僕とキリトとSAO   作:MUUK

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なんだかんだで六十四話。
マジで一つの話に時間かけ過ぎじゃねえの? と真剣に焦りだした筆者です。
数えてみると、ラフコフ戦だけでなんと12話目!
ですが、ようやく終末に兆しが見えてきました。
よし、頑張ろう。


第六十四話「悦楽」

「秀吉!」

 

場所も弁えず、大声で友人の名を呼んだ。

親愛なる響きが洞窟に微かに残響する。

秀吉は鋭利な眼光に闘志を燃やしながら応えた。

 

「うむ、もう心配はいらんぞ、ライト。ユウの指令でな。ワシに集められるだけの人員を有りっ丈集めてきた!」

 

快活な声には勇気が宿っている。

秀吉はもうヤル気満々だ。

だが、僕の注意の矛先は、援軍の到着などではなく、

 

「その子、えっと………百合?」

 

秀吉の上着の裾にひしとしがみつく女の子の姿だった。

 

「ち、違うわい!」

 

秀吉は真っ赤になって否定する。

良かった。いや、百合は百合で良いものなのだが、やっぱり秀吉には皆んなのアイドルで居て欲しいものだ。

そんな思いの同士であろうムッツリーニをみやる。

そこには、必死に写真を撮る欲望と葛藤するムッツリの姿があった。

無視しよう。

秀吉の傍らに立つ女の子も、どうやら増援の一人らしかった。見れば、装備しているダガーはかなりの業物だ。

歳は小学校高学年くらいだろうか。

幼げな容貌と二つに括られた髪の毛は、どこか葉月ちゃんを彷彿とさせた。

いやでも、あの子、既に美波より胸が大きいな。

そんなバカな思考を遮ってくれたのは、鶏ガラのような風貌の殺人鬼だった。

その男の曲刀を、海老反りになって避ける。その体勢のまま、サマーソルトキック『極鈺』を発動した。

さすがにその動きには対応しきれなかったようで、痩せ型の曲刀使いは、顎へのクリーンヒットによってスタンで倒れた。

その時、

 

「全員、戦闘開始じゃ!」

 

号令一下。

秀吉の掛け声とともに、駆けつけた面々が一斉に走り出した。

体力の危ういサーヴァンツのメンバー達は一旦さがり、ポーションや結晶などで各々に回復していた。

僕は先ほどポーションを飲んだばかりなので、そのままボルトの方へと直行する。

 

「………チッ」

 

ザザが小さく舌を打った。

ボルトに倣い、それに軽口で応酬する。

 

「そんなにジョニーブラックの報仇を果たせなかったのが悔しいのか?」

 

何が面白いのか、ザザはくぐもった笑いを洩らした。

どこか、神経を逆撫でするような陰湿な笑い声だった。

 

「報仇。仇打ち、ねえ。そんな感情を、俺が、持ち合わせていると、思ったか?」

「無えだろうな。そんなものを人並みに持ってたら、殺人なんて出来る訳がねえ」

 

立てた膝に手をつき立ち上がりながら、ボルトは言った。

その拍子に蹴飛ばされた小石が、岩屋の床をころころと転がる。

それが地を這う小動物オブジェクトにコツンと当たった。蛇は、攻撃されたと勘違いしたのか、喉を鳴らして威嚇した。

生きてるのか、こんな奴でも。

システムに規定された動きというのは理解している。それでも僕は、そこに命を感じざるを得なかった。

いや、それだけじゃない。

生きてるって言うのなら、もっと激しい命の息吹が眼前に吹き荒れているじゃないか。この闘い全てが、命と命のぶつかり合いだ。

そして僕らは、アインクラッドの全プレイヤーの命を背負って闘っている。

…………あれ? でもそれなら、ラフィンコフィンも例外じゃないんじゃないのか?

いや、ラフコフは僕らをに害を成す殺人鬼どもで、倒すべき敵だ。

でも、それでも、僕らと同じで、生きてる事に変わり無いんじゃないのか?

なら、僕らのしている事は、ラフコフと…………。

いや違う。だから僕らは、その為にスタンや睡眠毒を狙っているんだ。

────けれど、着実にラフコフ側に死者は発生していた。

それは、戦闘における不可抗力だ。いくらスタンを狙っても、ふとした拍子に相手を殺してしまうことは充分に有る。

分かってる。こんなことは戦闘に不要な思考だ。こんなこと思ってる時点で甘いんだ。

不慮の事故は付き物だ。それを切り捨てられなきゃ、この世界では生き残れないし、ラフコフとも闘えない。

だけど、相手が人殺しだからって、命を奪って良い訳がない。

………だが、それを言うなら、()()()は僕の身体を乗っ取って、二十人以上も殺したじゃないか。

それを無視して、こんな葛藤を続けるのか?

