やはり雰囲気が軽い回の方が書きやすいですね! そんな感じで七十九話、どうぞ!
アインクラッド第1層の主街区で、僕とキリトは真剣な面持ちで向かい合っていた。
「あのさキリト。もう一回聞いていい? 僕らはなんで呼ばれたのかな?」
「だってライト、お前1番暇だろ?」
「暇じゃないよ!?」
わりと長い間最前線を離れてたから、寝る間も惜しんでレベリングしてるというのに。冗談めかした目線でキリトを睨みながら、まず聞くべきことを聞いた。
「で、用って何?」
「それがさ、この子のことなんだけど……」
そう言ったキリトの背後から現れたのは、まだ幼女と呼ぶべき歳の女の子だった。なんでキリトがこんな小さい女の子と? どう考えたって答えは1つだ。
「誘拐……かな?」
「違う違う違う! なんて人聞きの悪い!」
「否定するところがますます怪しいな。どんな口車で誘拐したんだよ?」
「ちーがーう!」
男2人で軽口を叩きあっていると、栗色の髪をした細剣使いの美少女、アスナが僕とキリトの間に少し飛び跳ねて割って入った。
「もー、2人ともイチャイチャしないの。ホント仲良いんだから」
「「イチャッ!?」」
2人で同時にアスナに振り向いてハモった。それに気づいてまた2人同時に睨み合う。
「美少女に目もくれず2人の世界で見つめ合う男同士の禁断の友情ですねっ! わかりますっ!」
「アレックスは何もわからなくていいから!」
ホモホモしい言葉をかけてくるのは同じギルドのメンバーでメイサーのアレックスだ。日本人離れした端正な顔立ちに艶やかな黒髪、そしてバストはDカップ。黙っていれば美人という言葉がここまで似合う子はそういない。
僕がキリトに呼び出されたとき、たまたま一緒にレベリングしてたアレックスが「じゃあ私も行きますっ!」と言い出して現在に至る。
「それで、その子がどうしたんです? 」
「それがね、私たちのマイホームあるじゃない?」
アスナが言うマイホームとは、僕らサーヴァンツのギルドホームではなく、アスナとキリトの愛の巣だ。この2人、目を離した隙にいつの間にかできあがってたのである。
正直、殺したいほど妬ましいがこの際置いておいて、僕とアレックスはアスナの言葉に首肯して先を促した。
「そこで散歩してたときのことなんだけど……」
「俺がアスナを肩車してな」
「ちょっとキリト君!?」
いつも冷静なアスナが珍しく顔を朱に染めて、剣幕な様子でキリトにつめよっている。当のキリトはニヤニヤした流し目で僕を見てくる。野郎、ぶっ殺してやる!
あれ? よく見るとキリトのほおも少しだけ紅潮している。こいつ! 自分が恥ずかしいのを我慢してまで僕に自慢しやがったのか!
