僕とキリトとSAO   作:MUUK

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前回が真の終幕とすれば、今回は裏の終幕的な感じですかね。
いや、裏……裏? どっちも最終回ということで!


エピローグ「ログアウト。そして」

ヒースクリフは仄かに笑う。その笑みに介在する意味を、僕には忖度できようはずもなかった。ただわかるのは、この微笑みはこの男の一生そのものだということ。

 

「見事だ、ライト君────。では、敗者は敗者らしく、早々に立ち去るとしよう」

 

正直に言って、まだ聞きたいことは山ほどある。でも引き止められない。彼はこの戦いに全てを賭して、そして敗れた。敗者を勝者が引き止めるだなんて、侮辱にもほどがある。

けれど、1つだけ。たった1つだけ伝えたいことがあった。

 

「ヒースクリフ……いや、茅場晶彦。最悪で……最高のゲームだった。ありがとう」

 

僕の言葉に茅場晶彦は目を閉じて、口の端をひそかに釣り上げた。一瞬の沈黙の後、ヒースクリフというアバターは無数のポリゴン片となった。

煌めく欠片は天へと浮かぶ。彼が目指した場所。浮遊城の、その先へ。僕はそれが消えるまで、ずっとずっと見送った。

アインクラッドを揺るがすような、荘厳な鐘が響いた。それは創造主を祝福するかのように、または惜別の意を表すかのように。

 

『ゲームは、クリアされました。ゲームは、クリアされました。ゲームは……』

 

次いで無機質なシステムメッセージがアナウンスされる。これで本当に終わりなのだと、確信させるような力強さで。

 

「ライト! よくもやったなこのヤロー!!」

「キ、キリト!? うわっ! ちょっ! 抱きつくなよ気持ち悪い!」

 

僕に抱きついて良い男は秀吉だけだ!

いや待て。これでは秀吉を男だと認め……いや誤認してしまうことになる。訂正。僕に抱きついて良い男はいない!

 

「テンション上がってるんだから今くらい良いだろ?」

「今日ばっかりは許してあげて、ライト君。きっと戦えなくて元気が有り余ってるのよ。それと、お疲れさま。ありがとう」

「うーん……まあアスナに免じて許可しよう」

「お前ほんと最後までブレないな!」

 

言いながらキリトは、僕から腕を離して肩を竦めた。

次いで声をかけてきたのはユウだ。妙にやにさがりながら、ユウは僕の肩に手を乗せた。

 

「現実に戻ったら、この光景を久保のやつに報告しないとな」

「へ、なんで久保君?」

「ま、なんにせよ良くやった」

 

僕の質問にユウは苦笑しか返さなかった。

久保君の名前を聞いたのなんていつぶりか分からない。ユウは時々素っ頓狂なことを口走るが、今回は輪にかけて意味不明だ。

そうこうしてるうちに、僕の周りにはわらわらと人が集まってきた。

正直、みんなから笑顔で感謝されるのは悪くない。フロアボスのMVPはいつもこんな気持ちを味わってたんだなあ、なんて世間ズレした感慨を抱く。

けれど、今はちょっと待って欲しい。先にやりたいことがある。

 

「ごめんみんな! ちょっと道を開けて!」

 

僕の呼び掛けで速やかに道が開いた。同時に猥雑に響いていた声も静まる。さすがは攻略組。指示には敏感だ。

しかも僕が何をしたいのかは、既にみんな了解していた。誰も彼もが朗らかに微笑みながら、僕の挙動を見つめている。

歩みを進める。

人でできた通路の真ん中に、1人だけ少女が佇んでいる。

栗色の髪が絹糸みたいにそよぐ。翡翠の瞳は、じっと僕だけを捉えている。

僕より少し小さい歩幅で、彼女も僕へと歩みだす。

あと一歩で触れ合いそうな距離。彼女の口が動いた。

 

「ライト。おつ────!?」

 

喋りかけたところを抱き寄せて、僕は優子の唇を塞いだ。

驚いて体を強張らせはしたものの、優子はすぐに僕の背中に手を回した。

言葉はいらない。衆目なんて関係無い。今は

ただ、優子の熱を感じたかった。

火照った魂が、穏やかに温度を落としていく。この瞬間で、やっと戦いは終わったのだと実感できた。

だが時間は有限じゃない。ログアウトを示すウィンドウがポップし、カウントがあと10秒になったとき、僕らは名残惜しく腕を解いた。

 

