僕次第ですね、すみません。がんばります
潮風を切って進む飛竜の上で、僕らは宝箱を睨んでいた。
「開かねえなあ……」
「開かないねぇ……」
プーカのカップルが、難攻不落の宝箱を前に、腕を組んで首を捻った。それもそのはず。
「これ、プレイヤーメイドの宝箱だよ」
SAO時代の通称はワナ箱。
自分の荷物をアイテムフォルダでなく、物理的に保存したいとき、このワナ箱が役に立つ。
なぜワナ箱などと呼ばれているかと言えば、通常の宝箱によく似ている上、ダンジョンにも設置が可能だからだ。かくいう僕もまんまと釣られて、迷宮区で迷ったことがある。
印象悪くお目にかかることも少なかったが、僕の記憶が正しければ、眼前のこれは相違無い。
となると、箱の底面に設置したプレイヤーの名前が彫られているはずだ。
確認するために簡素な宝箱を傾ける。そこには『Heracles』と流れるような字体で書かれていた。
これなんて読むんだろ? ハーシレス?
難読英語に苦戦していると、唐突にに宝箱が蹴り飛ばされた。1メートル小の直方体が、美しい放物線を描いて海面に吸い込まれる。
凶行に及んだ下手人へと首を回した。
「なにすんだよ、ケビン!」
「いや、持ち主がいるんなら、元の場所に返した方がいいだろ?」
「……確かに」
あれ? 今、ケビンに論破された?
嘘でしょ……この中じゃ僕が一番の常識人だと思ってたのに。
やるせなさを飲み込んで、すんでに迫った大陸を見渡した。
ヨツンヘイムの出口は、ケットシー領の近海だった。
数分のフライトを経て、フリーリア近くの森に着陸した頃には、太陽は西へと傾き始めていた。
ケビンとサマンサは一度プーカ領に戻ることになり、それならばとヘラちゃんはリュータローの貸し出しを申し出た。
すでに音楽妖精カップルは飛竜の背に乗り込んだ。あとは出発するだけだ。
「リュータロー。2人をよろしくね!」
「グゥ!」
ヘラちゃんに元気良く返答したリュータローが、意気軒昂と翼を広げた。今にも飛び立ちそうな躍動感に満ちたそれを、ケビンが手を大仰に振って静止する。
「ちょ、ちょっと待った! オレ達にも挨拶させてくれ!」
「ゥ……」
勢いを削がれて不機嫌そうに、リュータローは両翼を畳む。かすかに喉を唸らせる音が聞こえた。
ほっと息をついたケビンは、僕の目を見て屈託無い笑顔を見せた。
「ライト! 明日の攻略、オレ達も一枚噛ませてもらうぜ!」
「え? いいの?」
「いいもなにも、グランドクエスト攻略なんて楽しそうなこと見逃してたら、このゲームやってる意味ねえよ! なあ、サマンサ!」
「そうなの? 私はケビンといるだけで楽しいよ?」
「やっぱお前最高だぜ、サマンサ!」
「ケビン!」
一生離れないんじゃないかと錯覚する強さで、ひしと抱き合う2人。
ありがとうと早く帰れが僕の中でせめぎ合うが、ここは大人な対応を心がけるとしよう。
「ぶっとばすぞ」
おっと口が滑った。
「嫉妬かよ? 男の嫉妬は見苦し────」
「リュータロー、早くこの2人を連れてって」
「グルゥ!」
僕のお願いにすぐさま反応して、リュータローは剛健な大翼を再展開してくれた。やっぱりいい子だ。
「あ、ライトお前このヤローー!」
「じゃあまた明日ねーー!」
それぞれの挨拶が残響のように離れて行く。空高くへと遠ざかり、すぐに豆粒のようになってしまった2人に、両手を大きく振った。心中が清々、という感情で満たされたせいか、ほおが否が応でも綻んでしまう。やはりカップルは根絶やしにすべきでは? 僕が言えた義理じゃないな……。
自らも既に可愛い彼女がいるのだから、他人の恋慕くらいは流さねばならないと分かってはいるものの、これがなかなか難しい。優子に会えないフラストレーションもあるのだろう。
心胆の煮え湯を冷ましたのは、小さなジャンプで僕に近づいてきたヘラちゃんだった。
