僕とキリトとSAO   作:MUUK

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今回の投稿も、ちょっと早めでしたかね。
どうやら僕は、オリ話だと少しだけ描くのが早くなるっぽいです。

まあ、そんな訳で、ラフコフ編序章、第五十三話始まるよ!


第五十三話「逃走」

────走る。

 

月下の樹海を、ただ只管に走り抜ける。

追われている。

だから走る。

囲まれている。

だから走る。

追いつかれる。

だから走る。

そうしなければ────殺される。

息が上がってきたような錯覚に陥る。この世界では、あり得ない生理現象。

けれど、走らなければ。

私は、こんなところで死ねない。死にたくない。

ティアとして生き絶えるなんて嫌だ。私は、霧島翔子として此の世を去りたい。

だったら、逃げるしかないのだ。

殺人鬼の数は、少なくとも十以上。

その誰もが、攻略組にも引けを取らぬ猛者達だ。

その人数相手に()()で挑むなど自殺行為だ。

逃走手段は、森を抜けるだけ。

局地的な結晶無効化空間であるこの森林では、ホームタウンへのひとっ飛びも不可能だ。

その時、十五メートルほど離れた先に人影が見えた。

脚を止め、迂回を試みる。

と思ったが、どうやらその人物は、この旅における唯一の相方らしかった。

 

「……ボルト、無事?」

 

アバター名ボルトこと、根本恭二に社交辞令のような問いを掛けた。

 

「無事と言えば無事だし、そうじゃないと言えばそうじゃないな。

身体には傷一つなくても、精神的にはかなり参ってる」

「……身体も精神も、この世界ではあんまり変わりない」

「ああ、違いないな」

 

そう言って、ボルトは相好を崩した。

気丈を保つ面目とは裏腹に、ボルトの容貌には、疲弊の色が滲んでいる。

 

「……大丈夫。もうすぐで森を抜けられる」

 

気休めにも成らない励ましをする。

森の出口には、必ず殺人者達が待ち受けているであろうことは、ボルトにもきっと解っている筈だ。

ボルトが、歯を食いしばり、目を伏せた。

 

「なぁ、ティア」

 

そんな呼び掛け。

含まれていたのは─────悲痛、だろうか。

 

「あ────っ!?」

 

私の胸元には、見慣れぬ針が刺さっている。

それも、裁縫針のような小さな物ではない。包丁ほどはあろうかという、大きなピックだ。

そして、体力ゲージの横にはチカチカ点滅する黄色の雷マーク。

意味は分かった。

状況も理解出来た。

けれど、感情だけが追いつかなかった。

 

「まあ、恨んでくれて構わないぜ。俺は、自分の身が可愛いんだ」

 

そりゃそうだろう。誰だって自分が一番だ。

そうでなければ人間ではない。

自己中心主義者(ナルシスト)と奉仕者の差異は、どれほど自分を他人に割けるかにかかっている。

ボルトが執った行動は、非道く利己的な判断に基づいたものだ。

それを非難する権利など誰にも無い。

今のこの状況は、ラフコフの相手をして死ぬか、もしくは────ラフコフ側に加担するか。

ボルトは、ただ生き残れる可能性が高い方についただけ。

彼の行動は、人間として至極正しい物なのだ。

けれど、嫌だった。

サーヴァンツの一員が──仲間が、こんなにも簡単に裏切ってしまったという事実が。

当然、ボルトが裏切る可能性を考慮しなかった訳じゃない。

ボルトを発見した時、見つからないように逃げる選択肢も頭に浮かんだ。

だけど、信じたかったのだ。

だから、きっと、ボルトを信じた私の負けだ。

人の心を信じたからこそ、結末を度外視したからこそ、私の生はここで絶える。

いや、でも、もう少しだけ抵抗しよう。

私にだって、やりたい事は沢山あるし、興味のある事も山ほど抱えてる。それら全てを諦められるほど、今の私は悟っていない。

解毒結晶────は使えないので、左腰の解毒ポーションに手を伸ばす。

 

「──────っ!」

 

