僕とキリトとSAO   作:MUUK

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あれぇ? ALO始まってない……。
違うんです……これも全部、英霊剣豪七番勝負ってヤツのせいなんです。ヤツが面白過ぎたんだ……。
そんなわけ(?)で、彼女たちのお話、どうぞお楽しみください!


幕間「遺したモノ。遺された者」

現実に帰ってきて1ヶ月半が経過した。

今日付で退院が許され、今後は自宅療養と家の近くの病院で通院によるリハビリが続く予定だ。

なぜわざわざ家の近くと枕をつけたのかと言えば、それは僕が入院していた県立酒々井病院は千葉県にあるからだ。なぜわざわざ千葉県で入院していたのかを問うても、姉さんははぐらかすばかりだった。

だがしかし、僕にとってそんなことは些事だった。今のぼくの脳内を大半を占める事柄がある。

 

────優子が、未だ目を覚ましていないのだ。

 

やっと今日、優子の元に駆けつけられる。待ちに待った日のはずなのに、起きることの無い優子を見る恐れが膨れ上がって期待を押し潰す。

でも、そんなのでビビってちゃ話にならない。言葉を交わせないのなら、側に寄り添い続けるだけだ。

優子の入院先は秀吉から聞いた。このまま家に帰らずに、まずは優子のもとへ向かうつもりだ。

心底姉さんがいなくてよかった。もし優子の病院まで送って、なんて言ったら何をされるか分かったものじゃない。

姉さんは2週間前に渡米した。何やら急用ができたらしく「今のアキくんを1人で生活させるのが心残りです……」と最後まで言っていた。

エントランスで手続きを済ませ、病院から一歩踏み出す。もう秋口だというのに相変わらず日差しは照りつけ、半袖でも問題なく生活できる。皮膚が焼けるような感覚も久し振りだった。2年間こもりきりだった身体は外的刺激に敏感で、以前ならなんともなかった暑さでも無駄に疲れが溜まってしまう。

携帯を取り出して地図アプリを起動する。歩きながら最寄り駅までの道筋を検索していると、僕の目の前で情熱的な赤の車が急ブレーキを踏んだ。

車種はチンクエチェント。可愛らしい車体は夏の残り香たる陽光を照り返し、爛々とギラついている。

唐突にドアが開け放たれ、中から出てきたのはモデル体型な長身の女性だった。赤みがかったロングヘアは、風を思わせるしなやかさ。髪と同系色のシャツを肘まで捲った姿は、中性的な雰囲気と相まって美しいよりカッコいいが勝っている。目元はサングラスに隠されて見えないが、鼻も口も均整がとれていてとびきりの美人であることが伺える。ただ1つ残念なのは、舗装されたコンクリートもかくやという、地面と垂直に切り立った胸元か。

 

「良かった〜! すれ違いにならなくって!」

 

聞き覚えのある声だった。快活で少しの外国語訛りを感じさせる、どこか気の置けない声音。女性がサングラスを慣れた手つきで額に差し直す。やっと分かった。彼女の名は──

 

「美波! 久し振り! こんなとこでどうしたの!?」

「どうしたもこうしたも、アキを迎えにきたに決まってるじゃない。ほら、乗りなさいよ」

「ほんと!? わざわざありがとう!」

 

片目をつむって、美波は親指で車内を指す。日本人が同じことをしたらクサいだけだろう。それを美波がやると、まるで映画のワンシーンみたいに様になっていた。

美波の気遣いに感謝しつつ助手席に乗り込む。車内はナチュラルな花の香り。言動はガサツに見えるのに、美波は細かなところでいつも女の子らしかったっけ。

2年前の記憶に想いを馳せていると、美波が運転席から身を乗り出してきた。

 

「ねえ、アキ」

「ん? どうしたの?」

「まずは退院おめでとう。また会えて良かった……本当に」

 

美波は目を伏せながら言った。嬉しさも安心もしっかりと伝わってくる。だけど、それだけじゃないことは、どこか遠慮がちな美波の様子から見て取れる。けれどその言葉にこめられた感情は複雑過ぎて、僕には読み解くことができなかった。

だから僕は、どこまでも単純に返してしまう。

 

「うん。僕も美波にまた会えて良かった」

「…………うん」

 

