アインクラッド解放軍本部の会議部屋にて、4人の男が円卓を囲んでいる。
血盟騎士団団長、ヒースクリフ。
聖龍連合総長、リンド。
アインクラッド解放軍大将、キバオウ。
サーヴァンツリーダー、ユウ。
押しも押されもせぬトップギルドのマスター達だ。彼らが一堂に会した理由は他でもない。アインクラッド第75層のボス攻略会議のためだった。
「結果から述べよう。偵察隊が全滅した」
口火を切ったのはヒースクリフだった。
さすがと言うべきか、ここに集う面々は誰1人声を荒げることはしなかった。だが、驚きと死者への悼みは別のもの。リンドは眉をひそめ、目を伏せて体の前で十字を切った。
「やはりクォーターポイントは一筋縄ではいかないか」
「そうだな。1人も帰ってこないとなると、結晶無効化空間とみて間違いないだろう」
応えたのはユウだった。ユウの的確な予想にキバオウが続ける。
「攻撃力も尋常やないやろな。耐えられる程度なら1人くらいはボス部屋の扉から逃げ果せるやろうしな」
「攻撃方法や大きさは? 何か情報はないのか、ヒースクリフ?」
リンドの問いかけに騎士団長は訥々と答える。
「ムカデのような体躯にカマキリのような鎌を携えていたと、ボス部屋を覗いたプレイヤーから報告があった。腕を広げた場合の攻撃範囲は10メートルに及ぶだろう。壁を歩いていたとも報告を受けているので機動力も相当だと見て間違いない」
ヒースクリフが語った情報だけでも、今までのボスとは次元が違うことは明確だった。それでも困窮した空気は無く、誰もが等しく頭を回転させていた。
顎に手を当てながら、ユウが考えを纏めて呟く。
「……厄介だな。タンクを積んでも攻撃を受けきれるか怪しいな。その情報から察するに、鎌を回して背後からの攻撃もしてくるだろうしな」
「だが壁は必要だろう? 交代を早めるか? それでも間に合うかは微妙なところだが」
「いっそのこと、受けるんやなくて熟練したアタッカーが鎌をそれぞれ捌いてくれれば御の字なんやけどな。それやとそいつらにかかる負荷が大きすぎるか」
「いや、それだキバオウさん」
「いや無理やろユウはん。誰がそんな役やりたがるんや。一歩間違うだけで即死やぞ」
「うちのライトとキリトがやる」
場がぴたりと止まる。ユウの発言、それを実行した場合に起こりうることを揃って脳内で想定しているのだ。
「いいんじゃないか?」
肯定したのはリンドだった。あの2人なら何も問題は無いと首肯している。基本的にリンドとサーヴァンツのメンバーはそりが合わないが、それと評価は別のもの。リンドは正しくキリトとライトの戦力を把握している。
「わしは反対や。あいつらだって人間や。どこでどんなミス起こすか分からん。第一、全ての攻略組の命をたった2人に背負わせるなんて正気の沙汰やないぞ」
静かに語るキバオウ。だが声にこめられた気迫は本物だった。
ユウが歯をむきだした不敵な笑みで答えた。
「大丈夫だ。あの2人はそんなヤワじゃねえ」
「ふん……過信やないとええがな」
「ふむ。ならばメインタンクはその2人が担うということで決定かな? キリト君とライト君に疲弊が見えたら一旦タンク部隊がスイッチし、戦線を立て直す、といったところか」
ヒースクリフの問いかけに、三者三様に頷いた。
キバオウは2人の身を案じ、ユウは2人の力を信じていた。その想いに優劣をつけることは叶わない。
そこからはより具体的にレイドの編成、パーティ単位でのメンバーの決定、攻撃パターンによってパーティの動きを指定する戦略、攻撃力にレベルによっての補給タイミングを事細かに決めていった。
夕方から始まった会合は、翌日の明け方まで続いた。
☆
薄暗い部屋の窓辺で、アレックスは外を眺めていた。階層に挟まれた星空は、故郷のものと似ても似つかないテクスチャーの張りぼてだ。それなのに、なぜこうも懐かしく感じてしまうのか。
微睡むように目を閉じて、アレックスはひとり、呟いた。
「4分の3まできた。もうちょっとだよ───」
☆
「眠れないから相手してよ!」
リーベこと工藤愛子はそう言って、有無を言わさずムッツリーニの部屋に転がり込んできた。
「……俺だって明日の準備がある」
