その灰は勇者か? それとも……   作:人間性の双子

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やくそう

飲めば体力が回復し傷口に擦り込めばたちまち癒す薬効のある植物。
煎じても磨り潰しても使える用途の広いもの。

駆け出しから熟練まで世話になり続ける者もいるアイテムであり、故にどこでも買える代物でもある。
資金が余ったら、あるいは持ち物に余裕があるなら買っておいて損はないだろう。

回復は大事。すればするほど死を遠ざける。


仲間との出会い

「帰ってこれた、か」

 

 レーベへ到着し二日程滞在して、再び私はアリアハンの城下町へと戻ってきた。

 

 あの緑の魔物は、想像通り毒を持ったバブルスライムと言う相手だった。

 村の道具屋で聞いた情報だと、他にもドラキーやおおがらすと呼ばれる魔物もいるそうで、ドラキーは何と眠りの魔法を使うとの事。

 幸い遭遇する事はなかったが、やはりというか魔物も奇跡や魔術の類を使用するのかと警戒心を新たにしたのだ。

 

 それもあって、二日滞在し魔物の情報を得ようとしたのだが、幸か不幸かスライムやバブルスライムには遭遇しても、おおがらすやドラキーとはついぞ出くわす事はなかった。

 

「……時刻は昼だが、酒場は開いているだろうか?」

 

 町へと入って歩き出したところで、ふと視線を左側へと動かす。そこに見える脇道を進めば、王が仲間を募れと教えてくださったルイーダの酒場があるとの事。

 酒場と言うからには夜しか営業しないと思うが、念のため立ち寄ってみるか。例え開いていなくても、行く事で何か得られるものもあるかもしれない。

 

 そう思ってルイーダの酒場へ向かったのはいいのだが、少々拍子抜けしてしまった。

 

「ごめんなさいね。冒険者達はみんな夜にならないと来ないのよ」

「そうですか」

 

 結論から言えば酒場は開いていた。ただ、肝心の冒険者達が一人もいなかったのだ。店の主人である女性に話を聞けば先程の言葉が返ってきたと言う訳だった。

 

「それにしても、坊やがオルテガさんの息子ねぇ」

 

 こちらを品定めするように見つめる女主人。正直あまり気分は良くない。だが、その視線も仕方ないと思って受け入れる。他ならぬ私がそう見られても当然と思うのだ。

 

「まぁ、見た感じは大丈夫そうだね。冒険者の中には荒くれ者もいるから、気を付けるんだよ?」

「ご忠告感謝します。ですが、それぐらいの気概がなければ魔王退治など出来ないと思うので」

「はっはっは、そりゃそうだ。坊や、名前は?」

「……アルス」

 

 一瞬戸惑ったが、今の私にはこの体の名前がある事を思い出して答えた。名を名乗るなど初めてと言ってもいいので新鮮だ。

 かつては、きっと私も名乗る事があったはずだ。そういえば、私が出会った者達は不死でありながらも名を持つ者達が多かったな。

 

 私がそんな事を思い出していると、女主人はアルスと言う名を聞いて明るい笑顔を見せた。

 明るい笑顔、か。そんなものを見るのは初めてかもしれない。あの世界では、笑顔はあってもどこかに影があった。

 

「あいよ、アルスだね。じゃ、今夜ここに来る連中へは伝えておくよ。アルスって勇者見習いが仲間を探してるってね」

「……感謝します」

 

 女主人の申し出に少しだけ裏があるのではと思った自分を恥じ、その事への謝罪も含めて言葉を発する。

 そうして店を出た後、私はチラリと覗いた武器や防具の店へと向かった。

 レーベ周辺で多少魔物との戦いを経験し心なしか身体能力が向上したようなので、わずかではあるがこの町を出発する前より稼ぐ事が出来た。

 そのため、新しい武器か防具、しかも盾を手に入れられるかと思ったのだ。

 

「いらっしゃいませ。ここは武器と防具の店です。何か御用でしょうか?」

 

 一度こちらを見て冒険者と察するや、客相手だろう笑顔を向ける主人にどこかあの世界の者に近い雰囲気を感じる。

 それにむしろ懐かしささえ覚えたほどで笑みが浮かんでしまいそうになる。ただ、どうやら私のその反応を主人は別の意味に捉えたようで、笑みを深めていたが。

 

「扱っている武器を見せて欲しい。まずは何が置いてあるのかを知りたい」

「はいはい。当店で扱っている物はこれだけですね」

 

