僕とキリトとSAO   作:MUUK

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そういえば、時雨沢さんのGGOって皆さん読みました?

グレネードランチャー二丁持ちとか聞いたことねーですよ。完全にアホの所業です。でも嫌いじゃないです。


第六十八話「三番目」

砂埃が目に入る。

砂礫を乗せた旋風が、僕の頬を叩くように掠めた。

眼前に広がるのは、歴戦の血に染まった砂地と、それを取り囲む圧巻の規模を誇る観客席。

その光景は、ローマの古代闘技場を彷彿とさせる。

客席には、今か今かと血眼にして決闘を待つオーディエンス。

彼らは無意識に、押し潰されそうなプレッシャーをかけてくる。

だが、そんなものは瑣末事だ。

もはや僕の視界には、彼らの姿は目に入っていない。

それらを霞ませるほどに、僕と対峙する男は超越的だった。

 

「君は徒手で私は武器を持つというのは、少々不平等のきらいがあるが、まあ、君の実力だ。問題あるまい。

さあ、このデモンストレーション、思いっきり楽しもうじゃないか」

 

そう言いながら、にこやかな笑顔で握手を求める神聖剣。

 

ああ────どうしてこうなった。

 

 

事の発端は、一昨日にまで遡る。

ラフコフとの闘争が終わったばかりで、皆んなが泥のように眠った翌日だ。

 

「あ、ちょっといいかしら、ライト」

「ん、なに、優子?」

「あんた、明後日にヒースクリフと戦ってね」

「ああ、うん。おっけ………えぇぇぇええぇええッッ!!?」

 

訊けば、ラフコフ戦の援軍支援の際に一悶着あったらしく、論争の末に僕とヒースクリフ、キリトとリンドが決闘をすることになったんだとか。

そして、僕やキリトが負ければ、それぞれのギルドに強制的に移籍されるという取り決めなのだ。

流石にそれはまずいということで、サーヴァンツ内で対ヒースクリフ戦の作戦会議が始まった時。噂をすればなんとやら。神聖剣本人が僕らのギルドホームに現れた。

戦線布告かとどぎまぎしていると、騎士団長が放ったのは、僕を移籍させるというルールの取りやめだった。

理由は単純。

クラディールが裏切ったからだ。

奴のしでかした事を血盟騎士団全員の責任だと考え、僕から手を引くことを決意したのだそうだ。

だが、本題はここからだった。

 

「うちの経理が『客寄せ』をしてしまってね。どうやら、私たちの決闘で賭けなんかも催されているそうだ。

………とどのつまり、実際に決闘をしなければ収集がつかないのだよ。

誠に身勝手で恐縮なのだが、私と模擬戦を行ってくれないだろうか?」

 

僕はそれを、二つ返事で引き受けた。

 

そうして、今に至るわけなのだが………

 

「ヤバい。帰りたい」

 

お腹が痛くなってきた。

放たれる殺気を伺う限り、神聖剣サマは相当な殺る気のようだ。

僕はと言えば、『模擬戦でしょ? ヨユーヨユー』という舐めた心構えで臨んだせいで、碌に準備もできていない。

ああ、もうだめだ。膝が笑い出した。

もう、本当に棄権しようかな………。

その時だった。観客席から一際大きな声が、僕に向かって投げられたのだ。

 

「ライトー! 絶対勝ちなさいよ!

アタシ、アンタに百万コル賭けたんだから!」

「うへぇ……ごめんなさいっ!」

「なんで謝るのよ!」

 

優子のせいで、余計にプレッシャーがのしかかる。

勝たなきゃ殺される。勝たなきゃ殺される。勝たなきゃ殺される………。

強迫観念で人事不省に陥りかけそうになっていると、新たに僕への声が飛んできた。

 

「おーい、ライト! 俺もお前に三十万賭けたからな!」

 

その声質に、僕は耳を疑った。

 

「キリト!? なんでここに?」

 

キリトはついさっき、リンドと戦うために僕らと別れた筈だ。

なのに、何故ここに居るんだろう。

 

「ああ。リンドはもう倒したからな」

「早っ!」

「ちなみに、きちんと武器破壊(アームブラスト)してきたぞ!」

「最低だ!」

 

デュエル中でも、武器は壊されれば使い物にならなくなるのに。

レア武器を決闘で破壊されたリンドの心中や如何に。

 

「ホント酷いよ、キリト君。リンドさん涙目だったもん」

 

ほわんほわんとした感じで、キリトと腕を組みながらアスナが言った。

とっても楽しそうな口調なのだか、言ってる事は恐ろしいぞ。

心中でリンドに手を合わせておいてから、僕はヒースクリフに向き直った。

リンドには悪いが、緊張が幾分か解れてきた。

 

「よろしく、ヒースクリフ」

 

騎士団長が差し出してきた手を少し強めに握り返す。

ヒースクリフが口元に仄かな笑みを浮かべた。

 

「では、初撃決着モードの一本勝負で構わないね?」

「ええ。なんなら完全決着でも構わないですよ」

「笑えない冗談だ」

 

六十秒のカウントダウンが始まる。

精神を研ぎ澄ます。

網膜に映すものは、対する男の威容のみ。

一撃与えればいいだけなのだから、疾さで勝る僕に分がある。

そんな慢心はするな。相手は最強の騎士だ。むしろ、胸を借りる気で挑まねば、一瞬で片をつけられる。

ジリジリと互いが間合いを調整する。

拳が届く距離が良い。

だがそれで、奴の剣を避け切れるか?

