その灰は勇者か? それとも……   作:人間性の双子

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キメラのつばさ

名の通り、魔物の羽。何故か天高く放り投げると最後に立ち寄った場所へ戻れる効果を発揮する。
その効果は、移動魔法のルーラに近いものだが、前述の通り最後に立ち寄った場所しか行けないので利便性は良くはない。
ただ、一人旅や魔法使いがいないのならもしものために持っておくといい。

魔物の一部を道具として用い、それを売る発想。ここに人の持つ賢さと強かさが垣間見える。


レベルアップする心

「けいこぎ、ですね。ここでそうびしていかれますか?」

「ええ、そうするわ」

 

 レーベの武器と防具の店。私達は今そこで装備を整えていた。とはいえ、私は現状のままでいいと思い、ステラとフォンの物を優先的に買い揃える事にしたが。

 まずはフォンの防具だ。盾は彼女の場合邪魔だと言われたので、ならばと鎧の類を頼んだところ、いかにも彼女向きの物が出てきたので購入となった。

 

 こちらへ軽く手を振って店の奥へと進むフォンを見送り、私はステラへ目を向けた。

 

「ステラは何か気になる物や欲しいと思う物はないだろうか?」

「そうですね。せいなるナイフでしょうか?」

 

 名を聞いて、いかにも僧侶らしいと思ってしまった。”せいなるナイフ”か。きっと神の加護か祝福でも受けた刃なのだろう。

 あの世界であれば信仰がなければ装備出来ないだろうな。そんな事を考えていると、店主が見るからに手のかかったナイフを見せてきた。

 

「これがせいなるナイフ……」

「はい、さようでございます」

「い、いくらでしょうか?」

「200Gでございます」

「うっ、高い……」

 

 声に出さないが私も同意見だ。”どうのつるぎ”が二本買えてしまう。それだけのGはさすがにない。

 

「ステラ、申し訳ないが今は諦めてくれ」

「はい……」

 

 項垂れるようなステラを見て、私はどうしたものかと考える。何か彼女にも新しい装備を持って欲しいが、Gがそれを許さないのだ。

 何せ”やくそう”と”キメラのつばさ”を購入しようと思っているためである。ステラがホイミを使えるのはいいのだが、それも無限ではない。

 いざとなった時、ステラが近くにいない事もある。それ故、私とフォンも”やくそう”を三つないし二つは持っておこうと決めたのだ。

 

 そして”キメラのつばさ”は退却用だ。何でも、使えば最後に立ち寄った場所へ瞬時に戻れるらしい。帰還の骨片のような物と思えば理解は早かった。

 その物自体は既に把握済みだ。アリアハンの道具屋でも扱っていたからだが、値段はフォンから教えてもらった。

 彼女も一人でカザーブという場所からアリアハンへ来たとの事で、”やくそう”や”キメラのつばさ”をよく使ったらしい。

 

 と、そこで思いついた。今、私は”かわのたて”を装備しているが、幸運にもそれを使って戦う事は少ない。それよりも”こんぼう”を両手で持って戦う事の方が多かった。

 

「ステラ、もし良ければこれを使ってくれ」

「え? これは、かわのたて?」

「そうだ。私の使っていた物だが、今のところそこまで盾を構えて戦う事はない。それよりもこんぼうを両手で握り振るう事の方が多い。なら、身を守れる術がないステラにこそ、これは必要だと思う」

 

 差し出した”かわのたて”と私を交互に見つめ、ステラは微かに笑みを浮かべて”かわのたて”を受け取ってくれた。

 

「ありがとうございます、勇者様。大切に使わせていただきますね」

「ああ、そうして欲しい。盾も上手く受けなければ衝撃を殺せないからな」

「えっと、そういう事じゃなくて……」

 

 私の言葉に苦い顔をするステラに疑問符が浮かぶ。何か間違った事を言っただろうか?