「ならさ、明日の準備を一緒にしようよ!」
「…………まあいいか」
「やった!」
そう言うとリーベは、ムッツリーニが座るベットへ飛び込んだ。
「…………くっつくな!」
「えー? いいじゃん。2人だけなんだし?」
「…………2人だけとくっつくのと何の関係がある!」
「そりゃ……そういう関係でしょ?」
「────」
「ええ!? ちょっ! ムッツリーニ君!?」
「…………ふぅ、死線を越えた……」
「ど、どうしたの!?」
「…………恐らく現実で鼻血を出していた」
「前より耐性低くなってない?」
「…………耐性とは何のことかわからない。原因はきっとチョコの食べ過ぎ」
「SAOにいながらどうやってチョコ食べるのさ! もう、素直に興奮したって言えばいいのにー」
「…………興奮などしていない……!」
「ええー? ほんとー?」
流し目ではにかみながらムッツリーニを見るリーベ。手を膝について、リーベは上半身をムッツリーニに寄せている。それだけで鼻血が出そうになるのをムッツリーニは抑えた。SAOでの死亡理由が出血多量での昏倒による回線切断では洒落にならない。
極めて冷静に……冷静に……。
────むにゅ。
「!?!!?────」
「あ、ごめん。胸当たって……ってムッツリーニ君!? しっかりしてよ!」
「…………」
応答が無いことに焦るリーベは、とにかくムッツリーニの興奮を抑えようと策を出した。
「そうだ! 根本君の女装を思い出して!」
「ごはぁっ!?」
「逆効果だった!? ムッツリーニ君! ムッツリーニくぅぅん!!」
☆
明日持っていく武器のメンテナンス。アイテム類の確認。配布されたボス情報の確認など、一通りのことを終わらせるとさすがに暇になり、ティアはヘッドボードに腰を預けた。
このベットはセミダブル。ユウと寝るためにこの大きさを買ったのだが、肝心のユウはあまり一緒に寝てくれない。頼めば折れてくれるのだが、それは彼の優しさにつけこむようで少し気が引けた。けれど、今日は一緒にいたい気分だった。
「雄二……遅い……」
会議で奮闘しているユウの姿に想いを馳せる。ユウはこの浮遊城をクリアするために、すべてのプレイヤーを助け出すためにこの激務を背負いこんでいるのだ。そう思うと彼を待つ時間すら愛おしく思えた。
夜は更ける想い人の姿だけを想起しながら、ティアは微睡みの狭間に身を任せた。
☆
35層のとある宿屋。ここは、秀吉とシリカの2人にとって忘れがたい思い出の場所だった。
「この部屋であたしの裸、秀吉さんに見られちゃったんですよねー?」
いたずらめいた視線でシリカは秀吉にすり寄った。秀吉は困ったようにほほを赤らめる。
「そ、それはお主が……いや、すまぬ。わしも悪かった……」
「もう、気にしなくていいですってば! 秀吉さんなら!」
「む……お主がいいなら別に構わんが……」
申し訳なさそうな秀吉の顔に、シリカは思わず見惚れてしまう。艶めく茶髪は丹念に織られた絹のよう。顔立ちはNPCと見紛うばかりに端正で、10人いれば10人が振り返るほどに美しい。性別は自称男性らしいのだが、これでは女性に間違われるのも無理からぬこと。
双子の姉の優子も同様に美しいのだが、あちらの持つ勝気さも相まっていよいよ性別の判断がつかない。
「な、なにかわしの顔についとるのか……?」
「い、いえ! 綺麗だから見惚れちゃって!」
「お主はまたそういう……はあ……まあよいか」
「それはそうと明日から75層のボス攻略なんですよね? がんばってくださいね、秀吉さん!」
「うむ。全霊を賭す覚悟でいくぞい。今回のボスは中々の難敵なようじゃしの」
そう語る秀吉の顔は、可憐の中にも精悍を持っていた。秀吉がそういう顔をするとき、シリカは不安に苛まれる。秀吉が遠くへ行ってしまうような気がして。
「秀吉さん……死なないで下さいね……」
我慢できずシリカは呟いていた。言うべきではないと分かってる。分かってるのに。
秀吉は少しの驚きの後、柔和な笑みでシリカの頭を撫でた。
「それは約束できん」
「はい……」
分かってる。絶対なんて無い。秀吉は優しい嘘なんてつかない。こんな問いをしてしまえば、自分が不安になるだけなのに。