「ライトくん、これからどうするのだよ?」
「そうだね……いったん『外』に出て、2時間くらいしたら戻ってこようかな。じゃあケットシー領に入るね。ヘラちゃんはどうする?」
「ワタシはまだいいのだよ。ライトくんだけ行ってて」
「オッケー……あのさ、ヘラちゃん」
「なに?」
「もう一回、僕に修行つけてもらえるかな?」
正直、今の僕でグランドクエストとやらに通用するとは思えない。だけど、付け焼き刃でもやらないよりはマシだろう。残された時間は少ないが、ちょっとでも可能性を上げておきたいのだ。空中格闘や、魔法の併用。やれることはごまんとある。
僕のお願いを聞くやいなや、ヘラちゃんの表情がパッと明るくなった。まん丸で鮮明な朱色の瞳が、まばゆいばかりに輝いた。
「うん! いいのだよ! 一緒にがんばろ!」
僕の右手をヘラちゃんは両手で包み込んで、ブンブンと振り回した。感情を抑えきれないのか、ピョンピョンと小さく跳ねている。
この子ほんとあざといな。
ここまで好意を露わにされれば、こちらの方が照れてしまう。顔が熱くなるのを自覚して、少し強引に絹のような白い手を解いてしまった。
「じゃ、じゃあ僕はログアウトするね!」
不満げにほおを膨らませるヘラちゃんを意識して視界に入れず、ケットシー領・フリーリアへと足を向ける。
「もうちょっと優しくしてくれてもいいのに……」
ほおを膨らましたヘラちゃんの呟きが後ろ髪を引く。
いやだってこう、ね? 優子に申し訳ないやらなんやらで、素直に反応し難いのだ。
ヘラちゃんくらいの可愛い女の子に真正面から気持ちをぶつけられて、嬉しくない男なんているはずない。ので、こう……内心を汲み取って欲しいというか……贅沢だな、僕。
うん。このまま別れるのはダメだろ!
背を向けていたヘラちゃんに向き直り、手を合わせて平謝りする。
「ごめん、ヘラちゃん! ヘラちゃんと一緒にいるの、楽しいし大好きだよ!」
「んにゃ!?」
素っ頓狂な猫語で叫ぶヘラちゃん。あまりにも素直で分かりやすい。
女の子はミステリーだと思ってたけど、固定観念はヘラちゃんで覆されてしまった。
自然に口元が緩む。スパイスのようないたずら心を織り交ぜて、今度は僕から手を取って引っ張った。
「一緒にフリーリアへ行こ?」
「そ、それはダメなのだよ!」
「え、なんで?」
「えっと……それは……」
キョロキョロと何も無いところをヘラちゃんは見回す。まるで物理的に言い訳を探してるみたいだ。
やがて目を泳がせることもやめて、困ったように白毛の猫耳を触り出した。
「どうしたの?」
「ワ、ワタシ、森で狩りしとくのだよ!」
僕の手を抜けた白猫の少女は、ヒョウもかくやの俊敏さで樹海の闇へと消えて行った。
「どうしたんだろ……」
やっぱり女の子はミステリーだ。
☆
生理現象もろもろを済ませ、キリトと電話してからログインし直した。経過時間はきっかり1時間50分。遅刻はしないタチなのだ。
妖精郷には夜の帳が下りようとしていた。海にも似た黒を見せる東とは対照的に、西の空は鮮烈な紅に染められたビロードのようだ。だがモラトリアムもじき終わる。明るいうちにヘラちゃんを探さねば。
奔放な彼女のことだ。きっとまだ森にいるのだろう。一人で剣を振るう彼女を思い、心に背中を押されて、少し駆け足になる。暮れなずむ夕焼けを背景に、世界の中心、世界樹の方へと足を回した。
森の中は既に暗闇に満たされていた。索敵スキルを活用しても、5メートル先の木を見るのがやっとだ。
暗中に溶けた視覚より、頼りになったのは聴覚だった。聞き耳スキルが拾ったのは、パチリパチリと何かが爆ぜる音。SAO時代に何度も聞いたことがある。この音はきっと焚き火だ。
かすかな音を頼りに左へ舵をきる。すぐに茫洋とした光が見て取れた。押しつぶしてくる闇に必死に抗う、頼りのない明るさだった。