 

「お待たせ」

「わぁ、お似合いですフォンさん」

 

 そこへ着替え終わったフォンが戻ってきた。”けいこぎ”を着た彼女は、より動き易い格好となり戦い易くなったように思える。

 

「正直、あたしとしては微妙なんだけどね。小さい頃を思い出すんだ、これ」

「と言う事は、故郷ではそれを?」

「ん? まぁね。ただ、見ての通り修行中って感じでしょ? だから里を出る時に置いてきたんだけど……」

 

 そう言ってフォンは自分の体を眺めて苦笑した。

 

「たはは、こんな事なら持ってくればよかったよ。自分で思ってたよりも高いしさ」

「いや、気にしないで欲しい。フォンは私と共に前衛として戦ってくれている。ならば、現状その装備は優先して良い物にするべきだ」

「あー、うん。それは分かってるんだけど、あたしの言いたい事はちょっと違うんだ」

 

 先程のステラと似た表情を浮かべるフォンに、私は再び疑問符が浮かんだ。一体何だろうか? これも、不死であったが故の認識のずれ、なのだろうか。

 

 とりあえず、もう店に用はなくなったので外へ出る。そして次は道具屋へと向かった。

 

「えっと、やくそうを六つとキメラのつばさを一つ頂戴」

「やくそう六つにキメラのつばさ一つですね。全部で73Gになります」

「これで足りると思うが、確認を頼む」

「はいはい。…………はい、たしかに」

 

 思った以上の出費となったが、仕方ないと思って受け入れる。命は一つだ。何度死んでもいい不死とは違うのだ。今は、何よりも生き残る事を優先しよう。

 道具屋を出て、これからどうするかと二人へ話を切り出そうとした時だった。

 

「ね、勇者。思うんだけど、あたし達はしばらくここでレベル上げをするべきだと思う」

「レベル上げ?」

 

 一体どういう意味だろうか。そう思って問いかけると、ステラもフォンに同意するように大きく頷いていた。

 

「そうですね。幸い、この辺りの魔物は今まで見てきたものだけですし、村からあまり離れなければ危なくなった時でも退却出来ます」

「そういう事。万が一、前みたいに仲間を呼ばれて手を出せなくなっても、村まで逃げ込めば魔物も追ってはこないわ」

「そうなのか?」

 

 それが本当ならば有難い話だ。わき目も振らず町や村へ逃げ込めば安全が保障されるのであれば、今後の方針に組み込む事が出来る。

 

「ええ、本当です。魔物も余程の大群でない限り人々の多く住む場所へは近寄りません。一説によれば、神のご加護が守っているとか」

「神の加護か」

 

 そう言われてみれば、この村にも教会がある。そこが祀っているのがあのルビス様であるなら今の話も信憑性があるか。

 

「と、言う事で、あたしは数日の滞在を提案するわ。長くて三日。最短でも二日。で、その後は一旦アリアハンに戻って」

「戻る? 何故?」

 

 フォンの考えが読めず、私は疑問を投げかけるしか出来ない。もうアリアハンでする事などないと思うのだが……?

 そんな私へフォンは苦笑して指を一本立てる。

 

「もう一人仲間を募るのよ。昨日のおおがらす、魔法使いがいればもう少し話は変わったわ」

「あー、攻撃呪文ですね」

 

 ステラの言葉にフォンは深く頷いた。攻撃呪文、というと魔術の類か。やはり、それらなら空を飛ぶ相手も撃ち落とす事が叶うのだろう。それならば、たしかに必要な存在だ。

 

「そういう事。今のままじゃ、空を飛ぶ魔物にあたし達は苦戦する一方。だから、あの最低な奴らが見ただけで黙るぐらいに装備を整えて魔法使いを仲間に入れるべき。あたしの見立てだと、あそこにいた奴らのほとんどは近隣から来てるわ。あたしみたいに旅の扉を使って大陸を渡って来たのは少数でしょうし、ならここでレベルを上げていけば取っ組み合いになっても勝てる」

「旅の扉?」

 

 先程から知らぬ言葉ばかり出てくる。だが、それも当然だ。私はこの世界の事を何も知らないに等しい。フォンやステラの知識は、もしかすればこの世界の者ならば知っていて当然かもしれぬが、私にとっては未知なる知識なのだ。

 

「勇者様はご存じないでしょうね。旅の扉とは、各地を繋ぐ不思議な道のようなもので、その存在は一部の者達にしか知られていません」

「主に冒険者や商人辺りね。管理も、大抵はその旅の扉近くの国が行ってるの」

 

 次から次へと新しい情報が告げられる。だが、それを私が全て記憶する必要はないと気付いた。今の私には、ステラとフォンがいる。彼女達が知っていて覚えていてくれるのなら、私は多少覚えていればいいのだ。

