その灰は勇者か? それとも……   作:人間性の双子

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ひのきのぼう

安価で扱いやすい武器。だが、その反面威力などはないに等しい。
素手で戦うよりも安心感はあるが、強く勧める事は出来ない。

使い道としては、子供のおもちゃや訓練兵の使う模擬剣代わりであり、魔物退治などには使われる事もない。
ところが、某国では旅に出る勇者へこれを持たせる事があるそうだ。
そして勇者は知る。それが一体どういう物であるのかを。

噂では、様々な物と組み合わせて所持する事で凄まじい力を発揮するらしいが……。


火の時代の終わり

「……これで、良かったのだろうか」

 

 始まりの火が彼女の手の中で消えていくのを見つめ、私は思わずそう呟いた。幸いにして彼女へは聞こえなかったようだが、軽率な事を言ってしまったと内心で自分を責める。

 火の無い灰。それが私の名だ。本当の名など、もうあったかどうかさえ定かではない。ここまでの道のりさえも、記憶しているのかあやふやな箇所もある程、私は摩耗しているのだから。

 

 気付けばもう彼女さえも見えなくなろうとしている。火のない時代とは、闇の時代なのだろうか? いや、下手をすればもっと酷い時代なのかもしれない。

 だとしても、それを選んだのは私だ。火継ぎを拒否し、その流れの終わりをと、そう決めて彼女へ、火防女へ告げたのは他ならぬ私なのだ。

 

「……だが」

 

 だが、もしも火継ぎ以外でこの全てを飲み込んでしまうような闇を払う術があるのなら、二度と陰る事のない時代を、世界をもたらせるのなら、私はこの身を捧げる事に躊躇いはない。

 

 何より、名も亡き不死人にとって、他にするべき事も目指すべきものもないのだから。

 

 息苦しさにも似たものを覚え、私は兜を外す。もう、何もかもが見えなくなった。火は消え、完全なる闇の時代が訪れたのだ。と、そこで私は奇妙な感覚を覚えた。これは、まるでどこかへ召喚される時のような……?

 

 そう思った次の瞬間には、私は見知らぬ場所に立っていた。いや、それだけではない。闇に包まれたはずの世界が、光に満ちていたのだ。

 手にしていたはずの兜は、もうなくなっていた。召喚時の際に落としてしまったのだろう。だが、何故あの場所で召喚など? そもそも私は何のサインも触れていないのに……。

 

「それに、ここは……一体……」

 

 周囲には岩とシダ、だろう植物が生えていた。ただ、おかしいのはそれらから強い生命力を感じる事だろう。目を動かせば正面には道が開けている。後方には道はないようだ。

 召喚者もいないようだし、この先にいるのだろうか。いや、そもそも本当にあれは召喚だったのか? 疑問は尽きないが、とにかく今は動くしかない。

 

「……進むか」

 

 そうして進んだ先には大きな滝、だろうか。これまで見た事の無い程、雄大で荘厳な印象を受ける光景が広がっていた。

 言うなれば、生の息吹に満ちているのだ。少なくても、こんな場所は私の知る限りあの場所のどこにもなかったはずだが……。

 

―――アルス……アルス……私の声が聞こえますね…。

 

 突如として聞こえてきた謎の声に首を傾げ、私は自分の異変にやっと気付いた。

 

「装備が……消えている……」

 

 全身を覆っていたはずの鎧は消え、剣さえもなかった。いや、もっと言えば私の体ではなかった。見慣れぬ服装をした少年と、そう呼ぶのが正しいような体つきとなっていたのだ。

 

―――私はすべてをつかさどる者。あなたはやがて真の勇者として私の前にあらわれることでしょう…。

 

