その灰は勇者か? それとも……   作:人間性の双子

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かわのよろい

皮で作られた鎧。軽量の割に丈夫で防御力もある優れもの。これとかわのたてを持てば立派な冒険者の端くれとなろう。
もし金属製の鎧を買う事があっても、その重量で戦い方を変える事になるのならこれを装備する方がいいかもしれない。

防御力とはダメージを減らす力。よくよく考えて装備を選べるのが、本当の冒険者というものだ。


いざ、ナジミの塔へ

 湿気の多い洞窟内を私達は歩く。初めての”ダンジョン”は、ルイーダ殿の言っていたレーベ近くの裏道からの洞窟となった。

 

 あの手合せの後、私は戦士殿と共に宿へと向かい、そこで普段よりも大人しいが顔色は戻ったフォンを見て予定通りの行動を決意。

 早めの昼食をとり、私、戦士殿、ステラ、フォンの隊列で一路レーベ付近にあるナジミの塔への裏道を目指したのだ。

 

 戦士殿がそこをある程度知っていた事もあり、さしたる問題もなく到着。こうして階段を下りてきたのだが、やはりというか知らぬ魔物達がそこには存在していた。

 

「あれがおおありくいだ。特に厄介な行動はないが、あるとすれば稀にあの長い舌でこっちを舐めてくるぐらいか」

「うぇ~、最悪の攻撃手段だわ」

 

 前方に見える魔物について教えてくれる戦士殿だが、それを聞いたフォンとステラが嫌そうな顔をする。

 私からすれば舐めてくるぐらい別に気にもしない。その唾液に毒があるかどうかの方が不安なぐらいだ。

 

「戦士殿、その唾液に毒性はないか?」

「ないよ。にしても、そういう方へ意識がいくか。やっぱあんたは冷静だよ」

 

 そう言って小さく笑うと、戦士殿は私へ向かって頷いた。それが攻撃開始の合図と察し、私は頷き返すと同時にフォンやステラへも目配せする。

 二人もそれに小さく頷き、揃って後方を警戒してくれる。これで背後からの奇襲はないと言っていい。

 

「戦士殿、私が右から行く」

「分かった。私は左へ回り込んでおく」

 

 その直後私は”どうのつるぎ”を構えて走り出す。その音で魔物がこちらへ気付くも遅い。その速度を乗せたまま、私はおおありくいの横を走り抜けるように体を滑らせて、通り抜け様に剣でその脇腹を薙いだ。

 痛みに呻くおおありくいは、自身の生存を優先したのだろう。私が即座の行動を出来ないと踏んでその場から逃げ出そうとした。

 

「待ってたよ」

 

 が、その逃走先には斧を持った戦士殿が待っている。憐れにもおおありくいはその場で真っ二つにされ、Gとなって消えた。

 

「ま、一匹ならこんなもんさ」

「……思った程強くないのだな」

 

 正直これならおおがらすやドラキーの方が恐ろしい。やはり特殊能力があるのは厄介だと改めて思う。

 

「こいつはな。塔の中にいるじんめんちょうは幻惑呪文(マヌーサ)を使って来るし、フロッガーなんかは防御してくる事もある。まぁ、ここはそういう意味で冒険者のふるいさ」

「ふるい……」

「ああ。ここへ来て無事に帰れるか。それが出来る奴は今後も冒険者として何とかなるだろうし、出来ない奴はそれまでだ」

 

 そう言って戦士殿は少しだけ手にした斧へ視線を向ける。その表情は何かを思い出しているように見えた。

 

「勇者、終わった?」

「ああ、見ての通りだ」

「良かったです。ですが、やはり閉所というのはどこか落ち着きませんね」

 

 ステラの言葉に私は内心で首を横に振った。閉所の方が注意を向ける場所が限られる分気が楽だと思っているのだ。

 無論安心出来ないのは同じではあるが、全方位を警戒しなくてもいい分、若干ではあるが外よりもマシとも言えるために。

 

「そうね。でも、ここなら例えおおがらすが出てきても余裕よ。天井があるからね」

「そうだな。さっき言ったじんめんちょうも飛行しているが、おおがらす程高くは飛ばない。塔内で現れても同様だ。ただ、塔の外へ逃げようとした時は追い駆けるなよ?」

「何故だろうか?」

 

 手負いの魔物を逃がしては、傷を癒した後で人へそれまで以上に襲い掛かるのでは。そう思う私にとってその戦士殿の意見は受け入れ難いものだ。

 

「簡単だ。もし塔の外へ落ちたらどうする? 合流は言う程簡単じゃないぞ。それに、最後の抵抗とばかりに呪文を使われたらまともに受け身も取れない。それで手に入るのはたった4Gだ。要は、危険性に見合わないのさ」

 

 何とも単純明快だ。深追いは危険とよく言うが、今回はまさしくその通りだろう。

 それにしても、塔から落ちるか。どうしてこうもまたあのカタリナの騎士を思い出す事が多いのだろう。

 彼と初めて会ったのも塔だった。今も鮮明に思い出せる。あのリフトから現れた時の衝撃は。

 

―――おお! すまぬ。考え耽っていた。私はカタリナのジークバルド。

 

 目の前に変わった形状の全身鎧を着込んだ騎士が現れたかと思うと、こちらを無視してリフトから降りるや唸り始めたのだから。

 

「とりあえず先に進みませんか? 正直ここよりも外の空気が吸える方がいいです」

「うん、あたしもそれには同感」

「なら進むか。ほら、行くよ」

「分かった」

 

 いかんな。私もあの時の彼のように考え耽ってしまいそうだった。

 三人に押されるように私は歩を進める。程なくして三叉路に出た。正面奥に階段。右と左は分からないが、おそらくあの階段が塔へ繋がっているのだろう。

 

「分かれ道、か。でも、正面に見えてる階段が正解、よね?」

「多分そうでしょう。今まで歩いてきた感覚からも、あの上辺りが小島になるはずです」

「戦士殿、もし知っていれば右と左はどうなっているか教えてもらえないだろうか?」

「私達から見て右は、岬の洞窟へ続いてる。左は、多分アリアハンへ続いてると思うが扉があって道が塞がれてる」

「そうなんだ。って、いいの? そんなベラベラ教えて。ここ、冒険者としてのふるいなんでしょ?」

「そうだ。だからこそ私はお前達に教えてるのさ。私の言った事を自分達で確かめる事もせず鵜呑みにするのか否か。それもまた冒険者に必要な事さ」

 