脳髄が反応するまでに奴の剣は何センチ動く?

神耀を使うのならば、休止時間は十秒以下に抑えたい。

交々に思考が飛び交い、脳をぐちゃぐちゃに掻き乱す。

残り十秒。

もう考えるのはよそう。

自分で言うのも何だが、僕は直感的に戦った方が強い………気がする。

ヒースクリフの闘気が膨れ上がる。

この会場の空気が、奴に呑まれたようだった。

握る拳に力が籠る。

僕はサーヴァンツの代表としてここに立っているのだ。あんまり無様に負けられない。

いや、絶対に勝ってやる!

三……二……一………零!

 

瞬間、刹那の誤差も無しに僕らは共に動き出した。

聖騎士は、僕の額に鋒を向ける。

上段突きの構え。

豪速の剣技は、間断無く僕を穿つだろう。

だが、剣の攻撃レンジに踏み入ったと同時に身体を落として、僕は更に加速した。

頭上を神聖剣が擦り抜ける。

そのまま奴の懐に飛び込む。

慣性で上体が持っていかれることを考慮してか、ヒースクリフは突きを横薙ぎに変更した。

だが、どちらにせよ前はガラ空き。

この勝負、貰った!

そう過信した途端、眼前に壁が現れた。

白の下地に赤の十字。

最硬と謳われる、神聖剣の大盾だ。

だが、僕が懐中に突進した時点では、盾はまだ体側にあった筈。

一瞬の判断で、ここまで反応してみせたと言うのか。

 

────流石の反応速度だ。

 

だがしかし、僕もこの程度で取れる首級だと思ってはいない。

この突進は、言うなれば囮。

本当の策は────

 

三十センチの瞬間移動。

敵の背中に回り込み、後頭部に肘打ちを────

 

────瞬間、怖気が背筋に奔った。

 

動物的な直感で、咄嗟に海老反りになる。

それとぼぼ同時に、僕の目と鼻の先を剣が掠めた。

巧い!

さっき突きから横薙ぎに変更したのは、慣性を去なす為ではなく、後方に飛ぶ僕を警戒してだったのか!

仰け反った体位をブリッジに移行する。

そのまま後方に身体を持ち上げるついでにサマーソルトキックをいれてみたものの、これは鎬で弾かれた。

仕方なくバク宙を三回。

これである程度の間合いは取れた。

───と思うのは早計だった。

僕に追随するように、奴は既に突進して来ていた。

なんて戦闘勘だ。未来予知でもしてるんじゃないのか?

心中で悪態をつきながら、後方宙返りによって乱れていた体軸を整える。

そっちが来るなら望むところだ。

顔面にでもカウンターを、カウンターを………

 

────全く隙が無い!

 

神聖剣には、盾自体に攻撃判定がある。

剣と盾の攻撃範囲を考慮すれば、もはや鉄壁が走ってきているに等しい。

迂闊に攻撃などしようものなら、どちらかの餌食になることは瞭然だ。

これが、神聖剣。

攻防一体の最強のスキル。

ああ、面白い!

さて、ここからどうやって仕掛けるか。

神耀は、まだ待機時間が終わっていない。

盾の合間を縫おうにも、相手は盾でソードスキルを発動させるだけで僕にクリーンヒットさせられる。

となると必然的に、僕が攻撃出来るのは、剣を持つヒースクリフの右半身に限られる。

初撃決着モードという土台の上では、まだそちらの方がリスクが少ない。

苦肉の策だが、こうする他に無いだろう。

…………いや。まだ他に手はあるじゃないか。最速たる僕だからこそ可能な、絶対に破られることのない一手が。

それに思い至った瞬間、僕は身体を反転させ、そして────そのまま走り出した。

 

「な…………っ!?」

 

騎士が驚愕を漏らす。

それも当然だろう。純然たる決闘の相手が、いきなり自分に背中を向けて逃げ出したのだ。

だがしかし、ヒースクリフは至って冷静に、

 

「なるほど、それも一つの手か」

 

などと分析し始めた。

だけど、逃げるしか脳の無いほど、僕は芸の無い男じゃない。

疾駆で見据えるのはただ一点。

そこに向かって僕は全力で跳躍した。

観客席だ。

野次馬とギャンブラーの頭上を、めいいっぱいの脚力で飛翔する。

虚空に浮遊する刹那、着地の狙いを定めたのは我らがギルドの観覧席だった。

 

