僕とキリトとSAO   作:MUUK

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第六話「ハード&ロック?」

「生き別れになった彼女のために世界樹攻略とか……泣けるじゃねぇか!!」

「泣けちゃうねぇ!」

 

妙にテンション高くボロボロと涙を零されて、正直どんな反応をすれば良いのかわからない。動作1つ1つがコミカルなので、涙を流しながらも沈鬱さなど微塵も無かった。

僕の前であぐらをかきながら、音楽妖精族(プーカ)の2人組『ケビン』と『サマンサ』は、滝のように流れる涙を右腕でゴシゴシと拭き取っていた。

風船のように膨らみ、極彩色がモザイク状に散りばめられた服装は、一見して2人の性格が知れる。髪色は金髪に黒のアッシュがケビン、紫のアッシュがサマンサだ。ケビンは左右が綺麗に刈り上げられたソフトモヒカンだ。サマンサは肩まで伸びる長髪が、毛先だけ外側にカールしている。

目鼻立ちがくっきりとした外国人風の容貌はいかにも美男美女なのだが、本人たちの性格も手伝って陽気さしか感じない。

落っこちた僕はこのヘンテコな2人組に捕まって、身の上話を根掘り葉掘り聞かれたわけだ。しかし、初対面の相手に滂沱するほど感情移入して、生きづらくないのだろうか。

こちらばかりの情報開示はなんとも腑に落ちないので、そろそろ反撃と洒落込もう。

 

「じゃあケビンとサマンサは、なんでこんなところにいるのさ? 2人だけで入るような難易度のダンジョンじゃないと思うんだけど」

 

ソロで攻略しているヘラちゃんは棚に上げておく。

2人はいつの間にやらケロリと泣き止んでいる。答えたのは意気軒昂とサムズアップをするケビンだった。

 

「よくぞ聞いてくれた! オレたちは不幸にもヨツンヘイムに落ちてきたプレイヤー達を狩るPKコンビなのさ!」

 

下衆なケビンの言葉に反応したのは、意外にもサマンサだった。朗らかな美女は胸の前で手を合わせ、元から大きな瞳をこれでもかと見開いた。

 

「えー!? そうだったの!? てっきりミスって落ちたんだと思ってた! やっぱりケビンは頭良いね!」

 

笑顔のサマンサと、なんとも微妙な表情をするケビン。図星じゃないか……!

ケビンは両腕を肩の横に開くと、呆れるような仄かな笑みでかぶりを振る。

 

「おいおいサマンサ! オレがそんなドジするタマか?」

「うん!」

 

瞬殺だった。信用無いなケビン。

恋人の対応にガクッと肩を落とした直後、ケビンは何事も無かったかのようにコミカルな笑顔を見せた。立ち直りが早すぎる……。

 

「ともかくだ! ライトは地上に戻りたいんだろ? それはオレたちも同じさ! 一緒に地上へ出る道を探そうぜ!」

「やっぱりミスって落ちたんじゃないか!」

「ギクゥッ!」

 

ギクって発声する人はじめて見たよ。

四面楚歌なケビンは無理に会話を切るためか、ピルエットのように3回転をしてから、戦隊モノを彷彿とさせるポーズをキメた。

ピストル形にした手を顎にあてたケビンは、シニカルに笑って僕を見る。

 

「もしかすると、ライトだけは上に帰れるかもしれないぜ?」

「ほんと!? どうやって?」

「そいつは見てからのお楽しみさ! ちょっと待ってな! さあショータイムだ、サマンサ!」

「オーケー! ハードでロックにジャムっちゃうよ!」

 

手を取り合ったケビンとサマンサは、軽やかなワルツを踊りだす。魂揺蕩う氷獄のダンスホールは、2人の舞踏に幻想的な美しさを伴わせた。

ダンスを注視していたのにも関わらず、音楽妖精カップルの衣装が変わっていることに遅れて気づく。

ケビンは白スーツに茶色の革靴。首元に据えられた深紅の蝶ネクタイが目を引くコーディネートだ。。

サマンサは地面にすれるほど長い、白のイブニングドレス。胸元に入れられた妖精の刺繍は、今にも飛び出しそうな躍動感を顕示していた。あたかも晩餐会の淑女といった出で立ちだ。

