作者的にはクソ長くなる気配がプンプンですが、最後まで付いてきて頂ければ幸いです。
冷たく湿潤な風が鼻腔を擽る。
船頭は静まった水面を裂いて進む。
年の瀬も迫る深夜。
そんなロマンティックの只中で、船員は可愛らしく頬を膨らませていた。
「…………ふん!」
「そ、そろそろ機嫌直してよ、優子」
「嫌よ。全財産スったんだから」
「うぐ…………」
それを言われてしまえば、僕としては返す言葉がない。
だがちょっと待って欲しい。
確かにヒースクリフに負けたのは僕が悪いが、僕に賭けて貯金を失ったのは自己責任ではなかろーか。
僕の思考が責任を逃れようとフル回転で言い訳を考えていると、優子は蚊の鳴くような声で呟いた。
「…………カッコいいとこ見たかったのに」
「え? なんて?」
生憎その声は水音にかき消され、僕の耳朶を打つ事はなかった。
「いいのよ。聞こえないように言ったんだから」
それだけ言うと、美麗の片手剣士は頬杖をついてそっぽを向いた。
どうやら僕とは、目も合わせてくれないようだ。
「…………はぁ」
どうにも居心地が悪い。
しかし、どうしてこんな状況なんだろうか。
思えば数十分前。
昼間に聖騎士との決闘を終えてから、僕は極力優子との接触を避けていた。
百万コルを失ったことで、怒り心頭であろうと思ったからだ。
そして真夜中。
かねてから行っている二人だけの夜の経験値稼ぎ。
だが今日ばかりは優子を起こすことは憚られた。
だからこそ、僕は一人でフィールドに出ようとした。
そしてギルドホームから出ようとしたその瞬間。
『約束破り』
そんな短い非難と、服の裾に感じる微かな抵抗力。
それらは、あまりに強く僕にのしかかってきた。
僕は観念し、彼女と同行を決意した。
だが、こんな精神状態ではまともに連携も取れない。高層でのレベリングは危険だ。
じゃあ、どうやって時間を潰そうか。
僕は、アルゴにメールを送ることにした。
用件は、『出来るだけ低い階で美しい景色が見られるところ』だ。
暇潰しと優子の機嫌を直す事を兼ねての計画だった。
そして、返信された情報が『第四層・西の離れ小島』だった。
『西の離れ小島』とやらには行ったことは無かったものの、第四層の地理はおおよそ頭に入っていた。
第四層はフィールド全体に水路が張り巡らされた、イタリアのヴェネチアを彷彿とさせる壮麗なフロアだった。
ユウ、秀吉、ムッツリーニ、僕の四人で作った自前のボートで、ダンジョン内で迷って右往左往したのもいい思い出だ。
そして僕らは今まさに、その船で真っ暗な水面へと漕ぎ出しているのだった。
「………なんでこんな低層に来たワケ?」
明後日の方向を見たまま、優子は僕に問うてきた。
それに、僕は出来るだけ素直に答えた。
「んー、分かんない」
「はあ?」
優子がそんな反応をするのも仕方ない。
だがしかし、本当に分からないものは分からないのだ。
アルゴのメールには、場所しか記されていなかった。
僕らを待つ絶景の詳細は、何一つ教えられていない。
「でも、目的地はもうすぐそこの筈だよ」
「だから、目的地って何の?」
「分かんない」
「…………もういいわ」
なんだろう。
優子の機嫌が右肩下がりな気がする。
でも、普通なら女の子の機嫌を損ねれば命の危機である筈なのに、優子のそれには僕の危険センサーは全く反応しなかった。
いや、種類が違うのか。
優子は、立腹しているのではなく、沈鬱になっているのだ。
どうやら、僕は優子を傷つけてしまっているらしい。
しかし、理由は皆目見当もつかない。
さて、どうしたものか。
僕が口を開けば開くほど、優子は鬱憤を溜めているような気がするし、かと言って、何もしなければバツが悪い。
一人悶々としていると、やがてそれらしき小島が見えてきた。
「…………このまま行くと危ないわよ」
優子が、聞こえるか聞こえないかという音量で呟いた。
何が危ないのかと少し首を傾げたが、直後に何が危ないのか分かった。
「流れが速いね」
そればかりか、島の周囲にはゴツゴツの岩が散乱している。
それらはまるで、直径十メートルほどの島を守護する自然の要塞だった。
優子が上目遣いで睨んでくる。
どうするんだ、とでも言いたげだった。
その視線に応えるため、手頃な岩と船を縄で括りつけ、そして
「優子、ちょっと立って」
「なによ」
不安定な船上で不服げに起立する優子。
そんな彼女を、僕は両手で抱え上げた。いわゆる、お姫様抱っこだ。
「きゃっ!」
予想外だったのか、優子が可憐な悲鳴を上げる。
それに頓着せず、優子を連れて虚空を飛び越えた。
離島の縁で実体化する。
僕と優子から生じた光が飛び散って、背の低い草花を撫でるように揺らした。
さて、ここが景勝地の筈なのだが、目当てのものはどこに………
「ねえ、重くないの?」
「ん、ああ、ごめん。すぐ降ろすね」
地に足をつけた時、優子が「むぅ………」と不満そうに唸った。
また何かしでかしてしまったのだろうか?
