魔導変移リリカルプラネット【更新停止】   作:共沈

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|ω・;)ソーっと、ソーっと通りますよっと。

皆様お久しぶりです。お待たせしました最新話です。もっぱら書くばかりとはいかずだいぶ間が開いてしまいましたが、13000字の大ボリュームでお届けしますので平にご容赦を……。あいも変わらずの穴抜け設定はコジマ方式で埋めまくってますので割とデタラメかもしれません。

ついでに第一話を改訂しました。より読みやすく、内容を精微に書くようにしましたので+4000字の9000字となっております。他のところは今もまだ手を付けれてない体たらくですが、気長に待っていただけるならありがたいです。


Time of re act<?>

――新暦57年

 

 プレシア・テスタロッサは一児の、しかも片親であるというのに娘を構うことも出来ずに仕事に忙殺されていた。理由はアレクトロ社で開発中の新型魔導炉ヒュードラ、その実験が来年第二四半期あたりに行われるためである。設計主任であるプレシアは本来、ミッド技術局第三局長という肩書を14歳で採った経歴を持つ生え抜きの天才だった。そんな彼女がアレクトロ社に勤めているのは、社の強引なスカウトと同局に勤める夫とのイザコザがあったせいで居たたまれない状態になってしまったことが起因している。

 

 結局のところプレシアは夫との離婚を成立させ転勤をしたのだが、逃げた先の新たな居所も中々にハードな試練が待ち受けていた。アレクトロ社は次元航行エネルギー用途として新型魔導炉を次世代次元航行艦のコンペディションに立候補する予定だったのだが、なんとその前設計主任が仕事を投げ出してしまったせいで間に合うかどうかの瀬戸際に立ってしまったのだ。その尻拭いを任されてしまったプレシアは転勤早々業界にありがちな嫌な予感を覚えた。コンペディションまで時間があるとはいえ、起動実験までは1年しかない。新型魔導炉なぞ、果たして誰が1年で設計開発できようか?仕方なしに前任の開発を引き継いだが、ぶっちゃけその出来は良いとはいいがたい。加えてアレクトロ社はこれにすべてを賭けなければならないほど社の状況は悪い。かといって新規設計でモノが作ることが出来ず、有り合わせでどうにかするしかなく……つまり予算が無いくらい切羽詰まるほど、経営陣は困窮だった。

 

 他人の作ったものをいじるほど面倒なことはない。プログラムなどはその最たる例で、他人が綴った文章は同じ言語でも文法次第では恐ろしく難解なものになる。それは設計においても変わりなく、欠陥を虱潰しにしていく作業は困難を極めた。さじを投げなかったプレシアはある意味立派だったが、元いた場所から逃げ出したことから後に引けないというのもあったのだろう。意地でもやり通すしかなかった。何よりも、これが終わりさえすればしばらくは働かずに娘といられる時間が過ごせると信じて。そして働き始めてしばらく経った頃。

 

 

「今日はいつ帰れるの?」

「そうね、ちょっと遅くなるかもしれないけど我慢できる?」

「うん、がんばる」

「ごめんね、出来るだけ早く帰るから……」

 

 寂しそうな表情を浮かべるアリシアに罪の意識を感じながらも、プレシアはドアを閉めた。極まり続ける忙しさは止むことを知らず、いつになってもまともに帰れない。自分の選択がアリシアに押し付ける格好になってしまいこうして一人でいさせるのは忍びない。あるいは前の職場での夫とのイザコザをどうにか我慢出来ていれば……そう思うも過ぎてしまったことはどうしようもない。

 

 いいわけではないが、こういう決断が出来てしまったのはミッドチルダの風潮もある。魔力さえあれば管理局で若い頃からでも働ける環境は、その他の仕事も追従するように従業可能な年齢を引き下げている。親もそれに合わせる形で子供に教育を施しているため、小さい頃から彼ら彼女らは精神面はともかく、非常に聞き分けが良く理解力のある性格に成長する。アリシアも例に漏れず、駄々をこねるような事はほとんどなかった。

 

 丘の上の一軒家から職場へと向かう坂を下る。ここを下り大通りに出ればバスがあり、ソレに乗ってそのまま職場へと行き着くことが出来る。ここ、アンクレス地方はクラナガンから離れた田舎で、実験区画もあることからほとんど人が住んでいない。自宅こそ一軒家だが、ほかは大半が職員専用の寮だったりする。このあたりには学校や保育所も近所にないため、子供の一人すらいなかった。もしも誰かがいればアリシアの寂しさを和らげる事も出来たのだろうが。

