その灰は勇者か? それとも…… 作:人間性の双子
王たる者が身に着ける黄金の冠。特に秘めたる力などなく、ただ黄金で出来ているため帽子よりは防御力が高い。
魔法使いでも装備出来るために防具としては優秀だが、いかんせん王族の持ち物故に出回る事などなく、また売買もされていないのが実情だ。
そのためか、とある国で盗賊に盗まれた後、取り戻した者達がそのまま持ち去ってしまった事があったらしいが、彼らの旅に役立ったと聞いた持ち主の王は怒りもしなかったそうだ。
それだけ、この冠の持ち主は器の大きい善き王だったのだ。
「そうか。どうしてもわしの跡を継いではくれぬか」
そう言って肩を落とすロマリア王を見て、私は密かに安堵の息を吐いた。
一夜明け、私達は玉座の間において取り戻した”きんのかんむり”を王へと差し出したのだが、ドルバ殿の懸念通りそこで王から言われたのだ。
―――うむ、よくぞきんのかんむりを取り戻してくれた。アルスよ、そなた、わしの代わりにこの国を治めてくれぬか?
正直、先に聞いていなければ驚き戸惑っただろう。ドルバ殿の助言は本当に助かった。三度程断ったところで先程の言葉が出てきたのだ。
チラリと見ればドルバ殿は笑みを浮かべているし大臣殿も苦笑している。どうやら本当に珍しい事ではないようだ。
「王様、私からお願いしたい事がございます」
「ん? ドルバがわしに願いとは珍しい。なんじゃ?」
「はっ、騎士団長を辞した後どうするべきかと考えておりましたが、出来ればこのアルス殿達と共に旅に出たく思います」
「何と!? 魔王退治に同行すると言うのかっ!?」
驚きを見せたのは王ではなく大臣殿だったが、おそらく私を含めその場の全員が同じ心境だった。
ドルバ殿は真っ直ぐ真剣な面持ちで王を見つめていた。ただ沈黙だけがその場を包む。
「……妻と二人で穏やかに暮らすのではなかったのか?」
「そうしようと思っておりました。ですが、息子よりも年若い少年が魔王退治に乗り出しているとこの目で見てしまうと、まだこの老骨にも出来る事があるのではないかと思ってしまったのです」
そう告げるやドルバ殿は一度だけこちらを、正確には私とフォンを見たのだろう。視線をチラリと向けてすぐに王へと戻した。
「それに、息子の嫁になってくれるかもしれぬ良き少女とも出会いました」
「だ、だからあたしはまだ」
「フォンさん、王様の前ですから」
「学習しないな、お前は」
立ち上がろうとしたフォンをステラとアンナ殿が嗜める。王はそんな様子を笑みと共に見ていたので気にはしていないようだ。何とも器の大きい王である。
大臣殿も苦笑しているのでどうやらこの王国の主だった者達は皆器の大きな者達らしい。良い国だと心から思う。あの滅びゆく場所も、このような者達がまとめ上げていればもしかしたら……。
「何より、やはり若い者達がその命を賭けて魔王へ挑もうとしているのだとこうはっきりと見せられて、妻と二人で息子の将来を眺めているだけでは私の、そして我が家名の恥となりましょう」
「だがドルバ殿、騎士団長を退いたとはいえ未だこの国一の騎士はそなただ。そのそなたが留守となると、残された者達が」
「がははっ! ……何をおっしゃいます大臣殿。我がロマリア騎士団に、この私一人いないだけでその誇りを見失うような脆弱な者はおりません」
豪快な笑い声が響いたかと思うと、一転して真剣な表情となったドルバ殿が静かにそう言い切った。そこには己が鍛え上げ率いていた騎士達への強い信頼が滲んでいた。
そしてそれを聞いて王は私へと顔を向けた。
「アルスよ、ドルバはこう言っておるが、どうじゃ?」
「……私としても、ドルバ殿のような方に力を貸していただけるなら望外の極みです」
アンナ殿よりも力があり剣技も凄い。それにフォンを見ていて分かった。ドルバ殿には私やアンナ殿にはないものがあるのだと。
それは、年齢からくる重厚感。人としての年輪とでも言えばいいのか。要するに存在感がある上に頼もしさがあるのだ。
フォンもステラもアンナ殿さえも私の言葉に何も言わなかった。多分だが同じような事を感じていたのだろうと思う。
カザーブからロマリアまでの一日強の道のりだったが、そこで皆感じたのだ。ドルバ殿の頼もしさを、安心感にも似た感覚を。
「ふむ、アルスもこう言っておるか。よし分かった。ドルバよ、このロマリアの騎士として勇者の手助けをせよ」
「はっ!」
「ただしっ、ただしじゃ。一つだけ必ず守ってもらいたい事がある。アルスとその仲間達もじゃ」
私達をゆっくりと見回して王は静かに笑みを浮かべた。
―――一人も死ぬでないぞ。ドルバは我が国の宝であり、そなた達もまた誰かの宝なのじゃ。魔王を打ち倒した暁には、必ずや全員揃ってわしの下へ顔を出してくれ。ドルバへの労いと、そなた達への労いをさせてほしいのじゃ。