 見せられたのは文字、らしき物が掛かれた表。おそらくだがこれらが品の名を記しているのだろう。

 

「……申し訳ないが一つずつ実物を見せてもらっても構わないだろうか? 買える買えないは別として、物を見せてもらえない事にはこちらもGを出す価値があるか分からないのだ」

「これは失礼を。そうですね。装備は自分を守る大事な物ですし、ご自分の目で確かめた方が安心でしょう。すぐ持ってまいります」

 

 私の対応が予想外だったのだろう。主人はそれまでの雰囲気を少しだけ変えて店の奥へ入って行った。

 私の外見が子供で、しかもどう見ても駆け出しだから冷やかしと思ったのかもしれない。偶然ではあるが、文字が読めない事を誤魔化した事で良い方向へ転がったようだ。

 

 ただ、出来るだけ早く文字が読めるようにならないと不味いな。今まで気付かなかったが、今後何かの形で書く事や読まないといけない事が出てくる可能性がある。

 

「お待たせしました。まずはこちらですね」

「こんぼうか」

「はい。ひのきのぼうはさすがに必要ないかと思いまして」

「そうだな。気遣い感謝する」

 

 主人がまず持ってきたのは今使っている主武装の”こんぼう”だった。私が使っている物と大差ないのですぐに次のを頼む事に。

 そして出てきたのは剣だった。ただし、鋼や鉄で出来た物ではない。これは……

 

「銅、か」

「はい、どうのつるぎです」

 

 見た感じでは切れ味が良いと思えないが、それでも”こんぼう”よりは威力などが上がるだろう事は明らかだ。

 これがあればスライムやバブルスライムへ今よりも痛手を負わせる事が可能になる。”こんぼう”による打撃はあの体で威力を幾分殺されているようだからだ。

 

「……主人、これはいくらだろうか?」

「はい、100Gです」

「100G、か……」

 

 とてもではないが手が届かない。一体どれだけの魔物を倒さねばならないのか。現状の資金は68Gだ。これでも貯まった方だと思っていたのだが……

 

「すまない。次の品を見せてもらえるだろうか?」

「承知しました。では、次は防具となります」

 

 そうして主人が見せてくれた防具の中に、あれはあった。そう、盾だ。

 

「かわのたて、か。これはいくらだろうか?」

「90Gです」

「……そうか」

 

 こちらも届かない。だが、これで私の当面の目標は決まった。”どうのつるぎ”と”かわのたて”を手に入れる事だ。

 せめて盾だけでも手に入れたい。そう思い、私は店を後にした。必ず”かわのたて”を買いに来るとだけ告げて。

 

 町を出て私はスライムを狩った。時にはいっかくうさぎと出くわしたが、何とか逃げる事が出来た。まぁ、何度か突進をかわしそこねたせいでやくそうがなくなってしまったが。

 

「何とか日が暮れるまでに間に合ったか……」

 

 その甲斐もあって、私はボロボロになりながらも念願の盾を手に入れる事が出来た。右手に”こんぼう”左手に”かわのたて”という何ともしまらない装備であるが、それでも”こんぼう”のみよりはマシのはず。

 

 いかにも駆け出しと言わんばかりの装備かもしれないが、今は仕方ないだろう。実際にこの世界での私は駆け出しだ。

 

「……仲間、か。この背を預ける事など、あの世界でも数える程しか経験がないが……」

 

 思い浮かぶ何人かの姿。アストラの騎士やカタリナの騎士。ああ、聖女を守る騎士もいたな。そして名も知らぬ白霊達だ。彼らは私の旅路を助け、時には私が彼らの旅路を助けた。

 

「あの世界で誇りと使命を持ち続けた彼らのような、そんな者達がいればいいが」

 

 この光溢れる世界なら、おそらくあの男(パッチ)のような者はそういないと思いたい。ただ、彼は彼で人間らしいと思わない訳でもないが、な。

 酒場へと向かいながら私は考える。仲間は何人まで募るかを。最悪一人でもいてくれれば助かる。欲を言えば二人ないし三人だろう。魔術や奇跡を得意とする者がいてくれたら言う事はない。

 目の前に見えてきた建物から、微かにではあるが人の声と気配が感じられる。その活気ある空気は、私には馴染みがないもので些か戸惑ってしまう。それでも、私が為すべき事のためにと扉を開けた。

 

「……何だ? ここはガキの来るとこじゃねぇぞ」

 