見事な円舞を終えた2人は、名残惜しそうに手を離す。

戯曲のような光景は、そこで終わりでは無かった。

光を振りまきながら、各々の手に楽器が握られる。ケビンが持っていたのはウクレレとアコギの中間のような楽器だった。一方のサマンサは、妖精の羽が意匠されたファンシーなマイクだ。

プーカのカップルが、大仰に両手を開いた。

 

「さあ! お集まりの観客1名様! これよりご覧に入れますは、音楽妖精(プーカ)の秘儀なる律動の調べ! ────オレたちのセッション、存分に楽しんでいってくれよな!」

「楽しんでいってくれよな!」

 

深くお辞儀をするケビンと、同調するサマンサ。

空気が緊張する間を置いてから、毅然と2人は屹立し直す。

ケビンが弦に手をかけた。流れ出した音楽は、しっとりと染み込むようなジャズだった。

恐らくはアドリブなのだろう。掻き鳴らされた音は散漫なようでいて、ケビンという個性をしっかりと主張している。マイナーコードを基本にしているのに、弾き方、テンポ、休符の取り方が噛み合って、どこか朗々とした感想を持たせる。

 

「LaLaLa〜」

 

サマンサは音に合わせて歌詞なく歌う。聴く者の耳を溶かすような美声には、音楽に疎い僕すら酔いしれさせる魅力があった。

ケビンの先導にサマンサは歌を合わせ、2つの音が美しく止揚する。即興でこの完成度を出すに至るまで、ケビンとサマンサが無数に音楽をぶつけたであろうことは想像に難くない。

氷の地獄に、調和された2つの音が共鳴する。僕を包む音が、記憶の奥深くをチリチリと焼くように刺激した。想起したのは1年以上前にアインクラッドで見た、弾き語りをしていた女の子だ。

名前は────思い出せないが、あの子は無事に現実に帰ることができたのだろうか。

思考が脱線しているうちに、口惜しくも演奏は終わってしまった。普段の天然さは鳴りを潜めて2人が演じた、いつまでも聞いていたくなるようなジャズバラードだった。

 

「さて、じゃ試してみてくれよ、ライト!」

 

いつのまにやら元のピエロみたいな服装に戻ったケビンの言葉の意味が、よく分からなくて聞き返してしまう。

 

「試してみてって……何を?」

「んん? まさかオレたちが、何の意味も無く演奏したと思ってたのかよ?」

 

わりとそう思ってた。

ゲーム内で演奏して意味があることって……あ! バフか!

ステータスバーに視線を向ければ、スピードアップが2つと身体軽量化、筋力上昇の計4個のアイコンが点灯していた。

つまり試してみてっていうのは、これだけバフを盛れば無理やり上の階まで走れるんじゃないかってことか。

 

「ありがとう! やってみるよ!」

「おう!」

「がんばって〜!」

 

ユルい応援を背に受けて駆け出す。四方の壁は氷で覆われ、取っ掛かりはどこにも見当たらない。滑る前に駆け上がればいけるかな?

心配だし、一応さらにバフを重ね掛けておこう。

 

「Ek vera hraðr!」

 

僕が唯一使える魔法である、速度上昇の呪文を唱える。加速感と共に自信が漲ってきた。トップスピードを維持したまま、氷の壁を一足飛びに登り切る!

SAO終了時点での僕と同等の速度で足を回転させながら、まずは氷壁に一歩かける。

 

「ぐぬぅ……」

 

足裏に力をこめて、滑りそうになるのを必死にこらえ、上へ上へと走り続けた。

天井との距離が遅々として縮まらない。1秒を経ることすら緩慢だ。ただ速く走ることだけを考えて、限界まで身体を押し動かす。

気がつくと、もう上階は目鼻の先にまで接近していた。

いける。いける。いける。

思い込みを脳に擦り付ける。心意システムすら総動員して、岩窟の天蓋へと手を掛ける────その寸前。

 

ガラッ……。

 

あ。崩れた。

大穴の淵を掴むと、僕の体重に耐えられず崩落したのだ。移動した重心は止まるはずもなく……。

 

「どぅわああああ!?」

 

僕も真っ逆さまに落下した。

ここ数日で一体、何度落ちれば良いんだ!

