その灰は勇者か? それとも……   作:人間性の双子

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ほしふるうでわ

身に着けた者は恐ろしい程の身軽さを手に入れると言われている腕輪。
名の由来は星が降る。つまり流星である。流星のような速度になれるという事だろう。
どんな装備をしていてもすばやさが上昇するため、この腕輪に何らかの魔法が込められていると思われる。

だが一説には、そもそもこの腕輪自体の材質に秘密があるのではないかと言われている。
金属で出来ているはずなのに身に着けた時に重量を感じない事がその理由らしい。

もしかすると、星降るとは身に着けた際の状態を意味するのではなく……?


忍び寄る謎

 ノアニールからロマリアを経由し、魔法の鍵を求めてピラミッドと呼ばれる場所へ向かった私達はアッサラームと呼ばれる街に到着していた。

 ここに来るまでで大分疲弊したが、不思議と足を止める事はなかった。

 誰も何も言わなかったが、やはりノアニールやエルフの隠れ里での出来事が根底にあるのだと思う。

 不死であった私でさえ、心に感じるものがあったのだ。フォンやステラは言うまでもなく、ドルバ殿までもロマリアで自宅へ戻った際にリンデ殿やマイヤー殿と無言で抱き合ったそうだ。

 これはフォンから聞いたのだが、ドルバ殿はフォンへ本当に嫁としてジーク家へきてくれないかと頼んだらしい。

 

――正直頷きそうになったけど、魔王退治なんて目指してるでしょ? だから無事に旅から戻ってきてからにしてもらったわ。

 

 そう私やステラへ気恥ずかしそうに教えてくれたフォンは、どこか覚悟を決めた顔をしていた。

 ステラもそんなフォンに思う事があったらしく、その日の夜はジーク邸の客間一部屋を二人で使い、夜遅くまで話し合っていたようだった。

 私は一人で寝ようとしていたのだが、マイヤー殿が訪ねてきてフォンの事を尋ねられた。

 

――もし良ければ、フォンさんの事をアルス殿が知る限りでいいので教えていただけませんか?

 

 結果深夜遅くまでフォンとの思い出を語り、それを聞いたマイヤー殿は最後には何か理解したように頷き感謝の言葉と共に客間を後にしていったのだ。

 

「アルス、何ぼけっとしてるのよ?」

 

 後ろから聞こえた声に振り向けば、そこにはフォンとステラの姿があった。

 私の呼び方だが勇者では色々と面倒事が起きかねないと思って変えてもらったのだ。

 ただ、何故かステラが若干困った顔をしていたのが理解出来なかったが。

 

「すまない。少し考え事をしていた」

「まったく、アルスのためにご飯食べがてら情報収集に行くんだからね? ドルバさんはもう先に宿の前で待ってるんだから」

「そうか。すぐに行く」

 

 新調した装備である”はがねのつるぎ”を腰に差して部屋を出ようと歩き出す。

 ステラとフォンが先にドアを開けて外に出て私もその後に続く。

 

「アルス様、体の方はどうですか? 少しは疲れが取れました?」

 

 こちらの顔を見ながらステラが優しく問いかけてくる。その笑顔には以前まではなかった恥じらいのようなものが滲んでいる気がする。

 

「ああ、少し仮眠を取れたおかげだ」

「ほんっとにきつかったわよね、ここまで来るの」

「ドルバさんもヘトヘトになっていましたからね」

 

 苦笑する二人だが私は笑えない。というのも道中で一度だけ遭遇した魔物が異様に強かったのだ。

 ドルバ殿も初めて見ると言ったその魔物は、見た目だけならさまようよろいに近いものがあった。ただ、形状がさまようよろいよりも大きく、戦士が着るような鎧だった。

 色合いは黒で呪文を使うその魔物は、たった一体にも関わらず私達をあわや全滅寸前にまで追い込んだのだから。

 そしてその魔物を辛うじて倒した際、私は微かに感じたのだ。二度と感じる事がないと思っていたはずの感覚を。

 

 そう、ソウルが流れ込んでくる感覚を。

 

「ドルバさん、お待たせ」

「ん? いやいやそう待ってはおらぬぞ。さて、ならば早速酒場へ行くとしようか」

 

 ドルバ殿を先頭に私達はアッサラームの街を歩く。時刻は夕刻を過ぎたにも関わらず、ここは活気に溢れている。

 だが、それはロマリアの時とは異なる類の活気だ。どこか怪しい雰囲気がある。

 心なしか露出の多い服装の女性が道行く男へ声をかけているのが目に入る。その内の何人かは女に案内されるままどこかへと消えていく。

 

「アルス、どうしたの?」

「いや、あまり良くない類と思う光景を何度か見るのだ。露出の多い服装の女性が男へ声をかけている、そんなものを」

「あ、アルス様、それは予想通りですのであまり気にしないでくださいっ!」

 

 妙に焦ったような声を出すステラにフォンが小首を傾げる。どうやらフォンも知らないらしい。

 ただドルバ殿が小さく苦笑しているのでドルバ殿は知っているようだ。

 

「ステラ、あれ、一体どういう事なの?」

「ふぉ、フォンさんには宿に戻った時に教えます」

「ではアルス殿には私から話しておくか。がははっ!」

「ドルバさんっ!?」

 

 慌てるステラと笑うドルバ殿。そして私とフォンは揃って首を傾げるしかない。

 ただ、二人で確実に良くない事だとは察しをつけてこれ以上この事を追及しないようにした。

 酒場に到着すると、私達は適当に料理と飲み物を注文してまずは無事にここまでこれた事を喜び合った。

 ここから先は砂漠となり、その道中は険しいものとなる事が容易に予想が出来る。

 目的地であるピラミッドまでは何日かかるか分からないため、まずはオアシスと呼ばれる場所を目指す事となっていた。

 

「それで、まず明日だがこの街で準備を整える。水や食料、更に移動手段か」

「移動手段?」

 

 てっきり徒歩で行くものだと思っていたが違うのだろうか?

