ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(上巻)   作:Edward

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祈祷

「ここは・・・。」クロードの意識が明白になった時、一つの館の中にいた。

真っ白な壁が続く回廊に、失われた聖遺物であるバルキリーの杖を持ち気付けば持って立っていたのだ。

クロードはとりあえず歩いてみる、そこには数々の絵画が描かれていた。

 

「これは、聖戦の時の絵でしょうか・・・。」一つ一つの絵画を眺めていた。

聖戦士たちの肖像画、ダーマの奇跡を描いた絵、クロードは興味深く眺めていた。順番にその絵を見ていくうちに自分たちの姿も描かれており、マーニャの蘇生に成功した一幕もその中にあった。

 

「しかし、ここは一体・・・。あっ!君は?」クロードはいつからそこにいたのか、柱に佇む少年を見つけ声をかけた。

少年は何も語らず、付いてきてとばかりに歩き出す。

 

「あっ!君?」クロードもバタバタとそれに続いた。

少年は無言で歩く、時折なにかを探すように立ち止まり首をキョロキョロと何かを探すような仕草をしながらゆっくり歩いて行った。

 

「しかし、見事な絵画ですね。ここは有名な画匠のアトリエですか?」

 

「・・・・・・・・・。」少年は無言で歩くがクロードは何故か不思議に思わず語りかけた。

 

「そういえば、最近こうしてゆっくり絵を見る事がなかったですね。・・・エッダやバーハラに飾ってる絵はよく見てましたが、これほど立派な絵を見るのは久々です。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「君はここで管理をしているのかい?それとも画匠があなたですか?」

 

少年は立ち止まり、ふるふると顔を振る。

赤髪のあどけない少年はふわりと浮かび上がると奥にあるシーツに覆われた一画の前まで向かった。

 

「それを、私に見せたいのですか?」

 

少年は一つ頷いて、シーツを解き放った。

クロードは陽光も一緒に入ったので眩しくてよく見えない、目が慣れてきた頃にその絵をまじまじと見つめる。

 

痩せた大地に伏せる少年を慈しみ、少女が上体を起こし癒しを施す姿・・・。手にはバルキリーの杖、眩い光が灯火の消えた少年を優しく照らしていた。

クロードはその絵を直感に感じ、涙をする。

 

私が抗い、戦った運命は決して間違ってなかった・・・。

神父という立場を使って自分の殻にこもり、諦めて祈るばかりの私にマーニャが啓示を与えてくれた。

カルトが抗う事を教えてくれた。

シグルドが進む勇気を授けてくれた。

 

きっと、私の運命は変わっている・・・。

人はまだ神に愛されている・・・。

これから世界は私が見た運命とは違う歩みをしてくれるだろう・・・。

もう悔いはない・・・、あとは若い世代達に祈りを捧げ続けよう。

 

クロードは赤髪の少年にバルキリーの杖を渡すと静かに瞼を閉じ、祈りを捧げるのであった。

 

 

 

 

「クロード様・・・。」日課のようにシレジア城の最上階バルコニーで祈りを捧げるのが習慣になったマーニャ・・・。

初めて出会った時は、セイレーンのバルコニーだった事を思い出す。

ファルコンをバルコニーにつけた時、いつも祈りを捧げていた。

祈りを捧げていたがマーニャには懺悔しているようにしか思えなかった。自身の不甲斐なさを悔やみ、諦めてまた悔やむを繰り返していた。

その悲痛な祈りにマーニャは声をかけるようになった。私と話をしている時だけは穏やかで、ゆっくりと説明するクロードの懐の大きさに惹かれていった。

マーニャは雪が舞い、風の強く吹き荒れる中でもクロードに、ここで祈りを捧げていた。

 

「お姉様!身重の身で体に触ります。」急いでやってくる妹のフュリーが心配するほどである。

 

