僕とキリトとSAO   作:MUUK

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今回は書くこと少ないからすぐ終わる! という計画は泡と消え、結局いつもと変わらない文量に。
原作との違いをお楽しみいただければ幸いです。


第八十三話「命短し恋せよ乙女」

「これが、私とファルコンに起こった事の顛末です」

 

長い長い話だった。そして、悲しい話だった。

話し終えたユイの目には涙が浮かび、線の細い身体は小刻みに震えていた。恐れだけでは無い、明確な怒りの感情。自分達を貶めた者達に対する、凍えるような冷たい怒りだ。

 

「そんな……そんなの、酷すぎるよ!」

 

アスナが感極まって声を上げた。無理も無い。アスナが言わなければ僕だって同じ反応をしていた。PoH達の非道は、僕の許容範囲などとっくに飛び越えるくらいに度し難い。

だがそんな僕らとは対照的に、当の本人であるユイは冷静そのものだった。

 

「大丈夫だよ、ママ。そんな終わりだったけれど、わたしは幸せだったから」

 

ユイは自分の胸に手を当てて、確かめるように頷く。何かを決意したようにユイは顔を上げて一歩、僕の方に歩み寄って言った。

 

「わたしがここにいるのは、あなたに会うためです、ライトさん」

「ぼ、僕!?」

「ええ。きっとライトさんにも思うところはあるかと」

「…………」

 

無い、と言えば嘘になる。だって僕は、ファルコンの命を奪った現場に立ち会っていたのだ。もう1年以上も前になる。ギルドを作成するためのクエストを実行していた時、僕と優子とアレックスはファルコンと会っているのだ。そして、僕らはファルコンを殺した。事の顛末は今でも昨日のことのように思い出せる。その事件は優子や僕に大きな影を落とした。

ユイには僕を非難する権利がある。だからどんな言葉も甘んじて受けよう。それが少しでもユイの救いになるのなら。

 

「ありがとうございます」

「え……?」

 

ユイからかけられたのは、予想だにしない感謝だった。

 

「な、なんで? 僕はむしろ……」

「いいえ。あなたはファルコンを救ってくれた。ファルコンは、あれ以上辛い思いをする必要なんて無かった。だから、あなたがファルコンを止めてくれてよかったんです」

 

そう言うと、ユイは寂寥の混ぜこぜになった笑みを見せる。

 

「でも、まだ足りない。彼の呪いはまだ残っている。だから────」

 

ふわり、雲に包まれるような心地良さだった。ユイが僕の腰に抱きついてきたのだ。けれどそれを、僕は無理に引き離そうとはしなかった。してはいけないと思った。きっとこれは、彼と彼女の最後の邂逅だから。

 

「ファルコンは、ライトさんの中にいるんだよね? 大丈夫だよファルコン。わたしは死んでない。ごめんねファルコン。きっと君を絶望させたのはわたしのせいだ。わたしがAIだと伝えなかったから……」

 

ひたすらの後悔がユイの言葉から滲み出る。

いまにも崩れそうなユイを見ながら、僕は笑う棺桶との一件を思い出していた。あのとき、僕は確かに心を乗っ取られた。漆黒の鎧を纏い、狂乱のうちに戦った。その意味が今、分かった。

殺意を押しとどめられるわけがない。ユイの仇が目の前にいたのだ。それで冷静でいられるはずがなかった。そうだよね、ファルコン。

胸中に語りかけても答えは無い。けれど、いままで凍りのように固まっていたわだかまりが溶けるような心地よさがあった。それはファルコンに何がしかの変化が訪れた知らせなのだと信じたかった。

 

「大丈夫だよ、ユイ。きっとファルコンは怒ったりしない。むしろ喜ぶんじゃないかな? ユイが無事だった!ってね」

 

僕に寄り添って肩を震わせるユイに、僕は心の底からの言葉をかけた。いや、僕の心だけではない。それはファルコンの心でさえもある。僕に呪いという形で宿った少年は、ユイのために戦った。ユイが生きていると知れたのなら、きっと彼は自分を許してあげられる。

ユイは僕から少し距離をとると、僕の胸に手を当てた。ユイの澄んだサファイアの瞳が僕を見る。

 

