マジで一つの話に時間かけ過ぎじゃねえの? と真剣に焦りだした筆者です。
数えてみると、ラフコフ戦だけでなんと12話目!
ですが、ようやく終末に兆しが見えてきました。
よし、頑張ろう。
「秀吉!」
場所も弁えず、大声で友人の名を呼んだ。
親愛なる響きが洞窟に微かに残響する。
秀吉は鋭利な眼光に闘志を燃やしながら応えた。
「うむ、もう心配はいらんぞ、ライト。ユウの指令でな。ワシに集められるだけの人員を有りっ丈集めてきた!」
快活な声には勇気が宿っている。
秀吉はもうヤル気満々だ。
だが、僕の注意の矛先は、援軍の到着などではなく、
「その子、えっと………百合?」
秀吉の上着の裾にひしとしがみつく女の子の姿だった。
「ち、違うわい!」
秀吉は真っ赤になって否定する。
良かった。いや、百合は百合で良いものなのだが、やっぱり秀吉には皆んなのアイドルで居て欲しいものだ。
そんな思いの同士であろうムッツリーニをみやる。
そこには、必死に写真を撮る欲望と葛藤するムッツリの姿があった。
無視しよう。
秀吉の傍らに立つ女の子も、どうやら増援の一人らしかった。見れば、装備しているダガーはかなりの業物だ。
歳は小学校高学年くらいだろうか。
幼げな容貌と二つに括られた髪の毛は、どこか葉月ちゃんを彷彿とさせた。
いやでも、あの子、既に美波より胸が大きいな。
そんなバカな思考を遮ってくれたのは、鶏ガラのような風貌の殺人鬼だった。
その男の曲刀を、海老反りになって避ける。その体勢のまま、サマーソルトキック『極鈺』を発動した。
さすがにその動きには対応しきれなかったようで、痩せ型の曲刀使いは、顎へのクリーンヒットによってスタンで倒れた。
その時、
「全員、戦闘開始じゃ!」
号令一下。
秀吉の掛け声とともに、駆けつけた面々が一斉に走り出した。
体力の危ういサーヴァンツのメンバー達は一旦さがり、ポーションや結晶などで各々に回復していた。
僕は先ほどポーションを飲んだばかりなので、そのままボルトの方へと直行する。
「………チッ」
ザザが小さく舌を打った。
ボルトに倣い、それに軽口で応酬する。
「そんなにジョニーブラックの報仇を果たせなかったのが悔しいのか?」
何が面白いのか、ザザはくぐもった笑いを洩らした。
どこか、神経を逆撫でするような陰湿な笑い声だった。
「報仇。仇打ち、ねえ。そんな感情を、俺が、持ち合わせていると、思ったか?」
「無えだろうな。そんなものを人並みに持ってたら、殺人なんて出来る訳がねえ」
立てた膝に手をつき立ち上がりながら、ボルトは言った。
その拍子に蹴飛ばされた小石が、岩屋の床をころころと転がる。
それが地を這う小動物オブジェクトにコツンと当たった。蛇は、攻撃されたと勘違いしたのか、喉を鳴らして威嚇した。
生きてるのか、こんな奴でも。
システムに規定された動きというのは理解している。それでも僕は、そこに命を感じざるを得なかった。
いや、それだけじゃない。
生きてるって言うのなら、もっと激しい命の息吹が眼前に吹き荒れているじゃないか。この闘い全てが、命と命のぶつかり合いだ。
そして僕らは、アインクラッドの全プレイヤーの命を背負って闘っている。
…………あれ? でもそれなら、ラフィンコフィンも例外じゃないんじゃないのか?
いや、ラフコフは僕らをに害を成す殺人鬼どもで、倒すべき敵だ。
でも、それでも、僕らと同じで、生きてる事に変わり無いんじゃないのか?
なら、僕らのしている事は、ラフコフと…………。
いや違う。だから僕らは、その為にスタンや睡眠毒を狙っているんだ。
────けれど、着実にラフコフ側に死者は発生していた。
それは、戦闘における不可抗力だ。いくらスタンを狙っても、ふとした拍子に相手を殺してしまうことは充分に有る。
分かってる。こんなことは戦闘に不要な思考だ。こんなこと思ってる時点で甘いんだ。
不慮の事故は付き物だ。それを切り捨てられなきゃ、この世界では生き残れないし、ラフコフとも闘えない。
だけど、相手が人殺しだからって、命を奪って良い訳がない。
………だが、それを言うなら、
それを無視して、こんな葛藤を続けるのか?
