そんなワケで、約一年ぶりの投稿です。
お楽しみくだされば幸いです。
「ごめんなさいっ!!」
石畳に額を打ち付けて、全力で土下座するピンク髪の女の子。
よろしくない。この絵面は実によろしくない。特に僕がまだ半裸ってとこがよろしくない。
「ちょ……ちょっと。もう大丈夫だから。顔上げて。ね?」
「いや、あたしがやったことはこの程度で許されることじゃないから!」
「いや、そんな大層なことじゃないよ! 大丈夫だって!」
「絶対にダメ! たとえあなたが、半裸のまま女の子を土下座させている変態だと咎められようと、あたしは土下座をやり遂げる!」
「確信犯だろ、君!」
その時、広場の東門から駆けてくる優子の姿が見て取れた。
良かった。優子にも一緒にこの子を説得してもらおう。そうすればこの子も……
「キャーーーッッ!!? 変態!!」
そんなことだろうと思ったよ、畜生!
「待って! 違うんだ優子!」
「そうよ! この人はただあたしを脅して土下座させているだけなの!」
「君は黙っててくれ!」
この子は僕に何の恨みがあるんだ!?
「事情は分かったわ。死になさい、ライト!!」
「何も分かってない! 何も分かってないよ優子!」
このままだと非常にマズイことになり兼ねない。
全力で優子の片手剣を避け続ける。
なんとか優子に説明を試みること数十分。やっと状況に理解を示してくれるに至った。
「いやー、ごめんね? ライトの反応が面白いから、ついからかっちゃった」
全く悪びれる様子もなく、桃色の髪をした少女は僕に謝罪した。
「ああ、その気持ちは分かるわ。何故か少しいじめてみたくなるのよね」
「やめて、そんなことで同意しないで」
そんな僕の言葉に、優子とリズは揃って大笑した。くそ。遊ばれてる気がする。
ショートボブの桃色の髪と、ほどよいそばかすがトレードマークの彼女の名は、『リズベット』というらしい。
彼女の職業は『鍛冶屋』。つまり、アルゴが遣わしたマスタースミス、その人なのだ。
そこでふと、優子が右手に視線を送った。
「それで? この子はどうするの?」
その言葉が示すのは、ロープで縛られたつり目の美少年だ。
リズベットから剣を奪った泥棒の正体が彼だ。彼はそっぽを向いて、無言を決め込んでいる。
僕は彼の前にしゃがみ込んで、出来るだけ穏やかな口調で話しかけた。
「ねえ、君? なんで剣を引ったくろうとしたのかな?」
憮然とした表情を崩さぬままに、彼はぼそりと言った。
「その前に、アンタ服着ろよ。寒くないのかよ」
不意打ちの優しさ。そういえば冬である。もしかして、僕の見方は背後に立つ女性2人でなく、この少年なのではなかろうか。
しかし、寒いというなら少年も同じだ。水路で泳ぐため、彼の装備も1枚なのだから。
「それはお互い様だね。じゃ、メニューウィンドウを弄れるようにちょっと縄を解くから、それで服を装備して」
そう言った僕を、少年は心底不思議そうに見た。なんだろう。僕、変な事言ったかな?
「メニューウィンドウって、なに?」
少年の一言で、僕の脳内はしっちゃかめっちゃかになった。
え? メニューウィンドウを知らない? もうSAOが始まって1年が経つのに?
いや、そんなことは常識的にありえない。どれほど隠そうとしても、プレイヤーにメニューウィンドウに気付かせないなんてことは不可能だ。
いや、それ以前に、僕は自問したじゃないか。プレイヤーが所持するアイテムは所有権に守られ、引ったくりができるはずがない。そんなことはシステム的にありえないと。
だったら、考えられる答えは1つだ。
この少年は、NPCなのだ。
そう仮定すれば、全てのことに説明がつく。
システムに守られているアイテムも、システムそのものなら奪えるだろう。
だが、NPCが剣を奪う意味とはなんだ?