悩む権利が、僕にあるのだろうか………。

 

「ライト! 危ない!」

 

注意の声にはっとする。

その時、目と鼻の先にエストックが煌めいていた。

顔を傾ける。刺突剣はこめかみを擦り、体力が数ドット減少した。

 

「ぼおっとしてんな! ここは戦場だぞ!」

 

ボルトの激しい叱咤。

それが正しい言葉だと分かってはいるものの、何故か僕は憤然としてしまった。全く、我ながらわやを言っていると思う。

 

「ああ、分かってるさ」

 

どうにか怒気を抑えた声調は、歪なほど冷やかに聞こえた。

理解している。思考停止が一番楽なんだ。

だから、心を凍らせる。嫌な思い出に蓋をして、闘うことだけを考える。

それじゃロボットと変わらない。そんな心中の省察すらも掻き消して、冷たく、冷たく。

 

「ふん。面構えが、変わったな」

 

殺人鬼が、掠れた音で忌々しげに呟いた。

僕はそれに、何の反応もしなかった。

背中越しにボルトへと、僕は頼み……いや、命令した。

 

「こいつの相手は僕がする。ボルトは、ティアの護衛と回復に徹してくれ」

 

ボルトの顔も見えぬまま、歯をギリギリと擦る音がした。

 

「…………ああ、分かった」

 

それだけ言って、ボルトは洞窟の深窓へと立ち去った。

そんなボルトから視線を切った。

その瞬間、

 

「ハッ───!」

 

あまりに鋭利な刃が、僕を刺さんと躍りだした。

その鎬を手の甲で弾き、体術スキル単発蹴り『舟撃』を発動する。

ザザはわざと態勢を崩すことでスキルキャンセルを行い、身を翻した。

結果、脚が切ったのは空のみだった。

 

「───ククッ!」

 

嗤いを零し、ザザは剣を肩口に構えた。命を刈る得物は、血の如き紅色に光輝する。

そのソードスキルは、さっき見た。

僕の鳩尾へと一直線に進む刺突の刃。

 

────それを僕は、『素手』で止めた。

 

「………なっ!?」

 

驚愕が、ザザの口から漏れ出した。

剣術スキル特殊技『白羽取り』。

相手の武器が描く軌道を、完全に先読みしなければ発動できない高難度の技だ。だが、一度見た攻撃に対しては、絶大な効果が期待できる。

驚くザザを尻目に、攻撃へと移行する。

舟撃、閃打、そして封炎。

蹴り、突き、拳の三連撃だ。

この連続技の特筆すべき点は、無限にこの三つの技を繰り返せるということだ。

これらは、威力が低い代わりに、スキル発動までと待機時間が極端に短い。

故に、SAOにおいて類を見ない、ソードスキルの無限コンボが可能となるのだ。

 

「ぐ、グフ、ガ……はッ!」

 

ザザは、言語に成らぬ呻きを上げた。

蹴る突く殴る。単調な動きの連続。

着々と、確実に、相手の体力を削いでいく。

だが、この技には一つ弱点がある。

それは、

 

「ハァーーーッ!」

 

普通に反撃できるということだ。

ザザは仰け反りながらも剣を揮ってきた。

だがしかし、いつかカウンターをもらうことは読めていた。

二百秒は、もう経った。

 

「セァッ!」

 

神耀でザザの背後に回りこみ、拳術スキル肘打ち『破玉』を発動させる。背骨を肘が抉る。

火花の錯覚。

それも、さらなる拳に上書きされる。

拳術スキル最上級技『覇道』。

両手による撃ち込み。その衝撃で前方へと転げそうになるザザ。

回り込ませるように足首を首級にかける。そのまま引き寄せ、脳天に手刀を振り下ろす。

その腕でザザの頭を掴む。そして、跳躍。

丁度逆立ちのような格好でザザの頭上を通過し、勢いを殺さずに一回転して、地面に叩きつける。

思いっきり投げられた反動で、ザザの身体が虚空に浮遊する。

そこをすかさず、全身全霊の踵落としで追撃した。

地面に横たわるザザに、最後の駄目押しをする。

右拳で一撃。お次は左で二撃目。三撃、四撃、五、六、七、八、そして最後に、とびきり重いのを鳩尾に、一発!

