雨の日だった。野外劇場をステージとするリトルスターマインは活動できず、ダンススクールに直行し、いつものようにレッスンを受けていた。
「咲、ひょっとして今、ブラ着けてる?」
咲は飲んでいたスポーツドリンクでむせた。
「ご、ごめんなさい、だいじょうぶ?」
「けほっ……だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ。それより」
咲はぐいっとヘキサを引き寄せ、顔を近づける。
「――なんで分かったの?」
「上半身の動きがぎこちない気がして。回る時、思いきりがよくなかったわ」
……敵わない。咲は早々に溜息をついて降参した。
「急にどうしたの? 6年になるまではキュークツだからしないって言ってたのに」
「まあ、あー、ちょっと」
「だれかに悪口言われたの? それとも……まさか、さわられた?」
「いや、そんなシンコクなモンダイじゃないから。単なる気分よ、気分」
ヘキサの次兄にあわや見られるところだったから、だとは咲も言えなかった。
この先、同じことが起きる確率のほうが低い。だが、光実に見られかけたあの日以来、「これ」を無防備に曝している自分がとても恥ずかしくなったのだ。
咲はトレーナーの襟を引っ張って中を覗き込んだ。
飾り気のないスポーツブラ。大したモノでもあるまいに、と自嘲に近い溜息が零れた。
(ミッチくんのことイシキしてるのかな、あたし)
例えばあの場にいたのが紘汰や戒斗ならどうかと咲は想像してみた。
(……いや、たぶん同じだ。あそこでだれがいっしょでも、きっとあたし、ブラ着て来ようって気になった)
つまり色めいた事情では全くない。自分の脳が出した回答に、ほっとしたような、残念なような。
「ねー、ヘキサ」
「なあに、咲」
「ヘキサってお兄さんたちのことスキ?」
途端、ヘキサの顔がぼふっと真っ赤になった。
「きゅ、急にどうしたのっ」
「なんとなく。あたし一人っ子だから、兄弟いたらどう思うのかなーって」
ヘキサは前髪を耳にかける。その動作を何度もくり返し、目線を泳がせている。
「そりゃあもちろん……すき、よ。この世で3人きりの兄妹ですもの。兄さんたち、小さい頃から、わたしがさびしくないように、いっぱい気をつかってくれて。貴兄さんは特に、働き始めてからもずっとわたしと光兄さんのこと気にして……あ」
「どうかした?」
「ごめん……なさい。咲、貴兄さんのせいでケガしたのに」
確かに咲はヘキサの言う「貴兄さん」のせいで傷ついた。アームズのおかげで、痛みこそひどかったが傷は最小限に抑えられた。容易く許すことはできないし、恐怖はまだ忘れていない。
「ヘキサが気にしなくていいよ。そもそもあたしが特攻したんだし」
それでもヘキサの顔を曇らせるくらいなら、強がりでも笑う。それが室井咲のポリシーだった。
相変わらずヘキサ大好きな咲と、お兄ちゃん子のヘキサのお話。
別にヘキサも咲も恋愛感情とかじゃないんですよ。咲は特に吊り橋効果的なのが強いです。ミッチへの気持ちも小学生が高校生を見て「かっけー」と憧れる心理です。
下着の件も、確かにきっかけを作ったのはミッチですが、変な意味ではなく思春期の目覚めです。