 

「そうなのか。フォン、ステラ、二人に感謝を。これでまたこの世界を知る事が出来た」

「大げさ。ま、でも勇者らしいよ」

「ふふっ、そうですね」

 

 揃って苦笑する二人だが、それが私からすれば彼女達らしいと思う。ともあれ、当面の方針は決まった。要はこのレーベを拠点に己を磨き、装備を整えればいいのだ。

 こうして私達はまず宿へ戻り、一日分の宿代を払って部屋を押さえてもらう事にした。今、レーベを訪れる旅人や商人は少ないらしいが、念には念をと思っての判断だ。

 いざ夜を迎え、疲れて帰ってきたら泊まれる部屋がないでは意味がない。

 

「さてと、じゃあ目標を決めましょ」

「「目標?」」

 

 フォンの告げた言葉に私とステラの声が重なる。目標とは、何の目標だろうか。倒す魔物の数だろうか。あるいは貯めるGの金額だろうか。

 

「漠然と戦ってたらただの殺生でしょ? いくら魔物とは言え、殺す事を目的にはしたくないじゃない」

 

 その言葉に私は思わず頷いた。あの世界では、目的のためにソウルを求めるあまり、気付けば目的と手段が入れ替わる者達がいたのだ。

 私も、時折そうなりかけた事がある。使命を果たすために恐ろしい相手を倒してソウルを手に入れていたのが、気付けばいつしか、そのソウルを得る事を楽しみだと考えるようになっていたのだから。

 

「そうですね。魔物とはいえこの世に生を受けた命あるもの。それをただ徒に殺しては、私達の方こそ魔物になります」

「そう、だな。その通りだと私も思う。ただ目的なく殺すは、人にあらず」

「じゃ、人であるために目標を定めるわね。一つは勇者の装備よ。せめてどうのつるぎやかわのよろいぐらいは持って欲しいわ」

「私は今のままでも」

「いけません。勇者様の装備は先程私に盾をくれた事で心もとなくなりましたから」

 

 普段よりもいささか強い口調でステラが私を嗜めてくる。フォンも同意見なのか無言で頷いていた。どうやら思った以上に盾を手放した事は大きな意味を持ってしまったようだ。

 だが、この世界での戦いは盾受けをするよりも回避する方が多く、またその方が戦い易いように感じているのだ。

 あの世界では、強敵だけでなく我を失った不死からさえも攻撃が当たれば死に繋がり易かった。対してここはそうでもない事が多い。

 特に一撃の重さに関しては比べるまでもなく魔物達の方が低いと感じている。そう、故に王は私へ盾ではなく鎧を与えたのだろう。

 

「だから、最優先は勇者の鎧や武器。欲を言えばここで売ってるくさりがまが欲しいけど……」

「高いですもんね、くさりがま」

 

 店で聞いた価格が甦る。たしか320Gだったか。あまりにもな大金だ。”どうのつるぎ”が三本、”けいこぎ”なら四つも買えてしまう。

 

「とにかく、今は資金を貯めてレベルを上げましょ。この辺りの魔物なら、例え奇襲されても危なげなく対処出来るぐらいに」

「分かった。たしかにそれぐらいの目安は必要だ」

 

 フォンの挙げてくれた例えは私には分かり易いものだった。それにしても奇襲、か。そういう意味で思い出すのはあの深淵の監視者との戦いか。

 

 あのファランの城塞での戦いは最初こそ一対一なのだが、途中からもう一体現れて共に私へ迫ってきた。そこから更にもう一体赤い目をした者が召喚され、それは私だけでなく最初からいた者達へも攻撃するという存在だった。

 その事に気付いた私は、赤い目の騎士が召喚されるまで凌ぎ、その赤い目が元からいた者達を攻撃するのを見届けてから反撃に出るようになった。

 

 ただ、最初はその事に気付かず、急に背後から斬られた時は何事かと思ったものだ。まさか三体目の召喚があるとは予想外だったな。

 

「それでフォン、先程まず一つと言ったと言う事はまだ定めるべき目標があるのだろう?」

「ええ。もう一つは最初に言ったレベルで判断する」

「あの、フォンさん? 多分ですけど勇者様はレベルについてご存じないのでは?」

「……そうなの?」

 

 こちらを見て目を丸くするフォンへ私は静かに頷くしかなかった。ただ、知らぬとは言え大体予想はついている。あの世界で火防女にやってもらっていた事に近いのだろうと。

 あちらではソウルを必要としたが、こちらでは何か別の物を必要とするのだ。もしや、それがGなのだろうか? いや、それにしては別段力のような物を感じたりはしなかった。では、一体……?