 声は狼狽える私へ構わず話を続ける。その途中に、私はひっかかるものを覚えた。真の勇者。その単語で私が思い浮かべたのは、あのカタリナの騎士。

 古き友との約束のため、託された剣を手に罪の都まで赴いた、一人の騎士だ。太陽のような人物だった。私も、彼のようでありたいと思った事は二度や三度ではない。

 だからこそ、彼の心情を察する事が出来なかった時、私は残された鎧と剣の前でしばし動けなくなったのだから。

 

―――しかしその前にこの私におしえてほしいのです。あなたがどういう人なのかを……

 

 そこで私は意識を声へと向ける。もしこの声が私をここへ呼んだ者のものならば、これだけは確認しなければいけない。

 

「その前に一つお聞きしたい」

 

 私が発した声は、当然だが私の良く知るものではなかった。どこか幼さを感じさせるような、そんな声だ。

 

―――……なんでしょうか。

「私は、火のない灰と呼ばれた者。けしてアルスなどと言う者ではない。いや、もしかすればかつてはそういう名だったのかもしれない。だが、ここのように光溢れる世界の住人ではない事は確かだ。そちらが私をここへ召喚したのには理由があるようだが、私には火の時代の終わりを見届ける責任がある。なので、何をすれば元いた世界へ戻れるかを教えて欲しい」

 

 その問いかけに、声が息を呑んだ気がした。おそらくだが、アルスというのはこの体の本来の持ち主のはずだ。

 何故私がそんな者としてここにいるのかは分からないが、それはどうも向こうとしても想定外なのだろう。しばらく声は止み、滝の流れる音だけが轟々と響いていた。

 

―――あなたは、アルスではないのですか?

「分からない。名などとうに失っている。覚えている事も不死となった後の事ばかりだ」

―――不死……アンデッドの事でしょうか?

「アンデッド、か。たしかにそう表現するのが一番相応しい。何度死のうと死ねないのだから」

 

 不死が死ぬとすれば、それは心折れた時に他ならない。そうだ。故に彼も全てを終えて、心を折ったのだ。自らに課した役目を果たしたと、そう思って。

 

―――……分かりました。ですが、申し訳ない事に私ではあなたを戻す事は出来ないのです。

「……召喚したのに?」

―――召喚、ですか。いえ、私は召喚などしていません。これはあなたの、いえアルスの夢へ干渉しているだけなのです。

 

 言葉が、なかった。夢へ干渉しているという事もそうだが、何よりも召喚した訳ではない事に。

 

「だ、だが私はたしかに感じたのだ! ここへ来る前に、召喚される際と似た感覚をっ!」

―――……申し訳ないですが、私には分からない事です。ただ……。

「ただ?」

 

 声の告げた返事に全身から力が抜けそうになるも、続けられた言葉に何とか膝を折らずに済んだ。

 

―――私が救い出して欲しい方なら、ルビス様ならあなたをアルスから引き離し、元居た世界へ返す事が出来るかもしれません。

「ルビス、様……?」

―――私がアルスへ干渉したのもルビス様を助けていただくためなのです。

「その方は、神なのですか?」

 

 私のいた世界では、とうに消えた神という存在。もしそれがここでは存在しているとするのなら、声の主が言う事も信憑性がある。

 一縷の望みを託すように私は声の返事を待った。その時間は、私にはとても長く感じだ。ほんの数秒が、まるで一時間にも一日にも感じられる程に。

 

―――はい、ルビス様はこの世界をお創りになった方です。

「おおっ……」

 

 本当に神だったのか。この世界を、生命の息吹溢れる世界を創造した神か。ならば、望みを持つに足りる。いや、最早その方しか望みはない。

 

「答えていただき感謝します、神の使いよ。今までの無礼、お許しください」

 

 神を救い出してくれと、そう告げたからにはこの声はその神の使い。そんな相手へ私は知らぬ事とは言え態度や言葉遣いを対等なものとしていた。それをお詫びするようにその場へ跪く。

 

―――いいのです。あなたは、どうやら騎士と呼ぶに相応しい者のようですね。ならば、私の問いかけは必要ないでしょう。

「問いかけ……?」

―――さあそろそろ夜が明ける頃。あなたもこの眠りから目ざめることでしょう。

 

