僕とキリトとSAO   作:MUUK

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SAOの最新刊が発売されましたね。
それに、キリトのステが付録としてついてました。
そして、愕然としました。
恋愛運が限界突破しているっ!?


第四十三話「守る」

それは、驚くほど自然に立ち上がった。

まるで初めからそうであったかのように。

まるで始まるのは今からであるかのように。

御身には傷一つ無く。

そう。それはちょうど、時が戻ったような。

唯一、以前との相違を挙げるとするならば、頭と腕の数がそれぞれ倍になったくらいであろうか。

 

「────グルウアァァアッ!!」

 

頭が二つになると声量も二倍になるのか。双頭の巨人は、雷声の如く空を震撼させた。

理性の流動が堰き止められる。誰もが状況を理解出来ず、棒立ちの有様だった。

打倒した筈の巨人の王。それが、双頭四手にパワーアップした挙句、体力を満タンにして立ち上がったのだ。これで、冷静でいられる奴の方がどうかしている。

だが、そのどうかしている奴が、プレイヤーの中には存在した。

 

「B隊、盾構えなおせ!その後ろにA隊とC隊で並べ!」

 

ユウの怒号が、ボスの挙動より数瞬疾く飛来する。

藁にも縋る思いで、プレイヤー達はユウの指示通り体制を立て直す。

一際甲高い金属音が鳴り響く。

それはつまり、盾による防御が成功したということだ。

安堵を覚えつつ、僕は前線へと駆け出した。

体制を立て直せたならば、ボスが更なるパワーアップを残していない限り、戦闘は安定する筈だ。

走りながら、右手をぐっと握る。

どこまで行っても、僕の戦闘スタイルはただ一つ。体術のみ。

それで出来る事と言えば、皆の援護だけなのだ。

故に、僕はそれを全力でこなす。

それが、勝利へ繋がると信じて。

自然と脚に力が篭る。

自らを奮い立たせ、僕は双頭の巨人へと一足飛びに移動した。

 

────合戦の最深部へと到達した時、僕は我が目を疑った。

拮抗していた筈のせめぎ合いが、ものの数秒で瓦解していたのだ。

このとき、B隊の持つ盾の半数が、大槌の威力の前に、為す術もなく破壊されていた。

 

「ローテェッ!!」

 

力一杯に叫ぶ。

僕の声を聞きつけたのか、後方でD隊が、一列になって走り寄って来る様が見てとれた。

だが、そんな助けを待っていては、命が幾つあっても足りはしない。

得体の知れぬ恐怖を抑え、僕は巨人の王との間を走破した。

双頭の王は、握り締めた大槌を、盾が破壊されたプレイヤーに振り下ろす。

まずい!

歯を食いしばり、間に合えと念じながらスキルの予備動作にはいる。

まずは、王の右腕に閃打を叩き落とす!

一瞬の跳躍。

僕の腕は、首尾よく巨大な腕を痛打した。

それで威力が減衰したのか、狙われたプレイヤーは剣の鎬で、大槌の一撃を防ぎ切った。

そこではたと気がついた。

そうだ。今、ボスの腕は四本になっているんだ。それはつまり、単純に攻撃回数が倍になる訳で…………

第二の右腕が、握ったハンマーを全速力で薙いだ。

 

「────かっ……はぁッ!」

 