 

「やっぱり。ほら、思い出してくださいフォンさん。あの酒場で勇者様はこう言っていました。一人でレーベまで行って帰ってこれるぐらいにはしたと。レベルの事を知っているならそれを口にすればいいだけです」

「あー、成程ね。ん? てことは、勇者ってレベルいくつなのかしら?」

「教会でお告げを聞きましょう。それと、旅路の無事を祈っておきたいです。思えば、昨日は疲れて行く事を忘れていましたし」

「そうね。勇者もそれでいい?」

「ああ、構わない」

 

 こうして私達は村の教会へと足を運んだ。そして神父より神のお告げを聞く事となった。その結果、私のレベルは理解しがたいものと分かった。

 

「「レベルが二つある?」」

「あ、ああ。神父殿が言うには、私のレベルは4と2だそうだ」

 

 こちらを不思議そうに見つめる二人へ、私は聞いた事をそのまま告げた。神父殿も困惑しきりだったのをよく覚えている。こんな事は初めてだと、そう言って首を傾げていたのだから。

 それは目の前の二人も同様らしく、揃って首を傾げている。だが、私はおぼろげではあるがその理由に見当を付けていた。

 

 要は、アルスの体のレベルと私の魂のレベルではないかと。このアルスの体を動かしているのは火の無い灰である私だ。そのため、レベルという概念が体と魂双方に働き、二つのレベルが聞こえるという事になったのではないかと私は思う。

 

「う~ん……ま、いいわ。最低でも2なのよね? もしそれであれなら頼もしいし、もし4だとすれば十分よ。ステラ、あんたは?」

「私は5でした」

「そっか。あたしは6。こうなると、誰かが一つレベルを上げるかを目標にしましょうか」

「分かった。で、どうすればレベルは上がる?」

「ゆ、勇者様、それは察してください」

「いいのよ。勇者、魔物を倒していればその内上がるの。多分だけど、勇者は一人でここまで来てアリアハンへ戻ったんでしょ? その途中で魔物達を倒したからレベルが上がってたんだと思うわ」

 

 それを聞いた時、私は思わず愕然とした。この世界では、ソウルがないだけであの世界と同じ事をしていれば強くなるのかと、そう気付いてしまったからだ。

 もしや、ここは闇の時代となったあの世界の遠い未来なのだろうか? あるいは火継ぎとは別の、世界を照らす手段を見つけ出した世界なのかもしれない。

 

 もし、仮にそうならば、私がここへ召喚された意味が分かる。この世界を旅し、魔王を打ち倒してルビス様を御救いする事で、この世界を照らす光のもたらし方を知れるからではないか、と。

 

「……フォン、ステラ、こうしてはいられない。早く村の外へ出て目標を達成するべく行動しよう」

「勇者様? どうかしましたか?」

「どうか、とは?」

「急に顔つきが変わったのよ。何て言うの、やりがいとか生き甲斐が見つかったみたい」

 

 フォンの言葉に私は思わず笑ってしまった。そうか。そこまで顔に出ているのかと。何せ、アルスとしてだけではなく私としても、この世界を魔王の脅威から守り抜かねばと思う理由が出来たのだ。

 

「ああ、そうだ。今、私は生き甲斐を見つけられたのだと思う。いや、気付けたのだ。フォン、ステラ、二人に感謝を。二人とこうして出会い、話をする事がなければ、きっと私はこの事に気付く事は出来なかった」

「な、何よ。大げさね……」

「そ、そうですよ勇者様」

 

 何故か二人揃って顔を赤らめているが、今の私の言葉が聞いていて恥ずかしさを感じるものなのだろうか?

