何が、明日には投稿出来るとおもいます、だよ!一週間経ってるじゃねえか!
そんなこんなで、思い出の結晶、完結です。
パステルカラーの色彩を持っていた空間は、妙に他人行儀な顔をしている。今や、レムちゃんが存在したという証拠を残すのは、目の前の『Congratulations!』という無機質なシステムメッセージと、獲得アイテムの一覧。
涙さえ流れない。あるのは、深い喪失感だけだ。
呆然とし、焦点の合わない視界に、ふと、見慣れぬものがあった。
何時もなら、取得アイテムしか表示されない筈の欄に『Which do you want?』という赤文字。その下には、二つのアイテム名が表示されていた。
一つは『レムの思い出』。そして、もう一つは『レムの心』。
放心状態のボクに代わって、視線で、ムッツリーニ君に判断を仰ぐ。
ボクの意図を直ぐに理解し、ムッツリーニ君は返答した。
「……お前が決めろ」
その突き放すような一言に何が込められているのか、ボクには分からなかった。
何と無く、本当に何と無く、レムの心を選択する。
瞬間。ボクの目の前に、急速にポリゴンデータが生成されていく。
それに、見覚えがあった。いや、ついさっきまで見ていた。ボクがレムちゃんと初めて会った日、その時からずっと、レムちゃんの頭に供えられていた、紅く線の細い花飾りだった。
同時に、ムッツリーニ君の方にも、八面体の青白い結晶が形作られていた。これも、この数日間で、何度と無く目撃したもの。三つの映像記録結晶が、ムッツリーニ君の手の中に収まっていた。
「……見るか?」
問い掛けに、コクリと頷く。すると、ムッツリーニ君は無造作に右手に握られていた結晶のスイッチを押した。
その映像も知っていた。一週間くらい前に、レムちゃんが見せてくれた、おばあちゃんの映像だった。
この三つの結晶が、全て一週間前にレムちゃんが持っていたものと同じなら、もう一つは、ベータ時の写真。そしてもう一つは、何の映像も入っていなかった筈だ。
案の定、二つ目はベータテストの時に撮った、キリト君、アレックス、そしてボルト君の写真だった。
しかし、前とはたった一点だけ、しかし決定的に違うことがあった。
「……映像も記録されている」
ムッツリーニ君が、静かな声で言った。
「再生してみたら?」
自分で聞くと、思った以上にどうでも良さげな声だった。事実、どうでもいい。もうレムちゃんは消えてしまったのだ。今更、映像を見返したところで何の意味も無い。
そんなボクの反応に、ムッツリーニ君は何も言わず、映像を再生させた。
それは、恐らくベータテストの時の映像だった。ファンタジーの物語に出てきそうな美男子三人と、レムちゃんが楽しそうに冒険を繰り広げている。
しかし、再生時間が一週間もあるので、流石に早送りする。きっと、クエスト開始時点から、ベータテスト終了までの全てのレムちゃんの記憶が、この結晶に収録されているのだろう。
急速に動くホログラムの中に、あの映像が有った。レムちゃんを、漆黒の瘴気が包み込む。カーソルの色がグリーンからレッドへと変化する。根元君の眼前に、小さな通知窓が表示されている。多分、レムちゃんが、モンスターになってしまったので、結果的にがパーティから脱退したという報告がなされているのだろう。
そこからの映像は、凄惨の一言だった。苦しげな呻き声を発しながら、
何度攻撃されようと、ボルト君は防御姿勢を崩さずに、声を張り上げてレムちゃんの説得を試みている。だが、ふとした瞬間、攻撃を捌き切れずに、その身をポリゴンデータへと変える。
一瞬、身を強張らせてしまったが、よく考えればベータテストなのだ。死んでも命まで取られる訳じゃない。だが、ボルト君の鬼気迫る様子を見て、直ぐに思い直す。
現実でも、彼がそこまで必死になるところなんて、見たことが無かった。
そんな表情を、まだデスゲームですら無いベータテストで見せている。それは、見る者によれば冷笑に値するような光景だろう。しかし、ボクには、彼の反応が至極真っ当な人間性の結果であるように思えた。
徐々に、ボルト君にも疲れの色が見え始めた。当たり前だ。死んでも死んでも、直ぐにレムちゃんの下に駆け付けているのだ。当然、睡眠も取って無いし、食事もして無いのだろう。
そして、三日目。ベータテストの最終日。
覚束ない足取りで、それでもボルト君は、レムちゃんに喰らい付き、声を上げる。正気を持て。何時ものレムに戻れ。と。
ベータテスト終了まで、残り十分となった時、ついにレムちゃんのHPゲージがゼロになった。
その理由は、誰の目から見ても明らかに────禍々しく伸びたレムちゃん自身の爪が、彼女の細い首を貫いていたからだ。