だが、どう転んでも乙女心は理解出来そうになかったので、一先ず目標のモノを探すことにした。
注意深く周囲を観察する。
流石にノーヒントは厳しいものがある。
どこかに目印的なものがあれば話は早いのだが…………
「ライト、上見て」
放心した語調につられて上を見る。
────そこにあるものは、満天の星々だった。
瞬く無数の光は僕らを取り囲む。
それらは今にも掴めそうなほど近く、また、悲しくなるほど遠かった。
「ちょっと、寝転ぼっか」
提案すると、優子はこくんと頷いて、隣と言うには少し遠い位置に腰を下ろした。
一メートル。
腕を伸ばしても、彼女の肩には触れられない。
ストレージから毛布を二枚取り出して、一枚を優子に投げた。
そして二人で、お揃いの色に包まった。
緩慢な時が流れる。
ここが現実世界なら、こんな冬月夜では震えていたに違いない。それが薄手の毛布で解消されるのだ。
寒さと無縁の天体観測は、アインクラッドの特権だろう。
そんなぼんやりとした思考の中途、右隣に寝転ぶ彼女が、小さな口で震えるように吐き出した。
「………なんで、アタシを避けたの?」
鈍感な僕でも、この時ばかりは優子の憂鬱の原因を直感した。
────ああ、クソ。なんてバカだ。
怒られると思ったから避けていた?
そんなの、もっとダメに決まってるじゃないか。
身勝手にも程がある。何で僕は、少しでも優子のことを考えてあげられなかったんだ。
「ゴメン、優子」
ただ、それだけしか言えなかった。
軽率な行動で彼女を傷つけてしまったというのなら、僕に出来るのは誠意を見せる事だけだと思った。
言い訳になるかもしれないが、そんな事で、優子が傷つくなんて思いもしなかった。
優子はそんなことで気落ちするような女の子じゃないと、そう思っていたんだ。
いや、その思いは今も変わらない。
むしろ不思議だった。優子なら直接『何で避けるのよ!』と怒鳴るものだと思っていた。
なぜ彼女は、僕が避けただけでこんなにも悲しげな表情をするんだろう。
どうしても、分からなかった。
「ライト、手。出して」
懇願の声が闇を揺らした。
言われた通りに右腕を差し出す。
すると優子は、僕と小指だけを結びだした。
ちょうど、指切りげんまんの形だ。
「ちょっとこのまま。昼間の分の埋め合わせ」
か細い声と、細動するように微笑む口元。
優子は、小指にぎゅっと力を込めた。
それは手を繋いでいるとは言い難い、小さな仲直りの約束だった。
小川の冷風が、優子の髪をさらさらと掬い上げる。
その様が、まるで砂金のような美しさで。
────無意識の内に、空いている左手を優子の首筋に伸ばしていた。
「ひゃぁっ!?」
うなじに触れた途端、優子が素っ頓狂な声を上げた。
「ああ! ゴメン!」
「べ、別に良いわよ! ………けど、なんでいきなりセクハラ紛いの蛮行を働いたのかしら?」
「人聞きの悪い!」
「否定できるの?」
「すいません。ごめんなさい」
僕は真剣に謝っているのに、優子はイタズラっぽく微笑んだ。
途端、何か思いついたのか、手槌をポンと打つと、
「ねえ、ライト。ちょっと腕かして」
「え? う、うん。いいよ」
了承すると、僕の右腕を優子は自分の頭の高さまで持ってきて、
「あ、ちょ、優子!?」
ぽすんと、僕の腕に頭を置いた。
「ふふん。アタシを避けた罰ね。ここ、アタシの特等席だから」
勝手に領地宣言される僕の腕。
だがしかし、全く罰になってないどころか、むしろご褒美なんですが。
上腕を髪の毛がこしょばすみたいに撫でる。
今度こそきちんと、優子の頭を手櫛で梳いた。
これがゲームだからなのかは分からないが、指は一度も引っかかることなく一房の髪を通り抜けた。
「あ、そうだ。アタシ以外の女の子にしちゃダメよ、腕枕」
「大丈夫だよ。する相手がいないから」
「えぇー。そんなのいっぱい居るじゃない。
黒髪のメイサーとか。ポニーテールのアレなんとかさんとか。無駄にテンション高い現実世界で眼鏡っ娘属性の人とか」