 私の呟きには答えず、神の使いはそう告げた。眠りから覚める、か。そこでは私はアルスと言う名の者になっているのだ。おそらくだが、きっとその者と私は言動などで異なるだろう。

 その際、どう周囲へ話したものか。そんな事を考えていると声が少しずつ遠ざかっていく。

 

―――名も無き騎士よ。アルスの事を頼みます。そして、ルビス様を、この世界を救ってください……。

 

 祈りを込めたその声に、私は跪く事で答えとした。元より私は寄る辺などない者。ましてや、この世界では完全なる異邦人だ。

 

「だが、この体は違う」

 

 アルスという名の少年。彼の体を意図せず借り受けてしまった。私とは違う、不死ではない体。この体を使わせてもらう以上、あちらでやっていたような事は出来ない。

 私は、薄れていく意識の中、誓いを立てる。この体を大事に扱う事。そして、必ずやあの世界へ戻り、自分のした事の行く末を見届ける事を。

 

 

 

 目が覚めた私を待っていたのは、アルスの母と思われる女性だった。彼女が言うにはアルスはこの日十六歳になったらしく、今は亡き父の遺志を継いで魔王退治へと向かうつもりだったらしい。

 王との謁見はつつがなく進んだ。私が何か言わなくとも、王が話を進めてくれたおかげだ。私もアルスとの齟齬が出ないよう無言を貫いたおかげか、彼ではないと母にさえ思われる事なく事は終わった。

 

 王からの旅支度として受け取った資金と道具を眺め、私はどうしたものかと思案する。

 

「王は旅の仲間を酒場で募れと仰ったが……」

 

 もし、ここにいるのが私自身であれば迷う事なくそうしただろう。何故なら、酒場にいる冒険者達からある程度は認められる実力があると言えたからだ。

 だが、この体は、アルスはいかに立派な父を持つとはいえ十六歳の少年だ。その実力などたかが知れている。それで酒場に集った冒険者達を供になど出来るはずもない。

 

「……それに、私自身がこの体をちゃんと扱えるか試さないといけない」

 

 私の中にある術や技は私の体だったからこそのものだ。アルスとしての体では、それをそのまま行うのは不可能だろう。何より、私は既にその違いを感じ取っている。

 

「若いというのは、素晴らしいものなのだな」

 

 試しにその場で転がったり、あるいは跳んでみたりしてその身体能力の高さは感じていたのだ。いくら身に着けている物が全身鎧ではないとはいえ、この身のこなしは中々だ。

 

 武器として与えられた”こんぼう”は、私としては物足りない物を感じるが、これも初めて旅立つ者への装備とすれば十分理に適っていると言える。

 剣は、その扱い方が下手では最悪折れてしまう。その点、この”こんぼう”はどう扱っても早々折れる事はないし、重さも剣程ではないため疲労もし辛い。切れ味などもないので長期戦にも向いているのもいい。

 

 ”ひのきのぼう”は、おそらくだが”こんぼう”を失ったあるいは使えなくなった時用の武器だろう。これも剣よりも扱いが簡単であり、”こんぼう”よりも軽いため鍛錬用としても使える。

 おそらくだが、王はいかに勇者と呼ばれた者の子とはいえ、その武勇や才まで受け継いだとは思っていないのだろう。故にこれらを与えたのだ。

 最初から見事な武具を与えては、この年頃の少年など勘違いを起こしかねない。強い武具を装備しただけで自分が強くなったと勘違いを起こし、無理や無謀を行い命を落とすと。

 

「……ただ」

 

 それでも、私には一つだけ不満があった。それは防具として与えられた”たびびとのふく”だ。

 武具が貧弱でも防具が優れていれば命を失う危険性は下げられると私は思っている。それも、大事なのは鎧ではなく盾だと。

 

