番外1 ナイショのお買い物
この沢芽市でロックシードを入手しようとするなら、宛ては一人しかいない。その一人は、市の中心街のフルーツパーラー“ドルーパーズ”の個室席にいる。
碧沙は、彼女の感覚で庶民的な服装をして、“ドルーパーズ”の錠前ディーラーの指定席へ向かった。客の目が一度必ず彼女に留まったことを、緊張していた碧沙は知らない。
「いらっしゃい、呉島のお嬢サマ」
「わたしをごぞんじなんですか?」
「君の上の兄さんとは仕事でちょっとした付き合いがあってね」
いかにも企業戦士らしい貴虎と、このいかにも密売人らしい男が。碧沙は意外さを感じずにはおれなかった。
「それでお嬢サマ。本日はどのようなご用件で?」
シドは敬語を使ってはいるが、碧沙に礼儀を払っているわけではない。ならばさっさと済ませてしまおう。
碧沙はシドの正面のソファーに座り、揃えた両足の上に両手を重ねて置いた。
「Aクラスのロックシードを売ってください。種類は何でもいいですから」
「……いいとこのお嬢サマが火遊びは感心しないな」
「トモダチのためです。ヤケドの二つや三つ、こわくありません」
「麗しい友情だが、それは俺から貴虎にご注進が行っても構わないということかな」
「兄さんを怒らせたいのならどうぞ」
言いつつ、さすがに今回は貴虎も許さないかもしれないと考え、内心ではかなりびくびくしている碧沙である。シドに悟られてないといいのだが。
シドはにやりと笑ってタブレットを操作し、ロックシードがずらりと並んだ画面を碧沙に見せた。
碧沙は値段を見てその中から、本当に適当に、2個の錠前をタッチした。
「承りました、っと」
シドはタブレットを自分側に戻して何か操作し、次いでキャリーケースからプラスチックケースに入ったロックシードを2個、碧沙に差し出した。パインと、ドラゴンフルーツの錠前。
碧沙はバッグから札が入った封筒を取り出し、シドに差し出した。
シドは封筒を受け取り、中身を指で弾いて数える。
「確かに。――近頃のお子様は羽振りがいい。どこでこんな大金手に入れてくるのやら」
「わたしの場合は、貴兄さんが作ってくれたわたし個人の口座から」
「……ブラコンでシスコンじゃ救い様がねえな、あいつも」
碧沙は二つのケースをバッグに入れて席を立った。
「ありがとうございました」
上半身をきっちり45度に一礼して、碧沙は席を後にした。一刻も早く錠前を仲間に届けるために。これで正規チームのようにインベスゲームを挑まれても大丈夫だと伝えるために。
碧沙が店を出てから、シドは帽子を手前に押さえてくっくと笑った。
「食えねえ小娘だぜ」
もっとも後にその小娘を上回る悪ガキの相手をすることなど、この時のシドには知る由もない。
バロンとの初インベスゲーム前、ヘキサがどこからロックシードを調達してきたかのお話でした。
この「適当」が後に親友をアーマードライダー月花へと変身させるとは、この時の彼女にも知る由もありません。
そしてこの後、シドが光実を相手にするのですが、果たして弟と妹、どちらがマシだったのやら。それはシドしか知らないことです。
関係ないことですが、作者はこの時の彼女の服装は、上品めのワンピにセータージャケット(萌え袖)をイメージして書きました。