 どこかからかうように告げ、戦士殿は小さく笑う。フォンは何か言いたそうにしていたが、諦めたように息を吐くと私へ視線を向けてきた。

 おそらくどうするのかと聞いているのだろう。戦士殿の情報を信じて確認せずに進むのか。あるいは念のために確認しておくべきか。どちらにするのかと、そうフォンは尋ねているのだ。

 

「確認はしなくてもいい。先に進もう」

「いいのですか?」

「ああ。今の話を聞いていたが、戦士殿は一度もあの階段が塔へ続いていないとは言わなかった。左右の道が洞窟やアリアハンに続いている事を教えてくれたが、正面の階段については一切触れなかった事から判断すると、あれが塔へ続いているのは間違いないのだろう。なら、今は先を急ぐべきだ」

 

 おそらくだがその扉を開ける鍵はナジミの塔にあるはずだ。だからこそわざわざ戦士殿はアリアハンへの道は扉で閉ざされていると教えたのだろう。

 

「……ま、お前が決めたのならそれでいいだろう。武闘家と僧侶もそれで異論はないみたいだしな」

 

 その言葉に二人が頷いてくれたので、私達は真っ直ぐ階段を目指した。そしてその階段を上ると空気が変わる。

 これは、海からの風だ。微かに香るこれは潮の匂いだろう。先程までとは違うそれにステラやフォンが笑みを見せていた。

 

「さて、ここからだな。勇者、まずはどう進む?」

 

 だが戦士殿は違った。すぐさま私に声をかけ、目の前に見える三つの行先から進行方向を決めろと話を振ってきたのだ。

 

「……正面に進む。遠くに光が見える事からおそらく出口がそこにある。なら、行き止まりではないだろう。途中でまた道が分かれた時に考えさせて欲しい」

「よし、聞いてたな? もうここからは魔物どもの棲み処だと思え。武闘家、背後に気を付けろ」

「分かってるわよ」

「ステラ、貴女は頭上を警戒してくれ。そこに張り付いている可能性もある」

「分かりました」

 

 あの世界での経験からそう注意すると戦士殿が私を見て微かに目を細めた。いかんな。やはりどうも私の言動を戦士殿は気にしているようだ。

 だが、例え私の事をどう思われようともステラ達の命には代えられない。彼女達は不死ではないのだ。

 

 周囲を警戒しつつ歩き出す私達。塔内はそれなりに広く、戦う事も難しくない空間と言える。天井までもそこまで高くなく、これならば飛行する魔物相手でもフォンと戦士殿が協力すれば対処は可能と思う。

 

 少し進むとまた道が三つに分かれた。左右と正面だ。

 

「勇者様、また道が」

「どうするの? まだ真っ直ぐ?」

「……真っ直ぐ行こう」

 

 あの世界であれば迷う事無く全ての場所を調べ尽くしただろうが、それは死んでもやり直せるからだ。

 そうでなければ、罠があるかもしれない場所を虱潰しに探し回るなどしない方がいい。まずは出口付近まで行こうと思い、私は歩を進める。

 

「待って。後ろから魔物が近付いてくる」

 

 出口までもう少しとなった時、フォンがそう声を発してくれた。振り返れば歩いて来た方向から、いっかくうさぎや蛙の魔物がやってくる。

 

「あの蛙みたいなのがフロッガーだ。こっちに気付いてるね、あれは」

「勇者様、どうしましょう?」

「フォン、いっかくうさぎを頼む。戦士殿は出口側から魔物がこないか警戒を。ステラは戦士殿の傍で私達の様子を見ていてくれ。危なくなったら癒しを。私がフロッガーを相手にする」

「よし、後ろは私がしっかり見張っててやる。しっかりやってきな」

「勇者様、フォンさん、気を付けて」

「任せて! 行くわよ勇者っ!」

「ああっ!」

 

 見慣れているいっかくうさぎならフォン一人で十分相手に出来る。初めて相対するフロッガーは、戦士殿の情報を確認する上でも自分で相手をしたかったのだ。

 

 私達が向かってきた事で魔物達も応戦するように動き出す。いっかくうさぎはフォンへと突進していくのが横目で分かった。

 私は手にした剣へ力を込め、フロッガーへと迫る。動きを注視しながら、先制攻撃しようと私は”こんぼう”を投擲する。

 

「ゲロッ?!」

 

 まさかの攻撃に驚いたのかフロッガーは声を上げるも、何とその両腕で顔を守るように動かした。

 ”こんぼう”はそれに弾かれて床を転がる。だが、フロッガーが顔を出す事はなかった。そのまま私の剣による一撃ががら空きの腹を貫いたからだ。

 

「本当に防御するのだな」

 

 情報が本当であれ嘘であれ投擲で戦いを有利に出来ると思っていた。結果としては戦士殿の教えてくれた情報は、フロッガーに関しては事実だったと言える。

 私は落ちているGを拾い金貨袋へ入れる。と、そこへ入れられる更なるG。見上げればフォンが笑みを浮かべて握り拳を見せる。

 

「そちらも無傷か」

「当然。あの蛙はどんな感じ?」

「こちらの攻撃を防御してきた。そこまで打たれ強い訳ではないだろうが、一撃で仕留めるならその前に防御を誘う動きをするべきだ」

「フェイントか。うん、分かった。相手する時は意識してみる」

 

 軽い情報共有を行い、フォンと共にステラ達の傍へと戻る。戦士殿は出口へ目を光らせていたが、私達が戻ってきた事に気付いて顔をこちらへ向けた。

 

「勇者様もフォンさんもご無事でなによりです」

「まあね。一対一なら怖くはないわ」

「戦士殿、情報に感謝を。おかげで苦労する事なく倒せました」

「そうか。で、どうするんだ?」

 

 もう出口が近い。一旦出るのか、それとも分かれ道を調べてみるのか、どうするべきかと私は考えた。

 外に出たとしても進展はない。目的はこの塔の探索なのだ。ならば戻るしかないのだが、闇雲に調べ回るのは体力や魔力が尽きる可能性を上げるだけ。

 

「みな、意見を聞かせて欲しい。調べるとしても手当たり次第では疲労を増すだけだ。かと言って私には上へ辿り着けるための明確な指示は出せない」

 

 私がそう告げるとステラとフォンが考え込むように思案顔になった。戦士殿はそんな二人や私を見てどこか笑っている。

 おそらくだが戦士殿は正しい道を知っているはずだ。だからこそ私は敢えて戦士殿だけに意見を聞く事を避けた。それではきっと今後の私達のためにならないと思ったからだ。

 

 今回はいい。内部を知っている戦士殿を頼り、目的の場所まで最短距離で辿りつけるだろう。だが、今後はどうする?

