僕とキリトとSAO   作:MUUK

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投稿遅れてごめんなさい!

テストは一週間前に終わったんですが、どうも、風邪引いてゲロ吐いて寝込んじゃったんですよね。
バカは風邪引かない、とはなんだったのか。


第五十七話「死の暇」

鈍色の人型。

碧に染る世界。

稀薄された意識。

感じるのは、水の中にでも居るような浮遊感。

何も触れない。

熱くないし暑くない。

寒くないし冷たくもない。

まるで、身体と魂が遊離していると錯覚するほど『何もない』。

何もかもが静止している。

人も。モノも。空間も。

 

────時すらも。

 

いや、違う。

これは『加速』だ。

 

 

────眼前のカウントダウンが十から九に切り替わる。

 

 

外部の停滞ではなく、自己の加速。

つまり、あまりに疾い僕の意識が、周囲の有象無象を止まっていると誤認しているのだ。

これが、現状の正体。

──────あれ?

何故、僕にそんなコトが解るのだろう?

予測か?

────いや、違う。

ならば勘か?

────それも違う。

これは、元から知っていただけ。

ただ、僕の脳髄が加速という現象の本質を理解しているに過ぎない。

然るに、何故そのような識知が?

そんなの、経験があるからに決まっている。

細胞の一つ一つに至るまでが、時間の深化を許容している。

どこで体験したのかは分からない。

以前の加速で、どんな行動をしたのかも憶えていない。

けれども、過去に加速をしたことだけは識っている。

 

 

────今度は末広がりの八になった。

 

 

過去に加速したこと?

自分の思念に、不可解な疑念を抱く。

本当に『過去』なのか?

僕が経験した加速とは、昔の話なのだろうか?

 

────何を言っている。知識として知っているのなら、過去の出来事に決まっている。

 

いや、それは当たり前だ。

当たり前……なんだけど、そうじゃないんだ。

つまり、僕が言いたいのは、僕は現在進行形で加速しているのではないか、という事だ。

 

────それも当たり前だろう。現に、僕は今、加速しているではないか。

 

そうじゃない。この現状を指して、僕は加速していると言ってる訳じゃないんだ。

そうじゃない。そうじゃなくて。

──僕じゃない誰か(ぼく)が、今も何処かで加速しているのではないか、ということだ。

 

 

────更に数字が摩り替わる。

 

 

自分が何を言っているのか分からない。

僕はあくまで僕だし、僕以外の僕なんて存在する筈がない。

けれども何故だろう。

今、この瞬間、僕の預かり知らぬ処に誰か(ぼく)がいて、僕と同じように加速している。

そんな確信が僕の意識を捉えて離さないのだ。

 

 

────またもや数字が一つ減る。

 

 

バカな事を云っているというのは自覚している。

けれど、どうしても、僕は何かと繋がっている。そうとしか思えないほどに……

────垣間見た景色は鮮明だった。

緑豊かな高原に、僕と女の子が肩を並べて牧歌的に笑い合う。

畑仕事を抜け出しては、二人で悪さばかり。僕らはその度に父さんとおじさんから大目玉を食らっている。

そんな風に育まれた、温かな日々の記憶。

そうして、穏やかに月日は流れ、僕は父さんの後を継いで農家に。

彼女は最高司祭様に神聖術の腕を見込まれて、セントラル・カセドラルへと……。

 

 

────ついに数字は残すところ半分となった。

 

 

…………?

最高司祭様?

神聖術?

セントラル・カセドラル?

何だ、それ。

未聞である筈の単語が、何故こうもスラスラと脳裏を流れるのか。

いや、そんな事はどうでもいい。

それよりも、『彼女』って誰だ?

彼女は彼女だ。

いつでも、僕の隣に居た彼女。

同じ村で育ち、瞳を、手を、心を、身体を重ねた彼女を。

 

────どうしても思い出せない。

 

彼女と歩んだ道程も、彼女と培った思い出も、手に取るように想起できるのに────!!