「・・・フュリー、いつもごめんなさい。」ゆっくり立ち上がると、儚くも悲しい笑みを返す、フュリーはその笑顔に胸が張り裂けそうになる。

 

「お姉様にもしもの事があったらクロード様がなにより心配されます。今は大事な時期、お身体を大事にして下さい。」冷えた体を慮って持ってきたコートをかける。

 

「わかるの・・・。あの人は天に昇られたわ、今日くらいはたくさんお祈りしたくて・・・。」

 

「そんな・・・、どうして・・・。」フュリーは言葉を失い、姉を励まそうとするが、生半可な言葉では癒すことはできないと感じて絶句する。

 

「何故かわかるの・・・、あの人は穏やかに昇っていった。私に・・・、別れを告げて・・・。」涙がとめどなく溢れ出す、でもマーニャの顔は穏やかで悲しげであった。

 

「きっとあの人は運命と戦い続けたと思う・・・、だから私はあの人に殉じて祈りを捧げたいの。」マーニャは再び祈りを捧げる。

フュリーはその気持ちを汲み取り隣で一緒に祈りを捧げた、シレジアの冬はまだ始まったばかり・・・、まだその厳しさは達していないがブルッとフュリーは体を震わせるのであった・・・。

 

 

 

勇ましい儀仗兵と儀礼服に包まれたロートリッター達の間を進む。ヴェルトマーの中間地点あたりからバーハラに滞在する軍はすべて儀仗兵と儀礼服に身を包み、まさに全軍がシアルフィ凱旋の為に召集をかけられていた。

 

シグルドはその間を先頭に悠然と馬を歩ませ、隣にはカルトが隣接して馬を歩ませていた。

従者として両馬を引くのはクブリ、その背後にはシアルフィの正規軍が続き、レックスの斧騎士隊、ミデェールの弓騎士隊、アゼルの魔道士隊と続き、各地で仲間となった部隊が続いた・・・。

基本的にはグランベル国所属の部隊を先頭としての隊列形態である。

 

「シグルド・・・、感極まるとは思うが油断するな・・・。

クロード神父はこの運命は我らの敗北で決すると断言している、まだ何かあるはずだ。」

 

「カルト・・・、君は覚悟をしているのだな・・・。」

 

「・・・・・・ああ、俺はどんな展開になっても受け入れる覚悟はできているつもりだ。」

 

「私は、信じたい・・・。我が祖国は正しい判断を下して、父上の汚名を晴らしてくれる。私を最後まで信じてくれたこの混成軍すべての人々に報いる結果になると・・・、信じている。」

 

「シグルド・・・。」ここまで来てもなお、シグルドの信念は何も変わってない。

カルトは彼の正しい行いを世に知らしめたかった・・・。これほどまでに祖国に忠実で、義に厚く、友情を最優先し、正義を貫き通せる者は見たことがなかった。騎士道をここまで昇華したシグルド、キュアン、エルトシャンの3名に出会えた事に感謝し、敬服する。

世が世ならこの3名は各々の地で王の資質を持ち、手をとりあえば世界は平定すると、信じるに足るものだった。

 

しかし、運命がその歯車を回してくれなかった・・・。闇に侵食された存在に世界は蝕まれ、計画された運命の扉が開こうとしている。

クロード神父は運命は変わってきている、と言っていたがその結末は変わっていないと断言していた。

 

カルトはその残酷な一言に当初は受け入れられず荒れた。自暴自棄になり、ブリギットにかつての過去を知られて彼女の私刑のまま殉じてしまいたい、とまで考えていた。

 

それでもシグルドと、シグルドの仲間達と触れ合い、運命を知ってもなお進もうとする者達から心の支えを得てここまで来れた・・・。

カルトは、そうして覚悟を受け入れていったのだった。

 

「カルト、君は私の事を信じると言ってくれたな。

私は、カルトを信じる・・・。」

 

「・・・え?」カルトは小声で周りに気付かれないように話をしていたが、あまりの言葉にシグルドに向き直っていた。

 

