グレネードランチャー二丁持ちとか聞いたことねーですよ。完全にアホの所業です。でも嫌いじゃないです。
砂埃が目に入る。
砂礫を乗せた旋風が、僕の頬を叩くように掠めた。
眼前に広がるのは、歴戦の血に染まった砂地と、それを取り囲む圧巻の規模を誇る観客席。
その光景は、ローマの古代闘技場を彷彿とさせる。
客席には、今か今かと血眼にして決闘を待つオーディエンス。
彼らは無意識に、押し潰されそうなプレッシャーをかけてくる。
だが、そんなものは瑣末事だ。
もはや僕の視界には、彼らの姿は目に入っていない。
それらを霞ませるほどに、僕と対峙する男は超越的だった。
「君は徒手で私は武器を持つというのは、少々不平等のきらいがあるが、まあ、君の実力だ。問題あるまい。
さあ、このデモンストレーション、思いっきり楽しもうじゃないか」
そう言いながら、にこやかな笑顔で握手を求める神聖剣。
ああ────どうしてこうなった。
☆
事の発端は、一昨日にまで遡る。
ラフコフとの闘争が終わったばかりで、皆んなが泥のように眠った翌日だ。
「あ、ちょっといいかしら、ライト」
「ん、なに、優子?」
「あんた、明後日にヒースクリフと戦ってね」
「ああ、うん。おっけ………えぇぇぇええぇええッッ!!?」
訊けば、ラフコフ戦の援軍支援の際に一悶着あったらしく、論争の末に僕とヒースクリフ、キリトとリンドが決闘をすることになったんだとか。
そして、僕やキリトが負ければ、それぞれのギルドに強制的に移籍されるという取り決めなのだ。
流石にそれはまずいということで、サーヴァンツ内で対ヒースクリフ戦の作戦会議が始まった時。噂をすればなんとやら。神聖剣本人が僕らのギルドホームに現れた。
戦線布告かとどぎまぎしていると、騎士団長が放ったのは、僕を移籍させるというルールの取りやめだった。
理由は単純。
クラディールが裏切ったからだ。
奴のしでかした事を血盟騎士団全員の責任だと考え、僕から手を引くことを決意したのだそうだ。
だが、本題はここからだった。
「うちの経理が『客寄せ』をしてしまってね。どうやら、私たちの決闘で賭けなんかも催されているそうだ。
………とどのつまり、実際に決闘をしなければ収集がつかないのだよ。
誠に身勝手で恐縮なのだが、私と模擬戦を行ってくれないだろうか?」
僕はそれを、二つ返事で引き受けた。
そうして、今に至るわけなのだが………
「ヤバい。帰りたい」
お腹が痛くなってきた。
放たれる殺気を伺う限り、神聖剣サマは相当な殺る気のようだ。
僕はと言えば、『模擬戦でしょ? ヨユーヨユー』という舐めた心構えで臨んだせいで、碌に準備もできていない。
ああ、もうだめだ。膝が笑い出した。
もう、本当に棄権しようかな………。
その時だった。観客席から一際大きな声が、僕に向かって投げられたのだ。
「ライトー! 絶対勝ちなさいよ!
アタシ、アンタに百万コル賭けたんだから!」
「うへぇ……ごめんなさいっ!」
「なんで謝るのよ!」
優子のせいで、余計にプレッシャーがのしかかる。
勝たなきゃ殺される。勝たなきゃ殺される。勝たなきゃ殺される………。
強迫観念で人事不省に陥りかけそうになっていると、新たに僕への声が飛んできた。
「おーい、ライト! 俺もお前に三十万賭けたからな!」
その声質に、僕は耳を疑った。
「キリト!? なんでここに?」
キリトはついさっき、リンドと戦うために僕らと別れた筈だ。
なのに、何故ここに居るんだろう。
「ああ。リンドはもう倒したからな」
「早っ!」
「ちなみに、きちんと
「最低だ!」
デュエル中でも、武器は壊されれば使い物にならなくなるのに。
レア武器を決闘で破壊されたリンドの心中や如何に。
「ホント酷いよ、キリト君。リンドさん涙目だったもん」
ほわんほわんとした感じで、キリトと腕を組みながらアスナが言った。
とっても楽しそうな口調なのだか、言ってる事は恐ろしいぞ。
心中でリンドに手を合わせておいてから、僕はヒースクリフに向き直った。
リンドには悪いが、緊張が幾分か解れてきた。
「よろしく、ヒースクリフ」
騎士団長が差し出してきた手を少し強めに握り返す。
ヒースクリフが口元に仄かな笑みを浮かべた。
「では、初撃決着モードの一本勝負で構わないね?」
「ええ。なんなら完全決着でも構わないですよ」
「笑えない冗談だ」
六十秒のカウントダウンが始まる。
精神を研ぎ澄ます。
網膜に映すものは、対する男の威容のみ。
一撃与えればいいだけなのだから、疾さで勝る僕に分がある。
そんな慢心はするな。相手は最強の騎士だ。むしろ、胸を借りる気で挑まねば、一瞬で片をつけられる。
ジリジリと互いが間合いを調整する。
拳が届く距離が良い。
だがそれで、奴の剣を避け切れるか?
