その灰は勇者か? それとも…… 作:人間性の双子
名の通り、魔法のようにほとんどの扉を開ける事が可能な鍵。
鍵と名付けられているが、その実態は鍵開けの魔法を基に作り出された“実体化された呪文”ではないかと考えられている。
ただし、完全な形で再現は出来なかったらしく全てを開ける事は叶わない。
かつて完全なる形でその呪文を内包した鍵があったらしいが……。
「いやぁ、まさか宝箱が魔物とはなぁ」
そう言ってドルバ殿が苦い顔をした。
私達は今、ピラミッドに来ている。
まずここまでの道中はいきなり出鼻を挫かれた。
中の探索を始めてすぐに落とし穴に落ちたのだが、そこは呪文が使えない場所だと分かり、急いで上への階段を探した事がここの探索の始まりとなったのだ。
故に戻った後は慎重に歩き、今度は落とし穴を回避し、その分かれ道をフォンの勘に従い左へ曲がると行き止まりとなったのだが、そこには宝箱があった。
当然フォンはそれを開けようとしたのだが、ステラがそれを制止したのだ。
――待ってください! ……ここは王家の墓でもあります。墓荒らし対策をしていないとも限りません。
その言葉に私も賛成し、あの世界での出来事を思い出したのだ。
なので私もフォンの傍へ行き、宝箱をじっくりと調べてみた。
おそらく開けなければ罠は作動しないはずと思い、私は宝箱の後方へ回り込んでみたのだが、そこであの頃は出来なかった事を試そうと考え、フォンとドルバ殿へこう頼んだ。
――宝箱を蹴飛ばすぅ?
――それで何事も起きなければ安全と?
あの頃は私一人だった故に攻撃する時は中身を破壊するような攻撃を加えるしかなかったが、こちらでは仲間がいる。
フォンとドルバ殿の攻撃力は場合によっては私よりも上だ。
だからもしもの時は遠慮なく魔物を倒してくれるだろうと考えた。
結果として、私が蹴飛ばした宝箱は魔物ではなかったが空だった。
だがその後見つけた宝箱は蹴飛ばした途端その本性を露わにし、私へ襲い掛かろうとしたのだが……
――こんのぉっ!
フォンが風のような速度で動き、縦回転するように蹴って魔物を床へ叩きつけ――
――ふんっ!
そこをドルバ殿が剣で追撃して、私がトドメとばかりに手にした剣で斬り付けて終わったのだ。
ちなみにそこには他にも宝箱があったが一つは同じ魔物だったため、フォンはここでの宝箱がすっかり敵に見えるようになったらしい。
ステラは墓荒らし対策としてもやり過ぎだと言っていたが、考えてみれば王家の墓に用もなく来る者など賊しかいない。
であるのなら、これは目先の欲望に負けた者への当然の報いだと私は思わないでもない。
ただ、それを口にするのは止めておいた。
ステラの考え方こそがこの光溢れる世界では正しく、また理想なのだと私は知っているからだ。
「う~っ、早く目的の物を探して帰りましょ。あたしはこんなとこ長居したくないわ」
「フォンさん……」
「がははっ、フォン殿らしい。だが私も同感だ。ここはやはりイシス王家の者が静かに眠る場所。あまり騒がしくしては呪われてしまうやもしれん」
有り得ると思い、私はその言葉に頷いてフォンへ宝箱への接近を控えるように告げた。
彼女もそのつもりだったようで素直に頷いてくれた。
そこからしばらく私達はピラミッドの上を目指して歩いた。
道中出てくる魔物は砂漠に生息する物とそこまで変わらず、大きく苦戦する事もなかったものの、さすがに今までで一番苦しい環境ともあり、私達の体力は大きく奪われる事となった。
それでも適度に休憩を挟み、水を四人で分け合いながら慎重に進み、私達はこれまでなかった立派な扉を見つける事が出来た。
「……開きませんね」
「鍵がかかってるの?」
「そのようだ。だが、鍵穴などもない」
「では、どこかに開けるための仕掛けがあるのだろう」
扉の作りから私達は、きっとこの階に扉を開閉する仕組みがあると読み探索を続ける事にした。
