僕とキリトとSAO   作:MUUK

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テスト&レポート、一件を残して終了しました!!!
これで心置きなく春休みだーーー!!!
春休み中にALOを終わらせたいなぁ(皮算用)などと思いつつの第八話でございます!


第八話「憂いの行方」

「息止めて! 水に突っ込むのだよ!」

 

ヘラちゃんの忠告で前後不覚が取り除かれた。と、同時に前方を視認する。岩壁を煌めく燐光が、僕、ヘラちゃん、ケビン、サマンサを載せるリュータローと20メートル先の水面を映し出す。

ヨツンヘイムの大空洞が先細り、幅10メートルほどの静謐たる湖を終点としていた。

 

「な、なんでわざわざ水に入るのさ!?」

「うしろみて!」

 

ヘラちゃんに言われるがまま振り返ると、そこには顔なじみの蜘蛛邪神が百のまなこを血走らせていた。

逃げ場がないから湖に? いや、辺境の水溜りに入ったところで、行き止まりは変わりないんじゃ……。

反証を吐く暇もなく、湖面は既に目前だ。迫る地底湖をして覚悟を決める。肺を破裂させんとばかりに吸引したその瞬間、赤竜の鼻先から着水が始まった。

入水の衝撃で水を飲んでしまう。そして味覚が僕を揺さぶった。

 

(これ、塩辛い!)

 

海水なのか? ヨツンヘイムと海が繋がっている? ならヘラちゃんは、このまま海まで飛び切るつもりなのか?

退路はない。今はヘラちゃんを信じるばかり。

ヨツンヘイムを照らしていた蛍光も消え失せ、泥のような暗闇がことごとくを覆い隠す。前後左右どこをとっても暗黒のまっただ中で、激流に流されまいと4人で団子になってリュータローにしがみつく。

時間感覚も曖昧となっていく。暗中模索の状況が、胸中に暗雲を去来させた。

ステータスバーのすぐ下に表出した、小さな気泡が10個並ぶマークは酸素ゲージだ。全ての泡が消えてしまった瞬間から、呼吸するか死ぬまでスリップダメージを受けることになる。

僕の酸素ゲージは残り7。SAO時代よりも減りが早いのは、デスペナルティの差によるものか。残された時間は少ない。展望が見えない状況が焦燥に拍車をかける。

命の危機に面してもパニックにまで至っていないのは、SAOでの経験と、判断したのがヘラちゃんという部分に依るところが大きい。事実、ヘラちゃんの言動は常に的確だった。戦闘技術や飛行のみならず、地形やモンスターの生態に至るまで、トッププレイヤーの面目躍如を見せつけられた。

故に信じられるのだが、なぜだろう。ヘラちゃんには自信が欠如しているように思えて仕方ないのだ。本人は意図していないのだろうが、まるで自分の知識が崩れかけの地面の上にあるような心細さが滲んでいるように感じられる。

僕の思い過ごしならいいのだけど……。

彼方に在った思考を引き戻したのは、海中に差した一筋の光だった。と同時に、酸素残量がゼロになり、不快なバイブレーションが視野全体を震わせる。体力ゲージがズブリズブリと死神の鎌に削られていく。

リュータローはまさに海龍が如く、泳ぐ速度を倍加させた。目標を捉えて体力を温存する必要がなくなったのか。違う。単純にケビンとサマンサが消えた分軽くなったのだ。

…………いや何で!?

いつの間にあの2人いなくなったんだ!? まさか振り落とされた!?

