僕とキリトとSAO   作:MUUK

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第五話「ヨツンヘイム」

「どこ、ここ……?」

 

待て待てマテマテ落ち着け僕。

とりあえずめっちゃ寒いとか、なぜか氷山の上にいるっぽいとか、遠くの方で小高い丘くらいあるモンスターが歩くのがみえたとか、その程度で取り乱してたら男が廃るってもんですよっ!

ダメだ……。アレックス式テンション高め思考法をしても全く元気にならない……。

会談がある深夜まで随意飛行の練習をしようとしたのが仇になったか。地続きの島になっているケットシー領からアルヴヘイム本土にまで、足ならぬ羽を伸ばしていた。気持ちよく飛行する僕を氷獄に貶めたのは、地中から飛び出してきた謎の巨大ワームだった。直径5メートルほどの口で、フラフラと覚束ない飛行をする僕を踊り食いしたのだ。

不幸中の幸いか、食事されて即死亡とはならず、現在の地下迷宮にて吐き出された。おそらく巨大ワーム自体が地形トラップの一種だったのだろう。ダメージ無しで転送だけする系の。

じゃあこの地底世界はなんなんだって話だが、

 

「ホント、どこなんだろ……」

 

全然わかんないや。

周囲を囲むのは地平まで続く氷の大地。天蓋から降り注ぐ青白い燐光のおかげで視界には困らない。氷柱は光を受けて朧げな青に染まっている。

傷一つ無い手近な氷塊に目を移らせると、表面が鏡みたく景色を模倣していた。鏡面を占めるのは、うねりのかかったうす茶の毛が特徴的な猫妖精の青年だった。

 

「あ、これ僕か!」

 

ログインしてこの方、自分の姿を見てないことをやっとこさ自覚した。ああ、こんな感じなのか。やっぱ猫耳をつけてる男ってアレだな……。

全身にしなやかな筋肉を纏う姿は陸上選手を連想させられる。僕の足が速かったのはランナーっぽいアバターのおかげもあったのかもしれない。

わりとイケメンなのでは、僕のアバター。アバターの顔立ちは大抵整ってるとか言ってはいけない。

さて、これからどうするか……。とりあえず地上に帰る道を探すか。一度ログアウトして、ネットで地図を拾ってくる?

うーん……その間に空っぽの身体が殺されたらやだなぁ……。

ALOのデスペナルティは装備品と所持金とスキルポイントだ。正確には『ボーナススキルポイント』と呼ばれる特殊な経験値だけが減少する。通常のポイントとは別に、任意のスキルに割り振ることができる特別なポイントだ。SAOには無かったシステムだが、現在持っているポイントがALOのデスペナにてどのように扱われるのか分からない以上、迂闊には死ねない。

2年間貯め続けていた経験値が割合で奪われるとかになると、あんまりぞっとしないのでログアウトは却下にしておく。

ワームの中で方向感覚がシャッフルされたせいで、どちらがケットシー領かもわからない。フレンドには誰も登録されていないので、誰かに助けを求めることも不可能だ。

結構絶望的な状況だ。だからこそ高揚感が湧いてくる。

 

「よし。いっちょがんばるか!」

 

未知のダンジョン探索なんて、心躍るに決まってる。ついでにテイミングのスキル上げもして、きっちり強くなって帰ってやろう。

とりあえず走り回ってみよう。フィールドだって有限だ。どっかで地上への道に行き当たるはず。

両脚の大腿筋を引き締めて、起伏が激しいフィールドを全力疾走してみる。類似した地形が続くので、どれだけ走ったのかがあやふやになる。走ってみて分かったが、このフィールドは確実にヤバい。そこかしこに超大型モンスターが闊歩し、怒号と悲鳴と鬨の声ばかりが岩窟を満たす。少なくとも初心者が来るべき場所ではない。

もしかして、アリシャやヘラちゃんが言ってたヨツンヘイムって場所なんじゃ……。また凄い災難だなこりゃ……。

 

「ってうおおお!?」

 

スベったあ!?

勢いづいていたのも手伝って、僕は綺麗に空中で回転した。

────ゴスッ!

鈍重な音は頭から地面に突っ込んだことの証左だ。

 

「ぐへぇっ!?」

 

体力がゴリッと一割ほど削れた。

身体がバク転する直前、足裏に伝わったのはヌルヌルの感触だった。氷で足を取られたのならわかる。だが僕が踏んだのは謎の粘液。

不幸にもスタンプしてしまったモノを確認するために、恐る恐る首を後ろに回した。

 

「なんだアレ……」

 

白いスライムがうねうねと蠕動してる。正直気持ち悪い。認識するために振り向いたのに、見てもよく分からない。

 

「よし。見なかったことにしよう」

 

触らぬ神に祟りなしだよね!