そして見つけたのだ。この階の東西に何らかの仕掛けと思われる物を。
「四つのボタン。それが東西に二つずつ、か……」
「どれが一つが当たり?」
「いえ、おそらくですがそれでは簡単に盗賊が扉を開けてしまいます。四つあるのはそれらを全て使って開閉させるためでは?」
「成程なぁ。偶然当たりの組み合わせを見つける事がない訳ではないが、一体いくつ試せばいいのか分からぬ以上、盗賊も早々手は出せぬか」
「とはいえ、おそらくその正解は王家の方達には伝わっているはずです」
「でもそれを素直に教えてくれるはずないわよね」
「そうさなぁ。女王もそんな事は一言も口にしていなかった」
揃って腕を組むフォンとドルバ殿。まるで親子だ。
そう思って二人を見つめているとステラが小さく微笑んでいるのが見えた。
どうやら私が感じた事をステラも感じたのだろう。
それにしても、四つのボタン、か。どこかでボタンに関する事を聞いた気がするのだが……。
「ステラ」
「はい? どうかしましたかアルス様」
「いや、あの城でボタンに関する事を聞いた覚えはないか?」
「ボタンに関する、ですか?」
「ああ。何か頭の片隅で引っかかっている気がするのだ」
「ああっ!?」
そんな時、フォンが大きな声を上げた。
魔物の襲撃かと思って身構えるも、どうやらそういう訳ではないらしい。
「歌よ歌っ! ほら、まんまるボタンは~ってやつ!」
その言葉でステラが思い出すように声を出し、ドルバ殿と私は同時に納得するように頷いた。
あのわらべ歌かと、そう思っている内にフォンが歌の内容通りにボタンを押してみようと提案し、私達は動き出した。
何度か魔物と戦闘になりながらも歌の通りにボタンを押すとどこか遠くで音が聞こえ、あの扉の前へ行くと見事に開いていたのだ。
その先には二つの宝箱があったのでフォンが一瞬警戒したものの、ここまで仕掛けをして守っていたのだからそれは魔物のはずはないとドルバ殿が告げるや安堵するように息を吐いた。
「……これが、まほうのかぎ?」
「ですね。不思議な魔力を感じます」
「私にはさっぱりだが、アルス殿はどうだ?」
言われて鍵を見つめる。
たしかに何か力のようなものを感じる気がした。
「……言われてみれば何かの力のようなものを感じます」
「ふむ、呪文を使える二人がこういうのならば間違いなくまほうのかぎだろう」
「よし、じゃあとっとと帰りましょ」
「そうだな。急ぎイシスの城下町へ戻るとしよう」
「先程見つけた上への階段はどうしますか?」
「今回の目的は達した。ならば今回は撤退するべきだと思うぞ。それに、あの魔物だった宝箱の事も謝らねばならぬし」
「うっ、そ、そうよね。墓荒らしはしないって言いながら宝箱へ手を出したんだものね」
やや苦い顔をするフォンだが、私はあの女王ならば素直に話せば許してくれそうな気がしていた。
ロマリア王もそうだったが、この世界の王座に就く者達はあの世界と違い器が大きいように思う。
まだ行った事のない国は分からないが、少なくてもアリアハンやロマリア、そしてイシスに関してはそうだった。
私達はまほうのかぎを手にし、来た道を戻る事にした。
そうして何とか日が沈み切った頃に城下へと戻る事に成功した私達は、宿を取って早々に部屋へと入って眠る事にした。
今回ばかりはステラやフォンも汗を流すよりも眠る事を優先したのだ。
明けて翌朝、私達は女王との謁見へ臨んだ。
ピラミッドでの事を話すと、女王は怒るどころか神妙な表情を見せた。
「どうかされましたか?」
「……実は私達はピラミッドにひとくい箱など配置していないのです」
ひとくい箱というのは宝箱に扮した魔物の事だそうだ。
どうやら女王の話によれば、墓荒らし対策はあのボタンと落とし穴だけであり、ひとくい箱は与り知らぬ事だそう。
となるとこれは……
「魔王の仕業、でしょうか?」
