僕とキリトとSAO   作:MUUK

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タイトルからも察せられるかと思いますが、今回からまたも新章です。
作者的にはクソ長くなる気配がプンプンですが、最後まで付いてきて頂ければ幸いです。


第六十九話「スターダスト・イミテーション─Ⅰ」

冷たく湿潤な風が鼻腔を擽る。

船頭は静まった水面を裂いて進む。

年の瀬も迫る深夜。

そんなロマンティックの只中で、船員は可愛らしく頬を膨らませていた。

 

「…………ふん!」

「そ、そろそろ機嫌直してよ、優子」

「嫌よ。全財産スったんだから」

「うぐ…………」

 

それを言われてしまえば、僕としては返す言葉がない。

だがちょっと待って欲しい。

確かにヒースクリフに負けたのは僕が悪いが、僕に賭けて貯金を失ったのは自己責任ではなかろーか。

僕の思考が責任を逃れようとフル回転で言い訳を考えていると、優子は蚊の鳴くような声で呟いた。

 

「…………カッコいいとこ見たかったのに」

「え? なんて?」

 

生憎その声は水音にかき消され、僕の耳朶を打つ事はなかった。

 

「いいのよ。聞こえないように言ったんだから」

 

それだけ言うと、美麗の片手剣士は頬杖をついてそっぽを向いた。

どうやら僕とは、目も合わせてくれないようだ。

 

「…………はぁ」

 

どうにも居心地が悪い。

しかし、どうしてこんな状況なんだろうか。

 

思えば数十分前。

昼間に聖騎士との決闘を終えてから、僕は極力優子との接触を避けていた。

百万コルを失ったことで、怒り心頭であろうと思ったからだ。

そして真夜中。

かねてから行っている二人だけの夜の経験値稼ぎ。

だが今日ばかりは優子を起こすことは憚られた。

だからこそ、僕は一人でフィールドに出ようとした。

そしてギルドホームから出ようとしたその瞬間。

 

『約束破り』

 

そんな短い非難と、服の裾に感じる微かな抵抗力。

それらは、あまりに強く僕にのしかかってきた。

僕は観念し、彼女と同行を決意した。

だが、こんな精神状態ではまともに連携も取れない。高層でのレベリングは危険だ。

じゃあ、どうやって時間を潰そうか。

僕は、アルゴにメールを送ることにした。

用件は、『出来るだけ低い階で美しい景色が見られるところ』だ。

暇潰しと優子の機嫌を直す事を兼ねての計画だった。

そして、返信された情報が『第四層・西の離れ小島』だった。

『西の離れ小島』とやらには行ったことは無かったものの、第四層の地理はおおよそ頭に入っていた。

第四層はフィールド全体に水路が張り巡らされた、イタリアのヴェネチアを彷彿とさせる壮麗なフロアだった。

ユウ、秀吉、ムッツリーニ、僕の四人で作った自前のボートで、ダンジョン内で迷って右往左往したのもいい思い出だ。

そして僕らは今まさに、その船で真っ暗な水面へと漕ぎ出しているのだった。

 

「………なんでこんな低層に来たワケ?」

 

明後日の方向を見たまま、優子は僕に問うてきた。

それに、僕は出来るだけ素直に答えた。

 

「んー、分かんない」

「はあ?」

 

優子がそんな反応をするのも仕方ない。

だがしかし、本当に分からないものは分からないのだ。

アルゴのメールには、場所しか記されていなかった。

僕らを待つ絶景の詳細は、何一つ教えられていない。

 

「でも、目的地はもうすぐそこの筈だよ」

「だから、目的地って何の?」

「分かんない」

「…………もういいわ」

 

なんだろう。

優子の機嫌が右肩下がりな気がする。

でも、普通なら女の子の機嫌を損ねれば命の危機である筈なのに、優子のそれには僕の危険センサーは全く反応しなかった。

いや、種類が違うのか。

優子は、立腹しているのではなく、沈鬱になっているのだ。

どうやら、僕は優子を傷つけてしまっているらしい。

しかし、理由は皆目見当もつかない。

さて、どうしたものか。

僕が口を開けば開くほど、優子は鬱憤を溜めているような気がするし、かと言って、何もしなければバツが悪い。

一人悶々としていると、やがてそれらしき小島が見えてきた。

 

「…………このまま行くと危ないわよ」

 

優子が、聞こえるか聞こえないかという音量で呟いた。

何が危ないのかと少し首を傾げたが、直後に何が危ないのか分かった。

 