脳髄が反応するまでに奴の剣は何センチ動く?
神耀を使うのならば、休止時間は十秒以下に抑えたい。
交々に思考が飛び交い、脳をぐちゃぐちゃに掻き乱す。
残り十秒。
もう考えるのはよそう。
自分で言うのも何だが、僕は直感的に戦った方が強い………気がする。
ヒースクリフの闘気が膨れ上がる。
この会場の空気が、奴に呑まれたようだった。
握る拳に力が籠る。
僕はサーヴァンツの代表としてここに立っているのだ。あんまり無様に負けられない。
いや、絶対に勝ってやる!
三……二……一………零!
瞬間、刹那の誤差も無しに僕らは共に動き出した。
聖騎士は、僕の額に鋒を向ける。
上段突きの構え。
豪速の剣技は、間断無く僕を穿つだろう。
だが、剣の攻撃レンジに踏み入ったと同時に身体を落として、僕は更に加速した。
頭上を神聖剣が擦り抜ける。
そのまま奴の懐に飛び込む。
慣性で上体が持っていかれることを考慮してか、ヒースクリフは突きを横薙ぎに変更した。
だが、どちらにせよ前はガラ空き。
この勝負、貰った!
そう過信した途端、眼前に壁が現れた。
白の下地に赤の十字。
最硬と謳われる、神聖剣の大盾だ。
だが、僕が懐中に突進した時点では、盾はまだ体側にあった筈。
一瞬の判断で、ここまで反応してみせたと言うのか。
────流石の反応速度だ。
だがしかし、僕もこの程度で取れる首級だと思ってはいない。
この突進は、言うなれば囮。
本当の策は────
三十センチの瞬間移動。
敵の背中に回り込み、後頭部に肘打ちを────
────瞬間、怖気が背筋に奔った。
動物的な直感で、咄嗟に海老反りになる。
それとぼぼ同時に、僕の目と鼻の先を剣が掠めた。
巧い!
さっき突きから横薙ぎに変更したのは、慣性を去なす為ではなく、後方に飛ぶ僕を警戒してだったのか!
仰け反った体位をブリッジに移行する。
そのまま後方に身体を持ち上げるついでにサマーソルトキックをいれてみたものの、これは鎬で弾かれた。
仕方なくバク宙を三回。
これである程度の間合いは取れた。
───と思うのは早計だった。
僕に追随するように、奴は既に突進して来ていた。
なんて戦闘勘だ。未来予知でもしてるんじゃないのか?
心中で悪態をつきながら、後方宙返りによって乱れていた体軸を整える。
そっちが来るなら望むところだ。
顔面にでもカウンターを、カウンターを………
────全く隙が無い!
神聖剣には、盾自体に攻撃判定がある。
剣と盾の攻撃範囲を考慮すれば、もはや鉄壁が走ってきているに等しい。
迂闊に攻撃などしようものなら、どちらかの餌食になることは瞭然だ。
これが、神聖剣。
攻防一体の最強のスキル。
ああ、面白い!
さて、ここからどうやって仕掛けるか。
神耀は、まだ待機時間が終わっていない。
盾の合間を縫おうにも、相手は盾でソードスキルを発動させるだけで僕にクリーンヒットさせられる。
となると必然的に、僕が攻撃出来るのは、剣を持つヒースクリフの右半身に限られる。
初撃決着モードという土台の上では、まだそちらの方がリスクが少ない。
苦肉の策だが、こうする他に無いだろう。
…………いや。まだ他に手はあるじゃないか。最速たる僕だからこそ可能な、絶対に破られることのない一手が。
それに思い至った瞬間、僕は身体を反転させ、そして────そのまま走り出した。
「な…………っ!?」
騎士が驚愕を漏らす。
それも当然だろう。純然たる決闘の相手が、いきなり自分に背中を向けて逃げ出したのだ。
だがしかし、ヒースクリフは至って冷静に、
「なるほど、それも一つの手か」
などと分析し始めた。
だけど、逃げるしか脳の無いほど、僕は芸の無い男じゃない。
疾駆で見据えるのはただ一点。
そこに向かって僕は全力で跳躍した。
観客席だ。
野次馬とギャンブラーの頭上を、めいいっぱいの脚力で飛翔する。
虚空に浮遊する刹那、着地の狙いを定めたのは我らがギルドの観覧席だった。
「ユウ! キリト! 任せた!」
ギルドの中でも、特に筋力の高い二人を名指しで指名する。
指示の内容を言わずともリーダーと副リーダーは僕の言わんとすることを察してくれたようで、
「「バカかお前は!」」
などと怒声をあげながらも、バレーのレシーブの体勢を取った。
僕は彼らの組む手にそれぞれの脚をかけ、
「「「せーのッ!」」」
掛け声と共に二人は腕を振り上げ、僕はその腕を蹴った。
「カンペキ!」
思わず感嘆を洩らすほど、僕らの息はピッタリだった。
垂直上昇距離は五十メートルに達しようかと言うほどだ。
観客の誰もが呆然と僕の飛翔を眺めた。
その直後、
『ワアアァァアァ───ッッ!』
会場のボルテージは一気に最高潮に達した!