不運を嘆きながらも冷静に。地面に着く直前に前転して受け身をとった。地獄の風景がグルリと回転し、三半規管を狂わせてくる。

着地の衝撃で削れた体力は、一割強といったところ。充分に許容範囲内だろう。

 

ドドドドド……

 

ん? この音なんだろう? 地震だろうか? ALO内で地震なんて起こるのかな?

 

「まるで、ダンジョン内で大音量で演奏したせいで、邪神型モンスターが反応して近づいてきてる、みたいな音がするね〜」

 

サマンサは具体的な比喩をする。

いやいやそんなまさか! だって洞窟全体を揺らすような地響きだよ? いくら超大型モンスターだって、2体や3体じゃ効かない数がいないと、ここまで揺れることは無いよね?

 

「まさかそこまで考え無しに演奏したわけじゃないでしょ、ケビン?」

 

縋るような気持ちでケビンへと振り返ると、

 

「………」

 

ケビンは薄ら笑いを浮かべて、冷や汗をふかしていた。

この野郎……!

 

「まあまあ落ち着けよ2人とも! この展開はオレの策略通りさ!」

 

策略通りの人間は冷や汗をかかない。

 

「ここで邪神型モンスターを倒しきって、アイテムをガッポリって寸法よ!」

「キャー! ケビンってば頭良いー!」

 

膝を震わせるケビンに、サマンサは抱きついた。

落ち着け僕の右手。天然カップルを殴るのは逃げてからでも遅くない。

 

「いや待てよ? ここでモンスターどもを倒しきっちまってもいいんだが、さすがにオレたちだけで独占するのも他のパーティーに可哀想だよな! ここはひとつ……」

「言い訳はいいから早く逃げるよ!」

 

バカばっかりのクラスを纏めていた雄二の苦労が、少しだけわかった気がする。

 

 

世界樹の周囲は峻厳な山脈が囲んでいる。高度制限により飛んで山を越えることは叶わず、各種族の首都から世界樹の麓たる央都アルンへ至るには、山岳に通されたトンネルか谷間を抜けることになる。

連なる山々の南西側に位置する洞窟、『ルグルー回廊』を、2人の妖精は決死の形相で抜けたばかりだった。

1人は影のような黒衣を纏う、浅黒い肌のスプリガン剣士、キリト。

もう1人は夏の風のような緑の妖精、シルフの脱領者(レネゲイド)、リーファだ。

2人が急く理由はただ1つ。今日行われることになっているシルフ・ケットシー同盟会議に、邪魔者が介入するという情報をリーファの知人《レコン》から伝えられたからだ。

大恩あるシルフの領主、《サクヤ》に義理立てするためにも────いや、リーファを動かすのはそんな大人な感情じゃない。ただ友達を守るために、リーファは同盟会場へと急いだ。

新幹線にも迫ろうかという勢いで飛行しながら、並走するキリトが疑問を投げかけてきた。

 

「なあ、会談の場所はケットシー領じゃなかったのか?」

「そのはずだったんだけどね。今朝にシグルドが駄々をこねたんだよ。『他種族の本拠地に領主を向かわせるなど、正気の沙汰ではない!』とか言って。今考えると怪しかったよね」

「ああ。そのシグルドって奴がサラマンダーと通じてたんだもんな。中立域で会議してくれなきゃ、サラマンダー部隊を戦闘させられないってわけだ」

 

自然と2人の速度が上がる。

乱入する刺客はサラマンダー。大柄な体躯を活かした戦闘向きの種族だ。

いくら同盟会議に同伴しているのが各種族の手練れ達であろうと、数十人のサラマンダー部隊の前では多勢に無勢。戦闘が始まる前に乱入できなければゲームオーバーだ。

そも、キリトとリーファが加わったところで、多勢に無勢は変わりないのだが。

 

(それでも……それでも、私にも何かできるかもしれない!)

