その灰は勇者か? それとも……   作:人間性の双子

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おなべのふた

文字通り、家庭にある鍋の蓋。だが、侮ってはいけない。鍋は金属で出来ている。
その蓋もまた、金属で出来ている。金属である以上、それは肉よりも硬いのだ。
難点があるとすれば、本来盾として作られていないため持ちにくい事と、その耐久性の低さだろう。

これが出回る切っ掛けは、使っていた鍋が使えなくなってしまい、残った蓋をもったいなく思った商人が捨て値で売った事だと言われている。

物の用途は一つではない。使えぬと思った物も、みかたがかわれば使える事があるのだ。


信頼の成長

「これ程まで変わるとは……」

 

 レーベを目指して歩く私達は、隊列を組んで周囲へ気を配りながら移動していた。先頭をフォン殿、その後ろにステラ殿、そして最後尾が私だ。

 この順番に当初二人は難色を示した。私は勇者でありこの集まり(パーティー)(リーダー)なのだから、と。

 だが、私はだからこそこの順番にした。その理由はこうだ。目も良く、気配察知などにも優れるフォン殿に先頭を歩いてもらい前方の様々な事へ警戒してもらい、あの世界での経験からある程度の事では動じない私が最後尾で後方からの奇襲を警戒する。ステラ殿は神の奇跡によって回復を行えるため、私やフォン殿の支援が出来る位置が望ましい。

 こう告げると二人は理解してくれたようで、それならばと提案に従ってくれたと言う訳だ。

 

 そんな風に移動を開始すると、当然ながらスライムなど敵ではなく、遂に遭遇したいっかくうさぎさえも、フォン殿の素早い攻撃へ私が合わせる事で苦労せず倒す事が出来たのだ。

 更に言えば、これまでなら逃げるしかなかった三匹以上の魔物のむれを相手にする事も出来、あれ程慎重にならざるを得なかった一人旅とは別世界のような印象を受けていた。

 

「勇者様、見てください。もうこれだけのGが貯まりました」

「背後からの奇襲を勇者が見てくれるおかげで、あたしも大分気が楽だよ。ステラも、さすがに戦闘中はドジやらかさないようだしね」

「当然ですっ! というか、私だって好きでドジをする訳じゃないんですからねっ!」

「当たり前でしょ? もし狙ってやってるのなら、あんたは神官よりも遊び人が向いてるって」

「あ、遊び人っ!? フォンさん、いくら何でも失礼ですっ! 私は神に仕える僧侶なんですよっ!」

 

 まるで獣のように唸るステラ殿をフォン殿はどこか楽しそうに見つめている。遊び人、とはどういう事だろうか? ステラ殿はたしかに危うい時もあるが、基本的に真面目で誠実な人物と思うのだが……?

 

「すまないが、一つ教えてもらえるだろうか?」

「「何(ですか)?」」

「何分世間知らずなもので、お二人が話している遊び人という意味が分からないのです」

 

 私がそう告げると、二人は虚を突かれたような顔をした。そこまでおかしな事を私は聞いたのだろうか。だが、生憎とあの世界には遊び人という存在はいなかった。似たような印象を受ける者は……いなかったな。そもそもあの死に満ち溢れた世界で遊ぶという発想を持てる事自体、凄まじく強い心の持ち主だろうから。

 

「やっぱ勇者ってどこかずれてるよ。言葉遣いが年に似合わず落ち着いてるし、あたしやステラを呼び捨てにしないし」

「お二人の方が年上であり、冒険者としても先達だから当然では?」

 

 そう、今朝食事を終えて城下町で旅支度を整えている時、フォン殿から堅苦しいので名前を呼び捨てで構わないと言われたのだ。

 だが、ここでは私は十六の少年であり、いかに勇者と呼ばれた者の子といえ駆け出しの冒険者に変わりはない。更に二人の方が年上であるとも知り、ならばと言葉遣いを多少改め、そんな事は出来ないとそう伝えて丁重に断ったのだが……。

 

「勇者様のお気持ちは嬉しいです。でも、これから私達は共に魔王を倒す仲間なのですから、もっとお互いに心の距離を縮めるべきかと」

「心の、距離……」

 

 聞き慣れぬ言葉だ。そもそも心の距離とは一体なんだろう。不死の中には心どころか意思さえ持たぬ者達が常だった。

 私も、使命や火防女やあの鍛冶師などがいなければどうなっていたか。

 おそらく、長い旅路の途中で我を失い、不気味に彷徨う事になっていた可能性は高いだろうな。

 

