僕とキリトとSAO   作:MUUK

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先週末に文化祭があったのですが、そこでEXILEを踊ってきました。
いやぁ、盛り上がる盛り上がる。
これぞ文化祭。これぞ青春。って感じでしたね。


第四十七話「熱帯夜」

ライトは、ピンと立てた人差し指を、アタシの唇に寄せ当てた。

それはきっと、静かにしろという合図なのだろうが、こんな状況で落ち着けるワケが無い!

唇に!人差し指!当てられた!

ぷにってなった!ぷにって!

何で!?何で無自覚にこういう事出来るの!?

アタシの唇を触った指で、ライトはアタシ達の来た道を指差す。そこには、数人のプレイヤーが談笑しながら遊歩する姿があった。

けど、そんな事はどうでも良い!

ともかく、何故そんな凶行に及んだのかを、この男から聞き出さなければ!

 

「ちょっと、ア……」

「ホントに静かにしてってば!」

 

ライトは、小声でまくし立てる。

そしてアタシの首に手を回し、自分の胸にアタシの顔を無理矢理押さえつけたのである。

?!!???!?!!!?

頭がショートした。

いやいや待て待て。冷静になろう。そして、しっかりとこの状況を吟味するんだ。

そうすれば、こんな事になってしまった原因も垣間見える筈。

アタシはライトに抱擁されている。

考察終了。

あれ?

解釈の余地が無い……。

ま、まあ大丈夫だ。ライトに抱かれるという経験は、前にも、体験したのだから。そう。あの件の鎧の時にも…………

いや、やっぱムリ!

あの時とは、状況とか心構えとか恋愛感情とかが違い過ぎるもん!

ああ、もういいや。開き直って堪能しよう。

ふふふ。ライトの胸の中、暖かいなあ。

ふふふ。あはは。

 

「良かった。気づかれなかった」

 

緊張の解けた溜息を洩らしながら、ライトはアタシを強く抱いていた腕を、ゆっくりと緩めた。

 

「え?何で?」

 

思わず聞いてしまった。

 

「いや、何でって何で?」

「ああ、分かった。次はあすなろって事なのよね?」

「ほぇ?あすなろってどういう意味?」

 

いや、マジで何言ってるんだ、アタシ。

ブンブンと頭を振って、お花畑になっていた脳内を整理する。

何はともあれ詰問だ。

ライトは何故こんな事をしたのか。

人が来たくらいで、アタシに抱き着く筈が無い。

むしろ、そうされたらこちらの心臓が保たない。

だからこそ、ライトには何かしらの理由が在る筈だ。そう思いたい。

 

「ねえ、ライト。あの人達がどうしたの?」

 

特に意識もせず聞いた。

そんなに重大な事だとも思わずに。

ただ、さっき通った人達と仲が悪いとか、そんな単純な理由なのだろうと考察していた。

だが、そんな安寧は、続く一言でぶち壊された。

 

「あいつらは、恐らく、犯罪者達の…………いや、殺人者達のギルドだ」

 

ジェットコースターのように、脳髄の熱が降下する。

あれほど激しかった恋の乱心は、無理解の混乱へと遷移していた。

多様な憶測が、脳裏を掠める。

殺人者のギルド。

それは、あまりに突飛な言葉だった。

ライトがそう言った意味も、そんなモノが存在する理由も、解釈すら及ぬ代物だ。

思考する事すら憚られるモノでありながら、それは本能的に度し難い。

過剰思考(オーバーロード)を迎える間際、齎されたのは、ライトの単純な推論だった。

 

「完全に予想の範疇は出ないんだけどね。一応、説明しておくと、あの集団の内、一人に見覚えがあったんだ」

「どこで?」

 

刹那の間隙も作らずに、アタシはそう切り返した。

それに対し、ライトも間髪入れずに答えを示す。

 

「二十五層のボス部屋だよ」

 