「おそらくは。こうなるとおうごんのつめが狙われているかもしれません」
「おうごんのつめ?」
「ええ。ピラミッドの地下深くに隠してある我が王家に伝わる秘宝です」
「爪って事は武器なんですか、女王様」
「そうです。丁度貴方が持っている物と同じような作りのはず」
その言葉にフォンが真剣な眼差しを浮かべた。
「あの、女王様。もし良かったらなんですけど」
「おうごんのつめは手にした者へ呪いを与えると聞きます。それでも良ければご自由に。この時勢です。秘宝でも魔王退治に役立つのなら使って頂いて構いません」
「ありがとうございますっ!」
何とも気前の良い女王だ。王家の秘宝を一介の冒険者へ渡しても構わないとは。
こうして私達は再度ピラミッドへ向かうための準備を整える事にした。
今日一日は休養にあて、翌日出発する事に決めたのだ。
「ではアルス殿、私はやくそうの事を道具屋へ交渉してくる」
「頼みます」
ピラミッドの地下は呪文が使えない。つまり私やステラが癒しの力を使えない事を意味する。
そうなると頼れるのはやくそうだけだ。故にドルバ殿が明日の朝までにかなりの量のやくそうを道具屋に仕入れてくれるよう話をしてくるのだそうだ。
部屋を出て行くドルバ殿を見送り、私は窓から外を見た。
相変わらず明るい空と世界だ。夜が来なければ闇が蔓延る事などないと断言出来る程に。
「呪い、か……」
私には馴染み深い言葉だ。呪いなど、あの世界ではそこかしこに溢れていた。
この世界にもあるのかと、そう思って軽く驚いた程、呪いという言葉はこちらには似つかわしくない。
「不思議だ。あの世界とは大きく異なるはずなのに、この世界は時折あの世界を思い出させるものが出てくる」
いや、もしかすると私がここにいる事がそれを招いたのかもしれない。
そんな事を思うぐらい、この世界は明るく希望に溢れているのだから。
ちなみにフォンは城へ向かった。目的はねこと触れ合う事らしい。
そしてステラと言えば……
「……来たか」
ノックが聞こえたのでドアへ近付き静かに開けるとステラがそこに立っていた。
「アルス様、お待たせしました」
「そこまで待っていない。それよりもステラに感謝を。私の読み書きを教えるために時間を割いてもらい申し訳ない」
「そんな事ありません。私としても、その、この時間は楽しいので」
そう言うとステラはやや頬を赤くしながらドアを閉めた。
何か恥らう事があったのだろうか?
強いて言うなら私へ読み書きを教える事を楽しいと評した事か。
……もしかするとステラは本来人に物を教える事を生業としたかったのかもしれないな。
まだ二回目だがステラとのこの時間は私にとっても不思議と安らぐものだ。
と、そこでふと思った。神に仕えるステラは呪いというものをどういう風に考えているのだろうかと。
私がその事を尋ねると、ステラはやや困った顔で考え込んでしまった。
「そんなに難しい事なのだろうか?」
「そう、ですね。呪いというものは様々な種類があるのです」
「種類?」
意外だった。呪いに種類などあるとは思いもしなかったのだ。
「私も聞いただけですが、武具に込められた呪いがあるそうです」
「武具に?」
「はい。呪われた武具は強力な力を持ちますが、その反面装備した者を狂わせ、魔道へと引きずり込むとか。それを解除する呪文がありますが、誰でも使える訳ではありません」
「ステラは使えるのか?」
「残念ながらその呪文は使えません。教会の神父様は呪いを解けますが、あれは神のお力を借りるから出来るだけであり、呪文ではなく奇跡だと言われています」
奇跡。そう聞いた時、私はまたあの世界の事を思い出した。
魔術と呪術と奇跡。これらがあの世界には存在していた。
もしかすると呪文とはこれら全てが溶け合った結果生まれた力なのかもしれない。
そして、魔術や呪術に近い物は魔法使いが、奇跡に近い物は僧侶が習得するのではないだろうか?
