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53話
月光ハヤテが高熱にうなされながらも必死に持ち帰った情報は、木ノ葉の里上層部に激震を走らせた。
「そんな………砂がすでに大蛇丸と手を組んでいる!?」
「いや、ことは砂だけとは限らん。状況はさらに深刻じゃ」
「どういうことだ?」
ざわめく上忍たちの中央に座る三代目火影ヒルゼンにそう尋ねたのは、火影の御意見番の1人である水戸門ホムラだ。
「大蛇丸は1人で小国を落とすほどの力じゃ。さらに都合よく木ノ葉に恨みを持っとる。木ノ葉と敵対する意思のある国ならば欲しがらぬ道理はあるまい」
ホムラに対するヒルゼンの答えにまたしても一同騒然。
「まさか………同盟各国が大蛇丸と共謀して木ノ葉を裏切ると!?」
「ま、同盟条約なんて口約束と同じレベルだよ………かつての忍界大戦がそうだったように」
投げやりにそう吐き捨てたのは上忍のはたけカカシ。
その顔は諦観に満ちていた。
同盟があろうがなかろうが、戦争になるときはなる。
カカシに限らず、ここに集まった忍びのほぼ全員がそれを経験則で知っていた。
「じゃ、じゃあ中忍試験をすぐに中止して大蛇丸を………」
「いや、ダメじゃ。
「………あからさまに中忍試験中に仕掛けますって宣戦布告していますね」
「それにしても大蛇丸はどうやってこの木ノ葉に侵入を………まさか?」
「よせ」
まずい方向に転がりかけた議題を一声で切り捨てるヒルゼン。
ただでさえ敵が多いこの状況、疑心暗鬼で仲間割れをしてはそれこそ破滅である。
「とにかく、今は迂闊に動けん。下手に動けばそれこそ大戦に発展しかねん。余計な勘ぐりは止めじゃ」
「あるいは、それこそが大蛇丸の狙いやもしれぬ。すでに各国へ情報収集に暗部を走らせてはいるが………」
「何、儂は貴様らを信頼している! いざの際は木ノ葉の力を総結集して、戦うのみよ!」
会議が終わり、上忍一同が解散したその後、ヒルゼンの私室に1人の老人が姿を現した。
「手ぬるい対応だなヒルゼン」
顔の右半分を包帯で、右腕を布で覆い隠し、左手には杖という独特の風貌。
露出している左目や口元には何の感情も浮かんでいない鉄面皮。
火影の両脇を固める御意見番、水戸門ホムラとうたたねコハルと同じヒルゼンの同期メンバーの数少ない生き残り。
木ノ葉の暗部を取り仕切る組織『根』の長、志村ダンゾウである。
「各国の動向は推測の域を出んが、少なくとも砂の裏切りは確定しておるのだ。なぜ先手をうたん? ………いやすでに先手は取られていたか。ハヤテが命がけで持ち帰った情報を無駄にするのか?」
「先に言った通りじゃ。それは得策とは言い切れん。先手だろうと後手だろうと戦争、いや大戦になった時点で木ノ葉の被害は計り知れん」
「すでに被害が出ておるのに何を悠長な………」
「ならばこそ、これ以上の被害は避けねばならん」
ヒルゼンの考える最善はそもそも戦いになることそのものを阻止すること。
なおのこと、こちらから引き金を引くわけにはいかなかった。
「幸い、砂はギリギリまで表に出ないとのこと。ならば主犯格と思しき大蛇丸を先に抑えることができれば………」
「砂の裏切りを………最初からなかったことに出来ると? くだらん理想論だな。実現不可能な理想論など妄言と変わらんぞ? 戦争そのものをなかったことにする? 馬鹿なことを言うな。戦争はすでに始まっている」
「それでも今動くのは悪手じゃ。砂の動向が明るみに出ていないこの状況下でそのようなことをすれば、同盟各国からは木ノ葉こそが先に砂を裏切ったと映るじゃろう。奴らに木ノ葉を攻める口実を与えるわけにはいかん」