首を回して音楽妖精達の影を追う。それは急速に遠ざかる海底にあった。

ケビンとサマンサは、海底にある何かを押し上げようとしている。

あれは……宝箱? ああ……開けようとしているのか……。

もうほっといていいか。

色々どうでも良くなりながらも、遂に海面へと手をかける距離にまできた。体力は1割が削れたところ。余裕を持って海上へと脱出する。

南中の日が燦々と降り注ぎ、生理的に目を細める。水上アトラクションもかくやの水しぶきが飛散し、僕らの周りを小さな虹が囲んだ。

 

「ふぅ……」

 

胸を撫で下ろすヘラちゃんの、水滴が伝う肢体に目を奪われ、慌てて顔を逸らした。スポーティで健康的な四肢を、猫じみた姿勢でヘラちゃんは伸ばす。

今更ではあるのだが、ヘラちゃんの服装はかなり際どい。ほぼ下着のような胸巻きとショートパンツのみで、お腹も脚も完全に露出している。130cmの矮躯も相まって、普段は可愛らしいが優っているのだが、体中を滴る水滴のせいか今は妙に艶かしく見えてしまう。

僕の視線に気づいたヘラちゃんは小首を傾げた。

 

「うにゃ? ライトくん、どうかした?」

「い、いやなんでもないですはい!」

 

咄嗟に早口でまくし立ててしまったが、ヘラちゃんは別段訝しむことなくストレッチをつづけた。

迷わせた視線の先に、海面に身体を預けて羽を休めるリュータローの姿があった。

 

「お疲れ様、リュータロー」

 

労いながらリュータローの首筋をかいてやると、

 

「グゥ……」

 

心地好さそうな声音でリュータローは喉を鳴らした。良かった。思いの外、心を許してくれているみたいだ。

しばらくリュウタローを撫でていると、急にヘラちゃんが細い声を上げた。

 

 

「あれ!? そういえばあの2人は!?」

「ああ……もういいんじゃないかな……どうでも」

「ライトくん!? 死んだ魚の目なのだよ!?」

 

おお。ヘラちゃんがつっこんでいる。もっと常識とかかなぐり捨てている子だと思っていた。いやすっごい失礼だな?

さて。気持ちを切り替えていこう。

頑張ってもらったリュータローには、短い時間ではあるが休んでもらって、僕とヘラちゃんで出発の準備を……

瞬間、思考の一切を打ち消す爆発が、背後3メートルの海中から巻き起こった。飛沫は塔のように立ち登り、僕らを間断なく打ち付ける。

索敵スキルが反応していないからモンスターではない。ならば……

 

「いやあ! 危うくサンズリバーが見えかけたぜ!」

「ええ!? 海の中に川があるの!?」

「サマンサ? 比喩表現って知ってるか?」

 

開幕から騒がしい。僕が言えた義理ではないが。

 

「どうやって上がってきたんだよ?」

「風魔法でちょちょいだよ!」

「しっかし宝箱もったいないなあ! よしサマンサ! もっかい開きにいこうぜ!」

「ラジャ!」

 

投合したバカップルはトビウオのように浮遊すると、翅の推力を利用して急転直下のダイブをかました。

弾かれた水が僕とヘラちゃんの顔面に直撃する。

 

「うへぇー……」

 

僕が辟易と呻いている横で、ヘラちゃんは

 

「ぷっ……ふふふ」

 

失笑していた。

 

「うん! ああいう人と旅すると楽しいのだね、めちゃくちゃで!」

「楽しいのは間違いないね。楽し過ぎるきらいがあるけど」

「それはそれ。リュータロー、宝箱を取ってきて欲しいのだよ!」

「グゥ!」

 

リュータローが潜り始めると同時に、僕は背中の羽でホバリングしようとした、その時。

 

「えいっ!」

「へへへヘラちゃん!? なんでしがみつくのさ!?」

「えへへぇ」

 

ヘラちゃんは照れ臭そうにはにかむばかりで、理由を説明するつもりは無いらしい。というか、理由とか無いのかもしれない。

行動原理が野生だもんなあ……。

女の子を足にしがみ付かせてぶら下げておくのも忍びない。仕方ないのでヘラちゃんの腰と脚に手を回して抱き上げた。お姫様抱っこだ。

 

「んにゃ!?」

「ほーら、暴れない暴れない」

 

身体をびくりと跳ねさせたヘラちゃんを、赤ちゃん言葉で優しくなだめた。いや、むしろペットの方が近いかも?