「それ、全部同一人物だから」
確かに、アレックスならば平然と腕枕ぐらい要求してきそうだ。
ん、いや、待てよ。
そういえば、アレックスに何かを望まれたことなんてあったっけ?
「ねぇ、今、アレックスのこと考えてるでしょ」
優子の不満気な顔が肉薄する。
いや、アレックスのことを考えるように誘導したのは、あなただとおもうのですが………。
しどろもどろになりながら、どうにか否定の言葉を捻り出した。
「い、いや、そんなことないよ?」
「あ、図星だ。………もう、節操ないわね。
じゃあ、アタシ以外のこと考えられなくしてやるんだから」
そう言うと、更に優子は僕の側へと寄ってきた。
吐息が分かるほどの密着度だ。
ぐ…………確かにこれでは、優子以外のことは考えられない。
むしろ脳髄が溶かされて、何も考えられなくなりそうだ。
ここまで近いと腕枕ではなく肩枕ではないだろうか。
「ね、ねぇ、優子。脇腹に当たってるんだけど」
「なーにがー?」
「微妙な膨らみが」
「川に突き落とすわよ」
「タンマ! 絶妙な膨らみが!」
「うむ。よろしい」
良かった。納得してくれたようだ。
そこらへんは美波と同じくデリケートなのだろう。
まあ、水没しても神耀があるし問題ないんだけどね。
優子が徐に腕を上げた。その指差す先には、一際大きく輝く星があった。
「見て。あれ、おおいぬ座のシリウスよ」
「へえ、綺麗だね。星好きなの?」
「ん〜。別にそうでもないかな。ただ、高校受験で覚えたのを思い出しただけ」
その言葉に疑問符が浮かぶ。
文月学園は僕でも受かるような学校だ。優子のような優等生なら、受験勉強すら必要ないだろう。
となれば、残る可能性は一つだ。
「優子って、文月学園が第一志望じゃなかったの?」
「む。変なところで鋭いわね。うん。その通りよ。滑り止め」
「え!? じゃあ、第一志望に落ちたってこと? あの優子が?」
結構な驚愕で、思わず声を上げてしまう。
そんな僕とは対照的に、優子はさらりと言ってのけた。
「そうよ。ていうか、そんなに驚かなくてもいいでしょ。それに、中三の時は今ほど勉強してなかったし。
まあ、とどのつまり、アタシが猛勉強し始めてのって、悔しかったからなんだ。今度こそ絶対に失敗したくないって。後悔したくないって、ね」
既に優子の中で割り切っているのか、すっぱりとした物言いだった。
けれどその中に一つだけ、看過出来ぬ言葉があった。
今度こそ絶対に失敗したくないと優子は言った。
だけど、つまり、その決意は、もう終わりを迎えてしまっているのではないだろうか。
「優子、君は…………」
「ん、何よ。深刻そうな顔しちゃって」
言うべきなのだろうか。
優子が決着をつけたというのなら、これ以上蒸し返すのは無粋かもしれない。
けれど、踏み込んでみたいと、彼女の心中を知りたいと思う気持ちに、僕の口は抗えなかった。
「やっぱり、このゲームに囚われて悔しかったんだよね」
だって優子にとっては、高校二年間をかけて頭に詰めた須らくが、ただ一時の気紛れで水泡に帰してしまったのだから。
それを僕が、努力をした事のないような人間が推し量るなど、笑止千万だろう。
だけど、でも、優子の感じたであろう悔しさは、あまりにも、辛かった。
だがしかし、当の優子は未練の欠片も見せずに返答した。。
「それはそうだけど……っていうか、誰のせいで吹っ切れたと思ってんのよ」
「え? それってどういう………」
「はい! この話は終わり! 辛気臭いのは好きじゃないの!」
訊きかけた僕の口に人差し指を当てがいながら、優子はピシャリと会話を終わらせた。
どうも釈然としない。
寒冷な空気を仮想の肺に満たして嘆息する。なんだか、安心したような不満であるような、不思議な気分だった。
優子は嫋やかに口元を弛緩させながら、僕の胸に指を這わせていた。
「あ、さっきの続きだけどね」
「え? 何の話だっけ?」
鈍い僕の返答に、優子は少し口を曲げた。
「星よ。星。シリウスの近くに赤い星と白い星があるでしょ?