 いつだって誰かがそのダンジョンの構造を知っている訳ではない。そうなった時、私達はどう動きどう判断するかに迷う事になる。

 そういう意味でも、ここは腕試しの場なのだ。未知なる場所でどう行動するのか。その思考を、動きを磨く場なのだろう。

 

「……あっ、こういうのはどうでしょうか?」

「何だろうか?」

「おそらく上へ続く階段からは風が流れているはずです。風の流れを辿れば、上へ近付けるかと」

「成程ね。さすが僧侶、頭いいじゃない」

「ふふっ、それほどでもないですよ」

 

 フォンに褒められ嬉しそうに笑うステラ。ならばとばかりにフォンが自分の指を口で軽く咥えた。

 

「……こっちから流れてるわね、当然」

「出口があるからな」

「ですが、歩いていればその流れる強さが変わるはずです。来た道を戻ってみましょう。上がってきた階段とは別の場所へ風が流れていれば、そこに別の階段があるはずです」

「そうね。じゃ、勇者、先頭よろしく」

「分かった」

 

 フォンのように指を唾液で濡らし、私は指に感じる風の流れを頼りに道を進む。すると、途中の分かれ道で左から風が流れている事が分かった。

 

「左から風を感じる」

「なら左へ行ってみましょ」

 

 その先にある部屋へと入ると上への階段を見つけた。どうやらこの方針でいいようだ。

 

「ありましたね」

「そうね。この調子で登っていきましょ」

 

 ステラとフォンのやり取りを聞きながら私は階段を上がる。上がった先でもいきなり道が分かれていた。真っ直ぐか右へ行くかだ。

 なので私は迷う事なく同じ方法で進む道を探す。風は……若干正面の方が強く流れているか。

 

「まずは正面へ進もう」

 

 誰も異論はないようで、私達は迷う事なく真っ直ぐ進む。階段のあった部屋を出ると一部の壁がなくなった。どうやら塔の外周部らしい。

 

「うわ、壁がないわ」

「ここから落ちたら……ただでは済みそうにないですね」

「そうだ。だから落ちないようにな」

「分かってるわよ」

 

 後ろから聞こえる話し声に耳を傾けながら、私は前方の警戒を続ける。こんな場所で戦闘となれば落下死の可能性が出てくるからな。

 あの浮遊感と体が地面へ激突した時の感覚は出来れば忘れたいものだ。何度経験してもついぞ慣れる事はなかったものの一つだ。

 

「む……」

 

 前方にこちらへ背を向けて歩くおおありくい達を見つけた。今なら不意打ち出来るな。そう思って私は魔物達へ目を向けたまま、後ろの三人へ声をかける事にした。

 

「みな、前方に魔物達を見つけた。まだこちらに気付いていない。先手を打つなら」

 

 今だ。そう言おうとしたその瞬間だった。

 

「不味いっ! 背後を取られた!」

「っ?!」

 

 戦士殿の声で私は反射的に振り向いた。そこにはフロッガーが二匹と、初めて見る魔物の姿が二匹あった。羽があるという事は、あれが”じんめんちょう”なのだろうか?

 

「ごめんっ! ちょっと気が抜けてた!」

「勇者様っ! 指示を!」

「フォンと戦士殿はフロッガーを! 私は残りを相手にする! ステラ、背後から魔物達が戻ってきたら教えてくれ! 挟撃の上奇襲は避けたい!」

「はいっ!」

 

 私が指示を出した瞬間、返事する事もなくフォンと戦士殿が動いた。私もそれに続けとその場から走り出し、ステラはその場から背後へと注意を向けた。

 

「そいつがじんめんちょうだ! マヌーサに気を付けろっ!」

「心得たっ!」

 

 戦士殿からの助言へ返事をし、私はこちらを睨み付ける二匹の魔物へと向かう。

 右手に握った”どうのつるぎ”を構えると同時に、左手に”こんぼう”を握る。ここでは装備の投擲はしない方がいいと判断したのだ。

 外壁のない場所で投擲を行えば、避けられた際に装備を失いかねない。Gであればまだ諦めもつくが、装備はさすがにそうもいかないために。

 

「まずは……っ!」

 

 隣り合って飛ぶじんめんちょう達。私は向かって右側へと斬りかかる。それを避けようとするじんめんちょうだが、その動きは思ったよりも鈍い。

 が、それに何か嫌なものを感じ取り、私は攻撃を中断すると同時に後方へとローリングで回避行動をとった。

 

 すると、先程まで私のいた場所へ何か霧のようなものが出現して消える。

 

「今のは……」

 

 ふと見ればじんめんちょうの一匹がこちらを見て悔しげな顔をしている。もしや、先程のが幻惑呪文なのか?