私は、その言葉を聞いてすぐに頭を垂れた。今まで取ったどんな時よりも深く心からの感謝と敬意を示すために。
おそらくドルバ殿も、ステラ達もそうだったと思う。まさしく王がそこにはいたのだ。民を想い、国を想い、そして人を想う善王が。
こうして私達はロマリア王達に見送られて城を後にした。ドルバ殿は一旦自宅へ戻り、リンデ殿やマイヤー殿と話をしてくるらしい。明日の朝、城下の出口で待ち合わせをしたので今日はまた四人で過ごす事になった。
「さて、ドルバ殿が仲間となってくれる事になったが、今後目指すべき場所の心当たりはあるだろうか?」
宿の部屋を二つ取り、私が使う部屋に全員で集まっての相談。私の問いかけにフォンは首を横に振った。ステラも同様に。アンナ殿は腕を組んで目を瞑ったまま黙り込んでいる。
「……ドルバのおっさんが仲間になるのなら、きっとそっちからも情報が得られるはずだ。それでも行先の決め手がなければここで情報を集めながらレベル上げといこう」
「そうですね。勇者様の武器もそろそろ買い替え時ですし」
「よし、じゃあドルバさんの腕前もそこでしっかり見せてもらいましょ。カザーブからここまでじゃ、そこまで凄い人には見えなかったもの」
フォンの言葉に誰も反論しない。やはり誰もが思ったのだ。ドルバ殿が騎士団長を務めていたという経歴と、その息子であるマイヤー殿があれ程気配を殺す事が出来るのに団長になれなかった事。
その二つがどうしても自分達の見た事や感じた事と一致しないのだ。となるとドルバ殿があの道中で加減をしていたと言う事だが、そんな理由に心当たりはない。これはどういう事なのだろうか?
その後はそれぞれで別行動となった。フォンは妙に落ち着かない様子で散歩をすると言って宿を出て行き、アンナ殿は酒場へ行くと言って出て行った。
ステラも何か欲しい物があるらしく道具屋へ行くと言うので私も同行する事にした。剣の手入れを頼むため武器屋へ行こうと思っていたからだ。
「勇者様は剣の修復ですか?」
「ああ。ステラは何を?」
「えっと、ちょっとした書物と筆記用具です」
「書物は分かるが、筆記用具?」
理解出来なかったために問いかけるような声を出すと、ステラがやや不満そうに頬を膨らませた。
「むっ、勇者様お忘れですか? 読み書きを教えて欲しいと言ったのは勇者様です」
そう言えばそうだった。あの約束からこれまで、互いにそんな余裕のない状態が続いたために忘れてしまっていた。
そう素直に告げて頭を下げるとステラの表情から怒りや不満が若干であるが和らいだ。それでも笑みではないのでまだ私は許された訳ではないらしい。当然とも思うので謝り続けるしかない。
「ステラ、本当にすまなかった。その、許して欲しい。勿論忘れていた私に非があるのは分かっている。それでも、機嫌を直して私に読み書きを」
「分かっていますよ。ただ、一つだけ勇者様にお願いがあります」
「願い?」
するとステラは真剣な表情で私を見つめてきた。それは、あのシャンパーニの塔で見せたカンダタを助けようとした際の顔に似ている。
「勇者様が悪人を許せないのは分かります。そして、悪事を憎んでいる事も。それでも、それでもお願いです。どうかあの時のような事を本当にしようとするのは止めてください」
「あの時というと……カンダタ達へ告げた事か?」
私の問いかけにステラは無言で頷いた。死んだ方がマシと思うだろうという、あれか。やはりステラは慈悲深いのだろう。自身が人質となっていたかもしれないのだ。それでも相手の命を、とは。まさしく神に仕える身なのだろうな。
「ステラ、貴女の気持ちは分かった。だが、忘れないで欲しいのだ。あの時、カンダタは何をしようとしていたかを。私が動かなかければ奴は貴女を羽交い絞めにしていた」
「それは……」
「誰にでも、それこそ悪人にも慈愛をみせる事は素晴らしいのかもしれない。だが、私はカンダタと仲間ならば仲間を選ぶ。もしあの時カンダタがステラを人質としていれば、きっと私は貴女を失ってでもフォンとアンナ殿を守るためにカンダタを殺した」
「っ?!」
静かに周囲へ聞こえない程度にそう言い切る。ステラを失いたくはない。だが、そのためにフォンやアンナ殿まで危険に晒すつもりはない。
「ステラ、これだけは分かって欲しい。あの時誰も死なせずに済んだのは幸運に幸運が重なった結果だ。まずは私が人質となった事。次に魔法を使える状態だった事、最後にアンナ殿が氷の魔法を使えた事だ」
事実を述べる。どれか一つでも違えば結果は大きく異なっていただろう。ステラもそれに気付いたのか真っ青な顔で私を見つめていた。
何故か胸が痛むが、これだけで終わらせてはいけない。今後似た事がないとも限らないのだ。そのためにも、ステラには心苦しいが私があの世界で味わった事の一端を知ってもらわねばならない。