美波は何か言いかけたが、喉から出かかったところで飲み込んだ。美波が言いたくないなら問わない方が良い。そう自分に言い聞かせて、僕は会話を続けなかった。

ぎこちない沈黙。

少しだけ覚束ない所作で美波が車を発進させてから、今度は僕が言葉を発した。

 

「美波って、高校は卒業……できたんだよね?」

「し、失礼ね! 3年次はちゃんとDクラスに編入されるまでになったんだから!」

 

うーん……Dクラスか……なんとも言えない……。当の美波が誇らしそうなので、あえて何も言わないでおく。

 

「あ、そうそう。瑞樹はAクラスになったのよ」

「そうなんだ。やっぱり姫路さんはさすがだね」

 

2年次は不運な事故だったが、姫路さんは元々実力はあるのだ。Aクラスに入るのはむしろ順当といったところだろう。

 

「更に言えば、今は東大に通ってるんだから」

「うおお……。当然と言えば当然だけど、やっぱり凄いなあ。あ、そうだ。美波は今なにしてるの?」

「ウチ? ウチはねー。聞いて驚かないでよ?」

「なになに?」

 

勿体振る美波。焦らされると余計に気になってしまうのがサガというもの。

美波は口の端を緩ませて、僕の顔を窺いながら勢い良く言った。

 

「なんと! ファッションモデルでお給料もらってます!」

「ふーん」

「もっと驚きなさいよ!」

 

驚くなって言われたから、つい。

美波はツッコミの勢いで、ハンドルから手を離した。一瞬ヒヤリとしたものの、どうやら運転手が手を離すと自動運転に切り替わる仕組みらしい。ハンドルが独りでに回り出し、正確無比な右折を見せる。

じゃあなんでわざわざ手動で運転してたんだろうと不思議に思いつつも、わざわざ追及するほどでもないかと思考から消した。

 

「なんとなくモデルかなって思ってたんだよ。美波ってスタイル良いし、綺麗だし」

「な、なによ! おだてたって何も出ないわよ!」

「おだててないよ。本音だからね」

「……アキ」

「?」

 

僕の名を呼んだ美波は、釈然としないものを吐き出すような有り様だ。美波はいきりたっていた肩を落として言った。

 

「アンタ朴念仁に磨きがかかってるわね……」

「な、なんで……?」

「理由は自分で考えなさい! はあ……ほんと……。そうだ! 次はアキの話を聞かせてよ。SAO、どうだった?」

 

美波は両手を胸の前で合わせて、笑顔で言った。

そこからはずっと僕が喋り続けた。

ログインしてすぐの茅場晶彦による演説や、キリト、アレックスとの出会い。僕らがずっと攻略組として最前線で戦っていたこと。そしてヒースクリフを倒した瞬間のこと。

僕の下手な自分語りを、美波はうんうんと頷いて聞いてくれた。

話すのに夢中になっているうちに、車窓に映る景色は流れる。ついには僕の知る街並みが見えてきたとき、美波は快活な、けれど翳りを感じさせる声で問うてきた。

 

「ところでね、アキって木下さんと付き合ってるワケ?」

「な、なんでそれを!?」

 

その部分だけは絶妙に誤魔化しながら喋っていたはずなのに!?

僕の驚きように、美波はぷっと吹き出す。かんばせは困ったような微笑みだった。

 

「そりゃ分かるわよ。あれだけ語り口がお熱ならね」

「うぐ……ごめんなさい」

「なんで謝るのよ」

「いや、付き合ってるのが羨ましいのかと思って……」

「ブッ飛ばすわよ、アンタ」

 

フロアボス以上の威圧感である。

そういえば凄んだ美波ってこんな感じだったっけ。SAOで大型モンスターの威嚇に怯まなかったのは、案外美波のおかげだったのかもしれない。

優子の話題が出たからか、目的地が僕の自宅ではなく優子の入院している病院だと美波に伝えていないことを思い出し、慌てて訂正する。

 

「言い忘れてたんだけど、行って欲しいのは僕の家じゃなくて如月市民病院なんだ。ごめん、伝えるの忘れてた」

「そこに、木下さんが入院してるの?」

「う、うん……」

 

もう美波に隠し事はできそうにない。僕ってとことんわかりやすいんだなあ。

 

「じゃあ病院に着いたらウチはお暇するね」

「一緒にお見舞いしないの?」

「……いいの、ツラくなるだけだから」

 

ずっと微笑んでいた美波は、いつの間にか泣きそうな顔に変わっていた。それでも笑顔を取り繕う美波の姿は、酷く痛ましいものに見える。晴天に滴る雨のように、美波のほほに水滴が光る。

ツラくなるって、どういうことだろう?