「ボケたかヒルゼン? それとも表で光を浴びすぎて自分が何者であるかを忘れたか? 砂が忍びらしく陰から攻撃を仕掛けるならばこちらも忍びらしくするだけのことだろう」
「お主こそ地下深くに潜り過ぎて外の情勢が全く見えておらんようじゃな。各国の諜報力を、忍びを舐め過ぎじゃ。目を覚ますのはお主の方じゃダンゾウ。もはや木ノ葉は強国ではない」
戦争を有利に進めたいダンゾウ。
戦争そのものを阻止したいヒルゼン。
両者の意見はどこまでも平行線だった。
「………偉大なる先達の遺産を食いつぶしおってからに。そんな後手後手の甘い対応しかできんから木ノ葉は衰退するのだ」
「どこかの合理と短慮をはき違えた愚か者が裏で足を引っ張らなければもう少し力を維持できたんじゃがのう。うちはへの所業、儂は未だ認めておらんからな」
「決起したうちはと正面からぶつかり共倒れになるべきだったと? 馬鹿げた話よ」
「和解の道はあったはずだと言うておる」
「そのような危うい賭けに出られるか!」
「同胞を信じることのどこが危うい賭けだ!」
「それが隙だというのに………バカ猿めが!」
「なんだと!?」
売り言葉に買い言葉、気付けば両者の意見のぶつかり合いは口論になり、やがてただの罵りあいに発展する。
息を切らせ、唾を飛ばしながら罵詈雑言の応酬が続くこと数分。
ダンゾウは自己嫌悪で顔を歪めながら吐き捨てる。
「………ずいぶんと久方ぶりだ。これほどまでに何の実りもない………無駄な時間を過ごしたのは」
「確かに、お主と喧嘩をしたのはいつ以来だったか………だが決して無駄ではなかったのう。少なくとも儂にとっては」
「何?」
対するヒルゼンはいろいろ吐き出してすっきりしたのか、穏やかな表情だった。
「今のやり取りではっきりした。少なくとも、今のお主は大蛇丸と繋がっておらぬ。それが分かっただけでも十分じゃ」
「っ!」
ガタンッ! と小さくない音が部屋に響いた。
ダンゾウが持っていた杖を投げ捨て、憤怒の形相でヒルゼンの胸倉につかみかかる。
「これだから貴様は甘いというのだ! 疑いがあるならなぜ儂を拘束しない!? 儂を―――俺を野放しにする理由は何だ!?」
「先に言った通りじゃ。儂は―――俺は貴様らを信頼している………お前も例外ではないぞダンゾウ」
「―――っ!」
感情のままにヒルゼンを突き飛ばすダンゾウ。
ヒルゼンは穏やかな表情のまま受け身も取らずそれを受け入れた。
部屋の壁に激突し、衝撃で本棚からバラバラと書物が崩れ落ちる。
「………悪いことは言わん。考え直せ。このままだと死ぬぞ? 他の誰でもないお前がだヒルゼン。四代目亡き今、木ノ葉にお前の代わりが務まる者などいない」
「覚悟の上だ。それに代わる者ならいるさ。木ノ葉燃え尽きるとも火の影は里を照らし、また木ノ葉は芽吹く」
ヒルゼンのセリフにダンゾウは怒りをいったん飲み込み、私情を挟まずにヒルゼンの後を継いで火影になりえる人材を頭の中でリストアップする。
何人かの候補が浮かぶが………
「………自来也か? それとも綱手姫………」
「お前がいるだろうダンゾウ」
「っ!?」
ダンゾウの鉄面皮に再び憤怒が浮かびかけるが、寸前のところで堪えた。
「………お前の代わりなど死んでもごめんだ」
「………残念じゃ」
ヒルゼンが言い終わる前に、ダンゾウは放り投げた杖を拾い部屋から姿を消していた。
「………代わるではなく、超えるというべきじゃったか」
誰に届くこともなく、ヒルゼンのセリフは闇に消えた。
「どうして男の子って無理ばっかりしちゃうのかなぁ………」
「………そんなこと、女の私に聞かないでよ」