「もう! 今度そういうことみんなの前で言ったらご飯作ってあげないからね!」
あのアスナさん。それも充分ノロケです。
「はは、ごめんごめん! あとでグラトニーカフェのアインクラッドパフェ奢るからさ」
「え? ほんと!? ありが……って奢るもなにももう共通資産じゃない!」
「あっはははは!」
なんだこの夫婦漫才。
「なんでしょうねこの夫婦漫才」
「珍しく意見が一致したね」
「せっかくなんで私たちも夫婦漫才しますかっ!?」
「ちくしょう! 全く一致してないじゃないか!」
アレックスはそろそろ僕をからかうのをいい加減にして欲しい。
じと目でキリトアスナ夫妻を眺めていると、やっとこちらの視線に気づいたのか恥ずかしそうに夫婦揃ってむきなおった。
「……こほん! あ、そうだ! まずこの子の名前だね。ユイちゃんっていうんだ。仲良くしてあげてね」
アスナから名前を告げられたユイは、1層恥ずかしそうにキリトの後ろに隠れてしまう。努めて笑顔を崩さずに、僕はユイと同じ目線まで屈んで自己紹介をした。
「僕はライト。よろしくねユイちゃん」
「う……」
可愛らしくこくりとユイは頷く。
僕に続いてアレックスもユイに声をかけた。
「私はアレックスですっ! よろしくお願いしますねっ!」
アレックスの自己紹介に、ユイは反応らしい反応を見せない。なぜかじっと不思議そうにアレックスを見つめ続けている。
目を合わしているアレックスも居た堪れなくなってきたのか視線を外した。その瞬間。
「う……ぐ……ひっく……」
ユイがポロポロと大粒の涙を零しはじめた。
珍しくアレックスが本気の狼狽を見せる。
「えっ……ユイちゃん!? どうしたんですか? 何か気に触ることでも……」
「ふえええん!」
アレックスがユイに触れようと近づいた途端、ユイの鳴き声は一層大きくなった。
「ど、どうしましょうライトさんっ!?」
「どうしましょうって……そうだな。じゃあ一旦ユイちゃんから離れとこ?」
「そ、そんな! 私ユイちゃんに何もしてませんよぅ!」
「そうだよね……本当なんでだろ……」
素直にアレックスが退がると、ユイも嗚咽は残しながらも少しづつ穏やかになっていった。アレックスの何が不服だったのだろう。
その様子を心配そうに見ていたアスナは、アレックスを労うように言葉をかけた。
「ごめんね! ほ、ほら! 人って相性とかあるから……」
「大丈夫です。気にしてませんから……」
アレックスは横目になって口を曲げて、いつもより数段階低いトーンでごもるようにそう言った。
アレックス。それは気にしてる顔だよ。
アスナは胸の前で手を合わせながら笑顔を繕う。
「じゃ、じゃあ、話を戻すね! それでね、散歩の途中にユイちゃんを見つけたの。見たところどうにも記憶喪失らしくって。第1層に身寄りの無い子を預かる教会があるらしいからそこをあたってみたんだけど、やっぱりダメで……」
そこで途切れたアスナの言葉を、さすがのコンビネーションでキリトが引き継いで語り始めた。
「で、こっからはユイに関係の無い話なんだが、ある情報をこの1層に来て小耳に挟んだんだ」
「ある情報って?」
反射的に聞き返す。ここまで穏やかな雰囲気を醸していたキリトが剣呑な表情に切り替わる。それが伝播してこちらまで身体を強張らせてしまう。
キリトは僕とアレックスに寄って最低音量で囁いた。
「…………PoHが脱獄したらしい」
「だ……」
「バカ! 声が大きい!」
咄嗟に上げそうになった言葉をキリトに口ごと塞がれる。どうにか気持ちを落ち着けて、まず生まれた疑問を口にした。
「アインクラッドで脱獄って……そんなことできるの?」
「不可能……のはずだ」
そう。そのはずなのだ。
アインクラッドの第1層に存在する黒鉄宮は、絶対者たるカーディナルシステムによって作られた不落の監獄だ。脱獄なんてそれこそシステムに介入できるような人間しか……。
「まさか……茅場晶彦が?」
真っ先に僕の中で立ち上がったのはその人物だった。この世界の創造主たる男なら、プレイヤーの脱獄など指先1つで叶えられる。
しばしキリトは考え込でいる。サーヴァンツの副リーダーたるキリトは、その職務に参謀的な要素も含んでいる。ユウが大まかな方針を立ててみんなを引っ張っていく大黒柱なら、キリトはユウでは足りない技術や細かい作戦を考案する女房役だ。