「ステラ、慈愛を捨てろとは言わない。だが、世界にはそれを受け取っても平気で吐き捨てる者もいるのだ。慈愛を蹴飛ばし、慈悲を笑い、人の良心を踏み躙る存在がいる事を忘れないでくれ」
「勇者様……」
「ステラがそのままでいたいのなら構わない。その分、私が厳しくあろう。ステラの慈愛や慈悲を利用し笑う者がいれば、その者にはそれ相応の報いを与えるために」
「っ!?」
目を見開くステラだったが、それでも彼女は私から目を逸らそうとはしなかった。
「私もこの手を血で染めたいとは思わない。だが、魔物を殺している以上人や世界に害を為す者を見逃す事は出来ない。魔物は殺して褒められ感謝されるのに、性質の悪い悪人はそれではないというのもおかしな話だ」
「っ?! ゆ、勇者様っ、ここでは何ですから向こうへっ!」
ステラが周囲を見回すなり私の手を掴んで歩き出した。その行先は武器屋や道具屋がある方ではなく教会のある方向だった。
しばらく歩き教会へ着くと、ステラは私に待っているよう告げて神父殿と何やらやり取りをした後、私の前へ戻ってくるなりまた手を掴んだ。
「こっちです」
「ああ」
連れて行かれた先は小さな部屋であり、目の前には木で出来た仕切りのようなものが見える。
「ここで待っていてください」
「分かった」
ステラは私をそこへ置いて部屋を出た。少し待つと仕切りの向こうに人の気配がする。
「勇者様、もう大丈夫です」
「ステラか」
「はい。ここは懺悔室です。神父様に頼んで貸して頂きました。ここでならどんな話も許されます」
「そうなのか」
どうやら先程の私の話はどこでもしていいものではないらしい。だからステラはここへ連れてきたのだろう。これも僧侶であるステラならではの機転か。
「それで、勇者様。先程の話ですが本気でそう思っているのですか?」
「無論だ。魔物と悪人、何が違う? 共に生きるために他者へ害を為している存在だ」
「っ……同じ人です」
「ならば余計だろう。魔物は種族が違うから敵対し殺し合うのも分からないでもないが、何故同じ人同士で殺し合い奪い合う? 一方は正しく生きようとしているのに」
「それは、心弱い人達もいるからです」
「心弱ければ何をしてもいいのか? もしそうなら誰も心強くあろうとしなくなってしまうが……」
「誰しもが強くあれる訳ではありません。今は強い人も何らかの拍子で弱くなる事もあり、逆もまたあります。だからこそ、簡単に人の可能性を奪ってはいけないのです」
そのステラの言葉が私にはあの世界を思い出させた。心強かった者が何らかの切っ掛けで心弱くなる。それを私は実体験で味わった。
使命を果たした事で心を折ってしまった者達も、きっとそれに当たるのだろう。ああ、そうか。ステラはそれを知るからこそ慈愛を向け続けようとするのか。
可能性。人の持つ可能性、か。それこそが彼女があの闇の中で見た火なのかもしれない。ああ、そういう事か。知らず私は闇の道を歩き出していたらしい。
人の持つ光ではなく闇ばかり見ていた。これでは本当に魔王だ。考え方が知らずあの世界へ引っ張られていたのかもしれない。
「ステラ、私が浅慮だった。たしかに悪事を働いたからといって命を奪うのは短慮だろう」
「勇者様……」
「だが、それでもこれだけは言わせてもらう。一度目はまだ分かるが、二度三度と繰り返す者は許す訳にはいかないと。それに一度目だろうとも、それが私利私欲の結果他者の命を奪ったのならそれ相応の報いは受けさせねばならない」
「はい、それは仕方ありません。悪事をしなければ生きていけないとしても、それを選ばず乗り越える者もいるのですから」
どこか伏し目がちな声で告げられた言葉に私は小さく頷く。そうだ。例え目の前に財宝などがあっても、それをすぐ手にせず、用心深く観察して罠がないかを調べる事は往々にしてあの世界では必要だった。
それと同じだ。今、この行動は必要かそうではないかを判断し、それ以外の方法がないかを考える事。それは誰しもが出来るはずの行為なのだ。
その後は二人で神父殿へ礼を述べ教会を後にした。そして元々の目的であった事をお互い済ませた。剣は明日の朝までに仕上げてくれるとの事で、私はステラと二人で宿へ戻り私の使う部屋へと入った。
「では、早速始めましょうか」
「ああ、よろしく頼む」
遂に始まったステラによる文字の学習は思っていたよりも難しくはなかった。ステラは私に教える際に、子供達へ教えるように意識したらしく、とても分かり易かったのだ。
そして書くよりも読む事へ力を入れてくれた事もあり、私としても実りある時間を過ごせた。ちなみにステラが購入した書物は有名な説話らしい。それを教材に私へ文字の読み方を教えてくれたのだ。