 まず最初に目があった鎧姿の男がこちらを訝しむように見つめてきた。体つきや装備を見るところ、剣士と言うより闘士だろうか? 傍に置いてある武器は大槌のようなものだ。

 

「たしかに私は酒を飲む事は出来ない。ただ、ここで王より旅の仲間を募れと言われたのだ」

「王? まさか、お前がアルスって勇者見習いか?」

 

 男の眼差しが少しではあるが鋭さを増した。それに臆する必要もなく頷いて酒場の中を見回す。そこにいる者達のほとんどが男性であり、女性の姿も見受けられるが少ない。やはり冒険者というものは危険と隣り合わせだからだろうな。

 

「こんな装備の子供ではあるが、亡き父オルテガの遺志を継ぎ魔王を打倒したいと思う気持ちだけは本物だ。だが、一人ではその使命を果たす事は厳しい。どうか私に力を貸してはくれないだろうか? 命を預けるのに私では信頼するに足りぬとは思う。それでも、レーベまで一人で向かいこうして帰ってくる事ぐらいは出来るようにした。未だ未熟な身だが、父の名に恥じぬよう精進していく。ただ、今はそちらの力を頼りにもさせて欲しい。私は、母をこれ以上悲しませる結果にはしたくないのだ」

 

 私のためだけでなく、アルスやその母のためにもここにいる者達の力は必要だ。そしてオルテガ殿の無念を晴らすためにも。その想いを込めて告げた言葉に酒場の中が静まり返る。私を睨むように見ていた男も、他の冒険者達も、こちらを見て言葉を失っているように見える。

 

「……どうやら、今の私ではそちらを仲間とするには力不足のようだな。すまない。出直してくる」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

 

 踵を返し出て行こうとしたところで呼び止められた。振り向けば、店の隅の方で座っていた神官のような格好をした女性が私を見ていた。

 

「勇者様、貴方のお気持ち、たしかに届きました。若輩の身ではありますが、私でよければ旅路を共にさせていただきたいです」

「ありがとう。私はアルス。神官殿の名を聞かせてもらえるだろうか?」

「はいっ! 私はステラと申します! よろしくお願いしますっ!」

 

 ステラと名乗った女性は、こちらへと急ぎ足で近付いてくる。が、途中で何かに躓いたのかバランスを崩した。いかんっ!

 

「わわっ!?」

「っと。大丈夫か、ステラ殿」

 

 咄嗟に受け止めに行き、ステラ殿の腹部へ腕を差し込み支える。が、何故かステラ殿は私を見つめて呆けるような顔をしていた。

 おかしい。今の私はアルスであるから不死の時のように見るに堪えない顔はしていないはずだ。それとも、神官である彼女には私の真実が分かるのだろうか?

 

「……ステラ殿?」

「っ!? す、すみません勇者様っ! 私、おっちょこちょいなもので……」

「いや、構わない。それよりも間に合ってよかった」

 

 いくら木の床とはいえ、あの勢いで倒れていれば顔に傷を作っていたかもしれない。不死や男性であれば構わないが、女性であれば顔に傷など嫌なはずだ。それを防げた事は良かったと思う。

 ステラ殿は恥ずかしそうに体を起こすと、照れているような笑みを私へ向けた。その反応や表情が、やはり私のいた世界の者達と大きく異なる事を教えてくれる。

 

 やはり、この世界は光の世界だ。故に私のような者が本来いるべき場所でもない。一刻も早くアルスの体を返してやり、創造神ルビス様のお力で元いた世界に帰らねば。

 

「では、行こうステラ殿。まずは我が家へ。夜も更けてきた。旅立ちは明朝にしよう」

「はい、勇者様」

 

 ステラ殿との会話ややり取りの間も、誰一人として仲間へ名乗り出てくる者はいなかった。なら、今の私ではこれが限度だろう。せめて”どうのつるぎ”を手にしてから来るべきだったかもしれない。

 そう思ってステラ殿と共に酒場を後にしようとした時だった。

 

「待って。さっきの身のこなし、とても駆け出しには出来ない。アルス、って言ったね? 決めた。あたしもあんたに同行するよ」

 

 振り向けば、店の一番奥の壁へ背を預けていた女性が私を見ていた。髪を二つに束ねて、動きやすい見慣れぬ格好をした女性が。

 

「それは助かる。一人でも多い方が魔物との戦いも楽になる。そちらの名を教えてくれるだろうか?」

「あたしはフォン。見ての通りの武闘家さ」

 