沈むシリカの顎に秀吉は手を当てて、強引に視線を合わせた。
いつもなら絶対にしない秀吉の行動に、シリカの心臓がどくんと跳ねた。
「でも、死ぬつもりなど毛頭ないぞ。だからんな顔するでない。大丈夫じゃ! 約束はできんが信じてくれ!」
「は、はい!」
久々に見る言葉の強い秀吉に押されながらも、シリカは精一杯の笑顔を向けた。
絶対は無い。けれど、信じようと思えた。秀吉の強さは自分が1番良く知っている。
夜の帳はすでに満天を覆った。秀吉が無事に帰ることを祈りながら、シリカは瞳を閉じる。
☆
「かんぱーーい!」
6人の男達の朗らかな声が響く。テーブルを囲んで騒々しくグラスを打ち付けている。
そんな賑々しい雰囲気の中に溶け込めてない男が1人いた。
「なんでオレがこんなとこに……」
「なんだあボルト! しけた顔してんじゃねーよ! ほら、呑もうぜ!」
憂鬱そうに項垂れる男に語りかけたのは、攻略組ギルドの1つたる風林火山のリーダー、クラインだった。
「よくもまあアルコールも無しでそこまで盛り上がれるな。風林火山のゴロツキ達は」
「ゴロツキじゃねえよ! サムライって言え! サムライって!」
訂正を促しながら、クラインはボルトこと根本恭二の背中をバンバンと叩いた。むせそうになりながらも、ボルトはクラインをねめつけた。
「大体なんでオレなんか呼んだんだよ」
「だっておめえいっつもボッチだろ? サーヴァンツの奴らは惚れた腫れたが多いし肩身狭いんじゃねえか?」
「ああ、その通りだ」
力強く拳を握り、ボルトが勢い良く立ち上がった。そのまましかめ面で力説する。
「あいつらときたら何処でも何時でもいちゃいちゃいちゃいちゃ! 特に酷いのはライトの奴だ! この前なんて……」
決壊したダムのように流れるボルトの愚痴を、クラインはうんうんと頷き聞いていた。
途中からはエギルも参加し、男達の宴会は朝まで続いた。
☆
ギルドマスターが行っているボス攻略会議から送られてきた計画書に、アスナは半ば卒倒しそうになりながら憤慨した。買い物帰りだったが閃光に違わぬ疾さでマイルームに飛び込み、キリトに駆け寄った。
「キリト君! 計画書見た!?」
「ん、ああ、見たよ」
「あれおかしいよ! キリト君があんな危険背負う必要無い!」
激憤を隠そうともしないアスナの肩にキリトが手を置いた。キリトの和やかな笑顔を見てしまうと、自然と怒りもクールダウンしてしまう。それでも沸き立つ熱は鎮火されるにほど遠い。
「大丈夫だよ、アスナ」
「でも……」
「心配するなって。自分で言うのもなんだけど、俺、強いぜ?」
キリトの言葉に、アスナは思わす噴き出してしまう。
「ふふふ、知ってるよ。キリト君が強いってことは、誰よりも良く知ってる」
「だったら信じてくれ。俺は必ずボスを抑えきってみせる」
自信に満ちたキリトの顔を見ると、不思議なことに自分の想いが杞憂だった気がしてくる。キリトはアスナが知る限り最強の剣士だだ。そんな彼がボスモンスターに遅れをとるはずがない。
「じゃあ、信じるね」
「ああ、きっちり役目を果たしてくるよ。アスナも遊撃よろしくな」
「うん! 一緒に頑張ろうね! あ、そうだ! お腹空いたね! すぐご飯にするから待ってて!」
アスナは立ち上がりエプロンを装着すると、スリッパをパタパタと言わせながら台所に消えて行った。
アスナの視線が外れた瞬間、キリトの顔から笑みが消えた。
「大役だな……」
独りごちるキリトの声音は、先ほどまでの柔和さが嘘のように深刻だ。75層のボスの強さは桁が違う。その相手の片腕を延々と抑え続けなければならない。その役目は自信家のキリトをもってしても勝利の確信には遠過ぎた。
「この無茶振りを提案したのはユウか? よくもまあ信頼されてるな……」
浮かんだのはシニカルな笑み。
恐れもある。一歩気を抜けば今にも身体が震えだしそうだ。でもせれ以上に闘志に満ちていた。信頼には応えねば。1人のゲーマーとして、剣士として、そしてサーヴァンツの副リーダーとして。
「いいぜ。その信頼にバッチリ応えてやる!」
「さっきからブツブツ言ってどうしたの、キリト君?」
「い、いやー、腹減ったなあって」