 

「ラクダを使おうと思っている。まぁ、幾分Gは必要だが歩きよりは疲労も抑えられる」

「どんなもの?」

「街の入口にいただろう? 背中に大きなこぶのようなものがあった生き物だ」

「あれがラクダ?」

「の、乗れるのでしょうか?」

「聞けば二人で乗れるそうだ。なので私とフォン殿。アルス殿とステラ殿でどうだろう?」

 

 馬に近いのならば私にも乗れるだろう。騎士であるドルバ殿もきっとそう考えての提案のはずだ。

 フォンは迷う事なく頷き、ステラはやや迷いながらも頷いた。どうやら問題はないようだ。

 後はどれだけかかるかだ。当然資金には限りがある。今後の事を考えるとあまり大盤振る舞いは出来ない。

 ただそれはドルバ殿も重々承知しているはずなので不安はないが、未知なる乗り物を借りるのだ。それがどれだけ費用が必要かは読めないだろう。

 そこから私達は運ばれてきた飲み物や料理を食べながら話し合いを続けた。

 だが、やはり話題は否応なくあの黒色の鎧の魔物へと移っていく。

 フォンの打撃もドルバ殿の剣技も平然と受けていたあの魔物。

 倒した際に何故かソウルと思わしきものを残して消えた事も含め、私は嫌な予感がしていたのだ。

 

「あれは、一体何だったのでしょうか?」

「分からぬ。ただ、異様なまでの威圧感と強さだった。一体だったから何とか倒せたが、あれが複数いたのなら逃げの一手しかあるまいな」

「あたしの一撃を受けて平然としてた。あと、何となくだけどあいつからは不気味なものを感じたわ」

「魔法も操っていましたし、かなり高位の魔物かもしれません。ただ、あんな魔物が出没しているのなら噂にならないはずがないと思うのですが……」

 

 ステラの言う事はもっともだ。ただ、私にはそうならない可能性に心当たりがある。

 

「ステラ、それはあれと遭遇し生き残った者がいれば、だと思う」

「……そういう事ですか。ないとは言えないのが辛いです」

 

 死人に口なし。生き残った者がいなければあの魔物の存在を教える者はいない。

 

「いや、そうとも言えないかもしれぬ」

 

 が、そこでドルバ殿が神妙な表情で髭を触りながら告げた。

 誰もがその言葉の続きをと視線で求める。

 

「もし、あの魔物がこの辺りに出没しているとすれば、だ。これまでそれなりの犠牲が出ているはずだ。そうなればその犠牲者達の遺族や関係者達が騒ぎ出すだろう。だが、そんな事は起きてないだろうな」

「……そっか。街の雰囲気」

 

 フォンの指摘にドルバ殿が無言で頷いた。街は活気に満ち、恐ろしい魔物が出没しているとは思えない程だ。

 成程。あの魔物があの一体だけにしても、あれだけの強さだ。不安に思わぬ者が皆無と言うのもおかしな話か。

 

「では、ドルバ殿はあれをどう思う?」

 

 私だけでなく全員の聞きたい事を代弁すると、ドルバ殿は深くため息を吐いた。

 

「……考えたくはないが、魔王が直接送り込んできたのかもしれぬ。覚えているか? あの魔物が現れた時の事を」

「え、ええ。何もない平原で突然背後から大きな音がしたと思って振り向いたら」

「あいつがいた。そっか。あいつ、突然現れたんだ」

「うむ。奇襲と言えば奇襲だが、これまでと違って不意打ちの類ではないだろう。おそらく、ルーラに近しい呪文で現れたのだろうな」

 

 思わず息を呑んだ。そんな事が出来る存在がいるとすれば、間違いなく魔王と呼ばれる存在だろう。

 だが、何故急に? 魔王が我々を脅威に思うはずなどないのだが……。

 

「もしかして、あの一件で魔王にアルス様の事が気付かれてしまったのでしょうか?」

 

 そこへ聞こえたステラの発言に私は耳を疑った。

 一体何があったと言うのだ?

 

「可能性はある。正確にはアルス殿の事に気付いたのではなく、エルフの呪いを解いた事で興味を惹いたのだろうな」

「ノアニールの一件、ね。考えてみれば魔王がエルフを警戒してないはずないか」

 

 それで納得が出来た。つまり、私達がノアニール村とエルフの隠れ里の揉め事を何とか解決した事で魔王がその結果起きた魔力の流れの変化などを感じ取って、そこで私達の事を見つけたのだろうな。

 では、今後も似たような事が起きる可能性があると、そういう事か。魔王はもしかすると人間の事を警戒し始めているのかもしれない。

 いや、とうに警戒はしているのだろう。魔王と呼ばれてはいるが、王と呼ばれるから他者の強さに意識を向けないなど有り得ない。

 むしろ余計意識を向け、危険な芽は摘んでいるはずだ。聞けばオルテガ殿は魔王の喉元と呼べる場所まで到着していたという。ならば、それを知った魔王が人間への警戒心を弱めるはずがない。

 

「今後は文字通り奇襲してくる手強い魔物に注意する必要がある。そういう事だろうか?」

「可能性はある、と思っておくべきだろうなぁ。今回撃退した事でどうなるか、次第かもしれん」

 

 手にした杯を一気に呷り、ドルバ殿の酒がなくなったらしい。空になった杯を静かに置くと手を上げたのだ。

 会話の終わりではないが話題を変えるには丁度いいか。

 

「それにしても、ここは色々と変わっているな」

 

 言いながら私は視線を酒場の奥にあるステージへと向けた。そこでは大胆な格好をした女性達が中々扇情的な動きで踊っている。

 それを眺める男達が一様に彼女達へ熱狂的な声をかけていた。ここからは見えないがおそらく邪な視線を送っている事だろう。

 

「踊り子の方達は凄いですね。あんな言葉をかけられても嫌がるのではなく笑みを返すなんて……」

「間違いなく割り切ってるんでしょ。お金を落とす相手がいるから自分達が生きていけるって分かってんのよ」

 

 ステラの言葉とフォンの言葉は同じ女性としてのものなのだろうか。いや、人としてのものかもしれない。

 それにしても踊り子、か。私にはよく分からないがあれがどれだけ大変な事かは分かる。複数いるのに動きが揃っているのだ。きっと日々訓練を欠かさず行っているのだろうな。

 そう思いながら踊り子達を見ていると横から視線を感じた。

 

「あ、アルス様、あまりジロジロ見てはいけません」

「そうか。たしかにそうかもしれないな。彼女達も自分に興味のない男に見られるのは気分良くないだろう」

 

 熱狂的に見ている男達は間違いなく彼女達へ強い興味を抱いている。対して私はその踊りにしか興味が無い。

 視線をステージから前にいたドルバ殿へ戻すと何故か笑われた。何かおかしな事でもあっただろうかと後ろを振り返るもただ壁があるのみだ。

 

「アルス殿はその歳にしては異性に興味が無さ過ぎるな。悪い事ではないが良い事とも言えんぞ?」

「異性に興味? いや、ない訳ではないが……」

 

 ステラやフォンへの興味はある。そう思っての言葉だったのだが、何故かドルバ殿がより笑い、フォンが呆れ、ステラが苦笑した。

 

「アルスって、ホント分からないわよね。正直さ、ああいう格好の綺麗な女がいたらもっと反応があるでしょ?」

「反応? したと思うが?」

「あ、アルス様……」

「あ~あ、これは苦労するわね、ス・テ・ラ?」

「っ!? ふぉ、フォンさんっ!」

 