 

 

 そんなことを思いながら歩いていたせいだろうか。不意に目に入った遠くの公園に、柵に寄りかかる子供の姿を幻視した気がした。

 

 

 

 

 

「ねぇアリシア?あなた下の公園って行ったことあるかしら」

「え?ううん、ないよ?ママが外に出ないでって言ってるから、私約束守ってるもん」

「う、そう、そうよね。ごめんなさい」

 

 まるで自分が責められているようだ。確かに責められるような思いばかりさせているからあながち間違いではないが。ついでにリニスも同意するようにニャーと鳴いた。

 ここ数日、必ず出勤時には子供を目にしていた気がする。というのも、やはり遠くて確認しづらかったのと急がなければならなかったために、いつも十分な判断が下せないでいた。あるいはもしかしたら何かモノが置かれているだけかもしれないが、夕方になれば必ずいないのでおそらくは子供であっていると思える程度。

 

「それなら……そこに子供がいるのを見たことがあるかしら?」

「うーん、時々お外見てるけどそれもないよ?……あ!もしかして連れてってくれるの!?」

 

 そういえば、明日はなんとか取れた休みだったか。

 

「そうね、いい機会だしお弁当でも持って行ってみましょうか」

「わーいやったぁ!」

 

 久しぶりにアリシアの笑顔を見た気がした。ついでに子供がいるか確認できればいい。もしかしたらあの子供が外にいるのは朝のあの時間帯だけかもしれないし、出来るだけ早めに出てみよう。あすの楽しみを糧に、今日はいい気分で寝れた気がした。

 

 

 

 

「わ、おっきい。ママ!滑り台がある!それからブランコも!」

「はいはい、落ち着きなさい。そんなはしゃいでると後がもたないわよ」

 

 やってきた二人と一匹は思いの外大きな公園に驚いた。人がいるわけでもないのにこの凝りようはどうかと思う。ひと通りの遊具があり、滑り台はまさかのローラー滑り台、噴水も有り景観はそれなり、店舗は無いがカフェテラスもある。何故か普段見ることのない奥側にはプール施設まであった。一体誰が何の目的でここまでやったのか。税金対策か何かでやってるのだとしたら少しだけ滑稽だと思う。ただ遊ぶ側にとっては問題ないので存分に使わせてもらうこととしよう。

 

「見てママ!子供がいる!」

「ふふ、ほんとね。声かけてみる?」

「うん!」

 

 見間違いではなく、やはり子供がいた。綺麗な茶髪をした子供がいつもと同じように柵によりかかって遠くを見ている。柵を超えた先は芝の生えた坂になっており、遠景は大自然を思わせる広大な森。あの子はいつもあそこから何を見ているのだろうか。ぱたぱたぱたーっと小走りに近づいてアリシアが話しかけるのを眺める。あまり近い年の子どもと話す機会が無いからかやたら身振り手振りでワタワタしている姿が初々しい。対する子供の方は突然現れた少女に少しだけ驚いたものの、比較的落ち着いて聞いているようにみえる。しばらくするとアリシアが飛び上がり、満面の笑顔で子供の手を引いて戻ってくる。とりあえず写真を撮っておいた。

 

「ママー!仲良しになれた―!」

 

 それは今からではなかろうか、と思うがもちろん野暮なので突っ込まない。可愛いは正義なのだ。

 近づいてくる子供の容姿を見る。背丈はアリシアと大差なく、綺麗な茶髪のショートカットが日光で綺麗なエンゼルリングを描いている。ぱっちりと開いた目も非常に幼児らしいものを見せているが、その瞳はどこか空虚な気がした。

 

「ジェック・L・高町です。こんにちは」

「アリシアだよー!」

 

 ソレは知ってる。もう片方の子供は随分とハッキリとしたしゃべり方をしていた。楽しげでもなく、恥ずかしさにどもるわけでもなく、まるで大人のような挨拶をする。しかし、その名前を聞いて気になった事がある。それは……、

 

「…………女の子?」

「一応、男です」

 

 

 

 