左手に新たな大針が差し込まれ、減少を続けていた麻痺持続時間が数倍に膨れ上がった。

ボルトは肩を竦め、大仰な動作で言ってみせる。

 

「おおっと!危ない危ない。ちょっとの間、大人しくしといてくれよ。今から、俺の新しいナカマを呼ぶからさ」

 

やにさがりながら、ボルトはシステムウィンドウをタップする。

きっと、メッセージを送信しているのだろう。

梢が揺れて、ざわざわと音を立てている。

夜風は妙に冷たくて、身体が芯から冷えるようだった。

月光に照らされ、くっきりと浮かぶボルトの影。漆黒のソレは、私に鴉を連想させた。

やがて、草を踏むとき特有の、シャリシャリという音が、遠くから近づいてくるのが聴こえた。

誰か───来た。

ボルトを含めて五人の男が、私を取り囲む。

フードを目深に被った男。

粘ついたえみを浮かべる男。

紳士然とした切れ長な目の男。

曲刀を振り回し血走った眼の男。

鈍色の刃が、煌煌と照り返す。

それに映った自分の顔は、見るに堪えないほどグチャグチャだった。

思考は冷静だと思っていたのに、いつの間に、私は泣いていたのだろう。

自分の頬に感覚は無い。

けれど、鏡の向こうのほっぺたには、大粒の涙が滴り続けている。

ああ、気がつかなかった。

私は、死ぬのが怖いんだ。

だから鏡中の私は、あんなにもボロボロみっともなく泣いていて……。

動悸が早くなる。

ああ、もう終わり、なんだろうか。

せめて、叶うならもう一度……

もう一度、雄二に会いたかった。

もう一度、雄二と一緒に笑いたかった。

もう一度、雄二の隣で眠りたかった。

もう一度、雄二と───

 

「助けて!!ユウ!ユウ……雄二────ッッ!!」

 

絶叫を遮ったのは、夜の帳か、間断の刃か、それとも……

 

 

深夜、物音でクッキリと覚醒した。

寝付けばテコでも起きない事に定評がある僕にとって、相当稀有な事態だ。

どう見積もっても窓の外は真っ暗で、まだ起きるには早い時間であるのは瞭然だ。

しかし、二度寝を決め込もうにも、眠気はとうに消え去っていた。

仕方なく寝台から身体を起こす。

どうにも手持ち無沙汰なので、物音のしたリビングへと向かうことにした。

そこには、赤髪を逆立たせたギルドマスターが、何かの作業に打ち込む姿があった。

 

「ねえ、ユウ。何してんのさ」

「ん……ライトか。何って、マップにポイント付けてんだよ。見りゃ解るだろ?」

 

僕の疑問に、ユウは意図とずれた答えを返した。

ユウにしては珍しい失態だが、それもしょうがないだろう。何故なら今のユウは、僕に見向きもしていないのだから。

一心不乱にユウが進める作業は、ホログラムマップに赤いマーカーを付けるという、如何にも地味な作業だった。

質問の意味をユウに理解させるべく、少しだけ早口で補足した。

 

「そうじゃなくて、僕が訊きたいのは、何を目的としてマーカーを付けてるのかって事だよ」

「ああ、なるほど。それならそうと早く言いやがれ、バカ野郎」

 

逆ギレの上にバカ扱いだった。

品行方正、成績優秀、才色兼備のこの僕にバカとは、一体全体、どういう了見なのだろう。

 

「お前それ、マジで思ってんのか?」

「コンスタントに読心かつ汚物を見るような目を向けるなよ!」

 

大体、マジで言っる訳ないじゃないか。三割は冗談だよ。失礼しちゃうな、まったく。

肩を竦めて、ユウのおつむを残念に思っていると、やっとユウから答えらしい答えが返ってきた。

 

「恐らく、ラフィンコフィンによる物であろう事件。それが起きた場所のマッピングだ」

 