思考が纏まったらしいキリトは僕とアレックスを交互に見ながら言った。
「たぶんそれは無いと思う。ある意味で俺は茅場を信頼してるんだけど、奴はプレイヤーに対してとことんフェアだ。だれか1人を助けるために管理者権限を使うなんていうのは、茅場の性格上ありえない気がする」
キリトは自分にも言い聞かせるように最後に一回頷いた。
すっかり元気を取り戻したアレックスは、ほおに人差し指を当てながら意外な発想を口にした。
「じゃあPoHさんが茅場さんだったりして」
僕ら3人はしばし絶句した。茅場晶彦本人がこのゲームにログインしているという発想が、頭から丸々抜け落ちていたのだ。
よく考えればその可能性は相当に高いんじゃないか? 己の人生をかけてこのゲームを作ったんだから、じゃあ自分もプレイしたいとなるはずだ。なんでこんな簡単なことに今の今まで思い至らなかったんだろう。
そうなるとPoHは脱獄したのではなくログアウトしたんじゃないか? PoH=茅場晶彦という仮説が正しいならその可能性は高い。
脳みそを回転させてそこまで考えたところでキリトからツッコミが入った。
「ちょっと待ってくれ。もし仮にPoHが茅場だったとしてそんな怪しまれるような真似をするか?」
「怪しむも何も、PoHがログアウトしていたならこちらからは手出しできないんだから茅場としては全く問題無いんじゃない?」
さすがの聡明さでアスナは反論する。その論理に穴は無いように思えるが、キリトはそれでも納得できないようだった。
「んー……そうなんだけどな。何か引っかかるんだよ。うまく言えないんだけど、この行動は茅場の美学と反するような……」
キリトの言は茫漠としていて僕には意味が掴めず質問してしまう。
「どういうこと?」
「いや深い意味は無いんだ。ただの勘だからあんまりアテにしないでくれ」
「でも、こういうときのキリト君の勘って大体当たるんだよね」
キリトを覗き込むように前屈みになると、アスナは笑顔で夫自慢をしだした。
「そ、そうか? あんまり皆んなの思考を狭めたくないし、これ以上はよしておくよ」
嫁の信頼にキリトは動揺と照れを一緒くたに見せる。いちいち僕のフラストレーションを溜めてくるな、この2人。
微妙な空気を感じ取ったのか、キリトはパンパンと手を叩いて仕切り直した。
「じゃあ、今日はもう遅いからみんなで晩飯でも食べに行こうぜ」
みれば斜陽がはじまりの街の瀟洒な街並みを茜色に染めている。ちょうど空腹感も大きくなってきたところなので、キリトの言葉に快く頷いた。
晩餐の場所に選んだのは中央広場から少し路地裏に入った隠れ家カフェだ。名前は『クレスプ』。揚げ物が美味しい知る人ぞ知る名店で、週末にはそれなりに混むのだが今夜は5割ほど席が埋まっているくらいだった。
しかし、このアインクラッドでもプレイヤー達に曜日の感覚は残ってるんだなあ、なんて些細な感慨に耽る。きっとそれもプレイヤー達の自己防衛なのだろう。現実から、離れ過ぎないための。
「さて、何食べましょっか?」
アレックスのはつらつな声で思考が現実に引き戻される。アレックスが僕に見えるようにメニューを開いてくれたので目を通す。
さて、何にしようか────
「なんじゃこりゃ……」
怪訝なツッコミが口から漏れる。
『シェフの気まぐれサラダ(肉)』
謎だ。一文で矛盾している。サラダってなんだよ。ちょっと気まぐれ過ぎるだろ。サラダ欄と分けられて本日のオススメに書かれているものだから否が応でも目に入る。なんだこれは。頼めば良いのか?
「気になりますねコレっ! 頼んでみます?」
「そだね。折角だし頼んでみよっか」
あまり気は乗らないけどアレックスが楽しみみたいだし、頼んで損はないだろう。
テーブルの向かいでは同じようにキリトとアスナ、そしてユイがメニューを眺めていた。メニューをユイに見せながらアスナは問いかけた。
「ね、ユイちゃんは何が食べたい?」
「んー……」
難しそうな顔でユイは考え込むと、パッと顔をあげて
「ままのサンドイッチ!」
と言った。
まま? ああ、現実のお母さんのことかな? そっか。やっぱりユイちゃんも寂しいのか……。
「こ、ここはお店なんだから、お店のもの頼もう? ね?」
慌てふためいたアスナが口早にまくしたてる。何をそんなに焦っているんだろう?