「何故盾をいただけなかったのですか、王よ。せめて”かわのたて”でいいので授けていただきたかった……」

 

 先程覗いた店で見た品を思い出して呟く。

 盾受けが出来るだけで戦闘時の生存率は大きく変わる。あの世界で私が身を以って体験した事実だ。ローリングでの回避は鎧によってタイミングが変わるが、盾受けのタイミングは変わらないからだ。

 ただ、その盾が貧弱では意味がないので、最初の内はローリングによる回避を主体にするべきかもしれない。この辺りの考え方は人によって異なるだろうが、私はそう思っている。

 

「とにかくまずは”やくそう”を買うか。城下の者がそう助言してくれたからな」

 

 エストのような物と思えばその重要性は分かる。与えられた50Gを握り締め、私は道具屋へと足を運ぶ。そこで”やくそう”を三つに”どくけしそう”も一つ購入しておく。

 何故かと言えば、こういう物はそこで需要があるから売られていると考えるからだ。必要がなければ売れない。売れない物を商人が店へ置くはずはない。

 なら、この”どくけしそう”が売れる要因があるのだ。この周辺に毒を持った存在がいると、そういう意味合いをこの品ぞろえは教えている。

 

 これも、あの世界で学んだ事だ。不必要な物を商人は売らない。売る以上、そこには何かしらの意味があるのだ、と。

 

「これで準備は整った。まずは体の動かし方からだな」

 

 買った物を”ふくろ”へ入れて私はまず町の外れを目指した。そこで”ひのきのぼう”を手にし、体の動かし方を練習するために。

 あの世界で得た様々な事を、この体で出来る限り行えるようにするためだ。色々と異なる事もあるが、装備などを変えた時にはこういう事を確認しておかなければ死に繋がる。

 私も、最初の頃はよく死んだものだ。装備を変えた後で慣らす事もせず、慣れた場所だと油断をして落下したり、あるいは回避をしくじったりと、散々な目にあってようやくこの思考へ辿り着いたのだから。

 

「……日暮れか」

 

 気付けば日が暮れていた。と、そこで私は気付いた。

 

「この世界では、朝と夜が正しくあるのだな……」

 

 ここでは当たり前の事なのだろう。だが、私には何とも不思議な感覚だった。見れば町の者達も姿を減らし、遠くに見える家々には明かりが灯り、夕食の支度をしているのか煙が出ている家もある。

 人の営みが、生命の息吹がそこにはあった。私のいた場所では、もう失われてしまった光景が。と、そこで聞き慣れぬ音がする。それも、私からだ。

 

「……これは、空腹感、か?」

 

 そこで思い出す。この体は生きているのだ。それも、私のような呪われた体ではない。正しく生の営みの中にいる、純粋な生命なのだと。

 

「今日は、ここまでにしよう」

 

 食事を取らなければいけない事を痛感し、私は”ふくろ”を手にその場から歩き出す。

 ”ひのきのぼう”も”こんぼう”も扱いやすく、戦う事に不安はないと思える程この体は優れていた。さすがは勇者と呼ばれた父を持つ者だ。

 神の使いが真の勇者と呼ぶだけはあると、そう思う。これならば、少しの間は私の経験や知識で死ぬ危険性を下げられるだろう。

 

「空腹になると言う事は、眠る事も必要か。ははっ、まさかここにきて今までの行動指針が通用しないとは」

 

 思わず独り言が出てしまう。当たり前の事だろうが、それが当たり前でなかった私にとっては、それは辛く厳しく、そして少しだけ温かい事実だ。

 思えば、死ぬ訳にはいかないというのがもっとも大きな違いだった。私は、死ぬ事を繰り返して様々な事を乗り越えてきた。どんな強い相手も、死ぬ事を繰り返しながらその戦い方や動き方を覚え、その対処を試行錯誤して打倒してきたのだから。

 

「……この身は勇者だったな。ならば、死ぬ事を許容するなど有り得ない話だ」

 

