僕とキリトとSAO   作:MUUK

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五十話ですよ五十話!
フィフティ!ハーフハンドレッド!

そして、もう一つご報告が。
なんと、お気に入り数が五百を突破致しました!めでたい!

ここまでモチベーションが維持されているのも、ひとえに読者の皆様のおかげです!
今一度、心の底からの感謝を。
このような拙作を読んで頂き、本当にありがとうございます!


第五十話「月華の侍」

「お願いだよ……あたしを独りにしないでよ……ピナ……」

 

か細く響いた少女の声は、棍棒の風切り音に掻き消された。

ふわりふわりと虚空に乗る、淡い水色の羽。

つい先ほどまで、シリカの周囲を元気に飛び回っていたブルーリドラは、空色の尾羽だけを残し、ポリゴン片と成り果てた。

必殺の一撃からシリカの命を護る為、青龍はその身を盾に窶した。

瞳に涙を湛えながら、少女は足早に竜の亡骸へと駆け寄る。子竜の尾羽は、決壊を許した水滴を二、三弾いた。

手中の羽を護るが如く、空洞を作った掌に力を籠める。

瞬間。

地響きとも取れる足踏みが、気を塞ぐシリカの耳朶を打った。

彼女の眼前に屹立するのは、三体のドラゴンエイプだ。

悪鬼が如き容貌を呈する化物共は、倒れ伏すシリカに、じわりじわりとにじり寄る。

 

「あぁ……来ないで……」

 

力無い拒絶は、少女を護る壁には成らない。

大猿が喉を鳴らした。

アインクラッドと云う名のシステムは、この瞬間、うら若き少女の魂を貪らんと狂喜する。

 

「いや………誰か!誰か助けて!」

 

彼女自身、心底では理解していた。

月光すらも届かぬ樹海の奥では、誰も助けに来る筈などないのだと。

龍猿は、天衝くように己が得物を振りかぶる。

シリカはぐっと目をつぶり、訪れる死の恐怖に堪えた。

刹那。

白刃一閃。

蛇の刺突が、魔物の心を貫いた。

いや、猿の心臓を刺したのは、実のところ蛇などではなく、凶器の類に他ならない。

だがしかし、その刃は生物と見紛うほど滑らかに、ドラゴンエイプの命を刈り取った。

硝子が砕け散る音。それが立て続けに三つ響く。

次いでしゃらん、という金属音。血糊を払うと、侍はカタナを鞘に収めた。

森がさざめく。

突如現れ、シリカの命を救ったその人物は、空のような、とも形容すべき麗人だった。

中性的な顔立ちに、肩口で切り揃えられた茶髪の髪が、出来過ぎなほど似合っている。

置かれた状況も忘れ、シリカはじっとその人物に魅入っていた。

 

「ピナ、というのはご友人かの?

すまなんだ。もう少しでも迅ければ、散らずに済む命もあったというのに……」

 

唐突に発せられた声は、自分の身を案じた物なのだとシリカは気づいた。

古風な喋り口調に意表を突かれながらも、訥々と謝辞を口にする。

 

「い、いえ……助けてくれて、ありがとうございます…………」

 

大きく息を吐いた。

今はもう、何もする気力が起きなかった。

自分は、この世界における、唯一無二にして最愛のパートナーを失ったのだ。

目の前で起きた殺戮に、対処することも出来ず、いやむしろ、ピナの死に様は、シリカを庇ってのものだった。

心の裡に残留する、暖かな日々の記憶。そして、絶望的なまでの喪失感。

それらは、シリカの生きる意味を剥奪するのには充分すぎた。

 

「む……よもや、ビーストテイマーのシリカ殿ではあるまいか?」

 

そんな折、驚嘆と懐疑を混ぜこぜた声が、目の前の麗人から発せられた。

自分の名前を見知らぬ相手が知っている、という状況は、シリカにとって、それほど稀有なことでもなかった。

シリカは、ただでさえ珍しいビーストテイマーなのに、それに輪をかけて珍しい女子小学生なのだ。

中層で活動するプレイヤーならば、彼女の名に聞き覚えが無い者の方が少ない。

 

「ええ、そうです。あたしが、ビー……シリカ、です……」

 

口元まで出たビーストテイマー、という単語を、言葉にすることは出来なかった。

胸が痛い。

羽ばたきの音が、嬉しそうな鳴き声が、滑らかな羽毛が、記憶の残滓がシリカの心を痛めつける。

ただ、もう一度だけ会いたい。

死別するしか無いというのなら、せめて、心からのごめんなさいと、精一杯のありがとうを。

けれど、もう、遅い。

ピナはもう、シリカのもとへと帰ってくることは無いのだから。

 