今際の際で、レムちゃんは、ボルト君に一言、正気を取り戻した安らかな顔で、ごめんね、とだけ呟いた。
ボルト君の慟哭が響く。へたり込み、地面を叩きつける彼は、ボクやムッツリーニ君と同じように、一人の仲間として、レムちゃんを愛していたのだろう。
虚ろだったボクの心に、暗い感情が注ぎ込まれる。
こんな気持ちになるぐらいなら、再生してみたら、なんて言うんじゃなかった。
そんなボクに見向きもせずに、ムッツリーニ君は最後の結晶を手に取った。
再生を止める気力も湧かず、忌々しげに睨んでみるが、ムッツリーニ君は、意にも介さずボタンを押した。
だが、三日前には、この結晶には、何も記録されていなかったのだ。そもそも、何かが録画されているのかすら怪しい。
結果、録画されていた。今度の映像は、さっきより短めの四日分だ。
まず、流れてきたのは、レムちゃんが一人で沼地を歩く映像だった。
すると、レムちゃんの後ろから、ガサリ、という物音がした。レムちゃんは慌てて振り返り、短剣を構えながら、言った。
『モ、モンスターさんですか!?ど、どっか行って下さい!わたしはあなたと戦いたくありません!』
あっ、これは────ボク達の映像だ。
ホログラムの中で続けられていく何気無い会話は、ボク達とレムちゃんとの出会いを、寸分違わず模倣していた。
四日間の濃厚な時間が、一時間に纏めるために、急速に時を早めていく。
出会い、薬草を取りに行き、ボルト君との一悶着と、カルマ回復クエストを経て、現在。
つい数時間前、生で見た時は、ただ喪失感だけを感じた光景は、映像を通して見た時、何故か涙が流れた。
溢れ出る水分は、どんどん水量を増していき、ボクの渇いた心を潤すようだった。
そんなボクを尻目に、ムッツリーニ君は、今は、レムの心と名を変えた花飾りを、持ち上げて突ついた。
レムの心の上に、半透明のポップアップウィンドウが出現する。そこには、レムの心の、アイテムとしての説明と効果ぎ書かれている筈だ。
するとムッツリーニ君は、ボクに見せるために、ホロウィンドウを近づけてくる。視界に入った文字列を反射的に目で追った。
『レムの心
レムの心をオブジェクト化したアイテム。基本的には、レム所縁の品の形を模してオブジェクト化する。
おばあちゃんのおうちクエスト、エンディング時のレムの心の形と最も近い効果となる。このアイテムに籠められたレムの心は【生】。
効果:蘇生アイテム。HPの全損したプレイヤーに対してのみ有効。全損後、十秒以内に使用することで、全損したプレイヤーのHPを完全に回復する』
────え?レムちゃんの心が『生』?心っていうのは、本能であり、願望な訳で、それってつまり……
「レムちゃん自身も、生きたかった、ってこと?」
なら、レムちゃんが消えたのは、レムちゃん自身の意思しゃないってこと?
なら!レムちゃんも、本当は、消えたくなかったんじゃないのか?
それなのに、レムちゃんは、ボクの前で笑顔を絶やさずに、大丈夫だと言い続けてくれたのか?そんな彼女に、ボクは、行かないで、離れたくない、なんて、独りよがりも甚だしい。その言葉が、どれほど彼女の心を抉ったことだろう。レムちゃんも、離れたくなかった筈なのに、ボクは一方的に感情を爆発させて……。
「……違う」
ムッツリーニ君の、冷静な、でも、どこか温かみのある声が響いた。
そしてボクは反射的に訊ねていた。
「違うって、何が?」
「……よく考えろ。自分が生きたい奴の願いが、他人の蘇生アイテムになるか?」
確かにそうだ。自分が生きたいという願いを、アイテム化するならば、例えば、死亡時に装備者が自動蘇生するアクセサリー、みたいな感じになるだろう。
だが、この推論が間違っているならば、生、という心は、一体どういうことなのだろう。
レムちゃんが、ボク達との別れ際に感じた心は、レムちゃんが消えた今となっては、もう知る由はない。だが、ある程度の考察を建てる事は出来る筈だ。
そうして、自分なりの結論に辿り着く前に、再度、ムッツリーニ君が仮想の空気を震わせた。
「……俺達に、生きて欲しかったんじゃないか?」
ムッツリーニ君の言葉に、唖然としてしまう。そんなボクなどお構いなしに、ムッツリーニ君は語り続けた。
「……俺達が生きることで、レムも、俺達の思い出──心の中に生き続ける。それが、あいつの決断だったんだと思う」
「……そんなの……都合良過ぎるよ」
死んだ人の心なんて、計れる筈もない。妄想は個人の自由だが、そんなものは、所詮自己満足だ。
今のムッツリーニ君の言葉には、何の根拠も存在しない。
だけど、ムッツリーニ君の言葉は、魔法のように、ボクの気持ちを軽くさせた。