 少し客観的になって考えれば、十六の少年が村とはいえ人通りのある場所で、大仰に生き甲斐に気付いたと言っているのだ。たしかに恥ずかしさを覚えるかもしれん。

 

「いや、すまない。だが、それぐらい私にとっては天啓にも等しい気付きだった。それを得られたのは、二人のおかげだ。それだけは分かってくれると嬉しい」

「っ! はいはい! じゃ、ステラ、行きましょ!」

「あっ! はいっ!」

 

 こちらへ背を向けて慌てるように動き出すフォンとステラを見つめ、私は困惑するしかなかった。今の言葉は別段聞かれても恥ずかしくないと思うのだが……?

 ともあれ、置いて行かれるのは困る。私もその後を急ぎ追い駆けて隊列を組んだ。私を先頭として、村の外で魔物達と戦う事およそ半日、ステラの魔力(FP)が尽きたところで今日は撤収となった。

 

 宿の部屋は当然二部屋。ただ、食事は一部屋で行った方が色々と都合がいいため、私に割り当てられた部屋に集まる事になっている。

 

「やっぱりおおがらすが面倒よね」

「ドラキーもです。催眠呪文(ラリホー)は分かっていても厄介ですから」

「たしかに、ステラはよくかかっていたな」

「勇者様ぁ」

「あははっ、ホントホント。よく眠りこけてくれたもん」

「フォンさんまでぇ」

 

 食事を終えたところで今日の戦闘を振り返っての会話。これも、私には新鮮な時間だ。これまで誰かとその日あった事や経験した事などを語り合うなど、する事も無ければ必要もなかった。

 本来であれば、魔物との戦いは命がけでありこのように笑い話にしてはいけないのかもしれない。だけれども、今を生き残る事が出来たからこそそう出来るとなれば、むしろ笑い話にしてしまわねばいけないのかもしれないとも思う。

 

 私は、上手く笑えているだろうか? 不死の頃は感情などほぼ死んでいたようなものだった上、顔を晒す事も避けていた。このアルスの体となって、幾分か人らしいものが戻ってきてはいると思う。

 だが、それでもステラやフォンのようには、いやこの世界にいる者達には到底及ばないと感じているのだ。

 

「でも、正直ドラキーとおおがらすが揃って出てきた時は焦ったよ。不意打ちを防げたのは良かったけど、下手をしたら全滅してたかもしれない組み合わせだった」

「私も同感だ。もしあそこにバブルスライムがいたら、きっとその最悪の結末が待っていたはずだ」

 

 ステラが呪文で眠らされ、私が彼女を守りながら戦う事を余儀なくされた時は久しぶりに死を覚悟したぐらいだ。

 

「毒、か。一応どくけしそうも買っておく?」

「それがいいかもしれません。僧侶の覚えられる呪文に解毒呪文(キアリー)がありますが、私はまだ習得出来そうにありませんので」

「そっか。勇者、明日また道具屋に行きましょ。やくそうも今日でお互い使っちゃったし、補充もした方がいいじゃない?」

「そうだな。それと、ここでの滞在は明日までにしたい。明後日にはアリアハンへ戻り、酒場を訪ねようと思う」

 

 私の提案に二人も迷う事無く頷いてくれた。目標に届いたとかではない。今日の戦闘で分かったのだ。今のままではこの辺りの魔物が勢揃いしただけで全滅の可能性が高いと。

 そのためには人数を増やすだけでなく空の敵への対応が出来る者が必要だ。その両方を満たす魔法使いを仲間に迎え入れたい。そう二人も考えてくれているのだ。

 

「なら、アリアハンへ行く前にかわのよろいを手に入れておきませんか? 明日次第ですが、上手くすればそれとどうのつるぎを揃えられるかもしれません」

「そうね。勇者、パーティーの顔はあんたなんだし、いいわよね?」

「ああ、異論はない。いつまでも勇者がこんぼうでは格好もつかないだろうしな」

 

 その瞬間、二人が吹き出すようにして笑った。その顔が、とても可憐で綺麗だと感じられた。そして同時に思うのだ。彼女達は、魔王さえいなければ今も冒険者などにならず、可憐な乙女として故郷で平和に暮らしていたかもしれないと。

 

 そう思えば、魔王を倒さねばという気持ちも強くなるというもの。ステラやフォンもきっと今の私に近い思いを抱いて冒険者となったのではないだろうか。

 

 私がそんな事を考えながら二人を見ていると、彼女達もこちらが見ている事に気付いて視線を向けてきた。

 

「勇者、どうしたの? あたし達の顔に何かついてる?」

「それとも気になる事でも?」

「ん? ああ、いや、そうではないんだ。ただ、笑う二人がとても可憐で綺麗だと思った」

「「っ?!」」

 

 問いかけに答えた途端、二人が頬を赤めて目を見開いた。それがどうしてか分からぬ私へ、二人は少しだけ黙っていたかと思うと、揃ってため息を吐く。何なのだろうか?