「流れが速いね」

 

そればかりか、島の周囲にはゴツゴツの岩が散乱している。

それらはまるで、直径十メートルほどの島を守護する自然の要塞だった。

優子が上目遣いで睨んでくる。

どうするんだ、とでも言いたげだった。

その視線に応えるため、手頃な岩と船を縄で括りつけ、そして

 

「優子、ちょっと立って」

「なによ」

 

不安定な船上で不服げに起立する優子。

そんな彼女を、僕は両手で抱え上げた。いわゆる、お姫様抱っこだ。

 

「きゃっ!」

 

予想外だったのか、優子が可憐な悲鳴を上げる。

それに頓着せず、優子を連れて虚空を飛び越えた。

離島の縁で実体化する。

僕と優子から生じた光が飛び散って、背の低い草花を撫でるように揺らした。

さて、ここが景勝地の筈なのだが、目当てのものはどこに………

 

「ねえ、重くないの?」

「ん、ああ、ごめん。すぐ降ろすね」

 

地に足をつけた時、優子が「むぅ………」と不満そうに唸った。

また何かしでかしてしまったのだろうか?

だが、どう転んでも乙女心は理解出来そうになかったので、一先ず目標のモノを探すことにした。

注意深く周囲を観察する。

流石にノーヒントは厳しいものがある。

どこかに目印的なものがあれば話は早いのだが…………

 

「ライト、上見て」

 

放心した語調につられて上を見る。

 

────そこにあるものは、満天の星々だった。

 

瞬く無数の光は僕らを取り囲む。

それらは今にも掴めそうなほど近く、また、悲しくなるほど遠かった。

 

「ちょっと、寝転ぼっか」

 

提案すると、優子はこくんと頷いて、隣と言うには少し遠い位置に腰を下ろした。

一メートル。

腕を伸ばしても、彼女の肩には触れられない。

ストレージから毛布を二枚取り出して、一枚を優子に投げた。

そして二人で、お揃いの色に包まった。

緩慢な時が流れる。

ここが現実世界なら、こんな冬月夜では震えていたに違いない。それが薄手の毛布で解消されるのだ。

寒さと無縁の天体観測は、アインクラッドの特権だろう。

そんなぼんやりとした思考の中途、右隣に寝転ぶ彼女が、小さな口で震えるように吐き出した。

 

「………なんで、アタシを避けたの?」

 

鈍感な僕でも、この時ばかりは優子の憂鬱の原因を直感した。

 

────ああ、クソ。なんてバカだ。

 

怒られると思ったから避けていた?

そんなの、もっとダメに決まってるじゃないか。

身勝手にも程がある。何で僕は、少しでも優子のことを考えてあげられなかったんだ。

 

「ゴメン、優子」

 

ただ、それだけしか言えなかった。

軽率な行動で彼女を傷つけてしまったというのなら、僕に出来るのは誠意を見せる事だけだと思った。

言い訳になるかもしれないが、そんな事で、優子が傷つくなんて思いもしなかった。

優子はそんなことで気落ちするような女の子じゃないと、そう思っていたんだ。

いや、その思いは今も変わらない。

むしろ不思議だった。優子なら直接『何で避けるのよ!』と怒鳴るものだと思っていた。

なぜ彼女は、僕が避けただけでこんなにも悲しげな表情をするんだろう。

どうしても、分からなかった。

 

「ライト、手。出して」

 

懇願の声が闇を揺らした。

言われた通りに右腕を差し出す。

すると優子は、僕と小指だけを結びだした。

ちょうど、指切りげんまんの形だ。

 

「ちょっとこのまま。昼間の分の埋め合わせ」

 

か細い声と、細動するように微笑む口元。

優子は、小指にぎゅっと力を込めた。

それは手を繋いでいるとは言い難い、小さな仲直りの約束だった。

小川の冷風が、優子の髪をさらさらと掬い上げる。

その様が、まるで砂金のような美しさで。

 

────無意識の内に、空いている左手を優子の首筋に伸ばしていた。

 

「ひゃぁっ!?」

 

うなじに触れた途端、優子が素っ頓狂な声を上げた。

 

「ああ! ゴメン!」

「べ、別に良いわよ! ………けど、なんでいきなりセクハラ紛いの蛮行を働いたのかしら?」

「人聞きの悪い!」

「否定できるの?」

「すいません。ごめんなさい」

 