 現に、このアルスの父オルテガはその死で人々を悲しませた。このアルスが死ねば、あの女性は夫だけでなく息子も失う事となる。それは、私もさせたくない。

 

 アルスの生家へ辿り着き、私は一瞬戸惑うものの扉を開ける。明るい室内と漂う匂いに再び空腹を告げる音が鳴る。

 

「あら、お帰りアルス。一人なの?」

 

 その音に気付いて、アルスの母が振り返った。だが、私が一人である事に疑問符を浮かべていた。多分だが、仲間を連れてくると思ったのだろう。

 喋ると私とアルスの違いに気付かれる可能性がある。そう思って頷く事で返事とした。

 

「そう。お腹が空いたのでしょ? さぁ、座って待ってなさい。今食事を用意するからね」

 

 優しい声でそう告げて、アルスの母は再び意識を料理へと向ける。その背を見つめ、私は心の中で謝罪した。

 申し訳ない、ご婦人よ。貴女の子、アルスの旅を必ず無事終えてみせます。それが、図らずもこの体に宿ってしまった私に出来るせめてもの約束です。

 

 そう一人誓約を立て、私はアルスの母の背中を見つめる。失われた人の営み。その温もりと匂いに包まれながら……。

 

 

 

 翌朝、目覚めた私はアルスの母の作った食事を食べ、城下町の外へと足を踏み出した。見渡す限りの平原で、遮蔽物などはどこにも見当たらないそこは、良くも悪くも戦うのに適していた。

 どこから敵が来るかを警戒しつつ、私は”こんぼう”を両手で握り締める。盾がないので片手を空けていても仕方ないためだ。

 

「……この辺りに出る魔物は、スライムやいっかくうさぎというらしいが……」

 

 外へ出る前、町の者達から聞いた情報が正しければそのはずだ。スライムは何でももっとも倒しやすい魔物らしく、駆け出し冒険者が何度も相手をする魔物らしい。

 いっかくうさぎは名の通り立派な一本角を持つ魔物で、こちらは駆け出しの冒険者一人では苦戦するぐらいの強さを持つ魔物だそうだ。

 

「何とかこちらが先に見つけて先制出来ればいいが……」

 

 そのために城下町を囲む壁を背にして移動している。これならば背後からの奇襲はまずないと考えていいからだ。まぁ、壁の上から襲ってこられたら話は変わってくるが。

 

「っ……いた」

 

 注意深く歩いていると、前方に青い体の魔物が二匹いた。どちらもこちらに気付いていないようで、のんびりと平原を移動している。

 

「飛び跳ねるように移動しているな。あれがスライム、という魔物か」

 

 しばらくその行動を観察し、私は二匹のスライムが去っていくまでその場を動かなかった。一匹であれば戦ってもいいが、よく知りもしない魔物を複数相手にするのは無謀だからだ。

 

「……これといって見たところ特徴はなさそうだ。厄介な攻撃なども、ないかもしれない」

 

 実際対峙してみなければ分からないが、情報通りならあれは初心者がまず戦う魔物だ。なら、その能力はおそらく魔物の中でも最下層だろう。

 

 ……ただ、魔物の最下層が人間よりも下とは限らないのが恐ろしいところではある。

 

「もうしばらく周辺を歩いてみるか」

 

 そうして城下町付近を一周し、二度程スライムと戦闘をした私は、一先ず北にあるというレーベ村を目指してみる事にした。

 一人で行動するのは危険かもしれないが、スライムなら二匹まで対処出来る事が分かったためだ。いっかくうさぎは残念ながら戦う事は出来なかったが、逆に見つけた時は逃げればいいと判断出来る。

 

「……レーベまで一人で行って帰ってくれば、酒場の冒険者達も少しは仲間になる事を考えてくれるかもしれない」

 