以上、入院中のサスケ君とリー先輩………とその他同期のお見舞いに木ノ葉病院を訪れた春野さんと山中さんのやりとりである。
偶然か必然か、
第1試験では中忍としての心構えを試され、第2試験では極限のサバイバルに挑んだ。
そして続く第3試験予選では実力確認と人数減らしを兼ねた参加者同士の個人戦。
それらを経て残すところ第3試験本戦のトーナメントのみとなった現在、私たち新人はその半数近くが重傷重体で入院することになっていた。
試験が物凄く過酷だったと考えるか、あるいは逆に1人も死者が出なくてよかったと考えるかは人によるでしょうね。
私自身の感想としては普通に辛かったわ。
課題の難易度以前にライバルが強すぎたし、頑張りすぎた………おまけに一部はまだ進行形で無茶を継続しているというのだからありえない。
リー先輩は禁術『八門遁甲』の反動でボロボロの身体でベッドを抜け出し、看護師さんの制止を無視して中庭で片腕立てを実行。
サスケ君に至ってはベッドどころか病院そのものから完全に姿をくらませてしまっていた。
ベッドは特に荒らされた形跡はなかったので連れ去られたとかではなく、明らかにサスケ君自身の意思で抜け出していることがうかがえる。
彼らの辞書にオーバーワークの文字はないのか。
春野さんが愚痴りたくなる気持ちもわかるというもの。
一体何を考えているのやら………いや、2人がどういうつもりで何をしているのかはこの際どうでもいいのよ。
この両者において最も疑問視すべきなのは『何故無理をするのか』ではなく『何故無理ができるのか』である。
「リー先輩………なんで動けるのん?? サスケだって呪印が………男の子の身体っていったい………」
「………そんなこと、女の私に聞かないでよ」
春野さんと山中さんと別れたその足で訪れたのはマイカゼの病室。
そこでリー先輩の所業を私から聞いたマイカゼはベッドに横たわったまま戦慄の表情を浮かべていた。
あの尻切れトンボな激闘の予選からほぼ1か月たった今でも、マイカゼはまともに身体が動かせずベッドから1人で抜け出せないでいる。
そうだよね、八門遁甲なんてしたら普通はそうなるよね。
はっきり言ってあの身体で動けるリー先輩やサスケ君はどうかしている。
「正直、こんな言葉で片づけたくはないんだけれど………努力の天才………ってやつのなのかしらね」
少なくとも肉体、メンタル方面においてリー先輩は天性のものを授かっているのでしょう。
常人では間違ってもリー先輩と同じ修業メニューはこなせないし、仮にこなせたとしてもほぼ確実に故障する。
「ああ、またそれか。結局それなのか………努力するのにも才能が必要ってもうどうしようもないじゃん………」
「………………」
憧憬やら嫉妬やら尊敬やらが複雑に入り混じったマイカゼのセリフに私は何も言えない。
ただ、私はリー先輩と比べてマイカゼが劣っているなんて毛ほども思わない。
才能はもちろんのこと、努力においてもよ。
実際予選でもマイカゼはリー先輩に勝てはしなかったけど負けもしなかった。
今のマイカゼを見て「お前がベッドから動かないのは根性や努力が足りないからだ」とか言う奴がいたら私がそいつを張り倒している。
努力が足りないから動かないんじゃない、動けなくなるほどに努力したから動けない。
マイカゼは十分に頑張ったわ。
そう、別に男の子に限った話じゃないのよ。
内臓ボロボロでも立ち上がったヒナタさんしかり、愚痴った春野さん自身しかり、春野さんと戦った山中さんしかり、女の子だって無理する時はする。
無茶は男の子の専売特許じゃない。
「リー先輩が羨ましいよ………ハヤテ兄さんもなんか風邪が悪化して寝込んでるらしいし、なんで
