにはいった者への叱咤激励で進軍を進めておるのはたいした者である。

ノイッシュとアーダンはエーディンの回復魔法とデューが敵より抜き出した解毒剤で命には支障はない。

山頂まで今で半分といった所であろうか、犠牲者はなく順調と思える状況であるがデューの警戒はさらに強くなっており気を抜けない状況には依然変わらないでいる。

 

「デュー、そろそろ休息を取ろう。一度休んでから、次の行動で野営できる所を探したい。

ここから先に野営できる所を、知っているか?」カルトはデューに竹筒を渡す。デューは竹筒の中身を飲みつつ、腰にある巻物を取り出して目を落とす。この山の高低図と磁石を確認しているが、彼の生きる為の技術と道を見つけ出す探査能力は素晴らしい。

カルトはこの山中の攻略はデューにかかっていると思ってはいたがここまで凄まじいとは思っていなかった。

 

「ここ、かな?この尾根のあたりなら奴らの狙撃ポイントは少ないし、見張りを立てれば主力メンバーに休息は取れる。ただ・・・。」デューの言葉は止まる。

 

「敵側もこのポイントは抑えられたくないと判断しているだろう、ここに着く前に激しい攻防戦が予想されそうだ。」カルトはデューの言いたいことを先行する。

 

「自然の高台になっている尾根を抑えられるとハンター達は頭上を抑えられたような物だから必死に防衛線を張っていると思う。

戦線をここで食い止めることができれば、野営もできなくてグランベル軍は撤退をするしかなくなる。」

 

「なるほどな、ここが決戦ポイントか・・・。総力を挙げてでもここは引くわけにはいかないな。」

カルトは気を引き締めて、後方からくる者達を見回す。

 

皆疲労は有り有りとしているが、士気は落ちていなかった。

ここまで不利な形成でも犠牲者を最小に抑え、確実にヴェルダン兵を仕留めていくカルトの辣腕に信頼を置いている証でもあった。シアルフィや他の諸侯の軍も徐々にシレジアへの信頼を得てきていることに喜ばしいカルトはここでも彼らを導ける為に自ら先頭を切っていく。

 

《カルト様!11時の方向、距離100メートルにハンター部隊の一個団体がいます。》

クブトより伝心の魔法にて直接呼びかけられた。カルトは無言で頷き、了承の合図を送ると周囲に警戒の合図を送る。デューもすぐさまその雰囲気より目を再び凝らし始めた。

 

また距離はあるが前衛の部隊は盾を掲げて弓に備える、後続のシグルド達も立ち止まり周囲を警戒に急がせる。

静寂する森にであるが、明らかに不自然な殺気が入り混じり魔性の森へと変貌していく。闇がどんどん濃くなっていき、日没が始まろうとしている中でヴェルダン戦は最高潮へと向かっていくのである。

 

「エルウインド!」カルトの先制攻撃が原生林のへと打ち込まれる。

デューの合図にて放たれた上位魔法はヴェルダンのハンターを見事に命中し、数人が風の暴君に当てられ姿を現わす。

そこへ狙い澄ましたレックスの投擲用の斧がハンターの胸部を裂いて絶命させる。かなりの後方からなのにレックスの投擲はすばらしく、威力とともにドズル家の武力の高さを思い知らしめる。

 

一気に前線部隊は弓への警戒を怠らないまま進軍する、立ち止まっていては敵の的になるので危険であってもここは敵の拠点を奪う事が優先された。

前線のノイッシュとアレクが弓をもらってしまうがそのまま盾を前面に押し切る形で走り続ける。

矢じりに毒を塗られているが士気の高い二人はここで恐慌を起こして倒れこむことは無い、そのまま勝機とばかりに無茶をする。

 

「エルサンダー!」

次はエスニャが魔法を使用する。大気にある水分を激しく振動させることにより帯電させ、魔力で絶縁して停滞し、魔力で持って対象物に誘導させる。そんな一連の動作に無駄が無い。

瞬く間に樹々に潜むハンター達に直撃し、吹き飛ばされていく中で一本の矢が音もなくエスニャに飛ばされている。中級魔法とはいえ、発動直後のエスニャには到底回避できることはできない。

その静かな矢はエスニャの心臓を寸分違わず貫く筈であった。

 

「・・・・・・・・・!?カルト様?」麗しい睫毛を上げた時、彼女の心臓が大きく動悸する。

すぐ横に先程まで立っていたカルトが自身の作った血溜まりの中に倒れており、ピクリとも動いていないのだ。

前線の面々はそもあまりにも唐突な一撃に息を飲んだ。

「ジャムカ!!」デューは怒りをあらわに、そのまま矢の方向へ駆け出す。彼には見えていたのであろう、ハンター部隊の恐るべき統率者であり第三皇子であるジャムカの存在。その彼を追うデューを静止することは誰にもできないでいた。

 

「いやあ!カルト様!!」エスニャの絶叫に各自が即座に動き出した。

後方にいたレックスは前線に躍り出て後に控えるハンターの攻撃に備える。

エーディンとクブリは即座に回復魔法を唱えて止血にかかった。

 

「これは・・・ひどい!致命傷です!エスリン様も呼んでください!」

「矢は触るな!毒にもやられている!デュー様が置いて行かれた解毒薬を!!」

途端に野戦病院と化したカルトの救命に全てが動き出した。

 

