僕とキリトとSAO   作:MUUK

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久しぶりに一週間空いちゃいましたね……。
本当に……テストなんて死に曝せばいいのに……。
こんな事なら、書き溜めとけば良かった。


第三十四話「思い出の結晶ーⅧ」

「……レムちゃんが……死んでる?……何言ってるの?今、ここで、寝息を立てて寝てるでしょ!適当な事言わないでよ!だいたい……」

「リーベ!」

 

狼狽えるな。そう言わずとも、リーベには伝わったようで、根本をまくし立てていた口を、苦々しく噤んだ。

しかし俺とて、リーベの気持ちは痛いほどに良く解る。問題の先送り。結論の棚上げ。リーベ自身も理解しているのに、根本に先を言わせたくない。

だが、それは逃げだ。仮想世界での現実逃避。そんな滑稽極まりない逃避行。

残響音が離れ、岩屋がシンと静まり返る。そして、根本はいっそ冷やかにも聞こえるような声音で、新たに言葉を発した。

 

「アレはな、生きてるように見えるだけ。死んでるという証拠が全く無いだけなんだ。だから、俺が証拠を提示してやる」

 

それがリーベの迷いを断ち切らせるためでもあるかのように、スッパリと、鮮烈に、根本は言った。

 

「これはな、クエスト報酬で得られる情報だ」

「何て言う?」

「『万能の秘薬』。レムの探す薬草を得るためのクエストだ」

 

そうだ。確かに在った。

あれは確か、三日前だったか。レムが欲する薬草を取る方法の内の一つが、そんな名前だったはずだ。

 

「そのお使いクエストの最後、薬草と共に与えられるんだ。レムは、亡霊という設定を与えられたNPCなんだって事がな」

 

もうリーベも感情的になりはしなかった。だが、アバターは正直だ。彼女のダークブラウンの瞳の縁は、光るモノを湛えている。

レムは元から死んでいる。なるほど確かに、その言は的を射ている。

つまりは、この限定クエスト、おばあちゃんのおうちは、ストーリー上で、レムとの別れが想定されたクエストだったのだ。

悲劇的な物語、耽美な色合いを帯びた不幸性。何の事は無い、良くあるゲームシナリオだ。それに、得てして感動と勘違いされやすい同情の涙は、シナリオライターにとっても旨い。

一介のプレイヤーである俺には、物語に口を挟む権利も能力も無い。

ただ、ただ一つ俺の願いが叶うなら、誰もを幸せにするハッピーエンド、その存在を切に願うばかりだ。

しかし、それだけではまだ足りない。まだ事件の核心には、一つたりとも触れられていない。

ならば俺は問い詰めねばなるまい。たとえ、どんな事実が明かされようとも。

 

「……なら、何故レムはベータテストで死んだんだ?」

「急かすな。答えてやるさ。実はな、開示された情報はまだ有ったんだ」

「…………」

 

静かに耳を傾ける俺達をみて、根本は満足そうに頬を崩す。どうやら、静粛な聞き手が好みらしい。

 

「それは、クエストクリアの為のヒントだった。……いや、ちょっと違うな。このクエストの秘密が明かされたって感じか……」

「……秘密?」

「ああ。 クエスト報酬が何になるか、それがどうやって決定されるかって事だ。それがな……面白い事に、レムの心で決まるんだ」

「……心……だと?」

 

NPCに心が宿る事も、その心がシステム的に数値化されている事も、何もかもが違和感でしか無い。完全な人工知能なんて物は、聞こえは良いが、そんなに生易しいものじゃ無い。

自らが、人の手により創り出された生命体だと理解した時、虚構の知能は、何を思い、何を考えるのか。自己を、確固たる個人と、自信を持って断言出来るのか。

俺には及びもつかないし、考えたくも無い。ただ、レムには絶対に、その事実を知られてはならない。理性では無く直感で、知性では無く本能で、俺は、そう結論づけた。

そして、その決定が正解だということが殊の外早く根本の口から齎された。

 