 私を話題にしながら何故かフォンとステラが盛り上がり始める。ドルバ殿はそんな二人を微笑ましそうに眺めて酒を飲む。

 そんな光景を眺め、私は息を吐いて手にしたコップに口を付ける。微かな酸味と甘みが口の中に広がり、何かが弾けるような感覚と共に気分をさわやかにしてくれるそれは、たしかレモネードと言ったか。好きな味だ。

 

「好きな味、か……」

 

 誰に聞かれないよう小さく呟く。気付けば好みの味というものが出来ていた。食べる事の素晴らしさと喜び。それらを当たり前のように受け止めるようになっている自分に少し驚く。

 何というのだろうな。これがきっと人間らしさと呼ばれるものなのだろう。そんな私の目の前には、大切な三人の人物がいる。

 からかうような声と表情で話すフォン。顔を赤くしながらもどこか楽しそうなステラ。そんな二人を眺めて杯をゆっくりと傾けるドルバ殿。誰も失いたくない良い人物達だ。

 そしてそんな三人を見ている私、か。何というか、奇妙な感じだ。目の前の三人と私では住む世界が違うのに、こうして同じ場所で過ごしているのが何とも不思議でしかない。

 

「ねっアルス、正直ステラの事どう思ってる?」

「フォンさんっ!」

「ステラ? 優しく立派な神官だと思うが?」

「がははっ! アルス殿、そこは嘘でも愛らしい女性だと言っておくものだ」

「ドルバさんっ!」

「愛らしい……。それは、美しいと同じ意味だろうか?」

「似てるけど違うわ。でも、そう言うって事は……?」

「ステラ殿を美しいとは思っているのか。ふむ、アルス殿はどうやら浮気性ではないようだ」

「浮気……?」

「あ、アルス様! そ、そろそろ宿へ戻りませんか! ここでの情報収集はドルバさん達に任せましょうっ!」

 

 顔を真っ赤にしたステラの言葉にドルバ殿とフォンが苦笑しながら頷いたので、ならばと私はステラと二人で宿へ戻る事にした。

 ただ、その道中ステラはどこか上機嫌だった。酒を飲んでいないのに飲んだ時のような感じで鼻歌まで歌っていたのだ。足取りまで軽いので、一瞬私の知らぬ間に酒を飲んだのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 ふと見上げれば星が綺麗に見える。思えばあの世界ではこんな光景もなかった。いや、今更か。ここでは風も木々も人々さえも生命の息吹に溢れているのだから。

 

「あの、アルス様」

 

 夜風を浴びていた私の視界へステラが顔を出してきた。何だろうか。宿はすぐ目の前で何も問題になりそうな事はなかったと思うのだが。

 

「どうかしたか?」

「え、えっと、ですね? 私の事を、その……」

 

 妙に歯切れの悪いステラに首を傾げる。ステラの事で聞きづらい事、か。何かあっただろうか?

 

「う、美しいって、そう思っているんですか?」

 

 その問いかけで理解した。ステラは私に褒められたいのだと。

 

「そうだな。ステラは美しいと思う。あの踊り子達もそうだったが、ステラも負けていない」

 

 本心を述べるとステラが慌てて顔を背けた。だが耳が赤くなっているのが分かる。恥じらいを感じているのだろうか? だとすれば、褒められる事に不慣れなのだろうか?

 考えてみれば私はまだステラの事を何も知らないに近いな。丁度いい機会かもしれない。おそらくだがドルバ殿とフォンはまだ戻ってこないだろうし、文字の読み書きのついでにステラの事も教えてもらうか。

 

「ステラ、少しいいか?」

「ひゃい!?」

「? 今夜は久しぶりに文字の読み書きを教えてもらえるのだろう? もし良ければその後にステラの事を教えてもらえないだろうか」

「わ、私の事、ですか?」

「ああ。ふと思ったのだ。私はまだステラの事を何も知らないに近いと。ダメだろうか?」

 

 私がそう問いかけるとステラはまた顔を背けてしまった。それでも感じられる雰囲気からは負の気配がない。

 その感覚は間違っていなかったようで、ステラは顔を背けたまま歩き出して宿の入口手前で足を止めるとこちらへ振り返って笑みを見せてくれたのだ。

 

「なら、少しでも時間を有効に使わないといけませんね、アルス様」

 

 

 

 何て空虚な目をしているのだろう。それが私が初めて勇者様、アルス様を見た時に抱いた感想だった。

 魔物と戦った事で汚れただろう布の服に皮の盾とこんぼうを携え、どう見ても勇者なんて呼び名とは似つかわしくない印象を与えてアルス様はルイーダの酒場へ姿を見せた。

 そこにいた全ての冒険者達へ自分の目指す目標と信念を述べ、仲間を求めた姿に私は心を打たれた事を今でも思い出せる。

 大人であっても中々言える事ではない内容に、最初はアルス様を子ども扱いしていた冒険者達も押し黙ってしまうぐらいだった。

 

「これで合っているだろうか?」

「見せていただけますか?」

 

 宿の受付近くにあるちょっとした休憩所。そこに私とアルス様は隣り合って座っている。テーブルの上にはロマリアで買った世界創造の説話本などの勉強セットが並んでいる。

 アルス様の事は、私もよく分からない。出会った時から今まででこの世界を魔王から守りたいと思っている事は間違いないと確信が持てる。

 だけど、何というか悪人を人と思わず魔物と同等かそれ以下と考えている節がある気がする。あのカンダタ達への対処はまさしくそれだった。殺す事を躊躇う事なく出来る事。それが私には信じられなかった。

 あの時、心なしかフォンさんだけでなくアンナさんも息を呑んでいた気がする。

 そして、あのロマリアでの会話。悪事へ手を染めた人間は魔物と同等かそれよりも性質が悪いという考え。あれを聞いた時、私は思わず息を呑んだ。

 納得したからではない。理解出来たからでもない。アルス様の中では、人間の中に分類があると言う事が衝撃的だったからだ。

 悪事に手を染めた者でも、改心し過去を悔やんで償おうとするなら許しを与えられる。それが教会の教えであり考えだった。アルス様はそれを否定していた。いや、そもそもそんな考え自体なかったのかもしれない。

 人に更生するという発想自体がない。あの懺悔室で私はそう感じ取った。

 

「……はい、大丈夫です」

「そうか。なら次を頼めるだろうか」

「分かりました」

 

 私の話す言葉を書き出し始めるアルス様。こうしていると本当に歳相応の少年にしか見えない。

 だけど、私は知っている。この少年には勇者と呼ばれた父親に負けない程の強く立派な志がある事を。

 先程の悪人に対しての非情とも思える考えも、それだけ悪を許せないという正義感の表れと言えなくもない。

 何より、何より転んで魔物に殺されそうだった私を、武器さえ投げ捨てても助け守ろうとしてくれた人を、私は恐ろしいと思いたくないから。

 