対照的にキリトは和やかな様子でユイを諭す。
「そうだぞーユイ。帰ったらいくらでも食べられるんだから、今はお店のものを食べような?」
ん? 帰ったらいくらでも食べられる? なんだか違和感。
ちょっとユイちゃんに聞いてみよう。
「ね、ユイちゃん。ママって誰?」
ユイは黙ってアスナを指す。
「じゃあパパは?」
ユイは黙ってキリトを指す。
…………ああ、なるほど。
「貴様キリト! しっぽりよろしくやってやがったな!! 2人の愛の結晶なんだろ! そうなんだろ!」
「いや、アインクラッドにそんな機能ないから!!」
「なぜ断言できる!?」
「そりゃ実際してもできてな……」
やっちまったというキリトの表情。
最高禁忌を犯した者の存在を確認。速やかに刑を執行する。そんな文言が僕の口を出るより疾く、超高速の貫手が眼前で繰り出された。
「キリト君のバカーーー!」
茹で上がった顔をして、アスナは犯罪防止コードすら貫くのではないかと思えるほどの一撃を放った。
「ぐほあっ!?」
ダメージは通らずとも衝撃は圏内でも通る。貫手をモロに受けてキリトは3メートルほど吹き飛んだ。
超展開を飲み込めずに口が開いたままになる。隣のアレックスも同じような表情だ。
キリトをぶっ飛ばした閃光のアスナ様が、今まで見たことも無いような笑顔で僕らを見つめる。何も喋らないのが余計に怖い。
だめだ。ここで間違った選択肢を取れば僕らもキリトの二の舞、いやむしろ圏外に麻痺付きで捨てられるまである。
アレックスとアイコンタクトで頷きあう。
「「我らは誓ってここ数分間の記憶を思い出すことは有りません!」」
「よろしい、今日はもう帰りなさい。私はすべきことがあるので」
「「イエスマム! お疲れ様でした!」」
僕らにほんのり頷くと、アスナは倒れ伏すキリトへと向かっていく。
僕とアレックスはそそくさと席を立って出口を目指した。
『失礼致します! シェフの気まぐれサラダ(肉)でございます』
NPC店員の爽やかな声が謎料理の到来を告げる。
ベチャァッ!
あれ? 届いた瞬間に何かに使われたような?
「ちょっと待ってアスナ! そんなところに肉は入らな────」
「…………」
背後で何が行われているのかは、あまりに恐ろしくて確認することなどできなかった。
グッドラックキリト。また明日、元気な君と会えることを願っているよ。
結局アレックスと2人で夕飯を食べ、適当な宿に入って眠ることにした。
「……って、なんでアレックスが同じ部屋にいるんだよ!?」
「何でって、それは一部屋しか取ってないからですねっ!」
「いや、それは分かる。問題はなんで一部屋しか取ってないんだってところなんだよ」
受付で『じゃあ2人分の部屋取っておきますねっ!』なんてアレックスの口車に乗ってしまった僕がバカだったということか。
「ごめんアレックス。部屋を取り直してくるよ」
「え? なんでです? 別に問題無くないですか?」
「そうなんだけどさあ……」
あれ、ほんとに? わりと問題じゃない?
「さ、今日もなんだかんだ疲れましたし寝ましょ!」
「う、うん」
結局言いくるめられてしまった。
けどこんな感じで押されっぱなしじゃダメだよね。僕は優子が好きなんだって自覚してしまったんだから。
ベットに寝転んでさらに思考する。もちろんアレックスも好きだ。けどそれは友達として。このままアレックスの言葉に乗せられて何も決着を付けずいたら、誰よりアレックスに失礼だ。
「じゃあ電気消しますねっ!」
生まれた暗闇の中で、アレックスはナチュラルに僕のベットに忍び込んでくる。やっぱりこんなの良くないよね。
意を決して僕の気持ちを切り出そうとした直前、アレックスが僕の背中に手を当てて囁いた。
「ね、ライトさん。私たちも子作りします……?」
ふしだらな! お父さんそんな風にアレックスを育てましたごめんなさい。