「そしてエンディングも、レムの心の状態で確定する。その中でも最悪のバッドエンドが、絶望だ。しかも、レムの心を絶望に染める方法は至極単純だ。ただ一言、お前は幽霊だと告げてやればいい」

「……で、どうなるんだ?」

「そのまんま、幽霊になるんだよ。いや、もう少し正確に言うと、悪霊(レムレース)型モンスターとして、クエストを受注したプレイヤーに襲いかかるんだ。ははっ!傑作だろ?いくら愛情を込めて接しても、いくら思い出を積み重ねても、たった一度の選択ミスで、レムは俺達に牙を剥くんだ!」

 

思考が、酸素を求める魚のように喘ぐ。まるで、意識だけを深海に押し込まれたような、そんな錯覚。

なんて醜悪なんだろう。なんて度し難いんだろう。どこまでプレイヤーをバカにすれば気が済むんだろう。バッドエンドを迎えれば、後悔と自責しか残らない。そんなクエストを誰が求めるというのだろう。

白濁した意識の中で浮かび上がったのは、明確なる憎悪。この世界を創り上げた、茅場晶彦という個人に向けた黒い感情だった。

嵐のような心情を無理に飲み下した時、俺の中に産まれたある解答が口をついて出た。

 

「……だから……なのか?根本……だからお前は…………レムを……」

 

殺したのか?その言葉を、発する事は出来なかった。

しかし根本は、そう続くことが分かったのか、掠れた声で怒鳴るように言った。

 

「ああ!そうだよ!レムがモンスターになった!だから殺した!実に論理づいた順接だろうが!悪いか?ああっ!?」

 

根本の声が洞窟に痛々しく響く。

 

「本当は、クエストクリアまで生かしておくつもりだったけどな!モンスターになっちまったんならしょうがなねえよなあ!ぶっ殺したって、正当防衛以外の何物でもねえんだからな!」

 

根本の言葉の端々から漂うのは、何時もの嫌らしさでは無く、どこか必死に、何かを取り繕うような、むしろ故意に、自分の罪を重くしているような……。

そんな根本の怒号を遮ったのは、思いがけない人物だった。

 

「違うもん!」

 

ピリッと空気が震えた。可愛らしさと清廉さが同居したその声の主は、まさしくこの議題の張本人、レムだった。

まずいまずいまずいまずい!いつからだ?いつから睡眠毒が切れていた?もし……レムに、幽霊という単語を聞かれていたら!もう……バッドエンドなのか?

俺の憂慮を気にもとめず、切迫した表情で、レムは再度声を荒げる。

 

「ボルトは……ボルトは!わたしを殺そうとなんてしなかった!」

 

ボルトという呼び名が根本のアバター名である事を、瞬間的には、思い出すことが出来なかった。

だが、問題はそこじゃ無い。何故か今のレムの言葉に、妙な違和感を感じたのだ。

その靄を形とする為に、俺はレムの言葉に耳を傾けた。

 

「わたしがモンスターさんになっても、わたしがボルトを攻撃しても、ボルトはずっと……ずっと呼びかけてくれた!『目を覚ませ!正気に戻れ!』って!」

 

それを聞いて、やっと俺は、違和感の正体に思い至った。レムが、ベータの話をしているのだ。

いろんな疑問が降り注いで、頭の中でミキサーにかけられて、俺はもう、どうすればいいのか解らなかった。

そして尚も、レムは声を上げた。

 

「わたしは、ボルトを何度も爪で裂いた!ボルトを何度も殴りつけた!なのに、ボルトはわたしを見捨て無かった!三日の間、わたしに攻撃され続けながら、ボルトはずっと、わたしを説得しようとしてた!」

 

レムの糾弾は、少しづつ少しづつ、事件の全貌を融かしていった。

ボルトはただ、立ち尽くしていた。俺には、ボルトというアバターの表情からは、その真意を計ることは不可能だった。

 

「わたしの所為で、何度も何度も消えちゃって、それなのに直ぐにわたしの所に駆け付けて『ゴメンな、俺の所為で』って、何十回も、何百回も謝って……。違うもん!悪いのは、ボルトを傷付けたわたしで、モンスターさんになったわたしで、幽霊だったわたしで……あ、ああ……

ああああああ!嫌!いや……いやあぁぁああッ!」

 

突然、レムは硬質の岩盤に額を打ち付け始めた。少しづつ、レムを、黒い煙のようなものが侵食していく。まさかこれが……モンスター化の兆候なのか?