「……優子。また()()()でね」

「うん。真っ先に会いに行くわ。大好きよ、ライト」

 

優子の笑顔を脳裏に焼き付ける。恥ずかしかったのか、少しだけ紅潮している。だけど瞳はしっかりと通じ合っていた。

僕はこの瞬間を、生涯忘れることは無いだろう。僕らが走り抜いた世界の終わり。それを大好きな人達と一緒に迎えられるなんて、正直、最高の気分だった。

ありがとう、ソードアート・オンライン。美しくも残酷な、鋼鉄の浮遊城。この世界で生きた証は、僕の心に刻み込んでいくよ。

 

────世界が、極光に包まれた。

 

 

 

 

瞼を開く。

 

膨大な光量に目がチカチカして、ぎゅっと閉じてしまう。いや、違う。光が多いんじゃなくて、僕の目が慣れていないだけだ。

現状は正しく把握できている。僕はヒースクリフ────茅場晶彦を倒し、ゲームはクリアされた。生き残った6500名のプレイヤーは、今の僕と同様に各地の病院で目を覚ましているのだろう。

骨の、皮膚の、臓器の重みを感じる。空気のように軽やかだった僕の身体は、今や海の底に沈んだ瓦礫のようだ。実際に今は、ジェル状のベッドに沈んでいるのだが。

もう必要ないだろうと呼吸器を外し、息を吸う。肺がバキバキと軋んでいるみたいだ。ただ呼吸するだけで鋭い痛みに襲われる。それだけのことで、生きているって実感が湧く。

鼻腔をくすぐるのは消毒液の香り。太陽で乾いた布の香り。お見舞いで置いていかれたのであろうフルーツの香り。様々な香りが一気に流れ込んできて、頭がパンクしてしまいそうだ。現実って、こんなに情報量が多かったのか。

目が段々と慣れてきて見えたのは、真っ白な天井と青色のカーテン。そして────

 

「アキくん!? アキくん! 気がついたんですか!? 良かった……本当に良かった!」

 

僕に泣きつく姉さんだった。

 

「お、重いよ姉さん……」

「うわああん……アキくんが喋ってます!」

 

ガサガサに掠れた自分の声にも驚いたが、全く僕の言葉を意に介さない姉さんにも驚いた。

だけど敢えて引き離しはしないでおく。今はなぜだが、この重みが心地良かった。

ふと、ほほに違和感を覚えた。2年間の昏睡で触覚がよわっていたのか、はたまた自ら意識の外に締め出していたのか。

────僕は泣いていた。

 

「あら、安心して涙が出ましたか? 大丈夫ですよ。もう大丈夫です」

 

先ほどより随分と穏やかになった声音で、姉さんは僕の背中をさすりながら言った。

違う。そうじゃない。

この涙は、喪失の余韻。遠くへ行ってしまった彼女へ向けたもの。どうしてか今になって、アレックスと別れてしまったことに酷く痛みを覚えた。

僕はとんでもない間違いを犯したんじゃないか? 絶対に選んではいけなかった、取り返しのつかない選択をしてしまったんじゃ? そんな予感が、1人ぶんの席が空いた魂に去来する。だが今の僕に、滂沱を止める術は無かった。

もはやアレックスとの繋がりは完全に絶たれてしまった。どうやってもう一度会えば良いのかなんて想像もつかない。それでも、絶対に会いに行く。そう決めたんだ。彼女が見せた憂いの微笑。その思い出が、深く深く胸を刺す。

ただ今は、彼女の面影が風化しないように、か弱い腕で胸を押さえた。強く、強く。骨が折れるくらいに。

 

「ゲームで辛いことがあったんですか? 姉さんでよければいくらでも話して下さい」

 

いつになく、姉さんはまともに優しかった。

でももう大丈夫だ。決めたんだ。アレックスがどこにいたって会いに行って、絶対に助けてみせるって。

だからそのために前を向こう。それに失ったものだけじゃない。僕には得たものが沢山ある。

浮かぶのは優子の笑顔。現実で真っ先に会いに行くって、約束したばっかりじゃないか。

 

「大丈夫だよ、姉さん。ちゃんと僕が背負う。そうじゃなきゃ意味無いから」

 