「はいはい。もうちょっとでできるから待っててね。もう、食いしん坊なんだから」
「あはは……」
アスナは忙しそうに右へ左へ駆け回る。そんな彼女の姿が、キリトには眩しく見えた。
☆
アインクラッド第70層のフィールドに、僕は優子と2人できていた。日課になっているレベリングのためだ。
秋も終わりにさしかかり、刺すような夜風がほおを撫でる。
「いよいよ明日だね。ありがとう、優子。前日までレベリングにつきあってくれて」
第75層ボス攻略戦。翌日に決戦を控えながらも、この2人きりのレベリングをやめるつもりは無かった。否、やめたくなかった。
「どういたしまして。ところでアタシとのレベリングの日課をすっぽかして、アレックスと添い寝した殿方がいると聞いたんだけど勘違いかしら?」
「い、いや、最後まで添い寝してたわけじゃないから!」
「つまり途中まではしたんでしょ!」
「ご、ごめんなさい……」
「認めちゃうんだ。へぇ〜。ふぅ〜ん。まあいいけどね! アタシはアンタの彼女でもなんでもないんだし!」
優子は腕組みしてぷいとそっぽを向いた。
「うぐぐ……」
ユイとの一件からずっと優子はこの調子だ。あれから一週間経とうとしているのに機嫌を直す様子は全くない。それどころかむしろ悪化してる気さえする。ああもう、どうすれば良いんだろ!
☆
ああもう、どうすれば良いんだろ!
ここ最近のアタシはきっと全然可愛くない女の子だ。ライトにつっけんどんな態度をとって困らせてばかりいる。今はまだライトは辛抱強く話しかけてくれてるけど、このままじゃいつか愛想尽かされるに決まってる。
ライトはもう何回も謝ってくれたんだから、あとはもう『しょうがないから許してあげるわ!』とか適当に言うだけじゃないアタシのバカ! いつまで意地張るつもりなのよもう!
内心では焦っているはずなのに、口を開くとすぐ嫌味を言ってしまう。この性格を本当になんとかしたい。
煩悶とした思考を掻き消すように、ピロロンと電子音が鳴った。メッセージが届いた音だ。メールボックスを開き文面を確認する。
そこには明日のボス攻略における部隊編成の詳細が書かれていた。その内の1つに聞き覚えの無い部隊名があった。
「特殊部隊……?」
呟いたのは隣のライトだ。そしてライトの名前はその特殊部隊に列せられていた。キリトとツーマンセルで。
さらにメールをスクロールしていくと、特殊部隊の実務内容が示されていた。曰く、ボスの主要な攻撃方法は両腕に携えられた巨大な鎌なのだと言う。それを抑える役割を与えられたのが特殊部隊なのだ。
でも、それは────ちょっと許せない。
「……ユウの奴に文句言ってくるわ」
「ゆ、優子!? いや、この作戦決めたのがユウとは限らないし!」
「絶対ユウよ! こんなバカみたいな作戦、他の3人が押し通すワケ無い!」
「待ってって! 仮にユウが決めたんだとしたら僕はそれに従うよ」
「なんで!? これじゃアンタとキリトの負担が大き過ぎるじゃない!」
「だって、ユウが不可能な作戦を決行するわけない。アイツはきっつい命令をやたら押し付けてくるけど、それは確信の上でだ。僕はユウを信じてるしユウも僕を信じてる。だから大丈夫だよ」
どこまでも純粋な瞳で、ライトはそう言ってのけた。でもアタシが怒ってるのはそんなことじゃないのだ。とにかくライトに死地に立って欲しくはない。信頼とかどうでもいい。少しでも危険ならやめて欲しいだけ。それを、ここで絶対に言い含めなければ。
「信じてる信じてないの問題じゃないの! いくら信じてたって死ぬときは死ぬじゃない!」
「あはは」
「なによ?」
「そういうリアリストなとこ、優子らしいなって」
「なにそれ。褒めてるの?」
「うん。そのつもりだよ。それはそうと、優子が久しぶりに普通に喋ってくれて良かった。ずっと怒ってたからもうどうしようかと……」
「あ、あれは怒ってたわけじゃなくて……」
「嫉妬してた?」
心臓が飛び出そうになった。図星だからなお悪い。普段のライトなら嫉妬なんて言葉使わないのに。
「あ、あんた嫉妬なんて言葉どこで覚えてきたのよ!?」
「僕は小学生か何か?」
正直、知能指数はそう変わらないと思う。