「カルトは、自分の血と生い立ちを恐れているのだろう。

・・・私は君の全てを信じる、そして君はこの国を治めてこの大陸を平和に導けるほど稀有な存在だ。私には決して出来ない事を、運命をここまで変えた力を信じている。」シグルドの言葉にカルトは俯いた。

 

シグルドはカルトの葛藤がこの長い戦いの旅でようやく理解できたのだ。皆の前では作戦の指揮として、大戦では誰よりも前線にでて傷を負う。闇の魔道士達を相手にして決して引けを取らず、運命を覆していくその姿を見てその葛藤が形となっていくのがわかった。

 

「カルト、君はきっとナーガ神に認められる。

クロード神父の結果と、過程は別にあるはずだ・・・。」

シグルドの言葉にカルトは、ハッとなり隣を見るがシグルドはすでにその先を見据えていた・・・。やはり彼はカルトの悩みを汲み取っていたのだ。

手綱を持つ手が痛い、喉が乾く、体が熱い、鼓動が収まらない・・・。カルトの血潮が一気に身体中を巡り活動を始めていた。

 

「シグルド、信じてくれ・・・。俺は最後までこの運命を抗い、全てを受け入れる。

だから、シグルドの正義を見せてくれ。」

 

「・・・約束しよう。」

 

二人の会話は終え、最終局面へと入っていく・・・。

王都バーハラその手前にある小高い丘に、近衛であるアルヴィスが待ち望んでいた・・・。

 

 

アルヴィスと側近のロートリッターが一名、魔道士のローブを目深に被りシグルド達を出迎える。

シグルドとカルトはその場で下馬し、クブリに馬を任せて前へ出る。

 

「シグルド公子、王都に晴れての凱旋、誠にめでたい事だな。」

 

「アルヴィス卿、お迎えいただき恐れ入ります。

・・・陛下はどちらに?」

 

「・・・卿が知らない事は無理はない。

陛下はご逝去された、つい数日前の事だ。」

 

「な、なんと!」シグルドの驚きの声もあるがカルトも動揺が走る、自身の数少ない身内の死にカルトも胸を痛める。

 

「・・・陛下にはご心痛ばかりかけてしまいました。

父から受け取った書、お渡しすることができないのは心残りです。」

 

「うむ・・・、陛下は生前バイロン卿の件は最後まで信じてなかった。シアルフィ家の信任の厚さには敬服した。」

 

「恐れ入ります。

・・・後ほど陛下の墓前にこの書と報告に参上したいと思います、それにカルト皇子の事もお決めなくてはなりません。」

 

「それには及ばぬ。」

 

「え?それはどういう意味です。」

 

「卿には反逆者としてここで死んでもらう。

陛下の墓前に参らせる訳にはいかぬ。」

 

「アルヴィス卿、それはどういう事だ!」

 

「貴公には、父親と共謀してクルト王子の殺害、国家を混乱に陥れて内乱を引き起こし、諸侯の要人をことごとく戦死させ。

そこのカルトという者が陛下のご落胤などと吹聴し、国家を簒奪しようとした罪は重い。」

 

「・・・・・・。」

 

「陛下の遺言により皇女ディアドラの夫として、王政代理の務めとして貴公を討伐せねばならない。

・・・シグルド、最後くらいは騎士らしく覚悟を決めるのだな。」

 

「皇女ディアドラ!それはどういう意味だ!アルヴィス!!」カルトが始めて言葉を開いた、その怒声に側近は騒ついた。

アルヴィスは右手を上げて鎮める。

 

「それも知らぬのか・・・、冥土の土産に紹介しよう。

ディアドラ、来なさい。」

 

アルヴィスの笑みにカルトは怒気を強めるが、シグルドは反して冷静であった。流れる汗だけがシグルドの内情を表している。

 