「ユウ! キリト! 任せた!」

 

ギルドの中でも、特に筋力の高い二人を名指しで指名する。

指示の内容を言わずともリーダーと副リーダーは僕の言わんとすることを察してくれたようで、

 

「「バカかお前は!」」

 

などと怒声をあげながらも、バレーのレシーブの体勢を取った。

僕は彼らの組む手にそれぞれの脚をかけ、

 

「「「せーのッ!」」」

 

掛け声と共に二人は腕を振り上げ、僕はその腕を蹴った。

 

「カンペキ!」

 

思わず感嘆を洩らすほど、僕らの息はピッタリだった。

垂直上昇距離は五十メートルに達しようかと言うほどだ。

観客の誰もが呆然と僕の飛翔を眺めた。

その直後、

 

『ワアアァァアァ───ッッ!』

 

会場のボルテージは一気に最高潮に達した!

かつてこれほどまでに三次元的な決闘があっただろうか。

頭上を征く最速と、地上で構える最強。

そのマッチングは、須くの血肉を沸かすに不足無い。

だが何も、見世物のために僕はこうして飛んでいるんじゃない。

かの騎士は、前後左右で鉄壁なのだ。ならばもはや、付け入る隙は上だけだろう。

騎士団長は、円形闘技場の中央に向かって走り出す。

どうやらヒースクリフは、僕を着地と同時に屠るつもりらしい。

それは正しい判断だ。着地狩りは格ゲーの基本戦術。

凡ゆるプレイヤーが最も無防備な時間というのは、身動き出来ない滞空状態なのだから。

だが奴は忘れているのだろうか。

僕が唯一、()ぶことの出来る男だということを。

 

「はあぁぁああぁあ────ッッ!!」

 

気勢を上げながら、ヒースクリフに脚を向ける。

拳術スキル飛び蹴り『獄天』

空中で使うことが前提の唯一の技だ。

ソードスキルは物理法則を捻じ曲げて、僕を斜め下へと加速させる。

眼下の騎士は僕を観照し、カウンターのタイミングを見定める。

彼我の距離、残り二十メートル。

完全なる騎士が、口元に薄い歪みを作る。

加速度を見定めたのか。

右手に握られた刀身は、今にも踊り出しそうな禍々しさだ。

ヒースクリフは確信しているのだろう。自らの聖剣が、僕の蹴りに競り勝つことを。

だが、僕は絶対に軌道を変えようとは思わない。否、変える必要が無い。

地上まで残り十メートル。

騎士は剣を振り上げる。

あの斬撃に一欠片でも触れれば、初撃決着というルールは僕を断罪する。

完璧な位置取り。

完璧な剣速。

だがしかし、残念だったねヒースクリフ。ビックリ芸が、あと一つだけ残ってる。

瞬間。僕の身体は光の粒子に分散する。

待機時間は、もう終わった。

紅白の騎士は眼を見張る。

刹那の間隙に、足裏は騎士団長の眼前、僅か五センチに転移した。

 

「うぅおおぉぉおおぉッッ!!」

 

最後の気合。

さあ、これでチェックメイトだ!

僕が、勝つ!

 

────違和感。

 

空間が固定されたような、録画のコマ送りのような、悍ましいまでの超自然。

それが、僕の目の前で繰り広げられた。

 

「なん………だと……?」

 

懐疑を口にしたときにはもう、僕の脚は奴の盾に衝突していた。

 

───ワケが、分からない。

 

僕の攻撃は、確実にヒースクリフの顔面を捉えた筈。

なのに、どうして、『こんなもの』に阻まれているんだ?

僕の攻撃を防いだものは、神聖なる盾。

赤十字のど真ん中によるクリーンガードだ。

くそ。これではダメージを与えられない。

しかし、防御されてしまったのならしょうがない。

まずは一旦、距離を置いて、

 

────そこでやっと気付いた。僕の体力ゲージが減少しているという事実に。

 

目の前には、『Lose』という簡潔なテキスト。

何がなんだか分からない。

負けた? 何で?

ただガードされただけなのに。攻撃されてすらいないのに!

デュエルが終わったことで、決闘場は『圏内』に戻る。盾に働いたプロテクトコードにより、僕の身体は強烈に吹き飛ばされた。

何も考えられぬまま、地面に叩きつけられた。

尻餅をついたせいで、大腿骨がジンジンする。

 

「………ぁっ……」

 

現象に頭が追いつかず、ヒースクリフに質問することもままならなかった。

茫然自失の僕を、完全なる騎士はロボットのような視線で見下ろす。

そして、答えを求める僕を尻目に、ヒースクリフは紅白のマントをはためかせながら、粉塵の渦中へと消えた。




今回は、ライトがピョンピョンしてましたね。
それでも騎士様は堅牢でした。

それはそうと、次回は待ちに待った彼女の回だ!
わーい、チョロイン大好き!

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