そう考えれば、アンナ殿の在り方はあの世界では珍しくもない。
魔術を使いながら武器を振るって戦う者は大勢いたのだ。
「ならばステラも奇跡を使えるのか?」
「私は……まだ修行中の身ですので」
どうやら使えないらしい。
ただ、あの世界では何を使うにしろ触媒と呼ばれる物が必要だった。
それもなく使えるのであれば、やはりここの呪文とあの世界のそれらは別物だと考えるべきかもしれないな。
そんな事を考えながら私はステラの教えに耳を傾け、文字の読み書きに集中していく。
終わった頃に部屋から出るとドルバ殿がフォンと一緒に受付近くのテーブルに座って茶会をしていた。
するとこちらに気付いたらしく、二人揃って私とステラを見て意味ありげな笑みを浮かべた。
「何かあっただろうか?」
「いや、そういう訳ではないのだが……なぁ」
「そうそう。むしろ何かなかったからちょっとがっかり?」
「っ!? フォンさんっ!」
ニヤッと笑うフォンにステラがやや慌てるように詰め寄るのを横目に私はドルバ殿へと近寄った。
「ドルバ殿、やくそうの件はどうなりました?」
「アルス殿は相変わらず、か」
「は?」
「いや、いいのだ。そちらは話がついた。前金で三十個分支払ってきたのでな」
成程、先に代金を渡す事で相手が仕入れを躊躇う事がないようにしたのか。
この後四人で昼食を食べに出かける事となる。
そこで食べたイシス料理は中々珍しい味が多く、ステラは苦手だったらしいがドルバ殿は大層気に入り、フォンも嫌いではないと上機嫌だった。
私は様々な味を強く感じる事が出来、色々な意味で満足だったのだがステラはそうではなかったようだ。
「アルス殿は本当に美味そうに食べるな」
「そうよね。アルスって食べ物には素直な反応するわ」
「そうか?」
「はい。アルス様は食事している時がもっとも歳相応な感じがします」
三人揃って同意見のようだ。たしかに私は食べる事が好きだ。
あの世界では必要のなかった行為であり、楽しめなかった事だったからだろう。
そういう意味では睡眠も好きだ。やはり根底にはあの世界で出来なかった事や必要のなかった事に私は強い興味や安らぎを感じている。
おそらくだが、それこそが“幸せ”というものなのだと思う。
そう、それを失っていたからこそあの世界は滅ぶべきだったし滅んだのだ。
そして翌日、やくそうを大量に入手した私達はピラミッドへと向かい、そこの落とし穴から地下へと降りた。
幸いにして魔物達はそこまで手強い事もなく、私達は順調に探索を続けて下への階段を発見、更に地下へと進んだ。
そこにあった扉をまほうのかぎを使って開け、進んだ先には大きな棺が置かれていた。
「間違いなくここよ、ね?」
「だろうなぁ。いかにも王族が葬られたと思われる棺だ」
「も、もし違えば何とも罰当たりな事をしてしまいますが……」
不安そうな表情のフォンに何とも言えない顔のドルバ殿。ステラなど今にも帰りたいと言うような顔をしていた。
「では尋ねてみるのはどうだ?」
「「「は?」」」
私の頭の中にはあのほしふるうでわを手に入れた際の不思議な出来事が思い出されていた。
「あの腕輪を手に入れた時、おそらく亡くなった者の声を聞いただろう。もしかするとこの国は亡くなった者がその場に留まりこちらを見ているのかもしれない」
「ふむ、だからここで亡者に問いかけてみようと?」
「それがいいと思うのです。声が返ってこなければ呪いはなく、返ってくればきっとこちらの問いに答えてくれるはず」
「ううっ、あたしとしては返ってきて欲しくないけど、いっそ返ってきて答えてくれた方が気が楽かも……。ステラはどう?」
「私はアルス様の意見に賛成です。形はどうであれ死者の眠りを妨げてしまうのなら、せめてこちらの目的と気持ちは伝えるべきかと」
こうして私達は棺を前にして声をかけてみる事にした。
その役目は私が担う事になり、立派な棺へ向かって威圧的にならない程度に大きな声を出した。
「イシス王家所縁の者よ。静かに眠っているところを申し訳ない。私達は今世を乱している魔王を倒す旅をしている者。もし可能であるのなら教えて欲しい。おうごんのつめはそこにあるのだろうか? あるのならそれを私達に渡して欲しいのだ」
私が黙ると静寂が訪れる。
それでも私はただ待った。あの時、私達はたしかに不思議な声を聞いた。ここでもそれがないとは言い切れぬと思って。
「……やっぱり駄目なんじゃない?」
「そうさなぁ。やはりあの時が」
「っ! お二人共、あれを!」
棺から白いもやのようなものが浮かび上がり、こちらを見ているような雰囲気で停滞する。
“おうごんのつめはここにある”
聞こえた声はあの時とは違うものだった。しかも、どこか警戒するような雰囲気さえあった。
「嘘……本当に出た……」
「申し訳ないがそれを私達に渡してもらえないだろうか?」
フォンの言葉を聞きながら私は白いもやへそう切り出した。
すると、その場の空気が変わったのが分かった。
“ならぬ”
「何故だろうか?」
“これは我が王家に伝わる物。お前達のような者に渡す事など出来ぬ”
声に明らかな怒りを感じる。どうやらあの城で見たものとは在り方が異なるようだ。
「ね、ねぇアルス。もういいわよ。この感じだと魔物達だっておうごんのつめは手を出せないだろうし、女王様には不思議な存在が守ってたって報告しましょ?」
「だが……」
折角ここまで来たのだ。あのほしふるうでわを手に入れたフォンは目覚ましい活躍をするようになっている。
ここで武器まで手に入るのならそれに越した事はない。魔王退治にも、そしてまたあるかもしれない恐ろしい魔物の襲撃にもフォンの強化は助かるのだ。
“待て。お前のそれはほしふるうでわか?”