拳術スキル『覇道』、全行程完了。この間、たった三秒の出来事だった。

 

「………ガ………ハっ!」

 

思い出したかのように、ザザは痛みの呻きを上げた。

ここまで一方的に打ちのめされたにも関わらず、僕を見据える双眸には憎悪が煌々と燃えている。

その時、妙な高揚感が、僕を支配するのを自覚していた。

 

「今のは……効いたぞ」

 

ボソリと、僕に聞かせようという意志もなくザザが呟いた。

そんな様子に、僕の得体の知れない食指が動いた。

皮肉交じりの、揶揄の言葉が口を吐いた。

 

「当たり前だ。効いてもらわなきゃ困る。僕の最高火力なんだから。

………けど、まだ立てんだろ、殺人鬼。もう無理だってんなら、黒鉄宮の床でも舐めとけ」

「当然、だ」

 

油を注してないからくり人形みたいな不自然さで、ザザは徐に立ち上がった。

僕の心象に、火花が飛ぶのを感じた。

 

「そうこなくっちゃ! 命の灯火はまだ照ってるか?」

「生憎、真っ赤に、燃えている」

 

ザザは愉しげに嗤う。

 

「悦楽を、憶えたか」

 

フードを目深に被った男は、突如、そんなことを言い出した。

その言葉は、谺のように洞窟を反響し、何度も何度も僕の脳を揺さぶった。

頭をミキサーにかけられたようだ。

当惑を表に出さぬよう、静かに訊いた。

 

「何のことだ?」

 

さも、意味が分からないかのように、バカを装うように、ザザへと尋ねた。

だが、そんな心中すらも読まれていた。

 

「分かって、るんだろう? 自分でも」

「さあ、何のことやら」

「惚け、るなよ。おまーーー」

 

恐らくザザが、お前、と言おうとした瞬間、ラフコフの隠れ家に、ハリのある清廉な声が響き渡った。

 

「血盟騎士団、及び聖龍連合が、この洞窟を包囲した!

極刑を逃れたくば、直ちに申し出るが良い!」

 

高らかに宣言したのは、闘志の中にも叡智を宿す、アインクラッド最強と名高い騎士だった。

 

「………クソが。早い、な」

 

ため息のようなザザの呟き。

それを最後に、洞窟はシンと静まった。

数刻の間隙。

許しを請う者は、誰一人もして現れなかった。

その状況に、ヒースクリフは遺憾を隠そうともせず言い放つ。

 

「…………そうか。誠に残念だ。ならば、もはや不平などあるまいな?」

 

その声に応える者は誰もいない。

すると騎士団長は、無表情で右腕を挙げ、振り下ろした。

それが合図だったのか、紅き騎士達は一斉に地を踏み鳴らす。

 

「ううぉおぉおおぉーーーッッ!!」

 

地を割らんばかり鬨の声が響く。

その様は、音の侵略とでも比喩出来そうなほど自信と英気に満ちていた。

 

「続け続けー!!」

 

その背後に控える蒼髪のシミター使いは、自らの部下へと雑な檄を飛ばしていた。

そんな折、集団を飛び出した痩躯の騎士が、洞窟の奥へと近づいてきた。

 

「ボルト殿、ライト殿! ティア殿は自分が御守りします故、お二人は背後の瑣末などお気になさらず!

お二人が戦場を蹂躙する勇姿は、この眼にしかと見届けさせて頂きます!」

 

痩せ型の騎士は、早口でまくし立てた。

慇懃の中にも、どこか高圧的な物を秘めた口調だった。

ボルトは、そんな話術に圧倒されたのか、

 

「あ、ああ……」

 

と、小さく頷いた。

すると、痩身長駆の騎士は、次はお前だとばかりにこちらをじっと見つめてきた。

しばし睥睨する。

だが、相手に引き下がるつもりは毛頭無いらしかった。

仕方ない。本当は、ティアを他人に預けたくなどないのだが……。

 

「はぁ………分かったよ。君、名前は?」

 

訊くと、男は数秒の間目を丸くしていたが、やがてハッと取り繕うように応えた。

 

「け、血盟騎士団所属の、クラディールにて御座います!」

 

そんな自己紹介と共に、クラディールは恭しく頭を下げた。

 

「えっと、それじゃティアのこと頼むよ、クラディール」

「は! ティア女史はこのクラディールめにお任せ下さい!」

 

そうして上げられたクラディールの顔には、勝利を確信したような、含みのある笑みが浮かんでいた。




自分も武勲を上げたいだろうに、わざわざティアを護ってくれるだなんて、クラディールさん、良い人だなー(棒)

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