僕は真剣に謝っているのに、優子はイタズラっぽく微笑んだ。

途端、何か思いついたのか、手槌をポンと打つと、

 

「ねえ、ライト。ちょっと腕かして」

「え? う、うん。いいよ」

 

了承すると、僕の右腕を優子は自分の頭の高さまで持ってきて、

 

「あ、ちょ、優子!?」

 

ぽすんと、僕の腕に頭を置いた。

 

「ふふん。アタシを避けた罰ね。ここ、アタシの特等席だから」

 

勝手に領地宣言される僕の腕。

だがしかし、全く罰になってないどころか、むしろご褒美なんですが。

上腕を髪の毛がこしょばすみたいに撫でる。

今度こそきちんと、優子の頭を手櫛で梳いた。

これがゲームだからなのかは分からないが、指は一度も引っかかることなく一房の髪を通り抜けた。

 

「あ、そうだ。アタシ以外の女の子にしちゃダメよ、腕枕」

「大丈夫だよ。する相手がいないから」

「えぇー。そんなのいっぱい居るじゃない。

黒髪のメイサーとか。ポニーテールのアレなんとかさんとか。無駄にテンション高い現実世界で眼鏡っ娘属性の人とか」

「それ、全部同一人物だから」

 

確かに、アレックスならば平然と腕枕ぐらい要求してきそうだ。

ん、いや、待てよ。

そういえば、アレックスに何かを望まれたことなんてあったっけ?

 

「ねぇ、今、アレックスのこと考えてるでしょ」

 

優子の不満気な顔が肉薄する。

いや、アレックスのことを考えるように誘導したのは、あなただとおもうのですが………。

しどろもどろになりながら、どうにか否定の言葉を捻り出した。

 

「い、いや、そんなことないよ?」

「あ、図星だ。………もう、節操ないわね。

じゃあ、アタシ以外のこと考えられなくしてやるんだから」

 

そう言うと、更に優子は僕の側へと寄ってきた。

吐息が分かるほどの密着度だ。

ぐ…………確かにこれでは、優子以外のことは考えられない。

むしろ脳髄が溶かされて、何も考えられなくなりそうだ。

ここまで近いと腕枕ではなく肩枕ではないだろうか。

 

「ね、ねぇ、優子。脇腹に当たってるんだけど」

「なーにがー?」

「微妙な膨らみが」

「川に突き落とすわよ」

「タンマ! 絶妙な膨らみが!」

「うむ。よろしい」

 

良かった。納得してくれたようだ。

そこらへんは美波と同じくデリケートなのだろう。

まあ、水没しても神耀があるし問題ないんだけどね。

優子が徐に腕を上げた。その指差す先には、一際大きく輝く星があった。

 

「見て。あれ、おおいぬ座のシリウスよ」

「へえ、綺麗だね。星好きなの?」

「ん〜。別にそうでもないかな。ただ、高校受験で覚えたのを思い出しただけ」

 

その言葉に疑問符が浮かぶ。

文月学園は僕でも受かるような学校だ。優子のような優等生なら、受験勉強すら必要ないだろう。

となれば、残る可能性は一つだ。

 

「優子って、文月学園が第一志望じゃなかったの?」

「む。変なところで鋭いわね。うん。その通りよ。滑り止め」

「え!? じゃあ、第一志望に落ちたってこと? あの優子が?」

 

結構な驚愕で、思わず声を上げてしまう。

そんな僕とは対照的に、優子はさらりと言ってのけた。

 

「そうよ。ていうか、そんなに驚かなくてもいいでしょ。それに、中三の時は今ほど勉強してなかったし。

まあ、とどのつまり、アタシが猛勉強し始めてのって、悔しかったからなんだ。今度こそ絶対に失敗したくないって。後悔したくないって、ね」

 

既に優子の中で割り切っているのか、すっぱりとした物言いだった。

けれどその中に一つだけ、看過出来ぬ言葉があった。

今度こそ絶対に失敗したくないと優子は言った。

だけど、つまり、その決意は、もう終わりを迎えてしまっているのではないだろうか。

 

「優子、君は…………」

「ん、何よ。深刻そうな顔しちゃって」

 

言うべきなのだろうか。

優子が決着をつけたというのなら、これ以上蒸し返すのは無粋かもしれない。

けれど、踏み込んでみたいと、彼女の心中を知りたいと思う気持ちに、僕の口は抗えなかった。

 

「やっぱり、このゲームに囚われて悔しかったんだよね」

 