ユウの言葉に、僕は思わず目を見張った。

───ラフィンコフィン。

その名を、この一週間で何度耳にしただろう。

彼の殺人ギルドの悪逆無道を食い止めよう、という案が攻略組内で出されたのは、先週、ヒースクリフの口からだった。

その立案が、今や攻略組の顔役である『血盟騎士団』の長から出たのは、当然と言えば当然の流れだろう。

結果として、攻略組による大規模な連合軍が結成された。

しかしどうやら、それ自体が抑止力となったらしく、ラフィンコフィン関連の事件は、それからぱったりと途絶えた。

故に、攻略組全体に弛緩した空気が流れたのは仕方のないことなのかもしれない。

連合軍、という肩書きがあれば大丈夫。そんな慢心により、ラフィンコフィンの討伐という目的自体が形骸化したのは言うまでもない。

かく云う僕も、もう()()()()()()だと考えていたのだが、どうやらユウだけは違ったらしい。

この男は、未だにラフィンコフィンを単身で追い続けているのだ。

楽観しないコイツの姿勢は、僕も見習わなくてはならないかもしれない。

凶行が治まったと言っても、またどこで再燃するかわからない。ラフィンコフィンを完全に無力化するまでは、用心しすぎるなんてことはないのだろう。

だがしかし、どうにも僕には、殺害現場をマッピングする意味が見出せなかった。

その行為にどういった意味が介在しているのか。僕は、率直にユウに問うた。

 

「マーキングして何になるの?」

 

バカにするように溜息を洩らしてから、ユウは懇切丁寧な説明をしてみせた。

 

「奴らの動きに、有る程度の規則性を見出せないかと思ってな。そうすりゃ、あいつらの拠点の場所もいくらか絞り込めるだろ?」

「なるほど。そういうことか。じゃあ、もう幾らか見当ついてるの?」

「今のところ怪しいのは、三十三層から三十七層の間。

その中で、アジトと成り得る安全地帯の洞窟が存在するのが、三十三、三十五、三十六の三つだから、恐らく、潜伏してるのはそれらの階層のどれかだろうな」

 

素直に感嘆してしまう。

なんて手際の良さだろう。

 

「その情報、全部一人で集めたの?」

「んな訳ねえだろ。ムッツリーニと秀吉にも手伝って貰ったんだよ」

 

なるほど、それならまだ納得がいく。

いや、それでも十分凄いのだが。

何しろ、攻略組が寄ってたかっても発見できなかったラフコフの拠点を、たった三人でここまで絞り込んでみせたのだから。

だが、そんなこととは別に、僕には一つ気がかりがあった。

 

「……ちょっと待った。なんで僕には声かけないのさ」

 

ハブられてるみたいで悲しいじゃないか。

ユウは、顎に手を当てて、何やら考え込んでいるようだった。大方、言い訳でも模索しているのだろう。

ユウのことだ。きっと、僕には分からないような単語を使い、更に僕をバカにするに違いない。

 

「んー、だってお前、バカじゃん?」

 

どストレートだった。

 

「ビブラートに包めよ!傷つくだろ!」

「ああ、確かにお前は震えるほどバカだな」

 

────?

会話が噛み合っていない気がする。

ユウって、ビブラートの意味も分からないようなバカだったっけ?

眼前の悪友を内心で嘲笑しながら、僕は議題を本筋に戻した。

 

「まあ、それは兎も角。そこまで敵の場所を割り出せてるんなら、虱潰しに捜索すればいいんじゃないの?」

「あのなぁ……敵の本拠地に、大した策略も無しに突っ込むバカがいるか? そんなの、お前くらいのもんだぞ?」

 

余計な一言は、敢えて無視することにした。ユウの言葉に一々取り合っていたら、時間が幾らあっても足りやしない。

 

「え……じゃあ、何の為にラフコフのアジトを捜してたの?」

「ま、簡単に言えば保険だな。

────今のところは、だが」

 

そう言って、雄二は笑った。

仲間にしては頼もしく、敵にしては、空恐ろしいほど邪悪な笑みだった。




今回の要約。

霧島さんピンチ!
雄二が何か作戦立ててるっぽい。

……話進んでねえ!

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