「ライトさん。不躾ではありますが、あなたの心を見せてください。健康管理AIとしての特権で、あなたの魂を見せていただきたいんです」

「うん。いいよ。それに見るのは僕の心じゃなくて……」

「……はい、彼の心を」

 

僕は腕を広げて身体を明け渡す。ユイはぴっとりと僕に寄り添う。アインクラッドの底の底。静寂が支配する地獄の裡で、僕らの心は1つになった。

そこからのことは、茫漠として記憶に靄がかかっている。僕は当事者じゃないからそれも当然だ。

だが忘れたくとも忘れられない瞬間が、僕の瞼の裏に焼き付いている。少年少女が無垢に笑い、互いの手を取り合うその瞬間だけは。

闇が満たされた部屋の中、2人は手を繋いで歩いていく。一条の光が差し込む。その光の束は大きくなって、2人を綿毛のような柔らかさで包んでいく。神聖さすら感じるその光景がユイとファルコンへの祝福であると信じて、僕の意識は遠ざかっていった。

 

────瞼を開く。

目線を下ろすと、ユイのほほには二筋の水滴が水晶のように煌めいていた。それがあらわすのは悲しみではなく。

 

「…………ありがとう、ございます」

「うん。お別れは言えた?」

「ええ、言いたいこと全部言えました!」

 

涙をとめどなく流しながらも、ユイは満面の笑みを見せてくれた。そこに嘘も偽りも無い。

心が澄んでいくような気持ちだった。色々な心配が急に遠いところに遠ざかっていって、今はユイとファルコンの再会を祝いたい感情だけがある。

ほっとした僕の眼中に、軽快な音を立ててポップアップウィンドウが表示された。曰く、

『新たなアイテムを取得しました』

半ば反射的にメッセージを押す。武器フォルダに画面が飛んで、NEWと黄色のマークがついたアイテムが見つかった。その名を見て、目が飛び出すかという衝撃がはしった。

 

「《The Destiny》……これって……?」

「わたしからのプレゼントです!」

 

腕で涙を拭いながら、ユイは快活に言った。

 

「ええ!? そんな、僕なんかに!」

「鎧のステータスを見てみてください」

「え?……あ、うん」

 

運命の名を冠する鎧を長押しし、ステータス画面に移行する。表示されたのは、チートとしか言いようがない数値だった。現在入手可能な中で最も高ステータスな鎧の1.5倍ほどの防御力と、衣服と変わらない軽量性。この鎧があるだけでゲームバランス自体が揺るがされかねない性能だ。こんな鎧を、僕は────

 

「ありがたくいただきます!!」

「はい!」

 

無理だ。誘惑には勝てない。幼女相手に深々と頭をさげる高校生の図はなんとも悲しい。

しかしプレゼントとは言うが、この鎧はユイとファルコンにとって大切なものであると同時に呪わしい記憶そのものでもある。そんなものを僕がもらって本当に良いのだろうか。

そんな僕の悩みを見透かしたのか、ユイはすっかり泣き止んだ顔ではにかんで言った。

 

「大丈夫ですよ。わたしはあなたに、ライトさんにこそ鎧を持っていて欲しいんです。これはファルコンとも話し合って決めたんですから」

「そっか。ありがとう」

 

ここまで言われたら受け取らない方が失礼というものだろう。せっかくなので《The Destiny》をタップして装着してみる。

僕の身を隙なく覆ったのは白銀に煌めくフルプレートアーマーだった。それは良く想像される西洋に鎧ではなく、どこか近未来的な意匠の施された、ロボットのような防具だった。構成する金属は現実の貴金属のどれにも似ているようで異なっている。薄氷のような薄さで身体を覆っているにも関わらず圧倒的な威圧感を放ち、誰が見ても最硬であることは疑いようもない。

 

「お似合いです」

「ええー、ほんとか? 馬子にも衣装極まれりって感じだろ」

 

純粋に褒めてくれるユイに対して、『パパ』は皮肉ったらしく笑っている。

 

「何を言うんだ! この鎧こそ僕に相応しい輝きだろ!?」

「お前こそ何言ってるんだ? 馬子にも衣装って褒め言葉だぞ」

「え? ほんと?」

「嘘だ」

「もう何を信じれば良いのかわからない!」

 