―――世界は初め、深い闇に包まれていました。でも、その闇を払うかのように光が生まれ、世界をゆっくりと照らしていったのです。
その光を誰かがこう呼びました。”希望の灯”と。その希望の灯は人々の中に宿り、その闇を封じ込めていきました。
やがて世界は光に包まれ、闇はいずこかへと消えていきました。だけど、忘れてはいけません。闇は人々が光を蔑ろにする時を待っていると。
文字の学習は夕方近くまで続いた。途中休憩がてら宿の食堂で昼食を食べていた時にアンナ殿が戻ってきてフォンの事を教えてくれたのだが、それに私とステラは軽く驚いたものだ。
―――あいつ、どうも城に行ったらしいぞ。どうやらあのハンサムに会いに行ったみたいだな。
何とフォンがマイヤー殿へ自分から会いに行ったと言うのだ。アンナ殿自身が見た訳ではないが、どうも城の兵士が話しているのを聞いたそうだ。
フォンが城へと向かい、騎士団の訓練を見学していた。これは間違いないと。そうなれば、フォンがそんな事をする理由は一つしかない。
アンナ殿は私達へフォンの事を話して食事を終えるとドルバ殿の家へ行くと言って出て行った。アンナ殿はやはりフォンをどこか気に掛けている気がする。
ライド殿に似ているのだろうと思う。同じ武闘家というだけでなく、その言動も近いのではないのだろうか。そう私が言うとステラはそれを肯定し、もしかすると年齢も近いかもしれないと言った。
成程。であれば余計アンナ殿がフォンを気にする訳だ。そう私が感想を述べるとステラは小さく笑ってまるで姉みたいですものと言ってきた。
「……姉か」
「はい。言われてみればアンナさんはフォンさんと私に姉のような態度です。もしかすると、アンナさんも一人っ子で妹か弟が欲しいと思っていたのかもしれませんね」
妹に弟、か。私には分からない感覚だ。そもそも不死だったのだから家族などいない。そうか。だからこそ私にはドルバ殿のような重厚感がないのかもしれない。
家族という存在がいればこそ、人は強くなりその光を増すのだ。いや、自分以外の他者を大事に思う事でそうなれるのやもしれない。実際ドルバ殿はリンデ殿を得てそうなったらしいからな。
「ステラも兄妹はいないのか?」
「いる、と言えばいるかもしれません」
奇妙な返答に私は理解が出来なかった。すると私の疑問を察したのだろうステラが笑みを浮かべたままで教えてくれた。
何とステラはフォンと形こそ違え育った環境は同じだったのだ。幼くして両親に死なれたステラは、町の教会に引き取られた。そこで他の孤児達と共に育てられたそうだ。
「では、僧侶となったのも?」
「神父様が、養父が素質があるといって勧めてくれたのです。私も人を助けられるならと」
「そうだったのか。だから兄妹がいると言えばいると?」
「はい。兄も姉も、弟も妹もいました。血が繋がっていなくても、私達は家族だったのです」
そう言い切るステラの笑みは、とても輝く笑顔だった。やはり彼女は慈愛の化身のようだ。そこで分かった。私が鞭でステラが飴なのだろうと。
あのカンダタがあそこまで素直に従い今後盗みをしないと言ったのは、ステラの慈悲を踏み躙った挙句私の魔法で死への扉を軽く開かれたためだ。
悪事に手を染めた者の中には慈愛だけでは道を正せない者もいるのだろう。逆に、正論だけでも道を正せない者もいるのだ。それら両方を与えられ、ようやく道を正せるのかもしれない。そう思った。
「ステラ、もし良ければ聞かせて欲しい。貴女が過ごした教会での日々を。家族の事を」
あの世界では聞くどころか思いもしなかった。そもそもまともな者達が少なかった。家族を持つ者が、いなかった。そうなのだ。誰もが自分しか守れない存在を失っていたのだ。
いや、あのカリムの騎士とアストラの騎士は違ったかもしれぬ。だが、家族ではなかった。家族を持ち、正気を持っていた者などあの世界にはいなかった気がする。
私も、アルスをそうしてしまっていたかもしれない。私ではアルスを正しく生ある者として導いていけないだろう。だからステラと出会えたのかもしれない。
彼女の熱と光があれば、私という闇も多少は晴れる。きっと、そうだ。ステラやフォンとの出会いも神の使いによる導きだったのだ。
私の願いにステラはやや面食らっていたようだったが、すぐに笑顔を浮かべて頷いてくれた。
「で、夕食の時間になっても帰ってきてないのか、あいつ」
私がステラの話を聞き終えた頃にはもうすっかり日が落ち始めていた。アンナ殿はそんな時に宿へと帰ってきて私達がいる部屋に顔を出すなりそう告げたのだ。
「そうですね。アンナさんは何か聞いていませんか?」
「悪いがここで別れた後顔を見てない。ま、多分だがジーク家だろうさ」
「そういえばアンナ殿はドルバ殿の家へ行ったのだったな」