 性的ギャップの激しい少年との邂逅は、非常にスムーズに幕を開けた。子供らしい遊び盛りな精神を取り戻したアリシアはジェックを引き連り回す。ジェックは従ってついていくが、文句の一つも言わないあたりよく出来た子供に思える。それを追いながらプレシアも写真を撮る。かすれた心に染み渡るような癒し空間が、久しぶりに心を潤した気がした。

 

「そういえば、あなたはどこに住んでるの?この辺りに子供がいる職員って聞いたこと無いのだけれど」

「親はいません。一人で暮らせるので気にはしてませんが」

 

 持参した弁当をつつきながらプレシアは事情を聞き、同情こそしたが特に驚きはしなかった。ミッドチルダは昔から孤児が多い。魔導師でなければよほどの高給にありつけないことと、各世界間の貿易拠点であるものの自世界での産出物は少なく、そのせいで何より物価が高い。後は過去からの負債や傷が積み重なってしまったままというのも原因の一つ、これらによって捨てられる事になる子供も少なくない。

 この少年が一体どのような原因があって、孤児となってしまったのか。結局彼はその一切を語ろうとしなかった。あまりに彼が当たり前のように平然としていたからだ。あるいはそれすらも知らないまま生きてこれたのだろうか。寂しいともプレシア達の親子関係を見ても何の感情も湧かない様はあまりにも滑稽だった。

 ミッドチルダは先の理由もあって比較的養子縁組は行い易い。だからジェックにもしよければ、とプレシアは言いかけたがよくよく考えれば現状の自分とアリシアの状態からそれは難しく思えた。一人の子供すらまともに構ってあげられない親に果たして認可されるのか。十分な環境を与えられてるとは言いづらい。一人で今の有り様なのに加えてもう一人というのはプレシアの手には重すぎる。それでもアリシアのため、少しばかり利己的な感情を混ぜながらもプレシアは手を差し伸べた。

 

「もしよければ、時間のあいてる時でいいからアリシアと遊んであげてくれないかしら。私も働きに出ててこの子のこと、構ってあげられないから。もしあなたが来てくれるなら少しは安心できるわ。あなたも、友達がいたほうが嬉しいでしょう?」

「まぁ、別に構いません」

「やったママ!友達ができたよ!」

「ええ、そうね。明日から楽しみね」

「うん!一年中遊ぶよ!」

「…………もしかして早まったのか?」

 

 だし巻き卵をつつくアリシアのテンションは最早マックスである。一度交わされてしまった約束に慈悲はなかった。今まで貯めこまれていたアリシアの感情に巻き込まれたジェックはご愁傷さまである。

 

 

 

 

 それからというもの、たまに数日ジェックが来なくなる時はあったものの大体はアリシアの遊びに付き合っていた。たまの休みの日は二人と、加えてリニスも混ぜて何かをしている姿を見ることが出来るようになった。あれ以来アリシアの顔はほがらかで、むしろジェックが来なければ頬を膨らませるような反応を見せている。親のプレシアには見せないリアクションだった。ジェックはジェックで非常に淡白な反応であるが、アリシアのいうことは唯々諾々といった感じで聞いている。どちらかというとジェックが合わせてあげているといった風に見えるが。

 

 ともあれ、日々の生活の重しが少し取れたことには変わりない。彼がいるおかげで多少外に出しても大丈夫になったし、気力も充実して仕事がはかどるようになった。生活が万全とは言いがたいが、少なくともいい方向には向かっている。しかし、そう思っていたのは自分だけだったかもしれないと思うほど、事態は急転直下しはじめた。

 

「テスタロッサ君、例の駆動炉実験。10日後に行うことになったよ」

「待ってください!ソレは来月では!?新型なんですよ、暴走事故が起きる可能性もあ――」

「決定事項だ。本社から増員もある。時間は追って伝える」

 

 早すぎる本社の行動に頭を痛める。彼らにとって必要なのは他社より先ん出た成功報告なのだろう。早ければ早いほどプレゼンを行い周知させることが可能になり、結果を出す確率が増すとでも思っているらしい。とはいえそんなものは焼け石に水だ。科学者にとって大事なのはまず安全性、トラブルで宇宙に放流されてしまう可能性を考えれば次元航行艦用途ならなおのこと。見栄を張りたいと考えてるならご苦労なことだが、それを扱う人間のことも考えてほしいものだ。

 