「この世界を作った神は、女性だったのか」

「そう言われています。神父様が仰っていたのは、子を産む事が出来るのが女性なので、神様達も女神様が世界を生み出せるのではないかと」

「……成程な」

 

 まただ。時折アルス様は遠い目をする時がある。何かを思い出しているような、そんな目を。

 きっと何かを抱えている。それは私にも分かる。でも、それを聞き出すのは憚られた。

 きっとそれは……。

 

「アルス様、勉強の続きをしましょうか?」

「そう、しよう。ステラの事も教えてもらいたいからな」

 

 年下のはずなのに年上のような頼もしさを感じさせる、そんな少年を私が特別視し始めているからだと思う……。

 

 

 照り付ける太陽。その熱さに私は初めて太陽を恨んだ。あの世界であれば有り得ない気持ちだが、こちらでは珍しい事ではないらしい。

 と言うのも、後ろに乗っているステラからも小声で呪詛のように日の光への恨み言が聞こえてくるからだ。

 

「何でこんなに熱いんですか……っ。どうしてこういう時に限って雲一つないんですか、神よ」

「ステラ、あまり喋らない方がいい。喉が渇いてしまうぞ」

 

 聞こえた言葉には全面的に同意だが、出発前にドルバ殿から聞いた助言を思い出して忠告しておく。

 目指すオアシスはそこまで遠くないらしいが、あくまでそれは正しい方向へ歩いていればこそ。砂漠には目印になるものがないため、油断すると簡単に迷ってしまう。

 そして、一度迷えば待っている結末は一つだけ。砂漠にも魔物は出るらしいが、今の所は見ていない。ただ、時間の問題だろうとは思う。

 視線を動かせばドルバ殿とフォンの乗るラクダが少し先を歩いている。その背中を見失わないように意識を集中し私は手綱を握る。

 

「っ!?」

「キャッ!」

 

 視界の隅に見えたものに私はやや強引に手綱を引いてラクダの動きを止めると急いで飛び降りる。すかさず剣を引き抜きながら砂に足を取られないように気を付けつつ、私はこちらに気付いて動きを止めたドルバ殿達へ短く告げた。

 

「魔物だっ!」

 

 向かう先に見える緑色をした魔物達へ、私は先んじて攻撃を加えた。

 鋼で作られた剣の威力はやはり素晴らしい。硬そうな見た目の魔物だが、何とかその鋏を切り落とせたのだ。

 

「じごくのハサミだっ! 守備力を上げる呪文を使うらしいっ!」

 

 ドルバ殿の助言に頷き、私はその場からローリングで魔物の反撃を回避する。片方の鋏を失ったからか、その攻撃には明確な殺意を感じる。

 もう一匹は何やら動く事無くじっとしているため、おそらく呪文を使おうとしているのだろうと読んだ。

 

「フォンっ!」

「分かってるっ!」

 

 私が目の前のじごくのハサミを睨みながら片手でもう一匹を示すと、おそらく走り込んできたのだろうフォンがその勢いのまま宙を舞い、残る一匹へ襲い掛かった。

 その飛び蹴りは見事にじごくのハサミを捉え、おそらく呪文を中断させたのだろう。何故ならその口からは泡が出ていたのだ。

 これならば向こうはフォンに任せていいだろう。私は目前の、目がどこか血走った方へと集中しよう。

 

「アルス殿っ! 手を貸そうっ!」

「助かるっ!」

 

 ドルバ殿が現れた事で相手の注意が私から一瞬逸れた。そこを逃さず剣で一閃、残った鋏も切り落とした。これで攻撃能力を大きく失ったじごくのハサミは急激に殺意を失って、この場から逃げ出そうとしたのだが、そうはさせじと私はGを投擲する。

 その攻撃でじごくのハサミの動きが鈍り、すかさずドルバ殿が飛びかかるように剣で串刺しにした。あれは、私では無理だろうな。あの体を貫くには体重や重量が足りない。

 

「ならば残るは……」

 

 フォンが相手にしているじごくのハサミへ視線を向ければ、既に決着はつきそうだった。

 フォンの動きが異様に速い事から私は視線を後ろへ動かす。そこにはステラが立っていて、その手をフォンへ向けて目を閉じているのでおそらく補助呪文を使っているのだろう。

 

「終わりだな」

 

 ふと聞こえた声に視線を戻せば、フォンの爪がじごくのハサミの体を貫いていた。瞬間その体が消え、砂の上にGが残る。

 

「……先制出来たから楽だったが、奇襲されていればどうなっただろうか」

「苦戦は免れなかっただろうなぁ。アルス殿が気付かねば痛手を負っていた事は間違いないだろう」

「そうか……」

 

 剣を鞘へ納め、私はGを拾うフォンの傍へと向かいそれを手伝う。ドルバ殿やステラも参加し、私達は再びラクダに乗って移動を再開した。

 何度かの魔物との戦いを経ながら移動していると、やがて日が落ち始める。それと共にそれまでの熱さが嘘のように失せていき、夜になった瞬間に今度は恐ろしい程寒くなった。この寒暖差は異常だ。

 これが砂漠の環境かと、そう思って私はたき火を眺める。おかしなものだ。日中は熱を嫌い、夜は熱を求めるとはな。

 

「う~っ、何なのよこの違いは。昼間は灼熱、夜間は極寒。ホントに最悪な場所だわ」

 

 ラクダにもたれかかりたき火に手をかざしてフォンがぼやく。ちなみに火は私の魔法で起こした。

 ステラはその隣に座り同じように手を火へかざしている。ドルバ殿は干し肉をたき火で炙っていた。

 正直漂う匂いに腹から音が鳴り始める。と、それを聞いたからかドルバ殿が苦笑した。仕方ないではないか。生きているとは腹が空く事なのだ。

 

「アルス殿、もうしばらく待ってくれ。まずは女性が先だ」

「分かっている。ただ、こればかりは私の意思で何とか出来る事ではないのだ」

「がははっ、そうさな。さて、そろそろいいか。フォン殿、ステラ殿、熱いから気を付けて食べてくれ」

「「ありがとう(ございます)」」

 

 差し出された炙り干し肉を受け取り二人は笑みを見せた。ただの干し肉もこの寒さの中で炙れば嬉しくなるだろう。

 見上げる星空は心なしかアッサラームで見た時よりも綺麗に見える。それにしても、日中戦った魔物の中にいたあの不気味な人型の相手は何だったのか。

 包帯を全身に巻いていた人型の魔物。言葉を使う事はなく、ただただ不気味な呻きを上げるのみだったが……と、そこで目の前へ差し出される良い匂いを放つ干し肉。

 

「アルス殿、こちらもいただくとしようか」

「ドルバ殿に感謝を」

 