「それとも、そういう口調にしていないと女を名前で呼ぶのは照れくさい?」

 

 フォン殿が私をからかうように見つめて問いかけてくる。照れくさい、か。そんな感情は持ち合わせていないが、僅かに抵抗があるのは事実だ。

 まだ私は彼女達と肩を並べられると自分で思えない。いや、違うな。あの店で自身に課した事を果たすまでは、私は彼女達から勇者と呼ばれるに値する資格を得たと思えないのだ。

 

「……照れくさいと言うよりは、自分に納得が出来ないのです。まだ、お二人を名で呼び捨てるには、私は未熟だと」

「未熟、ね。勇者、一つだけ言わせてもらうよ。たしかにあんたの考えは立派だし、亡くなったオルテガさんの事を意識するのも分かる。だけど、人の厚意や善意を断り続けるのは不幸にしかならないんだからね?」

「人の厚意や善意……」

「フォンさんの言う通りです。勇者様、もう少しご自分を認めてください。目指す目標を高くするのは良い事ですが、そのためにご自身を苦しめ過ぎるのは良くありません」

「自分を、認める……」

 

 フォン殿とステラ殿の言葉が不思議と胸に響く。どちらもあの世界では通用しない考えかもしれない。だが、ここならばそれはあって当然の考えだ。

 人の言葉の裏を考え読み取ろうとして警戒する事も、火の無い灰故に価値などないと卑下する事も、ここでは必要ないと。

 

「……感謝します、フォン殿、ステラ殿。ですが、まだ私はその考えを抱くに至れません」

 

 感謝を述べ、私は二人の顔を見た。どこか悲しそうな顔をするステラ殿と、分かっていたように苦笑するフォン殿を。

 

「それでも、お二人のお気持ちを無下にするのも気が引けます。なので、レーベへ到着するまでにお二人の事を名で呼び捨てられるよう、自分を認められるよう、己自身と向き合ってみようと思います」

「勇者様……っ!」

「あははっ、勇者らしいよ。じゃ、期待してる。ね、ステラ?」

「はいっ! 勇者様、早くレーベへ行きましょう!」

「ステラ殿、あまり大きな声を出さないで欲しい。魔物に気付かれやすくなる」

 

 笑顔で動き出すステラ殿へ注意を促し、私はフォン殿へ視線を向けた。フォン殿はそれで私の言いたい事を察してくれたようで、少しだけ急ぎ足でステラ殿の前に出た。

 

 先を歩く二人を見つめ、私は何とも言えない感覚に陥っていた。あの世界でも似たようなやり取りはあったかもしれない。だが、ここまで胸に響く事はなかったはずだ。

 人でなくなった私だったからそうだったのかもしれない。今の私は、正しく人である体となっているから異なっているのかもしれない。

 

「それでも……」

 

 人の厚意や善意。自分を認める。これらは、あの世界では私に出来なかった事だ。どこかで疑い、完全に受け入れる事が出来なかったのだから。

 けれど、ここに生まれ育った二人は違う。それらをしっかりと受け止め、受け入れられるのだ。ああ、やはりここは光の時代だ。人の持つ闇を知りつつも光を信じられる者達がいるのだから。

 

「……私には無理でも、アルスならきっと出来たはずだ」

 

 呟く言葉に思った以上に強く納得する。そう、ここで生まれ、育ち、父の遺志を継ごうと決めた少年ならば、あの二人の事をもっと気安く呼び、絆を深めていけただろう。

 

「ならば、私なりにアルスへ近付いてみなければ」

 

 勇者とは、何も武勇に優れるだけではいけない。その名の通り、勇気を持つ者でなければならぬ。私には敵と戦う勇気はあっても、人を信じる勇気が欠けている。それを、ここで克服していこう。

 

「勇者様、どうかされました?」

「ぐずぐずしてると日が落ちるよ」

 

 足を止めていた私に気付いて、二人が立ち止まって振り返っていた。そうだ、いきなり全ての人の厚意や善意を信じられずとも、あの二人ならば信じられるはずだ。

 

「ああ、分かっている」

 

 少し駆け足で二人へ追いつく。”どうのつるぎ”を得ていなくても、あの二人にとってこの身は勇者だ。ならば、その事を誇りに胸を張らねばいけない。

 ここでの私は火の無い灰ではなく勇者アルス。人を疑い傷を負わぬより、人を信じて傷付くべきなのだ。闇を恐れて光を遠ざけるなど意味がない。闇を恐れず、光を目指し続ける事こそ勇者のはず。

 

「フォン殿、ステラ殿、隊列を変えたい。私を先頭にして欲しいのだ」

「「え?」」

 

