僕とキリトとSAO   作:MUUK

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遅れてすいません!

いや、ね、提出物とか、セミナーとか、色々忙しかったんだってば!

見苦しい言い訳はこのくらいにして、本編、どうぞ。


第五十一話「友達?」

ノック音が、宿屋の一室に響く。

木音が終息してから、どこか事務的な声が聞こえた。

 

「シリカ。入ってもよいかの?」

「ん、あ、はい!今あけます!」

 

小動物を連想させる跫音を鳴らしながら、シリカは、この寝室に備えられた唯一のドアに手を伸ばす。

見えたのは、いつも通り穏やかな秀吉の顔。それが、驚愕にすり替わる過程だった。

 

「な…………お、お主!なんという格好をしておるのじゃ!?」

 

秀吉は声を上げながら、シリカの身体を指差した。

そこに見えたのは、白金が如く透き通った柔肌だった。それが、パンツとブラジャーのみで覆われている。

 

「え?ああ、ごめんない。ちょっとはしたなかったですかね?」

 

言いながら、立て付けの悪い扉を閉める。

 

「どうしたんですか、秀吉さん?」

 

秀吉の顔は、熟れた林檎の色だった。

怒られる要素がどこにあっただろうか、と訝しんでいると、秀吉から叱りつけるような声が投げられた。

 

「お主は……もうちょっと貞操観念というものを養わんか!人前で肌を露出するなど、年頃の女子としての自覚に欠けておる!」

「そ、そんな大袈裟な……。秀吉さんがあたしに何かするでもあるまいし……。あ、もしかして秀吉さんって、ソッチ系の人だったりするんですか?」

 

冗談めかしたシリカのセリフ。

それを聞いた秀吉は、何かを得心したかのように目を見開き、嘆息と共に呟いた。

 

「…………まあ、知らぬ方が幸せなこともあるじゃろう」

「?」

 

頭をフル回転させてみても、秀吉の言いたい事は皆目見当がつきそうになかった。

秀吉になら、下着姿を見られても、それほど恥ずかしくない。それがシリカの思考回路である。だがそれはあくまで、眼前の侍が同性であった場合の話だ。

今のシリカにはあずかり知らぬことだが、秀吉の性別は、戸籍上、男性なのだ。

もしそのことを話してしまえば、シリカ狼狽は目に見えている。

ならば、わざわざ教える必要もないだろう。それが、秀吉の判断だった。

 

「…………とりあえず、服を着たらどうじゃ?」

「あ、はい。今ちょうど、パジャマに着替えようと思っていたところでして」

「うむ……なら、わしの間が悪かったと取っておこう」

「そうしてくれれば嬉しいです。自堕落だなんて、思われたくないですしね」

 

手早くシステムウィンドウを操り、水色の部屋着を着込む。

着替えを見届けると、ばつが悪そうに秀吉が言った。

 

「して、本題なんじゃが……」

「あ、はい。どうぞどうぞ」

「うむ」

 

視線を腰のポーチに移しながら、茶髪の侍は、玲瓏な結晶アイテムを取り出した。

傷一つない人差し指で、備え付けのボタンを押す。

途端に現れたのは、見たこともない──恐らく、四十七層の──地形、そのホログラムだった。

 

「綺麗……」

 

シリカの口から知らず、声が漏れた。

それは、四十七層の風景を指して言ったのではない。元よりこの地図には、詳細な地形は表記されない。抽象的な凹凸の塊を、美しいとは思わない。

シリカはただ、このマップそのものが美しいと想ったのだ。

二人きりの空間に、大きく映し出される電子の地形図。それは、巨大な水晶を連想させた。

 

「この立体地図を見るのは初めてかの?」

 

シリカはゆっくりと首肯した。

そんな少女の頭に手を置くと、秀吉は、緩慢に撫で始めた。

 

「これはこれで、なかなかに高価なアイテムじゃからの。中層ではそうそうお目にかかれんじゃろう」

「ですね。あたしも、もっとレベル上げ頑張って、上の層に行ってみたいです」

「うむ。それがいいじゃろ。上に行けば、綺麗な物も場所も、山ほどある。いつか、シリカがもっと強くなったのなら、上の層に行って、色んなものを見てくると良い」

 

そう言って、秀吉は愛撫の手を止めた。そして、皮肉まじりの笑みを浮かべる。

 