なのに、肝心の実像が、ボヤけたレンズのように不鮮明な映像となって沈んでいく。

幾度となく梳いた彼女の髪も。

数え切れぬほど僕を呼んだ彼女の声も。

際限無く目に焼き付けた彼女の顔も。

握った彼女の手の温かみも。

何もかも、記憶を抱くことさえ許されない。

……いや、何もかも、と云うのは正確ではない。

実際はたった一つだけ、ほんとに些細な感情の機微だけが記憶の奥底に淀んでいる。

けれどそれがどんな意味を持つのかも分からないし、そもそも意味なんて無いのかもしれない。

ただ、最高司祭様とやらに手を引かれて村を去る時、彼女は微かに、けれど明らかに…………悲しげな顔を浮かべたのだ。

 

 

────ああ、今度の数字は不吉である。

 

 

それ以降の記憶はクラックに塗れ、鮮明に想起することは叶わなかった。

しかし、これだけは言える。

 

────僕は、彼女を愛していた。

 

彼女の微笑みが好きだった。

彼女の心に恋していた。

彼女と過ごす時間が愛おしかった。

そんな大切な記憶達は、流水のように僕の掌から零れていく。

結局、今の僕には何も遺されていない。

彼女は何者なのか。

あの村はどこにあるのか。

何もかも分からないけれど、でも、彼女を助けなきゃいけないと思った。

しがらみも戦いも何もかもをすっ飛ばして、今すぐ彼女の下へと駆け付ける。それこそが、僕の果たすべき使命なのだと。

けれど、どうしていいのか分からない。

どうすれば彼女と逢えるのか。

どうしたらあの世界へ行けるのか。

僕には何も分からないのだ。

彼女の幻影(おもかげ)に手を伸ばす。

諦観を浮かべた儚げな笑顔を、否定するように、そっと────

 

 

 

────ん。

なんだ?

僕は何を見ていたんだ?

夢、だろうか。

脳裏に去来した数多の映像は、他人の日記を覗いたような後ろめたさを齎した。

頭をブンブンと振り、頬を叩いて正気に戻る。

不可思議な夢は忘れろ。まずは状況分析だ。

危機管理能力無くしては、とてもSAOで生き残ることなど出来はしない。

まず、この青い景色はなんだろう。

あらゆる物が、人が、単調な青色に染まっている。

まるで絵を上から、薄めた水色で塗りつぶしたような不自然さ。

何故、周囲がこんなことになっているのか、全くもって理解不能だ。

とりあえず現状を整理しよう。

そう思い、辺りを見回す。

すると視界に入ったのは────

 

「うぇ!?僕?」

 

僕の身体だった。

それは動く気配を見せず、ひたすら岩窟の床に倒れ伏している。

寝転がる僕は黒い霧のような物に覆われ、表情までは判然としない。

何故、僕は謎のモヤに包まれているのか、そもそもどうして洞窟に寝そべっているのか。

いやそれ以前に、僕の目の前で僕の身体が倒れていることに突っ込むべきだろう。

当然、この意識を持った僕には身体がある。

当たり前だ。無いと困る。

そして、目の前に僕の二つ目の身体がある。

コイツはぴくりとも動かず、生物としての機能を果たしていない。

更に──これはただの夢かもしれないが──何処かの世界に僕の第三の身体があるらしい。

いや……一体全体、幾つあるんだ、僕の身体……。軽く頭がパンクしそうなので、どうにか一つに纏まってくれはしないだろうか。

というか、どういう状態なんだ、コレ?

悉皆検討もつかず、どうにも仕様が無いので、更にくるくると目を走らせる。

いずこかにヒントは落ちていないものか。

 

「ラフィン・コフィン?」

 

目の前にでっかいヒントが落ちていた。

間違い無い。

あれは、PoH、ザザ、ジョニーブラックの三人。ラフィン・コフィンの主要メンバー達。

そんな彼らが揃いも揃って、僕の身体に視線を落とし、やにさがっている。

 

……………………あれ?