 

「にゃう……」

「どうしたの、ヘラちゃん? 抱っこされるの嫌だった?」

「そういうわけじゃないのだけど……その……」

「その?」

「くすぐったいのだよぅ……」

「ああ、ごめん。じゃあ体勢変えようか」

「肩車が良いのだよ!」

「いやいやいや! ヘラちゃん、ホットパンツ一枚しか装備してないよね!? いいの!?」

「?」

 

むしろ何がダメか分からない、みたいな顔している……。もし肩車をしてしまえば、生身の大腿筋(婉曲表現)に顔を挟まれる僕の身にもなって欲しい。

悶々とした妄想を打ち消している間にも、ヘラちゃんは腕の中で身をよじっている。

 

「んっ! ひゃっ!」

「へ、変な声出さないでよ!」

「だってこしょばいのだもん!」

「ていうか、自分で飛べば良いじゃないか!」

「そればヤダ!」

「なんでさ!?」

 

変に強情なんだから。

この駄々っ子をどう御するべきか思案する。

当然ながら肩車は却下だ。おんぶもダメ。僕の羽が邪魔になる。じゃあやっぱりお姫様抱っこで我慢してもらうしか……

 

「えいっ!」

「のわぁ!?」

「うむ。この体勢が1番良いのだね!」

 

真正面から首に手を回されて密着されている。つまりは抱きつかれている。

恥じらいとかないのか、この子!? ないんだろうなぁ……。

ヘラちゃんって、天然というより中身が幼いのでは? あ、そうか。アバターが10代中頃なだけで、プレイヤーは小さい女の子かもしれないんだ。

だとしたら今の状況って相当まずいな……。半裸の幼女と抱き合っているんだもんな……。いや考えるな。それ以上はいけない。

色んな意味でバクバクしてきた心臓を無視して、強引に話題を転換する。

 

「そういえば、なんでリュータローに取りに行かせたの?」

「んにゃ? そりゃだって宝箱は欲しいでしょ? ついでにあの2人も諦めがつくでしょ? うむ。完璧な作戦なのだね!」

「ああ……うん」

 

屈託無い笑顔で言われてしまえば、首を縦に振らざるを得ない。

そこで『2人を連れ戻して』ではなく『宝箱を取ってきて』を選ぶあたりがヘラちゃんらしい。

しかしまあ、抱擁しあっているせいで、耳のすぐ横から声が聞こえてきてくすぐったい。はちみつレモンみたいなフレッシュな甘さのヘラちゃんの声は、ダイレクトに脳みそを溶かしてくる。さらには粉砂糖みたいな白さを持ったヘラちゃんの短髪が、海風に吹かれる度に僕の首筋をくすぐってくるのだから、甘過ぎてどうにかなってしまいそうだ。

 

「どうしたの、ライトくん? 顔が真っ赤なのだよ?」

「い、いやいやいやなんでもないよ!?」

 

心底を不思議そうにヘラちゃんは尋ねてくる。この子は自分の容姿と行動を自覚しているのだろうか?

アバターだから顔立ちが整っているのは分かるが、ヘラちゃんのそれは毛色が違うのだ。妖精の世界という見聞に違わず、女性型アバター達はどれも完成された美しさだった。だがヘラちゃんは、美しいというより可愛い全振りだ。容姿はもとより、言動全てに星マークが飛んでいそうな感じというか。意味もなくクルクル回ったり猫語を喋ったり、もはや可愛い通り越してあざとい(褒め言葉)。

ヘラちゃん並みの美少女に抱きしめられれば誰だって上気する。だからこれは不可抗力である。ゆえに優子に背く行いではない。Q.E.D.

なんて論理的な帰結なんだ……! 自分の頭脳が怖い……。

 

「今度はなんかニヤニヤしだしたし……ライトくんの考えてることがよくわかんないのだよ」

「いやあヘラちゃん可愛いなって」

 

バカか?

我ながら正直すぎるぞ?

