少年少女の戦極時代   作:あんだるしあ(活動終了)

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第60話 眠りの前のひと時

 仕事を終えて帰った自宅はいつも暗い。貴虎にとっては、灯りが燈っていない家は自然な光景である。

 

 いつものように、一人で軽めの食事を取り、一人でシャワーを浴び、一人で自室にて寝る前の読書をしていた。

 

 控えめなノックがあった。

 プライベートの時間に貴虎を訪ねるのは、家族しかいない。特にこの時間帯であれば、部屋に来るのは一人だけだ。

 

「入れ」

「おじゃましまーす……」

 

 こっそり、という擬態語が似合う様子で、ネグリジェ姿の碧沙がドアを開けて入ってきた。

 

「どうした」

「あのね、兄さん。今日、いっしょにねても……いい?」

 

 貴虎は面食らったが、すぐにベッドの中央を避けてスペースを作った。

 

「おいで」

 

 碧沙はぱっと顔を輝かせ、部屋の中に入って笑顔でパタパタとやってきた。碧沙はベッドに潜り込み、貴虎に笑いかけた。

 

「怖い夢でも見たか?」

「ううん。今日は、ひさしぶりに、貴兄さんといっしょにねたかったの」

 

 貴虎は猫のように手に擦り寄る妹の、ミディアムロングの髪を梳いた。

 

「――兄さん、光兄さんを連れてどこへ行ってたの?」

「碧沙?」

「貴兄さんからも光兄さんからも同じ香りがするわ。ヘルヘイムのくだものの香り……しかも今までで一番強い」

 

 貴虎は軽く目を瞠った。妹が鼻が利くのは知っていたが、ここまで嗅ぎ当てられるとは思わなかった。

 

「――今日はヘルヘイムの一番深い場所へ行ったんだ。光実も一緒に。そのせいだろう」

「一番深い、場所」

 

 それっきり碧沙は黙り込んだ。

 碧沙が言葉を発さない間、貴虎は碧沙の髪を撫でていた。

 

「今まで」

 

 ぽつ、と碧沙が声を零し始める。

 

「貴兄さんはどうして教えてくれないんだろうって、思ってた。一人だけ全部知ってて、ズルイって。わたしたちに何も言ってくれないの、さびしい、って。今までずっとカクシゴトされるのが悲しかった」

 

 碧沙は体を転がし、寝そべった状態から貴虎をまっすぐ見上げた。

 

「でも、今日帰ってきた光兄さん、すごくこわがってて、真っ青だった。だからわかったの。すごく重くて辛いこと、わたしたちの分も、貴兄さんが抱えててくれたんだって」

 

 小さくふよふよした掌が、髪を撫でていた手を掴んだ。大の男の貴虎からすれば脆すぎる力加減。

 

「3人分も重かったよね? つらかったよね? ごめんなさい。かくしててくれて、ありがとう、貴虎兄さん」

 

 

 

 

 

 命を賭しても守るべき存在がいる。そんな自分は幸せ者だと貴虎は思う。

 弟を、妹を見るにつけ、その想いは増す。

 

 ついに、今日、弟にヘルヘイムの真実を見せた。

 なまじの事では動じない光実が、膝を突いて震えていた。その姿があまりに可哀想で、それを素直に示せるほど貴虎はもう若くもなくて。ただ手を差し出すしかなかった。

 震える手で握り返した光実は、どんな想いでいたのだろう。

 

 そして、傍らですやすや眠る小さな妹。

 いつかこの子にもあの真実を見せるべき日が来る。それは待ち遠しくもあり、同時に恐ろしくもあった。

 

「おやすみ、碧沙。よい夢を」

 

 すでに眠る碧沙の頭をそっと撫でてやる。こう言ってやると、何故か碧沙はひどく喜ぶ。だから貴虎も光実も、碧沙には寝る前にこれを言う癖がついた。

 

 貴虎は神など信じない。だが、せめて小さな妹が眠りの中でも健やかであれと祈ることは、やめられなかった。




 ずっとやりたかったんです兄妹一緒に寝る話! やったぁぁぁぁぁ!!
 本編ではあまり出ていない貴虎兄さんの心情を書いてみました。あながち間違ってないと作者信じてる。

 文中にある通り、光実に秘密を明かした日の夜です。兄さんはミッチだけを連れていきました。つまり碧沙にはヘルヘイムの真実を教えない選択をしたのです。弟はともかく、妹はデータ持ち出すとか会社に潜入するとかしてませんからね。

 妹も妹で、隠し事は隠したままの貴虎を容認しました。秘密にされる=守られる側でいることを選んだ、とも言えます。自分が「守るべき存在」役をすることで貴虎や光実が無茶をしないように、とか考えているのかもしれません。

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