 

これってもしかして、相当逼迫しているんじゃないだろうか。

 

倒れ伏す僕の身体。

それを囲む殺人者達。

 

────うん。

これはとてもマズイ。

どのくらいマズイかって、姫路さんの料理くらいマズイ。

いやいやいやいや。冗談抜きに命の危機だ!

というか、もう死んでるんじゃないのか、僕。

いや、こうして意識があるのだから、僕の脳みそはまだ死んじゃいない筈。

ということは────まさか!

この時間はアバターの死亡から生身の死亡までの猶予、ということなのか!?

だとしたらこのゲームは、やはりトコトン残酷だ。

どうせなら、さっさと殺してくれればいいのに、わざわざ絶望の時間を引き延ばすだなんて。悪趣味という言葉しか見つからない。

まあ、死んでしまったのなら仕方無いし、もう諦めはついてしまった。

いや、諦めがついたと云うより、実感が湧かないと云った方が正しい。

きっと、先ほどまで異国の情景に浸っていたせいだろう。

おかげで、現実感がすっぽりと抜けてしまっているのだ。

いやむしろ、この世界だからこそ死の気配が感じられないのかもしれない。

これがゲームだからこそ、老いや病と云った生の息吹、もとい死の香りが漂わないのだ。

そう考えると、無機質な環境と云うのは、死に征く者にとって安寧と成り得るのかもしれない。

そんな、僕にはあるまじき小難しい話を思考しかけたところで、僕の眼はあるものを捉えた。

 

「これなんだ?数字?────あ、2が1になった」

 

目の前に浮かんでいたのは、直径二十センチほどの円盤型のホログラムで、そこには数字が記載されている。

いやしかし、こんなにも我が物顔で、コレは僕の視界を陣取っているのに、今の今まで、コレの存在を意識しなかった事に笑ってしまう。

僕というのは、これほどにも注意力の無い人間だったろうか。

いや、普段はもうちょっと……

うーん……生来そんな感じだった気がしてきた。

まあ、それは兎も角、これは何だろう?

きっと、この状況に関連した何かなのだろうが。

 

「この状況っていうのは、死の間際って事だよね」

 

こんなにも平和ボケした死の間際が、未だかつて存在しただろうか。

そんなセルフツッコミをしながら、現状分析を再開する。

 

「さっき二から一になったことから鑑みるに、何かのカウントダウンかな?

となると……死亡までのタイムリミットってとこか」

 

ああ、その可能性は大だろう。

死へのカウントダウンだなんて、これほど今の状況に適した設備は無いだろう。

そして、そのカウントダウンが示しているのは一という数字だ。

 

「じゃあ、僕は後一秒で死ぬってこと?」

 

それこそ可笑しな話だ。一秒なんてとっくに経ってるじゃないか。

なら、単位が一秒ではないのか?

考えられる線としては……百秒が一に換算されている、とか。

うん。それっぽい。

となると、僕の寿命はあと五十秒ってとこか。

なんだろう。あまりにも余生が短過ぎて、何もやることが浮かばない。

でもそれにしたって、約一分を呆けて過すのも味気ない。

とりあえず、生きている間にやりたかった事を列挙してみるかな。

まずは、童貞は卒業しときたかったなぁ……。

いきなり下世話だけど、男としてはこれに尽きる。

どのくらい気持ち良いんだろう。

自分でするのとはどう違うのかな。

ああ、ダメだ。この妄想は悲しくなる……。

他にしてみたかった事といえば、高級料理をこれでもかってくらい食べてみたかった。

中華にフレンチ、イタリアン。

どれか選べと言われたら迷うけど、やっぱりフレンチかな。日本人的に。

あとは、一度でいいからテストで学年トップを取ってみたかったな。

学年中の皆を上から見下ろす感覚って、どんなのだろうか。

もしかすると、これが一番現実的じゃないかもしれない……。

 

「ああ、生きたいな」

 

知らず、口から声が零れていた。

そうしてやっと気がついた。

僕は、生に執着しているのだ。

そんなの、人として当たり前じゃないか。

生きたいなんて、誰だって、何時でも抱く願いだろう?