 

自分の心に言い聞かせ、リーファは一層甲高く翅を震わせる。

会談場所となる岩山へ近づいてきたとき、キリトの面持ちが次第に険しくなっていった。眉宇を寄せたキリトが、絞り出すように呟く。

 

「マズイな……金属音がする」

「え? それって……」

「ああ。もう戦闘が始まってるぞ」

 

剣戟がリーファに聞こえずキリトに聞こえたのは、キリトの持つ聞き耳スキルの効能だ。

キリトの下した結論は、リーファの心に最悪の想像をもたらした。サクヤが刺し穿たれ、シルフ領がサラマンダーによって統治される光景。

ブンブンと頭を振って嫌な想像を追い出すと、リーファはキリトへと首を回した。

 

「ここまででいいよ、キリト君。スプリガンの君に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないもんね。キリト君は世界樹に行って」

 

喉から捻り出したのは苦渋の台詞だ。

本当は、もっとキリトと旅をしていたかった。明朗快活な少年剣士は、会う度にリーファの心を照らしてくれた。

けれど、だからこそ依存することはできない。キリトに好意を抱くからこそ、キリトには負担をかけたくないと思うのだ。

だから、ここでおわかれだ。

リーファの悶える心中を知ってか知らずか、キリトは何の気負いも無く口を開いた。

 

「ん? いや一緒に行くよ。ここまできて投げ出したら夢見悪いからな」

 

なんでもないキリトの言葉は、リーファの胸中を深く突き刺す。

断れるはずが無い。

せっかく自分の気持ちを裏切って、キリトを慮って言ったのに、当のキリトがその決意を壊すのだから。

 

(もう……ズルいなあ……)

 

結局はリーファの一人芝居だが、眼前の少年を卑怯だと感じてしまうのはしょうがないだろう。だったらキリトも遠慮なく巻き込んでしまおう。

 

「うん。じゃあ、これからもよろしくね、キリト君」

「こっちこそな、リーファ。じゃあ急ごうぜ。もう奇襲が始まっていても、加勢できるならしておいた方が良いだろ?」

「そうだね。うん……ありがとう」

 

気を引き締め直して、再度の加速を開始する。

サクヤの無事を祈りながら、リーファはめいいっぱいに羽ばたいた。

 

会談場に到着して最初に目にしたのは、飛翔しながら相対する2人の剣士だった。

睨み合う火竜妖精と猫妖精の決闘を、会談場たる岩山を取り囲んで、数十人の取り巻きが固唾を飲んで見守っている。

誰も手出しをしない。違う。できないのだ。

ユージーン将軍。サラマンダー最強──否、ALO全土を見ても最強の剣士が抜刀している。ならば邪魔立てなど誰が出来ようか。

ユージーンの手に握られて妖気を放つのは、伝説級武器(レジェンダリー・ウェポン)『魔剣グラム』だ。一振りにつき一度だけ相手の武器をすり抜けるという、近接戦闘において最強の名を欲しいがままにする両手剣である。

至高の剣士と火花を散らすのは、どう見ても不釣り合いな、か細い白猫の少女だった。

名を、ヘラクレス・オオカブト。

全身を鎧で守るユージーンと比較にもならない軽装と、刃渡20センチという短剣だけを装備した少女は、しかし唯一異常な点があった。

少女は、飛竜に騎乗している。自らの翅を出すことすらせず、白猫の妖精は空に浮いていた。

 

「ハッ!!」

 

裂帛の気合いとともに、ユージーンが白猫へと突進する。

サラマンダーの将軍が選んだ手は大上段。豪速の魔剣が、直下の脳天へと吸い込まれる。

白猫が取ったのは迎撃だ。短剣が音にも迫る速度で疾る。

最強へと歯向かうに値する剣圧を、だがしかし、魔剣グラムはすり抜けた。

少女の目前までも凶刃が切迫する。

そして────

 




この話以前のキリトとリーファの流れは、原作・アニメと同様とお考えください。明久の家から帰ったキリトが、今度はリーファと混線して現在に至る感じです。
もし万が一SAOを未視聴の方がいらっしゃいましたら……ごめんなさい!

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