マズい気配がヒシヒシするので、とにもかくにも逃げておこう。

立ち上がり、謎の物体に背を向けた瞬間、背後から効果音が流れ出した。

 

(ベチャ……ベチャ……ズルルル……ギュギュギュッ)

 

いや、気になるでしょ。なんだこの音。絶対後ろで何かしてるじゃないか。

ここは一度逃げておいた方が……でもなあ、何してるのか見てみたいなあ……。

ええいままよ! 襲われたらその時はその時だ! 好奇心に任せて行動してやる!

再見の結果、謎の粘液は……

 

「えええ!? 僕!?」

 

僕になっていた。

顔立ちから背格好、初期装備のままの防具に至るまで全部が全部、さっき氷に写っていた僕そのままだった。

あの白スライム、プレイヤーと同じ形に変化するとかそういうタイプか!

僕のコピーは歩くどころか、立ち上がるのすらやっとといった有様だった。足腰をプルプルと震わせながら必死に二足歩行しようとする姿は、生まれたての草食動物にも似ている。

知能とかあるんだろうか。攻撃してこないし、ちょっと話しかけてみよう。

 

「おーい! 言葉はわかる?」

「ゥ……アゥ……ワかる……」

「うおお……!」

 

呻きながらも返ってきた返答に、反射的に驚嘆が漏れてしまった。

凄いな。脳をまるまま、というわけじゃないらしいが、幾らかの知性は投影できてるんだ。

まだ完成系ではないのか、今にも倒れそうなフラフラとした歩き方は、見ているだけで不安になる。頼りない姿が、むしろ庇護欲を刺激して可愛く思えてきた。

コイツ、なんて呼べば良いんだろ? いつまでもコイツじゃ締まり悪いしな。

 

「君は……いや、君っていうか、僕? 僕のコピーは『君』って呼んで良いのかな……?」

「……ゥゥ……ボク……?」

「うん。そうだね。ボクは僕だもんね」

 

うーん……なにか良い呼び名は無いだろうか。

顎に手を当てて熟慮する僕を、『ボク』は無垢な目をぶらすことなく眺めている。何を考えているのか分からない『ボク』を見つめ返していると、出し抜けに『ボク』の変化に気がついた。

あれ? なんか『ボク』が暗くなっているような? 暗いのが広がっているような?

というかコレ、丸い影では?

影って、どこから?

不思議に思い、見上げようとしたその時、昆虫っぽい巨大な足が『ボク』を踏み潰した。

 

「ボクゥーーー!!?」

 

『ボク』かわいそうや……。

踏み抜かれたボクは、元の白い液体に戻っていた……。産まれたてのボクが……。

ちくしょー! よくもボクを! ぶっ倒してやる!

煮えるハラワタを爆発させて、ボク殺しの犯人を仰ぎ見る。

全容は蜘蛛。全長30メートルはあろうかという威容の蜘蛛に、背中からはコウモリの羽、口からは無数の触手がうねり出でる異界の邪神だ。

邪神の顔面に無造作に並べられた昆虫の目玉が、一斉に僕を睥睨した。

 

(あ……これ無理だ……)

 

逃げよう。

すまないボク! 仇討ちは叶わない!

巨大蜘蛛の青い目玉が、順々に紅く色づいていく。恐らくは警戒色。完全に敵と認識されてる。

蜘蛛の邪神に背を向けて逃走を開始する。僕を獲物と定めた大蜘蛛は当然ながら追走する。巨大ゆえの歩幅の大きさは、僕と同程度の速度を実現していた。

走り方の微妙な変化で均衡が崩れ、蜘蛛の足が僕の背中を掠ってくる。逃げなきゃ潰される。わかってるのにシステム的な速度の上限は、残酷なまでに絶対的だった。

ダメだ。差が広がらない! 逃げるなら更に加速する必要があるが、そんな方法は……そうだ! この世界には存在する! 試してみる価値はあるだろう。えーっと……発音は確か……よし、たぶんいける!

 

「Ek vera hraðr!」

 

ヘラちゃんに教わった通りに速度上昇の呪文を唱える。古代ノルド語だという詠唱を吟じるたびに、僕の周囲に明滅する文字が刻まれた光帯が回りだす。

言い切った直後、ホログラムの文章が一際大きく輝き、僕に向かって収束した。

発光が止むと同時に身体が軽くなる。足の回転率が上がり、風切り音が甲高くなる。

視界左上に浮かぶステータスバーの少し下には青色の上矢印が光っていた。たぶん速度上昇のバフ表示だ。よかった。ちゃんと成功したみたいだ。

平常時と比較すれば、トップスピードは2割り増しといったところか。拮抗していた追いかけっこは、徐々に勝敗を明確にされていく。

よし! このままいけば逃げ切れる!