 私の申し出に二人が揃って小首を傾げる。そうだろうと思う。私が自分でこの隊列を提案したのだ。それを私が変えると言い出したのは、まったくもって矛盾している。

 

 だが、それは以前までの私だからだ。

 

「ステラ殿の位置は変えず、私とフォン殿を入れ替えたいのです」

「それはいいけど、理由は?」

 

 当然のようにフォン殿がそう問いかけてきた。ステラ殿も同じ事を聞きたいのだろう。だから答える。不死だった私ではなく、アルスとしての私で。

 

「お二人を守りたいのです。これでも男の端くれ。女性の背に隠れるような事は、避けるべきかと考え直しました」

「勇者様……」

「へぇ、あたし達を守りたい、か。いいよ。じゃ、あたしが後方からの奇襲を警戒してあげる」

「感謝します」

 

 こちらを見て嬉しそうに笑みを見せる二人に、私は自分の提案が間違っていなかったと感じられた。

 どうすれば生存率を上げ危険性を下げられるかは重要だ。だが、それだけではいけない。この身が勇者ならば、常に先陣を切って周りを勇気づけねばならないのだ、と。

 

 ”かわのたて”と”こんぼう”を手に平原を進む。一人の時は二時間以上かかった道のりを、三人でその半分以下で進む。

 途中で遭遇する魔物も、一体ならば私が注意を惹き付けフォン殿が素早い一撃で崩し私がトドメを刺すのを基本とし、複数ならば私が囮として魔物達の関心を集めフォン殿が倒しやすい魔物から確実に仕留めていく事で最小限のダメージで済んでいた。

 

 が、それも対処が分かっていたスライムやバブルスライムなどだ。遂に私達は遭遇した。ドラキーではない。もう一種類の私が遭遇しなかった魔物、おおがらすに。

 

「一匹か。なら何とでもなるね」

 

 フォン殿の言葉に私も頷く。幸いこちらに気付いてないようだ。これならば苦労せず倒せるだろう。

 

「で、でも、油断は出来ません。おおがらすは他の魔物を呼ぶと聞きました」

 

 ステラ殿の言葉に私は息を呑んだ。そんな事をする魔物がいるのか。もしそうなら、私一人の時に遭遇していれば、最悪の結果となっていたかもしれない。

 

「なら、呼ぶ暇を与えずに倒すだけ。そうだよね、勇者」

 

 あっさりと言いのけるフォン殿にらしさを感じ、私は少しだけ気が楽になるのを覚えながら頷いた。そうだ、今の私は一人ではない。仮に魔物が二匹に増えようと何とか出来るのだ。

 

「じゃ、開幕の一撃は任せるよ。あたしは、それで仕留め切れなかった時に」

「頼みます」

 

 攻撃力が高い私が先制攻撃を仕掛け、それで生き残った場合フォン殿が素早くトドメを刺す。これが相手に気付かれなかった場合の基本戦術だ。

 

 静かに魔物との距離を詰めていく。そして、その場から走り出して跳ぶ。いつかのバブルスライムのように、そこでおおがらすも私に気付いたようだ。

 

 だが、もう遅い。

 

「なっ!?」

 

 しかし、私の一撃は当たらなかった。バブルスライムと違い、おおがらすは飛べたために。

 私の接近に気付いたおおがらすは、慌てて羽を動かして横へ飛びつつ空へと逃げたのだ。私は”こんぼう”を握り締めたまま空を見上げる。

 

「逃がしたか……」

「いや、まだだよ勇者! あいつ、多分仲間を呼んでるっ!」

 

 フォン殿の言葉通り、おおがらすは空を飛び続けながら鳴き声を出していた。と、遠くの空から向かって来る黒い影。その数、二つ。

 

「おおがらすの援軍だね。二匹か……」

「今飛んでいるのも合わせて三匹。逃げるべきかもしれない」

「に、逃げるんですか?」

 

 やってくる魔物を睨み付けフォン殿が険しい表情を見せる。私も同じような気分だ。数が同等では危険性が跳ねあがるために。

 何しろ私はおおがらすの事を何も知らない。どのように動き、どう攻撃するのかも。フォン殿もおそらく詳しくは知らないだろう。ステラ殿が告げた情報を彼女は口にしなかったからだ。

 

 そして、そんなステラ殿は残念ながら戦闘が得意ではない。手にしている”ひのきのぼう”も何もないよりはと私が渡した物だからな。

 