「とはいっても私がいたのもそう長い時間じゃないさ。ドルバのおっさんはあっさりと奥方を説得してたみたいでね。私が行った時にはもう家にいなかったんだ。で、フォンの事を話して欲しいと奥方に言われて、コーヒーを飲みながら多少過ごした後はモンスター闘技場で情報収集。ま、結果はお察しだ」
肩を竦めながらアンナ殿はそう締め括る。要するには収穫なしと言う事だろう。
「でも、フォンさんがドルバさんの家へ行っているとして、帰ってきていないと言う事は……」
「そのまま夕食をどうぞってなってるかもしれないな」
アンナ殿がにやけ顔でそう告げるが私はそうは思っていない。あのドルバ殿ならフォンだけを夕食に誘うなどしないと思ったのだ。そして仮にそうしたとしてもリンデ殿が嗜める気がする。
「なら、ジーク家へ行ってみるべきではないだろうか? フォンがいればよし。いなければここへ戻ってくればいい」
「そうだな。宿の主人へ伝言を頼んでおけば行き違いにもならないだろう」
「では、行きましょうか」
宿の主人へ言伝を頼み、私達は一路ジーク家へ向かった。日が暮れてきた事もあり、道行く者達の様子が少しだけ変わり始めている。おそらくだがあの闘技場へと行く者達が増えているのだ。
それでも、その闇も人らしさなのだと思って気にしない事にした。人は光だけでは輝けないのだ。その身に少しばかりの闇を持つからこそ、より光が映えるのだと私は知った。
少しだけ見慣れた道を歩き、私達はジーク家近くへと到着した。すると、ちょうど玄関のドアが開いて誰かが出てくる。
「では、お気を付けて」
「う、うん。折角送ってくれるって言ってくれたのにごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。フォンさんも女性とはいえ立派な武闘家なのですから、要らぬ気遣いでした」
「そ、そんな事、ないから。あたし、女の子扱いされる事少なかったし」
「そうなのですか? だとしたら、それは周囲の目が節穴ですね。こんなにも愛らしいのに」
「っ!? な、長話も何だしもう宿へ帰るわ。じゃあねっ!」
「はい、それでは」
聞こえてきた会話にステラが苦笑しアンナ殿が呆れるように息を吐いた。これは私にも多少分かる。マイヤー殿は他意なくフォンを女性として扱っているが、それをフォンが恥ずかしがっている事は。
ただ、私であればここで文句や呆れが出るのに何故マイヤー殿は何も言われないのか。それが不思議で仕方ない。
私が理解出来ない事に頭を使っている内にもフォンはこちらへと近付いてくる。ただ、その割に私達の事に気付いていないようだ。鼻歌を歌いながら足取り軽く向かって来るのに。
「おい、一人でどこ行くんだ?」
「っ!? な、な、なっ」
どこか上機嫌なフォンへアンナ殿が驚かすように声をかけると、そこでやっとフォンは私達に気付いたようで、こちらを指さして真っ赤な顔をしていた。
「マイヤーさんと一緒にドアから出てきたところからです」
「っ~~~~~!?」
ステラがフォンの聞きたい事を読んで告げると、完全にフォンは黙り込んで俯いてしまった。
「フォン、どうかしたのか?」
「勇者、ここはそっとしておきな。フォンの奴、照れてるのさ」
「照れている? どうして?」
「マイヤーとは親しくなれたみたいじゃないか」
「っ……だ、だったら何よっ!」
「別に。ただ、これで旅を終わらせた後の目標も出来たな?」
「ば、馬鹿じゃないのっ! あたしは別にお嫁さんになんて」
「あの、アンナさんはそんな事言ってませんけど?」
再度フォンが沈黙する。ただ、今回は俯かずに口を開けたり閉めたりを繰り返していた。それを見てアンナ殿が意地の悪そうな笑みを浮かべ、ステラは若干同情するような表情を見せる。
私はどうしていいのか分からず、ただ首を傾げる事しか出来ない。何がフォンを照れさせたのか。どうしてステラが同情するのか。何故アンナ殿はどこか楽しそうなのか。
私には、いつまでも分からなかった……。
「アナタ、ご無事で」
「父さん、家の事はご心配なく」
「うむ、マイヤー、リンデの事を頼む」
翌朝、城下町の出入り口までリンデ殿とマイヤー殿が見送りにやってきていた。ドルバ殿の格好はシャンパーニの塔で見た時と大差ない装備だった。
「そういえばアンナ殿、ドルバ殿の鎧はこの辺りでは見た事のない物だが知っているだろうか?」
「……はがねのよろいだろうね。私が身に着けているてつのよろいよりも値段も重さも上だよ」
「成程」
アンナ殿の言葉でドルバ殿の強さの一端が見える。重たい装備でアンナ殿と変わらぬ動きが出来る時点でドルバ殿はかなりの体力と筋力を有しているのだ。
そして、そうなればもう一つ別の事にも気付けるというもの。そう、ドルバ殿はそんな鎧を装備しながらも剣の振る速度は私にも劣らないのである。