それぞれ、オリオン座のベテルギウスとこいぬ座のプロキオンよ」
宝石の散りばめられた夜空に目を走らせる。
明るい星を探せばいいだけなのだ。無限と思える星の群でも、すぐに目当ては見つかった。
「えぇーっと……ああ、あれか」
「うん。それを結んで冬の大三角形」
「あ。その名前は聞いたことあるな」
「そりゃそうでしょ。知らなかったらモグリよ」
何のモグリなのかは、聞かぬが花という物だろう。
優子はまだまだ話し足りないようで、右手をぶんぶんと振りながら、饒舌な説明を繰り広げていた。
やっぱり好きなんじゃないか、星。
「でね! でね! あと明るいのが四つあるでしょ?」
「うん。なんか、他の六つでベテルギウスを取り囲んでるね」
「そうなの! で、その六つを合わせて冬のダイヤモンド! どう?」
ご飯を待つ子犬のような、期待のこもった眼差しが僕に刺さる。
どう? と言われましても……。
何と答えればいいのやら、乙女心の機微はわからない。
返答の遅さに痺れを切らしたのか、少し強目の口調で優子が言った。
「ロマンチックでしょ?」
だがしかし、何と不運なのだろう。それとほぼ同じタイミングで、僕は返答してしまったのだ。
「うん。確かに。こんなにおっきいダイヤがあれば一生食費には困らないね」
「サイッテー」
完全に地雷である。
クソ! これも母さんの仕送りが少ないせいだ!
僕の性根に、食い意地が染み付いてしまったじゃないか!
兎も角、刺々しい視線から逃げるため、焦りながらも話題を反らすことに尽力する。
「そ、それで、その他の四つの星は何て名前なの?」
「む。良くぞ聞いてくれた!」
生ゴミでも見るような優子の視線が、一気にバラ色へと変化した。
良かった。窮地はひとまず脱したようだ。
「シリウスから反時計回りに、オリオン座のβ星のリゲル。あ、β星って言うのは二番目に明るいってことね。
次は牡牛座のアルデバラン。ぎょしゃ座のカペラと来て最後に………」
優子が締めの恒星名を口にしかけたその時、
『ピロリロリンピロリロリン』
という甲高い電子音が響いた。
ダイレクトメッセージの着信音だ。
「むぅ………」
またも雰囲気をぶち壊され、優子は頬を膨らませていた。
「ごめん、優子! ちょっとメールの確認するね」
優子に柏手を打って謝りつつ、メッセージウィンドウをタップする。
すると窓が拡張され、黒く素っ気ない文字の羅列が並べ立てられた。
『やあ、ライト
突然で悪いんダガ、少し用事を頼まれて欲しイ。
第四層で、一週間限定のクエストが発生するという情報を得タ。
それがどうやら鍛冶屋が必要らしくて、知り合いのマスタースミスを脅し………もとい友好的に交渉してそちらに向かってもらっていル。
だけど、そのクエストには戦闘もあるらしくて、そいつ一人じゃ心許ないんで、優子と二人で手伝ってやって欲しいんダ。
なに、タダとは言わないゼ。今回の情報料と相殺ダ。
じゃあ、頼んだヨ〜(^-^)/」
鼠め………ご丁寧に顔文字まで付けてくれやがって。
なるほど。僕らを四層に誘い込んだのは、元からこれが目的だったのか。
………まあ、何はともあれ返信しておこう。
『謹んでお断り致します』
よし。これでOKだ。
さて、優子との天体観測に戻り………
『ピロリロリンピロリロリン』
お。返信早いな。
どれどれ…………
『承りました。では、今回の情報料は八千万コルになりますので、三日後までに振り込んで頂きますようお願いいたします』
コイツ…………断ることを予期して、この文章、用意してやがったな!
