僕とキリトとSAO   作:MUUK

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今回は難産でした。
前回の幕間同様、文字数は少ないです。


第八十話「幕間──2022年12月14日」

ユイとファルコンが共同生活を始めてから丸5日が経過した。昼間はユイと2人でアイテムの収集や採掘、クエスト消化などを行い、夜はレベリングをするという生活だった。

昼夜問わず動き詰めで睡眠時間は4時間といったところ。仮想世界ゆえに身体の疲れは無いのだが幼い精神は病んでくる。判断力も鈍ってきてそろそろ危ないと思い始めた矢先の今日、突然の安息日が割り込んできた。

攻略組達が第二層フロアボス攻略へと出発したのだ。恐らくは今日の午後あたりに攻略され、転移門が有効化されると踏んだファルコンとユイは、午前中までは寝ることに徹し、午後から転移門の列に並ぶ計画をした。第三層の風景をできるだけ早く見たかったからだ。

転移門広場に行く道中、ユイは鼻歌を奏でながらファルコンに寄り添っていた。出会った頃は吃音気味だったユイはもう自然に喋ることが出来た。なぜ喋れなかったのかとファルコンが問うても、わからないとお茶を濁すばかりだった。

広場に到着した時、まだ誰も転移門に並び出してはいなかった。

 

「やった! 1番のりだ!」

「よかったね、ファルコン!」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねながら2人は門へと駆けていく。その穏やかな光景を周囲の人々も暖かく見守っていた。

2人の後ろに待つ列は徐々に伸びていった。まだかまだかと待ちわびる期待と不安が広場にはち切れそうになる。それを肌で感じ取ったファルコンも少しだけ武者震いしてしまう。

 

「ねえ、ユイ」

 

呼びかけられたユイはファルコンに一歩近づいて、可愛らしく首を傾げる。それだけでファルコンの心臓は飛び出るほどに高鳴った。言葉に詰まる。

綺麗に澄んだ瞳がファルコンを捉えて離さない。ユイと手を繋ぎたいなんて、ささやかに過ぎる願いが過る。

 

「ん?」

 

呼びかけたのに何も言わないファルコンに、ユイは不思議そうに催促した。

ユイが次の言葉を求めている。早く言わなきゃという焦りがユイに夢中になったファルコンを目覚めさせた。慌ててどもりながらもどうにか答える。

 

「ぼ、僕もいつか攻略集団に入る! それでこのゲームをクリアして、絶対にユイを現実に帰させてあげるよ! だから……」

 

その先は音にならなかった。ファルコン自身、何を口にしようとしていたのか分からない。愛を囁くのは難しい、なんてませた考えはまだ持てなかった。動悸が心臓を駆ける。

恥ずかしくて伏せていた顔を反応が楽しみで上げる。そして見えたユイは、少しの憂いを帯びていた。

 

「……そんなことしなくていいよ」

 

その言葉があんまりにも意外で、想いが否定されたようで、ファルコンは胸を押さえて聞き返した。

 

「な、なんで?」

 

ユイは困ったように逡巡する。

空白。

辺りの雑踏が嫌に大きく聞こえてきた。

それが一層ファルコンの気持ちをはやらせる。けれど、重ねて聞いちゃいけないことは幼いファルコンでも理解できた。

空気が軋んでいるみたいだ。

会話のボタンをたった1つ掛け違えただけなのに、彼女が少しずつ遠ざかっていくように感じられた。

やっとのことでユイが捻り出したのは、苦しげな笑顔と明らさまな言い訳だった。

 

「だって危ないよ?」

 

ガツーン。

脳みそを直接ハンマーで殴られたみたいだった。突き放された衝撃をファルコンは言葉にできなかった。

この数年間友達を作れず、デスゲームの絶望にもがいていたファルコンにとって、ユイは希望の光になっていた。華奢な身体に天真爛漫な笑み。いつも着ている白のワンピースは凛と咲く白百合を思わせる。自分でなくユイのために戦うということが、沸々と生気を漲らせる。

そんな彼女が、初めてファルコンを拒絶した。分かってる。どんなに親しい人間にだって、言えないことは必ずある。けれど、そうじゃないのだ。ユイが見せた笑みのかんばせは、許容してはならないものだった。だって、ユイは諦めている。何かは分からないが、決定的なものを諦観している。ユイを助けたいと願ったファルコンにとって、ユイの観念は受け入れ難いものだった。

 

「……話してよ。何がダメなの? 僕がなんとかするから! ユイを助けられるんならなんだってするよ? だから……」

 

俯き、握り拳を作りながらもファルコンは言った。ユイは踏み込んで欲しくないと分かっているのに、そう聞かざるをえない自分が嫌になった。己の幼稚さがほとほと許せなくて、せめて涙が零れないように目を強く閉じた。

 

「…………」

 

ユイは無言のまま、首を左右に振るだけだった。

ファルコンの裡に、この場から逃げ出したい衝動が湧き上がる。ユイにこれ以上、女々しい自分を見せたくなかった。

その時だった。

転移門が金色の光を放ち、教会の鐘じみた荘厳なサウンドエフェクトが四方八方に打ち鳴らされた。三層がアクティベートされた合図だ。ファルコンは無我夢中で転移門に駆け寄ると、第三層主街区の名を口にした。

タイムラグはほぼゼロで未踏の第三層に降り立つ。

 

「よっしゃーーっ! 1番のりだぁっ!」

 

無理矢理にでも声をあげる。そうでもしないと、ユイに背を向けた罪悪感で押し潰されそうだった。

 

「待ってよ、ファルコン!」

 

後ろからユイが追いすがってくる。早くこの場から去ろう。気持ちが落ち着くまではユイから離れていよう。

そう考えているはずなのに、足と口は言うことを聞かない。ファルコンは立ち止まり、三層の転移門を有効化したのであろう最前線プレイヤー達の方へと振り返った。

 

「ボス攻略お疲れ様です! 俺もいつか、皆さんみたいな攻略組のプレイヤーになるのが夢なんです!」

 

いや違う。夢だった、だ。その夢は最愛の人に否定されて霧散した。なのに何故こんなことを口走っているのか。決まっている。背後に立つユイへの当てつけだ。自分の愚かさに吐きたくなるような気分だった。

ファルコンに一歩歩み寄って言葉を返したのは、最前線プレイヤーとしてはありえないはずの丸腰の拳士だった。

 

「うん。頑張って。君ならきっとできるよ」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

一礼だけ拳士に返すと、ファルコンはそそくさと走り去った。これ以上、幼稚な自分と顔をあわせるのが嫌だった。

ふと空見上げると、まだ見ぬ四層の底に夕日のオレンジ色が映っている。そこにふわりと飛んでいたカラスが、ファルコンにはどうにも不気味に見えた。




今になって誰が覚えてるんだという伏線回収。やっと彼らの話を3年越しで語れるというのは感慨深いものがありますね。
え、ちょっと待って。この小説3年も連載してんの!?

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