「10日後って!?ありえないでしょ!」

「今更増員されたって、中身がわかってない奴が増えても邪魔な置物になるだけじゃない!?」

 

 当然、報告した部下たちも喧々囂々といった始末だ。誰だって怒るし余計なトラブルは避けたいと思うのが真理である。そんな憤りも、結局社畜である自分たちは時間までにどうにか仕上げるしか無い。元よりプライベートの時間を削って仕事に当てているのに、更に増える残業は身も心もボロボロにした。

 

 それでもとりあえずの完成には至った。だが試運転もしていないのにぶっつけの本番はどう考えても危険極まりない。設計そのものは間違えてない自信があるが、手順一つ違えば恐ろしい事態になるのは確実だ。だというのに

 

「安全確認はうちで行います。これが成功しなきゃ、本社の信用問題になるんだから」

 

 と増員派遣された本社の人間が割って入り、仕事を奪い盗った。

 所詮本社務めを鼻にかけてるだけのエリートもどきが偉そうに……!お前たちは管轄違いだろうが!?と思わざるをえないほど不穏な空気が社内に広がる。そもそも彼らがきちんと成績を出せているなら、自分たちがここまで切羽詰まらなくても良かったはずなのに!

 しかしそうは思っても、上の決定は逆らえず従うしか無い。ココに至って主任であるはずの自分は爪弾きにされてしまい……。

 

 そして、プレシアは運命の日を迎えた。

 

 

 

 

「っぐぅ…?い、一体何が……」

 

 魔導炉実験当日。本社社員の手によって起動されたそれは出力が高まるにつれてその不穏さを増していった。止めるまもなく一気に臨界を見せ、視界が白く染まったように感じたのだ。気がづけば、自分は床に倒れ伏していた。完全遮断結界によって十全な防護をしていたにもかかわらず、至近距離であったためか気絶していたらしい。他の社員も同様だった。

 

 全員を起こして外に出る。駆動炉に何が起こった確認しようとしたが、その前に明らかな異常が目に見えた。

 人が倒れている。廊下を普通に歩いていただけの人間がこけたように、書類を、あるいは飲み物をまき散らすようにして誰もが変わらず同じ状態だった。ここは安全圏だったはず……。そう思いつつ倒れた人間を起こそうとして、プレシアは引きつった悲鳴を上げた。

 

 死んでいる、死んでいるのだ。倒れている人は誰も彼も。しかしビルや周囲の物は何一つ壊れてすらおらず、いっそその普通さが逆に恐怖を引き立てた。今までは確かに人が生き、皆が仕事に奔走し活気のある場所であったのに。今では自分たち以外には音を立てる者がおらず、あまりにシンとしている。誰かが頭を抱えて叫んだ。誰かは震えで腰を抜かした。最早生存者にも常人はいなかった。生き残った人は皆混乱し目がうつろになっている。「嘘だ嘘だ……」と本社社員が吐露した。自分だって同じ気持ちである。ふと嫌な予感がして、これ以上この光景を見たくないとばかりに社を飛び出した。

 

 だが、外の世界も中と全く変わっていなかった。鳥のさえずりも聞こえないほどの静けさで、「ああ、これがゴーストタウンというやつか」と思ってしまいそうなくらいに当たり前の世界は様変わりしていた。後ろから「待って……」という声も振り解くように駆け出し、社用車に飛び込んでアクセルを踏み切る。漠然とした嫌な予感が拭えないまま、大急ぎで家に辿り着いた。見たくなんて無かった。駆け抜けた道路にもいくらかの人間の倒れる死体があった。煙を吹き上げるバスも倒れていた。だとしたら同じように、もしかしたら家の中も……!それだけは嫌だ!!せめてアリシアだけでも無事に……!!

 

 そう思って玄関を開けて飛び込む。そしてリビングに走り見た光景は……、

 

「あ、ああっ……うあああああぁぁあぁ!?」

 

 決して見たくなかった、アリシアの死体()()があった。

 

 

 

 

 あの日のことはもう語りたくないと思うほど瞬く間に過ぎた。

 結局あの後、わかったことは高濃度魔力素によるショック致死だという事だけだ。本来定格であるはずの魔力素は、そのものの濃度を強制的に上げることで魔力に変換した際の出力を大幅に上げる。使用魔力素を増やすのではなく減らす方向で考えたものだ。魔力素や魔力の密度調整をすることで魔力素そのものを生み出すことはできていたが、兎にも角にも方向性の問題か、あるいはそれほどの大魔力を必要とされていたか魔力素濃度を上げる手段を用いることにしたらしい。