 成程。一方が相手の注意を惹いたところで残りが幻惑を仕掛けるか。魔物とは言え知恵はある事を忘れていたな。今後の戒めとしよう。

 

「だが、知恵があるのはこちらも同じだ」

 

 私へ迫るじんめんちょう達だが、その背後には既に風のように素早い者が立っていた。

 

「はっ!」

 

 フォンの一撃が背後からじんめんちょうを貫いて消滅させる。それに驚く暇もなく、残った一匹も斧によって両断された。

 

「お見事」

「こいつらが勇者に気を取られてたからね」

「ああ。だが、まだ油断は」

「勇者様っ! 魔物がこちらへ!」

 

 戦士殿の言葉を遮るようにステラが叫ぶ。見ればおおありくい達がこちらへ向かって来る。どうやら先程の戦闘で気付いたようだ。

 

「ステラ下がれ! 二人共、行くぞ!」

「「ああ(ええ)っ!」」

 

 その後、無事おおありくい達を倒して私達は先を進んだ。途中で一度道が分かれたが、そこからは風が流れてこないので素通りし、突き当りの部屋へと入って階段を見つけた。

 

「順調ね」

「はい」

「だが、順調な時ほど気を付けないといけない。知らず気が緩んでしまう」

 

 フォンとステラから緊張感があまりにも感じられないため、私は過去の経験から注意を行う。

 戦士殿が頷いていたので、私が言わなければおそらく彼女が同じような事を言ってくれただろう。

 

 そうなのだ。どうしても最初は緊張感があり、注意力や集中力も十分あるため大事にならず進む事が出来る。

 だが、そうなってくると気付かぬ内に気が抜け、注意力や集中力が欠けてくるのだ。そしてその結果、最悪の状態で最悪の状況を招く事になる。

 

 イルシールがそうだった。特にあそこは幻想的な美しさもあって、最初の頃はよく景色に見惚れてしまったものだ。

 

 ……見物料は高くついてしまったがな。七万ソウルを失った時は、さすがに天を仰いだものだ。

 

 三階はまず道なりに進む事となった。ただ、一部外壁がない場所もあるので魔物への警戒は怠らずに。

 

「……向こうから強く風が流れているな」

 

 そしてまたもや分かれ道。それも三方に分かれている。正面と左右だ。風は左手側から強く流れていた。

 

「じゃ、そっち行ってみましょ」

「そうですね」

 

 これまでの経験からフォンとステラが左手側へと向かって歩き出す。戦士殿もそれに続いて歩き出した。だが、何故か私にはそれが引っかかった。

 思えば風を感じて進む事を決めてから、戦士殿は進路について何も言わなくなった。それは何故だ?

 

 ここの事を戦士殿が知っているのは間違いない。だが、進路の決め方を定めた後、戦士殿は不気味な程静かになった。

 そこに、何かあるのではないか? いや、私達を陥れようとしているのではないとは思う。しかし、何か考えがあるのではないかとは思うのだ。

 

 ……いかんな。信じようと言いながら、まだどこかで疑う心を捨てきれないらしい。

 

「待ってくれ。隊列は私が先頭だ。三人共隊列を乱さないで欲しい」

 

 小走りで三人を追い駆ける。そうして進んだ先は、一部外壁がない場所があるだけの通路でしかなかった。

 

「ここの風を感じ取った訳か。そりゃ強く感じるわけよ」

「海からの風がありますからね」

「それにしても高いな。落ちたらひとたまりもない」

「だから、魔物もあまり外壁がない場所じゃ襲ってこないんだろうさ」

 

 全員で外壁がない場所を見つめて小休止。高さもあるためか、風が他の階よりも強い。

 

「で、どうする? 一応先は続いてるけど」

「戻りますか?」

 

 フォンとステラの問いかけに考える。戻って残る二つから行先を決める方がいいのかもしれないが、一度進んだなら進み切るべきではないかとも思う。

 

 ……進むか。戻るのは退却するようで縁起が悪い。

 

「進もう。間違えたかもしれないが、だからこそ最後まで進んでそれを確かめるべきだ」

「だそうだぞ」

「勇者らしいというか何というか。うん、じゃあ答え合わせにいきましょ」

「例え間違いでも、決して無意味ではありません。大事なのは、その間違いから何を思い何を学ぶかです」

「何を思い、学ぶか……」

 

 ステラの言葉はあの世界での日々を思い出させた。幾多もの失敗。それらから学び、覚え、成長していった事を。

 ああ、そうだな。私は間違って失敗して強くなっていったのだ。ならば、こちらでもそうするしかないだろう。

 ただし、失敗しようとするのではなく成功させようとしての失敗でなければならないがな。

 

「行こう」

 

 そう言って歩き出そうとした時だった。

 

「っ!? 不味いぞ!」

「なっ!? 前と後ろから魔物が!」

 

 進行方向と背後から魔物の群れが現れたのだ。しかも、初めて見る魔物が二種類もいる。

 

「まほうつかいとさそりばちだ! まほうつかいは火炎呪文(メラ)に気を付けろ! さそりばちは仲間を呼んでくる! 優先的に倒せっ!」

「そうは言うけど両方にいるのよっ!?」

「ゆ、勇者様っ!」

 

 挟撃されるのは不味い。だが、逃げ道はない。あるのは……外壁のない部分だけか。

 

「……こうなったらそれしかないな」

 

 このままでは挟み撃ちになって無事では済まない。ならば、二つの群れを一つにするしかない。

 

「みな、私に続けっ!」

「なっ!?」

 

 魔物達を警戒しながら私は外壁のない場所へと下がる。すると戦士殿がその動きを見て驚きを浮かべていた。

 無理もないだろう。何せそれは背後に大きな危険を背負う事なのだ。だが、私は見た。そんな私にフォンとステラが即座に応じて動いてくれたのを。

 

「ったく! 勇者って相変わらず無茶な事考えるわよねっ!」

「ですが、この状況ならばこれがいいかと思います」

「二人に感謝を! 戦士殿も早くっ!」

「分かったよっ!」

 

 背後には外壁のない場所。逆に言えば、そこから魔物が来る事はない。そして二つの群れは正面で一つとなった。これで意識を向ける方向を一つに出来る。

 さそりばちが二匹にまほうつかいが一匹。それにバブルスライムとおおありくいが一匹ずつ。これなら何とかなるか。

 

「フォン、さそりばちを頼めるか?」

「任せてっ!」

「ステラもフォンと共にさそりばちを頼む」

「はい……っ!」

「戦士殿はまほうつかいを」

「いいだろう」

「私は残りの魔物を引き受ける。行くぞっ!」

 

 まず狙うはバブルスライム。だが、当然邪魔をされると踏んだので、おおありくいへは”こんぼう”を投擲する。

 それをおおありくいが回避する間にバブルスライムを一閃。やはり打撃よりも斬撃が有効だ。

 

「次はこれでっ!」

 