「え? そ、そうだけど……」
“……そうか。やはりお前達は宝を狙っている賊か”
「っ!? 周囲の気配が……」
「ま、魔物がこちらへやってきます!」
「これは……呼び寄せられているのか」
振り向けばミイラおとこ達が階段の方からゆっくりとこちらへ向かって来るのが見える。
これが呪いなのだろうか。だとすれば、あの世界のとは違うな。何とも即効性のある呪いだ。
「アルス殿、どうする?」
「どうするも何も戦うしかないでしょ! どう見たって逃げられる感じじゃないわっ!」
「そうだな。戦うしかない。ステラは後方で必要に応じてやくそうで回復を頼む」
「分かりました」
こちらを目指すように向かって来る魔物達を三人で倒していく。
だが倒せど倒せど魔物達は途切れる事無くやってくる。
どこかあのファランの砦の戦いを思い出すな。あの場合とは少し違う部分もあるが、同じ魔物が何度も何度も現れて戦う事になるのは近いものがある。
そうやって戦ってどれ程経っただろうか。
未だミイラおとこ達は途切れる事無く現れ、私達は疲労の色が濃くなり出していた。
フォンは肩で息をしているしドルバ殿でさえ汗を拭う回数が増えている。
私も少々剣を握っているのが辛くなり始めている。
“眠りを妨げる者に呪いあれ”
時折聞こえるあの言葉で魔物達がこちらへ向かって来る。
こうなるとまずはあの亡者の怨念をどうにかするしかないのか。
「ステラ、頼みがある」
「な、何ですか?」
「あの怨念を鎮めてくれ。このままでは全滅だっ!」
「あっ! アルス様っ!」
後の事を神官であるステラへ託し、私はドルバ殿とフォンへ加勢するように魔物達へ向かっていく。
「アルスっ! どうすんのよっ!」
「今ステラに怨念の鎮静化を頼んだっ!」
「沈静化ぁ!?」
「いや、ステラ殿は僧侶だ……っ! ふぅ……ならば意外と上手くいくかもしれん」
横薙ぎに魔物を一閃し、全てを薙ぎ払ってドルバ殿が息を吐く。
私もフォンもそれに思わず目を見張った。
同じ武器を持っているが私にはドルバ殿のような事は出来ないだろう。
「何? 何だか空気が少し変わった気が……」
フォンの言う通り、その場の空気が心持ち軽くなった気がした。
まさかと思い振り返れば、そこではステラが白いもやのような怨念相手に語りかけているところだった。
“では、お前は自らの信じる神に誓って賊ではないと言うのか?”
「はい。私の信じる神は貴方の信じる神と異なるかもしれませんが、神への信心の強さは同じはず。故に私は自らの神へ誓いましょう。貴方の眠りを妨げるつもりはなく、またおうごんのつめを奪うつもりもないと」
怨念と向き合う形で凛と言葉を告げるステラの声と背には、どこか普段はない神々しさのようなものが感じられる。
だからかもしれないが、怨念の方もステラの言葉へ耳を傾けているようだ。
“奪うつもりはないと言うが、おうごんのつめを手にすればお前達は二度と戻ってはこないだろう”
「ならば、魔王を倒した暁にはここへ返却すると約束致します」
“何?”