物理法則の埒外に在る衝撃が、僕の身体に見舞われる。

それは、跳ぶ、というより、飛ぶ、という感じだった。

大槌を揮われた矮躯は、面白いようにぶっ飛んでいく。三十メートルの飛翔の末、アバターは陸へと降り立った。

慣性力が、大理石の床を爆音と共に穿つ。

体力残量を確認する。

瑞々しい青葉のようだったソレは、血の真紅へと変貌を遂げていた。

直ぐに腰のポーチへ手を延ばす。その中を弄って愕然とした。回復ポーションが残り二つにまで減少していたのだ。

たった二個の回復薬でほぼ無傷のボスと、僕はどこまで戦えるのだろうか。

元のボスの体力を全損させるまでに、僕はポーションを十二個も使った。今のボスには、単純に見積もって倍ほどの強さがある。

レイドリーダーが慎重派のリンドだったなら、時間はかかりこそすれ、使うポーションは七から八個程度だったろう。

つまり今回の場合、ユウの肉を切らせて骨を断つ戦法が仇となったのだ。

リーダーの方針がジリ貧の原因ならば、その状況がレイド全体に当てはまるのが道理だ。

今、殆どのプレイヤーは、激しい損耗に身を奴していることだろう。

となると、戦闘続行は難しい。残された選択肢は逃げる事しか無いだろう。しかし、それも不可能だ。

相手は、たった数合打ち合っただけで盾を破断する化け物だ。そんな相手に背を向ければ、どれほどの犠牲が生まれるかは、想像に難くない。

きっとユウも、僕と同じ結論に辿り着き、解決策を練っている筈だ。

かつて神童と呼ばれたあの男ならば、この貧窮した現状を、打破する一手を立案してくれる筈。

……いや、ダメだ!

そんな他力本願でどうする!

この闘いは、ユウのものである以前に、僕の闘いでもあるんだ。

だからこそ、思考停止をしてはならない。それは、死亡と同義にしかならない!

思考しろ、思索しろ、思案しろ!

全速力で解決案を導き出せ!

ぐるぐるぐるぐると、脳みそを掻き混ぜる。脳内領域を隅々までつつき回し、使える情報を引っ張り出す。

だが幾ら考えたところで、僕程度の知恵で思いつく策など一つしか無かった。いや、それは策というにはあまりに無謀過ぎた。

僕が全力でボスの攻撃を防ぎ、その隙に皆が撤退する。

つまり、ただの根性論だ。

バカ丸出しだとは分かっている。だが、それで良いと思う。

こういうのは決めた者勝ちだ。

出来るか出来ないかじゃない。

────よし。覚悟は決まった。やってやる。

す、っと仮想の空気を偽りの肺から押し上げる。

体力が七割まで回復したところで、僕は一気に駆け出した。

 

「────なっ!待て、ライト!」

 

僕の意図を汲み取ったユウが、悲鳴にも似た命令を出す。

そんなユウに、僕はアイコンタクトで、逃げろ、と送った。

一番賢い選択は、きっと、僕も一緒に逃げ帰ることなんだろう。

けど、それはしない。

いや、しないのではなく、僕には出来ない。

今、僕が逃げればB隊の面々はどうなる?

僕の身一つで救える命があるんだ。なのに逃げたら、僕は自分を許せない。

────意識は収斂する。

脳細胞が焼き切れそうな感覚だった。

急激な加速感。

僕が速いのでなく、周りが後ろへ遠ざかっていくようだった。

風景は色彩を失った。

僕の自己は失われた。

心象にあるものは、尚も濃度を上げる双頭の巨人が御身だった。

ユウが放つ命令も、今の僕には、微かな残響としか届かなかった。

そのよりよっぽど小さい筈の、巨人王の荒い鼻息が、耳元に音源があるかのように大きく響く。

一人佇む巨人の王は、今の僕には独活に見えた。

 

 

アタシの腕に、華奢な指が絡みついた。

数度、強めにぐいっと腕を引く。にも関わらず、その手は動こうとしなかった。

ため息をついて、アタシを掴む手の主を目線で辿る。案の定、そこには綺麗な黒髪を、ポニーテールにしたメイサーが佇んでいた。

 

「何してるの、アレックス?」

「優子さんこそ、一体何しようとしてるんです?」

 

アレックスは、いつに無く真剣な瞳と口調で、アタシをしっかりと見据えている。

瞳の奥は不透明で、アレックスが一体何を考えているのか、てんで分からない。

だからと言って、このままでは埒が明かないので、とりあえず質問の答えを正直に述べる。

 