「勇者の意見にあたしも賛成。ただ……」

「易々と逃がしてくれるとは思えない」

「そういう事」

「ひっ! お、おおがらす達がこっちへ向かってきますっ!」

 

 怯えるステラ殿を守るように私は”かわのたて”を構えて立つ。フォン殿はその場で身をかがめ、何か力を溜めているようにも見えた。

 

「ゆ、勇者様っ?!」

「ステラ殿、後ろに。貴女がいれば、私やフォン殿は癒しを受ける事が出来る」

回復呪文(ホイミ)が出来る奴を、きっとあいつらも狙ってくるだろうからね。勇者、ステラを頼むよっ! あたしは、一匹確実に片付けるっ!」

「フォンさんっ! 気を付けてくださいっ!」

「任せてっ!」

「……来るっ!」

 

 ステラ殿へ軽い笑みを返し、フォン殿は再び視線をおおがらす達へ向ける。私は”かわのたて”を構える手に力を込め、衝撃に備えて腰を低くした。

 

「……はっ!」

 

 そんな私の少し前で、フォン殿が速度を付けて突撃してくる一匹のおおがらすへその拳を打ち出した。その見事な一撃は、おおがらすの顔を捉えそのままその体を消滅させる。

 

「どうよっ!」

「……凄いの一言です」

 

 拳を握り締め、嬉しそうに声を上げる様はとても冒険者には見えない。歳相応の少女と言って良かった。

 二匹のおおがらすは、仲間が一撃でやられた事を受け、落下突撃を止め上空を旋回していた。ならば、私もここで守りに入っている必要はない。

 

 先程倒したおおがらすが残したGを拾い、私は旋回しているおおがらすへ向かってそれを投擲した。

 

「「えっ!?」」

 

 直後二人から驚く声が聞こえたが、どうやらその反応はおおがらす達もだったらしい。私の行動におおがらすは驚き戸惑って、投擲したGをよけようともせず直撃したのだ。

 

「勝機……っ!」

 

 落下してくるおおがらすへ向かって走り出し、私は”かわのたて”をしまうや両手で”こんぼう”を持ってその場から跳んだ。

 体勢を立て直そうとするおおがらすだったが、今度こそその行動は遅かった。私の勢いを乗せた一撃がその体を叩き落とし、地面へ激突したおおがらすは絶命すると同時に何枚かのGへと変わったのだ。

 

「凄いです勇者様っ!」

「やるじゃないっ!」

 

 後ろから聞こえる声に私は振り返る事もせず、残るおおがらすを見上げる。

 どうやら残ったおおがらすが最初に見つけたおおがらすらしい。再び鳴き声を出して仲間を呼ぼうとしている。

 

「これではキリが無い」

 

 幸い近くに仲間がいないようで、先程のようにすぐ増援が来る事はなさそうだが、かと言って時間をかければ同じ事の繰り返しとなる。

 空から落としたくても、先程の手段はおそらく通用しないだろう。あの投擲は奇策であるが、故に一度知られてしまえば対応されると感じていた。

 あの世界のように意思がないのなら同じ手も通用するだろうが、この世界の魔物は各個たる意思があるのだ。それが先程の反応であり、今の仲間を呼ぶという行動に表れている。

 

「せめて弓矢でもあれば……」

 

 おおがらすがいるのは、上空とは言えその姿がしっかりと見える程度だ。あれなら弓と矢さえあれば私でも容易に狙える。

 

「ど、どうしましょう勇者様。これじゃ何度やっても同じです」

「ですが、空にいる以上手が出せません。勢いを付けて飛んでも届かないのですから」

 

 困った声を出すステラ殿へ私はそう返すしか出来ない。分かっているのだ。このままでは不味いと。

 この場から逃げる事も考えたが、下手をすれば背後からおおがらすに追跡され、前方から別の魔物が襲ってくる状況になりかねない。

 

「……勇者、あんたのジャンプ力ってさっきのが限界?」

 

 そんな時、フォン殿からそんな問いかけをぶつけられた。

 

「そうです。故に届かないと」

「そ。じゃ、あいつへ向かってジャンプして。あたしに考えがある」

「フォンさん? 考えって」

「いいから。早くしないとまた仲間が来て面倒になる」

 

 ステラ殿へ目もくれず、フォン殿は私を見つめてそう言い切った。考え、か。以前なら問い質し確かめただろうが、今の私はこの二人だけは信じ切る勇気を持つと決めた。

 何故なら、二人が信を置くに値すると私を認めてくれたからだ。あの時、私の旅へ同行してくれると言ってくれたのはそういう事なのだ。

 