結局本当なのか嘘なのか。

ケラケラと笑うキリトに憤慨していると、ほっぺを膨らましたアレックスがずんずんと近づいてきた。

 

「あのですねっ!! さっきからユイちゃんとベタベタし過ぎではっ!?」

「え? な、なんでアレックスが怒ってるのさ?」

「怒ってないですー! 嫉妬してるんですー! すみませんね心が狭くてっ!!」

「しっ……と……?」

「なんですかその、こいつ何言ってんだ、みたいな反応……。まさか嫉妬をお知りでない?」

「いや嫉妬は知ってるよ! ただ、そんな概念まるまる忘れてたというか……」

「忘れてた……? あれだけいつもいつも私や優子さんが見せてるのに……?」

「え!? あれって嫉妬だったの!?」

「ああっ! やっぱりそうきやがりましたねっ! ライトさんがそういう人だってことは分かってましたけれどもっ!」

 

そうか……いつも妙なタイミングで怒るなあって思ってたけど嫉妬だったのか……。くっ……嬉しいような恥ずかしいような!

 

「あれ……もしかして美波や姫路さんも……いや、そんなわけないか」

「私達の他にまだいるんですかっ!? ええい女の敵めっ! 観念して一切合切ゲロりやがってくたさいっ!」

「い、いや! アレックスとは関係無い人だから!」

「関係大アリですっ! もう私吹っ切れてますからねっ! ライトさん大好きになっちゃってるんですからっ!」

「えええ!? ちょっと待ってアレックス! 気持ちは嬉しいんだけど場所を考えよ?」

「むむむっ! 恥ずかしがってますかっ!? 恥かしがってますねっ! そんなライトさんも可愛いですよっ!」

「恥かしいよ! 逆に聞くけどアレックスは恥かしくないのかよ!」

「恥かしくなんかありませんよっ! アレックスちゃんの羞恥心は前世に置き去りにしてきましたからっ!」

 

くるっと一回転して目元にピースまでキメるアレックス。調子に乗ってるな?

よし。ここらで1つ反撃してみるか。

アレックスの腕を掴んで、少し強引に引き寄せる。

 

「え? きゃっ!」

 

可愛らしい声を出しながら、よろけそうになるアレックス。彼女の華奢な身体を僕の方に倒して受け止める。そしてそのまま、思い切ってアレックスに後ろから抱きついた。肩の上から両腕を回して抱く姿勢。いわゆるあすなろ抱きである。

 

「!?!!?」

 

アレックスは露骨に混乱する。ふふふ、してやったり。僕も恥かしいんだけどね。そこは我慢だ、僕。

 

「ちょっ! だ、ダメですっ!」

「アレックスも同じようなことしてただろ?」

「私からは良いんですっ! ライトさんからはダメなのっ!」

 

敬語が崩れた。相当に追い込めてるな。

 

「恥かしさは前世に置き去りにしたんじゃなかったの?」

「そ、そうですよ! 恥かしくなんかないですからっ! ただ、急に困るっていうか……あんまり嬉しいから……」

 

打って変わってアレックスはしおらしくなる。そんな態度をされると、こっちが申し訳なくなるというか……。

 

「ご、ごめん!」

「ダメですっ! ゆるしませんっ! 罰としてもうちょっとこのままですからっ!」

 

いつもの調子で不敵に笑うアレックス。まいった。めちゃくちゃ可愛い。

 

「うん。じゃあもう少しだけ────」

 

その時、僕の視界に入った光景が僕を一瞬で現実へ引き戻した。

微笑するユイ。

苦笑するアスナ。

爆笑するキリト。

笑顔三段活用だ。

公共の場でイチャつくカップルによく爆発しろなんて思ってたものだが、まさか自分がそちら側になるとは思いもよらなかった。なんだこの気恥ずかしさ。

ヒーヒーと過呼吸を落ち着けながら、真顔に戻ったキリトが言った。

 

「優子にチクる」

「唐突な死刑宣告はやめろ」

 

背筋が凍らされたような心地になる。だが予想外なことに、僕よりもアレックスの方にダメージがいったようだ。アレックスは青ざめた顔でへたりこむと、

 