 

「んにゃ? ありがとうなのだよ!」

 

普通に感謝されてしまった。きっとヘラちゃんにとっては褒め言葉以上でも以下でもないのだろう。

なんだかいたたまれなくなって、景色へと目線を泳がせる。すると、海中で浮上する濃い影を目視した。

水柱が上がる。飛沫の霧中から現れたのは、堅牢な赤鱗を日に照らされた飛竜の姿だ。

巨体に比して小さな鉤爪で宝箱を抱え、両足でそれぞれケビンとサマンサを持ち、ついでとばかりにまだ生きの良い魚を咥えている。

リュータローは首をふるって魚を上に放り投げると、一息のうちに丸呑みにした。ボリボリと咀嚼すると同時に、細長い尻尾で音楽妖精達をグルリと掴む。先ほどの魚と同じ要領で2人は宙に放られ、リュータローの背中に崩れるように墜落した。

 

「ぐぇ」

「ぷぎゅ」

 

謎の効果音を発しながら頭から着地した音楽妖精達に、僕とヘラちゃんも飛びよる。

リュータローの背中に着いた、にもかかわらず腕を解こうとしないヘラちゃんを一旦放置して、ケビンとサマンサに目を向けた。

 

「あの、2人とも……」

「勘違いしてくれるなよ、ライト! こいつはオレの作戦なのさ!」

「は、はぁ……」

 

顔面と膝をついて、お尻を突き上げている人に言われても説得力がない。

 

「オレ達が率先することでリュータローを焚きつけ、効率良くお宝を奪取する。どうやら作戦は上手くいったみたいだな!」

 

リュータローに命令したのはヘラちゃんだけどね。

 

「やっぱりケビンは頭いいね!」

「だろぉ? オレにかかればこの程度、夕飯前ってもんよ!」

「それって結構難易度高いってことでは?」

 

ヨガでいうところのうさぎのポーズみたいになっていたケビンとサマンサは、完全に同調した動作で飛び起きた。2人とも仁王立ちになると、僕とヘラちゃんを見てニンマリ笑う。

 

「しっかしヘラちゃんがパートナーをつくるとはな! しかもそれがライトだとは!」

「意外だね!」

「きみたち誰なのだよ?」

 

出た! ヘラちゃんの必殺技、スーパー文脈無視だ!

笑顔のまま凍りつくバカップル。いいぞ、もっとやれ。

 

「おいおいおい! オレ達との大冒険を忘れちまったのかよ!?」

「2日も寝食をともにしたのに!?」

 

少なくとも『大』冒険ではないな。

ケビンとサマンサは、この世の終わりみたいに目を見開いてヘラちゃんに問いただす。表情豊かだなあ。

対するヘラちゃんが見せたのは困惑と逡巡だった。ちょっと意外だ。ヘラちゃんは忘れていても笑い飛ばすタイプだと思っていた。

思索の後にヘラちゃんは目を伏せた。アルビノ特有の紅玉の瞳に浮かんだのは、ヘラちゃんと出会って初めて見た憂いだった。

 

「ごめんね、覚えてないのだよ」

 

僕への抱擁を紐解きながら、そう言ったヘラちゃんの声は震えている。無理がありありと見える作り物の笑顔。

かける言葉さえ虚ろになるんじゃないかと怖くなって、喉を震わせることもできやしない。

訪れた静寂は、しかし一瞬後に崩れ去った。

 

「グルゥ!」

 

一鳴きしてからリュータローは空を打つ。

まるで会話を無理に打ち切ったみたいだ。まさか、リュータローがヘラちゃんを気遣って?

薄膜のような翼を羽ばたかせる毎に、忠僕な赤竜はぐんぐんと高度を上げて行く。海が遠ざかり、潮風の匂いも鼻腔を去った。

ヘラちゃんを見ると、滲んでいた寂寥は陽だまりに溶けるように消えていた。

雲間から差し込む光を頼りに、向かい風に抗いながら大陸へと飛んで行く。いくら薫風にそよがれようと、垣間見たヘラちゃんの心は、僕の脳裏に焼き付いて離れなかった。




ヨツンヘイムを脱出してから海の上にいるだけで1話使う体たらくよ……
つぎもたぶん、あんまり進展しない展開なので、出来るだけ早期投稿を心がけたい所存です!!

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