僕とキリトとSAO   作:MUUK

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学校が始まるううぅぅううっ!
寝たきり生活が出来無くなるぅぅううっ!


第三十三話「思い出の結晶ーⅦ」

俺が口を開こうとした寸前、根本がレムへと、新しいピックを突き立てた。

此処に来て、まだこんな事を!

 

「……根本、貴様ァ!」

 

深く低い俺の声が洞窟に反響する。それと同時に、レムがばたりとその場に倒れた。

危機感と焦燥感で胸を満たしながら、すぐに駆け寄ると、レムは、頭の花飾りと同色の真っ赤な唇からすうすうと規則正しい寝息を立てていた。

安堵の溜息か漏らす俺に、根本が声を掛けて来た。

 

「これからする話、コイツに聞かせられねえだろ?」

 

確かに、それは一理ある。ベータ時代の話などして、レムが何を思うか解ったものじゃない。

少々手荒だが、こう眠らせるのが一番手っ取り早いだろう。

俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、根本は、重ねて俺に声を掛けた。

 

「参考までに教えてくれるか、ムッツリーニ?何故此処が解った?何故……俺がボルトだと解った?坂本が一枚噛んでるのか?」

 

根本は、仄かに笑みを浮かべながら言った。だが、目だけは冷酷に、こちらの真意を測っている。

俺は、最大限抑揚を殺した声で言った。

 

「……いや、雄二は今回、何も関わっていない。全て俺が導き出した解答だ」

「へえ……Fクラスのバカだとばっかり思っていたが、意外と頭切れるじゃないか……」

 

根本の言葉には、解りやすいくらいの嘲りが込められている。完全に、俺を見下しての発言だ。

少し気持ちを落ち着かせてから、俺は、事の真相について話出した。

 

「……まず、俺が違和感を感じた点は二つだ。一つは、何故レムは、パーティを抜けたのか。もう一つは、レムのマーカーがマップに表示されないことだ」

「一つ目は置いておくとして、二つ目は、迷宮区に居るとは考えなかったのか?」

「……その前提を疑ってみたんだ」

「なるほど……続けてくれ」

 

先を促す根本に、俺は小さく首肯し、言われた通りに、説明を続けた。

 

「……一つ目の問題は、簡単に片が付いた。まず、AIが自分からパーティを脱退するなんて、システム的なイベントを介さない限り、あり得ない。だからこそ……」

「もう一つの可能性、他のパーティメンバーが脱退させた、って解答になったわけだな?」

 

俺の言葉を途中で遮り、根本が言を発した。

それを受けて、右手を少しだけ握ってから、俺は言った。

 

「……ああ、そして、俺達の仲間であるキリトとアレックスを除外すれば、レムを脱退させる権利を持つのはたった一人だけになる。即ち、同じくパーティメンバーであったボルトという男だ」

「……で、マーカーが表示されない件は、どうやって?」

「……そちらは更に単純だ。マーカーが表示されない状態は、どうすれば作れるか、アルゴに聞いただけだ」

「情報屋か………。そりゃノーマークだったな」

 

根本は、俺の言葉を聞いても全く悪びれる様子が無い。むしろ、次に活かそうという心持ちさえ感じられる。

 

「……それと同時に、俺はアルゴに、ボルトというプレイヤーが居るかどうか、そして、どんな男かを調べる事も依頼した」

 

言いながら、俺は根本をチラリと一瞥した。根本は何やら、顎に手を当てて考えこんでいる。

 

「……そして、アルゴからの返信には、オレンジプレイヤーは、マップに表示されないということと、ボルトの詳細、そして顔写真が添付されていた」

「はっはっは!合点いった!それで俺が……根本恭二が、事件の犯人だと突き止めた訳だ!情報屋様様だな!まあ……名前をボルトのままにしてた俺の失態でもあるんだが」

 

リーベとレムを横目で見ると、頭上のカーソルはオレンジへと変化している。それも根本の策略の内なのだろうが、カーソルがオレンジに染まっているという事自体が、彼女達の自尊心を非道く貶めているように思えた。

しかし、何故NPCまで犯罪を犯せばオレンジになるのだろうか。そもそもとして、NPCの思考回路では、犯罪を犯せ無いよう設定されている筈だ。ならばどうして、システム的にNPCのカーソルがオレンジになるのか。いや、今考えても、詮無い話だ。