アルヴィスの背後より従者を従えて現れる一人の女性。

それはヴェルダンで初めて見た時と同じ衝撃をシグルドに与え、カルトは血が失せるほどの絶望を与えた。

 

「ディアドラ、この男が君の父上を殺したバイロンの息子のシグルドだ。・・・恨み言の一つでも言ってやれ。」アルヴィスの憎い言葉など二人には入ってこない、シグルドもカルトもディアドラの言葉を待っていた。

何を語る、何を伝えてくれる・・・、それしかなかった。

 

「この方が・・・シグルド様?」

 

「ディアドラ、君なんだね!ああっ・・・、セリス・・・。」シグルドは感極まり、言葉が続かなかった。

セリスへの約束が守れる、ようやく我が子に母親の温もりを与えてやれる事がができる。シグルドはカルトの忠告を忘れるほどであった。

 

「なぜ、あなたはそんな目を・・・、私をご存知なのですか?」シグルドはようやく感極まった気持ちを抑え込み、胸の内を語ろうとするがアルヴィスの心の闇が捉えていた。

 

「君は、私の・・・。」アルヴィスから凄まじい魔力が吹き出して辺りの大地から炎の柱が立ち上る。

 

「もういい・・・!

ディアドラ、この者達は危険だ。もう下がりなさい。」

 

「でも、この方の目は・・・、私の何かを知っております。

お願い、もう少し話を聞かせて下さい。」

 

「だめだ!

・・・誰か!皇女を安全な場所へ!」

皇女と伴いやってきた2名の護衛はディアドラとシグルドの間に立ち、半ば強引に退出させる。

抵抗するディアドラの姿にシグルドは、成すすべはなかった。

自失しており、失望が彼を支配していた。

最後の最後まで信じていた物が崩れ去ったのだ、彼の痛みが嫌という程カルトの脳髄を刺激するが、今は止まっている時ではない。

カルトのみが行動に移したのだ。

 

 

「オーラ!!」天空を立ち上る一筋の光の柱がアルヴィスを撃った。

力をアルヴィス一点に凝縮された光の上位魔法、カルトの速攻にロートリッターすら妨害はできなかったのだ。

 

凄まじいその光量に後列から見ていた、両軍共に動揺が走る。

騒然となり、混乱を極める。

 

「アルヴィス!これが吹聴したとされる偽者の力だ!!」煙の中から現れ出たアルヴィスの目はもう昔の物ではなかった。

この世を変える。あの若き日のアルヴィスの瞳は間違いなく偽りない言葉であったが、今のアルヴィスからそのような言葉が出ても虚構のようでしかない。

 

魔法能力と魔法防御は大陸屈指、さすが言われるだけあってオーラの一撃はわずかにしか効いていない。抵抗するディアドラも男二人に退出を余儀なくされ、もう丘を半分以上降り始めていた。

まだ彼女の嘆願する声が聞こえる中カルトは既に臨戦態勢に入り、

アルヴィスも先ほどのオーラで破れた法衣を脱ぎ捨て応対する。

 

「全軍に告ぐ!反逆者シグルドとその一党を捉えよ!

抵抗するものはその場で処刑するのだ!!」

その号令に待ってたかのように伝令され、儀仗兵はその装いを脱ぎ捨てて臨戦態勢に入っていく・・・。

 

 

「手前らー!手筈通り、派手に行くぜ!!」即座に抵抗の意思をみせたのは皮肉にもシアルフィとは縁もない傭兵騎団の隊長、ベオウルフであった。




最近、前書きや後書きを書けずにいておりましたが少し書かせて下さい。
バーハラの悲劇の始まり、シグルドとアルヴィスの会話で当時から疑問に思っていた事を加筆させていただきました。
なぜ、シグルドはディアドラに想いを言えずにアルヴィスに遮られたのか、心情はどう働いていたのだろうか?などです。

私なりの解釈ですが、別なご意見やご感想いただきましたら幸いです。

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