「………………まあ、マイカゼはマイカゼにあったやり方で頑張ればいいじゃない」
ぶっちゃけた話、いち女の子としてはその食べても食べても太らないその体質がすごく羨ましかったりする。
隣の芝は青い、という話でもなくただただ純粋に価値観が違う。
どうにもマイカゼは………いや、マイカゼだけじゃなく体育会系の連中全般は努力することと無茶することをイコールで結びつけている節があるように思う。
「まあ、無茶をしなくても努力はできるでしょ。無茶しないように工夫を凝らすのもまた努力のうちよ」
「工夫………コトみたいに?」
「あれはさすがに極端過ぎる例かな」
無茶しかり、工夫しかり、限度あると思う。
「っと、話し込んじゃった。コトの方にも行かないと」
「そういえばコトも寝込んで入院してるんだったか」
「うん。怪我はないんだけど、疲れは溜まってたみたい」
表向きの理由はそういうことになってる、というか私がそう説明した。
実際のところ、寝込んでいる原因の半分くらいは右腕の呪印の所為なんじゃないかって睨んでいるわけだけど。
早いところはたけ先生に事情を話して解呪なり封印なりしてもらいたいところだけど、予選終了後のごたごたの所為で完全に話すタイミングを失っちゃったのよね。
「あと他に入院してるのは………ヒナタさんとリー先輩はもう行ってきたし、サスケ君はなんかいなくて、犬塚君はもう退院してるから、………残りはナルト君と秋道君かな」
全く、入院している同期がこうも多いんじゃお見舞いするのも一苦労よ。
「同期全員回るのか………なんだかんだでマメだな………ん? ナルトにチョウジ? その2人もなんか怪我したのか? 試験中に何かあったって話は聞かなかったけど」
「ナルト君は疲労だって。本戦に向けての修業に熱が入り過ぎたみたい」
「それはやり過ぎだ………」
「秋道君はお腹壊したらしいわ。焼肉屋さんでサバイバル試験中に食べ損ねた分を取り返そうとしたそうよ」
「それは食べ過ぎだ………」
恐るべし、彼が焼肉屋さんで食べきった肉の量は脅威の15人前。
サバイバル試験は5日間だったから単純に考えて1日あたり3食計算。
秋道一族は朝昼晩欠かさず肉を食うらしい。
限度を知らないにも程があると思う。
「いやホント、どうして男の子って無理ばっかりしちゃうのかしらね………」
「………そんなこと、女の私に聞かないでくれ」
………と、ここで話が終わっていれば男子ってみんな無理しまくりだな~で済んだのだけれど。
マイカゼのお見舞いを終えたその足でコトの病室を訪れてみれば。
「………………31点」
「あらら赤点………やっぱりありあわせの札じゃダメですね」
そこにコトの姿はなく、代わりにいたのはコトに化けた式分身(札を用いた影分身)。
「とりあえず
お前もかコト。
ナルト世代は皆そろって無理しまくり。
そしてついにダンゾウ登場。
ぶっちゃけた話、無茶苦茶扱いに困るキャラクターです。
原作で最初彼を知った時は、木ノ葉のため木ノ葉のためとやることなすこと全部裏目に出る物凄いツキのない奴という印象でしたが。
よくよく考えたら彼の企みが裏目に出ずうまくいった場合、その成果は闇に葬られるから描写されないんですよね………そりゃ明るみに出るのは失敗譚ばかりになるわと。
野心溢れる人物でもありますが、その根底にあるのはヒルゼンへのライバル心であるが故に譲ってもらうのでは意味がない、火影になるのはあくまで手段であって目的そのものではない………と解釈した結果。
ヒルゼンとのやり取りはこうなりました。
いろいろと疑惑が付きませんが現時点では本当に大蛇丸とは繋がっていない、としました。