「となると、青いドラゴンはどこへ行ったのじゃ?」

 

あまりに無神経な質問に、憤りの視線を命の恩人へと向けてしまう。

シリカも、頭では理解しているのだ。この人は何も悪くない。ただ、事情を知らないだけなのだと。

だが、そう簡単に割り切れるほど、シリカは大人ではなかった。

二人の間で、嫌な間が空いた。

数秒後、やっと事の真相に合点がいったらしく、翡翠眼のカタナ使いは目を見開いた。

 

「もしや、先程洩らしておったピナというのが、その竜なのかの?」

「ええ、そうです……」

 

鈍いセリフに、否応なく眉根をひそめた。

この人は、何故こんなにも神経を逆撫でするのだろうか。

助けてもらっといてアレだが、早く向こうに行ってもらえないものか。

 

「そうか。それならよかった」

「…………っ」

 

喉元までせり上がった罵詈雑言を、躍起になって噛み殺した。

何が、よかった、だ。

本物の人間じゃないからか。

死んだのが、ただのデータだからか。

ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!

ポリゴンデータでしかなくても。本物の命が宿っていなくても。ピナは、あたしにとって大切な友達だったんだ!

 

「それならまだ、救う方法があるぞい」

「え…………?」

 

反射的に声を漏らす。

突然の言葉に、思考が追いつかない。

喉が詰まる。

指先に熱が篭っていくのが、確かに感じとれた。

絶望から希望への相転移は、暗く淀んだシリカの心を、慈しみをもって救い上げた。

そんなシリカを見て、女方の侍は頬を緩める。

 

「テイムされたモンスターは、死亡時に『心アイテム』という物を落とすんじゃが、確認出来るかの?」

「は、はい!たぶんこれです!」

 

縋るように両手を差し出す。強張った手をわななかせながら開いた。

中から現れたのは、青玉の尾羽。

それを見ただけで溢れ出しそうになる涙をぐっと堪える。

もしかすると、ピナは助かるかもしれないのだ。こんなところで泣いてられない。涙は、再会の喜びにとっておこう。

 

「うむ、確かに」

 

美形の武人は、力強く頷いてみせた。そして、軽く咳払いをしてから、流暢に解説を始めた。

 

「蘇生の手順をかいつまんで説明すると、四十七層に、『プネウマの花』というアイテムがあるんじゃ。それを心アイテムに対して使用すると、同じ個体が記憶もそのままに生き返る」

 

四十七、という数字に愕然とした。

この層、三十五層よりも十二も上の層。

こんな低層でも、ピナをみすみす死なせるような有様なのだ。四十七層を進めるようになるまで、どれほどの時間が必要なのか、推し量ることすら叶わない。

だが、希望は見えた。立ち止まってなどいられない。

いかほどの困難が待ち受けていようとも、絶対にピナを生き返らせてみせる。絶対に。絶対に……。

だが、そのためにはまず────

 

「あのー、この森から出たいんですけど、助けてくれませんか?」

 

苦笑いで言ったシリカに、茶髪の侍は、朗らかな笑みを向けた。

 

 

主街区に戻る途中、いろいろな話を聞いた。

彼女は秀吉という名であること。

普段は攻略組の一員であること。

四十七層の地形や、アイテムの取得条件。

そして、プネウマの花は、使い魔の死後三日以内でないと、効果がないということ。

三日なんて冗談じゃない。そんな短期間で四十七層にまで登れ、だなんて、無理難題にもほどがある。

狼狽するシリカに、秀吉は

『安心せい。乗りかかった船じゃ。わしも最後までお供しよう』

と微笑んで見せた。

その言葉には、ピナは生き返ると確信させる力強さがあった。

執務的な話が終わると、身の上話がよく弾んだ。

秀吉は、シリカの話の随所で、興味深そうに相槌を打つ。そんな秀吉の態度は、話し手としては、これ以上ないほど心地よい。

ついついシリカは饒舌になり、命の危機に感じた恐怖も、今ではほとんど和らいでいた。

そんな時。

 

「あら、シリカじゃない」

 

背中からかけられた毒々しい声に、ほんの少し憂鬱になりながら、シリカはにべもなく応じた。

 

「……どうも」

 

声の主は、案の定、ロザリアという名の女性だった。

数時間前まで、彼女とシリカは共にダンジョンを探索していた。

だが、報酬の取り分という些細なことから発展し、結局、喧嘩別れをしてしまったのだ。

 

「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

 

ニコニコとした笑顔を浮かべるロザリア。それは、玩具を見つけた子供のように、非道く、愉しそうだった。

 

「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」

 

決めつけるようなロザリアの言い草。それに、シリカは珍しく噛み付いた。

 