「ごめんなさい優子さん……アレックスは悪い子です……」

「テンション乱高下し過ぎじゃない?」

 

僕らがコントもどきを繰り広げていると、ユイが申し訳なさそうに一歩踏み出してきた。その行動にただならぬ気配を感じ、ふざけていた誰もが静まった。

ユイの鈴の鳴るような声が、黒鉄の煉獄に染み渡るように広がった。

 

「水を差すようでごめんなさい。でも、私はもう消えなきゃいけないんです」

「き、消える!? どうして!?」

 

狼狽したアスナが張り詰めた声で叫んだ。

そんなアスナを諭すように、冷静と慈愛を持ってユイは説明する。

 

「わたしが《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》であることは先ほどお話した通りです。そしてこの先の安全地帯にあるのはGMがシステムに緊急アクセスするためのコンソールなんです。さっきのボスモンスターはそのコンソールにプレイヤーが近づかないように設置されたものでした。それを、わたしはコンソールからシステムにアクセスし、《オブジェクトイレイサー》によって消去しました。それによって、カーディナルはわたしの存在に気づいてしまったんです。わたしはすぐに異物という結論が出され、消去されるでしょう。もう……あまり時間がありません……」

「じゃあ簡単ですねっ! GM権限を使ってユイちゃんを保護しましょうっ!」

「「「「…………」」」」

「……え? 私なにか変なこと言いました?」

「……それだ! 可能か、ユイ!?」

 

呆気にとられていたキリトがはっとしてユイへと振り返る。ユイも同様にはっとして、焦りを見せつつ返答した。

 

「は、はい! わたしをシステムから切り離してオブジェクト化してもらえれば大丈夫……のはずです!」

「となると善は急げですねっ!」

 

そういうと、アレックスはシステムコンソール室へと駆けていった。慌てて僕ら4人もその後を追う。

 

「んーっと……やっぱり対応してるんですねー……じゃあよいしょっとっ! …………こんな感じでオーケーですかね? 私、パソコンとか疎くてわかんないんですけど」

 

アレックスが指差した画面をキリトが覗きこむ。確認したキリトは眉を顰めて、なんとも微妙な表情をした。

 

「完璧だ。いや……パソコンとか疎いって冗談だろ?」

「んー、まあ色々あるんですっ! これで実行すれば完了ですねっ!」

「ちょっ! ちょっと待ってくれアレックス! 実行したらユイが消えるから!」

「わかってますってっ!」

 

ニッカリ笑ってアレックスはサムズアップしてみせた。ユイが消える問題がなんとかなった安堵感で、みんなが胸を撫で下ろす。

空気が弛緩した中、なぜかユイだけが厳しい表情を続けていた。ユイはどこか悲しげな視線でアレックスを見つめている。

 

「どうしたんですか、ユイちゃん?」

「アレックスさん……あなたは……」

「ああ、そっか……ユイちゃんはカーディナル側なんだもんね。私が接触したから分かっちゃったんだ?」

「はい……。あなたは……」

 

ユイの語尾が消える。急転直下の緊迫した空気に、誰も口を挟めない。

ユイはアレックスの目を堅牢な視線で見据えると、意を決した様子で感情を爆発させた。

 

「あなたはそれで良いんですか!?」

 

ユイの強い声がビリビリと僕の肌を震わせた。激情に任せて叫ぶユイに、僕、キリト、アスナの3人はどきりと身体を緊張させる。ユイがここまで感情を露わにするのは初めてじゃないだろうか。

対するアレックスは、悟ったような表情でバツが悪そうに笑っている。

アレックスはしゃがみこんでユイと同じ目線になった。いつもの笑顔のままユイの頭を撫で、立てた人差し指を自分の唇につける。静かに、という合図だ。

 

「良いんです。良いって決めたんだから。大丈夫ですよ、ユイちゃん」

「なんで!? そんなの悲しすぎます! それじゃあアレックスさんは、どうなっても報われない! どうしてそれを受け入れられるんですか!?」

「好きだから」

 

凛とした決意の言葉。

それは有無を言わさぬ覚悟であり、何人にも侵されぬ告白だった。そのためには命を賭けても惜しくはないと、アレックスの何もかもが語っていた。

 