 出現するGを一枚拾い、即座におおありくいへ投げつけると同時に走り出す。Gを何とか回避するおおありくいだが、そこへ剣による一撃を与えて息の根を止める。

 

「よし……」

 

 何とか二匹を片付ける事に成功した。だが、まだ終わっていない。すぐに意識を周囲へ向ければ、フォンとステラがさそりばち相手にやや苦戦していた。

 

「数が……っ!」

 

 二匹だったはずのさそりばちはこの短時間で四匹に増えていた。おそらく戦闘開始と同時に一匹が仲間を呼んだに違いない。

 その四匹がフォンとステラを取り囲むようにして攻撃している。このままでは不味い。

 

 チラリと見れば戦士殿がまほうつかいを倒している。これなら数は互角に出来るな。

 

「二人共、しゃがめっ!」

 

 走った勢いそのままにその場から跳び上がり、こちらへ背を向けているさそりばちへ斬りかかる。

 肉を切り裂くような感触と共に魔物の姿が消えGとなっていく。着地するやステラを攻撃していただろうさそりばちへ剣を振るう。

 

 それは当たらずかわされるも、おかげでステラから意識が私へと向いたので良しとする。

 

「やってくれるじゃない!」

「勇者様、助かりました!」

「ステラは私の後ろに。それと、まだ安心は出来ない。素早く戦闘を終えないと、この騒ぎを聞きつけて他の魔物達がやってこないとも限らない」

 

 一匹いなくなった事で包囲が崩れ、フォンと二人でステラを背中にしてさそりばちと対峙する。

 

「全員しゃがめっ!」

「「「っ!?」」」

 

 後ろから聞こえた声に咄嗟に身をかがめる。すると、頭上を輝く何かが通り過ぎていった。その輝きはそのままさそりばちの一匹を貫いていく。

 

「へぇ、こりゃいいな。戦士で遠距離攻撃なんて出来ないと思ってたが、これは使える」

「あんたねぇ……」

「ら、ライドさんまで勇者様みたいな事を……」

「まだ魔物は残っている。二人共気を抜くな」

 

 一気に半数を失ったせいか魔物達も狼狽えている。ならば、ここが攻め時か。そう思って私は剣を両手で握り締めるように構え、そのまま走りながらさそりばちへ迫った。

 

「フォンっ! 残りを頼む!」

「もうっ! いきなり無茶言わないよっ!」

 

 目の前のさそりばちは私の攻撃を回避しようとするが、もう遅い。

 私の一撃は、そのままさそりばちをかち上げるように突く。あの世界で最初の頃よく使っていた技だ。前方の敵へ効果を発揮するので多用していたもので、他にもやりようはあるのだが、今使っている”どうのつるぎ”が直剣だった事と、さそりばちが少し飛んでいるためこれにした。

 

「こんのぉ!」

 

 残る一匹も、仲間を呼ぼうと距離を取ろうとしたところをフォンの跳び蹴りが炸裂。見事撃破し着地する。

 

「やりましたね!」

「ええ。久々に危ないかもって思ったわ」

 

 私とフォンへ嬉しそうに駆け寄ってくるステラ。その後ろから戦士殿が近付いてくる。その手にはGと私の投げた”こんぼう”があった。

 

「拾うの忘れるんじゃないぞ」

「すまない。まずは魔物を片付ける方が先かと思ったのだ」

 

 戦士殿から差し出された”こんぼう”を受け取り、私はふとある事に気付いた。

 

「戦士殿、この道はもしや最初の場所と繋がるのでは?」

「……どうしてそう思う?」

 

 面白そうに笑みを浮かべ戦士殿はそう返してきた。どうやら予想は間違っていないらしい。

 

「さっきの魔物達だ。まるで示し合わせたかのような動きで私達を襲撃してきた。偶然にしては魔物達に動揺や混乱らしいものも見えなかった。そこから考えた結果、そうなのではと思ったのだが」

「お前は、もしかしたら勇者よりも戦士の方が向いてるかもしれないな。ああ、そうだ。この道はそのままあの場所へ繋がる」

「そうなの?」

 

 フォンが不思議そうに首を傾げるが、ステラは私が何を言いたいのか分かってくれたようだ。無言で軽く目を見開くと、そのまま戦士殿へ顔を向けた。

 

「……ライドさん、風を頼りに道を探すとこの階でここへ来るって分かってたんですね?」

「ああ」

「なっ!?」

 

 やはりか。そう思うも口にはしない。おそらく戦士殿は聞かれた事には答えるつもりでいたのだろう。だが、そうすると私があれこれ聞いてくると察し、それを封じるためにここが冒険者のふるいだと言い出したのだ。

 

 そうなれば、私が自分達だけの力で何とかしようとすると、そう読んで。

 

「言ったはずだ。ここは冒険者にとってのふるいだと。まぁ、そっちに私を利用して楽をしようって気がないのは分かったが、だからといってこっちが積極的に教えるのも違うだろ? だから黙った。ま、その様子だと薄々坊やは勘付いたみたいだがな」

「それでも最低限の事はしてくれていたからな。初めて戦うだろう魔物の情報は教えてくれていた」

「そうですね。その辺り、ライドさんは優しい方です」

 

 ステラがそう言って戦士殿を見ると、戦士殿は小さく笑って首を横に振った。

 

「そんなんじゃないさ。道を間違えたりする事で死ぬ事はないが、魔物との戦いで相手の事を知らないと死ぬ事は多々ある。だからだよ」

「それが優しいって言ってんの。ま、いいわ。あんたが素直じゃないのは初めて会った時で分かったし」

 

 フォンが呆れ混じりに言った言葉に戦士殿が苦い顔をして、ステラとフォンが揃って笑う。私は、二人程ではないが小さく笑みを浮かべた。

 戦士殿はそんな私達により苦い顔をしていたが、最後には微かに笑っていた。そんな何とも言えない雰囲気のまま、私達は歩みを再開し再び分かれ道へと出た。

 

「……正面の部屋に何かあるわ」

「そのようだ」

「宝箱、でしょうか?」

 

 三人で話しながら戦士殿をチラリと見やると、彼女は何も言わないとばかりに顔を背けた。それに揃って小さく苦笑し、私達は頷き合う。

 