それよりも、もっと具体的な疑問がある。その疑問を、俺はリーベに投げかけた。

 

「……何故、お前達は根本に攻撃してしまったんだ?」

 

するとリーベは俯き、決まり悪そうに言った。

 

「……ここに着いた瞬間に、まず視界に飛び込んで来たのが、こっちにピックを向ける根本君だったんだ。それを見て、ボクもレムちゃんも咄嗟に武器を構えちゃって……」

 

なるほど、そして根本は自分から武器に刺された訳だ。

しかし、凶器を向けられて反応してしまうのは、人の性だ。武器を構えた二人を責められる人間が何処に居よう。

そんな俺達の様子を、ニヤニヤと気色の悪い笑みで見ていた根本が、唐突に口を開いた。

 

「お喋りの途中で悪いんだが、俺のもう一つの質問に答えてくれないか。お前、どうやってこの場所が解ったんだ?」

 

俺は、大きく仮想の酸素で深呼吸した後、吐き出すように喉を震わせた。

 

「……この場所を特定出来たのは……勘だ」

「はあ!?勘!?そんなわけねえだろ!こんな洞窟、この十層まででも、百は降らねえぞ!」

「……落ち着け。ある程度、推測に基づいた勘だ」

「ほお。じゃあ、その推測って奴を聞かせて貰おうじゃねえか」

「……まず、レムがオレンジプレイヤー……いや、オレンジNPCになっていて、お前の目的がおばあちゃんのおうちのクリアだと仮定する。そうなると、お前はレムを十一層に送り届けなければならないが、レムはオレンジなので、転移門は使えない。だから、迷宮区を登って十一層に入るしか無い。だからこそ、十層迷宮区最寄りの安全地帯に居ると踏んだんだ」

「カルマ回復クエストを受けさせて、普通に転移門から行くとは思わなかったのか?」

「……それは、非効率極まりないだろう。それに、その時はその時だ。最終目的地であるおばあちゃんのおうちの前で待ち伏せする。何日だって、何週間だって」

「確かに、それが一番、愚直で堅実だな」

 

根本は、目を虚空に泳がせた後、俺に向き直り、唐突に聞いてきた。

 

「で、リーベとレムを此処までどうやって運んだかの目星はついているのか?」

「……ああ。回廊結晶だろ?」

「その通りだよ。もう少し細かく言うと、お前らのギルドホームの直ぐ近くに、回廊結晶の入口を設置して、この洞窟を出口にした。んで、何の捻りも無く、普通に窓から呼んだだけだ」

 

何故、呼ばれて素直に外へ出たのだろうか。そんな俺の思考を読み取ったかのように、リーベが言葉を発した。

 

「い、いやあ、だってさ……。根本君がSAOにログインしてるなんて知らなかったから、驚いたし。知り合いだし……」

 

もうちょっと警戒心を持って貰いたいものだ。呼ばれたから出るって……犬か!

まあ、きっと根本も、知り合いだからこそ、呼べば出てくると思い、策を弄さなかったのだろう。ここは素直に、根本の策謀に感嘆しておくとしよう。

小さく嘆息してから、俺は声を上げた。

 

「……さあ、話は終わりだ!観念しろ、根本!」

「……ああ、確かに聞きたい事はもう無いな。見事な推理だったぜ、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)。たが、俺が観念する理由が何処にある?お前の俊敏ステなら、俺が剣でリーベの首を切り飛ばす方がよっぽど速いぜ?」

 

確かにその通りだろう。だが……

 

「……根本。お前は幾つか思い違いをしている。まず、一つ目を正してやろう。この場で、俺が最速だと、いつから錯覚していた?」

 

刹那、俺の真横を、一筋の閃光が掠めた。流星は根本へと肉薄し、衝突した。

 

「うおぉぉおおりゃあッ!」

「ぐはあッ!」

 

間の抜けた両者の叫びが、湿った洞窟の中を、四方八方へと散らばっていく。

 

「はい。取り押さえ完了っと!これで良いんだよね、ムッツリーニ?」

「……ありがとう、ライト。助かった」

「うん。どう致しまして」

 

何時もと変わらぬ朗らか笑みで、根本を思いっきり殴り飛ばした後、手首を縛りながらライトは言った。

根本は、目を見開き、ライトの姿を凝視したまま、狼狽に染まった言葉を発した。

 