 

 この魔力素であるが、本来なら肉体の活力となる程度の影響を人体に及ぼすのだが、薬もすぎれば毒となるの言葉のように魔力素も肉体に過剰な負荷をかけるようになる。これには当然微細な魔力も含まれており、その濃度を上げた状態で体に取り込むとまるで魔力スタンのような事が起きる。ただしその威力は数十倍にも上る。それこそリンカーコアを、プレシアクラスのものを持っていれば抵抗力を発揮して無事でいられるかもしれないが、低い者、ましてやない人間がどうなるかは見ての通りである。アリシアもE相当のリンカーコアしか持っておらず、もはや無いも同然だったそれは抵抗できるわけがなく体に取り込み死んでしまった。アリシアの遺体は何の手出しもされずプレシアの元にあった。あまりに遺体が多すぎてすべてを検死するわけにもいかなかったからだ。だがあまりのショックにか、既に枯れた心の彼女には葬儀すら上げる気が起きなかった。

 

 更に少しして、恨みがこみ上げたプレシアはアレクトロ社を告訴しようとしたが、裁判で勝ち目が無かった。他者が操作を行った証拠が捏造されていたのである。カメラ等は当然で、その他履歴に至るまで改ざんされていた。下手をすればこちらが罪に問われてしまう。結局事を荒立てるより賠償を行い、通常の被害者という形で押し込まれることを余儀なくされてしまった。途方に暮れたプレシアはさながら隠遁するように田舎へと消えていった。

 

 

 

 

 またしばらく時間が立ち、プレシアは人気のない海岸沿いをフラフラと歩いていた。その姿は痩せ細り、まるで枯れ木のようである。一体これからどうすればいい?途方に暮れる彼女の目には全く光が宿っていない。もう娘の声が懐かしい、そう思っている自分があまりに悔しくて考えることすらやめてしまった。

 

「――マー……」

 

 ああ、娘の、アリシアの声が聞こえた気がする。それだけで少しうれしくなった。まだ自分の心には娘が残っている。そんな気がしたから……。幻聴だとしても構わない。確かに聞こえたのはあの娘の鈴のような声だった。

 

「ママー……」

 

 ほら、また聞こえた。今度はちょっとだけ大きくなった。一緒に過ごし楽しかった頃の思い出が再び色がつくように思い出せるようになった。

 

「ちょっとママぁ!?なんで無視するのー!?」

 

 

 

 ――あれ?何かがおかしい。どうしてここまではっきりあの子の声が聞こえるのだろうか。繰り返される自分への呼び声は少しずつ大きくなっていって、何故か徐々に怒りと悲しみを帯びていった。もしかしてこれは殺した主原因である自分を道連れにするために天からアリシアがやってきたのだろうか。まぁ、別にそれでもいいか、と顔を上げてみた。あわよくばまた娘の活きた顔が見られると思って――。

 

「うぅ……うぁーん!!ママがお返事しなぃぃぃぃ~~!!!」

「えっ!?ア、アリシアッ!?」

 

 自分の少し手前で、何故かアリシアが泣き声をあげていた。遠くから走ってきたのか、彼女の背後にはいくつもの足跡がついている。

 

 プレシア は 混 乱 し た !

 

 アリシアは死んだのではなかったのか、仮に生き返ったとしても何故遺体を保管している家と逆側から走ってくるのか。というかなんでいきなり目の前で泣かれてるのか。

 

「うぁぁぁん」

「あ、ご、ごめんね!?ごめんねアリシア!」

 

 何が何だかよくわからないままに謝りながら力いっぱい抱きしめた。そして悟った。この子は確かに自分の娘のアリシアだと、生きた子供の暖かさが自分に伝わってくる。幻でも蘇ったとかでもなく、確かにここに彼女はいた。だとしたら、あの遺体は一体何だったのだろう。もしかしてあっちのほうが幻だったのだろうか。そう考えるほどに目の前のアリシアは現実感を伴いすぎている。

 

「びぇぇぇ」

「あ、あぁ、もう大丈夫、大丈夫だから!」

 