チクリ、と胸を刺されるようだった。いや、引っかかった骨が喉に刺突した、と言った方が正しいか。

無意識に伏せた虹彩には、どろりとした意識が篭る。

それは、言ってしまえば、とても簡単な感情だ。

アタシは、アインクラッド第二十五層のボス部屋に、どうしようもない心残りを置き捨ててしまった。

アタシはあの時、アレックスと一緒にライトを助けなかった。それ自体は正しい判断だと思う。全体の指示に従い、的確な行動を取ったに過ぎない。

だが、それは理性の上での話だ。アタシの本能は、ライトを置き捨て逃げる事など望んではいなかった。

なのに逃げた。

それは後悔すべき事なのか、それすらも分からないのだ。

ただ、攻略組プレイヤー達の波に飲まれながら、広間を後にした時。アタシは、自分が恥ずかしかった。

ライトを助けに行かなかったから────じゃない。

アタシは、アレックスが羨ましかったのだ。

いや、違う。そんな言葉で足りるほど、アタシが感受したモノは、清廉ではなかった。

そう。アタシは、嫉妬していた。

ライトの隣に立つアレックスを敵視していた。

アレックスはライトの為に、命を賭して闘いへと臨んだのだ。

彼女の、そんな尊い姿勢を顧みず、アタシの中に真っ先に産まれた感情が羨望であり、嫉妬であった。

それを自覚した時、芽生えたのは羞恥だった。

ああ、アタシは何故こうも醜い性格なのか。

男を助けに行かなかった女が、そうした女を恨んだのだ。

全く、救いが無いにもほどがある。

その後、アタシには、敵からの塩が叩きつけられた。

その時、吼えたのは負け惜しみ。

その時、感じたのは劣等感。

アタシの安っぽい自尊心は、ズタズタに引き裂かれた。

だからアタシは、形振り構わないのだと決めた。

女々しく引き摺るくらいなら、アレックス以上の事をすれば良い。そう。単純なことだ。

ライトの命を救ってしまえば、こんな感情とはおさらばなのだから。

そしていつか、アタシが本当に素直になれたなら、そんなアタシをライトが愛してくれたなら、その時は胸を張って告白しよう。

だから、アタシは今ここに居る。

ライトと共にする為に、重い瞼をこすり、部屋の合鍵まで譲渡した。

今のアタシは、恋する乙女だ。

ライトは、どんな風にアタシを想っているのか。もし今、告白すればライトは何と答えるのか。そんな妄想がたまらなく楽しい。

 

「…………って訳で、さっきのプレイヤー達は殺人ギルドだと思うんだ。……優子、聞いてた?何かボーっとしてるみたいだけど」

 

懐疑の視線に晒され、思索を一時停止する。

殆ど聞いていなかった……。

再度解説を請うべく、自失を呈したまま、徐に口を動かす。だが乙女脳の余韻は引いておらず、発した言葉は、あまりに素っ頓狂な物だった。

 

「……へ?いや、あ、当たり前じゃない!聞いてたに決まってるでしょ!」

 

前言撤回。

未だ自尊心は崩れ去っていないらしい。

全く聞いていなかったにも関わらず、聞いていたと豪語してしまうアタシって……。

だがしかし、断言した手前、聞き返す事も出来ないので渋々、勝手に脳内補完する。

恐らく、二十五層のボス部屋で、ライトは殺されそうになったか、それに準じた行為を受けたのだろう。

そして、ライトに危害を加えた人物が、先ほどの集団に在籍していた訳だ。

 

「あれ?それって結構マズくない?」

「うん。本当に何を考えてるんだろうね。アインクラッドで人をHPが全損すれば、本当に死んじゃうかもしれないのに……」

「そっちじゃなくて!」

 

アタシの無自覚な叫び声に、ライトはびくりと肩を震わせた。

はっとして、取り繕うようなセリフを漏らす。

 

「えっとね、当然そっちも心配なんだけど。ライトは実際に殺されかけたんでしょ?それで、何と言うか、大丈夫なのかなって……」

 

らしくないセリフなのかもしれないけど、こう言うべきだと思った。

全体よりも個を優先するというのは、アタシの中で、価値観の大きな変動が起こっているからなのだろう。

ライトは、面食らったようにアタシの顔を見ていたが、ふと……

 

「うん。心配してくれてありがとう。優子」

 

そう言って、アタシの頭にそっと手を置いた。その腕は、羽毛を弄ぶように、そっと動かされた。

俗に言う頭ナデナデである。

その状況にアタシが閉口したことは言わずもながなだ。

 

「ん……あれ?優子、ほっぺが赤くない?」

 

頭上に触れていた手は、こめかみを伝い、頬にまで降りてきた。

それに応じ、更に両頬が赤熱する。

必要のない呼吸が荒くなる。

ライトの一挙一動に、脳みそがくらりと揺れ動く。

ライトから発された言葉は須く、甘い蜜を注がれているような甘美さを伴っていた。

 

「……あ、いや、ちが…………」

 

逆らうように否定の言葉を発したものの、それは言語の体を成していなかった。

 

「いや?そっか、男にベタベタ触られるなんて、嫌だよね」

 

呟くと、ライトはゆらりと手を引いた。

母の腕から剥がされた、赤子のような感覚だった。渇きとも言うべき熱情の奔りが、アタシの身体を突き動かす。

気がつくと、ライトの手をしっかりと握っていた。

初めて、手を握った。

華奢に見える指は、実のところ巌のように鍛え上げられている。ありもしない脈動が、角ばった手の甲からひしひしと伝わる。

そしてアタシは、ライトの澄んだ双眸に、引き込まれるように言葉を発した。

 

「違うの。嫌じゃない。だから、止めないで」

 

思いがけぬ懇願に、ライトは男子にしては長い睫毛を数度瞬かせる。

たが、それも一瞬だった。

雪解けのような柔らかい笑みを作ると

 

「うん」

 

とだけ言って、アタシの頭を撫で続けた。

何故か、安堵の吐息を洩らす。

それは、嬌声であったのかもしれない。

ライトの肌に触れている。ただそれだけの事が、あまりに大事件で。

神様からの贈り物にも思えるような……

 

 

「違うの。嫌じゃない。だから、止めないで」

 

その請願は、突飛に過ぎた。

普段の優子からは、想像も許されぬ程しおらしく発せられた言葉。

その光景に、僕は種を付けんとする白百合を想起した。

なんだかんだ言っても、やっぱり優子も女の子なのだ。殺人ギルドなんて、無遠慮な発言が悪かったのかもしれない。

今の優子は、不安と焦燥に駆られ、思考すらもままならないのだろう。

僕が撫でるという行為は、幾らでも代替が利く嗜好品に過ぎない。だがそれでも、一時の清涼剤になるのならば、僕は優子の望みを叶えよう。

 

「うん」

 

と、承知の意を呟いて、僕は優子をゆっくりと撫で続けた。




今回のお話は、男性にとっては何気無い仕草でも、女の子にとっては大事件なんですよ、みたいな感じです。
男性の皆さん。一挙一動に細心の注意を払いましょう!

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