生存を観念してしまっては、それはもう生物じゃない。ただの有機物の塊だ。

なのに、僕はさっき何て言った?

もう諦めはついてしまった?

冗談。

達観なんて糞喰らえ。

諦観なんざ溺死しろ。

 

 

────1という数字のドットが崩れる。

そして、円を縁取った『無』を象徴する文字が、少しづつ、けれども急速に構成されて征く。

 

 

認めない。認めたくない。

こんな結末(エンドロール)、誰も望んでなんかいやしない!

 

「僕はまだ、生きたいんだよ────!」

 

雄叫びを上げたその瞬間。

何の因果か、如何なる偶然か。

僕の身体、その一ドットに至るまでが極光の去来に覆われた。

 

 

「アイテム『レムの心』使用!

対象、プレイヤーネーム『Right』!」

 

 

どこか遠くで、そんな声が響いた気がした。

 

──────そうして、景色は色づいた。

背中には安心感のある土の感触。

そうか。そういえば、僕の『本体』は倒れこんでたんだっけ。

右腕を支えにして起き上がる。

霞んだ眼に埃っぽい洞窟を映しながら、生の実感を噛み締めた。

ああ────僕は、生きている、

その事実が、途轍もなく嬉しかった。

世界はこんなにも色鮮やかで、僕を歓待するように温かだ。

今一度この目に焼き付けよう。

この素晴らしき世界を。

僕は力の限り目を見開いた。

そうして見えた物は────

 

────眼球から一尺の間断も無く、鈍色の刃が振り下ろされる現状だった。

 

刀の銘は『メイト・チョッパー』。

剣士は勿論、PoHだ。

もうどうにもならなかった。

この距離で防ぐ事など、どうして出来ようか。

高速で右腕を繰り出そうが、音速で打突を放とうが、最早遅過ぎる。

音よりも速い光速で、狂気の刃は予断無く僕を穿つだろう。

ああ、何故こんなにも早く、また死ななくちゃならないんだろう。

どうして生き返ったのかも、どうやって生きているのかも、まだ見当さえつかないのに。

短刀が迫る。

身を切るような圧迫感。

殺意のベクトルは、凶刃というカタチとなって襲い来る。

既に鋒は目と鼻の先。

僕を助けてくれた誰かに、心の中でゴメンとだけ謝って、僕はそっと目を閉じた。

 

────────瞬間。

 

力と力、想いと想いの相克が、僕の耳朶を鐘楼が如く打ち鳴らした。

直ぐには音の正体を理解出来なかった。

それはきっと、生を諦めた僕には無限に遠い、命の息吹だったから。

その音は、剣戟だった。

振り下ろされるは死色のダガー。

迎え撃つは紫色のメイス────。

 

「良かった……。間に合って、本当に良かった」

 

その声音は明らかに震えていた。

眼前で揺れる黒髪は、雫に濡れた瞳のよう。

僕を助けたメイサーは、恐怖を堪える子供のように、掠れた声を繰り出した。

予想打にしなかった迎撃を受けたPoHは、俊敏な動作で飛び退る。

その形相には、心無しか焦燥の色が見て取れた。

それを確認してから、黒髪のメイサーは振り返る。

 

「ライトさん。貴方を、助けに来ました」

 

そう言い切ったアレックスの顔には、あまりに堅固な決意が在った。




今回のお話の個人的な印象としては、短いスパンで見ればあんまり進んでないけど、大きなスパンで見れば、物語全体が大幅に進んだ回って感じです。

それではまた次回!

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