ライトは頭を掻きながら気恥ずかしそうにしている。
「アレックスに指摘されたんだよ。こういうときの反応は嫉妬だって。だから、そうだったら嬉しいなって。違うかった?」
「ち、ちちち、違うわよ!」
「そっかー。残念」
信じちゃうんだ!?
もはや小学生以下ではなかろうか。いや、アタシの嘘が上手いということか。自慢ではないがポーカーフェースは得意なのだ。
「んー、じゃあさ、なんで優子は怒ってるの? 僕、女の子の気持ちに疎いから察してあげられないんだよ。だから教えて欲しいな」
「そ、それは……」
そこから先は言葉として出せなかった。理由なんて決まってる。ライトのことが好きだから。だからここまで怒れるんじゃないか。でもそれを言うのは無理だ。だってアタシは奥手のチキンで天邪鬼。アレックスみたいに素直に表現なんてできやしない。でも……でも好きだ。アタシはライトが大好きだ。アタシにだけじゃなく、誰にだって優しいこの人が好きなんだ。共に歩んでくれて、背中を押してくれて、アタシを導いてくれる、ライトという人がどうしようもなく好きなんだ。
…………よし、告白しよう。どうせいつかは言うことだ。ここで言わなきゃいつ言うんだ。
失敗したって構わない。いや、嘘。構う。きっと泣く。え……どうしよう……。不安になってきた。やっぱりやめようかな……。
「優子? 黙りこくってどうしたの?」
「ひゃっ!? そ、そうよね! 理由よね! それはね、えーっと。そのー。す……す……」
「す?」
言え! 言ってしまえ、アタシ! たった二文字じゃないか! 躊躇わずにセイイット!
「す、すす……」
「あ、そうだ。せっかくだから言っておくね。僕はね、優子のこと大好きだよ」
「ふにゃっ!?」
驚き過ぎてよく分からない鳴き声が出た。めちゃくちゃ恥ずかしい。
大好きって!? え! え!?
ともかく問い質さねば。アタシの決意その他諸々を吹き飛ばした発言の真意を。
「い、いい、いきなり何言い出すのよ!」
「んー、何となく今言っときたくて」
アタシは悩みまくった告白を何となくで済ましたというのかこの男は。そうだ。天然ジゴロなのだ。そも、この『好き』の意味すら怪しい。どうせ友達として、とかいうオチだろう。
「その好きってどういう好きなの?」
「1人の女の子として」
ひええええ……。
「ゆ、優子!? 大丈夫? 顔真っ赤だよ!?」
「赤くなるに決まってるじゃない! ライトのバカぁ!」
「ご、ごめん!」
手を合わせて頭をさげるライトは、困った顔でにやけてる。
こんなど直球な告白され赤くならないワケがない。このままやられっぱなしも癪なので、ちょっと意地悪な質問を投げてみる。
「じゃあアレックスはどうなの? 好きなの?」
「うん。好きだよ」
「このバカ! 女たらし!」
「ち、違う違う! アレックスの好きは友達としての好きだから!」
「……ほんと?」
「ほんとだって!」
なんか騙されてる気がする。が、信じた方が幸せだろう。
「でもアレックスはそうじゃないと思うわよ」
「うーん……どうだろ?」
「な……っ! あそこまで感情表現されてまだ気づいてないの!?」
「いやそうじゃくってさ。アレックスって僕のこと好きだって言ってくれるけど、僕じゃないどこかを見てる気がするんだ」
そう言ったライトの顔は、荒涼とした寂しさを持っていた。夜風に吹かれた前髪が、ライトの瞳を隠す。
「なにそれ。どういうこと?」
「ただの直感。気にしないで」
ライトは胸の前で手を振りながら言った。浮かべた笑顔は張りぼてだとすぐに分かる。
「確かにアレックスって時々、何考えてるか分からなくなるわよね」
「うん。見ているものが違うって言うか……何か困ってる事があるなら協力してあげたいんだけど」
「ほんっとお人好しね」
「だめかな?」
「ダメなわけないわよ。アンタのそういうとこにアタシは惚れたんだから」
「え……惚れた?」
自分の発言を省みる。うん、確かに惚れたと言っている。
「ちょちょちょちょっと待って! 今の無し! 違うの! いや違うくないけど! こう心の準備とか! その他もろもろが!」
「結局どっち?」
くっ……なんと直球な精神攻撃! こうなりゃヤケよ!