木立の隙間を縫って、火元との距離を縮める。
ようやくかがり火の近辺が目視できる位置につけたとき、
「うっ……ぐぅ……」
胸を押さえてうずくまるヘラちゃんの姿があった。汗が純白の首筋を伝っている。胸を削ぐかのように手が握りしめられていた。
雪のようなほおに涙が二筋、渾々と流れていた。
「ヘラちゃん!? どうしたの!?」
「……んにゃ? 良かったぁ。ライトくんだ」
泣き笑いが痛ましかった。僕に心配をかけぬようにとつくられた、薄い仮面みたいな微笑みだ。
しゃがみこんでヘラちゃんの背中に手を当てる。蠕動が手の平越しに伝わってくる。
「胸が痛いの?」
「ううん……痛くなんかないのだよ」
潤んだ目を見れば、強がりだってことは簡単にわかった。
「ログアウトしてお医者さんいこ? 『身体』は見ててあげるから」
「大丈夫。ライトくんが来てくれて、ちょっと落ち着いたのだよ」
すくりと上体を起こして、ヘラちゃんはほのかに笑う。その笑顔は半分が光に照らされ、もう半分が真っ暗な影になっていた。
さっきまで胸を押さえていた右手は、いまだ小刻みに震えている。見ていられなくて、手を強引に掴み取った。
「大丈夫なわけあるかよ! こんなに震えてるのにさ」
沸騰した気持ちを抑えきれず、強い語調が漏れてしまう。
豹変に意表を突かれたのか、ヘラちゃんはきょとんとした目で僕を見る。後悔と罪悪感が、泡のように浮き上がる。
胸中の淀んだ水泡をわったのは、他でもないヘラちゃんだった。
「ありがとう」
笑顔だった。
痛烈なカウンターを顔面に決められたみたいだ。
言葉を続けられなかった。口が脳の命令を聞かない。
くそ。なんだって、こんなときに。
────彼女の笑顔が、綺麗だ、なんて思ってしまうんだ。
はやく説得して、現実に返さなきゃいけないのに。僕の青い心が、遠ざかることを拒むんだ。
笑顔ひとつで打ちのめされた。もうそれ以上何もする気が起きなくて、ヘラちゃんの横に座り込んだ。
たき火が踊る。火が強弱を変えるせいか、照らされるヘラちゃんの表情が移ろっているようにも見えた。
幼子のようなヘラちゃんの手を、潰れてしまいそうなほど強く握っていたことに気づき、力を緩めようとした。が、彼女の左手が僕の手を包み込み、もう一度握らせた。
「ダメ。もうちょっと」
有無を言わさぬ言葉さえ、今ばかりはたおやかだった。
「わかったよ。好きなだけどうぞ」
僕はどうかしてるんだと思う。
そうでもなくちゃ、こんな言葉は出てこない。
ヘラちゃんが心配という気持ちが、鎖でがんじがらめにされたみたいだ。
並んで座る僕らに、凍える夜風が吹き付ける。たき火が波打ち、千々とかき消えた。
何も見えない。音もしない。無にも等しい世界の中で、月明かりさえも雲に消えた。
「世界が、ワタシとライトくんだけになっちゃったみたいだね」
「うん。さみしいね」
「ううん。それだけあればじゅうぶんだよ。だって、ワタシには……」
語尾は続かなかった。
頭に、生温い水滴が落ちてきた。月を隠すに飽き足らず、黒雲が嫌がらせまでしてきたみたいだ。
雨足は徐々に激しさを増していき、傘を差したくなるくらいになった。
「ねえ、ライトくん」
「どうしたの?」
「人を好きになるのって、どんなとき?」
ザザ鳴りの雨に消されてしまいそうな声量だ。
フォルダから皮のポンチョ取り出して、ずぶ濡れのヘラちゃんにかけた。ヘラちゃんはポンチョを抱き締めるように掴んだ。
人を好きになるとき、か。思えば、きっかけなんて考えたことが無かった。
優子の笑顔が真っ先に浮かぶ。はて、僕が優子を好きになったきっかけってなんだっけ。
いや、きっかけなんてない。いつのまにか好きだった、っていうのが正直な答えだ。恋は落ちるものだろう。そこにわざわざこじつけをしてしまえば、それこそ嘘っぽくなる。
だなんて、逃げだろうか?