 そして子供というのは安心感を持てば持つほど更に泣き喚くものである。どんどんエスカレートしていくアリシアの鳴き声は、彼女が疲れきるまで続き、それを慰めようとするプレシアは疲労困憊するのだった。

 

 

 

「――……ぐず」

「ね、ねぇアリシア。今までどうしてたの?」

「ぐすっ、ずびー」

 

 顔が水分まみれになっているアリシアは答えようとするも全く答えになってない。プレシアとしても、さすがに死んでたんじゃなかったの?などとは聞けないためにこう聞いてはみたものの、全く埒が明かず。だめだこれは、と思ってるところにもう一人分足音が聞こえてくる。

 

「こんにちはプレシアさん。お久しぶりです」

「あなたは……ジェック?」

 

 そこにあったのは、おそらく同様に死んだはずのジェックがリニスを抱えている姿だった。

 

 

 

 

「あなた達、今までどこにいたの?」

 

 近所にある適当なテラスの一角を借り、適当に座る。プレシアの膝の上には泣きつかれて鼻提灯を浮かべて眠るアリシア、その対面にはリニスを頭の上に乗せたジェック。色々と聞きたくてうずうずしていたプレシアは席に着くなり即座に質問をふっかけた。

 

「軽く他世界に旅行に。知り合いもいたから、ちょっと子供だけで外に出てみようってことで1ヶ月ほど」

 

 娘が死んでいたと思っていた彼女のもっともな疑問に、悪びれもなく彼は答えた。ちなみに彼らが訪ねていたのは地球であり、自由気ままにスカリエッティのところや日本を飛び回っていたらしい。一体どうやってママっ子のアリシアを説き伏せてそれだけ長いこと旅行出来たのかしれないが、随分と気楽なことだ。

 

 とにかく生きていた。間違いなくこの子は本物のアリシアで、当時気付かなかったがリニスの姿もある。おそらく今自分は一生分の安堵の溜息を吐き切ったのではないか、とプレシアは思う。しかしそれならば当然の疑問が浮かび上がる。自身が確認したアリシアの遺体は果たして何だったのか?ここに本人がいる以上あの遺体は偽物だ。サーチャーで確認したところ、今も確かに保存液の中に浮いている。遺体が起き上がってきた、わけではない。だが自分ではあの遺体が偽物だという判別が全くつかなかった。不意に、思いたくなかった嫌な懸念がプレシアを襲った。

 

「……どうして、何も言わずに旅行になんか行ったのかしら」

「必要だったからだよ」

「……何が」

 

「あなたが、アリシアが死んだと認識する事とあの事件そのものがさ」

 

 聞いた瞬間、頭に血が昇ったプレシアはアリシアを抱きしめながら片手でバン!とテーブルを叩いた。眉間にしわが寄り、顔には怒りが顕となっている。

 

「どう……して!どうしてそんなことをしたのよ!?遺体なんて無かったら、あの時あんな思いなんかせずにすんだのに!!」

 

 心の慟哭をそのまま口に出し叫ぶ。対面のジェックはそれを表情一つ変化させず受け止める。相変わらずこの少年には心の機微というものが辞書に存在しないらしい。まるで機械か何かのように淡々として、どう見ても子供の見た目なのに恐ろしいという感情を抱かずにいられない。

 

「それについては、すまないとしか言い様がない。完全にこちらの事情だ」

「事情って、……じゃああのアリシアの遺体は」

「とある博士お手製の義体。極めて精密に作ってあるが、生命ではない。放っておけばいずれ自壊するように仕込まれている」

 

 あれが義体、あれが義体ですって?どう見たって本物にしか見えないのに。だとしたら遺体を作り上げた博士とやらは正真正銘のキ○ガイだ。幼女の体を完璧に仕立てあげる、どう考えても変態としか思えない。

 そして今までの情報をつなぎ合わせると、ある動きが明確になる。わざわざ義体まで用意してあの事件の日に置いてアリシアを連れて行った。つまり彼は事件が起きる事を予め知っていた事になる。いや、いささか憶測が飛びすぎにしても試験日であることを知っていたのは間違いないだろう。加えて彼の裏側にいる博士とやらの存在。そして、そこまでして生きているアリシアが必要だった事情……。

 

「――!あなた、アリシアをどうする気!?」

 

 大事な娘をぎゅっと抱きしめて腰を浮かせる。もしも彼が何かをするならば、自身の全力を持ってここから逃げ出さなければならない。あるいは、この1ヶ月で既に何かされているのかもしれないがそれは考えたくはなかった。