 今は難しい事を考えるよりも先に冷めない内に炙り干し肉を食べるとしよう。考え事はいつでも出来るが、炙った干し肉は今でなければ冷めてしまって美味しさを落としてしまうからな。

 そうやってしばらく私は食事に夢中となった。その間にもフォンとステラが中心となって会話を繰り広げていた。

 内容はやはり熱さなどの環境話に終始した。聞いている私としても同意しか出来ないもので、干し肉を咀嚼しながら何度も頷いた。

 だが、どうやら私よりも女性の二人の方が不満などが多いらしく、特に汗を掻く事が嫌らしい。ステラは初めて僧侶としての格好を心の底から恨んだそうだ。

 フォンはまだ幾分マシだったらしいが、それでも汗で服が張り付くのが気持ち悪かったそうで、可能なら裸で戦いたいぐらいだったと言うぐらいだった。

 私も不快感を感じはしたが、あの程度はあの世界で経験した様々な事に比べればマシと思えたためにそこまで気にはしなかったが、やはり普通は違うのだろうな。

 

「ドルバ殿はどうだった?」

「ん? いや、それがなぁ……」

 

 そこでドルバ殿が自身の過去を話してくれた。それはドルバ殿が騎士となって間もない頃の事。

 まだまだ未熟なドルバ殿は、せめて剣の腕だけでもと日々鍛錬に励んでいたらしく、汗を掻いて服などが張り付くなど日常茶飯事だった事があったらしい。

 故に今日はその頃を思い出して懐かしかったそうだ。何というか、やはり物事と言うのは人によって感じ方も思う事も異なるのだなと改めて思い知った。

 

「とにかく早くイシス、だっけ。そこへ行きたいわ」

「そうですね。私も水浴びがしたいです」

「水浴びと言えば、アッサラームの宿は風呂が男女共有だったな。いやぁ、あれにはまいったまいった」

 

 その話題になった瞬間、ステラとフォンが顔を真っ赤になった。そう、そうなのだ。故にかなり遅い時間まで二人は汗を流す事が出来ず、しかも私とドルバ殿で周囲を見張る形での入浴となった。

 夜も深い時間に男二人で浴室前に立っているのは中々滑稽だったと思うが、あの街はどうしてもいかがわしい雰囲気があったために私もステラ達のためにと頼みを引き受けたのだ。

 ただ、宿の主人からはそこまでして湯浴みをした女性は珍しいと苦笑されてしまったが。

 

「私やアルス殿は平気だったが、さすがに女性二人は見られて構わぬとはならんし、フォン殿とステラ殿は見目麗しい乙女故にどうしても、なぁ」

「さ、さすがにあたしも……」

「同性ならばまだしも異性には……」

 

 口ごもる二人だが無理もないだろう。いくら私とドルバ殿がバスタオルである程度隠していたとはいえ、それで完全に浴室全てを隠せた訳ではない。二人の体が完全に見える事はなかっただろうが、まったく見えなかった訳でもなかっただろうからな。

 

「こんな事ならあの踊り子のような格好を手に入れておくべきだったか」

「「……え?」」

「アルス殿は中々凄い事を言うのだなぁ。がははっ! いやぁ、これは凄い」

「? 何か間違っているだろうか? あれならば肌に張り付く事はないだろう?」

 

 あれを着た上で今着ている日よけを兼ねた外套を羽織れば、今よりは嫌悪感はかなり軽減できると思うのだが?

 

「あー、うん。アルスはそういえば下心とかなしでこういう事言う奴だったわ」

「そうですね。何というか、だからこそある意味困ってしまうんですが……」

 

 苦い顔をするフォンとステラに私は自分が失言の類をしたのだと理解した。

 と、そう思ったのだが、すぐに二人は笑みを浮かべたのだ。

 

「まぁ、たしかにあれなら動き易いだろうし、下着姿で戦うよりはマシか」

「ですね。ただ、あれで街を歩くのは遠慮したいですけど」

「それは……うん」

「アッサラームならばまだ良いが、他の街では……なぁ」

「そういえば踊り子など他の街では見なかったな。となると、あの格好は高いか。買うとしても一着が限度かもしれないな」

 

 その瞬間、三人が揃って目を点にしたかと思うと同時に笑い出した。

 砂漠の夜空に三人の笑い声が響き渡る。それを聞きながら私は何故笑われているのかが理解出来ないまま、ただただ三人を見つめるしかない。

 

「何かおかしいだろうか?」

「あははっ、ううん。アルスは……っは~、ちっともおかしくないから」

「そ、そうです。ふふっ、アルス様は非常にらしいですから」

「アルス殿はそのままでいて欲しいような、変わって欲しいような複雑なところだな。まぁ成人まではまだ時間があるし、それまでにはある程度男になれればいいか」

「……よく分からないが、ドルバ殿がそう言うのなら努力してみよう」

 

 私がそう言うとステラが複雑な表情を浮かべ、フォンが苦笑し、ドルバ殿が楽しげに笑い、たき火の炎が微かに揺れた。

 

 

 

 アッサラームを出発して三日目。何とか水や食料が尽きる前に、私達は目指していたオアシスと呼ばれる場所へと辿り着いた。

 見慣れない木々に守られているようなそこには大きな湖が見え、そこだけ気温が違うような印象を受けたのだが、それだけここが過ごし易い気候になっているのだと分かった。

 街の者達も活気を持ち、話を聞くと城にいる女王の統治の下、平和に穏やかに暮らしているそうだ。

 その女王というのが話によれば絶世の美女らしく、それを目当てにやってくる者もいると言っていた。

 

「謁見は明日にするとして、問題はピラミッドだな」

 

 宿の部屋を二部屋取り、少しだけ休んで私とドルバ殿の部屋にステラとフォンを入れての話し合い。

 ドルバ殿が年長らしく会話の切っ掛けを振る。

 簡単な聞き込みで得た情報だが、それでも十分過ぎる収穫があったと言える。

 

「ここから北に行けば一日ぐらいで着けるんだっけ?」

「そうらしいです。ただ、盗掘者対策にかなり罠が仕掛けられているそうですけど……」

「罠、か。落とし穴や毒霧などはあるだろうな。後は……」

 

 脳裏に過ぎるあの恐怖。盗掘者対策と言われて宝箱に何も細工をしないなど有り得ない。

 と、そこで気付いた。ドルバ殿なら何か知っているかもしれないと。

 

「ドルバ殿、一ついいだろうか?」

「ん?」

「盗掘者対策となれば、まず宝箱へ何か仕込むはずだ。魔物をその中に閉じ込めておくなど可能だろうか?」

 

 その問いかけにドルバ殿だけでなくフォンやステラまでも目を見開いた。

 

