ここまでモチベーションが下がる事無く書き続けられたのも、皆様の暖かい感想があったからこそ!
その気持ちを胸に、これからも描き続けて行く所存であります!
時は、三十分前に遡る。
サーヴァンツのギルドホームには、沈鬱な空気が澱んでいた。
気落ちの訳は、ティアが、ラフィンコフィンによって人質に取られているから。そして、激昂したライトが、ラフコフの隠れ家目掛けて飛び出して行ってしまったからだ。
不運に失敗が重なっていく。
泥沼の如き悪循環。
それを斬り裂いたのは、湧出する泉のように清廉な少女の声音だった。
「あ、あの、私、ライトさんを追っかけますねっ!」
その言葉に、ユウははっと顔を上げる。
そうだ。停滞している場合ではない。
最善を尽くさなければ、ティアの命は助からない。
ならば、自分は自分の出来る限りの事をしよう。
必ず、ティアを救ってやる。
「ああ、あのバカを必ず連れ戻してくれ」
転移結晶を構えるアレックスに、ユウは力強く念を押す。
その言葉に、アレックスは真っ直ぐな瞳で首肯した。
次の瞬間、アレックスの身体は蒼白の光に包まれ、跡形も無く消え去った。
それを見送ってから、ユウは残るギルドのメンバー達へと振り返った。
「じゃあ、音声記録を続きから再生するけど、いいな?」
優子とアスナは、厳かな目つきで首を縦に振る。
それを確認してから、ユウは音声記録結晶の小さなボタンを押し込んだ。
虫の翅を思わせる起動音。
そして、PoHの挑発を最後に途絶えていた音声が、流れ出す。
『今、ギルドホームに居るのは、ユウ、ライト、優子、アレックス、アスナの五人か?
出来れば、その五人全員に聴いて欲しい。
音声だけじゃ分かりにくいかもしれねえから、一応伝えとく。俺は、ボルトだ。
お前らがこの音声を聴いている時、俺は、ラフコフのアジトに居るだろう。
どうして、ラフコフに入り込めたか説明する前に謝っておく。
俺は、仲間として最低な事をした。コトが済んだら、俺をサーヴァンツから除名したって構わない。
ユウは思う存分、俺をぶん殴ってくれれば良い。
俺はな、ティアをダシにしたんだ。
仲間を売るからラフコフに入れてくれってな。
そもそもとして、どうやって俺がラフコフと接触したかから話そうか。
《グリムロック》って覚えてるか?
黄金林檎の事件の首謀者のアイツだ。
アイツに交渉を持ちかけたんだ。
SAO内で出会った人間の中で、ラフコフと連絡をつけられるのは奴しかいなかったからな。
黒鉄宮から出してやる。代わりに、ラフコフに依頼を送れってのが交渉の内容だ。
それには、キリトも協力してくれた。グリムロックの収監施行人はキリトだからな。あいつ無しじゃ、こんな交渉は不可能だ。
依頼の内容はこうだ。
《貴方達に折り入って頼みがあります。
幾度と逡巡致しましたが、やはり私を黒鉄宮に閉じ込めたあのサーヴァンツの面々が憎い。
どうか、私の全財産と引き換えに奴らを葬って頂きたく存じます。》ってな。
この文面をフレンド機能のダイレクトメッセージでPoHに送らせた。
返信は上々だった。
《報酬は前払い。
アンタの話はこっちとしても好都合だ。元から俺達は、攻略組全員を始末する予定だったからな》だとさ。
そこで俺は、ムッツリーニとリーベに、とある噂を流して貰った。
サーヴァンツのボルトが、三十八層の南の森で、毎夜レベリングしてる。もしかすると、新しい穴場を見つけたのかもしれないって噂だ。
あいつらなら、噂にある程度の信憑性を持たせて広められるからな。
万事上手くいっていた。
後は、俺を餌にラフコフを誘き寄せるだけ。
だがそこで、一つ誤算が生じた。
ティアが、俺達の動向に勘付いたんだ。
ティアは俺に詰問した。何をしてるの? 何かの計画なら、ユウに相談して、ってな。
だが、それは出来なかった。そして、同時に焦ったよ。
もうその時には、サーヴァンツのギルドホームには、ラフコフの偵察隊がびっしりだったからな。
それこそ、リーダーのお目通しなんて貰ってたら、聞き耳立てられて全てがパーだ。
んで却下したら、ティアは益々食って掛かった。
貴方たち四人だけを危険に晒せない。窮地は皆で乗り越える物だ、とか言ってたっけな。
俺には返す言葉が無くなって、結局、その日のレベリングに、ティアを連れてってしまった。
思えば、それが間違いだったんだ。
元々、俺達の目論見は、俺を囮にしてラフコフを誘い出し、一人だと油断した所に回廊結晶を展開してキリト、ムッツリーニ、リーベを召喚。
ラフコフを瀕死寸前まで追い込んでアジトの場所を吐き出させるってものだった。
だが、ティアの参入によりそれが狂ってしまった。
ラフコフの謀略にまんまと嵌り、俺とティアは夜の森で分断されてしまった。
そうなると、キリトを呼び出すのは厳しくなってくる。
まず、キリトを呼び出せばその時点で、夜のレベリングが計画的である事が露見する。
それがPoHの耳に伝わっちまえば計画はおじゃんだ。ラフィンコフィンは警戒し、無用心に俺たちを襲う事は無くなるだろう。
だからこそ、キリトを呼ぶのは、その場に居るラフコフ全員を確実に仕留められる状況が整う必要があった。