 勇者オルテガの子。そんな肩書きだけでは誰も私の話を聞いてくれないだろう。だからこそ、そこに一人でレーベまで行き帰ってきた事を加える。

 例え戦闘を避けて行き来したとしても、その事実が意味するのはただの子供ではないという事だ。可能ならば、多少戦闘を経て資金なども得ればいいだろう。

 

 スライムを倒した際、その体が消え金貨が落ちていた。たった2Gだが、あの旅路でソウルを得るために何度も同じ場所で同じ相手を倒した事もある身からすれば、何度倒しても必ず同じだけの金貨が手に入るのは有難い。

 

「それにしても……」

 

 広い平原を歩きながら私は周囲を見渡す。遠くに見える山々や森。それらからも死の匂いのようなものは感じられない。この世界は魔王バラモスと呼ばれる魔物に侵略されていると聞くが、それでもこれだけの生命力に満ちているのだ。

 

「魔王などいなかった私の世界は、あんなにも死に満ち溢れていたというのにな」

 

 笑えない話だ。魔物が跋扈し魔王が存在する世界が光に満ちて、魔王など存在しない世界にこそ闇と死が溢れているのだから。

 

「……進むか。日が暮れると魔物が活発化するらしいしな」

 

 気を取り直して先へ進む。おそらくだが村の近くには聞いていない魔物がいるはずだ。それに、いっかくうさぎも毒を有しているようには見えなかった事から、必ず毒を持った魔物がいるだろう。

 周囲へ気を配りながら進み続ける事、おそらく二時間程度で村らしき物が遠くに見えてきた。急ぎたくなる気持ちを抑え、私はより慎重に歩みを進める。

 

 あの世界では、新しい場所へ訪れるのは期待と同時に恐怖でもあった。まだ見ぬアイテムや装備があるかもしれないと思いつつ、同じようにまだ見ぬ恐ろしい相手や罠があるのかもしれないと。

 さすがに罠はないと思いたいが、王との謁見の際、宝箱を置かれた時には一瞬攻撃しそうになった程だ。こちらにもあの恐ろしい存在がいるかもと思うと震えが走る。

 

 今後、宝箱を見つけた際は”こんぼう”で全力の一撃をお見舞いしてもいいかもしれないな。

 

「っ……あれは」

 

 村の姿が少しはっきりとしてきた辺りで、私は初めて見る魔物に気付いた。色が緑で、スライムよりも液状の体をした存在だ。おそらくだが、あれが毒を有した魔物ではないだろうか。

 色もさる事ながら、何よりも体から泡を生み出しているのがその理由だ。何も気付かず悠々と平原を移動している。スライムと違い跳ねる事はしておらず、地面を這うように動いている。

 

「一匹だけか……」

 

 あの世界であれば、情報収集も兼ねて迷う事なく戦っただろう。だが、こちらではそうもいかない。アルスは不死ではないのだ。迂闊な行動は、自ら立てた誓約に反する。

 

「……だが、この身は勇者だ。逃げ回るだけではいけないかもしれない」

 

 両手に握った”こんぼう”へ目を落とし、再び緑色の魔物へ目を戻す。気付いていない今なら、攻撃するも逃走するも簡単だ。ならば……

 

「一度だけ交戦しておくか」

 

 決めたら即行動だ。一度だけ周囲を確認し、他の魔物がいない事を確かめて私はその場から静かに動き出す。そして魔物との距離をある程度詰めたところで走り出した。

 

「はっ!」

 

 走る音でこちらへ気付いた魔物だったが、既にこちらは跳んでいる。魔物から致命を取る事は出来ないが、落下致命ならばどうだ。

 

「ふんっ!」

 

 速度と勢いを乗せた一撃は、見事魔物を捉えて動きを止める。すかさずもう一撃加え、私は一旦距離を取った。

 

「……まだ生きているか」

 

 弱々しい動きながらも、魔物はこちらを見ていた。その目はまだ諦めたようには見えない。

 

「注意が必要だな」

 