悩む権利が、僕にあるのだろうか………。
「ライト! 危ない!」
注意の声にはっとする。
その時、目と鼻の先にエストックが煌めいていた。
顔を傾ける。刺突剣はこめかみを擦り、体力が数ドット減少した。
「ぼおっとしてんな! ここは戦場だぞ!」
ボルトの激しい叱咤。
それが正しい言葉だと分かってはいるものの、何故か僕は憤然としてしまった。全く、我ながらわやを言っていると思う。
「ああ、分かってるさ」
どうにか怒気を抑えた声調は、歪なほど冷やかに聞こえた。
理解している。思考停止が一番楽なんだ。
だから、心を凍らせる。嫌な思い出に蓋をして、闘うことだけを考える。
それじゃロボットと変わらない。そんな心中の省察すらも掻き消して、冷たく、冷たく。
「ふん。面構えが、変わったな」
殺人鬼が、掠れた音で忌々しげに呟いた。
僕はそれに、何の反応もしなかった。
背中越しにボルトへと、僕は頼み……いや、命令した。
「こいつの相手は僕がする。ボルトは、ティアの護衛と回復に徹してくれ」
ボルトの顔も見えぬまま、歯をギリギリと擦る音がした。
「…………ああ、分かった」
それだけ言って、ボルトは洞窟の深窓へと立ち去った。
そんなボルトから視線を切った。
その瞬間、
「ハッ───!」
あまりに鋭利な刃が、僕を刺さんと躍りだした。
その鎬を手の甲で弾き、体術スキル単発蹴り『舟撃』を発動する。
ザザはわざと態勢を崩すことでスキルキャンセルを行い、身を翻した。
結果、脚が切ったのは空のみだった。
「───ククッ!」
嗤いを零し、ザザは剣を肩口に構えた。命を刈る得物は、血の如き紅色に光輝する。
そのソードスキルは、さっき見た。
僕の鳩尾へと一直線に進む刺突の刃。
────それを僕は、『素手』で止めた。
「………なっ!?」
驚愕が、ザザの口から漏れ出した。
剣術スキル特殊技『白羽取り』。
相手の武器が描く軌道を、完全に先読みしなければ発動できない高難度の技だ。だが、一度見た攻撃に対しては、絶大な効果が期待できる。
驚くザザを尻目に、攻撃へと移行する。
舟撃、閃打、そして封炎。
蹴り、突き、拳の三連撃だ。
この連続技の特筆すべき点は、無限にこの三つの技を繰り返せるということだ。
これらは、威力が低い代わりに、スキル発動までと待機時間が極端に短い。
故に、SAOにおいて類を見ない、ソードスキルの無限コンボが可能となるのだ。
「ぐ、グフ、ガ……はッ!」
ザザは、言語に成らぬ呻きを上げた。
蹴る突く殴る。単調な動きの連続。
着々と、確実に、相手の体力を削いでいく。
だが、この技には一つ弱点がある。
それは、
「ハァーーーッ!」
普通に反撃できるということだ。
ザザは仰け反りながらも剣を揮ってきた。
だがしかし、いつかカウンターをもらうことは読めていた。
二百秒は、もう経った。
「セァッ!」
神耀でザザの背後に回りこみ、拳術スキル肘打ち『破玉』を発動させる。背骨を肘が抉る。
火花の錯覚。
それも、さらなる拳に上書きされる。
拳術スキル最上級技『覇道』。
両手による撃ち込み。その衝撃で前方へと転げそうになるザザ。
回り込ませるように足首を首級にかける。そのまま引き寄せ、脳天に手刀を振り下ろす。
その腕でザザの頭を掴む。そして、跳躍。
丁度逆立ちのような格好でザザの頭上を通過し、勢いを殺さずに一回転して、地面に叩きつける。
思いっきり投げられた反動で、ザザの身体が虚空に浮遊する。
そこをすかさず、全身全霊の踵落としで追撃した。
地面に横たわるザザに、最後の駄目押しをする。
右拳で一撃。お次は左で二撃目。三撃、四撃、五、六、七、八、そして最後に、とびきり重いのを鳩尾に、一発!