「それだけで充分なんです。ユイちゃんだってそうでしょ?」

「…………っ!」

 

一度は泣き止んだはずのユイの涙が、もう一度流れ出した。悲喜の混ざった泣き顔は、ただ泣いているよりずっと悲しく見える。ユイは服の袖でゴシゴシと目を擦るが、瞬く雫は止まることなく流れ続ける。

アレックスはそんなユイを優しく抱き寄せた。

 

「ユイちゃんは今、幸せですか?」

「はい! また離れ離れですけど、ファルコンともう一度会えましたから!」

「うん。だったらユイちゃんは私の先輩です。私もユイちゃんみたいに、いつか幸せと思えるようになりますからっ!」

「そっか……そうですね。アレックスさんは私と一緒なんですね」

「うん。だからきっとユイちゃんは、自分のことみたいに怒ってくれたんですよね?」

「ふふ……そうかもしれないです」

 

微笑み合う彼女達が交わした会話を、僕は少したりとも理解できなかった。ユイはなぜ声を張り上げたのか。それに対するアレックスの返答にはどんな気持ちがこめられているのか。そしてなぜ、彼女達は最後に通じ合ったのか。

けど、少なくともこれだけは分かる。アレックスは後悔なんてしていない。自分のしていることに信念と心を持って臨んでいる。それだけで安心した。

アレックスの腕から離れたユイは、アスナとキリトへと駆け寄って行った。

 

「それじゃあお別れです。パパ、ママ、わたしを愛してくれてありがとうございます!」

「うん! ユイちゃんとまた会えるのを楽しみにしてるね! 大好きだよユイちゃん!」

「ああ。ちょっとの間お別れだな、ユイ。パパもユイのこと大好きだ」

 

3人でのハグ。長い別離の前の充電とても言うかのように、仮初めの親子は強く強く抱き合った。

3人とも目尻に涙を浮かべながら、それでも笑顔で抱き締めていた腕をほどく。そして最後に、ユイは僕を見て言った。

 

「ライトさん。信じてます」

 

僕はその言葉に無言で頷く。どれほどの意味が含まれた一言なのかは判別つかない。ただ、ユイを裏切れないという決心があらたになった。

 

「それじゃあ実行しますねっ!」

 

アレックスの確認にみんなが首肯する。

最後にユイは満面の笑顔で、

 

「またお会いしましょう!」

 

と言い残した。

そして彼女の姿は無くなる。まるで春風のような自然さで。僕らの胸中に悲しみは無く、むしろ麗らかな陽気にあてられたような心地だけが残っていた。

ユイが消えたその場所には、青い宝石をはめたペンダントが残されている。

 

「これが、ユイか」

 

キリトが拾い上げた。キリトはペンダントを胸に押し当てるように抱いた。目を閉じて、確かめるようにキリトは『ユイ』を握る。

 

「アスナ。これはアスナが持っていてくれ」

 

それを聞いたアスナはぷっと吹き出した。

 

「何言ってるの。ストレージは共通でしょ、パパ?」

「はは……そうだったな。それに、俺たち2人の娘だもんな」

「うん。だから、2人で大切に持っていようね。またユイちゃんに会えるまで」

 

キリトとアスナは手を取り合う。その繋いだ手の中には、しっかりと『ユイ』が包まれていた。

仲睦まじい2人を、アレックスは憧憬とは少し違う視線で見ていた。

 

「どうしたの?」

「い、いえっ! なんでもありませんっ! それより私たちも手繋ぎましょうよライトさんっ!」

「いいよ。ほら」

 

差し出した僕の手を、アレックスは確かめるように触る。目を伏せて憂いを帯びた笑みのまま。

1度目を閉じてから、ぱっとアレックスは顔を上げて笑った。

 

「はいっ!」

 

僕らもキリトとアスナに倣って手を繋ぐ。繋いだアレックスの手はか細くて、今にも折れそうで。

 

帰り道にその状態を優子に見られ、極寒の視線と刺々しい空気の中、語彙力逞しい言葉責めされたのはまた別の話だ。




この小説のキリト、性格が原作より大分明るいですね。あのバカ達と連んでたらそうなるのも是非も無いよネ!

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