「確かめてみるか」

「賛成。あの近道で見つけた以来の宝箱だもの。32Gって言う何とも判断に困る中身だったけどね。さてと、あれの中身は何だろうな~?」

 

 気分上々とばかりに歩き出すフォンを見てステラが苦笑し、戦士殿はどこか呆れていた。私はと言えば、どこかであの存在を意識し表情が若干強張っていた。

 実は、最初に見つけた宝箱もフォンが開けなければ”こんぼう”で思い切り叩くつもりでいたのだ。

 

「じゃ、開けるわよ~」

「は、早い……」

「こいつ、盗賊の資質もあるんじゃないか?」

「ごちゃごちゃうるさい。よっと」

「っ……」

 

 思わず身構える。さすがに両手両足が生えてくる事はなかったが、やはり生きた心地がしないな。

 今でも思い出せる。あの捕まえられた時の絶望感と齧られていく痛みと感覚を。あれも忘れたい事の一つだ。

 

「ちっ、キメラの翼だわ」

「フォンさん、舌打ちはやめましょうよ」

「でもね」

「そういえば、これを使えば最後に立ち寄った場所へ行けるそうだな」

「はい。移動魔法(ルーラ)と似た効果を発揮すると聞いています」

 

 ステラの説明に頷き、視線をフォンへ向ける。

 

「どんな感じだ?」

「え? そうねぇ……一瞬にして体が飛んでいく感じよ。気付いたら最後に寄った場所の前にいるの」

「そうか。ならば、空中で使っても効果はあるだろうか?」

「「「は(え)?」」」

 

 私の問いかけに二人だけでなく戦士殿まで呆れた表情を見せる。そんなに私はおかしな事を聞いているだろうか?

 もし空中でも使えるのなら、ここからアリアハンへ戻るのが楽になると思っただけなのだ。

 この塔は一部が壁のない場所になっている。そこから落下すれば魔物との戦いを避けて帰れると、そう考えるのはおかしいのだろうか?

 

「いや、もしそうなら帰りが一気に楽になる」

「……なぁ、お前本当にどういう思考してるんだ? 普通キメラの翼を高所からの帰還方法に組み込むとか思わないぞ?」

「そ、そうですね。普通なら塔を降りてから、です」

「うん、そうよね。でも、どうなのかしら? 呪文と同じ効果って事なら空中でも使えるはずでしょ?」

 

 フォンの言葉に誰も答えを出す事は出来ない。おそらくだがそんな風に使った者はないのだろう。

 それもそうだと思う。何せ、高所からの落下は大体が即死だ。その危険を推してまでそんな事を試す者はいないだろう。

 

 これも、私が不死の頃に色々と心ならずもやってしまった故の発想だとは思う。

 

「すまない。この話は」

「多分可能だ」

 

 話題を打ち切ろうとした私を遮るように戦士殿がそう言った。当然私達の視線は戦士殿へ集中する。

 戦士殿は腕組みをしたまま目を閉じていた。何かを思い出しているのか、あるいは想像しているのか。とにかく考え耽っているようにも見える。

 

「ルーラは、使用者が思い浮かべた場所へ行く呪文だ。キメラの翼は、最後に立ち寄った場所に行けると言われているが、あれは事細かに思い出せる場所が最後の場所というだけで、その気になればルーラと同じくこれまで行った場所へ行く事も可能と言われている」

「そうなのですか?」

「へぇ、ルーラってそういうもんなのね。魔法使いしか使えないって聞いてたけど、それはどうして?」

「僧侶は神に仕える者だ。元々呪文は魔法と呼ばれるように、魔物へ近付く方法とされていたらしい。だから僧侶は攻撃呪文のほとんどを覚えない。いや、覚えないようにしているだな。おそらくだが、許されているのは風系統の魔法だけじゃないか?」

「は、はい。そうです」

 

 ステラが驚いたような顔で頷いていた。フォンも感心するように戦士殿を見ている。私も同様だ。まさか戦士殿がここまで様々な事に造詣が深いとは思わなかった。

 

「風系統の魔法が許されているのは、神が与える祝福が風に乗って運ばれると考えられているためだ。だから僧侶が唯一覚える事が出来る攻撃呪文は竜巻呪文(バギ)系なんだ」

「そうなの?」

「わ、私も初めて聞きました。そういう背景は、教会でも教えていないはずです」

 

 ステラの言葉に私は疑問を抱いた。ならば戦士殿はどこでこの話を聞いたのだろうと。

 僧侶であるステラさえも知らぬ僧侶の話。それを一体どこで誰から聞いたのか。私と同じ事をフォンとステラも思ったのだろう。揃って戦士殿を見つめている。

 

「この話は、とある場所で出会った賢者と名乗った奴から聞いたのさ。そいつは自分が至った境地に関しての本を書いてるとか言ってた。で、その本は簡単に読まれてはいけないからと隠すつもりだと言っていたな。その場所を探すついでに世界を旅して回ってたそうだ」

「魔王を退治しようとしなかったの、そいつ」

「自分の役目ではないと言っていたな。その頃はまだオルテガが存命の頃だったし」

「は? ちょっと待って。それ、あんたがいくつの頃よ?」

「…………一人前扱いを受ける前だ」

 

 微妙な顔をして絞り出すように戦士殿はそう言った。どうやら年齢を詳しく言うのが憚られるらしい。フォンとステラもやや苦い顔をしているので、女性ならではの返しなのだと思う。

 

 それにしても、オルテガ殿が亡くなったのが今から十年は前。

 つまり、戦士殿は最低でも二十五か六か。それにしては落ち着きがあるな。まぁ、私が言える事ではないが……。

 

「あの、ライドさんは一体どこ出身なのですか?」

「さてな。さ、長話は終わりだ。とりあえず先に進むぞ。ここは魔物の巣なんだ。ほら、先頭へ行って進む先を決めな坊や」

 

 明らかに会話を打ち切ったな。だが、戦士殿が何か隠している事は分かった。出身地を隠した事が大きく関係してそうだが、それを詮索するのは止めておくか。

 それよりも、今は塔の最上階へ行く方が先決だ。来た道を戻り、今度は向かって左側へ、元来た場所が近付く方へと向かう。

 

 そして左手側の部屋へと入ると階段があった。

 