だって優子にとっては、高校二年間をかけて頭に詰めた須らくが、ただ一時の気紛れで水泡に帰してしまったのだから。

それを僕が、努力をした事のないような人間が推し量るなど、笑止千万だろう。

だけど、でも、優子の感じたであろう悔しさは、あまりにも、辛かった。

だがしかし、当の優子は未練の欠片も見せずに返答した。。

 

「それはそうだけど……っていうか、誰のせいで吹っ切れたと思ってんのよ」

「え? それってどういう………」

「はい! この話は終わり! 辛気臭いのは好きじゃないの!」

 

訊きかけた僕の口に人差し指を当てがいながら、優子はピシャリと会話を終わらせた。

どうも釈然としない。

寒冷な空気を仮想の肺に満たして嘆息する。なんだか、安心したような不満であるような、不思議な気分だった。

優子は嫋やかに口元を弛緩させながら、僕の胸に指を這わせていた。

 

「あ、さっきの続きだけどね」

「え? 何の話だっけ?」

 

鈍い僕の返答に、優子は少し口を曲げた。

 

「星よ。星。シリウスの近くに赤い星と白い星があるでしょ?

それぞれ、オリオン座のベテルギウスとこいぬ座のプロキオンよ」

 

宝石の散りばめられた夜空に目を走らせる。

明るい星を探せばいいだけなのだ。無限と思える星の群でも、すぐに目当ては見つかった。

 

「えぇーっと……ああ、あれか」

「うん。それを結んで冬の大三角形」

「あ。その名前は聞いたことあるな」

「そりゃそうでしょ。知らなかったらモグリよ」

 

何のモグリなのかは、聞かぬが花という物だろう。

優子はまだまだ話し足りないようで、右手をぶんぶんと振りながら、饒舌な説明を繰り広げていた。

やっぱり好きなんじゃないか、星。

 

「でね! でね! あと明るいのが四つあるでしょ?」

「うん。なんか、他の六つでベテルギウスを取り囲んでるね」

「そうなの! で、その六つを合わせて冬のダイヤモンド! どう?」

 

ご飯を待つ子犬のような、期待のこもった眼差しが僕に刺さる。

どう? と言われましても……。

何と答えればいいのやら、乙女心の機微はわからない。

返答の遅さに痺れを切らしたのか、少し強目の口調で優子が言った。

 

「ロマンチックでしょ?」

 

だがしかし、何と不運なのだろう。それとほぼ同じタイミングで、僕は返答してしまったのだ。

 

「うん。確かに。こんなにおっきいダイヤがあれば一生食費には困らないね」

「サイッテー」

 

完全に地雷である。

クソ! これも母さんの仕送りが少ないせいだ!

僕の性根に、食い意地が染み付いてしまったじゃないか!

兎も角、刺々しい視線から逃げるため、焦りながらも話題を反らすことに尽力する。

 

「そ、それで、その他の四つの星は何て名前なの?」

「む。良くぞ聞いてくれた!」

 

生ゴミでも見るような優子の視線が、一気にバラ色へと変化した。

良かった。窮地はひとまず脱したようだ。

 

「シリウスから反時計回りに、オリオン座のβ星のリゲル。あ、β星って言うのは二番目に明るいってことね。

次は牡牛座のアルデバラン。ぎょしゃ座のカペラと来て最後に………」

 

優子が締めの恒星名を口にしかけたその時、

 

『ピロリロリンピロリロリン』

 

という甲高い電子音が響いた。

ダイレクトメッセージの着信音だ。

 

「むぅ………」

 

またも雰囲気をぶち壊され、優子は頬を膨らませていた。

 

「ごめん、優子! ちょっとメールの確認するね」

 

優子に柏手を打って謝りつつ、メッセージウィンドウをタップする。

すると窓が拡張され、黒く素っ気ない文字の羅列が並べ立てられた。

 

『やあ、ライト(にぃ)。デート中失礼するゾ。

突然で悪いんダガ、少し用事を頼まれて欲しイ。

第四層で、一週間限定のクエストが発生するという情報を得タ。

それがどうやら鍛冶屋が必要らしくて、知り合いのマスタースミスを脅し………もとい友好的に交渉してそちらに向かってもらっていル。

だけど、そのクエストには戦闘もあるらしくて、そいつ一人じゃ心許ないんで、優子と二人で手伝ってやって欲しいんダ。

なに、タダとは言わないゼ。今回の情報料と相殺ダ。

じゃあ、頼んだヨ〜(^-^)/」

 