 ”こんぼう”を構えて私は魔物の出方を窺う。どこかスライムに近い印象を受ける魔物は、じりじりとこちらとの距離を詰めてくる。

 魔物を視界から逸らさぬようにしながら、少しだけ後ろを確認する。他の魔物の姿はない。だが時間をかければ危険性は上がるだろうと思い、私は魔物を中心に円を描くように動き出した。

 

「……攻撃するなら相手の攻撃をかわしてからだ」

 

 二度のスライムとの戦いで基本的な動き方はあの世界と同じでいいと分かった。なら、こちらから仕掛けるのは極力避け、相手の攻撃を避けてから反撃するのが一番最善だろう。

 そう思って円移動をしていると、遂に魔物がこちらへ攻撃を放ってきた。それは、ブレス。霧のようなものを吐き出してきたのだ。

 

「毒攻撃かっ!」

 

 反射的に横へローリングで回避し、更にもう一度ローリングする。そして素早く立ち上がり魔物を見た。魔物は先程のブレスが決死の反撃だったらしく、よろよろと逃げ出していた。

 

「……こちらを誘う振り、ではなさそうだ」

 

 一度としてこちらを見ず逃げていく様は、魔物が意思を持ち生きている事を私へ教えてくる。明らかにあの世界の魔物とは異なっている点だ。

 

「だからこそ、見逃せないか」

 

 もしここで逃がしてしまえば、あの魔物はこれまで以上に人へ害を為すかもしれない。一度殺されかけたという事実は、その可能性を秘めている。故に、私はここで仕留めておく事にした。

 その場から走り出し、跳び上がる。その勢いのまま、私は瀕死の魔物目掛けて”こんぼう”を振り下ろした。

 

 ぐちゃっと言う音と共に緑色の魔物が消える。そこには、数枚の金貨が残された。それだけが、ここに魔物がいた事の証のように。

 

「……これを、本来ならば十六の少年にさせるのか」

 

 神の使いが望んでいたのはそういう事だ。魔物とはいえ命だ。それを奪う事を、果たしてこの少年は本当に躊躇いなく出来ただろうか。私は出来る。あの世界で散々殺してきたのだ。

 今更魔物の命を奪う事ぐらい何でもない。むしろ、ここではそれが人々のためになる。なら躊躇う理由などありはしない。

 

 ただ、それは私があの世界にいたからだ。こんな光溢れる世界に生まれ、育った者が、何か殺す事を躊躇なく出来るとは思いたくない。

 

「そうか。そのために私は呼ばれたのかもしれない」

 

 殺す事を、誰かの命を奪う事を躊躇わない不死。それどころか、先の短い世界のために薪の王達を殺して回った火のない灰だ。これ程魔物や魔王を殺すのに相応しい者はいない。

 しかも最後には火を消す事を選んだのだ。魔王と言うなら私の方がよっぽど魔王かもしれない。

 

「……ここは、火ではなく光の時代だ。ならば、闇の時代を選んだ私が魔王と呼ばれる方が似合っているかもしれないな」

 

 そう呟いて私は金貨を拾う。命の価値がこういう形で分かるとは、魔物も案外憐れな物だ。私は、あの世界の私なら死ねばどれだけの金貨になるのだろう。

 凄まじい量になるだろうか? それとも、一枚もなく消えてしまうのだろうか? ああ、そうかもしれない。あの身にあるのはソウルだけだ。薪となるように溜め込んでしまった、膨大なソウルだけ。

 

「村へ着いたらまずは宿を探そう。食事もしなければならないし、可能なら武器や防具なども見ておきたい」

 

 今の自分はあの世界の自分とは違う事を意識するため、村に着いた後の事を口に出す。見えている村を目指して私は歩く。

 近く、この道を私は誰かと歩くのだろうか。願わくば、その旅連れがあのカタリナの騎士のような者である事を……。




一体灰がアルスもある種の不死である事に気付くのはいつになるやら。

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