「吉井……ど、どうして……いや、そもそも、グリーンの俺を攻撃したんだから、お前がオレンジになるんだぞ……!」

 

確かに、ライトを示すカーソルは、若葉色から、夕陽色へと変化している。

だが、根本は解っていない。このライト(バカ)に、そんな理論が通用しない事を。

ライトは、声高らかに根本を怒鳴りつけた。

 

「うっさい、このバカ!」

「はあ?お前にだけはバカって言われたくねえよ、バカ!」

「バカって言った方がバカなんだぞ」

「お前が言い始めたんだよ!」

 

眼前で繰り広げられる罵詈雑言(バカ)の応酬に思わず失笑する。このまま、ライトの説教を見守っても良いかもしれない。

しかし、事が事だ。そんな悠長な心構えでいられる筈も無い。

ライトの言葉を遮り、根本へと質問しようとした時、逆に根本は俺へと向き直り、納得がいかないといった表情で言った。

 

「おい、ムッツリーニ。もし吉……いや、ライトが俺を殴る前に、俺が反応してリーベを切っていたら、どうするつもりだったんだよ?」

「……なんだ、そんな事か。簡単な事だ。今のお前が犯人である限り、リーベは人質足り得無い」

「……どういう意味だ?」

 

低く、イラつきを露わにする声で根本は問うた。俺は、その質問に、最大限の嫌味を込めて答えた。

 

「……お前に覚悟が無いからだ」

「何だと?」

「……いや、この場合は無い方が良いのか……。兎も角だ。俺がこの洞窟に入って来たとき、お前はリーベに手を出そうとしていた。だがな根本、お前、ソードスキルを使っていなかっただろ?それだけじゃ無い。例えソードスキルを使っていなかったとしても、男子高校生が本気で振り下ろした剣を、いくら投剣スキルで補助されていたとしても、ピック一本で弾ける訳が無いだろう。まあ、何が言いたいかっていうとだな……お前、殺す気は無かったんだろ?」

「……何を言い出すかと思えば……当たり前だろう。命有っての人質だ」

「……殺され無いと確定している人質に、何の意味がある?」

 

すると根本は、忌々しげに舌を打つと、急激に語気を強め、半ば叫ぶように言い放った。

 

「……ったく……当たり前じゃねえか!殺したら……本当に……死んじまうんだぞ!殺せる訳……ねえじゃねえか!」

 

その言葉を聞いて、内心、胸を撫で下ろしてしまう。そも、根本の中には、殺す覚悟が無いのではなく、殺すという概念が、存在しなかったのだ。

なればこそ、根本は、悪ではなく、唯のゲス野郎な訳だ。

たから……だろうか。俺には不思議でならない事が一つだけ有った。

それを、四肢を縛られ地に伏した根本へと問いかける。

 

「……何故、こんな事をしたんだ?」

 

簡素で単純な問いだった。そして、絶対に聞かなければならない問いだった。

根本は、数秒間口ごもっていたが、やがて訥々と答え出した。

 

「……犯罪に動機が必要か?」

「……ああ、必要だな。最低限、やりたかったからやった、とも答えられる。まあ、それは本当に最低の答えなんだが……。ましてやお前だ。あらゆる事に対して、狡猾に効率を追求する、そんな男が、俺の知ってる根本恭二だ。その点に関しては、俺はお前を信頼している」

「はっ!信頼と来たか。なら、その信頼に応えねえ訳にはいかないな……。だが、先に断っておく。お前ら、何を聞いても後悔だけはするんじゃねえぞ……」

 

俺には、そして恐らくリーベにも、その根本の念押しの意味が読み取れなかった。

俺とリーベは、数秒の間、顔を見合わせていたが、リーベが小さく頷いたのをきっかけに、俺は根本へと向き直り、言った。

 

「……俺が求めたんだ。俺に拒む権利は無い」

 

その言葉を受けて、ライトは空気を読み、一歩下がった。根本は目を瞬かせ、深く呼吸をした後、何かを決意したような眼差して言った。

 

「そうか、じゃあ結果から言わせて貰おう。レムは……」

 

心地の悪い間が空いた。そして、仮想の鼓膜に、絶望の音色が響いた。

 

「もう死んでるんだ」




まさか、説明で跨いでしまうとは……。
さっさとオチに漕ぎ着けたい筆者でした。

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