「何しようとって……逃げようとしてるに決まってるじゃない。そういう命令なんだから」

 

先ほど、ユウはアタシ達に全軍撤退の命令を下した。

アタシは、ただそれに従っているだけなのだ。

 

「一つ、聞いてもいいですか?」

「ええ、聞くなら早くして」

 

意図せず、苛立ちの篭った語調になってしまった。

少し悲しげに目を伏せて、アレックスは小さく呟いた。

 

「優子さんは、あそこで一人戦っているライトさんが、どうでもいいんですか?」

「そんな事言ってないわよ。ライトが戦っている。だからこそ逃げようって言ってるの」

「それこそ、仰っている意味がわかりません!ちゃんと言葉にして説明してください!」

 

アレックスの瞳に怒りの色が宿った。

いや違う。宿ったのではない。今まで押し殺していたのだ。

これはただ、堪忍袋の緒が切れて、感情が露呈したに過ぎない。

アレックスを逆上させないように、アタシは出来るだけ淡々と意見を述べた。

 

「アタシ達は子供じゃないのよ。自分の命は自分で守りなさい。だからこそユウは全軍撤退を決定した。そして、ライトもそれは弁えている筈。

それを弁えて尚、彼は皆を守ろうとしてる。そしてアタシは、彼にそれだけの能力があると信じてる。

だからこそ、今ここで助けに入ることは彼への冒涜だと思うし、それでアタシ達が死んだら、何より彼が報われない。

これでも、アタシの言ってる事が理解出来ないかしら?」

 

後半へ向かうにつれ、少し喧嘩腰になりながらも、アタシは行動原理を説明した。

それに対し、アレックスは苦虫を噛むような顔をする。

 

「いいえ、分かりました。確かに、優子さんの言い分は正しい」

「なら……」

 

逃げよう、と言いかけた瞬間、被せるようにアレックスは言った。

 

「でも私は、私が間違っているとは思わない。どれほどの意味が無くたって、私はライトさんの所へ行きます。行かなきゃいけないと思うんです。

優子さんは、ライトさん一人でこの状況を打破できると言いましたが、私にはそうは思えません。彼はそんなに強くない。ヒーローになれるような力を持った人じゃないんです。

彼の力は、他人を支えるものであって、自分を守れるものじゃない。

だから優子さんは逃げて下さい。それが、貴方の決定なんですから」

 

そう言って、アレックスはアタシに背を向けた。

暫し、その背中を呆然と見つめる。

アレックスは、アイテムストレージからポーションを取り出し、腰のポーチに詰めた。

そうして、ライトの方へ向かおうと、アレックスが身体を前傾にした瞬間。

 

「そんな……なんで……!」

 

とにかく、彼女を止めなきゃいけないと思った。何故かは分からないけど、そう思った。

だから、止めようと思って言葉を発した。

だけども、言いたい事は、明確な言葉にならなかった。

アレックスは振り向いて、向日葵のような笑みで言う。

 

「なんでってそりゃ、私はライトさんが大好きですからっ!」

 

ボスへと駆け出していく彼女は、アタシにはあまりに眩しかった。

 

 

もう、数十分も攻防を続けている気がする。

でも、気がするだけだ。それは錯覚でしかない。

その証拠に、先ほどまで前線を張っていたB隊は、まだ門に辿り着いてすらいない。

それを確認し、視線をボスへと戻そうとする。

その途中。

僕の目はあり得ないモノを知覚した。

 

「アレックス!?」

 

瞬間。

痛烈な風切りを、電子の肌が知覚した。

上体を全霊で反らす。鼻先に大槌がかする。ただそれだけで、体力ゲージが目に見えて減った。

たが、そんな事に構ってられない。アレックスがすぐそこまで来ている。

何で!

どうして!?

ユウは僕の考えを理解して、皆を逃がしてくれた筈!