 

「ステラ、もしかして勇者ってさ」

「何も言わずとも分かります。きっとそうです」

「二人共? 一体何の話だろうか? 私に何か至らぬ点でもあったのだろうか?」

「「そういうところ(です)」」

 

 返された言葉に首を傾げるしかない。

 

 この後、二人へ詳しい説明を求めても答えてくれなかった。フォンはおろかステラさえも、てがかりさえくれずに揃って割り当ての部屋へと戻っていったのだ。

 一人部屋に残された私はこう思うよりなかった。女心とは難しいものなのだな、と。そしてこうも痛感する。不死でない生身の者達は、何と精気に満ち感情豊かであるのかと。

 

―――私には、まだあのように心を動かす事は出来ないかもしれない……。

 

 

 

 もしかすれば、昨夜の懸念は予感だったのかもしれない。あるいは、知らず知らずの内に災いを呼び寄せていたのかもしれない。

 

 翌朝、道具屋にて”やくそう”と”どくけしそう”を買い足した私達は、昨日と同じく村の外で魔物を相手に戦闘を行っていた。

 そんな時だ。私達の前に魔物の群れが現れたのは。それも、同一種の群れではなく種々様々な魔物の群れだ。バブルスライムとおおがらすが一匹にドラキーが二匹、更にいっかくうさぎまでもいる計五匹の群れ。

 

「勇者、どうする?」

 

 魔物達を警戒しながらフォンが小さな声で問いかけてくる。ステラも私の背で盾を構えながら魔物達の様子を窺っていた。

 

「逃げるべきだが、下手をすれば挟撃の形になりかねない」

「ちっ、そういう事ね」

 

 おおがらすは仲間を呼べる上に飛行が可能だ。となれば、逃げだしても回り込まれる可能性が高い。

 

「で、では、どうしますか?」

「……フォン、ドラキーを頼めるか? 私は残りの注意を惹き付ける。ステラは村へ逃げてくれ。それで魔物が追ってくれれば、今度は逆にフォンがその魔物を追い駆けて欲しい」

「に、逃げる、のですか?」

「……成程ね。あたしと勇者で足止めして、ステラを逃がす。で、それを魔物が追い駆ければ戦力が分散されて倒し易くなる、か」

「ああ。数の有利が崩せないのは不味い。なら、攻撃力に劣るステラには身の安全を確保すると同時に囮もやってもらいたいのだ。頼めるか?」

「……はい、分かりました」

 

 凛々しい表情で頷くステラへ小さく頷き返し、私はフォンへ目を配る。それに気付いて彼女も目を合わせて小さく頷いた。

 

「ステラ、走れっ!」

「はいっ!」

「はあぁぁぁぁっ!」

 

 私の声と同時にステラが走り出しフォンがドラキーへ向かって跳んだ。それを邪魔しようとするいっかくうさぎへ私は立ちはだかり、手にしていた”こんぼう”で叩き落した。

 

「ぐっ」

 

 ただ、無傷とはいかず右わき腹に傷を作ってしまったが。それでもその一撃でいっかくうさぎは倒れ、何枚かのGが出現する。

 

「っ!? フォンっ! 大丈夫か!」

 

 いつの間にか近くにいたバブルスライムのブレスを回避し、私はフォンへ意識を向けつつ周囲の警戒を続けた。フォンはドラキーを一匹仕留めた割に、どこか悔しげに拳を握りしめていた。

 

「大丈夫、とは言い難いね。これじゃあたしも、ステラの事笑えないかも……」

 

 返ってくる声に普段のような力強さがない事に気付き、私はまさかと思って息を呑む。

 

「眠りの魔術を受けたかっ!?」

「……何とか眠る事は避けられてるけど、正直意識が朦朧としてきてる」

 

 やはりか! そうは思うも今の私には何も出来ない。バブルスライムを牽制しつつ残るドラキーへも注意を払わねばならないからだ。

 と、そこで気付いた。おおがらすの姿がない。ハッとして村の方へ目をやれば、ステラを追うように飛ぶ黒い影が見えた。

 