でも僕にはこれ以上の答えがない。
「好きだから好き、でいいんじゃないかな?」
「んにゃ? よくわかんないのだよ」
「だね。僕もよくわかんない」
「ふふ……なにそれ」
宵闇が目隠しをするせいで、ヘラちゃんがどんな顔で微笑んでいるのか分からない。雨で湿った泥のような暗闇が、僕らの間に流れ込み続ける。
その泥を、掻き分けたかったのかもしれない。
「ね、ヘラちゃん。今度は僕から質問していい?」
「いいよ。なに?」
「今日の昼にさ、ケビンとサマンサを忘れたって言ってたとき、ヘラちゃんがすごく悲しそうに見えたんだ。それが、なんて言うか……」
「意外だった?」
「うん……」
「そっか……ダメダメなのだね、ワタシは……」
「ダメって、なにが?」
答えは無かった。
言いたくないのか、思いつかないのか。正直、どうでも良かった。ただ、ヘラちゃんの胸には、わだかまりが燻っているのだという事実が、知れただけで充分だ。
助けてあげたい、という気持ちと、踏み込み過ぎだ、という気持ちが相克する。
だって、僕らはまだ出会って3日と経っていないんだ。余計なお世話にもほどがある。
そんな卑屈じみた考えを巡らしたとき、脳の奥で何かが焼け付く音がした。まるで、燃え上がることを忘れた火種のような音。
連動するようにフラッシュバックしたのは、アレックスの笑顔だった。
僕はアレックスと、以前こんな会話をした?
そんな気がする。気がするのに、思い出せない。
アレックスはメイサーの女の子で、天真爛漫で、煩悶とする可愛さで。
────あれ?
2年間ずっと一緒にいたのに、彼女のパーソナリティーがそこまでしか思い出せなかった。
なんでだ!? 僕は彼女と何をした!? 同じギルドだったんだぞ!? どうして思い出の一つや二つも思い出せない!?
記憶を探れば探るほど、頭が割れるような痛みを訴える。ここはゲームだぞ? なんで痛いんだ?
なんで、思い出せないんだ?