「……アルス殿の思考には時折驚かされるばかりだ。私もそのような事は知らないが、可能性はある」

「宝箱に魔物、かぁ。そんな事されたらあたし、真っ先に引っかかるわ……」

「ふぉ、フォンさんは宝箱に目がないですからね」

「ならば、ピラミッドでは宝箱に注意を払った方がいいだろう。フォン、気を付けてくれ」

「わ、分かった」

 

 神妙な顔で頷くフォンに私は息を吐いた。あの世界で私が経験したような恐怖を味わう事がないように出来たと安堵して。

 それにしても、ここは本当に不思議だ。どことなく懐かしい感じもする。だがそんなはずはない。今まで訪れたどんな街や村とも似ていないし、あの世界にこんな安らぐ場所はなかった。

 なのに、どうして私は懐かしさのような感覚を抱いているのだろうか。その答えはきっと城の方にあるような気がする。

 

「それにしても、心配してた事はありませんでしたね」

 

 その言葉に私だけでなく全員が頷いた。

 あの謎の襲撃。あれに似たような事が砂漠でも起こるかもしれないと思っていたのだ。何せ一度戦闘して分かったが砂地は思った以上に足を取られる。

 ローリングでの回避は砂地故にこちらへのダメージなどはないに等しいが、陽射しで熱を与えられたために触れているだけで体力を奪われてしまうのだ。

 つまり、砂漠での戦闘は有利な点よりも不利な点が多い。対する魔物達は当然だが砂漠に適応しているためにこの劣悪な環境をものともしないという面も辛い。

 だからこそ、砂漠であの魔物に襲撃されたくはないと思っていたのだ。ただ、それはあの魔物が砂漠向きではないからかもしれないな。

 

「だが油断は出来ん。下手をすればピラミッドで襲ってくるかもしれん」

「有り得る話だ。とにかく、まずは体を休めて明日の謁見に備えよう。それに買い出しもしなければならない」

「そうね。じゃ、あたしとステラは汗を流しに行ってくるわ。ね?」

「はい。では、また後で」

 

 揃って部屋を出ていく二人を見送り、私はドルバ殿へ視線を向ける。それに向こうも気付いて視線を向けてくれた。

 

「ドルバ殿ならば、いつ襲撃を仕掛ける?」

「ピラミッドからの帰路。あるいは、アッサラームへの帰路」

 

 こちらの問いかけに驚く事もなく即答する、か。どうやらドルバ殿も私と同じ危険性に気付いていたらしい。

 そう、ただの奇襲では撃退されるのなら、次はもっと勝率を上げる状況を作り上げるかその状態で仕掛けるだろうと。ならば、もっとも油断するか疲弊している時が危険だ。

 特に砂漠での戦闘は普段よりも注意を払うべき事が多い。ならば、目的の物を手に入れた後か、もしくは厄介な環境から脱して街を前にした時だろう。

 

「アルス殿は、どちらが可能性が高いと見る?」

「……正直分からない。確実性が高いのはピラミッドからの帰路だろう。ただ、一番不意を突けるとすればアッサラームへの帰路だろうか」

「ふむ、理由を聞かせてもらえるか?」

「厳しい砂漠を抜け、目の前に街が見えてくればどうしても気は緩む。対してピラミッドからではまだ砂漠の中で疲労などがあっても警戒心などは高いはずだ」

「うむ、私も同意見だ。疲弊度合で言えば未知の場所からの帰りだろうが、気の緩みなども考慮すれば砂漠を抜けた後の方が危険だろうなぁ」

「だからこそ、ステラやフォンには教えておかない方がいいと思うのだ」

「……要らぬ心労をかけぬため、か?」

 

 本当にドルバ殿は凄い。こちらが何も言わずでも察してくれるとはな。

 ステラやフォンに今の話を聞かせても、杞憂に終わる可能性がないとは言い切れない。そうなればただでさえ危険なピラミッドなどで余計に疲弊してしまう事となる。

 もし実際に起きたとしても、私とドルバ殿が警戒していれば最悪の状況は避けられるだろう。こう言っては何だが、精神面はまだフォンも甘いところが窺える。

 いざとなった時、非情な決断を下せる事。それが出来るのはおそらく私とドルバ殿だけだろう。アンナ殿がいればもっと安全だったのだが、今そんな事を言っても仕方ない。

 

「杞憂となってくれる事を願います」

「そうだな、私もそう願う。アルス殿は本当にこういう時は年齢以上の配慮を見せるな」

「……父のような立派な勇者を目指しているからです」

 

 違う。あの世界で何度も経験した下地があればこそだ。そう思うもそれを言う事は出来ない。あの世界での話など、信じてもらえるはずもない。

 そもそもそれはアルスではなく私の話だからだ。その説明から始める事になる以上信じられる要素が無さ過ぎる。

 ただ、あの時にもしドルバ殿達がいてくれればどれ程心強く、また希望となったかと思わないでもないとそう思うも、どこかでいなくて良かったとも思う。

 終わらせるしかなかった世界にドルバ殿達のような者達がいたら、私は火継ぎを終わらせる事を躊躇ってしまったかもしれないからだ。

 

「アルス殿、あまり気に病まない方がいい」

 

 こちらが黙ったからかドルバ殿が神妙な表情で声をかけてきた。

 その内容は、まるで私の内に秘めている事を感じ取っているような印象を受ける。

 私が何も言わない事をドルバ殿はどう取ったのか分からないが、そのまま言葉を続けてきた。

 

「たしかにオルテガ殿は立派だったろうが、それはアルス殿とは異なる人間なのだ。それを目指す事は否定しないが、オルテガ殿にはなれない事を忘れてはいかんぞ。アルス殿はアルス殿だ。何があろうと他の誰もそなたと同じにはなれぬ」

 

 その最後の言葉が私には衝撃だった。何があっても他の誰も私にはなれない。あの世界では言われる事のなかった言葉だった。

 もしかすると、この言葉が出てくるというのがこの世界が光に溢れている理由なのかもしれない。

 私に出来たのは無言で頷く事だけだった。ただ、それを見たドルバ殿がどこか嬉しそうに笑みを浮かべた事が印象的だった。

 

 

 

 イシス城は城下街で感じた雰囲気がより濃くなった感じがした。

 ステラ曰く魔力に近い何かを感じるらしい。エルフの隠れ里に似ている気もすると言っていた。

 城内に入ると何匹もの小動物がいた。長い尾を持つそれは、それぞれで寝そべったり伸びをしたりと自由気ままな印象だ。

 

「「可愛い~っ!」」

 

 ステラとフォンがその小動物へ近付いていくも、向こうは人に慣れているのか平然とその場から動かず欠伸をしている。

 どうやら二人に構われるよりもそこで眠る事が重要らしい。中々胆の据わっている生き物だ。もしくは我がままな生き物だろうか。

 