今まで快進撃を飛ばしてきたシレジアの若き指導者が一瞬で瀕死に陥ったのだ、グランベル軍は熱を奪われたのかのように憔悴していく。

 

「クブリ様、矢が大動脈まで達しています。このままでは・・・。」

「うむ、矢を抜けば大出血。抜かねば壊死して死んでしまう。」

二人の決死の回復では追いつかない、知らせを聞いたエスリンがカルトの元に到着し三人での回復を急ぐ。

 

三人の回復にてなんとか止血には成功するが、維持する事で精一杯であった。

ここからさらに回復させるには矢をゆっくり抜きながら血管を回復魔法で再構築する必要があるが、三人とも全力を尽くしており難航しているのであった。

そうこうしておるうちに三人の中で一人でも魔力が尽きればカルトは再び出血して死んでしまうだろう、だが他に手立てがなくジリ貧に陥っていく。

 

「どうすれば・・・、どうすれば打開できる!」

アゼルは必死に考える、いつもそばにして一緒に苦しみ、乗り越えていく親友に手を指し伸ばせられない自身を呪う。

《なぜ、いつもこんな惨めを感じるんだ!カルト!!》

アゼルが絶望に追いやれている時、同時のもう一人の魔道士が行動に出る。カルトの腰にある聖杖を引き抜き、回復を行おうとする者が一人いた。

「エスニャ?」アゼルは問いかける。彼女はカルトのように複数魔法を使用できるわけではない、それ以前に魔力の本質が違う回復魔法など使えるわけがない。

 

「エスニャ!やめるんだ!!」アゼルは絶叫する、エスニャの瞳には決意が宿っている。聞き耳を持っておる状態ではなく、魔力を聖杖に注ぎ出す。

 

 

魔力とは、この世界にあふれているマナを自身の体に取り込み自身の器に収める事で魔力になると言われている。

炎を得意とするアゼルにはアゼルだけの器があり炎の魔力に適した注ぎ口がある、そこに新たな系統の魔法を使用するには新たな注ぎ口を作り出す必要があるのだ。それは人それぞれの器により教えてもらってできる物ではない。

長年自身の魔力と見つめ合い、可能性を見出し、試行錯誤するしかないのである。まれにカルトのようにもともと注ぎ口が複数あり、自在に使える者も存在するがそれは稀であり聖戦士の血の賜物と言えるであろう。

未熟な者が無理に使えない魔法を使えば器を破壊し、魔法を使えなくなる可能性もある。

 

魔道士として禁忌の行為を行おうとするエスニャはアゼルの制止を聞かずに一気に解放する。

自身の雷属性としての魔力を異質な力を使う注ぎ口から強引に引き出す。彼女の聖杖と手の間から鮮血が吹き出し、彼女の口からも吐血した。

杖は反作用から手を離れるように暴れるが彼女の意思がそれを払いのけていた、右手が離れないように左手を添えて離さまいと抵抗する。

エスニャの魔力は高く、その回復が加わってカルトに照らす光は眩く、直視できないほどになった。

「エーディン様、私の魔力では止血ができても組織の再構築はできません。出血は私が押さえますので再構築をお願いします!」

エスニャの覚悟にエーディンは頷き、血管の再構築に移る。

組織の再生成には魔力を繊細にコントロールする技術が必要とされる、それは生死の淵から助けを行う場数の多さに尽きる。その最前線に立ち続けたエーディンのみが為す事のできる行為であった。

 

懸命の治療が続く、その間にもハンターが襲撃されるがレックスを始めとする後方待機の部隊が前線に立ちカルトの治療部隊に被害がでないように食い止める。

クブリの部下にも回復できる部隊が少ないが存在し、必死に彼らの命を助けているが長くは持つ様子は無い。

もし、ここでカルトの治療に失敗すれば高度な回復技能を持つ者の魔力は枯渇してしまい退却を余儀なくされる。カルトの救出に成功しても状況は変わらない可能性もある。それでも懸命の回復は続けられる。

 

グランベル軍において数々の不利を勝利に導き、非難されようとも提言するシレジアの諸侯をここで生き絶えらせる訳にはいかない。皆の想いはいつの間には国の利害を越え、一つになろうとしている。

その一役を担っていたカルトはまだ深い眠りについているのであった。




ジャムカ

ヴェルダン国の第三王子
幼少よりその俊敏な身のこなしと、弓のセンスは近隣からも名が聞こえる程の勇士である。
音もなく敵の至近距離まで忍び寄り、不意より必殺の矢を急所に射抜く彼を畏怖するようになり「サイレント・ハント」の異名を持つ。

二人の兄ほど体躯や筋力に恵まれなかった彼は生きる為にもがき、苦しんだ末に得たこの力を誇りと思っている。ヴェルダンという過酷な国に生まれた弱者を拾い上げてハンターとして育て上げていき、ついにはヴェルダン王国に攻め上ってくる敵に対して少数ながら撃退する精鋭部隊にまで昇華した。

自身にも相手にも厳しく、なにより公平でありたいと思っているが故に融通の利かない点がある。
エーディン救出には彼なりの贖罪と恋心からくる物であるが、彼は最後までその想いは口にすることは無いであろう。

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