「フォンっ! しっかりっしろ! 私の声が聞こえるのならぁ! ステラの後を追ってくれっ! おおがらすが狙って……いるっ!」

 

 バブルスライムの攻撃をかわし、ドラキーのラリホーを警戒しながら私は大声で叫ぶ。フォンの体がフラフラとしているからだ。

 ドラキーも今はフォンよりも私を狙うべきと判断したのだろう。フォンを放置し私を襲ってくる。ラリホーは使ってきていないが、おそらくここぞというところで使うつもりなのだろう。

 あれが、ドラキーにとっての切り札なのだ。

 

「仕方ないっ!」

 

 後で怒られるだろうが、今はそれしか手が無い。そう思い、私はローリングで回避しつつ移動し、いっかくうさぎを倒した場所へと戻り、そこに落ちていたGを一枚拾ってフォンへと投げた。

 Gはフォンの体へと吸い込まれるように向かい、その脇を直撃した。これなら……。

 

「ったあっ! もうっ! 何すんのよっ!」

「意識が戻ったか! 文句や不満は後でいくらでも聞こう! ここを頼むっ!」

「言ったわねっ! 後で覚えてなさいっ!」

 

 ステラを追い駆けてもらおうと思ったが、寝起きに近いフォンより私の方がいいと思って走り出す。

 その瞬間、傷を負った箇所が痛むが、構うものかと足を動かす。すると私を追い駆けるようにバブルスライムとドラキーが動いたようだが、それを阻む者が今はいる。

 

「行かせないわよっ! さっきのお返し、させてもらうんだからぁ!」

 

 私は背後から聞こえた声に感謝し、遠くに見えるステラの背を追った。おおがらすはどうも仲間を呼ぶ暇がないようで、ステラを攻撃する事に集中している。

 ステラもその攻撃を何とか避けながら村を目指して走っているが、その速度は当然落ちていた。だが村はもう目の前だ。これなら何とかなる。そう思って私は痛みを堪えて走り続けた。

 

 その時だった。見つめていた背が、ゆっくりと倒れていったのは。

 

「っ?! ステラっ!」

 

 村が近くなった事で気が緩んだのか、ステラが転んでしまったのだ。その隙を見逃す魔物ではない。これまでの威嚇に近い落下攻撃ではなく、本気の突撃をしかけようと若干だが高度を上げたのだ。

 ステラは慌てて立ち上がろうとするが、それが足をもつれさせて手間取っている。このままでは不味い。そう思った私は咄嗟に”こんぼう”を投げつける事にした。

 当てようと思っての事ではなく、時間を稼ぐための行動だ。おおがらすは私の投げた”こんぼう”に気付き、突撃を途中で止めて回避した。

 

 だが、その僅かな間で私は何とかステラの傍へと間に合ったのだ。無理矢理速度を落として止まったためか、傷口が大きく痛んだが。

 

「ぐっ……す、ステラ……っ。大丈夫か?」

「ゆ、勇者様……」

「無事の、ようだな……っ!」

「はいっ!」

 

 怯えすくんだようなステラへ私は何か気の利いた事を言う事は出来ず、ただ無事を確認する事しか出来なかった。それでもステラには十分だったのだろう。泣きそうな顔ではあるが笑ってくれたのだ。

 痛みに呻く顔を見せないようにした事もあってか、ステラは私の傷には気付かないでくれた。

 平時であれば癒しを頼むところだが、今の彼女は恐怖で余裕がないだろう。ならば、今は余計な不安の種を知られぬ方がいい。

 おそらく漏らす息や声は走ったためと思ってくれているはずだ。

 

「それは……っ良かった。ただ……」

 

 手元に武器はなく、未だにおおがらすはこちらを攻撃しようと上空で睨みつけてくる。”こんぼう”は……とてもではないがすぐに届く距離にはない。

 万事休す、か。それでも、ステラを殺される訳にはいかない。例え無手でも勇者の名に賭けて、ステラを、生ある人を守ってみせよう。

 

「ステラ、立てるな? ここは私に任せて村へ行け」

「っ!? でもっ!」

「頼む。私一人であれば、何とかなる。ただ、ステラがいると今の私では守り切れるか分からないのだ」

 