けどな、奴らは俺だけを攻撃している訳じゃない。いやむしろ、攻撃対象の主体はティアだったろう。
俺に就いた殺人鬼は三人。対して、ティアの相手は五人だった。
だからこそ、キリトを呼ぶ事は叶わなかった。
だが同時に、俺は一級の殺人者三人を相手取れるほど力強くもなかった。
だから俺は殺人ギルドに寝返っちまった。自分の命を優先して。
俺が謝りたいのはそこだ。俺は、己の可愛さあまりに、ティアを盾にしてしまった。本当に────』
そこで、音声は途絶えた。
それはボルトの不手際ではない。
ボルトの謝罪は、音声記録結晶に確かに保存されていた。
ならば何故、記録の再生が止まってしまったのか。
それは
「上等じゃねぇか、根暗野郎。このツケは、テメェの顔面にきっちり支払ってやらぁ───ッッ!」
地の底から響くような怒声は、悪鬼羅刹を彷彿とさせる。
膨大な耐久値を持つ結晶アイテム。
それをユウは、怒り任せに握力だけで粉砕したのだ。
いや、握力だけ、というのは些か不適当だ。
何故なら、この現象の実体は、ユウの想いの力によるものなのだから。
☆
「んと、取り敢えず回復しろよ、ライト」
僕を捕縛する麻縄を黒剣で断ち切りながら、キリトは平静に言った。
目線を上げると、僕の体力は血のような赤色を示していた。
「サンキュー、キリト」
礼を言いながら、自由になった右手で回復結晶をポーチから取り出す。
瞬間的に、僕の体力は綺麗なエメラルドグリーンに早変わりした。
「えっとさ、今ってどういう状況?」
ずっとここに居た僕が、今来たばかりのキリトに状況説明を促した。
「俺が来て形成逆転。以上だ」
この回答である。
シンプルイズザベストだ、なんて聴こえてきそうなほどの良い笑顔とサムズアップだ。
これ以上訊いても無意味に思えたので、僕はティアを背中で隠すように立ち上がった。
見渡せば、リーベ、ムッツリーニ、そしてアレックスの三人はとっくに麻痺を解除していた。
どうやら皆は、麻痺を受ける前に解毒結晶を忍ばせていたようだ。
あれ? ということは、この状況が分かってないのって僕だけなのか?
気がつくと、洞窟の入り口にはアレックスが、左右の壁にはそれぞれリーベとムッツリーニが、そしてティアを護るように僕、キリト、ボルトの三人が位置していた。
人質の確保と犯人の包囲を両立する、完璧な陣形である。
となると、これは全て意図された計画だということか。
僕だけに計画が知らされていなかった事に少なからず疎外感を覚えながらも、僕は心の底から安堵した。
────つまり、ボルトは裏切った訳じゃなかったんだ!
その事実が何よりも嬉しかった。
どうやら僕は、思ったよりボルトの裏切りに悲嘆していたようだ。
そんな感懐に水を差すように、殺人鬼の頭は手を打ち鳴らし、賞賛の声を上げる。
「なるほどなるほど、一転して俺たちがピンチってコトだ。良い筋書きだな。実に俺好みだ。んで、こっからどうするつもりだよ、ボルト?」
「どうもこうも無ぇよ。こっからは援軍が来るまでの持久戦だ。
攻略組の面々が此処に到着すればチェックメイト。逆にお前らが俺たちから逃げ果せればお前らの勝ちだ」
「逃げ果せれば? バカ言うな」
それはPoHにしては本当に珍しい、明らかな不快の声色だった。
眉間に皺を寄せ、怒気を孕ませながら殺人鬼は続ける。
「忘れたか。俺たちゃ殺人ギルドだぜ。家に帰るまでが人殺しだって、センセーに教わんなかったのかよ?」
PoHの気勢に押され、空が震えた。
出し抜けに鼻白む。
殺人鬼の目には、屈折する事の許されぬ信念が見えた。
それに相克するが如く、キリトがずいと一歩、前に出た。
「そうか。なら、アンタはまだ諦めちゃいないってことだな」
「諦めるたあ、また大層な言葉だな。俺の辞書には悲鳴と悦楽しか載ってねぇんだ。あんまり意味不明な言葉は使うなよ」
────瞬間。
背筋に悪寒が奔る。
それは、業魔の具現を垣間見た錯覚。
殺人鬼の握る魔剣が放つ、至極濃密な死の香り。
だが、魔剣ではこちらも負けてはいない。
黒の剣士が顕現させるは、虚無さえ置き去る最速の刃。
相反する力は止揚し渦となり、須くの理を飲み込まんと猛り狂う。
「さあ、第二幕の始まりだ。────It show time!」
殺人鬼の駆け出しは、人を凌駕し、音にすら迫るかという超高速。
対する剣士は、泰然自若と死神を待つ。
刹那。
──────音が、消えた。
いや、塗り潰された、と言った方が正確か。
膨大なエネルギーの流転は、耳朶を抉ってもまだ生温い。
その衝突は地を割り岩盤を砕き、冥府の番犬すら叩き起す。
激突する両者は、決死の覚悟と必死の形相で剣を握る。
いや、それは観衆の錯覚だ。
せめてそうあって欲しい。そうでなければ、それは人間ではない。そういう類の幻想だ。
事実を伝えれば、両者は同質の
敵同士という垣根も凌駕し、命を賭した状況も無視し、二人は、心底笑っていた。
それは、強敵との決闘の誉れ。
それは、戦闘欲求よりも更に高次元の願望。
理性と知性を持つ、
─────ここに、最強と最凶の激突の火蓋が切られた。
投稿までに時間使った割りには、あんまり状況は進歩してないですね……。
次回はもうちょい進められるように演出を頑張ります!