目と鼻の先まで迫っていた蜘蛛の足は、今や10メートルの後方にあり、彼我の差は刻一刻と広がっている。

もう大丈夫。……その慢心が油断を生んだ。

数刻ほど前から足音が無くなっていたことに気付くのが遅れてしまった。

もう諦めて追うのをやめた? 違う。さっきから耳を苛むブンブンという音が、僕の短慮を否定する。

全力を賭して逃げねばならないことは分かってる。けれどプレッシャーからか、僕は意識を割いて背後をうかがった。

 

「と、飛んでるーーー!?」

 

大蜘蛛の背中から伸びる、体長の4倍ほどのコウモリの羽を羽ばたかせ、大蜘蛛は高速で飛翔していた。

いや落ち着け僕。面食らったが飛行速度はあんまり速くない。継続して走り続ければ逃げ切れる。

ところで、糸を天井に貼り付けて、あの蜘蛛は何をするつもりなんだろうか。

嫌な予感がする。

糸に支えられた蜘蛛型邪神は、落下のスピードで加速していく。つまりこれは大きな振り子。岩石の屋根を蹴りつけた蜘蛛は、更に速度を洗練させる。

振り子の下限で糸を切り、巨大砲弾と化して邪神が飛んできた。

 

『キシャァァアァァーーーッッ!!』

「やばいやばいやばい!!」

 

無理だコレ! 逃げ切れない!

どうすれば良い? 決まってる! 僕の方も跳べばいい!

意識を内に。イメージを変革し、自己を光と認識する。無限の光子となった肉体は、空間という制限を突破する。

跳べ。前へ。少しでも前へ。跳べ────!

拳術スキル特殊技、いや……この呼称は誤りだ。この技の名は、心意技・瞬間移動《神耀》。

跳躍距離13メートル20センチ。大蜘蛛の射程範囲外。

よっしゃっ! あとは蜘蛛コウモリが大勢を立て直す前に出来るだけ距離を引き離せられればオーケーだ。

腹の横で小さくガッツポーズを作っていると、直下で地震が起きたような地響きが大気を揺らした。

蜘蛛が着地したのだろう。モンスターが立ち上がり、追いかけてくるよりも速く────あれ? 地面が傾いているような? ガラガラと岩塊が崩落するみたいな音が……。

 

「落ちてる───!?」

 

巨大邪神が着陸した衝撃で、地底の床が底抜けた!!

薄青色の石床が、ものの見事に貫通している。邪神の着地点から放射状に広がっていくひび割れは、中心地から少しズレた場所にいる僕を、予定調和のように飲み込んだ。足をとられて一足飛びに地獄へと落ちていく僕と邪神。

くっそーー! 地上に戻るはずが、むしろ遠ざかってるじゃないか! 厄日だーー!!

 

『クオォォン!』

「僕だって泣きたいよ!」

『グゥゥゥ……』

 

蜘蛛邪神は低く唸ると、悪魔じみた翼を展開した。降り注ぐ瓦礫を弾き飛ばしながら、蜘蛛コウモリは緩やかに上昇を開始する。

そっか! 僕も飛べば良いんた!

仮想の両翼に意識を向けて羽ばた……かない!? あ、そっか! 日光か月光の下じゃないと飛べないんだった! ヨツンヘイム内だと飛行は封印されるのか!

飛翔の基本を今更思い出している間にも、巨大蜘蛛との距離はどんどん遠ざかっていく。

 

「お前ばっかり飛べてズルいぞ!」

『グフフゥ!』

 

何言ってるかは分からないが、めっちゃバカにされてる気がする。

なんで僕はMobと喋ってるんだろう……。

飛べないんならしょうがない! むしろ落下死しないように気を張らねば、

破砕された床の粉塵が落下によって晴れていき、徐々に眼下の光景がくっきりと見え始める。

喩えるならば隠り世だ。ボウと浮かぶ蒼白の炎は、戦さ場の花と散った戦士達の魂か。

荘厳なる煉獄の空気に満たされた地下の底には────

 

「キャーー!! 天井が壊れたよ、ケビン!」

「慌てるなよサマンサ! オレがついてるだろ?」

「ケビンかっこいー!」

 

竦んで抱き合うカップルがいた。

 




なぜか登場するオリキャラ全員のIQが低いぜ……。作者のIQが低いからとか言ってはいけないぜ……。

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