 私は、二人から信頼されるに相応しい者である。ならば、私もそれに応えようと、そう思って私は頷いた。

 

「分かりました。フォン殿を信じます」

「……ありがと」

 

 少し助走のために後ろへ下がり、私は全力で走り出した。その勢いを乗せたままその場から跳ぶ。当然私の体も腕も、おおがらすへ届かない。

 落下していく私を見て、おおがらすは馬鹿にするような声を出した。と、次の瞬間、私の背中を何かが踏んで行った。

 

「はあぁぁぁぁぁっ!」

 

 見上げればフォン殿がおおがらすへ蹴りを叩き込んでいた。まさしく会心の一撃と呼ぶに相応しいそれは、おおがらすに断末魔さえ上げさせずその体をGへと変える。

 

「っ!?」

「ゆ、勇者様、大丈夫ですか!? 今すぐ回復呪文(ホイミ)をかけますね!」

 

 体勢を崩しながらも何とか着地した私へ、ステラ殿が心配そうに駆け寄ってきた。そしてすぐに感じるあたたかな温もり。

 

「ステラ殿、すまない。助かります」

「いえ、今の私に出来るのはこれぐらいですから」

 

 ステラ殿の手が淡く光り、それが私の疲れを癒してくれる。ホイミ、だったか。まさしく神の奇跡だ。

 

「ごめんごめん。怪我とかない?」

「フォンさん! 何て事するんですかっ! 勇者様を足蹴にするなんてっ!」

 

 おおがらすの残したGを拾ってフォン殿がこちらへ申し訳なさそうに近付いてきた。ステラ殿が怒っているが、私はむしろ感心していた。

 

「フォン殿、先程の攻撃感心しました。まさか空中に足場を作って跳ぼうと考えるとは」

「勇者様ぁ!? それでいいんですか!?」

「あれ以外に今の私達に空の魔物を倒す術はないと思うのです。それをあの状況で発想出来たフォン殿は凄い」

「凄い、ね。それを言うならあたしもだよ。あたしの考えを聞いて、何も言わずに動いてくれた事、正直嬉しかったし。勇者なりにあたしを信頼してくれたんだって、そう分かったからさ」

 

 そう言って少しだけ恥ずかしそうにフォン殿は頬を掻いた。成程、そうしていると本当に年頃の乙女だ。そんな相手に私は猜疑心を向けようとしていたのか。あの世界での経験も、良し悪しだと痛感するな。

 

「お二人からの言葉のおかげです。私はお二人の厚意や善意を信じて、自分がそれを向けられるに相応しいと認めようと。故に、フォン殿の考えを問い質すのではなく、ただ信じて任せてみようと思ったのですから」

「……そっか。勇者は、あたしとステラをやっと仲間と認めてくれたんだね」

「はいっ! 良かったです!」

 

 嬉しそうに笑う二人だが、私はそこで己の至らなさに気付いた。二人は、あの酒場から私を仲間と認めてくれていた。故に名を呼び捨てて構わないという証明をしてくれていたのだと。

 それを固辞し、一向に接し方を変えない私は、考えようによっては二人を仲間と認めていないとも言えなくもない。

 

 ああ、そうか。心の距離とはそういう事だ。年齢や経験の差はあれ、それを抜きにしても信じ合い支え合える関係。それこそが仲間であり、信頼と呼べるものなのだ。

 

「ステラ、フォン」

 

 ならば示そう。私からの二人への信頼の証を。喜んで受け入れよう。二人の心を。

 

「ふぇ?」

「勇者……今……」

「人の想いや心を分からぬ未熟な勇者だが、どうかこれからもよろしく頼む。ステラとフォンの想い、心、それらを今少しではあるが私は分かったと思うから」

 

 不思議そうなステラと軽く驚いているフォンへ、私はそう告げた。あの世界では縁遠かった信頼というもの。それを、今、私はたしかに得る事が出来た。

 

「さあ、レーベへ向かおう。日が落ち切る前に到着し宿で食事を取りたい」

「っ! はいっ!」

「そうね。お腹空いてきたし、急ぎましょ」

 

 私が動き出すと同時にステラがその背に並びフォンが最後尾につく。そのまま私達は一路レーベと向かう。

 その間、魔物の群れが現れる事もあったが、驚く程戦いが楽になっていた。その理由を、今の私ならばこう説明するだろう。

 

―――信頼を得た事によって、私はより強くなれたのだ、と……。




この世界では大事なのは猜疑ではなく信頼。しかも、それはソウルなどで成長させる事が出来ないもの。まさしく人としての経験値だけが信頼を成長させる。

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