 フォンと名乗った女性は武闘家、らしい。見た印象からどうやら無手で戦う者の事を指すのだろう。

 身のこなしに目をつけた事もあるので、おそらく素早い身のこなしで敵を翻弄しつつ拳を叩き込むのを基本としているのか。

 

「良かったですね、勇者様。これで三人です」

「ええ、ステラ殿が転んでくれたおかげです」

「なっ?! ゆ、勇者様ぁ」

「ふふっ、だけどその通りだよ。あの時、勇者が素早くそして体勢を崩す事なくあんたを受け止めたから、あたしは勇者のパーティーになってもいいと思ったんだから」

「う~っ……」

 

 フォン殿の言葉にステラ殿が複雑な顔を見せた。だが、その雰囲気は悪くない。これならば戦闘時も問題ないと思える。

 

「では、行こう。ステラ殿、フォン殿」

「はい」

「ええ」

 

 神の奇跡を使えるだろうステラ殿と、格闘に精通しているだろうフォン殿という仲間を得られ、私は内心で安堵した。これならばレーベまでの旅路は幾分楽になるだろう。

 不安が残るドラキーとの戦いも、三人いれば全滅は避けられるはずだ。そうやって酒場を今度こそ後にしようとした時だった。

 

―――けっ、女二人連れて旅とはな。どうやら勇者様はあっちの方は間違いなく勇者の素質があるようだぜ。

 

 後ろから聞こえた声にステラ殿が振り返るのが分かった。フォン殿はどうも視線だけ動かしているようだ。私は、その声だけで誰が言ったのか分かったため振り返る事はしない。

 あの最初に目を合わせた男だろう、と。ああいう手合いは、相手にすればするだけ面倒だと経験則から感じていたのだ。

 

「な、何が言いたいんですかっ!」

「あ? お嬢ちゃんみたいなひ弱そうな女をパーティーに入れる男ってのは、何を考えるか分かるだろ? なぁ?」

 

 その瞬間、店の中の男達数人が下衆な笑い声を上げる。そこまで大きくないが、私を野次る言葉なども聞こえてくる。このままではステラ殿がいいようにからかわれるだけか。

 

「ステラ殿、気にしないでいい。私は何と言われても平気だ」

「ゆ、勇者様……」

「いいの?」

 

 フォン殿が小さく問いかけてくる。おそらくだが、黙らせる事ぐらい出来ると言いたいのだ。

 

「いいんだ。フォン殿、お気遣い嬉しく思うが、あの者が言う事も仕方ないと思う。これで私があの者と同じ年頃であれば余計そういう懸念を持たれていただろう」

「……そ。勇者がそう言うならあたしはいいよ」

「感謝する。フォン殿、ステラ殿の手を引いてくれないだろうか? 早くここを出た方がいい」

「はいはい。ほら、行くよ」

「えっ!? ちょ、ちょっとフォンさんっ! あまり強く引っ張らないでくださいぃ!」

 

 歩き出す私に合わせてフォン殿がステラ殿を引きずるように動き出す。それを少しだけ見送り、私は酒場の扉を閉めていく。

 最後に一瞬だけあの男と目があったが、睨むあちらに対して私は何も返す事なく静かに扉を閉じた。

 

「……可能ならば魔術の類を使える者も求めたかったが」

 

 あの世界でも武器による攻撃よりも魔術の方が戦いやすい相手はいた。アルスに適性があるのか分からないが、可能ならば魔術の類を覚えたいものだ。

 戦術の幅が広がるのは、それだけで生存率を上げてくれる。まぁ、適切に使えなければ意味がないのだが、ないよりはあった方がいい。

 

「勇者様~っ、お家はどこですか~っ?」

「あたし達は知らないんだから、案内頼むよ~」

「すまないっ! 今行く!」

 

 少し考え事をしてしまったが、今の私には仲間がいたのだった。聞こえた声に振り返れば、ステラ殿とフォン殿が私へ手を振っている。それに微かな温かさを感じて、私は急いで二人の下へと駆け寄った。

 

 アルスの生家へ辿り着き中へ入ると、アルスの母は出迎えると同時に私が連れ帰った二人を見て、からかうようにこう言ってきた。

 

―――あらあら、可愛らしい女の子を二人もなんて。アルスもやっぱり男の子なのね。

 

 それにステラ殿が照れ、フォン殿も悪い気はしていなかったようだ。ただ、私はどういう顔をすればいいのか分からず、ただ無言を貫くしかなかった……。




ステラはおっちょこちょい。フォンはでんこうせっか。名も無き灰は、いのちしらずかくろうにん。

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