かつてこれほどまでに三次元的な決闘があっただろうか。
頭上を征く最速と、地上で構える最強。
そのマッチングは、須くの血肉を沸かすに不足無い。
だが何も、見世物のために僕はこうして飛んでいるんじゃない。
かの騎士は、前後左右で鉄壁なのだ。ならばもはや、付け入る隙は上だけだろう。
騎士団長は、円形闘技場の中央に向かって走り出す。
どうやらヒースクリフは、僕を着地と同時に屠るつもりらしい。
それは正しい判断だ。着地狩りは格ゲーの基本戦術。
凡ゆるプレイヤーが最も無防備な時間というのは、身動き出来ない滞空状態なのだから。
だが奴は忘れているのだろうか。
僕が唯一、
「はあぁぁああぁあ────ッッ!!」
気勢を上げながら、ヒースクリフに脚を向ける。
拳術スキル飛び蹴り『獄天』
空中で使うことが前提の唯一の技だ。
ソードスキルは物理法則を捻じ曲げて、僕を斜め下へと加速させる。
眼下の騎士は僕を観照し、カウンターのタイミングを見定める。
彼我の距離、残り二十メートル。
完全なる騎士が、口元に薄い歪みを作る。
加速度を見定めたのか。
右手に握られた刀身は、今にも踊り出しそうな禍々しさだ。
ヒースクリフは確信しているのだろう。自らの聖剣が、僕の蹴りに競り勝つことを。
だが、僕は絶対に軌道を変えようとは思わない。否、変える必要が無い。
地上まで残り十メートル。
騎士は剣を振り上げる。
あの斬撃に一欠片でも触れれば、初撃決着というルールは僕を断罪する。
完璧な位置取り。
完璧な剣速。
だがしかし、残念だったねヒースクリフ。ビックリ芸が、あと一つだけ残ってる。
瞬間。僕の身体は光の粒子に分散する。
待機時間は、もう終わった。
紅白の騎士は眼を見張る。
刹那の間隙に、足裏は騎士団長の眼前、僅か五センチに転移した。
「うぅおおぉぉおおぉッッ!!」
最後の気合。
さあ、これでチェックメイトだ!
僕が、勝つ!
────違和感。
空間が固定されたような、録画のコマ送りのような、悍ましいまでの超自然。
それが、僕の目の前で繰り広げられた。
「なん………だと……?」
懐疑を口にしたときにはもう、僕の脚は奴の盾に衝突していた。
───ワケが、分からない。
僕の攻撃は、確実にヒースクリフの顔面を捉えた筈。
なのに、どうして、『こんなもの』に阻まれているんだ?
僕の攻撃を防いだものは、神聖なる盾。
赤十字のど真ん中によるクリーンガードだ。
くそ。これではダメージを与えられない。
しかし、防御されてしまったのならしょうがない。
まずは一旦、距離を置いて、
────そこでやっと気付いた。僕の体力ゲージが減少しているという事実に。
目の前には、『Lose』という簡潔なテキスト。
何がなんだか分からない。
負けた? 何で?
ただガードされただけなのに。攻撃されてすらいないのに!
デュエルが終わったことで、決闘場は『圏内』に戻る。盾に働いたプロテクトコードにより、僕の身体は強烈に吹き飛ばされた。
何も考えられぬまま、地面に叩きつけられた。
尻餅をついたせいで、大腿骨がジンジンする。
「………ぁっ……」
現象に頭が追いつかず、ヒースクリフに質問することもままならなかった。
茫然自失の僕を、完全なる騎士はロボットのような視線で見下ろす。
そして、答えを求める僕を尻目に、ヒースクリフは紅白のマントをはためかせながら、粉塵の渦中へと消えた。
今回は、ライトがピョンピョンしてましたね。
それでも騎士様は堅牢でした。
それはそうと、次回は待ちに待った彼女の回だ!
わーい、チョロイン大好き!