それはつまり────
────そうして、思考の海から帰った僕の眼前に用意されていのは、完結はシステムメッセージだった。
『
☆
「ポルクス、帰ったよ」
少年──カストル──のカラッとした、それでいて空虚な声音。
病床に伏す少年──ポルクス──は、淡い笑顔で頷いた。
ここは僕らが出会ったNPCの少年、カストルと、その弟ポルクスの住処だ。
ここに来たのは他でもない、カストルが僕らを招いてくれたのだ。
優子がリズをパーティ加入申請をしてから、僕はクエストを受注した。リズはアルゴから話を聞いていたらしく、快くパーティに参入した。
それから、カストルは訥々と話し始めたのだ。彼が剣を盗んだワケ、その事のあらましを。
彼らの母は、彼らが物心つく前に命を落とし、それからは狩人の父が男手1つで育ててくれたらしい。
がさつながらも愛情深い父。それは彼らにとって充分過ぎるほど幸福な家庭だった。
だが、数ヶ月前。突如としてその幸せは崩れ去った。
2人に狩りの技術を伝えるため、父はにカストルとポルクスを1日毎で順番に狩りへと連れ立った。
その日、父が狩場に選んだのは第60層。強力なモンスターが現れるが、屈強な狩人たる父としては、腕慣らしに丁度良いという程度だ。本来ならば。
その日はなぜか、モンスター達の様子がおかしかった。ワイバーン達は殺気立ち、形振り構わず攻撃を仕掛けてきた。
息子を守りながらというハンデはあるものの、しかし父はその程度の雑兵はものともしなかった。
だが父は、そこで判断を見誤った。
帰れば良かったのだ。今日はなにかがおかしい。狩りはまたの機会にしよう。そう思いさえすれば良かった。
だが進んだ。突き進んでしまった。それはきっと自信故なのだろう。いや、或いは慢心か。
そうして、60層の奥地で彼らが見たもの。其は『ゾディアック・ドラゴン』。黄金と純白に彩られた表皮を持つ、天星の化身である。
その強さは圧倒的だった。父1人だったならば、まだ勝算は有り得ただろう。だが星の竜は、ポルクスにも等しく災厄を振りまいた。
さすれば必然、守りに追い込まれてしまう。攻撃に転じる余裕などない。そんな隙を見せれば、息子は確実に死に至る。そうして、ジリジリと父は苛まれた。
最後の余力を使い果たして、父がとった行動は、ポルクスをその場から逃すこと。それは見事成功し、ポルクスは命からがら生家へと逃げ帰った。
だがしかし、竜はポルクスに呪いを残した────
僕らの前で、ベットに横たわるポルクス。仄かに憂いを帯びた顔で、ポルクスは徐に掛け布団を取り去った。
その光景には、絶句するしかない。少年の白い柔肌からは、刺々しい鱗が生えている。それが、顔を除く、彼のほぼ全身を覆っているのだ。彼が先ほどから一言も喋らないのは、首元にまで這い寄った鱗のせいだろうか。
カストルは唇を噛んで、強い瞳でポルクスを直視する。カストルの目は潤んでいた。だがそれでも、絶対に目を反らすまいという意思がそこには宿っていた。
「これが、竜の呪いだ。ゾディアック・ドラゴンを倒さなきゃ、ポルクスは治らない」
声の震えを肺活量で抑え込むカストル。
悲哀と憤怒を混ぜこぜた表情には、同情するより他に無かった。
そうか。だからか。竜を倒すために、カストルはリズベットから剣を奪ったのか。
それは、しょうがないと思えた。きっと僕でもそうしてしまうだろう。そんな彼の覚悟を僕には否定できなかった。
何も言えずに、ただカストルの横顔を見つめる。
すると、優子がカストルの前に立ちふさがった。仁王立ちだ。全くもって慰めるような気配ではない。というか、完全にキレている。
あんまりとばっちりを喰らいたくないので、一歩後ずさった瞬間────優子の口から、大砲もかくやという爆発が迸った。
「バッカじゃないの、アンタッ!」
突然に撃鉄を下されたカストルは、呆然としたのちにハッと眉根を寄せて言った。
「は、はぁっ!? オレの何がバカなんだよ! こ、このバカ女!」
「何も分かってないトコがまずバカなのよ。というか、その小さい頭をちょっとくらい働かせろっての。いいかしら? アンタの父親はアンタより強かったんでしょ?」
「ああ、そりゃそうだ。父ちゃんは世界一強かったんだからな!」
鼻を高くして、喜色満面で言い切るカストル。だが優子はその鼻をくじいた。
「でも竜は父親より強かったんだから、アンタが竜に挑戦したって、負けるに決まってるじゃない」
優子の辛辣な正論に、口をパクパクさせるカストル。その後に、急激に顔をカーッと赤熱させた。
反論しようとはしているが、適切な言葉が出ないらしい。そりゃそうだ。だってこれでもかってほど正論なのだから。
それでも、カストルにとってはその行動が正解だと思ったのだ。だったら責めるのも酷ではないか?