鼠め………ご丁寧に顔文字まで付けてくれやがって。

なるほど。僕らを四層に誘い込んだのは、元からこれが目的だったのか。

………まあ、何はともあれ返信しておこう。

 

『謹んでお断り致します』

 

よし。これでOKだ。

さて、優子との天体観測に戻り………

 

『ピロリロリンピロリロリン』

 

お。返信早いな。

どれどれ…………

 

『承りました。では、今回の情報料は八千万コルになりますので、三日後までに振り込んで頂きますようお願いいたします』

 

コイツ…………断ることを予期して、この文章、用意してやがったな!

いきなり敬語じゃないか! リアルっぽくて怖いよ!

よし。こうなったら、こっちもそれなりの対応をしてやる!

 

『すいません! ごめんなさい! ご依頼、受けさせて頂きます、アルゴ姐さん!』

『うム。素直さは美徳だゾ』

 

よーし。クエスト頑張ろう!

意気込みを新たに、僕は優子に事情を説明した。

話すたび、虹色だった優子の顔色が、灰色へと変遷していく様が見て取れた。

ああ、人って、こんなに冷酷な顔ができるんだなぁ………。

説明し切った僕を、優子はジロリと上目遣いで睥睨した。

 

「…………まあいいわ。アルゴさんにはお世話になってるし。行きましょうか。場所は主街区?」

「うん。その、アルゴの知り合いの鍛冶屋って人が今、主街区にいるっぽいね。だからまずその人と落ち合おう」

「りょーかい」

 

気だるそうに呼応すると、優子は『ん』と喉を鳴らしながら僕に視線を送ってきた。

どういう意味なんだろう?

ああ、そうか。神耀で飛ばなきゃ、自力で船に帰れないもんね。

得心して優子の背中に右手を添えた。

そして一瞬で空間転移。

唐突に加わった重力で、小船は上下に単振動した。

岩場に括り付けた縄を解いていると、後ろから「もぉっ!」という怒声が聞こえた。

やはり、まだ星座巡りが名残惜しいのだろうか。

 

「分かってない………分かってないわ!」

 

優子のソウルシャウトが寒ざむしい真夜中に響き渡る。

だがしかし、僕だってそんな言い方されてしまえば分からない。せめて主語と述語と目的語を………あれ、述語ってなんだっけ。この場合、『分かってない』が述語なんだろうか?

え? あれ? えーっと………

 

「分かんない……」

「アンタはまず、分かろうとする努力をしなさい」

「じゃあ訊くけど、述語ってなんだっけ?」

「…………はぁ?」

 

明らかに、何言ってんだコイツ、という語調である。

おかしいなぁ。真面目に質問したんだけど。

優子は俯き、わなわなと震えだした。ヤバい。また怒らせちゃったんだろうか。

 

「…………ぷっ! っくあはははは!

もうダメ! アンタの脳内のぞいてみたいわ!」

 

幸いながら怒られはしなかったものの、バカにされている事が瞭然なのだから嬉しいやら悲しいやら。

少しばかり憮然となりながらも、出航準備を完了させる。

笑いの余韻から脱した優子は、背後の孤島を流し目で見てから、

 

「さ! 早いとこ限定クエストとやらを片付けちゃいましょ!」

 

元気良く僕の背中をドンと押した。

筋力ステが低いせいか、それだけでたたらを踏んでしまう。僕の体重で。船体が派手に揺れた。

 

「あっ───きゃっ!」

 

立ったままだった優子が、不安定な船上でバランスを崩した。

そうして飛び込んで来たのは、僕の懐だった。

 

「え……えへへ」

 

いたずらを誤魔化すかのように、優子は縮こまった笑みを浮かべる。

そんな彼女の絹のような髪を、手の平で感じ取るように撫でた。

 

「クエストが終わったら、またここに来ようか」

 

名残惜しそうだった彼女を見兼ねて、僕はそれだけ口にした。

優子は、大きな目を数度開閉させてから、

 

「…………分かってるじゃない」

 

僕の耳元で囁いた。

え、何が?

そう問いかけようと口を開きかけた瞬間。

 

────僕の頬に、何か柔らかいものが優しく触れた。




うわあぁぁああぁあ!
イチャコラだけで一話が終わった! しかも八千文字! 僕のアホー!

リズ、今回で登場させる気満々だったんだけどなぁ……。

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