「うわぁ、さっきのとこで間違えなければすぐだったのかぁ」

「フォン、そう言わないでくれ。おかげで色々と得る物があったと思いたいのだ」

「そ、そうですよ。ライドさんの貴重な話も聞けましたし」

「……ま、そうね。じゃ、行きましょ?」

 

 チラリと戦士殿を見やってフォンは息を吐くと明るく笑みを見せた。私はそれに感謝するように頷き、階段を上って行く。

 上がった先は、部屋のような場所だった。と、人の気配を感じ取り視線を動かす。そこには、一人の老人が立っていた。

 

「おおっ、夢の通りじゃ。若き勇者よ。わしはそなたが来るのを待っておった」

「私を?」

 

 思わず聞き返す。夢、とはどういう事だろう。

 

「そうじゃ。ある時不思議な夢を見てな。わしへ誰かがこう言ったのじゃ。いつか、ここへ若き勇者がやってくる。その者へ、とうぞくのかぎを渡してやってくれと」

「とうぞくのかぎ?」

「うむ。これじゃ。受け取るがいい」

 

 そう言って老人は私へ鍵のようなものを渡してきた。これが”とうぞくのかぎ”か。おそらくだが、これでアリアハンへの道を閉ざしている扉を開ける事が出来るのだろう。

 

「ご老体に感謝を。この鍵は、大切に使わせて頂きます」

「うむ、頼むぞ勇者よ。この世界に平和を取り戻してくれ」

「はい」

「やったわね、勇者」

「これで目的は達成ですね」

 

 受け取った”とうぞくのかぎ”を”ふくろ”へしまうとフォンとステラが笑顔で声をかけてくる。

 だが、戦士殿の姿がない。一体どこへ行ったのだ? そう思って視線を動かしているとフォンが私の目の動きから察してくれたのか、小さく笑って部屋の外へ手を動かして親指を向ける。

 

「あいつならそそくさとあっちへ行ったわよ。何でもあのおじいさんと顔合わせたくないんですって」

「そうか」

 

 過去にここへ来たなら、あのご老体とも知り合いなのだろう。おそらくだが、まだ未熟な頃に来ているはずなので、私達よりも苦しい道中だったはずだ。

 それ故に恥ずかしさでもあるのだろう。そう思って私は何も言わない事にした。

 

「ではご老体、私達はこれで」

「うむ。旅の無事を祈っておる」

「失礼します」

「じゃあね、お爺ちゃん」

 

 一礼するステラと軽く手を振るフォン。私は戦士殿と合流しようと部屋を出る。すると、少し部屋から離れた場所で戦士殿を見つけた。

 

「ここにいたのか」

「話は終わったか?」

「ええ。でも、何で一言も言わずに出て行ったの? 挨拶ぐらいすればいいじゃない」

「いいんだよ。向こうの目的は私じゃないし、私も向こうは目的じゃない」

「ライドさんらしいですね、その言い方」

 

 私もステラの意見に同感だ。すると、戦士殿は顔を私達から塔の外へと向けた。

 

「それで、どうする? ここから飛び降りてキメラの翼、使ってみるかい?」

 

 その声に、恐怖はなかった。その横顔に、不安はなかった。まるで、失敗する事はないと確信しているかのような雰囲気で、戦士殿はそう切り出したのだ。

 だが、私はどうするべきか即答出来なかった。やはり万が一失敗したらと考えると、どうしても実行には移せないのだ。

 

 そんな時だ。背中から声が聞こえてきたのは。

 

「あたしは勇者を信じるって決めたから。もしかしたら、今後も同じような状況になるかもしれない。そうなった時、そういう逃げ方があるって分かってるの、大きいと思う」

「フォン……」

 

 迷う事無く私に任せると言い切ってくれる事。表情には若干の不安や恐怖が見えるが、その勇気と強さに内心で敬意を表する。可能ならここで”一礼”したいぐらいだ。

 

「わ、私もです。怖くはありますが、フォンさんも言った通り今後もっと恐ろしい状況にならないとも限りません。なら、ここで試しておく方がいいと思います」

「ステラ……」

 

 彼女もフォンと同じような顔だ。ただ、声にもそれが出ている辺りがらしさだろうか。

 

「だとよ。どうする?」

「……ここではなく下の階へ降りてからにしたい。せめて二階辺りで」

「その高さなら万が一失敗しても死にはしない、か。いいだろう」

 

 行動方針は決まったとばかりに戦士殿は小さく笑い、私達へと向き直った。

 

「ならさっさと行こうか。もう日も暮れてきた。早く戻らないと塔内も暗くなる」

「分かった」

 

 こうして私達は再び階段を下りて三階へと向かう。階段を下りる際、ご老体が戦士殿に気付いて何か言いたそうにしていたが、戦士殿は足を止める事もなく階段を下りた。

 

「良かったのか?」

「ああ、別にいい」

「お爺さん、悲しそうな顔してたわよ?」

「何か訳でも?」

 

 二人の言葉に戦士殿は無言を貫いた。話したくないという事なのだろう。ならば無理に聞き出す事もないか。

 

「二人共、戦士殿にも事情があるのだ。人間、話したくない事の一つや二つはあるもの。ならば、戦士殿が話したいと思わない事はそっとしておくべきだ」

「まぁ、それはそうだけど……ね」

「気になってしまうのも人の性ですよ、勇者様。ですが、たしかにそうですね」

「ごめんね、そっちの事も考えずに踏み入ろうとしてさ」

「許してください」

「……別にいい。逆なら私も気になってるだろうからな」

 

 それだけ告げて戦士殿はまた黙った。ただ、私は見た。一瞬ではあるが戦士殿が淡く笑みを浮かべたのを。

 

 

 

 空には星が瞬き、周囲が夜の闇に包まれている中、私達はアリアハンの城下町前に立っていた。結論から言えば、空中でもキメラの翼は使用出来たのだ。

 

―――では、行くぞ。みな、私に掴まってくれ。

―――どうか足が折れませんように……。

―――い、いざと言う時は私が全力で癒しますから!