つまり、鎧が私と同じであればその速度はもっと上がるはずだ。おぼろげにだが見えてきた。ドルバ殿が騎士団長となれた理由と背景が。
「フォンさん」
「な、何?」
「その、あまり父さんの話を真に受けないでください。フォンさんには選ぶ権利がありますから」
「そ、それならマイヤーにもでしょ」
「僕、ですか? 僕はフォンさんのような女性なら文句などあるはずもありませんよ。はははっ」
気付けばマイヤー殿がフォンと話していた。マイヤー殿がドルバ殿譲りの笑い声を上げる中、フォンが顔を真っ赤にして俯いている。
「マイヤー、それぐらいにしてそろそろお城へ向かいなさい。朝の訓練が始まる時間でしょ?」
「あっ、そうだった。では、アルス殿、父さんの事をよろしくお願いします」
「分かりました。フォンをからかいすぎないよう目を光らせます」
「むっ、アルス殿までそんな事を……」
「父さんもフォンさんに変な意識をさせないでください。では、僕はこれで」
一礼しマイヤー殿は踵を返すと城門の見える方へと走り出した。その背を見送り、私はリンデ殿へ向き直る。
「リンデ殿、ドルバ殿の力、しばらくお借りします」
「ええ。どうせ家にいても植木の手入れぐらいしか仕事のなかった人なの。なら、きっとアルスさんの旅のお手伝いの方が役に立つわ」
「おいおい、お前まで私を邪魔者扱いか?」
「ふふっ、よく言うわよ。第二の人生の始まりだって、昨日はあんなに張り切って旅支度をしてたのに」
「あ、あれはだな? お前やマイヤーに心配させまいとして」
「はいはい。アルスさん、聞いての通りまだ少年のような部分がある人なので注意してやってください。それと、お酒には強くない人なのであまり飲ませないでくださいね?」
私へそう告げるリンデ殿は、どこか寂しそうにも見える。やはり夫と長きに渡り離れるのが辛いのだろう。一瞬、アルスの母の顔がリンデ殿に重なった。
「分かりました。それらに気を付け、必ずドルバ殿をリンデ殿の隣へ返します」
「アルス殿……」
「はい、お願いします。ステラさんやアンナさんもお体にお気をつけて」
「はい」
「ああ」
「それからフォンさん」
「は、はいっ!」
リンデ殿の優しい声に何故かフォンが背筋を伸ばす。一体何がフォンをそうさせるのだろう?
「旅が終わったら、必ず我が家に顔を出してくださいね。マイヤーとの話を抜きにしても、私は貴女の事が気に入ったの。またクッキーを焼いてお茶でもしながら旅の思い出を聞かせて欲しいわ」
「……絶対、顔を出すから。あたし、リンデさんのクッキー、大好きなの」
フォンの返事にとても優しい微笑みを浮かべたまま、リンデ殿は静かに頷いた。
こうして私達はロマリアを出発する。向かう先はカザーブの更に北にあるというノアニールと言う町だ。何でもオルテガ殿が昔向かった場所らしい。
「私がその話を聞いた頃には、オルテガ殿は既に別の場所へと向かった後だったそうだ。だが、一度向かったからにはそこに何か行く理由があったはずだろう」
「ノアニール、かぁ。あたしは名前を聞いた事があるぐらいね」
「アンナさんはどうです?」
「親父どのから聞いた事があるな。ただ、ノアニール自体の事じゃなく、その近くにエルフの隠れ里があるって話だけどね」
エルフ、か。どういう存在かは知らないが、出来るだけ敵対心のない相手だと良いな。
「うげっ、て事は確実にあたし達はお断りって事か」
「そうですね。伝承などによればエルフは人間を嫌っているとの事ですし」
「まあそうだろうな。親父どのの話じゃ最悪口は利いてくれるけど、それ以上の事は何もしてくれないそうだ。物の売り買いなんてもってのほからしい」
「物の売り買い? 何か商売をしているのか?」
「さてな。親父どのは詳しい事は教えてくれなかったよ。そもそもその話も時々飲んでた飲み薬について尋ねた時の事だ。多分だけど、あれがエルフののみぐすりだったんだと思うよ」
アンナ殿の話によれば”エルフののみぐすり”とは、飲むだけでMPが回復し、体の調子までも整えてくれる物だそうだ。
アンナ殿の魔法の師が酒で酷く悪酔いした際に飲んでいたそうで、いつかの”どくけしそう”を使った茶もその師から教わったものらしい。
そして、そんな飲み薬が町などで手に入る訳はない。そこからアンナ殿は、その魔法の師が何らかの手段でエルフから買い物をしていたのではないかと語った。
そこまで聞いてドルバ殿が首を傾げる。何か気になる事でもあっただろうか。
「アンナ殿が魔法を使える事は知っていたが、一体どこ出身なのだ? この辺りに弟子を取る程の魔法使いはいないのだが……」
「出身はエジンベア。ただ、魔法の師はサマンオサだ」