 

「ちょっと待て、大きな勘違いをしている。必要だったのは事件が起きたという認識のみで、アリシアが生きているのはむしろおまけだ。もちろん彼女には何もしていない」

「おまけ……?おまけですって!?人の娘をなんだと思ってるの!?」

 

 とりあえず勝手に解釈したプレシアを再び席に座らせたものの、更に激昂した。当たり前だが、この少年はどうしても自分を怒らせたいのだろうかと思わずにいられない。ちなみにジェックはジェックでどんどんボルテージが上がるプレシアにどう対処すればいいのか困惑していた。ぶっちゃけて言えば、人付き合いがほとんどない彼は基本的にコミュ障なので相手の感情を察するのが非常に不得手なのだ。それが表面に出ることはないために余計に事態を悪化させている気がするが。

 

「とりあえず、僕の出自からまずは話すよ。信じるかどうかは勝手だけど」

 

 ジェックの事情、いわゆる「作戦」そのものとプレシア達の関わりは薄いものの、高町なのはの「知っていた未来」を鑑みるにフェイトという存在は最低限必要だ。ものの見事にボッキリと誕生フラグを折ってしまったわけだが、自身の()()()()()()()の増減も考慮するなら重視すべき事柄である。

 

 だがその情報を伝えたところで今更生命倫理うんぬんにこだわられて誕生しなくなるのも困る。まずはフェイトという存在に触れないよう、必要なことだけを話すことにした。

 

 

 

 

「つまり……あなたは未来から来た魔導生命体で、未来を変えるために過去へ遡って色々とやっているってこと?言うに事欠いてそんな戯言、信じると思ってるの?」

 

 もちろんジェックの口から飛び出した虚言――と思われている――は、話の流れとしてはより泥沼になるだけだった。謝罪か何かを述べるのではなく、未来から来たとかどこのSFゴシップとか何をバカな、と一笑に付すところだ。何より科学者的観点からプレシアは直接の時間軸移動を不可能と断じていた。

 

 ただし、レイジングハートの記録を見るまでは。杖状に変形させた際に明らかになった、現行技術より正しく進んでいると思われる部品の数々。ごまかすことが難しいAI自身が勝手に記録していた各種未来情報。そして、アリシアを復活させようとして明らかに錯乱している自分の姿(ただしフェイトの存在はぼかしたもの)。

 

「…………っ」

 

 プレシアは考えこむように手で顔を覆った。今の映像は、いずれ来る未来の自分というIFだ。こうしてアリシアが生きている現状、そうなるわけがないという確信があるが、逆にそうでなければ自分がこうならないと断言できない。何よりこの情報を元にアリシアが生かされた事は、つじつま自体はあっている。ではそれ起こさないようにした原因はなにか?

 

 現在ジェックが行っている作戦。それは地球を魔改造して管理局の揚げ足を取り、局内の膿を一斉に排除しようという試みである。彼が魔導生命体である以上、生み出した主の目的に沿うように行動するのは当然。そして、その作戦においてプレシアに地球へ突撃されるのは予定外の結末を生みそうで困るということなのだそうだ。だからそれをされないようにアリシアを生かすことにした。なるほど、損得だけを見て考慮すればプレシアの行動は障害になりうるものだろう。

 

 だからこそ、彼女はジェックを許せなかった。こうして長い付き合いがあるというのに、自身の損得だけを秤に乗せ助けたという事実が。魔導生命は主の感情に左右される影響が大きいが、それでも心はあるはずだ。それを感じられないのは彼がそれを獲得するに至るまでの経験が積まれていないか、あるいはそもそもそういう機能が無いのか。今まで表情に出ることが少なかったのも納得はできた。できたが、プレシアは彼とアリシアが遊んでいた一年がまるで芝居だったと言われ虚仮にされたようにしか考えられなかったのだ。

 

「…………ジェック、立ちなさい」

「……?ああ」

 

 何故、と思ったがとりあえず言われたままに立ち上がる。その正面にアリシアをイスに座らせたプレシアが立ち――

 

「ふん!!」

「スマッシュ!?」

 

 大きく弧を描く強烈な張り手、ビンタがかまされた!!ご丁寧にバチバチ唸る電撃ブースト付きだ!ビンタされたという事実を認識できないまま、ジェックの顔は横に吹き飛ばされる。ズッパァン!と景気のいい音が鳴った。