美波は優子と特別仲が良いわけでもなかったような? どこに美波が気負う要素があるんだ?

 

「ごめん、アキ。これから連絡は控えようと思う。ワガママでごめんね」

「な、なんで!? せっかく久し振りに会えたのに!?」

 

瞬間、美波は顔を上げた。

その面持ちを忘れることはできないだろう。燃え盛るような睥睨だった。昔の美波が僕に向けていたイラつきとは根本的に違う、真剣な激情の瞳。

立て続けに美波から、堰を切ったように言葉が溢れ出す。

 

「だってツラくなるだけじゃない!? ウチはね、アキのことが大好きだった! ううん。今でも大好きよ! その人が好きな人の話を嬉しそうにしてて、ウチはどんな顔して隣にいればいいのかわかんないの!」

 

一息にまくし立ててから、美波は肩を上下させて呼吸した。

 

「ごめん……アキに当たることじゃないのにね。ごめん……」

 

ダメだ。考えが纏まらない。美波に言葉を返さなくちゃいけないのに、ぶつけられた感情の質量があまりに大きすぎて。

僕は、なんて無神経に喋ってたんだろう。美波の気持ちなんて、ほんの少しも汲み取ってあげられず。

胸を締め付けられる。僕は優子と歩むと決めたんだ。こんな気持ちでいては、優子にも、そして美波にだって失礼だ。

けど、どれだけ言葉で取り繕っても空いた胸の穴は塞がらない。

────きっと僕は、美波のことが好きだったんだと思う。

それが友情なのか愛情なのかはともかくとして。好きだったという気持ちに偽りは無い。そうじゃなきゃ、こんな辛い気持ちになるはずない。

でも、だからこそ、美波の言葉にはきちんと応えなくちゃ。

喉が詰まる。心が言いたくないと拒んでる。でも。

 

「ありがとう、美波。美波と一緒にいられて楽しかった。僕はね、美波と友達になれて本当に良かったと思ってるよ」

「そっか……うん…………うん」

 

美波は何かを自分に言い聞かすように頷く。笑顔は崩さないままなのに、その目尻は淡く輝いている。

微笑の上に浮かぶ涙は、僕の胸を抉るように突き刺した。

友達、と僕は言い切った。それが線引き。それがケジメだ。美波の気持ちには応えられない。

車が減速していくのが分かった。窓の外を見ると、大きな白璧が曇り空に沈んでいた。如月市民病院だ。

 

「病院、着いちゃったわね」

「うん。またいつでも連絡してよ!」

「いいわよ、そんなに気使わなくても。はやく木下さんに会いに行ってあげて」

「うん……ありがとう」

 

美波の強さに応えるために、僕も精一杯の笑顔を繕った。これで良かったんだ。

美波に背を向けようとしたその時、美波の口が微動した。

 

「もし、SAOにログインしたのが……」

「なにか言った?」

「ううん。なにも。ただの絵空事。心配しないでね。 ()も、これから前を向いていくから! ……さよなら、()()

 

振り返った彼女は、いそいそと車に乗り込んだ。深紅の車体が、曇天に鈍く照る。

土埃を巻き上げながら、小さな車は馬力を上げて、僕の元を去って行った。

 

 

1年半前

 

「じゃあまた明日お伺いしますね、玲さん!」

「ウチも瑞樹といっしょに来ます!」

「……はい。お待ちしております」

 