「もしその約束を違えば私達を呪い殺してください。私の信じる神も、その名を持ち出して約束を違うような私達に加護を与える事はないでしょう」
“……それほどまでの覚悟か”
気付けば魔物達の気配は失せていた。
怨念からも敵意のようなものが薄れ、ステラの事を見つめているようにも思える。
その視線のようなものをステラは正面から受け止めていた。まったく怯みもせず、凛々しいままに。
そうしてしばらく会話はなかった。私達も何事も発しなかった。
この沈黙を破る権利は私達にはないと感じ取っていたのだ。
“よかろう。我が信じる神々がお前達の言葉を聞いた。おうごんのつめ、一時預けよう”
「……っ! ほ、本当ですか?」
その瞬間ステラが普段の彼女へと戻った気がした。
声や背からもあの神々しさのようなものが失せたのだ。
“我も信ず神を持ち出したのだ。ならばこの言、取り消すつもりはない。大事に使うがよい”
「あ、ありがとうございますっ! 魔王を倒した際には、ここへ立ち寄りおうごんのつめと共に改めて感謝を述べに参りますっ!」
“その日を楽しみに待つとしよう。ただ眠るだけの時に、一時の楽しみが出来たと思えば退屈も紛れると言うものだ”
そう告げるや白いもやのようなものは棺の中へと戻り、その蓋が独りでに開いていく。
恐る恐る近付いた私達が見た物は、ミイラおとこのようにされた遺体らしきものと、黄金に輝く鋭い爪だった。
「……フォン、有難く貸してもらおう。イシス王家の者が私達を信じて使わせてくれるのだ」
「そ、そうね。でも、これ凄いわ……」
「うむ、流石は王族の埋葬品と言ったところか。まるで太陽の如き輝きだ」
「太陽、か。ならば、この国の神とは太陽なのかもしれないな」
あの世界でも太陽は信仰を集める存在だった。
陰りを迎え、闇に包まれつつあったからこそ、それに縋るような者達もいたのだ。
この国のように太陽の日差しが常に強く照り付ける場所ならば、太陽信仰があってもおかしくはない。
こうしておうごんのつめを手に入れた私達だが、奇妙な事にそこからは魔物達の姿を見る事はなかったのだ。
それは地上へ出るまで続き、どういう事かと首を傾げていた私達へ答えのようなものをくれたのはイシスの女王だった。
「それはおそらく冥府神が貴方達を祝福してくれたのでしょう」
「冥府神、ですか?」
「この国で崇められている神々の一人です。死を司る神ですから、ピラミッドの中にいる魔物達を鎮めてくれたのです。眠りに就いたかつての王の意を酌んだのだと思います」
そう話してくれた女王は、おうごんのつめを見てどこか懐かしそうな表情を浮かべた。
もしやあの棺で眠るのは女王の血縁者なのかもしれない。
だからこそ女王はおうごんのつめをフォンへ返した際、どこか笑みを浮かべていたのだろう。
おそらくそれを所持していた人物の事を思い出しでもしながら。
それにしても、最後に女王の告げた太陽神の加護があらん事をとはどういう意味なのだろうか?
まほうのかぎを入手しにピラミッドへ向かう前にも、そこから帰った際の報告の時も言われなかったのだが……。
玉座の間を後にし宿へと戻った私達は食事をしながら次なる目的地をポルトガへと定めた。
まほうのかぎを手に入れた今、ロマリア王が通行を制限した旅の扉からポルトガを目指す事が出来るからだ。
「さて、これで旅が再び前進する訳だが……」
「何? 何か問題でもあるの?」
話し合いも終わったと思った矢先、ドルバ殿が難しい顔を浮かべた。
フォンだけでなく私やステラも何かあっただろうかとドルバ殿を見つめる。
「いや、おそらくだがポルトガからは更に魔物の攻勢が強くなると思ってなぁ。何せポルトガは海洋国家として名高いが、故に魔王の侵攻へ強く抗っている国でもある。そこへ投入されている魔物達もロマリアやこの辺りよりも厄介だろうとな」
「そういう事ですか……」
「大丈夫よ。思いがけずあたしは武器と装飾品を手に入れて強くなれたし、アルスだって新しく手に入れた剣のおかげもあって前以上に強くなったわ。用心は必要だけど不安になり過ぎるのも良くないと思うわよ?」
「ふむ、フォン殿の言う事も一理ある。アルス殿はどうお考えだ?」
「私か? 私は……」
あの世界であればドルバ殿の在り様と思考が必要だった。
この世界では、フォンのような考えでもいいと思う。