「要らないって言ったはずです!──急ぎますから」

 

苛立ちが混ざった声音と共に、シリカはロザリアに背を向けた。

しかし次の瞬間、ロザリアの顔は嗜虐に歪んだ。

 

「あら?あのトカゲ、どうかしちゃったの?」

 

びくりと、肩が震えた。

 

「あらら、もしかしてぇ……?」

 

とっくに理解しているであろう事柄を、わざと抉るように訊ねてみせる。

それに負けじと、ダガー使いの少女は、相克の相手をねめつける。

 

「死にました……。でも、ピナは、絶対に生き返らせます!」

「へえ、てことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」

 

至極不快な圧力が、シリカの反発を抑えつけた。

喉が渇く。

的確に急所を突く言論に、嘔吐感さえ催した。

嫌だ。やっぱり、この人は嫌いだ。

恍惚的な笑みを浮かべるロザリア。

今にも泣き崩れそうなシリカ。

其の間に割って入ったのは、他でもなく────

 

「ロザリア殿といったか。すまぬな。このシリカは、今日明日とわしの連れなんじゃ。立ち話なら、他をあたってくれんかの」

 

猫撫で声で秀吉は言う。誰が聴いても、嫌味にしか聞こえない声音。

それはごくごく単調に、ロザリアをヒートアップさせる。

 

「なに、あんた?シリカのオトモダチってわけ?」

「ふむ、そうじゃの。何か、と問われれば、わしは友人に値するのじゃろうな」

 

冗長なほど回りくどく、芝居がかった口調で応える。

ロザリアは奥歯を擦り、ふうと息を吐いたあと、一転して静かに言った。

 

「そう。でもね、これはあたしとシリカの会話よ。ただの友達が、口出しする謂れはないんじゃなくて?」

 

すると美形の侍は、端正な顔立ちにシニカルな笑みを浮かべた。

 

「いや、謂れならあろう。単純に、わしはお主が気に食わん」

「そう。その意見には、全くの同感だわ」

 

両者の間で、火花が散った。比喩でもなんでもなく、シリカにはそう視えたのだ。

数刻の間隙。

それは、初対面のこの二人を決別させるには十分な時間だった。

 

「何なら、デュエルでもして決着をつける、というのは如何かの?」

「へえ、いい気前じゃない。望むところよ。初撃決着モードでいいわよね」

 

その確認に、秀吉は、背筋が凍るほど邪悪な笑みを浮かべた。

 

「いや、完全決着モードじゃ」

「は?なに冗談言って……」

 

目が据わっている。笑ってなんかいない。

こいつは、本気で、完全決着モードを行おうとしているのだ。

 

「あ、あんた、正気?頭おかしいんじゃないの……?」

 

もはや闘争の体すら成していない。二者の相関は、今や、一方的な蹂躙とないつつあった。

殺される。

確信めいた予感が灯る。

殺される。

眼前の女は、アタシの命を躊躇なく切り刻むだろう。

殺される。

自然、呼吸が荒くなる。

殺される。

相対するは圧倒的な恐怖。死を孕む視圧。

殺される。

脚が震える。とても立ってなんかいられない。

殺される。

女の目は、何の感情も宿していない。あるのは、品定めでもするかのような機械的な理性。

ただ単調に理解した。

自分と相手の間には、力量という言葉では埋まらない差があるのだと。

 

「い、嫌よ。あ、あたしは街中で殺人なんてしたくないもの!ふん!せいぜい夜道には気をつけなさい!」

 

そんな捨て台詞を吐いて、ロザリアはそそくさと立ち去った。

まだ脚の震えは止まらない。

だがしかし、なるべく早くこの場から立ち去らねば。今度こそ彼奴に、喰われてしまう。

あんなやつに、一人で勝つ自信など、あろう筈もない。

ロザリアのなさけなくよろめく逃げ姿を見送ってから、シリカは秀吉を不安げに見上げた。

シリカの怯えを見てとった秀吉は──

 

「ハッタリを吐けば、大抵のバカは逃げて行く、と何処かの誰かが言っておっての」

 

そう言って、シリカへと笑いかけた。

数瞬間、呆けた表情で固まってしまう。

どうしたのかと、秀吉はシリカの頭に手をおいて、覗き込むように、中腰で顔を伺った。

そんな秀吉と目があってすぐ、シリカはぷっ、と吹き出して

 

「秀吉さんって、見た目によらず大胆なんですね」

 

と、大胆な笑顔で微笑んだ。




ついに始まりましたね。シリカちゃんパート。

お相手は、僕らのアイドル秀吉君です。
いやあ、可愛らしいですね、秀吉ってば。思えば、僕の新天地を開拓したのは秀吉でした。
どうでもいいですね。

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