「……都合良くたって良い。今、レムが居るのは、俺達の心の中なんだから」
「……そう、なのかな」
ムッツリーニ君は、仄かに笑みを見せた。それに倣い、ボクも、精一杯の笑顔を作る。
「……帰るぞ、リーベ」
ムッツリーニ君は、ごく自然にボクの手を取った。その手は、男の子らしくゴツゴツしていて、でも暖かくて、とても、ポリゴンデータで再現されたものとは思えなかった。
無意識に、その手を強く握りしめてしまう。するとムッツリーニ君も、同じくらいの力でボクの手を握ってくれた。
そしてボクは、ムッツリーニ君に手を引かれるままに、いろいろな思いが混在した小さな丸太小屋を後にした。
☆
雑多で猥雑な商店街の雰囲気は、少しの感傷を呼び起こす。部活帰りに立ち寄った駄菓子屋。毎日の買い物の八百屋や魚屋。そんなものは、この世界では過去の遺物だ。
活気のある街並みに、ほんの少し似つかわしくない心持ちで、ボクは第十層の主街区を練り歩く。
そこで、はたと一つのアイテムに目が止まった。線の細い花弁を幾つも持つ、鮮やかな紅色の花飾りだった。
そう丁度、ボクの髪に付けられているものと同じ形のものだ。それもその筈。この花飾りを買ったのが、この店だったのだから。
回想に浸っていると、何処か遠くから、ボクを呼ぶ声がした。
「リーベ!何でこんな所にいるの?」
宝石のように煌めく栗色の髪を揺らせながら、我らがギルドのフェンサーが、小走りでボクに駆け寄った。
「うーん……なんでって……なんでだろうね。何と無く、今は攻略に参加する気分じゃないんだ。そういうアスナは、なんでこんな所にいるの?」
「わたしは……皆には内緒にしていて欲しいんだけど、今料理スキルを鍛えてるのよ。それで、食材の買い出しに来てるの」
皆って言うのは、具体的にはキリト君を指すのだろう。最初に出会った頃は、常にツンツンしていたけど、今じゃアスナも立派な乙女だ。
ニヤニヤしながらアスナを見ていると、少し不満そうな顔をして、口を尖らせながら言った。
「何よ、その、ボクは全部解ってますよ、みたいな顔。それはそうと、その彼岸花の髪飾り、レムちゃんからもらったの?」
「え、彼岸花?これって彼岸花だったの?それ以前に、彼岸花って、結構物騒な花だったような……」
戸惑いながら、ボクがそう言うと、アスナは苦笑いを浮かべてから、インテリジェンスな雰囲気を醸し出しながら、彼岸花を説明してくれた。
「うん、そうね。別名だと、幽霊花とか死人花とか呼ばれてるわ。花言葉は、悲しい思い出、ポジティブな意味だと、また会う日を楽しみに、とかね」
アスナの言葉に、心音が、どくんと跳ね上がったような気がした。
ボクとレムちゃんが出逢うことは必然だった。そう、思えたのだ。
そうだ。そもそも、この花飾りを買うために、この商店街で油を売っていなければ、ボクはレムちゃんと出会うことすら無かったかもしれないのだ。
ボクが、この花飾りを気に入り、レムちゃんもこの花飾りを気に入った。だからこそ、この彼岸花がレムちゃんの手に渡る事は必然だったのかもしれない。
そして、レムちゃんが、自分の心を具体化する対象に、この花飾りを選んだことも。
ならば、幽霊として成仏したレムちゃんは、いつかボク達との再開出来ることを心待ちにしているのだろう。そして、再会を果たした時、その思い出を劣化させないために、レムちゃんは、ボク達との思い出を、結晶の中に移し、ボク達へと渡したのだ。
都合の良い解釈だということは解っている。でも、それが何だというんだ。
ボク達は、レムちゃんと出会い、そして別れた。真実はそれしか残されていない。ならばこそ、レムちゃんの心の解釈なんて、星の数ほどあるだろう。
ボクの解釈も、星の海から、一際輝く恒星を拾い上げたに過ぎない。
でも、これで良いのだろう。ボクの中に生きるレムちゃんは、いま、ボクが思い描いた太陽なのだ。
本当に、レムちゃんと再会出来るかどうかはわからない。でも、この思いは、ずっと心の中に持ち続けよう。細部さえも変化させず、欠片さえも失わず。そのための、映像記録結晶なのだ。
そこで一つ、名案が浮かんだ。そうだ。ムッツリーニ君に、夕日をバックに三人で取った写真を、現像してもらおう。
「ごめんね、アスナ。ボク、ちょっと用事を思い出したから、先にギルドホームに帰るね!」
「ああ、うん。じゃあまたあとで!」
石畳の上を駆け出したボクの頬を、気持ちの良い風が撫でる。
階層の間に見える空は、雲一つない晴天だった。
如何でしたでしょうか。
しっかしアレですね。仕込んだネタを解放するのって楽しいですね。
それはそうと、次回からはついに、アノ人のお話になるやもしれません!さて、アノ人とはどなたでしょう。それは、次回をお楽しみに!