導入だけお話しなので。主要人物も登場しないので幕間とさせていただきました。
少年は森を逍遥していた。
身長は高くなく、身体も細身だ。優しさと怯えを同居させた瞳は、どこかぼんやりと辺りを見ている。
彼の名は高城隼也。この浮遊城アインクラッドでの名をファルコンという。
このデスゲームが始まって1カ月と少しが経った。戦果としては第1層が攻略されたばかりだ。まだまだ先は長いが、最近の雰囲気を見てるとわりとトントンと攻略されてしまうんじゃ、と思わなくもなかった。
ファルコンには外に出たいという気持ちが希薄だった。理由は簡単だ。現実世界で虐められている。現在は小学5年生になるが、虐めが始まったのは3年生のころからだったろうか。
3年生のとき、同じクラスに転校してきた吃音症の少女がいた。少女への虐めがすぐに始まり、それを庇ったファルコンも虐められた。間もなく少女は転校し、ファルコンに対する虐めだけが残された。ファルコンが誰ともパーティを組まないのは、その虐めを引きずっているせいだ。それからファルコンはゲームに没頭し始めた。学校に行かない日も増えていった。その中で恐怖や罪悪感を紛らわすのに、ゲームは最も都合が良かった。両親は虐められ塞ぎ込んでいることを知っているからこそ、ゲームに口出しはしてこなかった。そして世界初のVRMMORPGに手を出して……。
嫌な思い出を想起した頭をブンブンと振って、ファルコンは夜道を歩き続けた。今はレベリングの真っ最中だ。出だしは遅れたものの、すぐに攻略集団に追いついてみせる。
意気込みを新たに歩を進めたときだった。
「……ぁ……ぅ」
微かな呻き声がファルコンの耳朶を打った。何を言っているかは分からなかったが、恐らく自分より幼い少女の声だということは分かった。
深夜に森の奥深くでそんなに小さな子が?
ファルコンの中で警鐘が響く。少女に近づくな、という虐められっ子精神の喚起する恐れ。それを勇気でねじ伏せる。何はともあれ助けなきゃ! 小刻みに震える足を叩いて声の元へ走った。
そこにいたのは、白いワンピースを着た、絹のような黒髪の少女だった。
「君、大丈夫?」
「ぅ…………」
吃音症、だろうか?
思い出すのは彼女だ。隼也が庇い、虐めの原因となってしまった少女。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
関わっちゃいけない。また仲間ハズレになるぞ。靴が盗まれるぞ。教科書が破り棄てられるぞ。
「君の名前は?」
恐れていた心をおき去って、口から言葉が飛び出していた。ファルコン自身は気づいていないが、それは一目惚れだったのだ。
「ゆ……い。ゆい。それが……なまえ……」
「ユイちゃんか。可愛い名前だね。僕はファルコン。よろしくね」
「ふぁう……こん?」
「うん。そうだよ。それで、ユイちゃんはここで何してたの?」
「わかん……ない。なんにもわかんない……」
「そっか……」
記憶喪失だろうか。デスゲームに囚われたショックで記憶に蓋をしてしまったとか? そんなことを考えてながら、ファルコンはユイの手を握って言った。
「じゃあ、一緒に街へ戻ろう? それで何か思い出したら言ってよ。僕にできることなら手伝うからさ」
「うん……」
ユイは素直にこくりと頷く。少女の手を包むと、その想像以上の小ささに驚いた。少し強く握る。ファルコンの中で何かのスイッチが切り替わった。
新しいお話しは、次回から本格的に始まります。今回にも登場してますがユイちゃんのお話しですね。
あまり期間を空けないで投稿できるように頑張ります!