とどのつまり、僕は同情しているのだろう。安い感情だ、とは思うが、こればっかりはどうしょうもない。
「あの、優子? もうそのくらいに……」
「ライトは黙ってて」
一蹴である。僕って弱いなあ……。
「ねえ、カストル。だったら幾ら強い剣を持ったって、そんなの犬死にするだけでしょう? ほら。ただのバカじゃない。結局、残されるのは弟だけ。その後のポルクスのこと、アンタはちょっとでも思いやったの?」
そこで我慢の限界が来たのか、カストルは感情を爆発させた。
「テメェッッ!! 黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって! テメェくらいの女だったら、オレは一発で仕留められんだぞ!」
カストルの激昂に応えたのは、愉悦を発露した──見ようによっては残忍な──優子の微笑だった。
「仕留められるですって? アンタが? アタシを? はっ! 寝言は寝て言いなさいよ」
「ああ、上等だ! テメェ、表に出やがれ!」
そうして扉へと向かっていく優子とカストル。
火花を散らす両者の背中を見送る。残された僕とリズベットは、苦笑しながら肩を竦めあった。
「ねえ、ライト。優子っていつもあんななの?」
「うーん、まあ、喧嘩っ早いのはそうなんだけど、あそこまで煽り立てるのは珍しいよ。優子は頭良いから、何か考えあってのことだとは思うんだけどね」
「ふうん。ま、それはそれとして、ライトと優子ってさ、付き合ってるの?」
「な、な、なに、なににを!?」
「あー、まだなんだ。2人で行動してるし仲良さそうだから、てっきりそうなのかなって思ったんだけど」
「まだってなんだよ。まるで前提みたいな……」
「え? だってそうでしょ? あ、まさか他に候補がいるとか? ふーん。いやー、ライトさんも隅に置けませんなあー!」
悪戯な目で、ニヤついて僕を覗くリズ。
混乱した頭で、必死に考えた反撃を口から捻り出した。
「う、うるさいな! そういうリズベットはどうなんだよ!」
「あ、否定しないってことは本当にそうなんだ。意外だね。このたらしー。あと、あたしの呼び方はリズベットじゃなくて、リズでいいから。んじゃ、優子とカストルを見に行こうよ」
そう言って、リズは戸外へと駆けて行った。
あれ? うまく質問をかわされた気がする……。
まあいいや、と思いながら、僕はポルクスの方へと首を回した。
「じゃあ、ちょっと待っててね、ポルクス」
寝台に寝たきりのポルクスは、薄ら笑いを浮かべて首肯した。
扉の外に出ると、もう勝負は決していた。
地面に寝そべる、リズの剣を握ったカストル。
口笛を吹きながら、焚き火用の材木をペン回しのように振る優子。
思っていたより酷いな、これは。
「さあ、立ちなさい。あれだけ大口叩いたんだから、まだ奥の手があるんでしょう? さすがに、武器ですらない木を持っただけの女に負けはしないわよね?」
ああ、優子。すごい楽しそうに煽ってるな……。
その言葉が聞き捨てならないとばかりに、カストルはガバッと起き上がった。
「たりめーだ! まだまだ、オレの力はこんなもんじゃねえからな!」
啖呵をきって、カストルは優子へと駆け込む。
振り上げた真剣は必殺の威力をもって優子へと襲い来る。だが、愚鈍に過ぎた。
それを、たった一歩のステップで避けきる優子。
あまりに実力差が有りすぎる。
僕の思考よりも疾く、優子の木材は、カストルのほおを殴打した。
カストルは、吹っ飛ばされて三回転。人間ではあり得ない動きをしている。
「うっわー、容赦無いわね、優子」
ちょっと引き気味のリズ。かく言う僕も引いている。普通、今日会ったばかりの少年にここまでやるだろうか?
仰向けに寝転がるカストルを、優子は上から覗き込んだ。その顔には、勝ち誇った余裕が見て取れる。
「どう? 強いでしょ、アタシ?」
「ああ、強いよ。クソ! なんでそんなに強いんだよ」
「知りたい? まあ、どうしてもって言うなら、アンタに修行つけてあげるのも吝かじゃないけど?」
「じゃあ教えやがれ、ゴリラ女」
「んー? なんだって? 聞こえないなあ。ちなみに、アタシの名前は優子なんだけどなー」
「聞こえてんじゃねえか、クソッ! あー、もう、分かったよ。オレに剣術を教えろ下さい、優子さん。これでいいんだろ?」
「アンタほんと生意気ね。ま、いいわ。合格にしといてあげるわよ」
「そりゃどーも」
優子はカストルに手を伸ばした。それをカストルは振り払う。その挑戦的な目は、自分で立てると言いたげだ。
それが気に食わなかったのか、優子はカストルの腕を掴み、無理矢理立たせた。
並び立つと、カストルの身長は優子より少し低い程度だ。
カストルはへし口をして優子を端倪している。カストルの頭を掴んで、優子はわしゃわしゃと撫で回した。
なんだ。気に入ってるんじゃないか。カストルのこと。
空を見上げると、斜陽が雲間から覗いていた。明日は雨だろうか。
「じゃあまず構えから。これは『ホリゾンタル・スクエア』って言ってね……」
「えー、いいよ。めんどくせぇ」
まだ打ち合いを続けるつもりらしい優子とカストルに背を向けて、僕は双子の家へと足を進めた。
大学には無事受かりまして、さあ書き始めようと思ったのです。が、話を思い出すために読み返していたところ、アレ? ここの展開かったるくね? みたいなのが噴出しちまったワケです。で、自己満足のために書き直していた次第です。すまぬ、すまぬ………。
ちなみに、まだ書き直しきってはいないので、更新はしておりません。というか、書き直し始めると、最初辺りの展開を鬼盛りしちゃって、時間が幾らあってもたりねーのです。
あんまりお待たせするのもなんだかなー、と思い、最新話を先に投稿することにしました。
お待たせして申し訳ありませぬ!!
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