「ドルバ殿、あれは?」

「うむ、私も初めて見るな。どれ、少し聞いてみよう」

 

 そう言ってドルバ殿は衛兵へ近付いていき小動物について尋ね始めた。その間にもステラとフォンは眠る小動物を見つめて笑みを浮かべていた。

 うちの何匹かはステラの傍へ寄って体などを擦り付け始めていたが、当然のように私の傍には一匹もおらずむしろ距離を取っているように感じる。

 試しに近付いてみると怯えるように離れるのだ。これはもしかするとアルスの中にいる私に気付いているのかもしれないと思った。

 

「アルス殿、その生き物はネコと言うそうだ」

「「「ねこ?」」」

 

 私達の疑問の声にそこにいた全てのねこが一斉に鳴いた。その声に二人がまた表情を緩ませる。

 何というか、気が抜ける声だった。たしかにあの声を聞いて表情を険しくする者はいないだろうな。

 謁見の許可が出るまでそこで過ごし、私達は二階に上がって女王の前へと案内された。

 肌が褐色の女王はたしかに美しいと言えた。どこか神秘的な雰囲気もあり、私達が魔法の鍵を求めている事を告げると、ピラミッドへ行く事を許してくれた。

 とはいえ、どうやらピラミッド自体は魔物が巣食う場所となっており、その探索の安全は保障出来ないと断言されたが。

 

「昔から王家の墓は不届き者に死の呪いを与えると言われています。ないとは思いますが、あなた方が墓を荒らせば必ずや災いが振りかかるでしょう」

「心得ておきます。決して墓荒らしをしたい訳ではありませんので」

「その言葉を信じます」

 

 柔らかく笑みを浮かべる女王へ跪いたままで頭を下げる。

 謁見を終えその場を後にしようとした私達だったが、ふと聞こえてきた子供の歌声へ顔を動かした。どうやらわらべ歌のようで、二人の子供が楽しげに歌っている。

 ただ、その内容が些か理解出来ないものだった。ボタンの名前と方角の歌なのだ。おひさまボタンで扉が開く。東の東から西の西。

 一体何の意味があるのか分からないが、こういう一聴すると意味がない事が後で活きてくる事もある。あの世界でも時折あった事だ。

 城内から出て城門まで歩いていると、ステラが突然足を止めた。その視線を追うと城壁へと向いている。特に違和感などないが、何か気になる事でもあっただろうか?

 

「ステラ、どうかしたか?」

 

 こちらの問いかけにも答えず、ステラは黙って視線をゆっくり動かしていく。

 やがてその視線がある場所を見て止まった。

 

「……アルス様、あちらから不思議な力を感じます」

 

 すっと指をさした方向は城壁沿いに歩いた先と思われる場所だった。

 柱で隠されているがよく見れば道らしきものが見える。顔を動かしドルバ殿やフォンへ目を向ければ、二人も無言で頷いてくれた。どうやら見に行く事に異論はないようだ。

 なのでそこから城壁へ向かって歩き出す。柱の間を通り抜け、隠されているような道を歩く。それにしても、どうしてこんな道を作ったのだろうか?

 隠したい道とは正直思えない。ならばこんな風に注意深く見ただけで分かるようにはしないだろう。と言う事は、これは何か定期的に通っている道と考えるべきだ。

 そんな事を考えながら歩いていると、やがて向かっている方向に入口のようなものが見えてきた。

 

「さて、ここまで来てなんだが、この先は入ってもいい場所なのだろうか?」

「ドルバさん、それを今言う?」

 

 フォンが呆れたように眉を顰める。ステラはただ何も言わず入口らしき場所を見つめていた。

 どこか今のステラからは普段とは異なる雰囲気がする。どこか普段ない神聖さというか、神秘性があるというのか。とにかく何か違和感のようなものを覚える。

 ただ、今はドルバ殿の疑問を消すとしよう。

 

「もし問題であるならば、ここに衛兵を配しているはずだ」

「ふむ、一理ある」

「じゃ、先に進みましょ」

 

 そうして進んだ先は、城内よりも更に不思議な雰囲気が強く漂っていた。

 道なりに進んで行くと途中下への階段が見えてきた。どうするべきかと思ったが、ステラが先んじて降りていくので後を追う形で私達も階段を下りる事に。

 それにしてもステラはどうしたのだろうか? ここへの道を見つけてから様子がおかしい。一言も話さず、無言で先を急いでいるようにも見える。

 地下へ下りるとステラが少し歩いた先で立ち止まっていた。その視線の先は通路となっていて、そこからは冷たい空気が漂っている。

 

「ステラ」

「……この先です、アルス様」

「何があるんだ?」

 

 その問いかけには答えずステラはそのまま歩き出す。まるで何かに操られているようにも見える。

 

「アルス、ステラどうしちゃったのよ?」

「分からない。ただ、様子がおかしい」

「足取りはしっかりしているが……」

「とにかく今は後を追おう。何となくだが危険はないと思う」

 

 言いながら歩き出してステラを追う。ドルバ殿の言う通りステラの足取りはしっかりしているが、どことなく瞳に輝きがないようには見える。

 ステラの後を追っていくと、十字架がついた墓らしきものの前にまた下への階段があり、彼女はそこへ躊躇いな下りていく。

 十字架、か。よく分からないが何となく違和感を覚える。ピラミッドが王家の墓と女王は言っていたが、ここはそもそも一体何のために作られた場所なのだろうか?

 

「アルス殿、いかがした?」

「いや、何でもない」

 

 考え事をするのは後にしよう。今はステラだ。

 階段を下りた先にはステラが立っていたのだが、無言ですっと腕を上げて視線の先を指さした。

 

「……宝箱?」

 

 私と同じようにステラの指さす方を見たフォンが疑問符を口に出した。フォンの言う通り通路の奥には一つの宝箱が置かれている。

 

「ステラ殿、あれは?」

「アルス様の手助けになる物が入っています」

「アルスの?」

「ステラ、どうしてそれが分かるのだ?」

 

 その問いかけをした途端ステラが目を閉じてぐらりと体を揺らしたので咄嗟に受け止める。

 以前抱えた時よりも僅かに重くなっているような気もするが、これぐらいならば平気だ。

 

「ステラっ!?」

 

 突然の事にフォンが慌てるが、私の腕の中でステラがゆっくりと目を開けた。

 

「……フォンさん? え? あ、あの、何で私はアルス様の腕の中にいるんですか?」

 

 何度も瞬きをして状況を理解しようとするステラを見て、私はようやく普段の彼女が戻ってきたと確信出来た。

 

「どうやら戻ったようだ」

「そのようだ。で、アルス殿、どうする?」

 

 ドルバ殿の言葉に顔をステラから宝箱の方へ向ける。明らかに異質な空気を放つそれを見つめ、私はそっとステラを立たせた。

 

「ステラを使ってここまで案内してくれた者の思惑は分からないが、私達へ害を為すとすれば些か回りくどいと思う。なら、本当にあの中身は私達の役に立つものなのだろう」

「あ、開けるの? 呪われたりしない?」

「可能性はあるが、その場合は教会へ駈け込んで解呪を依頼すればよかろう。がははっ!」

 

 豪快に笑うドルバ殿をフォンが訝しむような眼差しで見つめ、ステラはまだ周囲を見回している。そんな三人に私は笑みが浮かぶ。

 本当に不思議だ。こんな時間が私には堪らなく愛しい。それと視線の先にある宝箱にも不穏な気配がないのも分かった。

 迷いなく歩を進め、宝箱を開けるとそこには不思議な輝きを持つ腕輪があった。

 

「……これは」

”何者だ?”