全身から血の気が引き、絶対零度の氷結が頭脳の回転を停止させる。

本能的な、失う恐怖。

誰もが凍り付いた中で、根本……いや、ボルトだけが、行動を止めなかった。

力強く、勇猛な足取りでレムに歩み寄り、蹲るレムを、そっと抱き締めた。

 

「ありがとう……本当にありがとな、レム。俺を許してくれて……。だからな……俺もお前を許すから……だから……元気で可愛い、いつものレムに戻ってくれないか?お前が俺を攻撃してた時、ずっと泣いてたよな。俺を傷付けるのが嫌で、俺を悲しませるのが嫌で、涙を流してくれたんだよな?俺はさ……そんな優しいレムが大好きだから……」

 

皮肉と嫌味がこびり付いたボルトの口から、温かな言葉が溢れ出した。

麗らかに光る流水のように、その言葉は、レムへと伝わったように思えた。

すると、レムの包んでいたどす黒い瘴気が、綿毛のように柔らかな光となって、まるで二人を祝福するかのように降り注いだ。

レムが、言った。

 

「ありがとう……ありがとう!わたしも、ボルトのこと大好きだよ!」

 

泣き笑いの叫び声が、赤褐色の洞窟に、ふわりと反響した。

やっと、解った。

ボルトの行動原理は、全て、レムを救う事へと注ぎ込まれていたのだ。人の命を摘む以外のあらゆる犠牲を払って、自身が、レムに嫌悪されることも厭わずに。

執拗に、リーベへとパーティの解除を迫ったのは、クエスト受注状態を消す事で、バッドエンドの可能性自体を零にするため。それを実現するためだけに、この男は、多大な努力を支払ったのだ。

にしても……手段を選ばなさ過ぎだとは思う。つくづく、不器用な男だ。

ボルトとレムは、長く、永く、抱き締め合っていた。俺とリーベは、ただただそれを眺めていた。

やがて、ボルトはすくっと立ち上がり、此方を向いて、深々と頭を下げた。

 

「リーベ、そしてムッツリーニ。本当にすまなかった!何て言うか……言い訳みたいに聞こえるかもしれないが、俺もいっぱいいっぱいだったんだと思う。許して貰える事じゃ無いのは解ってる。だがせめて、謝意が有る事だけは伝えたいんだ。もう一度言う。本当にすまなかった!」

「許すよ」

 

そう言ったのは、意外にもリーベだった。そして、リーベは更に続けた。

 

「だってさ、根本君……いや、ボルト君だって、レムちゃんを助けたかったから、こんな事をしたんでしょ?ボクが根本君の立場なら、きっとレムちゃんを助けるために、全力を尽くすと思う。……まあでも、もうちょっとやり方は考えるけどねえ?」

 

意地の悪いリーベのセリフに、根本が軽く苦笑を浮かべた。

その状況を見かねたのか、レムがまだ目元が赤く腫れた顔で言った。

 

「お姉ちゃん!ボルトを虐めちゃダメだよ!」

「あっははは!ゴメンね!でも実は、さっきまで麻痺毒漬けにされてた事、ボクはまだ、結構根に持ってたりするんだよねえ〜」

「うぐっ……それを言われると、何も言えないな……」

 

うむ。リーベは実に楽しそうだ。

しかし、まだ俺の中には、幾つかの疑問が残っている。なるべく雰囲気を壊さぬよう心掛けながら、俺はレムへと問いかけた。

 

「……何故ボルトのことを思い出したんだ?」

「 うぅーん……何か、わたしが幽霊だって聞いたときに、びっくりしたのと一緒に思い出したんだよ」

 

思い出した、か。つまりは、ロック、もしくは消去されていたメモリーデータが、AIの突発的不具合によって、解凍、またはサルベージされた、ということなのだろうか?いやしかし、そんな事があり得るのか?