いきなり敬語じゃないか! リアルっぽくて怖いよ!
よし。こうなったら、こっちもそれなりの対応をしてやる!
『すいません! ごめんなさい! ご依頼、受けさせて頂きます、アルゴ姐さん!』
『うム。素直さは美徳だゾ』
よーし。クエスト頑張ろう!
意気込みを新たに、僕は優子に事情を説明した。
話すたび、虹色だった優子の顔色が、灰色へと変遷していく様が見て取れた。
ああ、人って、こんなに冷酷な顔ができるんだなぁ………。
説明し切った僕を、優子はジロリと上目遣いで睥睨した。
「…………まあいいわ。アルゴさんにはお世話になってるし。行きましょうか。場所は主街区?」
「うん。その、アルゴの知り合いの鍛冶屋って人が今、主街区にいるっぽいね。だからまずその人と落ち合おう」
「りょーかい」
気だるそうに呼応すると、優子は『ん』と喉を鳴らしながら僕に視線を送ってきた。
どういう意味なんだろう?
ああ、そうか。神耀で飛ばなきゃ、自力で船に帰れないもんね。
得心して優子の背中に右手を添えた。
そして一瞬で空間転移。
唐突に加わった重力で、小船は上下に単振動した。
岩場に括り付けた縄を解いていると、後ろから「もぉっ!」という怒声が聞こえた。
やはり、まだ星座巡りが名残惜しいのだろうか。
「分かってない………分かってないわ!」
優子のソウルシャウトが寒ざむしい真夜中に響き渡る。
だがしかし、僕だってそんな言い方されてしまえば分からない。せめて主語と述語と目的語を………あれ、述語ってなんだっけ。この場合、『分かってない』が述語なんだろうか?
え? あれ? えーっと………
「分かんない……」
「アンタはまず、分かろうとする努力をしなさい」
「じゃあ訊くけど、述語ってなんだっけ?」
「…………はぁ?」
明らかに、何言ってんだコイツ、という語調である。
おかしいなぁ。真面目に質問したんだけど。
優子は俯き、わなわなと震えだした。ヤバい。また怒らせちゃったんだろうか。
「…………ぷっ! っくあはははは!
もうダメ! アンタの脳内のぞいてみたいわ!」
幸いながら怒られはしなかったものの、バカにされている事が瞭然なのだから嬉しいやら悲しいやら。
少しばかり憮然となりながらも、出航準備を完了させる。
笑いの余韻から脱した優子は、背後の孤島を流し目で見てから、
「さ! 早いとこ限定クエストとやらを片付けちゃいましょ!」
元気良く僕の背中をドンと押した。
筋力ステが低いせいか、それだけでたたらを踏んでしまう。僕の体重で。船体が派手に揺れた。
「あっ───きゃっ!」
立ったままだった優子が、不安定な船上でバランスを崩した。
そうして飛び込んで来たのは、僕の懐だった。
「え……えへへ」
いたずらを誤魔化すかのように、優子は縮こまった笑みを浮かべる。
そんな彼女の絹のような髪を、手の平で感じ取るように撫でた。
「クエストが終わったら、またここに来ようか」
名残惜しそうだった彼女を見兼ねて、僕はそれだけ口にした。
優子は、大きな目を数度開閉させてから、
「…………分かってるじゃない」
僕の耳元で囁いた。
え、何が?
そう問いかけようと口を開きかけた瞬間。
────僕の頬に、何か柔らかいものが優しく触れた。
うわあぁぁああぁあ!
イチャコラだけで一話が終わった! しかも八千文字! 僕のアホー!
リズ、今回で登場させる気満々だったんだけどなぁ……。