 見ればフォンも苦戦している。顔色が悪いので毒にやられたのだろう。おそらくだがドラキーのラリホーを警戒して、バブルスライムのブレスにやられてしまったのだ。

 

「……来るか」

 

 おおがらすは、どうやら私が武器を取りに行くところを狙おうとしていたらしい。こちらが動かないと判断するや、再び突撃をしようと高度を上げたのだ。

 

「勇者様、これをお使いください」

 

 その声と共に私の手に握らされたのは、二つの装備だった。”ひのきのぼう”と”かわのたて”である。

 

「ステラ、これは……」

「今の私には必要ないものです。でも、今の勇者様には必要かと。それに癒しも」

「……貴女に感謝を」

 

 私の言葉へ返ってきた優しい声と、温かな感覚。傷口へ白くて綺麗な手が添えられ、淡い光がそこを癒していくのが分かる。

 それと共に体中に力がみなぎるような感じがしてきた。今の私ならば負けぬと、そう確信出来るような何かが。

 

「勇者様、私は逃げません。ここで勇者様と共に戦います」

「そうか。それは頼もしいな」

 

 勢いを付けて向かって来るおおがらすを見つめ、私は意識を集中する。迫り来る魔物を突き出される槍と思って。

 

「勇者様っ!」

「っ!」

 

 おおがらすの嘴が私に迫った瞬間、無意識に左手が動く。盾が嘴を弾いておおがらすの体勢を大きく崩した。すると、その動きがゆっくりに見える。

 これは、あの世界でも何度かあった感覚だ。そう、これは相手から致命を取れる時にだけなる、あの感覚だ……っ!

 

「……へ?」

 

 ステラの声で私は我に返った。視線の先では、おおがらすの体へ私は右手に持った”ひのきのぼう”を突き刺していたのだ。その光景を認識すると同時にその体が消えてGとなる。

 

「い、今のは……」

「ステラ、これをもう少し貸して欲しい。フォンを助けたいのだ」

「え? あっ、はい、どうぞ」

「感謝する。それと、私に付いて来て欲しい。フォンにも、癒しが必要だ」

「っ! はいっ!」

 

 そうして私はフォンの救援に間に合い、ドラキーとバブルスライムを倒して何とか命を繋いだ。ちなみに”こんぼう”はステラが拾って届けてくれた。まぁ、それを持って来たところで転び、逃げようとしたバブルスライムを倒したのは驚いたものだったが。

 

 そのすぐ後、フォンは”どくけしそう”で解毒し、ステラのホイミで体力を回復してもらった。地味に辛かったのがG拾いだった。

 何せおおがらすは村近くで倒していたし、他の魔物もあちこちで倒していたため意外に手間取ったのだ。そうして三人揃って無事に村へと帰還し、疲れを癒すべく宿へと向かい部屋を二つ確保してこの日は終わる。

 

 と、思っていたのだ、私は。

 

「さてと、無事に宿に戻ってこれたところでぇ……」

 

 宿の一室で、私は床に座らされていた。目の前にはフォンが腕組みをして立っていて、ステラはベッドに座ってこちらを苦笑いしながら見つめている。

 

「非常事態だったのは分かる。だけどね、だからって乙女の体へG投げつける? ていうか、勇者! あんた、困ったら投擲する癖止めなさいっ! 今日なんてGだけじゃなくこんぼうまで投げたって言うじゃないっ!」

「それは」

「言い訳無用っ! 最後の戦いで拾ったGで一番見つかり難かったの、どれか忘れてないでしょうね?」

「…………私が飛んで逃げようとしたドラキーへ投げたGだ」

「そうよっ! あれがドラキーを貫いて行ったもんだから大変だったのなんのって」

「だから1Gぐらい捨て置こうと」

「甘いっ! 1Gを笑う者は1Gに泣くのよ! 大体ね……」

 

 そこから続くフォンの説教。私は反論も許されないまま、それを黙って聞くしかなかった。そんな私を、ステラはどこか子供を見るかのように見つめ、優しく微笑んでいた……。




大量のソウルを失う経験をしていた勇者にとって、Gを失う事など痛くもかゆくもない事。
だから、彼にとってGとは敵が落とす通貨にして投擲アイテム。銭投げ勇者の誕生である。

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