「この世界はきっと、わしらを飽きさせてはくれんじゃろうからな」

 

冗談めかした言葉に、自然と笑いが零れる。

ふと思った。

何故この人は、こんなにもあたしに優しく接してくれるのだろう。

秀吉とシリカの関係は、未だ見ず知らずの他人とも言える。そんな希薄な間柄でしかない。

シリカは秀吉に助けられた身だが、秀吉からすれば、そんな相手に固執する義理はない。

それでも、あたしを助けてくれるというのなら、その理由は────

だから、きっと、とても単純に、この人は、優しいヒトなんだ。

シリカには、秀吉の忖度を計る術などない。下心に、どんな腹積もりをしているかなど分かったものではない。

けれど、信じようと思った。

いや、少し違う。

信じたいと思ったのだ。

思えば、この世界に幽閉されてから、プレイヤーの友人など、出来た試しがなかった。誰もが、たった一クエストだけの付き合い。

幼いシリカが孤独に押し潰されなかったのは、ひとえに、ピナのおかげだったのだ。

目前の侍は、凛とした視線で遠くを眺めている。

吸い込まれそうなほどの深淵を醸す瞳。

そこには、一片の濁りもなく、只管に自身の裡に向けた精神のみが内在する。

その在り方が、尊いと想った。

だからこそ、あたしはこの人を、信じたいと思ったのだ。

シリカは、秀吉の細指をぎゅっと握り、翡翠の瞳を見据えた。そして、啼くような声で言った。

 

「そんな絶景を前に、隣に秀吉さんが居てくれたなら、あたしは、きっと幸せです」

 

心からの言葉だった。

秀吉となら、ずっと一緒に居たいと、ずっと友達のままで居られると、どこか予感めいた確信があった。

 

「な……っ!お、お主はいきなり何を……そんな、恥ずかしいことを……」

 

秀吉の頬が赤熱する。

いままで見たのは、静謐な表情ばかりだったので、しどけない姿も新鮮で可愛らしい。

かく言うシリカも、少し気恥ずかしい気もあるが、秀吉の表情を見る楽しさが勝った。

時が流れる。

抗いようの無い奔流は、ゆっくりと夜の帳を奪い去っていく。

ただ、この瞬間だけは、一秒でも永く秀吉の貌を目に焼き付けたかった。

もしかすれば、明日だけで終わってしまうかもしれない、この人との関係。それを、惜しむように、慈しむように、ずっと、ずっと……。

 

 

「うーーりゃぁっ!」

 

下ろしたてのダガーが、その鋒で、魔物の身体を両断した。

昨日までとは段違いの攻撃力に、シリカは破顔を禁じ得なかった。

何故、こんな短期間で装備が強化されたのか。理由は明白だ。攻略組たる侍の、所持品の余りを頂戴したのである。

秀吉の主武器は、あからさまにカタナだ。ドロップしたダガーなど使い道がないということで、シリカに無償譲渡してくれたのだった。

それと同時に、防具も貰った。どうやら美麗の侍は、ファンシー系の鎧とは反りが合わないらしく、絶対に使わないからと、こちらも無料で譲ってくれた。

水玉を意匠した、黄色基調の鎧だった。確かに、ちょっとアレなデザインだが、これほど露骨なものも、シリカは嫌いではなかった。

だが内心、秀吉が着ても確実に似合うと感じたのは内緒だ。

 

「結構歩きましたよね。あとどれくらいなんでしょう、思い出の丘まで?」

「距離にすれば、あと一キロといったところじゃろうな。まあ、この層は景勝地でもある。道中も楽しみながら、ゆっくり進むべきじゃろう」

「ええ、ホント、素敵な景色ですよね」

 

秀吉の言うとおり、ここは天国と比喩しても名前負けしないほどの絶景だった。

色とりどりの花々が沿道を囲み、蝶は羽をはためかせ、優雅に飛翔している。

ただ、一つ気がかりなのが……

 

「カップル、多いですね……」

 

見渡す限りの男女ペア。

この光景を見ていると、少々気が滅入ってしまう。

 

「この景色では、必然的にそうなってしまうじゃろうな」

 

面映そうな苦笑を晒しながら、秀吉は応答した。

聞けば、この層はアインクラッド随一のデートスポットなのだそうだ。

女性二人の身としては、場違い感が半端じゃない。

 