姉さんはハッと目を見開いた。一体何にそんなに驚いたんだろう。

穏やかな微笑に戻った姉さんは、どこか口惜しそうに呟いた。

 

「大人に、なったんですね……」

「ん? 何か言った?」

「独り言です」

 

姉さんの発言が少し気になるが、それよりも僕には為すべきことがある。まず優子に連絡しなくちゃ。ベットで寝返りを打って、姉さんがいる方と反対側に足を下ろす。

地面に足の裏をつけた瞬間、骨の深部に鈍痛が走る。2年も使っていなかったせいで、もう中身はボロボロだと自己主張してきた。

それでも満身創痍に鞭打って立ち上がり、点滴を支える棒につかまった。

 

「アキくん。あまり無理をしない方が……」

「大丈夫だよ。このくらい……うわぁ!」

 

ものの見事に足が絡まり、硬質な地面に身体を打つ。すごいなあ。人ってこんなに弱れるものなのか。

 

「やはりいきなりは危ないですよ。立ち歩くためにはまずリハビリをしなくては。アキくんが起きたときのために、きちんと姉さん謹製のリハビリメニューを考えてあるんです」

「ほんとに? ありがとう姉さん。何から何まで……」

「水臭いですよ。たった2人の姉弟じゃないですか。ではアキくん。まずはこちらを見て下さい」

 

言いながら、姉さんは丸めたポスターみたいな紙を開き始めた。

どれどれ……

 

午前2時 起床

 

「ちょっと待って」

「もう全部読んだんですか? アキくんはゲームで速読も身につけたんですね」

「1行目からおかしいんだよ!?」

「まだ読んでないんですか。最後まで読まずに批判してはなりません。姉さんだってきちんと考えたんですから」

 

確かにそれもそうだ。一般常識はともかく、姉さんの頭の良さに関しては十二分に信頼がおける。その姉さんが知恵を振り絞って考えたんだ。きっと深夜に起床する意味もきちんとあるのだろう。

考えを新たにしながら、もう一度紙面に目を通す。

 

午前3時半 リハビリ開始

 

午後11時 就寝

 

「よくも『きちんと考えた』なんて言えたね!!」

「では、早速今日からこのメニューに取り掛かってもらいます」

「僕の話も少しは聞こうよ!? ていうかこのメニューは無理だから!!」

「取り掛かってもらいます」

 

ここに至ってやっと気がついた。姉さんと話すの事態が2年ぶりだから忘れていた。さっきからニコニコと笑っているが、この笑顔の意味は……

 

「もしかして姉さん、怒ってる……?」

「はい」

「ほ、ほわい……?」

「不純異性交遊の気配がしたためです」

 

勘が鋭いなんてレベルじゃない!!

ごめん優子……もう一度君に出会うまで、僕は生きているか分かりません……。

いや待てよ。ここは病院だ。医者か看護師さんを呼べば、こんな無茶なリハビリは止めてくれるはず。

 

スッ(密かにナースコールに手を伸ばす音)

 

ガッ(姉さんが僕の腕を掴む音)

 

畜生……!!

いやまあ、量はともかくリハビリはしなくちゃいけないんだけど。睡眠時間と休憩時間に関しては後で説得することにして、今はとりあえず姉さんに従っておこう。いずれ気も変わるだろう。

よし。そうと決まれば再挑戦だ!

地に足つけて、しっかり支えを持って、一息に立つ。不安定で、今にも崩れ落ちてしまいそうではあるが、とりあえずは立つことに成功した。

右足で一歩踏み出す。瞬間、左膝がカクンと折れた。そっか、歩く瞬間は片足立ちなんだ。それは無理だと悟り、足の裏を擦るように進んだ。

身体を前に進める度に、やる気が沸々と漲ってきた。

不恰好でも良い。ゆっくりでも良い。今はただ、自分の足で一歩づつ前へ。

そうすればいつか、どこへだって行けるんだから────。




最後の瞬間は優子と過ごしてもらいたくて、筆が勝手に動いていました。
次回からが正式にALOです。たぶん……。
あ、あと今回に入れようと思っていた原作ヒロイン2人のお話は、次回になるかなと思います。
作者のツイッターで、本文だけではふわふわしてる設定等をポツポツ喋っていく予定ですので、お暇があればどうぞ→@MUUK18
リプやDMで質問頂ければすぐお答え致します!

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