拳術スキル『覇道』、全行程完了。この間、たった三秒の出来事だった。
「………ガ………ハっ!」
思い出したかのように、ザザは痛みの呻きを上げた。
ここまで一方的に打ちのめされたにも関わらず、僕を見据える双眸には憎悪が煌々と燃えている。
その時、妙な高揚感が、僕を支配するのを自覚していた。
「今のは……効いたぞ」
ボソリと、僕に聞かせようという意志もなくザザが呟いた。
そんな様子に、僕の得体の知れない食指が動いた。
皮肉交じりの、揶揄の言葉が口を吐いた。
「当たり前だ。効いてもらわなきゃ困る。僕の最高火力なんだから。
………けど、まだ立てんだろ、殺人鬼。もう無理だってんなら、黒鉄宮の床でも舐めとけ」
「当然、だ」
油を注してないからくり人形みたいな不自然さで、ザザは徐に立ち上がった。
僕の心象に、火花が飛ぶのを感じた。
「そうこなくっちゃ! 命の灯火はまだ照ってるか?」
「生憎、真っ赤に、燃えている」
ザザは愉しげに嗤う。
「悦楽を、憶えたか」
フードを目深に被った男は、突如、そんなことを言い出した。
その言葉は、谺のように洞窟を反響し、何度も何度も僕の脳を揺さぶった。
頭をミキサーにかけられたようだ。
当惑を表に出さぬよう、静かに訊いた。
「何のことだ?」
さも、意味が分からないかのように、バカを装うように、ザザへと尋ねた。
だが、そんな心中すらも読まれていた。
「分かって、るんだろう? 自分でも」
「さあ、何のことやら」
「惚け、るなよ。おまーーー」
恐らくザザが、お前、と言おうとした瞬間、ラフコフの隠れ家に、ハリのある清廉な声が響き渡った。
「血盟騎士団、及び聖龍連合が、この洞窟を包囲した!
極刑を逃れたくば、直ちに申し出るが良い!」
高らかに宣言したのは、闘志の中にも叡智を宿す、アインクラッド最強と名高い騎士だった。
「………クソが。早い、な」
ため息のようなザザの呟き。
それを最後に、洞窟はシンと静まった。
数刻の間隙。
許しを請う者は、誰一人もして現れなかった。
その状況に、ヒースクリフは遺憾を隠そうともせず言い放つ。
「…………そうか。誠に残念だ。ならば、もはや不平などあるまいな?」
その声に応える者は誰もいない。
すると騎士団長は、無表情で右腕を挙げ、振り下ろした。
それが合図だったのか、紅き騎士達は一斉に地を踏み鳴らす。
「ううぉおぉおおぉーーーッッ!!」
地を割らんばかり鬨の声が響く。
その様は、音の侵略とでも比喩出来そうなほど自信と英気に満ちていた。
「続け続けー!!」
その背後に控える蒼髪のシミター使いは、自らの部下へと雑な檄を飛ばしていた。
そんな折、集団を飛び出した痩躯の騎士が、洞窟の奥へと近づいてきた。
「ボルト殿、ライト殿! ティア殿は自分が御守りします故、お二人は背後の瑣末などお気になさらず!
お二人が戦場を蹂躙する勇姿は、この眼にしかと見届けさせて頂きます!」
痩せ型の騎士は、早口でまくし立てた。
慇懃の中にも、どこか高圧的な物を秘めた口調だった。
ボルトは、そんな話術に圧倒されたのか、
「あ、ああ……」
と、小さく頷いた。
すると、痩身長駆の騎士は、次はお前だとばかりにこちらをじっと見つめてきた。
しばし睥睨する。
だが、相手に引き下がるつもりは毛頭無いらしかった。
仕方ない。本当は、ティアを他人に預けたくなどないのだが……。
「はぁ………分かったよ。君、名前は?」
訊くと、男は数秒の間目を丸くしていたが、やがてハッと取り繕うように応えた。
「け、血盟騎士団所属の、クラディールにて御座います!」
そんな自己紹介と共に、クラディールは恭しく頭を下げた。
「えっと、それじゃティアのこと頼むよ、クラディール」
「は! ティア女史はこのクラディールめにお任せ下さい!」
そうして上げられたクラディールの顔には、勝利を確信したような、含みのある笑みが浮かんでいた。
自分も武勲を上げたいだろうに、わざわざティアを護ってくれるだなんて、クラディールさん、良い人だなー(棒)