「サマンオサ……か。成程それならば納得だ。では、勇者サイモンについては知っているだろうか?」
ドルバ殿の言葉でアンナ殿だけでなく私達全員が足を止めた。勇者と呼ばれた者がオルテガ殿以外にもいたのかと思って。おそらくフォンやステラも同じ気持ちなのだろう。
「知ってるけど、それがどうしたんだ?」
「実はな、オルテガ殿は一人旅だったと言われているが、そのオルテガ殿が合流しようとしていた相手がいたのだ」
「それが、そのサイモンって人?」
「いかにも。ただ、何らかの事情で合流はなされず、オルテガ殿は一人旅を続けたと聞いている」
「アンナさん、何か知っていますか?」
その問いかけにアンナ殿は思い出すかのように目を閉じると腕を組み、しばらく黙り込んだ。
これは、ナジミの塔で見たアンナ殿の長考する際の姿だ。おそらくだがすぐに思い出せる程の情報はないのだろう。
だが、どこかで聞いた事はあるのだ。それを今思い出そうとしているに違いない。逆に言えば、そうやれば思い出せるのが羨ましくもある。
私など、どうやっても過去の記憶など思い出せそうにないのだから。
「……親父どのが王によってどこかへ幽閉されたと言っていたな。詳しい理由は知らないが、何でも急な事だったらしい。そういえば、親父どのが新しい呪文の研究を始めたのもそれぐらいだったとか言ってたな」
アンナ殿の話を聞き、ドルバ殿だけが納得したように手を打った。
「成程。サイモン殿が幽閉されたのであれば合流など不可能か。オルテガ殿は、もしかするとそれを知って足取りを追った事も考えられるなぁ」
「えっと、ノアニールよりもサマンオサへ行くべきって事?」
「そうではない。ただ、ノアニールの次に目指す場所が決まったと思ったのだ」
「ですが、サマンオサは旅の扉を使わなければ行けないはずです。例え行けたとして、ポルトガへの旅の扉さえも使えない私達が果たして行っていい場所でしょうか?」
ステラの言う通り、ロマリアから一番近くにある旅の扉はポルトガに続いているそうなのだが、そこを通過するには”まほうのかぎ”と呼ばれる物が必要だとドルバ殿から言われていた。
何でもオルテガ殿が旅の途中で命を落とした事を受け、実力のない者が大陸を行き来する事を防ぐための措置としてロマリア王がそうしたらしい。
行先としてドルバ殿が私達へ提示したのは、先程から話に出ていたノアニールと”まほうのかぎ”があると言われているピラミッドだったのだ。
ただピラミッドは、ドルバ殿曰くかなりの難所であり、しかもロマリアからはかなり遠く離れている上その場所さえも詳しくは分からないとの事。
それよりもノアニールならばドルバ殿も多少道を知っているし、何よりオルテガ殿が向かった事が明らかだったため、まず向かう先としては一番良いと判断したのだ。
「なら、私だけで行ってくるさ」
ステラの問いかけにドルバ殿さえも黙り込んだ時、アンナ殿がそう告げたので思わず皆がアンナ殿を見る。アンナ殿は、どこか凛々しい表情を浮かべていた。
「今のパーティは戦士が二人もいる。それも、片方は戦士一筋で技を磨いてきた強者だ。なら、魔法使いと戦士を中途半端に齧った私よりも頼りになるだろう」
「アンナ殿、そんな事は」
「あるのさ。私は、魔法を戦闘には使いたくない。いや、使えないんだ。どうしても、どうしてもあの時の記憶が甦るんだよ。いざ必要な時に使えない。そんな記憶が、ね」
「アンナ、あんたやっぱり……」
「いつ魔法力がなくなるか分からない中、冷静にそれを見極めて呪文を唱える。それが魔法使いさ。私には、そんな事は出来ないんだよ」
「アンナさん……」
自分を嘲笑うかのように告げて、アンナ殿は俯いた。私はそんなアンナ殿を見ていい機会なのかもしれないと思った。
ドルバ殿はアンナ殿が認めた通り、戦士として彼女を超える人物だ。であれば、以前フォンが考えた空を飛ぶ魔物への対処も可能だろうし、そもそも私がメラを覚えた事で対処法が増えている。
何より、アンナ殿の過去を聞いた以上、その道を自身で見つめ直すべきだろうと思うのだ。
ライド殿の事を引きずり選んだ戦士の道と、周囲の期待と本人も捨てきれない魔法使いの道。そのどちらを歩くのかを。あるいは、そのどちらでもない道を探すのかも。
「アンナ殿、頼めるだろうか?」
「「勇者(様)っ?!」」
ステラとフォンが驚きの表情で私を見る。だが、私はアンナ殿を見つめ続けていた。アンナ殿も顔を上げて私を見つめ返している。その眼差しは、どこか悲しみを宿していた。
「……いいよ。サイモンの足取りと可能ならオルテガの足取りもね」
「頼む。それと、出来る事ならばアンナ殿が本当にやりたい事も見つけてきて欲しい」
「ぇ……?」
私の言葉にアンナ殿が小さく声を漏らす。そんなに意外だろうか。私は何もアンナ殿を不要などと思っていないのだが?