 

「もう一発!!」

「ぐぁ!?」

 

 まさかの二発目、裏手ビンタが襲い掛かる。横に飛んだ顔は吹き飛ばされもとの位置に戻る。

 

「止めの一撃!!」

「ごはぁぁっ!?」

 

 最後はキッチリ脳天への一撃で締める。頭が陥没するかのような一撃を食らったジェックは打たれた勢いそのまま地面とキスした。実にいい気味だ、とスッとした気分をプレシアは鼻で表す。

 

「いまのは私を騙した分、アリシアを裏切った分、そしてあなたが何も言わなかった分」

「ぐっ……」

 

 砂だらけになった顔を上げる。そこには偉大な「母親」としての姿があった。

 

「正直なところ、未来から来たとかあなたの事情とかは……割とどうでもいいわ。だけど、私達と家族ぐるみの付き合いをしてきたのを取り入られるためとか、芝居だったとは思うのは許せない」

「…………」

 

 プレシアはゆっくり丁寧に、彼に語りかける。

 

「あなたはそんな裏切られた相手の事もわからないような子供。だから感謝なさい、親である私が親のいないあなたを叱ってあげるわ」

 

 たとえ未来から来ようとも、魔導生命として知識を植え付けられていようとも、その本質はまだ無垢な子供のままだ。だからこそ、プレシアは叫喚したい心を制御して拳を振るう。正直なところ、彼がまだ語ってないことは多いだろう。だが彼がそれを話せるように、こちらを信頼し芝居と見ないようにするのは必要だとプレシアは直感した。何より、彼は数少ないアリシアの友達なのだ。自分の感情だけで手を取り合う二人を裂くのはアリシアに悪い――一方的なものではあったが――。ひいてはアリシアのため、しいてはアリシアのためである。

 

「……だから、これで手打ちにしてあげるからまた遊びにいらっしゃい。その時はケーキでも作って歓迎してあげる」

「…………ははっ」

 

 なぜかはわからない。何故かわからないが、衝動的にジェックは笑いがこみ上げた。もしかしたら、気づかない部分で彼もアリシア達との付き合いを大事に思っていたのかもしれない。彼の中に何か、形容できない温かいものが生まれた瞬間だった。

 

「……何よ、あなた笑えるんじゃない」

「いや、僕もびっくりした。主と違って自分は機械的だとずっと思ってた。そうだね、でも……悪くない」

 

 すっと立ち上がって軽く服を叩く。パラパラと砂を落として身綺麗にしたジェックはきちんとプレシアの目を見るように顔を上げ、一礼した。

 

「……ごめんなさい。そう、こういう時はこうすべきだったはずだ。使ったことがない言葉だけど、これが正しいということはわかる」

「一言余計よ。でも許してあげるわ。後はアリシアとの付き合いで埋めて、その思いやりを育みなさい」

 

 ああ、ありがとう。それだけ言って、彼は何処かへ去っていった。連絡先は聞いてないが、いずれまた自分たちの元へちゃんと訪れるだろう。その日はそう遠くないはずだ。ならば自分は出迎えがいつでも出来る体制を整えておくべきだろう。莫大な賠償金を元に、義体を匿うために買った「時の庭園」へとアリシアを再び抱え足を向ける。古びているものを二束三文で手に入れたものなので、庭はかなり荒れている。まずは土を掘り起こし、芝生や花を植えていくべきだろう。これからやることは多い。

 

 帰ってしばらくして気づいたことだが、義体は保存液につけていたのにも関わらずいつの間にか消えていた。あれが偽物だったとはいえ、かけていた感情は狂っていても本物だったために多少の哀愁をプレシアは感じていた。その構造がどうなっていたのかはわからないが、ふとあの娘も生きたかったのではないかという想像に駆られる。魔導生命という生き物としてよくわからない存在もいるのだ。出来るならば生かしてあげたかったという思いは、何故かしこりのようにプレシアの胸の奥に残り続けていた。

 




一体何回

ジェック は 説明 した!

という文章を載せればいいのだろうか。なんかあと2回くらいやりかねん気がする。

ちょっとずつ色々フラグ立てていきます。あと当初のジェックは目的のためなら鬼畜、というよりあまり人を理解してないといった感じ。

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