―――今更怖がってるんじゃない。

 

 二階の外壁がない部分から揃って飛び降りた瞬間、私が持っていたキメラの翼を放り投げたのだ。

 すると体が一瞬にしてそれまでと逆方向へ動いたかと思えば、次の瞬間にはここに立っていたという訳だ。

 

「……成功だな」

 

 私がそう呟いた瞬間、捕まっていたフォンが脱力するように地面へと座り込んだ。ステラも同様に地面へと座り、夜空を見上げるように寝転んだ。

 

「大したもんだよ、お前達は。特に最後のこれが一番凄い。失敗すれば骨折してもおかしくない事をやって、見事に今後に活かせる帰還方法を見つけ出したんだからな」

 

 私の背中から離れながら戦士殿はそう言って笑う。そしてそのまま私だけでなくフォンやステラを見ていき、最後に納得するように深く頷いたのだ。

 

「いいだろう。私はお前達についていく。いや、ついていきたい。そして見せてくれ。さっきのような新発見を」

「ライドさん……」

 

 ステラが微笑みを見せる戦士殿へ軽い驚きを見せた。私も同じ心境だ。まさか戦士殿がこんな顔をするとは。

 

「ライド、か。ふふっ、その名は忘れてくれ。それは偽名だ」

「偽名? 何でそんな」

「理由はその内教える。私の本当の名は、アンナだ。そちらで今後は呼んでくれ」

「アンナさん、ですか」

「一気に可愛い名前になったわね……」

「それだ。戦士なんてやってると、どうしてもアンナという名前が似つかわしくないんだ。それでライドと名乗るようにしている」

「つかぬ事を聞くが、その偽名の由来はあるのだろうか?」

「……昔、私が駆け出しだった頃に組んでた武闘家の名前さ。あのナジミの塔へ行った時まで、ね」

 

 そう答える戦士殿の眼差しは、あのナジミの塔で一瞬見せたものと同じだった。と言う事は、その武闘家はもう……。

 

 ステラとフォンもその言い方と雰囲気で気付いたらしい。戦士殿が名を借りた相手は、おそらくもうこの世にいない事を。

 

「さて、辛気臭い雰囲気はここまでにしよう。さっさと宿へ行って食事にして、さっさと寝るぞ」

「そうだな。では、そうしよう」

 

 戦士殿、いやアンナ殿の提案に賛同し私はその場から歩き出そうとして、何かに引っ張られる感覚を覚えた。

 

「……ステラ、フォン、何故私の鎧を掴んでいるのだ?」

 

 振り向けば、二人が鎧の一部をしっかりと掴んでいるではないか。それにしても、どうしてそんな事をと、そう思って問いかけたのだが……

 

「たはは……実は、腰が抜けちゃったみたいなの……」

「も、申し訳ありませんが少し待ってもらえますか?」

「……アンナ殿、フォンを背負ってくれないだろうか? 私はステラを引き受ける」

「いいよ。にしても、これじゃあ昨日と同じだな」

 

 どこか楽しげに笑うと、アンナ殿はフォンの体を軽々と持ち上げて肩へと乗せる。

 

「ちょ、ちょっと! これじゃ荷物みたいじゃない!」

「実際今のお前さんはお荷物だろ? 黙って運ばれな」

「ぐぬっ! この筋肉女っ!」

「今の私には褒め言葉だ。じゃ、先に行ってるよ」

「このぉ! 少しは恥らえ~っ! もしくは嫌がれ~っ!」

 

 バタバタと手足を動かすフォンを見ていると、もう自分で歩けるのではないかと思う。まぁ、アンナ殿も楽しそうだしあのままでいいか。

 

「ステラ、失礼する」

「え? きゃっ!?」

 

 さすがに私はアンナ殿のような事は出来ないと思い、ステラの体を両腕で抱き抱える事にした。何故かステラが酷く驚いていたが、これが一番安定すると思うのだ。

 

「すまないがこれで我慢して欲しい。私ではアンナ殿のような真似は出来ない」

「え、えっと……嫌、ではないんですが……」

「恥ずかしいのだろう? 悪いがそれも今は受け入れて欲しい。出来るだけ早く宿まで行こう」

「え? あ、その、えっと……」

 

 フォンとは違った意味でバタバタしそうなステラに内心で首を捻りながら、私は構っていては夜が明けると思って歩き出す。

 幸いにしてステラは軽く、私でも宿まで無事に送り届ける事が出来た。ただ、その道中、やたらとステラがブツブツ独り言を言っていたのが気にはなったが。

 

「はい、たしかに8Gいただきました。お部屋の方は三つでよろしいですか?」

 

 宿の主人が私とアンナ殿を交互に見てそう問いかけてきた。おそらく昨夜の事を覚えているからだろう。私はそれに頷こうとしたのだが……

 

「いや、二つでいい。私達だけで部屋を三つも使うのは申し訳ないからな」

「そう、だな。主人、聞いての通りだ。部屋は二つで構わない」

「かしこまりました」

「それと食事はあっちの二人の部屋へまとめて運んでくれ」

「はい。出来次第お食べになられますか?」

「そうしたい。いいだろうか?」

「勿論でございます。では、ご用意出来ましたらお呼びしますので。それまでごゆっくりお寛ぎを」

 

 そう言って主人は厨房へと向かおうとしたのだろう。私達へ背を向けて動き出そうとした。そこで私はふとある事を思い付いてその背を止める。

 

「主人、少しいいだろうか?」

「はい?」

「明日の朝食は、大通り近くにある食事処で取ろうと思っているのだ。だから、私達の分の朝食は必要ない」

「さようでございますか。かしこまりました。では、そのように」

 

 そう笑顔で告げ、今度こそ主人は厨房へと向かって行った。その背を見送り、アンナ殿がこちらへ微妙そうな表情を向ける。文句があるのだろうか。

 

「何であんな事を?」

「是非みなに食べて欲しいものがあるのだ。朝に食べるには、あれ程相応しいものはないというものがな」

 

 こうしてこの日は終わりを迎える。夕食を食べた後、私達は会話をする事無く疲れを癒すために眠る事にしたためだ。

 そして翌朝、あの”産み立て卵のパン粥”を三人にも味わってもらい、揃って笑みを見せて店員の少女へ味を褒めてくれた。何故だかそれが、我が事のように嬉しかった……。




いよいよ次回はロマリアへと渡ります。ここからが本格的にイベントが増えていくので大変です。

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