「今のアンナ殿は、戦士として生きるか魔法使いとして生きるか迷い始めているのではないだろうかと、そう思ったのだ。アンナ殿はどちらとしても中途半端と思っているようだが、私はそうは思わない。いくら適性があるとはいえ、二つの生き方それぞれで才を見せる事は難しいはずだ。アンナ殿、中途半端と嘆いている事だが、そもそも中途半端にさえなれない方が多いのではないかと私は思うが、どうだろうか?」
その問いかけに対してアンナ殿は目を瞬きさせるだけで何も言わない。聞こえていない訳ではないようだ。ただ、即答しかねるのだろうと思う。
「アンナさん、私も勇者様に同意します。貴女はとても才能あふれる方です。魔法使いとして歩き続けていれば、きっと今頃名の通った存在になっていたはずです」
「そうね。それに、あんたはお母さんやお父さんだけじゃなくてお師匠様からも期待されてたんでしょ? なら、きっと魔法使いとしての才能は間違いなく一流よ。戦士としては、ちょっと分からないけど」
「いや、私から見ても十分才はあると見る。女性でありながらてつのよろいを身に着け、てつのおので魔物達の急所をいかなる時も狙えるのだ。それは、誰にでも出来る事ではない」
ステラ達の言葉にアンナ殿は目を見開いていた。すると、その瞳から輝く物が流れ始める。
「アンナ殿、それは……?」
「え? っ……嫌だね。何で涙が……」
呆れた表情で笑いながらアンナ殿は何度も目元を拭う。涙、か。思えばこんな風に見るのは初めてだ。
あの世界で流れる涙は、こんなにも温かいものではなかった。少なくても笑みを浮かべながら流すものではない。そして、涙だけで流れる事も。
あの世界では、涙は鮮血と共に流れるのが常であったから。
しばらく私達は涙を拭い続けるアンナ殿を見つめていた。まだ山道に入る前だった事も幸いし、魔物達の奇襲もなく静かな時間が流れていたのだ。
「……ありがとう、ドルバ、フォン、ステラ。そして、アルス。私は、もう一度自分と向き合ってみる。親父どのからサイモンとかの情報を集めながら、どう生きるのかをね」
「そうか。どう選ぶのであれ、アンナ殿が納得出来る事を願っている」
「ああ」
「アンナさん、お元気で」
「あまり時間かけてると、あたし達がサマンオサへ行くからね」
「来れるものなら来てみな。あの辺の魔物はここらよりももっと性質が悪いんだ」
「アンナ殿、情報収集などが終わったら我が家で逗留してくれ。ノアニールへ向かった後、一度ロマリアへ戻って話を通しておこう」
「それは助かるね。じゃ、もう行くよ。また会う時が楽しみだ」
そう笑顔で告げ、アンナ殿は目を閉じた。
―――
その力ある言葉と共にアンナ殿の体が光となって空へと飛んでいく。それはそのまま見えなくなり、やがて何事もなかったような空へと戻る。
「……あっさりとしたもんよね」
「ですが、最後には笑ってくれました。あんなに嬉しそうな笑顔のアンナさん、見た事ありません」
しみじみとフォンとステラが空を見つめたまま呟くのを聞きながら、私は手にしていた剣を掲げる。騎士としての見送りだ。
するとそれに気付いたドルバ殿も同じ事をしてくれた。ただ、私は”どうのつるぎ”であるのに対してドルバ殿は”はがねのつるぎ”だったために多少見栄えの悪いものではあったが。
「ドルバ殿の気遣いに感謝を」
「いやなに。それにしても、アルス殿に騎士としての礼節があるとは思わなかった。少々驚いてしまったぞ。がははっ!」
そう告げてドルバ殿は豪快に笑うと、未だに空を見上げているステラ達へ顔を向けた。
「ところでステラ殿、先程のは洒落か?」
「え? ……っ! ち、違います!」
「あー、あんなに嬉しそうな笑顔のアンナ、か」
「? 何かおかしいのか?」
「えっとね」
「勇者様っ! 早くカザーブを目指しましょう! 日が落ちる前にある程度進んでおかないと大変ですからっ!」
フォンの言葉を遮るようにステラがそう叫んで私の腕を掴んで歩き出す。それに合わせてドルバ殿が笑みを浮かべて歩き出し、フォンも似たような顔でその後を追う。
程なくしてドルバ殿を先頭に私達は隊列を組んで先を進む。既に二度目のカザーブへの道だ。慣れたとは言わないが不慣れとも言わないで済むぐらいにはなった。
それと驚いた事が一つある。ドルバ殿だ。
アンナ殿がいなくなった後のドルバ殿は、それまでよりも動きが良く剣技も冴えた。
そこで私達は気付いたのだ。ドルバ殿はアンナ殿へ気遣っていたのだと。同じ戦士である事もあり、その立場を蔑ろにしないよう己が実力を抑えていたのだ。
もしくは、アンナ殿の中にある葛藤に気付いていたのかもしれない。戦士としての迷いを持つアンナ殿との力量の差を見せつけてはよりその心を乱しかねないと。
もしそうならば、ドルバ殿は本当に凄い武人だ。私は、そんな事を一人思いながら目の前の頼もしい背中を見つめる。
少し前まで見ていた、頼もしくもどこか可憐な背中との違いを感じながら……。
アンナ、離脱。一行が目指すのはノアニール及びエルフの隠れ里。そこでの話は一話で何とか終わらせたいと思っています。