「す、すす、好きよ! ライトの全部が好き! 自分でもよく分からないくらい好きになっちゃってるの!」
顔が信じられないくらい熱い。目玉焼きくらい焼けちゃうんじゃなかろうか。
数秒の間、頬に手を当てて下を向いていた。真っ赤な顔をライトに見られるのが恥ずかしかったからだ。もう手遅れ感あるけど。
落ち着いたかな、というところで視線を上に向けてみる。そこには爽やかスマイルのライトがいた。
「そっか。僕も優子のこと大好きだよ」
「そういうトコがズルいってのよっ! このバカぁー!!」
「うん、ごめんね」
謝ると同時に、ライトはアタシの頭に手を置いて左右に動かしはじめる。おいおいおい、これってまさか。
「あ、あ、頭撫でるなー!」
「ごめん、嫌だった?」
「嫌じゃないけどもっと段階踏みなさいよ! 心臓に悪いってのよ!」
アタシがウブすぎるだけとかでは断じてない。断じて。
「じゃあ言葉だけにしとくね。優子。僕と付き合って下さい。現実に戻っても一緒にいてくれたら嬉しいです」
待って欲しい。頭撫でるより爆弾度合いが増していないだろうか。さっきからホント、心臓飛び出そうなので勘弁して欲しい。
と、ともかく返事! 何て返すかなんて決まってるけど。
「ふぁい! おにゃがいします!」
めっちゃ噛んだ。
さすがに動揺し過ぎでは?
「あはは」
「なによ! しょうがないじゃない。こういうの初めてなんだし……」
「いや、可愛いなって思ってね」
ぐぬぬぬ……。
なんで今日に限ってこんなにキザったらしいのだろう。アタシばっかり動揺してて、ライトの方は冷静なんだからズルい。そろそろこちらからも何か仕掛けて、ライトを思いっきり動揺させてやりたい。
あ、そうだ。あるじゃないか、必殺技が。よし。色々考えてたらまた恥ずかしくなるに決まってるんだから、もう勢いでやってしまおう。
決心してライトに密着するくらいに近づいた。
「え、ちょ、優子!?」
この時点で半分成功だが、本番はここからだ。
身体を寄り添わせると、ライトの体温がありありと感じられる。上気した顔でライトはアタシを見る。きっとアタシもこんな顔をしているのだろう。
仮想の呼吸は早くなる。熱に溶けるように視線が交じり合う。おもむろに顔を近づける。
そして、唇を重ねた。
目を閉じると、もはやアタシの世界はライトだけになった。
ああ、この瞬間、この幸福だけは、どこまでも『現実』だ。たとえニセモノの身体でも、この恋心はアタシだけの本物なんだから────。
「大好きよ、ライト」
時間は流れる。平等に。残酷に。
全ての『プレイヤー』の終わりは、もうすぐそこまできていた。
IQ低めの優子さん。勉強の偏差値と恋愛の偏差値はまた別だよねというお話です。
次回はいよいよラストバトルに突入ですね。このアインクラッドの終焉を見届けて頂ければ幸いです。