 

 腕輪を手に取ると聞こえる声に顔を上げれば、そこには白いもやのようなものが浮かんでいた。

 あまりの事にさすがの私も反応出来ず、ただ目の前の謎の存在を見つめる事しか出来かなかった。

 

「お、お、オバケ!? 呪われるっ!?」

「い、いえ、悪意のようなものは感じられません」

”我が眠りを妨げたのは、お前達か?”

 

 その問いかけで私は女王の言葉を思い出した。今手にしている腕輪はこの存在の大事なものなのかもしれない。それを取り出した事が墓荒らしになってしまったのか。

 

「いや、妨げたのは私だけだ。他の者達は関係ない」

「っ!? 勇者様!?」

”そうか。正直な奴だな。それはもう我には必要ないものだ。好きに持って行くがいい”

 

 その言葉と共にもやは消えた。それと同時にその場を包んでいた雰囲気が心なしか優しいものへ変わった。

 私の手には不思議な腕輪が残されたが、一体これはどういう物なのだろうか。今の我にはと言っていたが、つまりあのもやは今も存在しているのだろうか?

 

「あ、アルス? それ、大丈夫なの? 呪われてない?」

 

 腕輪を見つめていると後ろから怯えた声のフォンが顔を出してきた。その視線は腕輪へ注がれている。

 

「問題ないと思う。試しに着けてみよう」

「「えっ!?」」

 

 やけに軽い腕輪をはめると不思議と装備の重量が減ったような気がする。まさかと思って剣を引き抜いてみるとそれさえも感じる重量が少ない。

 そのまま振ってみれば恐ろしい速度で振り下ろせた。その瞬間背後から三つの息を呑む声が聞こえた程だ。

 

「……アルス殿、今のは?」

「分からないが、この腕輪を着けた時から装備の重さが軽くなったように感じた。おそらくその効果だろう」

「嘘っ!? ねっ、ねっ! あたしにも装備させて!」

 

 言われるまま腕輪を外してフォンへ渡す。フォンは腕輪を持つなり小首を傾げ、その場で蹴りを放った――と思う。

 と言うのも、気付いた時にはフォンの足が目の前にあったからだ。本当に見えなかった。やった本人さえも驚きを隠せないままでこちらを見つめている。

 

「し、信じられない。何よこれ……? 動きが、嘘みたいに速くなった……」

「これは凄い物を手に入れたなぁ。もしかするとこの国に伝わる秘宝かもしれん」

「あ、有り得そうです……」

「フォン、それはそちらが装備していてくれ。私よりもフォンの方が活きる気がする」

「い、いいのかな? あたしとしては嬉しいけど……」

「なぁに気にする事はない。武闘家は素早さが命。その腕輪の力はこの中にいる者達ではフォン殿がもっとも活用出来ると私も思うぞ」

 

 ドルバ殿の言葉に頷いて私はフォンを見る。フォンは私とドルバ殿の意見にどこか躊躇いながらも腕輪をそっと撫でてから深呼吸一つすると力強く頷いてみせた。

 こうして私達はその場を後にした。それにしてもステラをあそこまで導いたのは何だったのだろうか? 心当たりは一つだけあるが、当然ながら確かめる方法はない。

 だが、操られたステラが私の役に立つと発言した事から、おそらくこの世界で私が初めて言葉を交わした存在だと思う。

 

 その後城を出て宿へと戻った私達は明日ピラミッドへ向かう事にし、今日一日は出立の準備に費やす事にした。

 フォンは早速とばかりに腕輪を着けた事でやってみたい事があると言って宿を出て、ステラは妙に疲れたと言って部屋で休み、ドルバ殿はならばと買い出しへと向かってくれた。

 なので一人部屋で考え事をする事にした。考えるのは勿論今日の事だ。ステラを操ったのがもしあのルビス様の使者とすれば、どうして急にそんな事をしたのか。

 そうなってくると一つだけ浮かんでくる事がある。例の謎の襲撃だ。もしかするとあれが起きた事であの使者が手を貸してくれた? となると、あの襲撃は魔王の差し金であり今後も起きうる?

 

「……あの時感じたのはソウルだと思う。もしや、魔王は王のソウルを持っているとでも言うのか?」

 

 何を馬鹿なと思うかもしれないがそうでなければ説明がつかない。あれはたしかにソウルだった。

 だがここは私がいた世界ではない。となるとこれはどういう事だろうか。まさか、この世界があの世界と繋がっているとでも? この光溢れる世界が? あの火を消して暗闇だけになった世界と?

 

「有り得ないと思いたいが、逆にもしそうなら私がした事は意味があったと言える……か」

 

 火継ぎを終わらせた結果がこの世界なら、私の決断は間違っていなかった。だが、どこかで違和感も覚える。

 もし仮にここがあの世界と繋がっているとするなら、何故ソウルは失われたのか。そして何故あの魔物からは感じられたのか。

 

「……魔王の前へ辿り着けばはっきりするか」

 

 全てはそこだ。魔王も王ならあの世界で散々やった事だ。そう、王を倒す。そう考えれば私が何故呼ばれたかは納得しか出来ないな。

 そしてきっとそれが出来ればはっきりするだろう。この世界があの世界と繋がっているのかどうかも、何故私が呼ばれたのかも。

 

「ルビス様がこの世界を創造した女神だとすれば、その正体は彼女だったりするのだろうか……」

 

 そう、私と共に火継ぎを終わらせてくれたあの火防女だとすれば、この上なく納得出来る話になる。

 そんな事を考えながら私はベッドへと横たわる。そんな事はないと願いながら、どこかでそうであってもいいと思う自分に気付きながら……。




更新が遅れて申し訳ありません。ただ、おそらく次回もかなり遅くなるかと思います。
それと謎の魔物の正体はあくまのきしです。ラリホーを使う厄介な相手で、しかも攻撃力もかなり高いモンスターで、ドラクエ1でロトの鎧を入手する際に戦う事になる存在でした。

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