ほんのりと陰のある玲さんの首肯に、私は首を傾げました。なにか沈鬱になるようなことがあったのでしょうか。

私と美波ちゃんは、毎日のように明久君のお見舞いに行っていました。その日に学校であった出来事を話したり、思い出話に浸ったり。

この日々がどれだけ続くのか分かりません。いつ明久君が目覚めるのかは、今ゲームをプレイしている人達の頑張り次第。待つのもまた、暗中模索の思いでした。

時々、明久君や、クラスのみんなと喋れないことを寂しく思うときもあります。もしかしたら誰かゲームオーバーになってしまうんじゃないかと怯えることなんて毎日です。

だから、早く目を覚ましてくださいね、明久君。

最後に明久君の手を握ってお祈りをしてから、その日は如月市民病院を後にしました。

 

────その翌日、同じ病室には、明久君の姿がありませんでした。

 

受付のお姉さんに聞くと、昨日付けで転院したのだそう。どこの病院かまでは、プライベートなのでお答えできないと言われてしまいました。

美波ちゃんと2人で、受付の前で茫然と立ち尽くしました。

なぜ? なぜ何も言わずに転院してしまったのか?

その疑問がぐるぐると頭の中を回ります。

いえ、答えはすぐに出ました。私の幼い思考が、それを受け入れるのを拒んだだけ。

私がまだ混乱から立ち直れていないとき。美波ちゃんは入り口に向かって走っていきました。

 

「待ってください、美波ちゃん!」

「…………っ!」

 

美波ちゃんは何も答えてくれません。

鈍足の私が美波ちゃんに追いつける道理はありません。徐々に離されていく距離。それでも必死に美波ちゃんに追いすがりました。

公園ほどもあろうかという病院の駐車場を突っ切ったところで、やっと美波ちゃんは止まってくれました。

肩で息をしながら、こみ上げる喘息を抑えます。

 

「はぁ……はぁ……美波ちゃ……」

「なんで!?」

 

空を震わす怒声に、身体がビクリと震えます。その気持ちは痛いほどわかります。でも、だからこそ、私は抑えなきゃいけないと思いました。

 

「……きっと、玲さんは私たちのことを思ってくれてるんですよ?」

 

明久君はいつ帰るか分からない。何年待つことになるのか分からない。そんなものに、私たちを巻き込むわけにはいかない、と玲さんは考えたのだと思います。玲さんはそういう人だと信じています。

 

「わかってる! 聞き分け無いのはウチの方だって、そんなことわかってるから! だから……」

 

美波ちゃんは地面にへたり込みました。顔を覆う手の縁から、涙が滴ってコンクリートを濡らします。

 

「瑞樹は、平気なの……?」

「平気じゃ……ないですよ。けど、むしろ頑張らなきゃって思うんです」

「……頑張る?」

「はい! 頑張るんです! きっと明久君達は、ゲームの中で今も頑張ってますよ。だから私も、現実で頑張らなきゃっいけない。いつか明久君が帰ってきたときに、明久君に負けないくらい頑張ったって、胸を張れるように」

 

顔を上げた美波ちゃんは、雫を載せた瞳で私を見つめました。そうして浮かべたのは、底抜けに悲しい笑顔でした。

 

「そっか……。瑞樹は、強いね……。ウチはまだ、そんなに強くなれないや……」

「……今はまだ大丈夫ですよ。いつか美波ちゃんが自分の中でケジメをつけられるときがきたら、そこからで良いと思います」

 

私は美波ちゃんに近づいて、両手でしっかりと抱き寄せました。美波ちゃんの声を上げて泣きました。美波ちゃんの涙は、今は明久君がいないから、私が代わりに受け止めます。1つ貸しですよ、明久君。

 

「あ、あれ……?」

 

気づくと、私もほほを涙で濡らしていました。

ごめんなさい、美波ちゃん。偉そうなこと言いましたけど、私もそんなに強くないみたいです。

2人で蹲って泣いていると、夜の帳が街を覆いました。季節はまだ3月。肌寒い風が私達を吹き付けます。

涙を流して軽くなった心で想うのは、今この瞬間にも戦っているであろう明久君でした。頑張ってくださいね、明久君。私も頑張りますから! 手始めに勉強から。まずは学年1位を狙ってみます!

翔子ちゃんがいないからこの目標はズルだな、なんて思いつつ、私は寂寥の涙を拭いました。




SAO終了以来、感想や評価を沢山頂けてホクホクのMUUKです。やっぱりモチベーション上がりますね! 我ながらわかりやすい性格です。

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