こんな事は、いま幾ら考えても詮無い事なのかもしれない。現実に戻った曉には、少しばかり調べてみるとしよう。

そして俺は、レムの頭を撫でながら、出来るだけ優しく問うた。

 

「……もう、死んでると解っても大丈夫なのか?」

「うん……ショックではあったけどね。でも、みんなみんな、お兄ちゃんもお姉ちゃんもボルトもキリトもアレックスも、そしておばあちゃんも、きっとわたしが消えても、わたしの事覚えててくれる。わたしの事悲しんでくれる。それだったら、消えちゃうのも、そんなに怖くないのかな、って思えたの。だからね。わたしはもう大丈夫。わたしに与えられた天命をまっとうして、きれいさっぱり消えちゃうの!」

「……そうか」

 

レムは、太陽のように輝く笑みでそう言った。

強いな、本当に。

クエスト進行上に用意されたバッドエンドを、NPC自身の心で克服する。これを奇跡と言わずして何と言おう。

いや、もうNPCなどと言うまい。レムは俺達の立派な仲間だ。たとえこのクエストが、どのような終わりを見せようとも、それだけは絶対に変わらない。

俺がそう、決意を新たにしたとき、今のいままで不干渉を貫いていたライトが、ボルトへと問いかけた。

 

「それでボルトは、 僕らのギルドに入るの?」

「「「……は!?」」」

 

あまりにも唐突な問いに、俺、リーベ、ボルトの三人が愕然とする。

それとは対照的に、ぴょんぴょんと飛び跳ねる少女が約一名。

 

「そしたら、ボルトも『仲間』だね!」

 

無邪気なレムの笑顔でも、しかしボルトは絆されはしなかった。ボルトは、決まりの悪そうな顔で、歯切れ悪く言った。

 

「いや、でも……俺は……」

 

そのとき、ボルトの拒絶を、ライトの否定が遮った。

 

「そんなに、気にしなくても良いんじゃないかな」

「気にしなくちゃいけないだろう。俺がやった事は笑って済ませられる事じゃないんだから」

「ちょっとやそっとの間違いぐらい、何度だっておかせばいいじゃないか。僕なんて、毎日のように間違ってる。むしろ、間違わない人間なんて人間じゃない。それに、ここにいる皆は、もうとっくに君を許してる」

 

そう言って、ライトはぐるりと周りを見回した。ライトと目が合い、ぐっと頷く。

全員の意思を確認してから、ライトは、再度ボルトへと問いかけた。

 

「ほら、後君を許して無いのは、君だけだよ」

 

その言葉を受けて、ボルトは、片頬を釣り上げながら言った。

 

「はぁ……変わらないな、お前は」

「そう?僕的には、結構変わってるつもりなんだけど……」

「いや、お前は、ずっと猪突猛進の大バカ野郎のまんまだよ。そのまんまでいろよ。それがお前なんだから」

「……それ、褒めてるの?」

 

ボルトは、いつものように嫌らしい笑みでくつくつと笑いながら、声を上げた。

 

「ああ!褒めてるさ!」




思い出の結晶を書くにあたって、僕がやりたい事は二つありました。一つは、クドムツ展開。そしてもう一つが、バカテスの原作キャラを、もう一人ギルドに加入させる事でした。
そして、悪役が似合うのが条件だったので、半ば必然的に、根本君に決定しました。
それと、今回の話、根本君を完全に悪役にする、みたいなもっとえげつない展開を期待していた方はごめんなさい!純白エンドになりました!僕の趣味です!
覚えておいてください。僕が書く物語は、絶対に何があってもハッピーエンドです!

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