ならば、私は……
「基本的にはドルバ殿のような警戒心を持っておきたい。だが、いざとなればフォンのように前向きな考えで事に当たるべきかと思う」
「ほう、基本は警戒しいざとなれば楽観的に、か」
「ふ、普通逆なのでは?」
「ううん、あたしは分かるわ。普段から楽観的じゃ足元をすくわれる事もあるしミスも増える。だからこそ、追い詰められた時に何とかなるって思って事に当たるのよ。まっ、あたしが言った用心するけどそれが行き過ぎないようにってとこ?」
フォンの確認に頷く。あの頃であれば私一人しかいなかった。だから楽観的になどなれなかった。
しかしここは違う。背を預けられる仲間がいる。四人いるなら警戒し過ぎるのはかえって悪手だ。
まぁ、あの世界での私であれば違う意味で楽観的にもなれただろうが、な。
何度でも死ねる体故に時には相手の出方を覚える事に徹し、再戦にて勝負をかける事さえあったのだから。
そんなやり方はこちらでは出来ない。第一、私が死んでしまえばアルスという名の若者の命を、本当の意味での生者を殺してしまう。
不死者であった私ならばいざ知らず、本当の人間であるアルスを死なせる事など出来ぬ。
この体は無事に守り抜き、アルスへと返してあのアリアハンでその帰りを待ち続ける母へ再会させねばならぬのだから。
そして翌日、私達はイシスを発ってまずはアッサラームへと向かう事にした。
らくだの操り方も最初に比べれば慣れてきた。ステラもそれを感じ取れるらしく、笑顔で褒めてくれた程だ。
このまま砂漠を抜け、日付が変わる前にアッサラームへ到着出来るかもしれないと思った時だった。
「っ!? アルス様っ! あれをっ!」
後ろのステラが声を発して体を乗り出すようにしながら指さした方へ目をやる。
そこにはあの謎の鎧の魔物がいたのだ。いや、おそらくだが現れたのだろう。それも、突然に。
ドルバ殿と話した通り、砂漠を抜けた辺りで襲ってくるとはな。やはりこちらの動きを監視か把握しているのだろう。
らくだから飛び降りると同時に剣を手に走り出す。
見ればフォンが私よりも速く魔物へと迫っていた。
「はぁっ!」
黄金の輝きが閃くように動いた……としか見えなかった。
その一撃は何とあの鎧の魔物を怯ませ、たたらを踏ませたのだ。
「凄いな……」
「あれがおうごんのつめの威力、といったところか。いや、これはあの腕輪の力もあるやもしれぬな」
いつの間にか隣へ来ていたドルバ殿がそう感嘆するように呟いた。
成程、たしかにそうかもしれない。
あの腕輪によって動きが速くなったフォンに太陽の如き輝きの爪が加わったのだ。どれもあのイシスで得た力と言える。
「……太陽、か」
そこでふと思い出す。あの女王が最後に告げた太陽神の加護とはおうごんのつめを持っているからではないか、と。
何せ私とドルバ殿の視線の先ではあの恐ろしかったはずの鎧の魔物を相手に、フォンがたった一人で互角どころか圧倒していたのだ。
私達はただただ黄金の煌めきが閃くのを眺めるだけだった。それ程までに今のフォンは強かった。
魔物が呪文を使う暇さえ与えず、目にも止まらぬ速さで動き続け、あの硬かったはずの鎧を傷だらけにしていくのだ。
「これでぇ……」
一旦距離を取ったフォンが爪を高々と掲げる。するとその爪へ太陽の光がまるで集束するように注がれ、爪の色までも黄金に変えてしまった。
「終わりよぉぉぉぉぉっ!」
力強く地面を蹴ったフォンは、まさしく黄金の輝きとなって魔物を貫いた。
私はあまりの事に目を疑った。何故ならその光景は例えるのなら……
「まるで太陽が魔物を貫いたみたいですね……」
「……ああ」
ステラの言ったように、太陽が邪悪な魔物を貫いたようだったのだ。
あるいは、激しく輝く流れ星かもしれない。
感嘆する私達の視線の先でフォンは着地すると爪を一度だけ振り払い、息を吐いていた。
「フォン殿っ! お見事っ!」
「凄いですフォンさんっ!」
「あはは……自分でもちょっと驚きだけどね」
ドルバ殿の声に我へと返ったのだろうステラが嬉しそうな声を出して駆け寄っていく。
そんな彼女へフォンは戸惑うように笑みを見せていた。
「太陽の爪、かもしれないな」
私はそう呟いて空を見上げる。
そこには、煌々と輝くけっして翳る事のない太陽が浮かんでいた……。
お久しぶりです。とりあえず生きています。