「連れがわしでは不満かの?」

 

イタズラっぽい笑みを見せながら、秀吉はそんな質問をシリカにぶつけた。

即座に、ブンブンと腕を振って否定する。

 

「い、いえ!不満なんかじゃありません!むしろ、秀吉さんと来れて、すごぶる嬉しいです!」

「うむ。そうか、それは良か──シリカ、Mobじゃ。武器を構えよ」

「は、はい!」

 

短刀の刃を光らせる。

鈍色の卑金は、植物型モンスターの触手を深々と穿った。

部位欠損ダメージにより、敵の体力は三割を損失した。

更に連撃。

 

「うおーーりゃぁーーっ!」

 

ノックバックした相手に、ダガー三連続技『ラピッドバイト』を炸裂させる。

しかし、そこで敵のノックバックは終了し、怪植物は、攻撃のモーションを開始した。

 

「シリカ、スイッチ!」

 

緊張感のある秀吉の声。

 

「はい!」

 

と返答し、シリカは右脚で全力のバックステップをする。

次の瞬間。秀吉の踏み込みは、モンスターの猛攻撃を掻い潜り、一足飛びに本体を間合いにおさえた。

いや、掻い潜るというのは適切ではない。

秀吉は、斬ったのだ。

相手の攻撃手段である触手を、刻みながら歩を進めたのである。

秀吉は、いとも簡単にそれをやってのけたが、並大抵の剣術ではない。高速で襲い来る触手の軌道を完全に見切り、尚且つ、それにソードスキルを当てる技量が無ければ完成しない神業だ。

緑色のモンスターのHPは滑らかに減少し、底をつくと同時に、二メートルはあろうかという巨体を爆散させた。

 

「ナイスです、秀吉さん!」

 

労いながら、秀吉に掌を挙げる。

カタナを鞘に納めた侍は、優しく微笑み、シリカのハイタッチに応じた。

パチン、という響音の後、そろそろ聞き慣れたファンファーレが聞こえた。

顔を下げるとそこには、案の定、ポップアップウィンドウに、レベルアップという文字が記載されている。

 

「レベルアップおめでとう、シリカ」

「はい!あ、しかも丁度レベル四十ですよ」

「うむ。ピッタリわしの三十下じゃな」

「うぇぇっ!秀吉さんって、七十なんですか!?」

「攻略組は大体そんなものじゃぞ。低い奴でも、六十五はある」

「うぅー……レベリング頑張ります……」

 

劣等感の籠った決意を表明したところで、二人は再度、目的地へと歩き出した。

 

そこから、植物型モンスターとの戦闘を三度経たのち、ついに『思い出の丘』がその全容を見せた。

白亜の大理石に彩られた石碑は、荘厳な気配を匂わせる。

象牙色の台座上には、一盛りの土が取り残されたように乗せられていた。

 

「ここが、『思い出の丘』ですか?」

「うむ。もう少し近づいてみるといい。恐らく、アイテムが自動生成される筈じゃ」

 

震えるように、小さく頷いた。

呼吸を整えて、一歩一歩、噛みしめるように空間を消費する。

りん、と何処からともなく音が響いた。

瞬間。

青白い光が、純白の台座に凝集する。

そして────柔らかな色彩を湛えた、人差し指ほどの花が、一輪だけ開花した。

 

「これ……ですか?」

「そうじゃ。根元から千切るれば、アイテムストレージに格納される筈じゃ」

 

たった今生まれたばかりの命に、心の中で謝りながら摘み取る。

それと同期して、『プネウマの花を取得しました』という報告が為された。

 

「これで……これで、ピナは生き返るんですよね?」

 

ゆっくりと、だが、力強く秀吉は頷いた。

込み上げてきた熱い物を必死になって抑える。涙に濡れた瞳の所為で、手元も覚束ない有様だった。

アイテム一覧からプネウマの花とピナの心を選択し、オブジェクト化。

プネウマの花をタップし、『使用する』ボタンを押し込もうとした、その時。

背後から、()()声が投げかけられた。




今回は、ちょっと展開を飛ばし気味にしちゃいましたね。
原作にあるシーンも幾つか削っちゃいましたし……。

書きたい事が次回につまっているので、ここらへんはサクサクいきたかったんですよねー。

という訳で、次回、シリカ編終幕です。

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