なのに、何故ここにアレックスがいるんだ!?

いや、いるものはいるんだからしょうがない。

きっとそれは、彼女の独断なんだろう。

なら僕は彼女に命令して、逃げ帰さなきゃいけない。

でも、だけど────

度し難い筈のその事実が

憤るべき筈のその行為が

僕には、堪らなく嬉しかった。

やっぱり心細かったんだろう。一人で強大な敵に対峙することが。どれだけ強がっても、僕は心の何処かで援軍を待ち望んでいた。

そんな待望の助っ人が、あのアレックスなのだ。これが嬉しくない筈が無い!

でも、だからこそ、僕は心を鬼にして言わねばならない。

帰れ、と。

アレックスは、僕にとって大切な仲間だ。

そんな相手を、みすみす死地へ赴かせる訳にはいかない。

 

「今すぐ逃げろ!アレ……」

 

剣戟。

いや、その何倍も重かった。

地響きとも取れる炸裂が、僕の横顔に殺到した。

それは打撃音。

死色の槌と、紫色のメイスが奏でる安息(レクイエム)

 

「余所見禁止ですっ!ライトさんっ!」

 

巨人のハンマーと比べれば小枝に見えてしまう武器で、アレックスは堂々と渡り合う。

その口元は、無邪気な子供のように笑っていた。

 

「さ、一緒に帰りましょっ!」

 

僕を討つべく振り下ろされたハンマー。それをアレックスは難なく退け、右手を差し伸べてきた。

うん、と首肯してしまいそうになる。そんな弱い自分を即座に否定した。

ダメだ。頷いてはいけない。

ここから、アレックスを送り返さなきゃ。僕はそのために、ここに立っているんだから。

 

「なんで来たんだ、アレックス!逃げろって言われた筈だろ!?」

 

巨大なハンマーを避けながら、僕はアレックスに怒鳴りつけた。

そんな喚きを物ともせずに、アレックスは笑顔で言う。

 

「だって、私が逃げたら、ライトさんが死んじゃうかもしれないじゃないですかっ!」

「……あ」

 

忘れてた。

皆を逃がすことに必死で、自分の逃げ道を作ることを。

もしアレックスが来なければ、僕はどうやって逃げていたんだ?

ボスを倒す?

論外だ。僕の攻撃力で倒すなんて不可能だ。

一気に逃げる?

無理だ。幾ら全プレイヤー中最速と言ったって、背中を見せた瞬間、叩かれるのがオチだ。

防御しながら後退する?

これが一番可能性があるかもしれない。だが恐らく門に辿り着く前に削り殺されるだろう。

そうか。アレックスは、僕が生きて帰れる可能性を、作りに来てくれたんだ。自分の身を犠牲にしてまで。

僕を助けに来なければ、アレックスは何事もなく逃げおおせただろう。それを諦めたアレックスの選択を、僕はどう感じればいいのだろう。

この後に及んで、まだ逃げろなんて言うつもりはない。そんなことを言えば、アレックスは怒るに決まってる。

だから僕は、素直に喜ぼうと思う。

アレックスがここに来るという選択をしたことに。

アレックスと共に闘えることに。

アレックスは、心底楽しげな笑みを見せる。いや、嬉しげなのか。

そんな感情の機微は、僕には感じ取れないけれど、ただこれだけは言える。

アレックスが、僕の仲間で良かった。

 

「行きますよ、ライトさんっ!初めての共同作業ですっ!」

「その結婚式みたいなノリ、いらないから!」

 

そんな軽口で互いに笑い合う。

アレックスが魅せた笑顔は太陽とも月とも比喩出来ぬものだった。

そうして僕らは、徹底防戦を開始した。




まさかこんなに二十五層のボス戦が長引くとは……。
自分では結構文章を削ってるつもりなんですけどね……。
まあ、次で終わる事は確かなんで、生暖かく見守って下さい。

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