もっと色んなことを喋ったはずだ。なのに、想いだけが残って、記憶は一向に出てこない。
「ライトくん!? ひどい顔なのだよ!?」
「ブサイクって意味?」
「それもあるけど、なんか今にも吐きそうなのだよ!?」
それもあるけど
それもあるけど
それもあるけど(エコー風味)
心が……欠けそうになる……。
冗談で自虐ネタをしてはいけない。
「あ、良かった! 普通に悲しそうな顔に戻った」
「それは果たして良いことなのだろうか?」
ともかく、ヘラちゃんの言葉で頭痛は引いた。心痛と引き換えに、ではあるが。
「それで、さっきはどうしたの?」
「ん……えっとね、ちょっとおかしな事なんだけど」
「うん」
「思い出せないことがあるんだ。ある女の子と長い間一緒にいたはずなのに、その子のことが全く思い出せないんだ。その子の記憶だけが霧にかかったみたいで……」
ヘラちゃんはハッと息を呑んだ。
夜目にはぼんやりとしか見えないけれど、ヘラちゃんが見せたのが、激しい動揺であることだけは分かった。
白い肌が、凍死体を思わせる青に変わっていく。あまりに分かりやすいヘラちゃんの変化は、僕を焦らせるのに充分だった。
ヘラちゃんのほほに手を伸ばす。手の平に伝わってきたのは、色と裏腹の熱だった。
「どう、したの? ライトくん」
短い会話すらたどたどしい。
「ヘラちゃんの方こそ、いきなりどうしたんだよ?」
問いかけには応じなかった。
思えば僕は、ヘラちゃんのことを何も知らないのかもしれない。
彼女がどんな考えで、どんな人生を送ってきたのか。今まで僕に見せてきた表情が、本当に彼女なのか。
ヘラちゃんの心に傷がついた理由も、その深さも分からなくて、だからこそ焼け石に水でも、癒してあげたかった。
この子は僕が思っているよりずっと脆い。最高のプレイヤー、なんて鎧で覆い隠されて、その実、
だからなのだろう。僕の方がずっと弱いのに、守ってあげたいと思ってしまうのは。
抱き寄せようと腕を伸ばして、触れる前に思いとどまった。これじゃただの浮気男だ。
それでも何かしてあげたいと思って、ヘラちゃんの白百合のような手に、そっと指をからめた。
「握手、なのだね」
握手? これは握手なのだろうか?
手を繋いでいる、と言った方が正しいような。
訂正しようと思ったが、握られた手を見るヘラちゃんが、あまりに愛おしそうに慈しむものだから、
「うん。じゃあそういうことで」
否定なんて、できるはずもなかった。
「ね、ライトくん。その子のこと、好きだった?」
「好きかどうかはもう分かんないや。それすら思い出せなくて……。けど、大切な人だったと思う」
大切だと、想う気持ちだけが残っている。
「じゃあ、辛くないの?」
「辛いに決まってるよ。でも、なんて言うかな……。頑張ろうって思えるんだ」
「頑張る? なにを?」
「何かは分かんないけど、いや、なんでも頑張るのさ! 頑張ってたら、別れた人ともいつか会える気がするし、そう思った方が救われるでしょ?」
我ながら暴論だ。だけど、わりと当たってるようにも思えるのは、僕がバカだからだろうか?
「す、すごい楽観なのだね……。そんな風に生きられるのって、羨ましいのだよ」
「羨ましいなんてそんな。簡単だよ? 難しく考えないだけ。楽しく生きようとしてたら、人生なんて楽しくなるんだし」
「そうなの、かな? ワタシにはよくわかんないや」
ヘラちゃんは閉口してしまった。
沈黙。BGMは、僅かばかりに勢いを弱めた雨音だ。
森閑とした空気には気まずさが無く、むしろ握られた手の温もりが浮き立って、心地よいくらいだ。
ヘラちゃんが急に顔を上げて、僕の目を見つめた。
「たとえば、だよ? その人ともう会えないとしたら、ライト君は……どうするの?」
声音は強張っていた。
言い切ってから、白猫の少女は、下唇を千切れるくらいに噛んだ。紅の瞳だけは、逸らすことなく僕を見ていた。
「うん……そうだね。きっと最初は悲しむし、戸惑うよ。けど、そのあといつかは、めいいっぱい楽しむようになる」
「悲しくなくなるの?」
「そうじゃないよ。悲しむのも楽しむのも僕なんだ」
「悲しいのに楽しめるの?」
「悲しいから楽しんじゃいけないわけじゃない。ひとつの気持ちに囚われなきゃいけないなんて、僕は奴隷じゃないんだし。全部ひっくるめて僕なんだから。だから、悲しいままに楽しめば良いんじゃない?」
「そっか……」
ヘラちゃんから漏れ出た音は、細く消え入った。
僕は答えを間違ったろうか? ヘラちゃんの胸には届かなかったみたいだ。
白猫の少女は、気さくなのに凛と美しく、どこか近寄り難くって。いつか、目の前からふっと消えちゃいそうな儚さがして。
『握手』を強める。せめて、今夜だけは離れないようにと願いをこめて。
準備完了!!
次回、決戦開始です!